転生孤児ウマ娘の奮闘記   作:しょうわ56

101 / 122
第91話 孤児ウマ娘、『頂き』へ

 

 

 

ロンシャン入りしたのは昼過ぎ。

控室に入ろうとしたところで、()()()と遭遇した。

 

「あ」

 

「よおリアン」

 

「……シリウス」

 

毎度のドヤ顔を浮かべているシリウスが、

俺の控室の前で待ち構えていやがった。

 

こうして顔を合わせるのはドバイ以来になる。

電話で話したのも、あの一件だけだ。

 

出待ちならぬ入り待ちとは、気合入ってんねぇ。

こっちとしてはいい迷惑だけどな。

 

「なんか用?」

 

「つれないなあ。

 せっかく励ましに来てやったというのに」

 

「同じレースに出るやつを励ましてどうする」

 

同レースに出走するやつを励ましたりはせんだろ普通。

こいつ、どういうつもりだ?

 

「正直に言いなさい。何のつもり?」

 

「真面目な話、同じ日本勢として、

 話をしておいたほうがいいかと思ってな」

 

ドヤ顔をしたまま言い放つシリウス。

 

わからなくはないけど、ここに来てかよ、とも思う。

そういうことなら事前に連絡せんかい。

 

それに、こいつの性格からして、

お互い協力して頑張りましょうなんて言い出すはずもない。

立ち話で済ませるようなことでもないしさあ。

 

ますます真意が見えんな。

 

「おまえがキングジョージでやられたこと、

 私がやり返してもいいんだぜ?」

 

「……」

 

ほーん? いつになく殊勝な心掛けで。

まあ本心じゃないのは、顔からして明らかだけどな。

 

でもシリウスもそういう風に見てたのね。

というか、やり返すにしたって、たった1人で何ができるというんだ。

 

「遠慮しとく。勝負は正々堂々としないとね」

 

「はは、そう言うと思ってたぜ。忘れろ」

 

「うん」

 

「即答されるのも、それはそれでむかつくな」

 

どうせいと言うのだ。

やっぱりわからん。

 

「じゃあな。お隣さん同士仲良くやろうぜ」

 

シリウスはそう言うと、隣の部屋のドアを開けて入っていった。

そうか、枠番隣だから控室も隣なのか。

 

というか、本当にヤツの挙動が謎すぎる。

まったくもう、何がしたかったんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『日本の皆さんこんばんは。世界一の格式を誇る凱旋門賞を迎えました。

 今年は久しぶりに日本から挑戦者が現れております*1

 ファミーユリアンとシリウスシンボリの2人が出走します』

 

日本向けの衛星生中継が始まった。

 

『現在、ファミーユリアンは3番人気。

 前走の負けで少々落としましたが、それでも上位人気です。

 シリウスシンボリは9番人気となっております』

 

直前の1番人気は、イギリスのサルサビル。

2番人気は地元フランスのエペルヴィエブルーとなっており、

リアンは彼女たちに続く3番人気である。

 

『ファミーユリアンの前走での敗因と思われる、

 気になるバ場状態ですが、解説のゴーダさんにお聞きしましょう。

 ゴーダさん、いかがですか?』

 

『はい。この1週間パリは好天が続いておりまして、

 雨はまったくと言っていいほど降っていません。

 中間の状態発表も、稍重から良ということになっています』

 

日本のファンも大いに気になっているであろう、

ロンシャン芝コースのバ場状態。

 

『本日も稍重、「BON SOUPLE」という発表になっていますが、

 昼休みに散水がされました』

 

『バ場に水が撒かれたと?』

 

『はい。御存知でない方にご説明申し上げますと、

 こちらのレース場では、バ場が過剰に乾くと固くなって危険なため、

 人工的に水を撒くことがあります。それが散水です』

 

事情を知らないファンのために説明する解説者。

通常は危険回避、故障防止のために行われると。

 

『ただ……すいません、あくまで個人的な感想ですが、

 ちょっと量が多かったように思いました』

 

『必要以上に撒いたということですか?』

 

『それはわかりません。あくまで私の所見です。

 撒かれるまでは良に限りなく近かったと思いますが、

 現状では重寄りの稍重といったところじゃないでしょうか』

 

『ファミーユリアンにとっては、

 あまり歓迎するべき状況ではないと?』

 

『彼女は、パンパンの良バ場でやりたかったでしょうね。

 危険回避のために仕方がないとはいえ、

 天気が良かっただけになおさらだと思います』

 

