『いよいよブリーダーズカップも佳境です。
クラシックの発走が迫りました』
『締め切り直前の人気は、日本のファミーユリアンが1番人気。
2番人気リズム、3番人気フライングコンチネンタルとなっております』
北米最大のレースにおいて、リアンが堂々と1番人気を得た。
ドバイWCと凱旋門賞の実績を考えれば、当然のことであろう。
ケンタッキーダービー娘アンブライドルドは4番人気。
故障から復帰戦のサンデーセレニティは6番人気で、
欧州より参戦のイブンベイは、ダート経験がないことで嫌われたか、
15人中の13番目と、まったく人気になっていなかった。
『ゴーダさんの最終見解をお伺いします。
ずばり勝算はいかがでしょうか?』
『普段通りの力を発揮したのであれば、
ファミーユリアンが勝つ見込みはかなり高いと思います。
数々の実績もそうですし、持ちタイム的にもそうです。
ドバイで出した2分切りのタイムは、記憶に新しいところですし、
彼女の能力の高さは、今さら言うまでもないでしょう』
『となると気になるのは展開ですが?』
『はい、そうですね』
実力的にはもはや疑うべくもないということで、
実況席両者のやり取りは、レース展開へと移る。
『幸運なことに5番枠を引けましたので、
彼女の先行力であれば、すんなりと前には行けるでしょう。
ですが気になるのは、2番イブンベイの動向です』
『イブンベイ、ですか。
彼女は去年のジャパンカップにも来ていて、逃げて
驚異的レコードの立役者となっていましたね』
『はい。彼女本来の脚質的には差し傾向のはずなんですが、
ジャパンカップの際には、アメリカのホークスターと
激しい先行争いを演じました』
レースファン、それもリアンのファンであるならば、
忘れたくても忘れられないレースのひとつであろう。
ましてや昨年のことだから、いまだ脳裏に焼き付いているに違いない。
『枠順抽選会で2番枠を引き当てて、大喜びしていたそうですから、
今回も逃げることを考えていそうです。
因縁の相手ファミーユリアンもいることですしね』
『となると、彼女に絡まれるのは、あまりよくない気がしますが』
『そうですね。少なくとも、ハイペースは必至となりそうです。
あるいはそれを見越して、最初から後方に構えるか。
いずれにせよ、ファミーユリアンの位置取りに注目しましょう』
解説者はそう言って、自身の見解を締めた。
……まもなく発走時間を迎える。
幸いにも内のほうである5番枠を引けた。
逃げ対決を挑まれてしまっていることもあるし、
ここは真正面から殴り合いに行くしかなさそうだ。
その相手が、より内側の2番枠であることが気になるけどね。
まあ気にしすぎてもしょうがないか。
なるようになれと思って、思い切りいくしかない。
サンデーのやつにも、全力で走れと言われているしね。
シリウスから貸してもらった、あいつの勝負服の一部を
忍ばせている帯を上からさすって、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫、1人じゃない。
……大丈夫だ。よし!
落ち着いたところで、1コーナーに設置されたゲートの後方で、
最終準備運動的な屈伸運動を──
……?
今、ほんの少しだけど、左足になんか違和感が……
ちょうど手術したあたりだけに気にかかるが……
………。
改めて屈伸したり、つま先で地面を蹴ってみたりしたけど、
それ以上は何の感触もなかった。
……気のせいか?
と、ここで招集がかかってしまったこともあり、
以降はそんなことはすっぱりと忘れてしまったんだ。
『BCクラシック、出走全員ゲートに収まりました。
……スタート!』
『綺麗なスタートを切りました』
全員が無事にスタートし、平穏なスタートとなる。
『ファミーユリアン、ハナを主張しにかかりますが、
内からイブンベイ出てきます』
中でも、想定された通りの好スタートを切った2人。
リアンがいつもの逃げに入ろうとするものの、
内側からもイブンベイがスタートダッシュを決め、譲る気配など全くない。
『ファミーユリアンとイブンベイ、並んで先頭。
3番手ライブリーワンとの差が開いていきます』
先頭の2人と、3番手につけた子の差が、みるみる開いていく。
その後方はひと塊で、2コーナーを回った。
『向こう正面にかかっても、先頭両者の関係は変わりません。
まもなくレースの中間地点を迎えます。
手元の時計で……57秒9で通過しました。
やはり芝並みのハイペースになりました!』
『ファミーユリアンとイブンベイ、並んで飛ばしております!』
いくら早く流れることが多いアメリカのレースと言えども、
異例とも思えるくらいのハイペースになった。
しかも、そのペースを作っているのは、
北米以外の出身であることを考えると、
アメリカのレース界にとっては、青天の霹靂であったろう。
「おほほほほ!!」
隣を走るイブンベイが、相も変わらずうるさい件。
全力で走りながら、よくそれだけ声を出せるものだ。
少なくとも俺には無理だし、
こいつ以外に、レース中にここまで喋るヤツは見たことがない。
「来ましたわ。滾ってきてますわぁ~ッ!!」
楽しそうだなあオイ。
並んでいるから、表情までは確認できないが、
きっと満面の笑みなんだろう。
「こんなに楽しいレースは初めてデスわ!
