シンボリ家2日目。
今日もトレーニングコースに出てきて、準備運動を終えたころに
「今日はタイムを計ろうか」
ルドルフがこう言い出した。
「構わないけど、どうして?」
「最初にまずタイムを計って、最終日にも同様に測定する。
すると、自分がどれだけ成長できたかがわかるだろう?
タイムだけがすべてと言うわけじゃないが、目安にはなる」
「なるほど」
時計が出れば1番わかりやすいもんな。
学園でのトレーニングで、ラップ計測をしたことはあるが、
本格的にタイムを計るのは初めてかも。
「レースに近い環境ということで、芝5ハロンでいこう」
「了解」
「もちろん無理のない範囲でな。わかっているとは思うが」
「わかってるよ。ちょっと過保護過ぎない?」
「君には前科があるからな」
ギクリ……
ルドルフからジト目で睨まれてしまった。
「心配しすぎるくらいがちょうどいいと判断した。反論は?」
「ありません」
「よろしい」
本当にね、あのときはもうね、色々と追い込まれてたんですよ……
もうあんな真似はしないから大丈夫。はい、絶対です。
「じゃあ計ろうか。どっちから行く?」
「あ、私からでいい?」
「わかった」
ルドルフから先にやらせてしまうと、
タイムが良すぎたときにへこんでしまいそうだからね。
それじゃ、某ゲーム風に言えば『芝 単走 一杯』、
いっちょやってみっか!
結果……
「71秒だ」
「……うわー」
その数字を聞いて、いまだ息が整っていない中でも、
声が漏れてしまった。もちろん悪いほうの意味で。
遅い、遅すぎる。
距離やバ場状態、ペースにもよるが、1000m通過がだいたい60秒くらいのはずだ。
それよりも10秒以上も遅いようでは、選抜レースで
集団についていけなかったのも納得というものである。
もちろん手動測定だから誤差はあるし、バ場の差はあるにせよ大差は出ない。
全力疾走でもないが、9割くらいの力は出したつもりだ。
それで、このタイム。
復帰後、少しは良くなったかと思っていたんだけど……
それとも、良くはなってこれなのか?
「あくまで基準のひとつに過ぎない。
君は故障明けでもあるんだし、これから上げていけばいいさ」
「うん……」
ルドルフの優しさが、逆に痛い。
困惑気味に頷くことしかできなかった。
「次は私だな。測定を頼むぞ」
「おっけ」
ストップウォッチを受け取って、スタート地点へ向かうルドルフを見送る。
さて、彼女の結果は……
「……63秒」
「まずまずだな」
「……」
さすがに早い。しかも全体的に流し気味でこれだ。
おまけに、走り終えた直後だというのに、呼吸がほぼ乱れていない。
やっぱり物が違うんだという現実を思い知らされる。
まあね、世代のトップどころか、日本競馬史上でも最高峰の1人なんだ。
俺なんかと比べるのが間違っているというもんだ。
悔しくなんかないもんね。……くすん。
ある日、シンボリ家、夕餉の時間にて。
「本当、リアンさんが来てくれて楽しいわ」
唐突に、お母様がこんなことを言い出した。
食事の席、少しお酒が入っていることもあってか、
彼女の舌は良く回った。
「リアンさんかわいいし、よく気が付くし、話も面白いし。
いつもいてくれたらいいのに」
「そうだな。娘が1人増えたみたいで、私もうれしいよ」
「でしょう?」
「あはは、ありがとうございます」
お父様のほうも奥さんに追随するものだから、俺は相槌を打つしかない。
それまでも、適当に話に合わせていただけなんだが、
どこにそれほど楽しくさせる要素があったのか、俺にはわからなかった。
「いっそのこと、うちの子になっちゃう?」
「え?」
「おお、ナイスアイデアだな。それがいい」
「あなたもそう思います?」
「ああ」
「………」
え……えええええええええええ!!!?
なにそれ?
