海外遠征の最大目標であった凱旋門賞を制した今、
残すは、北米レース界の最高峰であるブリーダーズカップだ。
ここを勝てれば、日、ドバイ、欧、米で頂点を極めたことになる。
まさに世界を、地球を制したと言っても過言ではないだろう。
こんな馬は存在していない。
……と、思う。記憶している限りでは。
俺なんかがそんな大偉業を最初に達成してしまっていいのかという、
複雑な想いもあるが、そんなことはもう今さらだよな。
自分で言うのもなんだが、作ってきた記録はそれだけじゃないんだし。
さてアメリカへの移動に関してだが、
凱旋門賞ゴール直後の体調が思わしくなかったとあって、
当初の予定よりも1週間遅らせて、休養を取ることになった。
付け加えて、凱旋門の翌日以降、全身の筋肉痛がひどくてね。
筋肉痛になること自体は珍しくもなんともないんだけど、
ここまでひどいのは久しぶりだった。
それこそ学園入学初期の初期に、無理にトレーニングしたとき以来だ。
無意識のうちに、限界以上の力を使ってたのかねぇ?
ちょっと身体を動かすくらいでも、いてッ、てなるくらいではあったし、
今までは1日2日で治っていたのが、痛みが消えるまで3日4日とかかったから、
ちょうどよく、また必要な休息であったことは確か。
その分、渡米して以降の調整が厳しくなるが、
まあそれはしょうがない。
もともと時間的な余裕なんてないに等しかったし、
トレーニングなんて名ばかりの、本当に体調を整えるくらいしか
できないという日程だったから。
スーちゃんも、熟考の末にゴーサインを出したというほどで、
あの直後は、BCは回避しての帰国を真剣に検討したという。
というか、アレについては、お詫びするしかないというか、
心配ばかりかけて申し訳ありませんというしかないというか……
各種メディアをはじめ、掲示板の類でも、
勝てたのはもちろんうれしいが、そのあとが……という論調だったみたいだし、
スーちゃんと同じく、帰国したほうがいいという意見もあったとか。
俺自身としても、アメリカにはぜひ行きたいと思っているし、
サンデーのやつとの再戦の約束があるのは無論のこと、
こうなった以上は、BCも制して、全部勝っちゃったもんね~!
って大手を振って叫びたいものである。
あ、いや、フォワ賞では負けちゃったけど、
G1に関してはってことでよろしく。
さあやってまいりましたよアメリカはニューヨーク!
ブリーダーズカップは持ち回り開催になっており、
今年の順番は、ニューヨーク近郊にあるベルモントパークレース場*1だ。
アメリカ三冠の最終レース、ベルモントSの開催地として有名なところであり、
北米でも最大規模のレース場として知られている。
コース形態としては、オーソドックスな楕円形のオーバルコース。
ダートは1周2400mあって*2平坦であり、
決勝線が4コーナー寄りにあることもあって、
規模の割に最終直線距離は330mと長くはなく、一気の差しは決まりにくい。
1600m付近からペースアップして長く脚を使う傾向にあるため、
最終コーナーを3、4番手以内でクリアするのが理想。
……ふむふむ、なるほどなるほど?
つまり、逃げろってことですか?
まさにおあつらえ向きの舞台ってことですね、わかります。(拡大解釈)
レース場はいいとして、兎にも角にもアメリカのダートだ。
日本では『砂』と表記されるのに対して、
アメリカのそれは『土』。
路盤はレンガを砕いた赤土のようになっており、
乾くと固くなって、日本の芝レース並みのタイムが出るんだって。
要は、日本ではダートで強いやつより、芝向きのヤツのがいいってことかな。
ドバイにはアメリカのダートを運んで敷いていたって話もあるし、
一概にそうとも言えんか。
でも、芝実績のあったヴィクトワールピサがドバイ勝ってるしなあ。
いや、あのときの馬場はオールウェザー*3だったか。
アメリカで実績上げた日本馬がほとんどいないから、参考にならんぞ。
はてさてどうしたもんかしら。
機内で読んだ、スーちゃんが用意してくれた資料を思い返しつつ、
入管の審査を待って、いざアメリカ上陸。
「凱旋門賞ウマ娘のお出ましだ!」
すると、そんな声と共に、こちらに向けて走ってくる一団が。
瞬く間に彼らに取り囲まれてしまった。
言うまでもなく、マスコミの皆さんのご登場だ。
……おっとっと? これは、パリの時と同じ感じ?