やっぱり
ねえっ、ファミーユリアンさんっ、そうでショウッ!?」
「………」
「あなたも同じ思いデシたら、どんなに嬉しいことか!」
やかましいわい。
こちとら、そこまで純粋に楽しめるほどの余裕はないわ。
「さあさあ参りますわよ。もっと飛ばしていきますワ~!」
「……!」
まさか、うそだろ?
このうえさらに飛ばしていくって言うのか?
それはオーバーペースが過ぎるだろ……
今でさえ結構やばいぞ。
1000m確実に60秒切ってるペースだもんよ。
体感だと58秒くらいだから、ダートでこれは限りなくやべーぞ。
こっちのほうが最後まで持つのか心配になってきた。
さすがに付き合いきれん。
お先にどうぞ。
『3コーナーに入ったところで、イブンベイが前に出ました。
ファミーユリアン後退して2番手。
これは自重したのか、それともついていけないのか!?』
もう辛抱たまらんという感じで、
リアンがイブンベイの後ろに回ったことを見て、実況の声が上擦った。
『ファミーユリアンの後方は10バ身近く開いてライブリーワン3番手』
『内側から、ケンタッキーダービー娘アンブライドルド、
差を詰めてきています』
『イブンベイ単独先頭で4コーナーを回る。
日本のファミーユリアン、1バ身差で追走』
レースはそのまま、イブンベイが先頭で最終直線へ。
ほとんど差がなくリアンが2番手。
その後ろは、アンブライドルドがさらに進出してきており、
虎視眈々と前を狙っている。
『逃げるイブンベイ。ファミーユリアン追いすがる。
3番手アンブライドルド上がってきている』
『出たっ、ファミーユリアンここで切り札発動!
前傾走法で差を詰める! 並んできたっ!』
決して長くはない、330mの最終直線。
直線に入って間もなく、リアンが前傾走法を出して末脚を発揮。
イブンベイを徐々に追い詰めていく。
『残り200m。ファミーユリアンかわしたっ。
イブンベイを捉えて先頭っ!』
イブンベイもよく頑張ったが、ここで末脚の差が出た。
どちらかといえばジリ脚傾向のイブンベイに対し、
リアンのそれはキレも持続力も超一流のそれだった。
先頭に躍り出たリアンは、逆にじりじりと差を広げていく。
『1バ身、2バ身、完全に抜け出した!
ファミーユリアン、日本、ドバイ、イギリス、フランスに続いて、
ここアメリカでも頂点を極めるぞ~!』
『ファミーユリアン、いま先頭でゴールインッ!』
『やりました! ファミーユリアン、累計5か国目、
3大陸のG1を制覇! 通算ではG1・17勝目*1の大記録!
まさに全世界、全地球的ウマ娘に他なりませんっ!』
『勝ちタイム、な、なんと1分57秒65と計時されています。
これは、ええと、ベルモントのコースレコード*2というだけではなく……
え~少々お待ちください……』
あまりの時計に、混乱している実況席。
驚きよりも困惑が勝ってしまっているようであった。
『世界レコード! 世界レコードが更新されました!』
十数秒ほどの沈黙の後、絶叫が轟く。
『従来のダート10ハロンのレコードは、80年に
スペクタキュラービッド*3が記録した1分57秒8でしたが、
これをはっきりと上回りました』
『芝2400mに続いて、2つめの世界レコードを手にしました!』
芝の王道と言える距離に続いて、
ダートのメインディスタンスである10Fでの世界レコード。
もはやこれ以上の記録は存在しえない。
実況席が混乱し、大興奮してしまうのも当然だった。
だがしかしそのせいで、重大な事実に気が付くのに遅れてしまう。
『あっとファミーユリアン、両膝をついて、
俯き加減に激しく肩を上下させている。大丈夫かッ!?』
リプレイ映像によると、ゴール直後には即座にスピードを緩め、
倒れ込むようにしてばったりと膝をついており、
その後は実況が言ったように、遠目に見てもはっきりわかるほどの
苦しがりようであった。
凱旋門賞後に、体調を悪くしたことも記憶に新しく、
おそらくはレースを見ていた全員に緊張が走った。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
……苦しい。
もう勝利とか他はどうでも良くて、
苦しいという思いしかなかった。
息を吸い込んでも吸い込んでも、まったく楽にならない。
酸素が、酸素が欲しい。酸素をくれ……!