そう言ってバ場の解説を締める解説者。

何とも不穏な気配を感じさせる言動であった。

 

 

 

 

『凱旋門賞、パドックに参りましょう』

 

パドックでの出走各バのお披露目が始まった。

 

『8番、現在2番人気、フランスのエペルヴィエブルーです』

 

『G1リュパン賞*2の勝ちウマ娘ですね。

 前哨戦のニエル賞も勝ってきてます。強敵ですね』

 

『16番、ファミーユリアンとは4度目の顔合わせとなります、

 こちらもフランスのインザウイングス。4番人気です』

 

『サンクルー大賞に勝ち、前走フォワ賞でファミーユリアンが苦しんだ

 不良バ場の中を貫録勝ちしました。こちらも難敵です』

 

『17番、イギリスのインザグルーヴ。5番人気です』

 

『アイルランドの1000ギニーを優勝しました。

 その後イギリスオークスで4着、インターナショナルSでシリウスシンボリと

 叩き合いの末2着に惜敗。ヴェルメイユ賞3着からになります。

 このあとチャンピオンSに向かう予定*3とかで、

 非常にタフな子になりますね』

 

『1番人気の登場です。21番、イギリスのサルサビル』

 

『はい、1番のライバルたる子ですね。

 イギリス1000ギニー、オークス、アイルランドダービー、

 ヴェルメイユ賞とG1を4連勝中で、

 通算でも5勝している大本命になります』

 

最大のライバルになるであろうサルサビル。

戦績は8戦7勝、うちG1を5勝。目下6連勝中であった。

 

そのほかにも、ディフェンディングチャンピオンであるアサティス。

ヨークシャーオークス勝ちのあるヘレニック。

昨年チャンピオンSを勝ったリーガルケース。

英セントレジャーを前述のヘレニックと競り合い制したスナージ。

凱旋門賞と同条件のパリ大賞の勝ち娘ソーマレズ*4など、

まさに世界一決定戦の名にふさわしい豪華メンバーとなった中。

 

『我らがファミーユリアン、登場しました!

 ドバイワールドカップ、コロネーションカップ、

 キングジョージを制して芝ダート共にレーティングトップで迎えます。

 状態はいかがでしょうか?』

 

『変わらず好調そうですね。

 前走の負けの影響はなさそうです』

 

『今回も日本から大応援団がやってきています。

 日の丸といつもの横断幕が揺れています。

 22番枠というスタートについてはどうでしょう?』

 

『まあほぼ関係ないでしょう。

 例年、スタート直後はゆったりと流れることが多いですし、

 逃げるのであれば、内の様子を見ながら行けますからね』

 

『逃げは不利と云われる凱旋門賞ですが?』

 

『ペースメーカー次第ではありますが、

 数々の常識を打ち破ってきた彼女のことです。

 今回も奇跡を起こしてくれると信じましょう』

 

『はい期待しましょう!

 そして大外23番、シリウスシンボリです』

 

『その意外性に期待したいところです。

 今日はどう出ますかね。彼女のことですから、

 先頭も最後方もあり得そうです』

 

『以上、23人の大人数になりました、

 第69回凱旋門賞のパドックをお送りいたしました』

 

大外22番と23番に陣取る日本勢。

2人はいつもと変わらぬ様子でパドックを後にし、

本バ場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本バ場へと入場する。

 

……うん。

一歩踏みしめただけでわかる、前走とは大違いのバ場。

 

なんか結構散水したって話らしいが、

天気が良いから、それでも急速に乾いているってことのよう。

気温も高めだしな。日光の下にいると汗ばんでくるくらいだ。

いいぞ、もっと乾け乾け。

 

さてそれでは、芝の感触もそこそこに返しウマへ──

 

 

「リアンちゃ~ん!!」

 

 

──向かおうとしたところで、客席から呼ぶ声が。

 

声のしたほうを向いてみると、おお、日の丸がいっぱい。

どうやら日本からの大応援団が陣取る一角らしい。

 

最前列には、おっちゃんをはじめとするファンクラブの面々をはじめ、

ルドルフやお父様お母様のシンボリ家の皆様はもちろんのこと、

トニーとムーンの姿もあり、手を振るなり親指を立てるなりの、

それぞれがアクションをしているさなか、見つけてしまった。

 

「マルゼン姉さんに、シービーパイセンもおるやん」

 

