「……受かっちゃった」
いま俺は、目の前の掲示板に張り出されている番号一覧と、
手元の受験票に記載されている番号とを見比べて、呆然と呟いた。
「………」
待て待て、早合点するな。
見間違いということもある。もう1度確かめてみよう。
「……ある」
しかし何度となく見返してみても、そこには間違いなく、
俺の受験番号が掲載されていた。合格である。
「おめでとう、リアンちゃん」
「院長先生……」
そんな俺の様子を見て、一緒に発表を見に来てくれていた
施設の院長先生が、優しく声をかけてくれる。
思わずそちらへ顔を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
『トレセン学園入学試験 合格発表』
傍らに掲げられている看板には、大きく、そう書かれていたのである。
というわけで、この春から、俺も念願のトレセン学園生だ。
何が何だかわからないと思うが、安心してくれ。
俺もまだよくわかってない。
あ、いや、本当のことなんだから怒らないでくれ。
そもそもの話、なぜいま俺がこうしているのかというと、
気が付くと幼女になっていて、しかもウマ耳としっぽがついていた、というわけだ。
あれれー? おかしいぞー?
俺は順風満帆だとまではいかないが、普通で平凡な人生を送っていたはず。
もしかしてこれは、近頃流行りの異世界転生ものなのでは?
いち社会人として忙しい傍ら、ネットでSSなどを読みふけっていたおかげで、
何とかそんな可能性にたどり着けたのはいいものの。
俺、死んだ記憶とか、死に瀕した覚えとか一切ないんですよね?
事故に遭ったり、重病だったということもない。
本当に普通に生活して、明日も仕事だと思いながら床に就いた結果がこれだよ!
マジでどういうことなの……
ちなみに、こういう話ではよくある、神様に会ったりということもなかった。
よって、チートだのなんだのというのもないから、少しがっかりしたのは秘密。
というわけで(2回目)、今の俺はウマ娘であり、
文字通り2回目の人生を送っているというわけである。
ウマ娘名は『ファミーユリアン』。
ファミー・ユリアンじゃないぞ。
ファミーユ・リアンだ。
フランス語で「家族の絆」という意味なんだそうだ。
生まれてすぐに捨てられ、孤児院で育った身としては、やけに皮肉めいた命名だと思ったが、
今では逆に好ましく思えてきて気に入っている。
「ウマ娘を育てる自信がない」
実にふざけた理由だと思わないか?
着の身着のままで捨てられていた俺に、唯一、何か親の手掛かりになりそうなものとして
残されていたのが、そんな文言が殴り書きされた紙切れだった。
ウマ娘だろうが何だろうが、育てる覚悟と勇気がないなら、
子供なんて作るんじゃねーよ。だいたいなあ、近頃の若――げふんげふん。
まあ昔のことはいい。
大事なのはこれからだ。
トレセン学園への入学も決まったことだし、気分も新たに生きていきまっしょい!
コンコン
「リアンちゃん、準備はできた?」
「あ、院長先生」
ノック音に振り返ると、部屋の入口に、孤児院の院長が微笑みを浮かべて立っていた。
トレセン学園は全寮制の学校だ。
明日その引っ越しだから、荷物の整理をしていたんだった。
考え事していたせいで、あまり進んでいない。
だけど家具なんかはほぼすべてが孤児院のものだし、
私物といえば文房具の類と、服が何着かという程度のものでしかない。
小さなバッグひとつに収まるくらいだから、大差はないか。
「貴女がうちに来て12年、本当、時がたつのは早いものね」
「そうですね」
感慨深そうに言う院長。
相変わらず、俺を見つめてくる視線は優しい。
「今更こんなことを言うのもなんだけど、
貴女が出て行ってしまうのは、正直痛いのだけれど」
苦笑する院長。
いろいろお手伝いしてましたからな。
ほら、俺ってウマ娘だから、ご多分の例に漏れず、
普通の人間よりはパワーがあるわけで。
人手不足はこういう施設では定番のこと。
幼いながら、俺が男手をカバーして、いろいろ奮闘していたというわけ。
そういう意味では、明日以降、大丈夫かな?
「立派に育ってくれてうれしいわ。
トレセン学園の試験を勧めて本当に良かった。
貴方は手のかからない良い子だし、きっと成功するから」
院長の言うとおり、トレセン学園を受験したのは院長に強く勧められたからで、
俺自身はトレセン学園に進む気なんて全然なかった。
受験するのも無料というわけではないし、なにより……
「えーあー、こんなナリで立派ということもないですけどね~」
褒められて嬉しい反面恥ずかしいので、そんなことを言ってみる。
134センチ。
今の俺の身長だ。
同年代の子と比較してもかなり小さいし、
あのニシノフラワーちゃんが確か135センチだったはず。
彼女は飛び級しているので、実際にはまだ小学生。
そんなフラワーちゃんよりも小さくて、ウマ娘としてはパワーもないであろう俺が、
厳しい勝負の世界で通用するとは到底思えなかった。
だから受験は考えなかったんだけど、院長にそれはもう強く強く推されてしまってね。
まあウマ娘なんだからと、記念受験のつもりで臨んでみたら、あらびっくり。
合格基準ってどうなってるんだろ?