レース後にここまで苦しくなるのは初めて。
いや、いつぞやの春天のときも、一時的に失神してたかと
疑うくらいに苦しかったけど、その後はここまでではなかった。
そりゃ厳しいレースだったことも確かだけど、
それにしたってここまでは……
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
1着でゴールできたことは確認したけど、
喜ぶどころの騒ぎじゃないぞ。
激しい動悸に、ここまでの息切れ……
ど、どうなってるんだこれ……
俺の身体、どうなっちまったんだいったい?
「ファミーユリアンさんっ!」
最初に俺の異変に気付いて、駆け寄ってきてくれたのは、
声からしてイブンベイのようだった。
「だ、大丈夫ですかっ!? 今お医者様を──」
彼女かどうかを確認するよりも前に、
どうにか手を伸ばして彼女の腕を取り、引き留める。
「だい……はあはあ……じょ……ぶ、だから……はあ、はあ……」
「で、デスが……」
「あいむおーけー……はあ、はあ、はあ……OK?」
「わ……わかりまシタわ」
必死に訴えた結果、救護を呼ぶことだけは阻止できた。
そうだ、普通に疲れただけ。そうに違いない。
医者に頼るまでもなく、凱旋門賞の時もそうだったように、
ちょっと休めば回復するから……
「……はあ。す~……は~……」
すると少しは落ち着いたのか、呼吸が楽になってきた。
最後にひとつ深呼吸して、苦しさからは解放される。
ほら、思った通りじゃないか。
「リアンちゃんっ!」
その直後に、再び誰かが駆けつけてきた。
ようやく顔を上げられるようになったので、
視線を上げてみると、大焦りなスーちゃんの顔が見えた。
「すぐに医務室へ行きましょう!」
「……大丈夫ですよ。もう楽になりましたから。
よいしょ……っと」
「あっ」
声もすごい切羽詰まってそうだったので、
大丈夫アピールをするために、立ち上がってみせる。
……ほら、もう大丈夫。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですってば。みんな大袈裟だなあ」
「……わかったわ」
スーちゃんは俺の顔を覗き込んで、何事かを確認した後、
それでも心配はなくなってなさそうな感じで頷いた。
「確かに凱旋門の時よりは大丈夫そうだけど、
あとで医務室には行きますからね。
とりあえずしっかり検査はしてもらいます。
何かあったら大変よ」
「えー……」
めんどくせえ……
でもまあ仕方ないか。
前走今回と、今までになかった事態なのは間違いないし。
「ファミーユリアンさん、大丈夫そうで何よりデスわ。
やっぱりお強いですのね。でも楽しかったですワ。
ありがとうございました!」
「君も相当に強いけどね」
事態が好転したことに安心したのか、
改めてイブンベイがそう言いつつ、右手を差し出してきた。
いや、あれだけのペースで逃げて、ケロッとしてる
おまえさんも、少なくともバケモノの領域だと思うよ。
これも若さか……
そう思いつつ、俺からも手を出して握手──
「あだだだだッ!?」
「あっ、申し訳ございません……強く握りすぎてしまいまシタか」
やめてくれゴリラ。
レース直後の消耗しきった身体に、その馬鹿力は効きすぎる。
普通なら耐えられたけど、今はちょっと無理だった。
謝ってくれたのはいいんだけど、
ちっとも悪びれているように見えないのはなんでかな?
「ワタクシ、決めました!」
「何を?」
「ワタクシ、もう1度、日本に参ります!」
え? それいま言うこと?
「そして、ジャパンカップに出ます。
願わくば、あなたと3回目の対戦があらんことを!」
それもここで宣言することかなあ?
史実でも2年連続で出てたんだっけか?
まあ頑張ってくれとしか言えない。
俺は……どうだろうな。
どうやらこの分だと、疲労は相当にたまっているようだし、
ジャパンカップは微妙だと言わざるを得ない。
俺が出たいと言っても、スーちゃんからストップがかかるかもしれないし。
なんにせよ、海外遠征は大成功。
勝利という形で締めくくることもできたし、万々歳だ。
あとは帰国するだけ。
帰った時のみんなの反応が、楽しみのような、恐ろしいような……
複雑な気持ちだよ。
ブリーダーズカップクラシック 結果
1着 ファミーユリアン 1:57.65R
2着 アンブライドルド 3.1/2
3着 イブンベイ 1/2
中止 サンデーセレニティ
今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー
(BCリアルタイム視聴組の反応)
:アクシデント?