 

 

「リアンちゃん、がんばってね~!」

 

「ファミーユちゃん、ファイト~!」

 

 

 

2人からも声援が飛んでくる。

ヨーロッパでこの2人の姿を見るとは思わなかった。

わざわざ来てくれたのか。非常にありがたい。

 

マルゼンスキー、日本に来ないで欧州で走ってたらどうだったかな。

シービーも、あの破天荒な走りは、本場で通用したか。

 

興味は尽きないが、とりあえず置いておいて……

 

「……おおう」

 

思わず驚きの声が出てしまう。

 

「TTGまで」

 

トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの

前生徒会役員のお三方まで。

TTGが揃い踏みで、当時のファンからも垂涎の的で見られてそう。

これ絶対テレビ中継ですっぱ抜かれてるだろ。

 

前会長はとっくに嫁いで、もう子供も産んだって聞いてたのに、

フランスまで来てくれたのかあ。

 

3人ともに、こちらへ向けてサムズアップ。

当然、俺からも手を振り返す。

すると、それぞれがうんうんと頷いてくれた。

 

こうなると理事長やたづなさんにも来ていてほしかったが、

残念ながら、週明けに重要な会議が入ってしまったとかで、

申し訳ないが行けないと連絡があった。

 

いやいやとんでもない。

ドバイの時には来てもらったんですし、テレビ観戦で十分です。

雄姿を見せられるよう頑張ります。

 

……よし!

改めて気合を入れて、踵を返して返しウマへ。

 

やってやる。やってやるぞっ!(島田兵感)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客席の方々の反応

 

 

「行ったなあ」

 

「行きましたね」

 

おっちゃんの呟きに反応するのは、隣にいるルドルフ。

 

「あんな小さかった子が、でかくなったもんだ」

 

感慨深そうに呟くおっちゃん。

その脳裏に浮かぶのは、初めて会った時の光景だろうか。

物理的にも、存在感的にも、比べ物にならないほど大きくなった。

 

今や()()()ファミーユリアン。

ほんの数年前の出来事だとは思えない。

 

「あの日、うちの店に来てくれたのが、奇跡の始まりだったんだな」

 

「あらいやだ、ちっぽけなうちが始まりだなんて、恐れ多すぎるわよ」

 

「違いねぇ」

 

「そんなことはないですよ。あなた方のお店や、

 商店街の皆さんとの触れ合いも、リアン伝説のひとつです」

 

妻の言い分に苦笑するおっちゃん。

そんな彼らに、ルドルフもまた万感の思いを持って言う。

 

(がんばれリアン。もうそれしか思いつく言葉はない)

 

多くは語らずとも、心は通じ合っている。

 

実際、昨夜のうちに送ったメールにも、一言しか書かなかった。

リアンからの返信にも、一言『絶対勝つから見ててね』とだけ書かれてあった。

 

(日本の、全ウマ娘、関係者、ファンの夢を、君が叶えるんだ。

 それが私の夢にも繋がってくれる)

 

スタート地点へと向かって駆けていくのを見守る。

ともすれば、自分が立っていたかもしれない舞台というのは、

すべて忘れていた。

 

ただひたすら、親友の勝利を願うのみである。

 

 

 

 

 

「行きましたか」

 

「ああ」

 

返しウマに入っていったリアンを目で追いながらの

トウショウボーイの声に、すかさず短く頷くテンポイント。

生徒会役員時代さながらの阿吽の呼吸。

 

「やはり、私の目に狂いはなかった」

 

トウショウボーイが思うのは、次期生徒会を託す際に、

ルドルフやピロウイナーと一緒に、リアンまで呼んだことだ。

大事な役目を任せて大正解だった。

 

「ウソをつけ。ここまでになるとは思っていなかっただろ」

 

「まあ、正直に申せば……コホン。

 いえいえ何を仰いますテン。

 私はすべてを、こうなることまで読んでいたのですよ」

 

「ははっ、寝言は寝て言え」

 

「テ~ン~?」

 

「はいはい迷惑になりますから控えてくださいね~」

 

調子に乗っているとも思える発言に、

すさかずツッコミを入れるテンポイント。

そしてそんな2人の間に割って入るグリーングラス。

 

卒業後も、さらにはフランスに来てまでも、

3人の関係性は変わっていない。

 

「日本の悲願を、今ここに」

 

「ああ、やつならやってくれるさ」

 

