「あなた、どうしてあんな不自然な走り方してるの?」
「……え?」
小首を傾げながら、お婆様は疑問を口にした。
そんな仕草は見た目の若々しさもあって、非常にかわいらしい。
ってそうじゃなくて、不自然?
「不自然、ですか?」
「そう。なんていうかな、ウマ娘には、
各々に合った走り方というものがあるはずなんだけど」
「はあ」
まあ、それはそうだろう。
ウマ娘に限らず、人間だって当てはまると思う。
中には、すごく個性的な人だっているはずだ。
「あなたの場合はね、それがひときわ強く出ているように見える。
だから身体に合ってなくて、スタミナの消費がより激しいし、
スピードが出ないし、負担も大きい。思い当たる節あるでしょう?」
「……はい」
残念ながら、ありまくりです。
スピードがないことは選抜レースの件で実証済みだし、
スタミナのことも、俺がハードなトレーニングで
スタミナをつけようとしたことからもお分かりだと思う。
そして、実際に故障してしまった。
なにこのひと、言ってることめっちゃ正しいやん。
さすがのご慧眼というわけか。
でも……原因がわかりません。
試しに、ルドルフにわかる?とばかりに視線を向けてみたら、
すまんわからん、とばかりに首を振られてしまった。
このひとには、原因まで特定できているのだろうか?
「すいません、恥を忍んでお尋ねします。
その不自然さは、何が原因なんでしょうか?」
「ん~、不自然というのはわかるんだけど、詳しいことまではね。
私の感覚的なものなのかもしれないし、ちょっと言葉にするのは難しいわ」
「そう、ですか」
詳細まではわからないか。
でも、他人の内部のことまで、そこまでわかるだけでもたいしたものだ。
指導者的な立場にでもいたことがあるんだろうか。
お婆様はそこまで言うと、俺たちのことはそっちのけで、
唸りながら何やら考え始めてしまった。
「お婆様は、うちの牧場でトレーニング教室を開いていたこともあるんだ。
割と好評だったみたいだから、そういう目を持っているのかもしれないな」
「へえ」
そうなんだ。
現役引退後に、そういう道があることはいいな。
「海外に行っていたのも、トレーニング全般を勉強しに行っていたからなんだ。
私としては、今からでも遅くはないから、
中央のトレーナー試験を受けてみたらいいと思うんだがな」
「そうなんだ、すごいね」
「ああ。現にリアンの問題に私は気づけなかった。
ぜひとも正式に指導者になるべきだと思うし、なってほしい」
中央のトレーナー試験は一説によると、東大よりも難しいと聞く。
だけど、リアル競馬の調教師の多くは、中年になって以降の
開業がほとんどであることを鑑みると、案外あり得ない話ではないのかもしれない。
ウマ娘世界では、若いトレーナーもそれなりにいるようだけどね。
アプリ版の主人公トレが、まさしくそれだし。
「……そうだ!」
「!?」
「どうしたんですか、お婆様」
ルドルフと話していたら、お婆様が突然に声を張り上げた。
「何か上手い例えがないか考えていたんだけど、思いついたわ」
「本当ですか!」
「で、どういう?」
「『人間』よ!」
「「にんげん?」」
お婆様が思いついたという例え方。
その答えに、俺とルドルフの声が重なった。
「ファミーユリアンさん、あなたの走り方はね、人間みたいなの。
普通の人間が、普通に陸上の選手をやっているような、そんな走り方」
「普通の……」
「対して、ウマ娘のそれは全く違うわ。
パワーもスピードも全然違うんだから当然よね。わかるでしょ?」
「はい」
「だから、ウマ娘たるあなたには合っていない。そういうことよ」
「………」
「なるほど……確かに言われてみれば、そうかもしれない」
あまりのことに、俺は二の句を告げない。
一方のルドルフには理解できたのか、何かを考えながら頷いている。
人間の走り方、か……
身体はウマ娘でも、中身が人間(転生)だから、
純然たるウマ娘の走りができてないってこと?
