『チャーチル』
「
坂柳の目がサディスティックに笑っている。その意味するところは明白だった。
「鳴いてるなら結構な事ですね。鳴かなくなったらもう役に立ちませんから」
「山にでも捨てますか?」
「象牙の船を用意する手間を賭ける価値があるとお思いで? それならやぶさかではありませんが」
私の言葉に彼女は曖昧に笑って答えない。それが何よりの答えだった。坂柳からすれば、金糸雀こと櫛田桔梗はあくまでも手段の一つに過ぎない。鳴かなくなったのならそれで終わりの使い捨て。そういう存在なのだろう。自分で与するように篭絡しておきながら、与したとて大事にするとは限らない。それが彼女の根っこにあるモノなのだろう。
裏切り者は何度でも裏切る。例え今後櫛田が役に立ち続けたとしてもだ。我々が窮地になった途端、その身を翻すだろう。それを理解しているからこそ、坂柳は使い捨てのカイロのように櫛田を見ている。もちろん、そう簡単に放棄するつもりはないだろうが。
早々にその中身を知りたいところだが、今は誰がどの種目に出られるのかを考えている最中だ。それは少し後回しにすることとする。
そう時間はかからず、話し合いは終了した。ある程度相手クラスの状況に応じて対応が変わるため、明確にこの種目がこの人と決めるのは難しい。決められたのはチェスとカラオケくらいだろう。ここはしっかり面子を決めておかないことには難しい。
夕暮れの教室の中、運営に携わる面子が櫛田からの情報を確認していた。
「では坂柳さん。歌の中身をご開示頂いてもよろしいですか」
「承知しました。Bクラスは以下の十種目を選んだようです」
坂柳が開示したのは『英語』『バスケット』『弓道』『水泳』『テニス』『卓球』『タイピング技能』『サッカー』『ピアノ』『じゃんけん』の十種目だった。
「本命は?」
「英語、バスケット、水泳、サッカー、ピアノだそうです」
「なるほど……」
ここで三つの可能性が考えられる。まず一つ目は、堀北が本当に何の対策もしないで櫛田にすべての情報を開示しているパターン。だがこれはまずありえないだろう。流石にそんな間抜けな人物ではないはずだ。櫛田桔梗が改心などしておらず、むしろ坂柳に毒を食わされている可能性が高いことなど、理解していると思われる。と言うか、理解していないと唖然とするしかないだろう。
二つ目は種目は正解だが本命が違うパターン。これが一番あり得そうな気がする。ミスリードを誘い、我々が誤った対策をするということを狙う。無難であり、オーソドックスな戦略だ。しかし、十種目である以上ではどれが本命なのかということを推測されてしまう可能性がある。
三つ目は全部嘘であるというパターン。櫛田からの今後の心証をかなぐり捨てる行為ではあるが、裏切り対策としては手堅い。尤も、その場合櫛田がクラスメイトに工作をする可能性は捨てきれないが。堀北さんに全部嘘を吐かれた、私を信用してないってコト? という風に。櫛田と堀北の信頼度は前者が圧倒的に勝っている。今後、堀北は相当やりづらくなるだろう。敵を騙すにはまず味方からとは言うが、それはそうしても味方から信頼してもらえる関係性を作っていないといけない。そして、彼女にはそれが無い。
「どうですか、対Bクラス対応担当としては」
「本命だけ嘘なのではないかと」
「ま、そうなりますか……」
考えていることは同じらしい。私は櫛田を信頼していないし、それは坂柳も同じなのだろう。全部本当であったらそれはそれで望ましいが、そうでない可能性が高いことを想定して動く。これはごく当然の態度だ。
「だが、全部嘘というわけではないと思うが。バスケットなどは本命の可能性が高いだろう。須藤を擁しておきながら、それを利用しない手はない」
「そうですね、葛城君の言う通りではあると思います。幾つかは本命で、幾つかはダミーなのでしょう。木を隠すなら森の中、七割の嘘に三割の真実と言いますので」
「ダミーとしてあり得そうなのはピアノと英語か? バスケは須藤、水泳は小野寺、サッカーは平田がいる。であれば、この二つが偽物ということになりそうだが……」
「でも、そう単純とは限らないんじゃない? バスケとか水泳っていう敢えて勝てそうな種目をダミーにして、こっちが頑張って対策したのを全部パーにしてくることだってあり得るでしょ」