「三女神様に祈りましょう」

 

最良の結果を望むのも、変わらない。

 

 

 

 

 

「ついに、だな」

 

「ええ。ついに、ね」

 

トニービンとムーンマッドネス。

海外出身で、1番最初にリアンと対戦したこの2人。

 

そして、最も早くリアンを認めた2人。

 

「あのジャパンカップの直後から、

 私はこの光景を想像していた」

 

瞬時に浮かんだ、この凱旋門賞のこと。

間違いなく行くだろうと。勝ってくれるだろうと。

 

「もう何が起きても、私は驚かないぞ。

 リアンに関してはな」

 

「むしろ、驚かされることになりそうな気がしない?」

 

「はは、そうだな。ムーンの言うとおりだ」

 

とんでもないことになりそうな予感がする。

もちろん、良い意味で、だ。

 

「「グッドラック、リアン」」

 

2人の視線と声が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月7日、現地時間16時5分、日本時間23時5分

 

第69回凱旋門賞は、予定通り発走時刻を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく発走時間だ。

2400m専用のスタート地点、ゲート後方にてその時を待つ。

 

……実を言えば、作戦をどうするのか、まだ決まっていない。

決めかねているというのが正しいかな。

 

逃げるのか、控えるのか。

 

ただでさえ逃げが不利の凱旋門賞、そんな中を、

バ場が合うかどうかもわからないままで、逃げていいものだろうか。

 

このくらいのバ場であれば、後方からでも脚は伸ばせそうだ。

ダンシングブレーヴしちゃうというのも一興。

俺が逃げなくても、どうやらラビット役は出てきているようだし、

レースはそれなりのペースで流れてくれるだろう。

 

事前の作戦会議でも、このへんは入念に話し合ったんだけど、

明確な結論は出なかった。

というより、いつも通り俺に一任されたということ。

 

さて、どうしますかね……

 

「リアン」

 

悩んでいると、隣で同じように待っているシリウスが声をかけてきた。

この期に及んで、まだ何かあるのかおまえは?

 

「逃げるのか?」

 

「………」

 

おまっ、なんつーことを……

しかもピンポイントでダイレクトに……

 

反対の右隣には、本命視されてるサルサビルちゃんもいるんだぞ。

 

そんなこと、この場で言えるわけがないじゃないか。

まあ日本語がわかるとは思えないが。

 

「いや答えなくていい。私にはわかる」

 

「……」

 

どうやら俺の返答を期待しての質問ではないようだ。

どちらかといえば独り言の類。

自分へ言い聞かせているような感じだった。

 

だから俺も答えようとはせずに、まっすぐゲートを見つめたまま。

 

「行くぞリアン。歴史にその名を刻みに、な」

 

「うん」

 

でも、そのあとに言われたことには共感したので、

軽く頷いておいた。

 

「……フッ」

 

シリウスも満足したのか、含み笑いを残す。

それ以上は何も言ってこなかった。

 

そうだな……行くか! ようやく迷いが吹っ切れた。

これはもう飛ばしていくしかあるまい。

ラビットがなんだ、ペースメイカーがなんだ。

 

俺はファミーユリアン。

ファミーユリアンといえば高速逃げだろう。

たとえ凱旋門賞でも、やることは変わらない。

 

そうだろうシリウス?

ありがとよ。おまえのおかげで、土壇場で勇気と結論が出たよ。

ここは素直に感謝しておくぜ。

 

こいつと一緒に走るのは、これで何回目だ?

 

最初こそ、レースと呼ぶのはおこがましいような

ただ並走しただけのような感じでよく覚えているけど、

そのあとは何かあんまり覚えてないや。

 

考えてみれば、ルドルフに次いで長い付き合いになるんだなあ。

感慨深いというかなんというか。

 

と、ここで招集がかかり、ゲートインが始まる。

俺も程なくしてゲートへと収まった。

 

「……ふ~」

 

ひとつ息を吐いて集中する。

 

ようやくたどり着いたこの舞台。

色々な人の顔が浮かんでは消えていく。

 

彼らの思いに応えるために、色々な恩を返すために、

何より俺自身のためにも……勝つ!

