「号外、号外で~す!」
深夜の駅前に大声が響く。
時間帯には似つかわしくないものだが、
つい半年ほど前にも、同じことがあった。
「ファミーユリアンが凱旋門賞勝ちました!」
前回ともども、主役は同じ。
「日本ウマ娘レース界初の快挙。
日本どころか、欧州以外を拠点とするウマ娘としても
史上初のことになりま~す!」
「号外配布こちらになりまーす」
「くれっ」
「俺にもくれ!」
「私にも」
「押さないで、押さないで!」
「順番ですよ!」
明けて月曜日の真夜中だというのに、
各主要駅の前では、受け取ろうという人だかりができた。
これもまた、半年前にも見られた光景だ。
「いや~信じてました!」
「ウソつけ。こいつこんなこと言ってますけど、
前走で負けた時には、この世の終わりみたいな顔してたんですよ」
「おいバラすなよ!」
そして、街頭でメディアの取材を受ける人の姿もある。
彼らはこぞって、二言目には、『前走での敗戦』を口にした。
ドバイと欧州でも主要G1を制した絶対王者の敗戦は、
各メディアでもセンセーショナルに報じられた。
中には、この分では本番でも……と悲観的なところも
あったくらいなので、人々の間にも不安が広がっていたのだろう。
「これで、誰が何と言おうと世界一ですからね!」
「胸を張って帰ってきてもらいたいです。
あ、このあとアメリカ行くんでしたっけ?」
「とにかく、おめでとう! そしてありがとうっ!」
インタビューを受ける人々には総じて、
笑顔と感謝があふれていた。
クラシック最後の一冠、菊花賞の発走が迫った。
人々が1番人気に支持したのは、
神戸新聞杯を制したスーパークリーク。
春の二冠娘とダービー2着娘が、揃って故障で離脱する中、
前走の余裕たっぷりな勝ちっぷりから、1人抜けた人気となっている。
皐月賞2着、ダービー3着で、セントライト記念を勝って
重賞娘の仲間入りを果たしたヤエノムテキは、離された2番人気である。
(今日こそ、私が主役に!)
内心、人一倍気合が入るヤエノ。
春の主役が不在ならば、“準”主役だった自分以外に、
勝つ資格のある娘などいない。
そう信じて己を抑え込み、鍛錬に励んだ。
その成果を今ここで出さずして、いつ出すというのか。
(……お姉さま)
1番人気スーパークリークは、初披露となる勝負服に身を包んで、
ゲート入り直前、空を見上げて遠く欧州を思う。
(いけない、今はもうアメリカだったわ。
私ったら、危ない危ない)
今ごろはもうアメリカへと移動しているはず。
まるっきり正反対の方向へ思いを馳せるところだった。
改めて正しい方角へと向き直る。
(見ていてくださいね。必ず、勝ってみせますから)
ようやく漕ぎつけたG1の舞台。
比べるのもおこがましいが、ここで勝って、
もう1段上の『檜舞台』へと上がるために。
(……いざ、参ります!)
彼女もまた気合十分で、ゲートへと収まった。
『今年のクラシック、最後の一冠を手にするのはどの娘か。
菊花賞、態勢整ってスタート!』
『まずまず揃ったスタートですが、ヤエノムテキ良いスタート』
『15番が出ていってハナを切ります』
スタートでは大きな混乱も波乱もなく、
まずは15番が先手を取った。
『ヤエノムテキ3、4番手』
『スーパークリークは先行集団の後ろ、
7、8番手といったところにつけております』
クリークはそんな先行勢の後ろ、中団の前目という位置取り。
『まもなく1000mにかかります。62秒3で通過しました』
早くもなく遅くもなく、菊花賞としては平均的なペース。
レース的にも大きな動きはなく、2周目に入っていく。
『ヤエノムテキ外に出てきました』
向こう正面に出たところで、内側にいたヤエノが
上手く進路を取って外へと出る。
『それをマークするようにスーパークリーク。
その外に3番人気9番』
『このあたり人気の娘たちが固まってきた』
直後のイン側にクリークも上がってきた。
さらには3番人気の子も追随し、場内が盛り上がる。
3コーナー、坂の頂点へと向かう過程でペースが落ち、
バ群が密集して、先頭から最後方までが一気に詰まる。
人気各バが外へと進路を取ったのは、正解だと言えそうだ。
『人気各バがちょうど5、6番手の位置。