まさか、本気で言っているわけじゃないですよね?
酒の勢いでの言葉ですよね!?
「親権は、今どなたがお持ちなのかしら?」
「普通に考えると孤児院の関係者だろうな。
ふむ、明日、顧問の弁護士に相談してみようか」
「それがようございますわね」
「リアン君も、考えてみてくれないかね?」
「え、ええと……」
親権? 弁護士? 相談?
マジか。マジなのか~~~!?
「私は歓迎するぞ」
困ってルドルフに視線を向けると、ヤツはこんなふうにのたまいやがった。
それも大真面目な顔でだ。
即断即決のシンボリ家、怖い……
末はシンボリファミーユ? または、ファミーユシンボリ?
俺としては、呼ばれ慣れてる『リアン』のほうを残したい気もする。
シンボリリアン……なんか語感も字面も悪いな。
そもそも改名ってできるのか?
ってそうじゃなくて!
誰かお二人を止めてくれ!
「父様、母様も、そこまでです」
ここでようやく、ルドルフが止めに入ってくれた。
「リアンが困っていますよ。将来的にそうなるとしても、
学生であるうちは、競技に専念させてあげてください」
おいこら、待てや。
止めてくれるのはいいんだけど、決定事項みたいに言わんといて。
「おお、そうだな」
「ごめんなさい、ちょっと先走りすぎちゃったわね」
お二人もまんざらじゃなさそうだし……
この話、どこまで行っちゃうの?
「とりあえず、頭の片隅にでも残しておいてくれないかね」
「私たちは大歓迎だから。なんだったら、今すぐでも構わないくらい」
「あ、はい……」
少なくとも、思い付きで終わらないということだけはわかりました。
そりゃね、孤児にとって、養子にもらわれていく、
それも先方が名家の資産家となれば、これ以上ないというくらいの
ドリームズカムトゥルーなんだけどさあ。
ここまで旨い話となると、何か裏があるのではと勘ぐってしまうよ。
この人たちに限ってそれはないとは思うが、ね。
はあ~、また悩みの種がひとつ増えてしまった。
ある日の昼下がり。
「リアン、休憩にしよう」
「うん」
今日も今日とて、真夏の日差しの中をトレーニング。
汗をぬぐいつつ、日陰に入って水分を補給する。
いくらウマ娘と言えども、適切な熱中症対策をしないと、ぶっ倒れてしまう。
今日も暑いし、こまめに休憩しないとね。
「おいっ、そこのおまえ!」
「え?」
急にかけられた声に反応して振り返ると、そこには
「おまえが噂に聞いたルドルフのご学友ってやつか!」
1人のウマ娘のガキンチョがいた。
いや、どちら様?
「私より小さいくせに生意気だ。気に入らねえ、私と勝負しろ!」
「はい?」
ガキンチョといっても、俺より背は高いが。
それよりも、本当に誰? しかも勝負って何さ?
「こらっ、初対面で失礼だぞ」
慌ててルドルフが間に入る。
知り合いなのか?
「申し訳ないリアン。
この子はシリウスシンボリといって、親戚の子で幼馴染なんだ」
あー、そうか、そういえばいたねえ。
同じシンボリなんだから、世代も近いし、そりゃ出てくるか。
おっぱいのついたイケメン来た。
まだガキンチョだから、ぺったんだけど(他人様のことは言えない
「ほら、自己紹介するんだ」
「ふんっ、やなこった」
「シリウス!」
ルドルフの言葉に反抗するシリウス。
あーあ、相変わらずの、というか小さいころからじゃじゃ馬なのね。
アプリではサポカ持ってなかったから、詳しくは知らないけど。
「それより、おまえ! 勝負するよな!?」
「え、嫌だけど」
「なんでだよ!?」
シリウスの提案を即行でお断り。
というかさ、いきなり来て、なんでそれが当たり前みたいなこと言ってるの?