 

さあ来いやあっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゲートが開いてスタート!』

 

『大外から日本勢2人は好スタートを切りました。

 内のほうからは9番が出てきます』

 

『しかしファミーユリアン行った。

 シリウスシンボリも続いていく。2人並んで先頭』

 

絶好のスタートを切ったリアンとシリウス。

サルサビル陣営のペースメーカーと見られる9番も出ていく構えを見せるが、

関係ないとばかりにハナに立っていく。

 

『9番3番手。サルサビル陣営が用意した先導役と

 噂されていましたが、日本勢の後塵を拝する格好』

 

9番はしばらく追いすがっていたが、やがて諦めたのか、

ペースを落として3番手に落ち着く。

通常ならば、これでも十分に先頭に出られる格好だった。

 

『ファミーユリアン、敢然と先頭に立ちました。

 シリウスシンボリも食らいついていく。

 日本勢2人がレースを引っ張ります』

 

『最初のコーナーへ向かって、長い直線を進んでいきます』

 

『先頭日本のファミーユリアン、並んで同じく日本のシリウスシンボリ。

 3番手3バ身ほど離れて9番ですが、さらに離していく勢い』

 

『その後ろソーマレズ、リーガルケース、

 ヘレニックあたりが追走』

 

『ほか有力バたちは中団に構えた。

 1番人気サルサビルもその中にいます』

 

『このあたりから登りにかかっていく』

 

『先頭ファミーユリアンとシリウスシンボリ、

 9番を5、6バ身離して3コーナーへと向かいます』

 

3コーナー、坂の頂点へと向かってく2人。

例年の同レースよりもハイペースになったと見え、

非常に珍しい事態に、誰もついていかない。

 

後続に動きはなく、9番の後ろはさらに3バ身ほど離れ、

ほぼひと塊といった状況になっている。

 

『坂の頂上にかかって、ここからは下っていきます』

 

『ファミーユリアンペースを上げたか。

 得意の下り坂でペースを上げた模様!

 第二段エンジンに点火だ。

 9番との差がさらに開いていきます』

 

『シリウスシンボリも離れない。ついていく!』

 

さらに驚いたことに、ここでリアンが加速。後続との差が一気に開いた。

シリウスも負けじと加速し、2人並んだままでコーナーを回っていく。

 

『残り1000mを通過』

 

『先頭ファミーユリアン、ピッタリ並んでシリウスシンボリ。

 3番手とは10バ身以上離れた』

 

『このペースはどうなんだ?

 大丈夫なのかファミーユリアン? 最後まで持つのか?

 大一番の凱旋門賞で大逃げの大勝負に出ています!』

 

逃げが不利とされている凱旋門賞。

道中で後続を離していくのは、日本で見慣れた光景とはいえ、

海外、それもロンシャンの2400でこのような走り方で、

はたして勝てるのか? スタミナが持つのか?

 

実況の上擦った声が、緊迫した心情と状況を物語る。

 

『フォルスストレートに出た』

 

『依然先頭はファミーユリアンとシリウスシンボリ並んでいる』

 

『後ろは9番が吸収されてまさにひと塊だ。

 差は8バ身程ある』

 

『さあ最終コーナーをカーブして直線533mの攻防!』

 

『逃げ切れるかファミーユリアン!

 日本の悲願まで残り500mだ! 逃げ切れっ!』

 

『行けるっ、行けますよぉっ!』

 

日本の2人が並んだまま最終直線へ。

完全に抜け出しており、後続とはまだ5バ身以上の差がある。

 

ドバイの時に続いて、実況と解説の個人的願望による絶叫も、

衛星放送の公共電波へと乗った。

 

 

 

 

 

残すは直線500mのみ。

 

3コーナーからの下りでペースを上げたのは、正解だったみたいだ。

隣にいるシリウス以外の足音は、全く聞こえてこない。

差をつけて直線に出ることができたようだ。

 

残り400のハロン棒を通過。

 

まだ前傾走法という切り札も残っている。

……行ける!

 

そう確信した瞬間だった。

 

「っ……!」

 

瞬時に襲ってきた、猛烈な疲労感。

ロンシャンの芝で下り坂スパートは、やはり無理があったか……?

 

足が上がらない。息が苦しい。

このままでは前傾走法に入れない。

 

あと400なのに、くそっ、ここまでなのか……?

畜生っ、もう少し、あと少しだけ持ってくれっ!

