「「「「誰が勝った……!?」」」」
横一線でゴールした4人は、ゴール直後、全員が同じ気持ちで、
結果を確認するべく、荒い呼吸の中を掲示板のほうへ向き直った。
そして、
彼女たちの視界に入ったのは、掲示板でも、
決勝戦上のリプレイが繰り返し流されているターフビジョンでもなく、
さらにその先、坂の途中でへたりこんでいる、“王者”の姿。
「そんな……嘘やろ!?」
「大先輩……? どうしたんだっ!?」
「姐御っ! いったい何が……」
「……お姉さま……?」
そういえば、とさらに気付く。
前にいる、優勝争いすると思っていた存在が、
途中から消えていたこと。
それぞれがそれぞれの反応を示し、
様子を確認しようと、すぐさま駆け寄ろうとする者もいたが
「いけません」
係員が飛んできて、それを制止した。
普段は着順を伝え、誘導するのが彼女たちの仕事であるが、
こういった不測の事態が起きた際の対処も、その役目なのだ。
「こちらで対応しています。
あなたたちは誘導に従い、速やかに引き揚げてください」
「なんでやっ!?
先輩が大変なことになってんねんで!」
「ですから、こちらで対応しております。
ましてや、あなたたち4人は写真判定の対象なのですから、
引き揚げてもらわねば困ります」
「……」
「あなたたちが今なすべきことは、これ以上の混乱を避け、
速やかに引き揚げることです。
他の子たちにもそのように指示を出しています。いいですね?」
「~~~~~ッ……!」
その事務的というか、冷酷ともいうべき反応には、
反射的にタマモあたりが食って掛かるものの、どうしようもない。
医者でもなく、医学的な知識があるわけでもない自分たちが
駆けつけたところで、何の解決にもならないことは目に見えている。
「……引き揚げんで」
「タマっ!?」
「じゃかあしいっ!」
少し考えて冷静になったタマモは頷いた。
が、納得できないオグリが彼女に食いつこうとするも、
タマモは一喝して退ける。
「ウチらが行ったところで、オロオロするだけで何もできん。
それどころか救護の邪魔になるだけや。
やったら、このねえさんの言う通り早く引き揚げて、
現場の混乱をいち早く鎮めるのに協力するべきや」
「……」
「ええな?」
「……わかった」
「……仕方ねえ」
「……はい」
この言葉はオグリだけではなく、イナリとクリークにも向けられており、
3人は不承不承ではあったが、承諾した。
「それでは、こちらへ」
「ああ」
4人は係員の誘導に従い、歩き出す。
「タマは、強いな」
「なんや、藪から棒に」
途中、かすれるような声でのオグリのつぶやきに、
タマモはいち早く反応した。
いまだ残る場内のどよめきと動揺もある中で、よく気付けたものだ。
「……あ、いや、その」
一方のオグリは、意識しての発言ではなかったのか、
あるいは声に出したつもりではなかったのか、言葉に詰まる。
「私は、一刻も早く、大先輩のそばに行きたかった。
他のことはどうでもよかったんだ」
「オグリは先輩に懐いとるからな」
「おまえさんもだろタマ公」
「じゃかあしい」
茶々を入れてくるイナリを、先ほどと同じセリフで一蹴する。
「だから、その……タマは、強いな、と」
「今さら気付いたんか? そや、ウチは強いんやで。
写真判定のようやけど、今回のレースもウチがもらったかんな」
「……かも、しれないな」
「はっ、そういうこっちゃねえよ」
「………」
珍しくオグリが負けを認める発言をし、
やはり茶々を入れてくるイナリにも、いつもの勢いがない。
クリークは先ほどから、俯き加減で無言だった。
(……先輩)
ライバルたちから“強い”と評価されたタマモだったが、
内心では、身体が引き裂かれそうになっていた。
(会見でも言ったけど、今のウチがあるんは、先輩のおかげや)
感謝してもしきれないものがある。
出世払いだと言われていた恩を、どうやって返そうか、
今から頭痛のタネになりそうだ。
(……無事だって、信じとるかんな)
とびっきりのお返しをしてやるんだ。
だから、返し切る前に、いなくなったりしないでくれ。
コースをから去る際に、数人の人だかりができつつある
『現場』のほうを一瞥し、静かに引き揚げていった。
「スーパークリークさん、あなたはこちらです」
「……え?」
タマモたちがひとまず控室へ戻るよう言われたのに対し、
クリークだけには、別の指示が伝えられる。
ビックリして顔を上げたクリークに、
『裁決室』と掲示されたドアが示された。
「どうぞ、入ってください」
「………」
動揺して周りを見ると、同じように示されたのか、
ミスシクレノン、リアルアニバーサル、オサイチジョージの3人もいる。
彼女たちは総じて、気まずそうに目を逸らした。
「え……?」
訳が分からず、さらに動揺するクリークであった。
4コーナーを10番手付近の内側で回ったスターオー。
仕掛けるタイミングを逃し、先行勢には引き離され、
後方勢にも並ばれていく流れになってしまった。
(……でも、まだっ!)