「確かにそうか……」
真澄さんの意見に、葛城は腕を組みながら頷いた。真澄さんの意見は正しい。本当っぽそうなものが実は一番の釣り餌でした、というのは古来よりありがちな戦略ではある。本命と思えるので対策したくなる。しかし、まったくの偽の選択肢であるという可能性を考えずにはいられない。そうやって思考の枠を割き、対策を難しくする。
戦略とは、結局相手の選択肢をいかに操るかという事なのだろう。その選択肢しか選べないようにするも良し、あまりに多すぎて選べなくするのも良し、なんにしろ自分の望んだ通りの選択肢を相手に提示し、そして選ばせる。或いは、選べなくする。教科書通りみたいな戦略をとっているが、それ故に強い。王道とは、何度も使われて効果があるからこそ王道なのだ。
坂柳が薄く笑っている。真澄さんのそれがいい発言だと、私に目線で告げていた。どんなもんだという意図を込めた視線を返すと、呆れたような目をして逸らされた。なんだその態度はと憤慨しているところに、葛城の言葉が響く。
「どうにもこうにも、今までのBクラスらしくない戦略だな。俺にはそう思えてならない」
「ブレーンがいるのかもしれませんね、強力なブレーンが」
「そんなことが出来る存在がいるのか? 平田は悪い人間じゃないが、戦略的ではない。櫛田が堀北とグルになって二重スパイをしている可能性もあるが、こういう策を考えられるタイプには見えなかった。高円寺なら可能かもしれないが、協力するとは到底思えない」
綾小路が手を貸している可能性があるが、それをする理由が見当たらない。彼の目下の懸念事項はクラス間闘争ではなく、自分が退学にならないかどうかであるはずだ。ホワイトルームと戦う上で、事情を知っている戦力となる私や坂柳を攻撃するメリットは薄い。堀北に指名されれば種目で戦うくらいはするかもしれないが、とはいえ積極的に立案に関与はしないだろう。
とすれば、こういうのを出してくる堀北の背後にいる存在の予想は容易い。王道を使うとはあまり思えない存在だが、邪道は王道を知っているからこそ出せるというもの。
「ブレーンとは、何も同じクラスとは限らないでしょう」
私の言葉に、葛城は目を見開く。Dクラスの反逆はあり得ない。Aクラスも同様。であるとすれば、作戦立案の可能な存在が一つしかない。
「Cクラス……龍園か」
「だけにしては幾分か王道。こんなド直球な選択肢提示による思考誘導戦略を叩き出してくるのは恐らく、椎名さん辺りの助言が幾らか入っているのではないかと」
「堀北の背後には龍園、櫛田の背後には俺たち。まるで、代理戦争だな」
「あながち間違いではないでしょう。ヤルタ会談以後、今日に至るまで世界中で繰り広げられ続けている代理戦争と全く同じ構図です」
どちらがアメリカで、どちらが中ソなのかは分からない。私がいるのでAD連合が中ソだろうか。体制的には独裁を行っている龍園の方が東側っぽさはあるが。秘密警察とかいそうだし。こちらは民主的にやっているつもりである。
ともあれ、現在のBクラスはAとCの代理戦争の舞台になっている。現在はこちらが優勢だが、今回の戦いの結果次第ではどうなるかは分からない。堀北が万が一にもAクラスに勝利した日には、彼女の名声が一気に上がるだろう。そうでなくても健闘すれば存在感は示せる。
もっと強いのは龍園が勝利したパターンだ。一之瀬と龍園。相性の悪そうな二人の戦いで後者が勝利すれば、AD連合の一角を切り崩したことになる。それは多少なりとも我々に、そしてBクラス内の日和見主義者に影響を与えるだろう。性格はともあれ、強さはあるという印象を与えられるのだから。そのうえで来年に備えるとすれば、これは大きな一歩になる。
「一番理想的なのは、龍園堀北ラインを今回の一回で破壊することになるのよね」
「その通り。いずれも叩き、這い上がる芽を与えない。それが私たちの目指すべきところになる。さて、そのうえで司令塔。何かご希望はやご提案は?」
「そうですね……バスケットは本命の可能性が高いでしょう。我々が十種目の内半数以上が勉学系であることを考えると、相手はスポーツ系で攻めてくる可能性が高いですね。バスケット、水泳、サッカー、テニス、弓道。この五つが本命ではないかと」