 

諦めかけた、まさにその時──

 

「リアンッ!!」

 

隣から轟いてきた絶叫。

言うまでもなく、シリウスから発せられた大音声。

 

「行けぇぇええええ!!!」

 

「っ……うああああああああ!!!」

 

続けざまに俺も絶叫する。

 

心のスイッチオン。

刹那に、すべての色と音が消えた世界へと突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『残り400m!』

 

『3番手ソーマレズ上がってきた。スナージも迫ってくる』

 

『サルサビルは来ないっ』

 

残り400の段階で、先頭日本勢との差は、3、4バ身。

後続集団から抜け出したソーマレズとスナージが迫る。

1番人気サルサビルは伸びを欠き、バ群に沈んだ。

 

脚色は後ろのほうが優勢。

 

『ファミーユリアン脚色が鈍ったか?

 ファミーユリアン頑張れっ、もうひと踏ん張りだ!』

 

『っ、出たっ、ここで前傾走法が出たっ!

 ファミーユリアン第三段エンジンに火が入った!』

 

『シリウスシンボリはここで失速した!

 外からソーマレズとスナージがかわしていくっ』

 

直線半ばでリアンが前傾走法を出し、ラストスパート。

反対にシリウスは勢いを失い、急激に失速して後続に飲み込まれた。

 

『あと200m!』

 

『ファミーユリアン先頭!』

 

『真ん中エペルヴィエブルー上がってきて3番手!』

 

『内ラチ沿いファミーユリアン逃げるっ! 差は3バ身ある!』

 

『これは勝った! もらったぞ!』

 

残り100mで、リアンと2番手ソーマレズとの差は3バ身。

脚色にさほどの違いはない。

勝利を確信した実況はこう発言した。

 

『今日は歴史的な日になるぞぉー!

 ファミーユリアン見事逃げ切って凱旋門賞制覇~!

 ゴールイぃぃぃンッ!!』

 

『やった! やりましたぁあああ!!!』

 

そのまま逃げ切って*5

リアンが悲願の凱旋門賞、日本勢初勝利。

欧州勢以外の勝利も歴史上初めてのこと。

実況と解説の絶叫が轟いた。

 

3バ身差でソーマレズが2着に入り、

4分の3バ身差でエペルヴィエブルーが3着だった。

 

『タイムは2分24秒90が出ました! またしてもレコード!

 ロンシャンで行われた凱旋門賞の記録*6としては、

 トランポリノが持っていた2分26秒3*7を1秒半も更新です!

 レコードブレイカーぶりも健在でした!』

 

『まさに世界のファミーユリアン、ついに凱旋門賞の扉をこじ開けた!

 ここに日本ウマ娘レース界の悲願を達成です!』

 

『師匠スピードシンボリが日本勢として初挑戦して以降、

 高い壁であり続けてきた凱旋門賞。

 これを超えたのは愛弟子のファミーユリアンでした!』

 

『いま結果を確認しましたか、足を止めて掲示板を見ていた

 ファミーユリアンですが、両手でガッツポーズ! そのまま倒れ込みましたぁ!』

 

掲示板の1着欄に自分の番号22が挙がった瞬間、

リアンは両手を掲げてガッツポーズを取ると、

そのままの体勢で背中からターフへと倒れ込んだ。

 

彼女にしては珍しい、派手なリアクションだった。

 

 

 

 

第69回凱旋門賞  結果

 

1着 22 ファミーユリアン  2:24.90R 稍重

2着 10 ソーマレズ        3

3着  8 エペルヴィエブルー    3/4

4着 11 スナージ        1/2

5着 16 インザウイングス   1.1/2

 

 

 

*1
日本馬初挑戦は69年でスピードシンボリ。2頭目は天皇賞馬メジロムサシで72年。この作中では日本勢として3回目の挑戦になる

*2
ロンシャン2100mのG1。仏ダービーの前哨戦的位置づけだったが、仏ダービーの距離短縮に伴い、2005年に廃止された

*3
史実ではヘビーローテの中で勝っている。翌年にはコロネーションカップにも勝つ

*4
史実勝ち馬

*5
凱旋門賞を逃げて勝利した例としては、77年アレッジド、96年エリシオがいる

*6
第95回はシャンティイでの開催で、ファウンドが2分23秒61を出している

*7
のちにデインドリーム(2011年)が2分24秒49を記録





ついに凱旋門賞制覇!
シリウスのナイスアシストが光ってます。
結果のほうは……

仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?

  • ドバイワールドカップ
  • ドバイシーマクラシック
  • ガネー賞(仏)
  • クイーンエリザベス2世カップ(香港)
  • アメリカ遠征
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。