だったらちょっと身構えておかないといかんね。
などと考えつつ、警戒しながら待っていたんだけどさ。
「ニューヨークへようこそ、ワールドチャンピオン!」
「歓迎しますよ!」
しかしあのときみたいに、乱暴に囲まれるという感触ではなかった。
第一声からも感じ取れるように、選手に対する敬意とリスペクト、
しっかりともてなそうという意識が感じられる。
いいね、さすがスポーツでも大国であるアメリカだ。
相応の成績をもって臨めば、向こうも相応の対応をしてくれる。
凱旋門賞ウマ娘がBCに参戦するのは珍しい、
というかBCもそんなに歴史のあるレースじゃないから、
向こうのトップ層が来てくれる*4のはうれしいんだろうな。
む~ん、これは俺も、世界チャンプに相応しい受け答えをしなければならんね。
「大変熱烈なご歓迎痛み入ります。
私もアメリカに来られてうれしく思っていますよ。
サンキュー、ニューヨーク」
こう答えるのと同時にサムズアップして見せると、
歓声が上がると共に、フラッシュの嵐。
よかった、受けは良かったようだな。
「ミズ・ファミーユリアン! その後の体調はいかに?」
「問題はありません」
「アメリカのレース、ダートの印象は?」
「えーと、日本よりも時計が早いというイメージがあります」
「ズバリ勝算は?」
「なかったら来ませんよ」
「では最大のライバルは誰ですか?」
「ええと……」
そして始まる、即席の一問一答大会。
1人ずつ聞いてくれるのは助かるんだが、正直言って困ってる。
あとから記者会見はやるんだから、そのときにしてもらえないかな~、なんて。
しかも、まだデータを読み込んでいない質問が来てしまった。
ノーコメントじゃダメかな?
『シャラ~ップッ!!』
「っ!?」
困っていたら、どこからともなく轟いてきた謎の大声。
この場にいる全員の視線が、声のした方向へ集中する。
見つめた先にいたのは、特徴的な長い前髪、黒髪の、
ウマ耳と尻尾を持った、小柄で細身な少女。
即ち──
「サンデーセレニティ……」
記者の誰かが呟く。
そう、サンデーセレニティが悠然と、腕組みをしながら立っており、
こちらを睨みつけていた。
「
そこまでにしてもらおうか」
彼女はそう言い放つと、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
それに合わせて、記者たちは恐れおののくように道を開け、脇にどく。
おお、さすがの発言と影響力よのぉ。
「久しぶりだな、我が友よ!」
「そうだね」
大勢の記者たちが見守る中、彼らがどいてできた道を一直線に目の前までやってきて、
そう言ってうれしそうに手を差し出してきたので、その手を取る。
実際に顔を合わせるのは、ドバイ以来だからほぼ半年ぶりだ。
しかし相変わらず、声も存在感もうるさいのう。
記者たちの反応からして、彼らからもそう思われているみたいだな。
「迎えに来てくれたの?」
「そうだとも。友人として当然の務めだ」
「ありがとう」
「なーに、いいってことよ!」
笑みを見せてがっはっはと笑うサンデー。
迎えてくれたのはうれしいけど、笑っていられる状況なのか、
おまえさんは。怪我の状況はどうなのよ?
「それでは諸君、我らはこれで失礼させてもらう。グッバイ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
さらにサンデーは記者たちにそう言ってのけると、
俺の手を取ったまま、どこかへ向けて歩き出してしまった。
呆気に取られたのか、記者たちは追ってはこない。
ど、どこへ行くんだ!?