「根拠を聞かせてくれ」
坂柳は優雅に髪を払う。綾小路が相手ではないことがやや不満なのかもしれないが、背後に龍園がいると分かった途端にやる気が増しているような気がする。堀北では動かなかった情熱が、龍園によって動かされた。これが良い事なのか悪い事なのか、今のところは判然としない。歯牙にもかけられてない、というより眼中に入ってない堀北が少しだけ可哀想だった。彼女とて、頑張ってはいるのだろう。報われないのと孤独なだけで。
「英語はダミーと思われます。得意な生徒がいたとしても、平均値ではどう考えても私たちに勝てません。ここで貴重な学力枠を消費するよりも、私たちが出してくるであろう種目に備えた方が賢いからです。ピアノは弾ける生徒がどの程度いるのか分かりませんが、こちらも育ちの良い方々が多いですからね。学力は環境に比例しやすい。それは堀北さんや椎名さんも理解するところでしょう」
Aクラスは初期から頭の良い生徒が多かった。しかるに、育ちの良い生徒が多い可能性が高い。そういう図式ではあるが、理解できる思考回路である。教育投資が高く、いわゆるエンジェル係数が低い家庭は多分Aクラスに多いのだろうとは思っていた。坂柳家もそうだろうし、何人かそういう生徒に心当たりはある。逆に苦学生に近いが頑張っていた葛城のような生徒もいるが。
「タイピング技能は私たちにも得意な生徒がいるかもしれません。スポーツと違って、こういう情報は開示されていませんから。ですから、こちらに得意な生徒が多くないとあらかじめわかっているスポーツ種目をメインとする可能性が極めて高いと判断しました。特に弓道などは理想的でしょう。伝統的な武道ですが、経験者となると少なくなりますから」
彼女の意見にあまり反論する余地はない。Dクラスは体力系を得意とする生徒の学力はそこまで高くない傾向にある。Aクラスの種目に対応させる生徒は温存しておき、それなりに人数を使うルール設定にしているスポーツ科目で一週目の生徒を消費。Aクラスの種目が来た時になるべく二週目の学力枠を使いたい。そんな理想形も読み取れた。まぁこんなに上手く行かないとは理解しているだろうけれど、理想形を追い求めるのは悪い事じゃない。
「じゃんけんはギャンブル要素が強すぎますし、卓球は部員や経験者はいなかったと櫛田さんが言っています。櫛田さんのもたらした種目の情報はともかく、クラスメイトの情報は信じても良いかと。それが彼女の、数少ない取り柄ですので」
「なるほど、理解した。そのうえで対策は?」
「私としてはバスケットは捨てたいと思いますが……リーダー、いかがです?」
「良いでしょう。これは私も同意見です。須藤君は挑発に乗りやすい問題児。体育祭の頃を見ればそうですが……」
「えぇ。櫛田さん曰く、最近は成長傾向にあると」
であれば、彼に主導されるバスケの試合をこちらに引き戻すのは難しいだろう。黒子でもいればいいのだけれど、生憎と現実はバスケ漫画のように上手くは行かない。
「弓道は一からでは難しいでしょう。これも捨てですね。水泳、サッカー、テニスはここからでもまだ対策できると思います。サッカーは平田君一人いたとしても、11人でやるものですから。テニスは橋本君がいますし、水泳は……」
「私がどうにかしましょう」
「では、お願いします」
「私は何かに出るの?」
「いいえ、神室さんは温存します。あなたはスポーツ系なら割と対応可能ですし、テスト系でも成績を見る限り大丈夫でしょう。それになにより、チェスを引き当てた時のプレイヤー枠として必要ですので」
「えぇ!? 私が差すの?」
「はい。ルールは知っているでしょう?」
「それはまぁ、あんたの配信を手伝ってるから、一応は……」
「なら問題ありませんね。新進気鋭のチェス系YouTuberとあなたの恋人が師匠役なのですから、最低限戦えるでしょう。そもそも、初手から私が決着を付けに行きますのでご安心を」
真澄さんがチェスのプレイヤー枠となるのには私も賛成だ。と言うより、これが一番適材適所だろう。100メートル走があればそっちに出しても良かったのだが。坂柳的には司令塔の持ち時間だけで勝負を決めに行くつもりらしい。だが万が一と言うことはある。坂柳が盤面を作り、それを理解しなんとか繋げられるくらいのチェス理解度があるのは真澄さんだけのはずだ。これまでの配信を手伝っている分、他の生徒よりは理解度がある。