「ウマ娘のくせに、勝負しないってのか!」
「あなたが何者なのか知らないし、なにより私にメリットがないじゃん」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに唸るシリウス。
ここだけ見ると、ただのクソガキなんだが。
それがあんな、ルドルフとは違った方向のカリスマを発揮するようになるんだから、
ひとの成長というのは不思議なものだ。
「ごめんね、名乗りもしない失礼な奴とは、
話もするなっておばあちゃんが言ってたの。もう行っていい?」
「……ウス」
「うん?」
「シリウスシンボリだ! よく覚えておけ!」
やけくそ気味に自己紹介するシリウス。
他に何か言うことないのかね?
よくある不良もののモブヤンキーみたいなことになってるぞ。
隣じゃ、ルドルフがなんかびっくりしてるし。
「名乗ったんだから、勝負しろよな!」
「え、だから嫌だけど」
「~~~っ、なんでだよっ!?」
悔しそうに地団駄を踏むシリウス。
理由ならいま言ったでしょ? ボケるには早すぎますよシリウスさん。
「じゃあ私に勝てたら、何でも言うことを聞いてやる。
それでいいだろ!?」
「だからメリットないし。
あなたにしてもらいたいことなんて何もないから」
「ぐぬぬ……!」
俺がここまで言ったところで、とうとう痺れを切らしたか
「もういい! 今に見てろよっ!」
見事な捨て台詞を残して、走って行ってしまった。
おお、速い。さすが未来のダービーウマ娘だねぇ。
「なんだったの?」
「あはは……あれでかわいいところもあるんだが」
苦笑しているルドルフ。
かわいい? あれが? 冗談だろ。
「それより、驚いたよ」
「何に?」
「シリウスに名乗らせたことが、さ。
ああいう子だから、絶対に素直には従わないんだ。
私に言われても名乗らなかっただろう?」
典型的なわがまま娘だーね。
自分の思い通りにいかないと、癇癪起こすタイプ。
要は、まだ子供ってことだ。
「そのあとも見事だったな。
ああも上手くシリウスを退散させるとは思わなかったよ」
「小さい子の相手は慣れてるからね」
「そうなのか。
いや、自分よりも背の高い相手を小さい子扱いなのも驚きだ」
孤児院じゃ、小さい子の世話もやってたからさ。
ああいう場合いちいち腹を立ててたらキリがないのよ。
ルドルフ、苦笑してる場合じゃないっしょ。
あいつの情操教育どうなってんの?
「シリウスも、来年にはトレセン学園に入る予定だ。
その折はよろしく頼むよ」
「え、やだ」
「そう言わずに、頼むよ」
ごめん、ルドルフのお願いでも、それだけは聞けないな。
あいつが改心して、落ち着いてくれるのなら、そのとき考えましょう。
大丈夫? 面接で落ちたりしない?
「ところで、おばあちゃんが云々というのは、本当なのか?」
「出まかせに決まってるでしょ。だいたい私……ごめん」
「……いや、私こそすまなかった」
自分で言っておいて、ルドルフのほうも途中でまずいと思ったんだろう。
俺も言葉を切ってしまうくらいに、
表情と耳のテンションが落ちていくのがわかったから。
「はいはい、この話はもうやめ。トレーニング再開しましょ」
「そうだな」
相変わらず、気にしすぎなんだよおまえは。
もう少し気楽に生きても、神様は許してくれるよ。
転生したときにも出てきてくれなかったから、
俺はこれっぽっちも信じちゃいないけどね。
それから数日して。
その日もいつものようにトレーニングしていたら
「そこのあなた」
「……はい?」
再び、いきなり声をかけられた。
また子供かって最初は思ったが、子供の声ではなかった。
声のしたほうへ振り向くと、そこには、高級そうな出で立ちで、
それでいてやらしさは感じさせない、いかにもな服装をしたナイスマダムが立っている。
「初めて見る顔ね。新しく入ったシンボリの関係者?」
「あ、ええと、私ファミーユリアンと申しまして……」
牧場か、あるいはシンボリの中の人か。
部外者だと思われてしまってはまずいので、慌てて名乗ろうとする。
「リアンッ!」
すると、そこへ、相当に慌てた様子でルドルフが駆け込んできた。
彼女がここまで焦る姿というのも珍しい。
ルドルフは俺たちの前までやってくると、呼吸と姿勢を正し、
マダムへ向かって開口一番、こう言った。
「お婆様」
え、おばあさま?
