トレセン学園では、夏は毎年恒例の合宿がある。
俺はてっきり、全生徒が参加するものだと思ってたんだけど、
実はあれ、チーム所属のウマ娘だけの行事なんだってさ。
練習場と宿の手配なんかもチーム単位で行われるから、
学園側は計画と決済を承認するだけで、基本的にノータッチなんだと。
それに、新入生はもともと対象外なんだそうだ。
考えてみれば、アプリでも、ジュニア級では合宿はなかったな。
なので、俺は参加できない。
くそ、行くつもりでリハビリ頑張ってたのに、くそっ。
まあだからといって、リハビリを手抜きするなんて真似はしない。
一刻も早く復帰する気持ちに変わりはないからね。
そんな感じで一生懸命リハビリに励んだ結果、
6月の最終週を迎える前にはプログラムを完遂し、医師と研究所の人からも、
通常トレーニングに復帰してOKとのお墨付きをいただいた。
いよっし!
夏前に復帰するという目標を達成できたぜ。
幸か不幸か、怪我以前よりも脚が一回り太くなった気がする。
専門家の指導ってすごいんだな。
これでトレーナーが付いたりしたら、どうなるんだろうか。
少しは戦えるようになったかな?
いや、こんなんで上位に食い込めるほど甘くはない。
引き続き頑張らなければ。
「私からも報告がある」
復帰をルドルフに伝えたら、何よりだと喜んでくれた後、
真剣な表情でこう言うんだ。
「デビュー戦が決まった」
「どこで?」
「7月4週、新潟レース場での芝2000メートル、メイクデビューだ」
「新潟か……」
確か史実でも、ルドルフは新潟デビューだったな。
距離は1000だったはず。そこはアプリ版準拠というわけか。
「ちょっと遠いな」
近くだったら応援に行くんだけどなあ。
夏場は、主要4場での開催がないからね。
どうしても地方でのレースになってしまう。
出走する本人とトレーナーなどの関係者の旅費はURA持ちだが、
赤の他人はそうもいかない。
友達です、ルームメイトです、なんて理由は通用しないのだ。
「応援には行けないけど、頑張ってね」
「ああ、任せてくれ。気持ちだけで十分さ」
月並みな俺の言葉に、ルドルフは力強く頷いてくれた。
「ところで、リアンは夏休みはどうするんだ?」
「夏休み?」
唐突なルドルフからの質問。
トレセン学園にも、一般の学校と同じ夏休みがある。
これを利用してチームは合宿を行うわけだが、
他のウマ娘たちは、各々違う過ごし方をする。
実家に帰省する者や、学園に残って自主トレーニングに励む者、
はたまたバイトに精を出す者など、実に様々。
「うーん、特に何もないけど?」
粛々とトレーニングするだけだと思うよ。
あ、強いて言えば、1回くらいは出身の孤児院に顔を出すのもいいかな。
交通費を気にしなくてもよくなったわけだし。
そろそろ近況報告を兼ねて、様子を見に行ってみたい。
「そうか。なら、こうしないか?」
「何かあるの?」
「ああ」
なんだろ?
何かあるのかな?
「8月は私も実家に帰省するんだが、一緒に来ないか?」
「え、それって……シンボリ家に、ってこと?」
「うん。施設も一通りは揃っているから、
学園にいるのと変わらないトレーニングができると思う。
相応の知識を持つ者もいるから、むしろリアンにとっては、うちのほうがいい」
「え、えっと……」
なんかまた、急にすごい話が降って来たな。
ルドルフの実家に招待された?
「それ、ご両親は……」
「無論承知している。
ほかに予定がなければ、ぜひに、とのことだ」
「えと……」
当然のように、外堀は埋められていた。
庇護を受けている身としては、断れるはずのない話だこれ。
……なんかこんなのばっかりだな。
立場が弱すぎる俺。モブの悲しいところよ。
「8月、一日からってことだよね?」
「ああ。学園に戻るのは30日とか、そのあたりになる」
「わかった、お世話になります。よろしくお伝えしておいて」
「了解だ」
うれしそうに頷くルドルフ。
ほかの予定もないし、そっちのほうがみっちりトレーニングできるというなら、
乗らない手はないよね。恐縮ではあるが、俺もうれしい。
ルドルフの実家か。
はてさて、どんなところなんだろう?