私は出せない。最後に勝ちきれなくなった時かカラオケと言う必勝種目が来た時用に控えにいるのだ。戦力の過剰投与は避けたいというのが坂柳の思考なのだろう。ここまではかなり堅実に作戦を立てている。元々筋は良いのだから変な欲目とか自分の想いとか余計な美学とかに囚われず真っ直ぐに立案して実行すれば大抵勝てるだろう。
その辺は、最近している数多くの対局の中で磨かれてきた感じはあった。舐めプできる相手ではなかったので、やむを得ずの側面は強いだろうが、それでも改善傾向なのは素晴らしい。葛城も真澄さんという人選には文句が無いようだ。
「まぁ善処はするけど、あんまり期待しないでよね」
「頑張ってね」
「……分かった」
視線を逸らしながら彼女は頷く。分かりやすいなぁと思いながら、私は小さく微笑んだ。坂柳が何かを吐きそうな顔をしつつ、話を先に進める。坂柳の予想の正確性はかなり高いと思うが、それでも万が一という事はある。それも含めて、対策を立てる必要があった。事前の準備を万全にしたうえで天命を待つ。それこそが、勝利への鍵となるのだ。
「じゃあ、始めるわよ。3、2、1」
「こんにちは、本日もご覧いただきありがとうございます。いつもご覧いただいている皆さんのご助力で、このチャンネルも無事一万人を突破することが出来ました。今後も精進しますので、引き続きの応援よろしくお願いします」
真澄さんのカウントダウンの後に坂柳のライブ配信が画面に映し出されている。リアルタイムの配信にその頭脳が活かされているのはやや損失かもしれないが、ここでの広告収入が結構な額になりつつあるので手放せない金策になりつつある。
「ということで今日は質問にお答えしていきたいと思います。先日募集しましたが、結構な数を頂きました。では早速。これは結構多かったものですね。『いつも観てます。アリスちゃんの可愛さに惚れました』ありがとうございます。『そこで、質問です。エンディングの曲は誰が歌っているのですか? BUMPの曲なのは分かるんですが。もしよかったら、フルバージョンも聴きたいです』とのことでした。他にも同じようなのを幾つも貰っています」
動画には当然エンディングというかが存在しているのだが、それに関する質問が来ていた。まぁ正直そのうち来るだろうなとは思っていたので、想定内ではある。
「質問ありがとうございました。私のチャンネルのエンディングは同級生でもあり、私の師匠でもある方に歌っていただいています。動画での使用許可も、その方が取ってくださいました」
流れていくコメントを見ながら、これで男とバレたら炎上しそうだと苦笑する。男の影を匂わせないようにしている。あまりやりたくはなかったが、私が女性であるという事にしておけば厄介ファンも黙らせられるし、百合営業も奥の手として使える。私は限界まで拒否したいのだが。
年齢不詳性別女性(?)に見える師匠と現役JKチェスプレイヤーアリスのコンビ。売り出し方としてはそう悪くないと思う。ちなみに、真澄さんはたまにチラッと映ってそれなりに人気を得ていた。彼女が美人なのは同意するけれど、それでいいのか視聴者と思わないでもない。
「男性アーティストの曲でも歌いこなせるのは毎回素晴らしいと思っています。いつも協力して頂いて、感謝しています」
心にもないことをペラペラと話している坂柳。真澄さんも若干のあきれ顔だ。詐欺師が向いているのかもしれない。知識があるためか、話の引き出しが多く、それが受けている理由なのだろう。話も明瞭で聞きやすく、声も悪くない。容姿につられているファンも多いが、チェス業界からも注目され始めたようだ。なにせ、現役JKがたまにプロに勝っているのだから無理もないだろう。
全く見たことなかったという人からも、彼女が話す公式戦の解説で見どころを理解したという声を聴く。そういう意味では、布教にも成功しているのだ。彼女とて、競技人口が先細ってしまっては困るはずだ。なるべく多くの競技人口がいる中でトップにいることに意味があるのだから。
