天皇賞が終わった後の、次の週末。
「……」
フルマーは、無言で実家、メジロ家の廊下を歩いていた。
里帰りというわけではないのは、
俯き加減で無表情な彼女の様子からして明らか。
(おばあさまから直々のお呼び出し……)
というのも、1度帰って来なさいとの連絡を受けたからだった。
それも、メジロの当主おばあさま本人から、直接の電話で。
(想像はつきます。ですが、私は……)
言い渡されるであろうことは想像がついている。
しかし、フルマー本人としては、まだ諦めがつかなかった。
いや、諦めたくはなかった。
(ファミーユリアンさん……お出迎え出来なくて申し訳ありません。
しかし今の私では、とても顔向けなど……)
数日前に帰国したリアンを迎えた生徒の中に、
フルマーの姿はなかったことにお気づきだろうか。
現状では、とてもではないが、顔を合わせられたものではない。
後事を託された格好なのに、あのような恥ずかしい成績で、
どのツラ下げて会えというのか。
そう考えてしまったフルマーは、
あの日、自室に籠もって出てこなかった。
「フルマーです」
『お入りなさい』
「失礼します」
あれこれ考えているうちに、当主の間の扉の前へ。
意を決してノックをして声をかけると、すぐに返事があった。
扉を開けて中へと入り、前へと進み出る。
「ごきげんよう、おばあさま」
「お帰りなさいフルマー」
まずは軽くあいさつ。
おばあさまからも、最初は明るい声が出される。
「早速ですが、本題に入ります」
「……承ります」
しかしすぐに一転し、視線と共に厳しく強いものに変わった。
わかっていたとはいえフルマーの身体が強張る。
「フルマー、あなたはよくがんばりました。
それこそ私の期待をはるかに超えて、G1まで勝ってくれました。
これでも大変喜んでいるんですよ」
「ありがとうございます」
言葉尻は良いが、裏を返せば、
最初はあまり期待されていなかった、ということに他ならない。
礼を返したフルマーだったが、その心中は穏やかではなかった。
当初の期待値は、最初から妹のライアンのほうが高かった。
周りの、何よりおばあさまの様子を見れば、丸わかりなのだ。
G1を勝てて喜んだのは確かだろう。
しかし、天皇賞を勝てなかった。それがすべてである。
「ですから、もう、十分です。
飛ぶ鳥跡を濁さずとも言います。
私の言いたいことが分かりますね?」
「……わかりますが、わかりません」
「フルマー?」
このままでは終われない。
終わりたくない。
威圧的とも言えるおばあさまからの言葉に、
勇気を持ってフルマーは反発した。
「まだ私は……すべてを出し切っていません。
諦めたくないんです」
「あれだけの惨状を晒しても、ですか?」
「っ……」
宝塚記念、そしてつい先日、天皇賞での惨敗。
どちらも申し開きできない結果だ。
鋭い視線と言葉を受けて、思わず震えるフルマー。
膝を屈してしまいたい衝動に駆られるものの、
どうにか堪え、出来る限りの力を込めて逆にキッと睨み返す。
「それでも、それでも私は……
お願いします! もう1戦だけで構いません。
あと1戦だけさせてください!」
「………」
一気に言って深々と頭を下げたフルマー。
そんな様子を無言で見つめるおばあさま。
「……わかりました。いいでしょう」
「っ……本当ですか!?」
意外にも、おばあさまはフルマーの願いを聞き入れた。
飲んでくれるとしても、もう少し、
いやかなり難航すると踏んでいたフルマーは、
がばっと顔を上げて喜色を満開にする。
「貴女が言っているのは、有馬記念に出るということで、
間違いありませんね?」
「は、はい、そうです」
「自力で出られるのなら、止めはしません」
この時期、最後にもう1戦、というキーワードから、
おばあさまでなくとも容易に想像できただろう。
有馬記念は、言うまでもなく、自由意志で出走できるレースではない。
ファン投票で上位に入ることが必須条件となる。
ただし例外として、URAからの推薦を取り付ければ、
投票の順位は関係なく出走が可能。
即ち、メジロ家として、手は貸しませんと言っているのだ。
とはいえ、フルマーほどの実績を持っていれば、
ファン投票で上位に入らないなどということはないだろう。
最悪でも、出走枠の中には入れるはず。
事実上、無条件で容認したに等しかった。
「承知しています。ありがとうございます、おばあさま」
「私は何もしないのですから、礼には及びません。
……悔いが残らないようにしなさい。以上です」
「はい、最善を尽くします! 失礼します」
再び大きく頭を下げて、
フルマーは踵を返し、当主の間を後にした。
「………」
来た時とは打って変わって、
力強い足取りで廊下を歩くフルマー。
「ファミーユリアンさん……見ていてください。
有馬では、今の私にできる全力を、いえ、
それ以上の全身全霊でもって、お相手仕ります」
その目にも活力が戻っている。
はたして、フルマーは復活できるか?