とりあえずはついていくしかないようだ。
苦笑しているスーちゃんに向けて、俺は「またあとで」、
というサインを出すのがやっとだった。
「さあここだ、着いたぞ」
サンデーに連れてこられたのは、
空港内にある、とあるカフェである。
「待っていたぞ、リアン」
そこで待っていたのは、ひときわ大柄な金髪の少女。
イージーゴア……じゃない、ビーフィーゴアだ。
「ベフィ、君も来てくれたんだ」
「ああ」
ゴアとも再会を喜び、握手を交わす。
笑顔だが、どことなくすまなそうな顔に見えるな。
はて? 何をそんなに悪びれている?
「約束を果たしてくれたことに礼を言わねばと思ってな。
そして、一刻も早く謝罪をせねばとも思っていた」
「謝罪?」
「セレンのやつはともかく、私は再戦できずに申し訳ない」
そう言って謝るゴア。
ああそうか、こいつはもう引退しちゃったんだっけか。
それだけ重い怪我だったと思うほかないし、
史実では、サンデーよりも先に引退してるしなあ。
「気にしないで。しょうがないよ」
「それでも、申し訳なかった」
「いいってば。それで、具合はどうなの?」
「ああ、だいぶ良くはなった。まだ走れはしないがな」
「そうなんだ」
まだ走れないのか、つらいのう。
そりゃそうか。松葉杖持ってるもんな。
俺もそういう時期はあったから、気持ちはよくわかるぞ。
まあもう走る必要はないんだから、ゆっくり養生してくれ。
くれぐれも焦らないよう頼む。
「そういや聞いてなかったが、当然、
『クラシック』に出るんだよな?」
ゴアとの会話が一段落ついたところで、
サンデーは唐突にそんなことを聞いてきた。
「うん、そのつもりだよ」
「安心したぜ」
そういや正式発表はまだだったな。
登録自体は、ターフとクラシックの両方にしてたから、
どっちに出るのかと思っていたんだろう。
それはもちろん、クラシックに決まってますがな。
俺の答えにホッとしたのか、笑みを見せるサンデー。
この顔だけ見るとかわいいやつなんだがなあ。
中身がなあ、本当になあ(失礼だし、他人のことは言えない)
というか、おまえも怪我は──
「何も言うな」
俺の心中を察したか、急に真顔になったサンデーが、
機先を制してこんなことを言い出す。
「おまえはただ、
俺様もそうするだけだ」
「……わかったよ」
有無を言わさぬ感じで言うので、俺も頷くしかない。
歩いているのを見た限りでは、問題はなさそうだったが……
このときサンデーは、『今』を強調して言った。
それが、本来の出来の何%に当たるのかは、聞けなかった。
それでは毎回恒例の、ライバルチェックと参りましょうかね。
まずは、なぜこいつがいるんだというヤツから見ていきたい。
なんでかって?
そうツッコミを入れなきゃ、割り切れたもんじゃないからだよ。
いいか、いくぞ?
覚悟はいいな?
イブンベイ。そう、あの自称セレブのゴリラ、だ。
JCとコロネーションカップで一緒に走ったあいつ。
その後はイタリア、ドイツ、アイルランドで走ったようで、
G1で2勝、2着と4着が1回ずつ。
直近は先月の愛セントレジャーを快勝している。
実力は確かで、G1を複数勝ってきているのはさすがの一言。
だけど、なんでよりによってアメリカに来てて、
しかもどうしてダートのBCクラシックに登録してる*5んだろうなあ。
だって、前走のアイルランドセントレジャーって、2800mのレースだよ?
そこから向かう次走って、同じ路線のフランス長距離*6か、
百歩譲ってアメリカだとしても、芝2400のターフだろ?
ローテ? 路線?