「名残惜しいですが、本日はここまでとしたいと思います。今後もたまにこうして皆さんとお話しできたらと思いますし、今後は多くの新しいことにも挑戦していきたいと思います。無論、これまで通りの活動も続けていきますので、応援よろしくお願いします。それでは最後に、本日限定特別企画と称しまして、お呼びしている師匠にエンディングを歌っていただきましょう。それではお願いしますね。皆さん、また次回~」
音楽が流れ始める。なんでこうなったんだろうか、と自分で提案したことなのに思いつつ、私は息を吸い込んだ。
「――いつまでどこまでなんて 正常か異常かなんて 考える暇もない程 歩くのは大変だ」
予想外の方向に進んでいる私の人生だけれど、ちょっとだけこの現在は嬉しかった。自分にはないものを持っている姿に憧れて、かつてなりたいと願った偶像とは少し違うのかもしれないけれど。それでも私の声をポジティブな形で誰かに届けられている。それは、私のこれまでの生涯に比べれば夢のようなことだった。
「坂柳に諸葛に葛城。コイツらが三人雁首揃えてるんだ。俺たちの戦略なんざとうに見抜かれてるだろうなぁ」
同じ頃、龍園は不気味な含み笑いを浮かべた。Cクラスがよく密談に使うカラオケボックスの中で、彼は優雅に足を組んでいる。
「折角椎名がBクラスのために考えたのに、それが見抜かれて、なんでそんなに笑ってられるのよ!」
「お前はなんも分かってねぇな、伊吹。Aクラスは見抜けても対策はしないといけない。その間、ほんの僅かだが奴らの目は自分たちの中に向く。その時Dクラスはどうだ? 諸葛の庇護から外れた一之瀬なんざ、叩くのは難しい話じゃねぇ。それに、Aクラスは確信が持てないはずだ。自分たちの予想が正解かどうかなんて、当日にならない限りは分からねぇからな」
「じゃあ、最初っから堀北は捨ててるってこと?」
「勝てるに越したことはねぇよ、そりゃな。だが十中八九無理だ。アイツの運が凄まじいほど良ければ話は別だろうが」
龍園の本命はあくまでもDクラスを倒すこと。まずはとにかく勝利が欲しい。それが彼の望みだ。だからこそ、Aクラス相手を選ばなかった。どうやったとて、Aクラス相手では勝ち目がない。
「まぁ堀北の事はどうでもいいっちゃどうでもいいのよ。大事なのは、私たちが勝てるかだし。で、なんか策はあるの」
「……無いわけじゃねぇ。ただし、上手く行くかの確証は全くない」
「なにそれ、不安定すぎるでしょ」
「まぁまぁ、伊吹さん。取り敢えず話を聞いてみましょう」
いきり立つ伊吹を椎名が抑えている。石崎もいるにはいるが、こういう場面で彼は口を出さない。出せないの間違いかもしれないが、とにかく彼は黙って龍園の言葉を待っていた。
「ひより、この試験の肝はなんだ」
「それは、相手がどのような種目を出してくるのかを予想しその対策を打ちつつ、自分たちが勝つための手札を磨くことでしょうか」
「悪くねぇな。だが、それはド直球に勝ちを拾いに行くときの戦略だ。俺たちがそれをしたとて、どこと当たっても勝率は数パーセントだろうよ」
自らの意見を否定されたが、椎名は特に悪感情を示すことなく龍園の言葉を受け入れた。それは、彼女と龍園の勝率に関する予測が同一であることを如実に示している。一芸特化のBクラス。アベレージと団結力はあるDクラス。高水準なAクラス。いずれも高いハードル。それを超えるのは容易ではない。
「戦う種目は七つ。だが選択肢は俺たちの五つと相手の五つで十種目。言ってしまえば、俺たちの五つが全部採用されれば勝てる戦いだ。当然、勝てそうな五つを選んでるんだから当たり前だがな」
「そんな、バカバカしい……」
「机上の空論ではないでしょうか。もちろん、確率的にそうなる可能性はゼロではありませんが、そうならない可能性の方が圧倒的に高いと思います」
「だろうな。普通にやればそうだ。だが、だからこそ俺はここに可能性を見出す。考えてもみろ。この抽選をやるのは誰だ? 俺たちがくじ引きをするのか? いいや違う。選ぶのは学校だ」
「……は?」
「ど、どういう事っすか」
伊吹と石崎が困惑の声を出す。それを半ば無視しつつ、龍園は語り始めた。
「お前らもよーく覚えてるよな。この前のクラス内投票試験をよ」
「そりゃ、忘れるわけないっすよ」
「あれは学校の意向が強く働いていた。坂上は不満そうだったが、もっと上は望んでいたんだろうぜ。あの試験が実行されるのをな。だが実際はそうならなかった。諸葛率いるAクラスが、全校生徒を巻き込んで中止に追い込んだ」