「………」
フルマーが辞した後のおばあさま。
「やれやれ」
思わずため息が漏れる。
頑固なのは誰に似たのやら。
「あの子をG1に勝てるまで強くしてくれたのも、
そして、こうまでしてレースにこだわるようになってくれたのも、
衰えたのは明らかな今の状態で、
なおも有馬出走の意思を見せたということは、
「……あんな子ではなかったのに」
良く言えば従順で素直。
悪く言えば、闘争心に欠け、レースには向かない。
そんな子が、当主である自分の意見を拒否するとは思わなかった。
少し強く言えば、そのまま認めるだろうと。
文字通り、強くなった。
「恨みますよ、
口ではそう言いつつも、おばあさまの顔には、
確かな笑みが浮かんでいた。
「……聞いちゃった」
そして、その一部始終を目撃し、
ドア越しにではあるが聞いてしまった者がいた。
「フルマー姉様、なんでこんな時期に、って思ったけど、
まさかこんな話をしに来てるなんて……」
フルマーの実の妹、メジロライアンである。
もっとも、ライアン自身はなぜメジロ家にいるのかというと、
野暮用でたまたま帰っていたのに過ぎないのだが、
ジュニア級である自分と、G1シーズン真っ盛りの姉とは訳が違う。
そんな折に、姉が帰省してきたのをたまたま見かけたので、
事前に言ってくれれば落ち合えたのに~と思いつつ、
何かあったのかとも思って、興味本位で盗み聞きしてしまった結果がこれだ。
フルマーが部屋から出てくる前に慌てて身を隠しつつ、
とんでもない話を聞いてしまったと思う。
(あれって、引退勧告だよね……?
いや違う、もっと強い、当主命令みたいなもの。
それを、姉様は拒否した……)
確かに近走の成績は、お世辞にも良いとは言えない。
レース自体も悪化の一途をたどっている。
そんな姉が、あのおばあさまの言葉を拒否した。
それだけでも驚愕の事実なのに、内容が内容だから、
ライアンの心境はぐちゃぐちゃであった。
(姉様、ファミーユリアンさんのお出迎えにも行ってなかったみたいだし……
心配だなあ。誰かに相談したいけど……メジロの皆はダメだ)
伝え聞くに、リアンの迎えに出た面子にフルマーはいなかったようだ。
近頃の状態を見れば、無理もない。
海外に出た後の後事を託されたと、内緒ですよと言いつつも、
誇らしげに語っていたのを聞いてもいたから、姉の心情もわかるだけに、
非常に複雑ではあるが、このままではいけないとも思って、
相談する相手を考えるが……
メジロの内部ではだめだ。
どこからかは必ず漏れ伝わるし、そうなっては姉のほうも、
有難迷惑と思うだろう。
かといって、外部に相応しい人物がいるかというと……
(……なんとか、ファミーユリアンさんに直接言えるのが1番いいんだけど)
姉がここまでして頑張っている。
その想いを、どうにかして伝えたい。
しかし自分を含め、見知った仲で、彼女へ直通の連絡先を知る者はいない。
唯一フルマーなら知っているだろうが、姉本人を経由したのでは本末転倒だ。
「……そうだっ、会長さんなら!」
考えた末に行き着いたのが、
公私ともに仲の良い、生徒会長の存在だった。
「そうと決まれば!」
決断したライアンの行動は早い。
そう言うなり、自分が帰省した理由はそっちのけで、
あっという間にトレセン学園への帰路へと着いていた。
前回、研究所に行くと言っていたな?
アレは嘘だ。
いやごめん、嘘というのが嘘だ。
いやいや研究所に行けなくなったのは本当なんだ。
申し訳ない。何より俺自身が混乱してて……
なぜ行けなくなったか?