ルドルフのデビュー戦当日。
彼女の実戦はほかのウマ娘たちの中でも注目の的らしく、
テレビがあるカフェテリアには、大勢の人だかりができていた。
かくいう俺もその中の1人。
中に入っていく勇気はないので、1番外から、親友の戦いを見守ることにする。
新潟3R、天候曇り、出走は10人。
シンボリルドルフ、6枠6番、当然の1番人気。
あいにくの不良バ場だが、彼女の実力をもってすれば、何の問題もないはずだ。
……スタート。
ルドルフはすんなり好位につけると、道中は難なく追走し、
4コーナーを回ってもしばらく仕掛けず、新潟の長い直線、半ばでスパート。
あっけなく先頭に出ると、後続に2バ身半差をつけて快勝した。
着差以上の強さを感じさせる、圧勝と言ってもいい出来だった。
「デビュー勝利、おめでとう。いえーい」
「ああ、ありがとう」
その日の夜、部屋に帰ってきたルドルフをハイタッチで出迎えた。
彼女も嬉しそうに手を合わせてくれる。
「疲れてるでしょ?
マッサージでもしましょうか、オープンバさま」
「変な小芝居はよせ」
冗談めかして手をもみもみしつつ、そう申し出る。
ルドルフは笑っていた。
「オープンといっても、デビュー戦を勝っただけだ。
この時期は勝てば誰でもそうなる。偉くもなんともないぞ」
「それでも私にとっては、雲の上の存在なわけですよ」
「だから芝居はよせ」
へへーっ、と頭を下げて拝んでやる。
俺はそんな1勝すらできるか怪しい存在だからね、しょうがないね。
その1勝が何よりも重いのですよ。
「まったく他人事みたいに。いつかは君も経験することだぞ」
「私のデビューはまだ当分先だよ」
来年以降になるのは間違いない。
少なくとも、ルドルフよりも1年は遅れそう。
「なにはともあれ、おめでとう」
「さっきも聞いたぞ」
「お祝いは何回言ってもいいでしょ。
ご祝儀のおこぼれ期待してまーす」
「こいつ、そっちが本命か」
「バレたか。はは」
「わかるさ。ふふふ」
いつもの俺たちな感じ。
俺も、勝てるといいなあ。
さてそれでは、シンボリ家にお邪魔する前に、
俺のほうの用事も済ませてしまいましょ。
電車とバスを乗り継いで、入学前まで過ごしていた孤児院へやってきた。
今日行くという連絡はしておいたので、誰もいないということはないはずだ。
その連絡が孤児院を出て以来、最初の連絡だったことは秘密。
だって、余計な心配とかかけたくないじゃん?
実際に怪我しちゃったわけだしさあ。
怪我のことは知らないと思うけど、知らせないほうがいいだろうな、やっぱり。
あくまで順調に過ごしているということだけ伝えて、
今後の見込みに軽く触れる程度でいいだろう、うん。
「リアンちゃん?」
「ファッ!?」
「入口の前で何してるの?」
「い、院長先生……」
これは不覚。
何を話すか考えているうちに、奇襲を受けてしまった。
しかも背後から。
なんで外にいるんですか、院長。
「不意打ちとは卑怯ですよ」
「ふふ、ごめんなさい。
扉の前でぶつぶつ言っているのが見えたものだから、ついね。
裏口から出て回ってきちゃいました」
まったく、心臓に悪いったら。
貴女は気配を消せるんですか? ウマ娘の聴覚にも引っかからないとは。
「さあ、中にどうぞ。みんな待ってるわ」
「はい、お邪魔します」
「リアンちゃん、違うでしょう?」
「え?」
「ここはあなたの『家』なんだから、他に言うべき言葉があるでしょう?」
「……」
……またそうやって不意打ちをかましてくるだもんなあ。
しかも今度のは、心へのダイレクトアタックだ。たまらないよ。
ああ、そうですね。言ってやりますとも。
「『ただいま』、院長先生」
「『おかえりなさい』、リアンちゃん」
そう言って微笑む院長に、後光が差して見える。
込み上げてきた熱いものをどうにか堪えつつ、
俺は3ヶ月ぶりに、『我が家』へと戻った。
ちなみに、何か隠してることない?って聞かれて冷や汗が出た。
仮でも代行でも親権者だ。
そりゃあ連絡行きますよねって話。
そんなことに微塵も気づかなった俺に幸あれ(切実
すでにお決まりと化した感のあるリムジンに送られて、
俺たちは千葉県にあるシンボリ家へとやってきた。
現実でも、千葉にシンボリ牧場があるんだよな。
北海道にもあるみたいだが、詳しいことまではわからない。
牧場を複数持ってるとか、さすがは名門だ。
「ほぇ~」
その入り口で、俺は大口を開けて間抜けな声を上げるしかない状況である。
「でっか」
だって、邸宅の建物だけで、どこの体育館ですかってくらいの規模だよ?
その上、敷地内には牧場と、トレーニング用のコースがあるってんだから……
まさにブルジョワの極み。あるところにはあるんだねぇ。
「やあ、よく来たね」
「いらっしゃい、ファミーユリアンさん。
自分の家だと思ってくつろいでくれて構いませんよ」
「こんにちは。お世話になります」
玄関でルドルフのご両親が出迎えてくれた。
あの研究所以来で、顔を合わせるのは2回目だけど、
なんかお二人とも、すごいフレンドリーな空気を纏っていらっしゃる。
いやあ、俺そんな気に入られるようなことしましたかね?