「良い事じゃない。真鍋が残ったのはちょっとムカつくけど……あんな理不尽なのごめんってのは同じ気持ちだし」
「ですが、学校側、引いて言えば企画者の面子は潰されてしまった。そういう事ですか?」
「その通りだ。企画した奴はさぞかし怒髪天だっただろうな。ガキに計画潰されて、それどころかここぞとばかりに改革案を押し通された。今更中止には出来ないし、腹が立つことこの上ないだろうぜ。そうでなけりゃ、あんな試験をやらねぇ」
実際問題として、この読みは正しかった。学校運営の上層部、つまりは政府中枢は自身たちの決定を反故にされたことに大変腹立たしい気分であった。しかしここで月城を更迭するとより生徒たちが頑なになりかねない。流石に全員自主退学されてはたまったものではないので、憤懣やるかたない気分を抑え込みながら年度末を迎えようとしていた。
「で、でも龍園さん。それとこれと、話が見えてこないっす」
「簡単な話だ。俺たちは学校の犬になればいい」
「い、犬?」
「そうだ。犬になって、諸葛とAクラス、ついでにそれに与するDクラスを叩く。そうやって中心人物を排除するなり計画に打撃を加えて実行不可能にするなりして、学校を元々のクラス間闘争に戻す。それがこっちの提示する実施内容だ。そして、学校側は俺たちがそうできるように便宜を図る。この契約を持ちかけて、俺たちが出す種目が全部通るようにする」
Aクラスに対して勝利を求める龍園たちCクラス。このまま学校が方針転換を続けると困る上層部。ここの利害は現状一致していた。
「学校に媚びへつらって、それで勝利にお膳立てしてもらおうっての!?」
「それの何が悪い」
「あんた、プライドってもんはないの」
「プライドで飯が食えるのか? 勝てるのか?」
「それは……」
「利用できる奴がいるなら、そいつを最大限利用すればいい。靴舐めても勝てるなら、それでいいじゃねぇか。俺たちの目指すのは学校への勝利じゃねぇ、Aクラスへの勝利だ。俺は勝ちたい。そのために利用できるんなら、悪魔にだって魂売ろうじゃねぇか」
勝利への執念。それが彼を突き動かしている。龍園という人間は元来、非常に諦めが悪い。時には逃げることも辞さない。その狡猾さと目的への強い意識は、図らずも綾小路への敗戦以後強化されていた。
「使えるもんを利用して勝つのだって勝利のはずだ」
「龍園君の意図は理解しました。現実可能性はありますし、有効な手段ではあると思います。ただ、今後私たちの行動が大幅に制限される可能性がありますし、私たちの自主性が失われて学校の手足、もっと言えば都合のいい駒として消耗させられてしまう可能性も考えられますが」
「誰がずっと手足のままだって言った? 俺はあくまでも利用する。向こうはこっちを舐めてるだろうし、使い潰す気だろうが別に構いはしねぇ。それを上回ればいいだけの話だ。現状は差が開きすぎてる。それを詰めて、いい具合になったところで今度は諸葛と組んで捨ててやればいいのさ」
「そんなに上手く行くでしょうか」
「他に方法はねぇ。Aクラスがあそこまで独走するだけならまだしも、南雲ですらやらなかったことをしようとしてるのを学校上層部は許容してないのが透けて見える。それを利用できるのは、まだごたついてる今のはずだ」
「危険な賭けですよ」
「はっ、何を今さら。それが俺だ」
「……分かりました」
不安要素は強い。そう簡単に御せるほど、何十年も学校運営を司って来た存在は軽くない。諸葛孔明とて、状況判断と外部組織からの協力あってこそ初めてこの箱庭の中で小さな革命を起こせたのだから。当然龍園はそれを知らないが、危険な賭けであることなど重々承知だった。
彼はAクラスの特権には興味が無い。ただ、どんな手段でも勝利を。ただのエゴであり、お題目のすばらしさではAクラスには絶対に勝てないと理解している。それでも敗北のままでは終われない。Aクラスに、諸葛孔明に勝ちたい。その歪んでいながらも熱量を放つ願いが、彼を突き動かす。
かくして、龍園は禁断の果実をもぎ取るべく一歩を踏み出した。たとえ最後には破滅が待っていようとも、勝利を配下と己の手にするために。
この光の始まりには