しかし、レースを諦めるにはまだ早い。
ゴールするまでは、何があるかわからないのだ。
「はああああっ!!」
遅れて、ラストスパートに入る。
今ここから加速、というところで、前方の異変が目に入った。
内側にいたスターオーだからこそ、真っ先に、
誰よりも早く、その瞬間を目撃することになる。
(……え? リアン先輩……!?)
憧れ、追い続けてきた背中が、こちらが戸惑ってしまうくらいに
あっという間に目前へ迫り、衝突するのかと思ってしまうほどの急接近。
「リアン先輩ッ!!」
慌てて外に動いて回避しようと思ったのも束の間、
それ以上に、
もちろん、自分のレースなど、二の次で。
「大丈夫ですかっ!? どうしました!」
リアンは両膝をついた状態で前のめりになっていた。
倒れ込むところまでは至っていないが、異常なのは明らか。
「先輩! リアン先輩っ!」
自らも傍らに膝をついて、声をかけ続ける。
すると、どうだ。
「……ぇ?」
「先輩っ!」
かすかにではあったが、反応があった。
続けて声をかけると、こちらに向けて、ゆっくりと顔が動く。
「……スターオーちゃん?」
「はい、サクラスターオーです!
どうしたんですか? 大丈夫ですかっ!?」
意識があることにはホッとしたが、まだ安心はできない。
深刻な故障、重大な急病という可能性があるためだ。
自身が経験しているだけに、なおさらだった。
「大丈夫だよ。……よっと」
「あ」
ところが、当のリアン自身はそんな心配をよそに、
呆気なく頷いて見せると、止める間もなく立ち上がった。
「……うん」
「ほ、本当に、大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫」
「………」
あまりに簡単に言って見せるので、
スターオーのほうが戸惑ってしまう。
だが、最初に見た真っ白な顔から比べると、
徐々に血色が戻ってきているように感じる。
「リアンちゃんッ!!」
と、そこへ駆け寄ってくる数人の気配と足音。
血相を変えたスピードシンボリと、係員、
そして医療スタッフと思われた。
「──輩! リアン先輩っ!」
「……ぇ?」
「先輩っ!」
気が付けば、すぐ隣にスターオーちゃんがいた。
なんだ? どうなってる?
「……スターオーちゃん?」
「はい、サクラスターオーです!