なにそれ美味しいの状態。
またあの先頭狂と走るのかよ……
同じ手は通用しないだろうし、さすがに今度は騙されてくれないだろうしなあ。
覚悟決めて一緒に逃げるしかないのか。
やれやれだぜまったく。
気を取り直して、次の子に行こう。
2番目に出てくる子としては、今年のケンタッキーダービーを制した
アンブライドルド*7。他にフロリダダービーも勝っている。
中団より後ろからの差し脚が魅力的な娘だそうだ。
先行勢が多いアメリカダート界としては、珍しいタイプだな。前哨戦は2着だった。
どんどん行こう。
去年のBCジュベナイルを勝って、ジュニアチャンピオンに輝いたリズム。
今年の春は態勢が整わず、三冠競争には出走していないが、
8月のトラヴァーズS(G1)*8を優勝。
前走も前哨戦で3着に来ている実力派だ。
前走ジョッキークラブ金杯(G1)を勝って臨むフライングコンチネンタル。
こちらも前哨戦のウッドワードS(G1*9)を勝ち、
目下5連勝中のディスパーサル。
カナダ三冠を達成したカナダのウマ娘イズヴェスティア。
というかカナダに三冠なんてあったのか、知らんかった。
レベル的にはどうなの?
そして、サンデーセレニティ。
ドバイ後は6月にG1を2戦し、1勝2着1回。
それ以来の実戦になる。
はたして故障は癒えたのか?
全力を出せる状態にあるのか?
俺はわかる立場にない。
「リアンちゃん。ベルモントパークについてだけど」
「はい」
ひとまずライバルたちの見分を終えると、
スーちゃんがこんなことを言い出した。
はて、コースの説明は、来るときの飛行機の中で予習しましたし、
さっきも一通り説明してもらいましたけど、まだ何か?
そうそう、今回トニーとムーンの2人は来ていない。
当日は応援に来てくれる予定だけど、
事前会議には加わってないんだ。
2人ともアメリカのレースはおろか、渡米したこと自体がないみたいだからね。
助言できるほどのことはないって、最初から断られちゃった。
「スタートがちょっと厄介なのよね」
「スタート?」
「話すより見てもらったほうが早いわね。
この映像を見て頂戴」
難しい顔で言いつつ、DVDをセットして映像を流すスーちゃん。
そうして見せられたのは、実際のレースの動画だった。
ダートコースが外側にあることから、アメリカだということはわかる。
あとは、どこのレース場かだが、文脈からして明らかだ。
「ベルモントですかこれ?」
「そう。で、問題はこれよ」
「……? あ、なんだこれ」
思わずそんな声が出てしまった。
スターティングゲートが、1コーナーの途中に設置されている。
ポケットとかそういうレベルじゃない。
まさにコースが曲がっている最中の、ど真ん中にある。
1番枠の後方は、コースの内ラチからどんどん乖離していくんだからな。
……嫌な予感。
「えっと、これって、もしかして?」
「ええ。ダート2000m戦の発走地点よ」
「はあ? こんなのって、ありですか」
「ありなのよ、残念ながら」
「えぇ……」
マジで? 東京2000の比じゃねえぞ!
東京はスタート直後に、申し訳程度とはいえ直線部分があるけど、
こっちはまるっきりコーナーやないかい。
スタートしながら、曲がっていかなきゃいけないコース……
「外枠の不利、半端ないですね」
「そうね。だから真ん中より外はなんとしてでも避けたいわ。
できれば5番枠以内に入りたいところよ」
「そうは言われても……」
枠順は抽選だからなあ。
前走、凱旋門では大外枠で喜んでいたけど、
今回はそうもいかないらしい。
どうやらスタートする以前から、戦いは始まっているようだ。
アメリカやヨーロッパには、
とんでもないコースがあったりします
調べてみると面白いですよ
本年も大変お世話になりました
物語は終盤に突入しており、もう1話ごとにラストに近づく感じですね
もう少しお付き合いいただければと思います
新年は1月13日から投稿する予定です
6日の更新はありませんので、ご注意ください
ではみなさん、良いお年を
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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