内スーパークリーク、外3番、挟まれてヤエノムテキ』
坂の下りで、1、2、3番人気が綺麗に並んだ。
『まもなく第4コーナー、600標識を通過する』
『15番わずかに先頭で4コーナーを回る』
『スーパークリークさらに内へ入って直線に向いた』
先行勢の後ろから、クリークはさらに内へと切り込む。
ちょうど植え込みがなくなる空間を突いた頭脳プレー。
『スーパークリーク先頭に出た。離す離す!』
そこからはクリークの独壇場となった。
コース取りの有利はあったにせよ、
それ以上に後続をあっという間に千切っていく。
『スーパークリーク独走状態』
『ヤエノムテキはどうか。
ヤエノムテキは伸びない、沈んでいく』
一方で、4コーナーを回るときには同じ位置にいたヤエノは、
外に出したものの伸びはなく、むしろ後続に飲み込まれていく。
『2番手争いは接戦だ』
『スーパークリーク先頭! これは強い。
他の娘が止まって見えるくらいのもの凄い脚!』
『菊の舞台で新たなるスター誕生です。
スーパークリーク圧勝でゴールインッ!』
そのままクリークが大きく離してゴール。
2着に大差、実に2秒もの差をつける圧勝も圧勝である。
ヤエノは直線で沈み10着敗戦。
直後の取材に対し、両拳を固く握りしめながら
「……力不足でした。一から鍛え直します」と
絞り出すような声で答えるのが精いっぱいだった。
菊花賞 結果
1着 スーパークリーク 3:05.3
2着 ビートガクエン 大差
「菊花賞を制しましたスーパークリークさんです。
おめでとうございます」
「はい~。お姉さま、私やりましたぁ~♪」
勝利インタビューで開口一番こう答え、
カメラに向かって満面の笑みで勝利のVサインをして見せる。
「私もようやくここまで来られました。
これで少なくとも、同じ舞台に立つことはできます。
お姉さま、もう少し、もうちょっとだけ待っててください♪」
そして堂々と、凱旋門賞を制した
挑戦状を叩きつけたのである。
時は少し戻って、凱旋門賞直後。
「いや~、すごかったなあオグリ」
「うん」
2人並んで、寮の自室へと戻っているタマモとオグリ。
学園の体育館で開かれていた、学園生向けの
パブリックビューイングに参加していた2人。
もちろん、他のリアン派閥の子たちと同様、
最前列に陣取って、レースの模様を見届けた、その帰り道だ。
他にもぞろぞろと、自室へ向けて歩いている子たちの姿も見える。
彼女たちも同様に、興奮気味に何かを語り合っている様子だ。
「アクシデントもあったけど、昔からああいうキャラやさかい、
心配するだけ無駄やねん。
けど帰ってきたらとっちめてやらなあかんわ」
「ああ」
「いやあ~しかし凱旋門も獲ってしもうたかあ。
こりゃもう本気で、紛うことなく“世界の”先輩やで。
正真正銘、歴史的な大スターや」
「うん」
「どしたんオグリ? 口数少ないやん」
「あ、いや……」
感想を語るタマモに対し、オグリは相槌を打つばかり。
そんな状態にツッコミが入るが、さらに口を噤む。
「……すごかった。ただただ圧倒された。
それだけで……言葉が出てこないんだ」
「せやな。ウチかて、無理やり喋ってるようなもんや」
タマモにもオグリの気持ちは分かった。
自分も同じようなもので、苦し紛れに声に出している、
そんな状態だったからだ。
「……私も」
「うん?」
「私も、いつか、あのようなレースに、出られるだろうか」
「そりゃあ……っ」
あんさんなら望めばいくらでも、と言いかけて、
タマモは慌てて言葉を切った。
オグリほどの力と実績であれば、本人が望むのなら、
同じ舞台に立つことも可能だろう。
だがそれ即ち、オグリこそがリアンの後継者だと認めるようなもので、
自らの敗北をも肯定することになりかねないからである。
(憧れるのは結構。やけど、それだけじゃあかん)
尊敬しているし、敬意を払ってもいる、
オグリの言い様ではないが、そんな大先輩。
(誰かさんやないけど、『憧れるのはやめましょう』やんな)
今ばかりは、対等な立場、レースを走る
前に立ちはだかって見せようではないか。
「なあ、オグリ」
ふと歩みを止め、オグリのほうへ向き直る。
つられてオグリも足を止めて、タマモを見る。