最初のときも友好的だったけど、それ以上になってる気がしますよ。
隣を見れば、ルドルフもにこにこと笑みを浮かべているし、
また何か要らぬことを吹き込んだんじゃなかろうな?
無駄に期待値とかハードルを上げられても、応えきれないことは明白なんですが?
「足の調子はどうかね?」
「あ、はい、もうすっかり。前より好調なくらいで」
「そうかそうか」
本当に、研究所の施設を使わせていただいたおかげです。
適切なリハビリメニュー、的確なトレーニングプログラム、アドバイス。
その点は感謝してもしきれたものではない。
個人ごとの指導をしてもらえるというのが、これほどありがたいことだとは。
専属トレーナーとかが付くような子は、もっと恩恵すごいんだろうな。
「夜は盛大に歓迎パーティーを催しますからね。
楽しみにしておいてちょうだいな」
「パ、パーティーですか」
「腕によりをかけて豪勢なディナーを用意しますから、たくさん食べてね」
「は、はい」
パーティーって、おいおい……
まさかドレスコードあったりしないよね?
普通のホームパーティーってことだよね?
……否定しきれん。
ドレスとか一式も用意されていそうで怖い。
「ではまた後で会おう。ルドルフ、部屋へ案内して差し上げなさい」
「はい。リアン、行こう」
「うん」
ご両親といったん別れ、ルドルフとお屋敷の2階へ。
内装もさすがに豪華だった。
迂闊にものに触れられたものではない。
あの壺とか絵とか、無造作に飾られてあるけど、
いったいおいくら万円なのか、庶民たる俺には想像もつかない。
万が一にでも壊そうものなら、人生から
ここに1ヶ月ほど滞在するわけだから、気を付けなければ。
「ここだ。どうぞ中へ」
「失礼しまーす。……うわ、すご」
1歩入ってみて、途端にわかるものすごさ。
一流ホテルのスイート並みの部屋だぞ。なんぞこれ。
「ここって、VIP用の部屋だったりするの……?」
「VIPというわけじゃない、来客用の普通の部屋だな」
「普通、なんだ。そうなんだ……」
普通の客間だとよ。これが? 普通?
『普通』ってなんだ?
「部屋にあるものは好きに使ってくれて構わない。
何か不自由があれば、内線電話で申し付けてくれ。
使用人の部署に直通するから、すぐに対応してくれる」
「う、うん」
使用人、いるんだ。
やはりいるところにはいるんだな、そういう人。
そうか、運転手の人も執事さんだったな。
「じゃあ私も自分の部屋へ行ってくる。
荷物を置いたら電話するから、外のコースに出てみないか?
案内を兼ねて、軽く走ってみようと思うんだが」
「わかった」
「それじゃ、少し待っていてくれ」
自分の部屋へ向かうルドルフを見送って、ドアを閉める。
それから改めて、室内を見回してみた。
十分な大きさのベッドは、キングサイズ。
もちろん寝心地抜群そうなふかふかの布団と枕だ。
自分で料理する人用なのか、コンロとシンクがある。
その傍らには、1人用のとかではない大きな冷蔵庫。
中を確認してみたら、水やらお茶やらスポーツドリンクやらがたんまり。
これも自由に飲んでいいのか? 後でルドルフに聞いてみよう。
リビングスペースには、豪華そうなソファーとテーブル。
壁には50インチはありそうな大きさの壁掛けテレビ。
こっちはなんだ?
……うわ、トイレとシャワー完備かよ。本当にホテルじゃん。
前世の出張時にだって、これほどのホテルになんか泊まったことないぞ。
至れり尽くせりで怖くなってくる。
「はあ~」
溜息しか出ない。えらいところに来てしまった。
こんなところに1ヶ月か。
逆の意味で精神持つかな、俺。
そうこうしているうちにルドルフから電話がかかってきたので、
ジャージに着替えて、コースへ出てみることにする。
「ふわ~」
そこでまた、カルチャーショックですよ。
「芝にダートに、こっちは……すご、ウッドチップじゃん」
立派なトラックコースが鎮座しておられました。
それも、芝、ダート、ウッドチップと綺麗に整備されている。
学園のものと比べても遜色ない。
もしかして、坂路もあったりする?
「さすがに坂路はないな」
聞いてみたら、坂路はないとのこと。
少し残念と思ってしまう感覚が、すでに名門に毒されている証拠だ。
「では今日は軽く、ジョギング程度でな。
とりあえず1周してみるか」
「ん、了解」
ルドルフはデビュー戦を戦ったばかりだし、
初日からいきなり全開というわけにもいかんからんあ。
軽めのメニューから徐々に慣らしていくとしますか。
こうして、シンボリ家での真夏の日々がスタートした。
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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