どうしたんですか? 大丈夫ですかっ!?」
必死な顔をしたスターオーちゃんが、
これまた必死な様子で尋ねてくる。
あれ、レースは……と思ったところで、察した。
ここ、まだ坂の途中じゃないか。
にもかかわらず、俺は両膝をついた状態で止まってしまっている。
つまり、ゴールしていない。
ゴールできない状態になった、イコール……
何らかの異常が生じて、止まらざるを得なくなったということ。
スターオーちゃんがこれだけ必死なのも、
自らも突然異常発生という経験をしているからだろう。
何か異常や故障が起きたんじゃないかと。
「大丈夫だよ。……よっと」
「あ」
だが、大丈夫だ。
心配するスターオーちゃんをしり目に、立ち上がって見せる。
「……うん」
「ほ、本当に、大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫」
「………」
なおも戸惑った様子のスターオーちゃんに対し、
2度3度と頷いて見せる。
まあ無理もないな。突然止まったように見えただろうし。
記憶がないから自分でもよくわかってないけど、
少なくとも
おそらくは、致命的な異常が起きる前に、
身体のほうが自動的にセーブをかけたんではないかな。
これ以上の負荷がかかると本当にまずい、というところで
強制シャットダウン。からの再起動がかかったということだろう。
記憶がないこと、今は問題がないことからも、
まず間違いはないと思う。
もちろん医学的なことはわからないけど。
「リアンちゃんッ!!」
ここで、大慌てな様子でスーちゃんがコースに入ってきた。
彼女の後ろからは、何人かの人たちも続いてきている。
「だっ、大丈夫なのっ!? はあはあ……」
よほど慌てていたのか、わずかな距離のはずなのに、
走ってきただけで息を切らしている。
まあそれだけが原因ではないのは明らかだけど。
「大丈夫です。安心してください」
「そ、そう……」
「そちらの人たちは?」
「レース場の医療スタッフの方たちよ。
万が一に備えて、すぐコースに入れる状態で
待機してもらっていたの」
そこまでしてくれていたのか。本当に頭が下がります。
で、ものの見事に出番が来てしまいましたか。
「どこも痛くない? 気分が悪いとかは?」
「ないです」
「そう……とりあえずはひと安心かしら。
でも一応チェックはしてもらってちょうだい。
お願いします」
スーちゃんからの要請で、来てもらったスタッフさんたちが
俺の周りに集まって、バイタルチェックを始める。
「脈拍、血圧ともに正常ですね。OKです」
「ありがとうございます。……よかったわ」
「ご心配をおかけしました」
「いいのよ。約束は守ってくれたのね」
駆けつけてくれた中にお医者さんもいてくれたので、
事情を話し、その上で診断も受けた。
問題はないとの判断。
やはり、事が起きる前に止まったのが良かったようだ。
笑みを浮かべてくれるスーちゃんだけど、
自分でも記憶がないので、止まったのは偶然なんですよとは言い出せず、
これは墓場まで持っていくことになりそうだ。
あそこで意識が途絶えてなければ、たぶん、
限界を超えちゃってただろうなあと思うし。
そう考えると、あの超前傾走法は、
身体に相当の負担がかかってたんだろうね。
普通では見られないからそりゃそうか。
「すいませんでした。スターオーちゃんも、
付き合わせちゃったみたいで申し訳ない」
「いいえ、
微笑んでくれるスターオーちゃん、マジ天使。
俺にお付き合いして、レース捨てちゃったんだろうからなあ。
本当に申し訳なくて……
というか、勝負所の最終直線で、よく俺の異変に気付けたね?
「当然です。リアン先輩の動向は、
その一挙手一投足に至るまで、常に気にしていますから」
「そ、そう」
何の気なしに聞いてみたら、さらっと凄いことを言われた。
……やっぱりこの子の思いは、
「えーと、とりあえずこの後どうしようか?
私たちの扱いってどうなるんだろう?」
「どうなんでしょう?
普通に考えたら、競走中止になるんじゃないかと思いますが」
問題はなかったということで、次に気になるのは、
レースでの俺たちの扱いはどうなるのかということだ。
ゴールしていないのだから、スターオーちゃんの言う通り。
でも異常はないとわかったわけだし、特に彼女の場合は、
俺に付き合わされて走るのをやめただけなんだし、
可能ならゴールしたいはずだと思う。
「じゃあとりあえずゴールだけでもしようか?
あとちょっとなんだし、一緒に歩いてさ」
「え、はい、私は構いません。
というか、叶うならばぜひ」
ゴールまであと100メートルもない。
走らなくてもすぐにゴールできる。
もちろん着順は最下位になるだろうし、
タイムオーバーを食らう時計になるだろうけど、
これで引退する俺たちには関係ない。
問題があるとすれば規則面からだろうが、
規則上はどうなのか?
「いったん止まったら、その時点で即競走中止、
なんてルールはないわよ?