「今度はウチらの番やで」
「ああ」
そして笑顔を向けると、オグリも力強く頷いた。
「もう負けへん。覚悟しとき」
「私も、負けないぞ」
拳を突きだすと、オグリも拳を出し、軽く合わせる。
そのまま動かず見つめ合う両者。
2人の横を、他の生徒たちがわいわい騒ぎながら、通り過ぎていった。
第102回天皇賞は、史上空前の好メンバーが揃った。
中央移籍後5連勝中で、G1も3連勝中の怪物オグリキャップ。
G1を3勝し、昨年の絶対王者に続いて
天皇賞春秋連覇を目指すタマモクロス。
春の大阪杯に続いての春秋2000mの王座統一を狙う、
絶対王者最大のライバル・メジロフルマー。
札幌記念で復活勝利を挙げた黄金の輝き、皐月賞ウマ娘トウショウファルコ。
近走は不振だが、底力は侮れない、JDDの勝ちウマ娘イナリワン。
そして何より、サクラスターオーの戦線復帰が大きかった。
リアンが予想した通り、現状の五強に加えて、
旧勢力の合流とあっては、盛り上がらない理由などない。
彼女らに加えて、芦毛対決の第2ラウンドであり、
交流G1も含めれば出走メンバーのG1勝ち総数が実に14勝という、
史上空前という触れ込みに噓偽りのない、豪華な顔ぶれなのだ。
『第102回天皇賞、まもなく発走です』
1番人気は当然のようにオグリ。
続いてタマモ、スターオー、ファルコの順。
敗戦が続いているフルマーとイナリは人気を落として、
それぞれ5番人気と6番人気である。
ゲートインはトラブルなく完了し、態勢は整った。
『スタートしました!』
『メジロフルマー出ていきますが、
トウショウファルコ外からかわして行った行った!』
いつものようにフルマーがハナを主張するものの、
外側からファルコが猛然とかわして先頭に立ち、2コーナーを回っていく。
『トウショウファルコ先頭に出ました。
2番手2バ身差でメジロフルマー。さらに3バ身で3番手、
芦毛の小柄な……なんとタマモクロス3番手!』
場内実況が触れた途端に、観客たちからどよめきが上がる。
これまでは常に後方に控えていたタマモクロスが、
ハイペースが予想された中で前にいるという、予想外な展開。
『オグリキャップは中団8番手から9番手』
『まもなく1000mにかかります』
『57秒6で通過。トウショウファルコ飛ばしています』
2回目のどよめき。
フルマーのお株を奪う、ファルコの高速逃げになった。
札幌記念での大差逃げ切り勝ちで覚醒したか。
『2バ身差でメジロフルマー。
そこから2、3バ身でタマモクロス変わりません』
場内の驚きのどよめきが、徐々に困惑に変わっていく。
これほどのハイペースになった中でも、下がらずに3番手を維持するのはなぜか。
(今度はウチが前から押し切ったる。ざまあみれ)
当のタマモの心中は、最初から決まっていた。
しかし……
(アカン……プレッシャー半端ない……
後ろが気になってしゃあない……)
慣れない先行策を採っていることに加えて、
いつもの後方待機からしてみたら、受けることのない重圧である。
それも控えているのは、あの『怪物』だ。
そう考えると、いつもあれだけ大逃げして、
涼しい顔で逃げきってしまうあの先輩は、
改めて、ものすごいメンタルの持ち主だと実感した。
(……いや、なに考えてんねん。
散々考え抜いた挙句の作戦やないか)
圧し潰されそうになるが、寸でのところで持ちこたえる。
これは宝塚記念の意趣返しだ。
あのときは、思わぬ形で出し抜けを食ってしまった。
今度は自分が、そっくりそのままお返ししてやる。
(二番煎じっちゅうのが気に入らんけどなあ。
ウチがやることはただひとつやないかい)
現実的な話として、立場が入れ替われば、負ける理由はない。
(前へ!)
オグリは中団8番手。
(タマ……ずいぶん前にいるな。
これではまるで……)
思い出されるのは宝塚でのこと。
まるっきり逆のポジションになっている。
(もうすぐ第4コーナーだ。
詰めるべきだろうか?)
まもなくレースの勝負所を迎える。
自分はどう動くべきか?
今回は宝塚時のような、トレーナーからの細かい指示はなかった。
ただ一言「王者に相応しい走りをして来い」と言われただけ。
ここで破れかぶれとばかりに追い上げるのが『王者』か?