健康診断の結果は、後日郵送すると言っていた病院から、
昨晩のうちに電話があり、急遽、呼び出しを食らったからである。
それも、トレーナー同伴に加え、できればなるべく早く、
なんて不穏極まりない一文が付け加えられていた。
これってもしかしなくても、何か重病が発覚したのかい?(滝汗)
自覚症状なんてな……いこともないんだけど、
まさかいきなりそこまでのことになってるなんて思わないじゃん!?
病気じゃなくてよかったなんて思ってたのがバカみたいだ。
いったい何が分かったのか?
スーちゃんともども、病院に向かう車中では、
まったくの無言だった。
「急にお呼び立てしてしまい、
まことに申し訳ございません」
「いえ……」
病院に着くなり、特別扱いみたいな感じで
普通の診察室とは違う部屋に通されて、
検査を担当した先生と、なんかお偉い先生が出てきた。
俺の身体のことなんだし、別にそれに関してはいいんだけど……
「ファミーユリアンさんの心電図の結果につきまして、
少々気になる点があったものですから、
こうして急遽の席を設けさせていただいた次第です」
「心電図……?」
「こちらをご覧になってください」
そう言って、先生は机上のPCを操作し、
画面上にある画像を呼び出した。
……一目見てわかる。
うん、心電図だな。
「気になったのは、こちらの部分です」
マウスを動かして、問題の箇所だという部分を示す先生。
……うん、素人には何が何やら。
「先に結論から仰ってください先生。
リアンさんの心臓に、何が起きているんですか?」
スーちゃんにしては珍しく、
若干の苛立ちを抑え切れない声色だった。
俺も同じ気持ちだから、よくわかる。
とりあえず検査の詳細とかはいいから、
判明したことを教えてくれと。
「いや、失礼。結論を申しますと、
わずかにですが不整脈、心房細動の兆候が見られます」
「心房、細動……」
これ、現実の馬のほうでもわりとよくある症状だな。
もちろん細かいことは知らないしわからないけど、
これが原因で競走中止*1になったり、
最悪死亡したりなんて例があったはずだ。
リアルの例を知っていたから割と冷静でいられてるけど、
何も知らなかったら、不安で震えあがっているだろうな。
いやマジで。
「ですので、もう1度、
今度はさらに詳しく検査をさせていただけたらと」
「わかりました」
断るなんて選択肢があるはずもなく、その場で承諾。
病院側も、即座に準備を整えてくれた。
で、もう1度検査を受けることになったわけなんだが……
心電図をはじめ、エコー検査やCTスキャンなどを行なった。
「……」
結果を見つめている先生の眉間にしわが寄っている。
……やはり良くなかったんだろうか?
「……ありませんね」
「え?」
「今日の結果を見る限りでは、
心房細動は見られません」
「……は?」
真逆の意味だった件。
より精密に検査したら出てこないって、
どういうことなの?
「えっと、つまり、どういう?」
「もともとごく軽微な症状だったので、現在は出ていないのか、
はたまたその逆で、前回の検査時にたまたま出ただけだったのか」
「………」
なんだよそれは。
継続的に出ているような状態じゃないってことか?
まあ馬の心房細動も、レース中とかの高負荷がかかった状態で
発症することが多いから、平静時には出てこないのかもしれん。
「めまいや動悸、息切れなどはありませんか?」
「普段は、特には……
レース後には、それは苦しかったりはしますけど……」
「そうですか」
近走で、レース後の状況が悪くなったのは確かだけど、
それはスーちゃんによれば、身体能力の衰えが原因だってことだしなあ。
今回の件と関係しているのかは、素人には判別不能だ。
とりあえず、こちらの病院ではそれ以上のことはわからないというので、
専門の組織、つまりは例の研究所を頼ろうということになった。
検査結果などの資料をいただいて、その足で研究所へ移動。
改めて問診や検査などを行う。
心電図を測る機器を着けたままランニングしたり、
24時間モニターし続けたりする検査。
数日を要して徹底的に調べた結果は……
「問題ないですね」
とのこと。
「現状、最大限に把握できる限りでは、
心房細動は起きていませんし、他の問題も見受けられません。
至って健康、正常な状態です」
ひと安心、と言ってしまっていいのかどうか。
いいん……だよな?