生涯未勝利だったハルウララが入学できているくらいだから、
意外と緩かったりするんだろうか? でもエリートだって記述も見たし、謎だ。
「……ごめんなさい。
あまりいいものを食べさせてあげられなかったから」
俺がそう言うと、院長は悲しそうに視線を伏せてしまった。
あ、ああいや違うんです!
決してそういう意味じゃなくてですね!
単なる照れ隠しというか、茶目っ気というか……
はい、元成人男性が見せるような態度じゃなかった。
猛省します。
「んんっ……見ていてください。
今に大活躍して、ここにもいっぱい寄付してあげますから」
「ふふ、怪我だけには気を付けてね。応援してるから」
冗談だったと気づいてもらえただろうか。
茶化すような俺の発言に、院長は微笑んでくれた。
いや、こっちのことは冗談ではなくて、いっぱい勝っていっぱい稼いで、
この孤児院にも寄付できるくらいには活躍したいと思っている。
孤児院を出る=自立した、というように見なされる決まりなので、
もうこの施設には戻れない。
だから自分の食い扶持くらいは稼げないと、進退窮まる状況になってしまう。
勝てはしなくても、入着できれば賞金は出るだろうから、
最悪それくらいは頑張らなくてはならない。
とりあえず、トレセン学園に入学できる。
学園の公式情報が謎だらけだからよくわからないけど、
中高一貫みたいだから、最低6年間は衣食住に困らなくて済む。
6年。その6年の間に、なんとか……
リアル競馬の世界(主に馬券という意味で)を多少なりとも知っている身としては、
非常に高いハードルであろうことは想像に難くない。
未勝利で終わる馬が世の大半である中を、こんな中途半端な存在である俺が、
生き抜いていけるのだろうか?
「どうかした?」
「いえ……なんでもないです」
「そう?」
いかんいかん、今からそんな弱気でどうする!
とにかく頑張るしかないのだ。
ダメならダメで、そのときはそのとき。
どうにかなるなる。
「それより、何か用だったんじゃないんですか?」
「あ、そうそう、忘れてた。貴女に贈り物があって来たのよ」
「贈り物?」
「はい、これ」
院長はそう言って、きれいにラッピングされた
10センチ四方ほどの小箱を取り出し、俺に手渡した。
はてなマークでいっぱいになる俺。
「ほら、貴女の誕生日、4月24日でしょ?
入学後になってしまうから、いま渡しておこうって思ったの。
私と、施設のみんなからよ」
「あ……」
この孤児院の門前に捨てられていたのが、13年前の4月24日。
それが今の俺の誕生日ということになっているが、本当に生まれた日は、
実の両親が名乗り出てこない限りはわからない。
でも今となってはどうでもいい。むしろ、こちらから願い下げだ。
「贈り物……誕生日……」
俺にとってはどうでもいい日だが、
施設のみんなにとっては、そうじゃなかったらしい。
いや、何も今年が初めてというわけじゃない。
決して裕福というわけじゃないのに、施設にいる子供に対しては、
毎年、何かしらのお祝いは催していた。
だけど今年は、トレセン学園に入学、すなわち入寮してしまうので、
祝ってもらうことはないだろうと思い込んでいた。
それが、こんな形で……反則だろ?
「っ……」
急に込み上げてきた何かを急いで引っ込め、服の袖で目をぬぐう。
そんな俺の様子を、院長は変わらずの微笑で見つめている。
「開けていいですか?」
「もちろん、どうぞ」
「……これは、髪飾り、いや、耳飾りですか?」
「正解」
小箱から出てきたのは、何かの植物の葉を模したであろう飾り物だった。
先がトゲトゲなのが特徴的で、赤い木の実がアクセントでついている。
なるほど、ウマ娘たちはみんな、耳に飾りをつけているな。
右耳につけているのがモチーフが牡馬、左耳が牝馬だったか。
今まではつけていなかった、というか元男なだけあって
オシャレ関係には疎い、というか興味がないので、
記念品としてもプレゼントとしてもちょうどよかったというわけだな。
「セイヨウヒイラギ。花言葉は『domestic happiness』。
家庭の幸せ、という意味なの。
貴女にはいろいろな意味で幸せに恵まれてほしいから、ね」
「そう、ですか」
家庭の幸せ、ねぇ……
それが、家庭に入る、という意味での幸せを意図してのことなら、
たぶん生涯にわたって縁がないと思いますよ。
確かに女だけど、こうして前世の、男としての意識が残っている時点でお察しです。
でもまあ、気持ちはありがたくいただいておきますし、素直にうれしい。
「ありがとうございます、大切にします」
「つけてあげる」
「はい。あ、右耳にお願いします」
元、男性ですのでね、基本は外しません。
「……うん、似合うわよ。かわいい」
「そうですかね?」
壁にかかっている鏡で確かめてみる。
院長はそう言ってくれるが、うーん、どうなんだろ?
黄色がかった栗色の髪に、植物の緑は映えるとは思うけど、
やっぱりこういうものには疎いからよくわからん。
「リアンちゃん」
「はい」
「元気でね」
「院長も、お元気で。みんなにもよろしくお伝えください」
こうして俺は、長年過ごした孤児院を出て、トレセン学園へと入学したのだった。
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