しかし、ウマ娘の走りって、どういうものなんだ?
ルドルフを見ていても、人間との違いなんて分からないぞ。
どこがどう違うってんだ?
そして、どうやったらそんな走り方ができるんだ?
「教えてください!」
俺は思わず、叫んでいた。
「何をどうすれば、『ウマ娘』の走り方ができるんですか!?」
「それが分かれば苦労しないわね」
対するお婆様の言葉は、非常にドライである。
表情を変えずにさらりと言った。
「未勝利で終わる子が格段に減ることは、間違いないわ。
レース界に革命が起こるわよ」
「……ですよね」
ま、そりゃそうだ。仰られることはごもっとも。
そんな簡単に速く走れる方法がわかるんなら、みんなやってるもんな。
はあ~、期待した分だけ失望も大きいっていうか、
完全な逆恨みだなこりゃ。結局は自力で見つけるしかないってことかあ。
「お婆様、それだけではあんまりです。
せめて何かヒントをひとつくらい」
「ヒント?」
「ないんですか?」
「ん~」
同情してくれたルドルフが、何とかしてあげてと食い下がる。
伝説のウマ娘も孫には甘いのか、再び考え始めた。
「そうね、ひとつ言えるんだとしたら……」
「したら?」
「常識には囚われるな、ってことかしらね。
きれいなフォーム、イコール、最速なフォーム、ってわけじゃないし。
教科書通りの走りがその子にとって最適かと言えば、
必ずしもそうとは言い切れないでしょ」
「常識外の……?」
「最速か、最適か……」
つまり、学園で教わっているような、
理想的といわれるフォームは捨てろってことだな?
今までの俺は、教えてくれる人がいなかったために、
学園で教わったことを反復し、身に着けることだけに励んできた。
それが必ずしも正しいわけじゃないってなると、
完全に生まれ変わるつもりで、新しくやり直すしかない。
少し、いや、かなりの勇気がいるな。
それこそすべてをかなぐり捨てるという覚悟が必要だ。
「……る」
「リアン?」
「やってやる!」
どのみち、このままでは多くの才媛の前に埋もれてしまうのは確実なんだ。
だったら、少しでもある可能性に、俺は賭ける。
「やってやりますよ。私だけのウマ娘のフォームを、見つけてみせます!」
「ふふ、良い心意気ね。気に入ったわ」
俺の気迫に、ルドルフはびっくりして目を丸くし、
お婆様は、満足げに笑う。
この日から、出口の見えない試行錯誤が始まった。
とはいえ、やはり、そう簡単に見つかるわけもなく。
「……っふぎゃ!」
「リアン!」
変な走り方をして転んでしまい、ルドルフがすっ飛んでくることも。
うぅ、ぺっぺっ、ウッドチップの木片が口に入ってしまった。
「大丈夫か!?」
「いたた……うん、平気」
ルドルフに手を引かれ、立ち上がって汚れを払う。
こいつの過保護も大概だ。
俺なんかに構っている暇などなかろうに。
「ルドルフ、私のことはいいから、自分のトレーニングして」
「しかし……」
「課題、渡されてるんでしょ?」
「……ああ」
チーム所属のルドルフは、夏休み中のメニューを、
彼女のトレーナーから課されている。
本来なら他人の世話をしている余裕などないはずで、
俺も、彼女の足を引っ張りたくはない。
「お願い」
「……わかった」
だから、断ったら怒るという空気で、言った。
「くれぐれも、無茶はしないでくれよ」
「うん」
若干、ためらうようなしぐさを見せたルドルフだったが、
迷いを振り切るように承諾し、自分のメニューへと戻っていった。
心配してくれるのはうれしいが、正直過剰だから。
それもこれも俺が弱いがため。
彼女に余計な心労をかけないためにも、
ここでしっかりと、自分の走りとやらを身に付けなければ。