この人がルドルフの祖母?
なるほど、よくよく見てみれば、しっぽがある。
耳は帽子に隠れているのか、見えなかった。
「お久しぶりです。帰国されたのですね」
「つい先ほどね」
にこやかに応対する2人。
帰国ってことは、海外に行っていたのか。
「聞けば、ルドルフが滞在してるっていうじゃない。
あなたの成長ぶりが見たくて、空港から直接来ちゃったわ」
なるほど、成田から近いからね。
帰国した直後っていうのは本当みたいだ。
「デビュー戦、勝ったそうね。おめでとう」
「ありがとうございます。
一時の勝利に驕らず、これからも精進します」
「よろしい」
ルドルフらしい言葉。
満足そうに笑みを浮かべて頷くお婆様。
彼女の視線が、再び俺を捉える。
「ところで、そちらは? お友達?」
「はい、紹介します。彼女はファミーユリアン。
私の学友にして学園でのルームメイトです」
「はじめまして、ファミーユリアンと申します。
ルドルフさんには大変お世話になっておりまして、
こうして一緒にトレーニングをさせていただいてます」
「そう」
ルドルフの言葉に合わせて、すかさず自己紹介する。
礼儀正しい人のようだから、失礼のないようしっかりと。
「リアン、紹介するよ」
今度は、お婆様の紹介をしてくれるようだ。
研究所の時も話に出てきた、息の長い活躍をしたというウマ娘。
現実世界でもそういう馬がいたはずだが、名前が思い出せなかった。
「私の祖母の、スピードシンボリだ。
こう見えても、昔は大活躍したウマ娘だったんだ。
年度代表ウマ娘になったこともあるんだぞ」
「昔は、って言わないでちょうだい。
それじゃ大昔の人みたいじゃない」
スピードシンボリ!
そうだ、そうだよ。なんで忘れてたんだ?
顕彰馬にも選出されている超名馬じゃないか。
「スピードシンボリです。『スーちゃん』って呼んでね」
「は、はあ」
にっこり微笑んで言うお婆様だが、
そんな大先輩を愛称で呼ぶなんて真似、とてもとても……
笑う姿はとても若々しいし、長く活躍したというのはわかる気がする。
「ごめんなさい、ファミーユリアンさん」
「はい?」
とか思っていたら、突然謝られた。
何事?
「私最初、小学生かと思っちゃったの。
だからどこかの子供が迷い込んだのかと思っちゃって。
ルドルフの同級生だったなんてね」
「ああ……」
それはしょうがない。
現に、小学生であるシリウスシンボリより小さいんだしな。
「で、よく見たらウマ娘だったから、声をかけさせてもらったわ。
ちょっと前から、少しあなたの走りを見させてもらってたの」
「そうなんですか」
見られてたのか、全然気づかなかった。
「間違えちゃったお詫びに、ひとつ良いことというか、
気付いたことを教えてあげましょうね」
「良いこと?」
さて、なんだろう?
伝説と言ってもいい人だから、期待しちゃうよ?
そんな軽い気持ちでいたことが、逆に失礼に思えてしまうくらい、
俺にとっては、その後の競争人生を左右する大きな一言になるって、
誰が想像できただろうか。
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
-
ドバイワールドカップ
-
ドバイシーマクラシック
-
ガネー賞(仏)
-
クイーンエリザベス2世カップ(香港)
-
アメリカ遠征