:すでに救急搬送が3人
うち重傷が最低でも1人……
:呪われたBCにならなきゃいいが
:すでになってる気が
:リアンちゃんが勝ってさえくれれば、
日本人にとっては関係ないさ
アメリカ人には悪いけどな
:身も蓋もなくて草
:まあその通りなんだけど
:先にシリウスだな
:大敗した凱旋門賞からすると、どうなんだ?
:4番人気?
:意外と人気あるな
:確かに海外でもG1を2勝は、
実績上位に入るわな
:でもむらっ気の塊だし
:激走も大敗もありうるのが、
まあ魅力っちゃあ魅力だよな
:まあがんばれ
リアンちゃんのよしみで、応援はしてやるさ
:偉そうにw
:さて発走だ
激走を期待しようじゃないか
:スタート!
:お、今日も前目につけたな
:インザウイングス出遅れ
:いいぞ
:番手か
:いい流れ
:おお
:これは
:もしかして?
:ああああああああ
:粘れっ
:ぐわあ
:どっちだ!?
:わからん
:まったくわからんな……
:同着もありうるか
:激走の番だった
:写真判定長いな
:うむむ。この時間がもどかしい
:あああああああ
:だめか
:惜しかった
:いや、大健闘だって
:リアンちゃんに仇を取ってもらおう!
:頼んだぜリアンちゃん!
:しかしインザウイングスが勝って、
これでリアンちゃんの評価がさらに上がるな
:レーティング楽しみだ
:上がるかな?
:ダンブレ越えも夢じゃない?
:そこまではわからんが、
確実に上がってくれるだろうとは思う
:BCクラシックはダートだから
カテゴリー違いか
:リアンちゃん出陣!
:海外遠征最後の1戦だ
:最後こそ肝心
いい形で終わってくれよ
:よし
:今日も良いスタート
:イブンベイががが
:またおまえか
:今日は行くねえリアンちゃん
:事前記事で、先に挑まれちゃいましたって
コメントしてたしなあ
:なんか悲鳴上がってね?
:実況全く触れてないけど、後方で何かあったっぽいな
:国際映像も先頭争いしか映さないし
:いやしかし早くね?
:57秒9!?
:は?
:マジで?
:芝並みどころか……
:意味わからん
:リアンちゃん大丈夫かいな?
:うぬぬ
:あ
:え
:あのリアンちゃんが、退いた?
:やべえ
:それほどか
:そりゃこのペースじゃ……
:イブンベイやばすぎる
:後ろはどうなんだ?
:上がってきてるのはアンブライドルドだけだな
:これは前2人とアンブラに絞られたか
:直線!
:いけっ
:いけえっ!
:行けっ!
:野生のゴ〇ダさんばかりで草
:出たあ
:よおしっ
:かわして先頭!
:きた
:やたあああああああああああ
:うおおおおおおおおお
:勝ったぁああああ!!!
:いええええええええええ
:タイム!!!!?
:57秒台!?
:なんて時計……
:世界レコード!
:そりゃそうだ
:超絶レコードじゃんこんなの
:日本じゃ絶対出ないと断言できる
:あっ
:リアンちゃんが……
:え、なにこれ?
:何が起きてる?
:すげえ苦しそう
:何かの発作か?
:早く医者を!
:真っ先に駆け付けるのがイブンベイとは
:スピードシンボリも大慌て
:そりゃ心配するよ
:前走のこともあるしな
:どこか悪いのかな……
心配だ
:なんか病的なくらい異常な呼吸してる……
:過呼吸?
:いくらゴール直後とはいえ、
あそこまで呼吸乱すのはちょっと……
:怪我ならともかく、
病気というのが1番やばいぞ
:あ、立ち上がった
:平気っぽい?
:平気というか、少しは回復したって感じ?
:結局なんなんだ?
:わからん
:外野にはお手上げだな
:スピードシンボリがあんなに慌てている以上、
少なくともトレーナーにも予想外だったってことだ
:これは……覚悟しておいたほうがいいのかもしれない
:勝利インタビューやるのか
:体調大丈夫なの?
:とりあえず安心
:はてさて本人的には何を語る?
ひとつ聞いてもいいかな?
サンデーはどうなった?
君のような勘のいい読者は嫌いだよ
いえ、決して忘れたわけではないですよ
ただ、海外の女(失礼)よりは、自身の結果と
より身近な存在(シリウス)に気を取られてしまっただけで……
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
-
ドバイワールドカップ
-
ドバイシーマクラシック
-
ガネー賞(仏)
-
クイーンエリザベス2世カップ(香港)
-
アメリカ遠征