競走中止は、あくまで『結果論』*1というだけだから」
俺たちからの視線の意味に気付いたスーちゃんは、
そう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
それを受けて、俺たちにも笑みが広がる。
「じゃあ、行こうか、スターオーちゃん」
「はいっ」
元気よく頷いたスターオーちゃんと共に、
ゴールに向けて歩き出した。
『あっ、ファミーユリアン立ち上がりました!』
その様子を確認した場内実況、そして自ら確かめた観客たちは、
総じて胸を撫で下ろした。
『あれは医療スタッフでしょうか?
診察を受けるようですが、どうやら重大な事態というわけではないようです。
いやあホッとしました』
『医療スタッフが引き揚げます。
問題はなかったということでしょうか?』
しばらくしてから、集まっていた医療スタッフが引き揚げていった。
担架の用意、救急車の準備もなされていたが、使われなかったということは、
そういうことだということだろう。
レースが審議中で未確定な状況なこともあって、
この様子に注目していた観客たちも、いや、
全国のレースファンすべてが、安心できた瞬間だっただろう。
『ファミーユリアンとサクラスターオーが何やら話していますね。
プライベートでも仲の良い2人。何を話しているんでしょうか?』
『お、2人とも歩き出しました』
『これは……2人ともゴールしようということでしょうか?』
その意図を察した実況、観客たち。
沈んでいた空気はここで消え去り、再びの盛り上がりを見せ始める。
そしてそれは、2人がゴール板に到達したとき、
2人の
あと数歩で、だいぶ、いやかなり遅れたゴール。
というところで、足を止めた。
「リアン先輩?」
左隣を歩いていたスターオーちゃんも同じように立ち止まり、
不思議そうにこちらを覗き込んでくる。
「どうしたんですか?」
「ちょっとね……」
思うところがありまして。
恥ずかしながら吐露させていただきますれば……
「私がこの有馬以前に国内で負けた2戦は、
どっちもスターオーちゃんに負けたわけじゃない?」
「そうですね。どちらの勝利もわたしの誇りです」
えっへん、と胸を張り出しそうなスターオーちゃんだ。
わざわざそんなことしなくても、ご立派なものをお持ちなのにね。
「だからね? もうこれ以上、君には負けたくないんだ」
「はあ」
「このままゴールすると、
嫌でも順位がついちゃうと思うんだよね」
コンマ数秒とかの世界でも、正確に順位を割り出す写真判定だ。
その精度はセンチ単位にまで及ぶ。
たとえこのまま2人で一緒に同時入線したように見えても、
システム上はどうしても順位が付き、結果に反映されてしまうだろう。
何が言いたいかといいますとね?
「こうなった以上は、もう、スターオーちゃんと
順位をつけたくないんだ。
学園では先輩と後輩ではあるけどさ、
いつまでも対等な関係でいたいって思ってさ」
「リアン先輩……」
「だから、どうにか同着にできないかって」
ブービーと最下位には変わりはないけど、
同着にできれば、少なくとも上下の結果にはならない。
何か良い方法はないかな?
「わかりました。ではこうしましょう」
「え?」
お、なんか良策ある?
「えいっ♪」
「うおっ」
言うや否や、スターオーちゃんはガバッと抱き着いてきた。
こ、こら、公衆の面前でいったい何を……
「こうして抱き合ったまま横歩きにゴールすれば、
順位なんかつきませんよね?」
「な、なるほど」
確かにその通りだ。
身体のどこで順位を判断しているのか*2、詳しいことは聞いてないけど、
抱き合った状態なら判定なんかできんわな。
抱き合ったままゴールとか……
格好悪いし前代未聞だろうなあ。
だがそれがいい。
次々と記録を塗り替え、数々の新記録を打ち立ててきたのだから、
最後にもうひとつ、伝説を残してやろうじゃないの。
「じゃあ、ゴールするよ?」
「はいっ♪」
俺たちはそのまま、カニさん歩きでゴール。
現役最後のレースを終えた。
でも気になるのは、誰が勝ったのかということ。
オグリか? タマちゃんか?
クリークやイナリ、ファルコちゃんなんて可能性もあったり?
もしかしてフルマーちゃんか?
いっぱいの申し訳なさと、いくばくかの期待感を持って
引き揚げていった俺たちを待っていたのは、驚きの結果であった。
勝者を伝えないスタイル
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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