「誤診だった、ということ?」
「いえ、いただいた心電図を見ましたが、
この時のデータには、確かに僅かですが出ています」
スーちゃんが首を傾げつつ尋ねるも、
研究所のお医者様も、同様の判断だった。
「たまたまだった、と思いたいけれど……」
「ええ、そうですね。1度出てしまった以上、
再発の可能性は捨てきれません。
むしろ、起きてしまう可能性のほうが高いかと」
「………」
医者の言葉に、俺もスーちゃんも押し黙るしかない。
「気を付けてトレーニングしてもらうしかないでしょう。
しばらくは様子を見ながら、
過度な負荷はなるべく避けるのがいいと思います」
「そうね……」
「……」
気をつけろと言われてもなあ……
スーちゃんも頷いたとはいえ生返事気味で、
困惑している様子が見て取れる。
レースに出る以上はトレーニングしなきゃいけないし、
ある程度以上の負荷はかけないと、トレーニングにならないし。
何よりレースに出たら、セーブしようなんて思えない。
「違和感の件もあるし……」
「そちらについては、やはり急激な寒さの影響でしょうね。
身体的な衰えとも無関係ではないと思います。
これを完全に排除するには、プレート類を除去するしかありません。
過去も踏まえて右足には出ていないことから考えますと、
害はないとはいえ、異物以外の何物でもないですから」
「手術して?」
「はい、再手術ということになります」
スーちゃんと先生の会話が、どこか他人事のように聞こえてしまう。
やっぱりここに来て一気に問題が現れてきたのは、
ピークが過ぎたのと同時に、今までの無茶が祟って、
これ以上はやめてって身体が悲鳴を上げた、ってことなのかねぇ。
ボロボロですか、俺の身体。
「手術するとなれば、休養は必須よね?」
「そうなりますね。ボルトの穴が埋まるまでは、
強い負荷は避けるのが賢明です」
「そうよね」
それがどれくらいかかるのか。
骨折が治るスピードから考えれば、
数週間以上を見なければならないのは、素人にもわかる。
もちろんその間は、完全にトレーニングは禁止だ。
「リアンちゃん」
「……はい」
「考えましょう」
「はい……」
ただ頷くことしかできない。
そうだな、色々と考えないと。
まったく、やれやれだぜ……
マイルチャンピオンシップを10番人気のパッシングショットが制し、
波乱となってレース界が混乱する中、
ファミーユリアンのジャパンカップ回避が正式に発表された。
今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー
(ジャパンカップ回避に対する反応)
:退院した後の情報ってないの?
:ないな
:少なくとも出回ってはない
:ウマ娘ニュースも、府中CATVも沈黙中だ
:不自然なくらい、リアンちゃん関連のニュースがない
:パタッと止まっちゃったな
:状態が良くないんだろうか
:うむむ、ぜひともJCで凱旋レースしてほしいんだが
:世界王者となったリアンちゃんが、
日本で世界の強豪を迎え撃つ姿、見たい
:レース間隔詰まってる上に、インフルだろ?
正直無理だと思うぞ
:タイムリーに記事発見!
って、あああああああああ……
ファミーユリアンいまだバ場入りせず
ジャパンカップ赤信号か
https://www.umamusumenews.com/*******
:2週前になって、バ場に入ってさえいないのは……
:これは無理だ
:もしかして、有馬も厳しい?
:遠征帰りなところに、インフルのダブルパンチだもんな
:普通なら無理させないところなんだが……
:リアンちゃんのことだから、
無理にでも出走しそうで怖い
:リアンちゃん、俺たちのことなんて二の次でいいからね
ゆっくり養生してくれ
:ファミーユリアン、ジャパンカップ回避発表
https://www.umamusumenews.com/*******
ファミーユリアンを担当するスピードシンボリ師は、
ジャパンカップの回避を正式に表明した。
海外遠征の疲れがたまっているうえに、
インフルエンザの罹患で状態が整わないためとしている。
なお、有馬記念の出走も、現時点では未定とのこと。
:やはりか……
:残念至極
:仕方ない
:ジャパンカップ3連覇*2が……
:本人が1番悔しいと思う
リアンちゃんの性格からしたら
:対戦待ち望んでる勢多そうだもんなあ
応えたいって気持ちもひとしおだっただろうに
:筆頭は、公言してやまないスーパークリークか
:待っていてくださいお姉さま、だもんなあ
:オグリもだろう
:凱旋門のとき応援してたね
:この書き方だと、有馬もやばい?
:出走するつもりなら、その予定って言うよな?
:こりゃ想像してた以上にやばそう
:リアンちゃん大丈夫かな……
:せめて姿が見たい、声を聞きたい
:府中CATV、出番だぞ!
:その府中CATVからすら情報出ないから困ってるんだし、
事態が深刻なんだろうが
:察しろ、ってことか(諦め)
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征