(……いや)
オグリは即座に否定する。
そしてこう思い直した。
(いま私がすべきことは、耐えることだ)
『トウショウファルコ先頭で4コーナーを回ります』
レースはファルコが1度も先頭を譲らないまま、
勝負の最終直線に入る。
『メジロフルマーは早くも失速気味。
タマモクロスがかわして2番手に上がった』
直線入り口でフルマーは失速、沈んでいく。
代わってタマモが2番手に上がり、先頭に迫る。
中団のオグリはまだ動かない。
『トウショウファルコ逃げる。400を切った』
『タマモクロス並んでくる。かわして先頭!』
逃げ切りを図ったファルコだが、さすがに捉えられて後退。
先頭に躍り出たタマモであるが
『来た来た! オグリキャップ、外から上がってきた!』
ここでオグリが外から猛追。
早くも2番手に上がって、タマモに迫る勢い。
『やはり芦毛両人の争いになった。
オグリキャップ追い詰める。タマモクロス逃げる。
2人の差は1バ身だ!』
場内のボルテージは最高潮に達し、大歓声が沸き起こっている。
しかし、その1バ身がなかなか詰まらない。
『タマモクロス粘る粘るゥ!
かわせるかオグリ! 1バ身が詰まらないぞ!』
「……やられたな」
直線半ば、老トレーナーは諦めたように呟いた。
(この距離なら、正直、オグリのほうが上だと思っていたが)
オグリの本質はマイラー。
対してタマモは長いほうが向いている。
ましてや春に大阪杯を回避したくらいだ。
上手く取り繕っていはいたが、
距離短縮に苦手意識があると見ていた。
現に宝塚記念では、うまくその隙を突くことができた。
それに、どちらの得意距離でもない2000mなら、
よりスピードに優れたオグリが勝つ。
そう、踏んでいたのだが……
(ここまで積極的に先行策を採ってくるとは思わなんだ。
見誤った。俺のせいだ、すまんオグリ)
まさに宝塚記念のお返しをされた格好。
素直に自分の非を認め、静かに目を閉じた。
『残り100m!』
『オグリかわせない!
タマモクロス押し切って優勝! ゴールインッ!』
『昨年のファミーユリアンに続いて、天皇賞春秋連覇達成!』
『オグリキャップは2着に敗れました!』
そのまま押し切ったタマモが先頭でゴール。
1バ身差は変わらずに、オグリが2着で入線した。
その5バ身後方では、粘り込みを図るファルコと
中団から差してきたスターオーが叩き合いを演じており、
スターオーがクビ差制して3着。ファルコ4着。
さらに2バ身差でイナリが突っ込んだ結果になった。
天皇賞(秋) 結果
1着 タマモクロス 1:57.9
2着 オグリキャップ 1
3着 サクラスターオー 5
4着 トウショウファルコ クビ
5着 イナリワン 2
13着 メジロフルマー
「はあっ……はあっ……」
ゴール後、膝に手をついて、荒い呼吸を繰り返すオグリ。
(負けた……)
中央移籍後、初の敗戦になった。
芦毛の怪物は何を思う?
(何が足りなかった? 脚力? 持久力?)
手を抜いたつもりなど一切ない。
むしろ全力は出し切った。
なのに、届かなかった。
(……まだまだ、ということだな)
何が『王者』だ。
こんなザマで王者などと名乗っては、大先輩に鼻で笑われてしまうぞ。
上には上がいるということを、改めて実感するオグリ。
そう考えると、悔しさはあれど、不思議と悪い気はしなかった。
「オグリん、おつかれさん」
「タマ……」
そんなオグリに歩み寄り、声をかけるタマモ。
お互い疲労困憊、汗だくの状態だが
「おお、こわ……」
顔を上げたオグリの視線は、まるで殺し屋のごとく鋭かった。
ギラついた目で睨まれて、思わず引いてしまうタマモ。
「落ち込んどるようだし慰めたろと思うたけど、
全然大丈夫そうやな」
藪蛇だったかと思いつつ、先を続ける。
「しかしまあ、なんやな。
負けて悔しかったのもそうやけど、
勝ててこんだけうれしいのも、あんただからや」
「?」
「まあ要するに、
「……ああ」
ようやく呼吸が整ってきた2人。
タマモが差し出した手を、オグリが握り返す。
「次は私が勝つ」
「負けへんで」
ルームメイトという、学園内でも最も身近な2人。
それでいて最大のライバル。
これで1勝1敗。
毛色が同じということもあって、世間はますます、
この2人の関係を注視するのである。
> G1勝ち総数14勝
1人でそれに匹敵する勝ち星を挙げているコがいますね
誰だろう?(すっとぼけ)
秋天は史実通りタマが勝利。
この2人の次走はジャパンカップになりそうですが、
こっちは史実と参戦年代が違います。
健康ランド師匠も加わって、真の芦毛対決になりそう。
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征