「よし」
決意も新たに、俺は走り出した。
「……ダメだ」
あれから1週間。
トレーニングでくたくたになった体を、
あてがわれた部屋のベッドへ倒れこませる。
一向に上手くいっている気がしない。
そもそもの正解が分からないんだから、暗闇の中を行くようなものだけどさ。
あまりの入れ込みように、ルドルフから、
明日はトレーニング禁止令が出されてしまった。
心身ともに疲れているのは事実だし、このままだと二の舞を演じかねないから、
言われたとおりに明日は1日休養しようと思う。
走らなくていいというのは、残念に思うのと同時に、なんだかホッとする。
そんなことを感じていたら、急速に眠くなってきた。
「おやすみぃ……」
寝入る直前、そんなことを呟いた気がしたが、定かではない。
そんなある日。
「え、並走?」
「ああ」
ルドルフから、トレーニングパートナーに指名された。
なんでも、メニューの中に並走して調子を整えるものがあるんだそうだ。
他に相手もいないし、ぜひに、ということである。
「私でよければ。でも、相手にならないんじゃないかな」
「勝負するわけじゃないよ。あくまでトレーニングだ」
「じゃあ、よろしく」
「こちらこそ」
というわけで、今日は並走です。
ウッドチップコース、7F合わせウマ。
……スタート。
最初こそ並走できていたが、徐々に離され、2バ身ほどの差がついてしまう。
これでもルドルフにかなり気を遣われての格好だ。
彼女が本気で走ったら、この程度の差では済まないだろう。
はは、これじゃ並走じゃなくて、ただ先導されてるだけだな……
走っている最中だというのに、自嘲気味に笑ってしまう俺。
惨めと言うほかはない。他にいないとはいえ、なんだってこんな提案をするかな?
また逆恨み的な発想が出てきてしまう。
「………」
「っ……」
恨めしく思いながらルドルフのほうを見ると、
彼女も横目でこちらを窺っていることに気が付いた。
ルドルフの目は、強く、こちらに何かを促すようなもので。
まるで、「私についてこい」とでも言いたげな、とても優しげでもあった。
……いいよ、わかったよ。
おまえというやつは、どこまでいっても甘ちゃんなやつだ。
ここでがんばらなくて、いつがんばる。
親友に追いついて見せなくて、何が男だ(女ですけど)
「……っあああああああああ!!!」
食らいつこうとして、必死に上体を倒す。
加速と言えば前傾姿勢だろ?
常識外? そんなもの気にするな。お婆様も言っていたじゃないか。
そうだ、行けぇーっ!!
「っ……! リアン……?」
「こなくそぉー!」
「……ふ」
するとゆっくりとではあるが差が詰まり、ゴール直前でルドルフに並んだ。
ようやく並走状態を実現することができて、よくは見えなかったが、
隣のルドルフが微笑みかけてくれたような気がする。
「やった………あっ……」
「リアンッ!?」
だけど、ゴール板を駆け抜けて気が緩んだ瞬間、バランスを崩し派手に転んでしまった。
かなり前傾して走っていたから、ひとつ間違えば自ずとそうなる。
二度三度と回転して、ようやく止まった時には、仰向けに大の字で倒れていた。
「ああ……空がきれいだ……」
自然と、真夏の青い空が目に入ってくる。
夏らしい、もくもくの入道雲も一緒だ。
不思議とこの時は、疲れや転んだ痛みなんかより、充足感でいっぱいだった。
転んだの何回目だ? もう覚えてないや。
「その様子だと、大丈夫みたいだな?」
「うん」
気付けば、すぐ脇にルドルフがしゃがみこんでいた。
彼女は、仕方ないなといった様子で苦笑している。
「いい勝負だった」
「勝負じゃないって言ったじゃん」
「そうだな。でも、いい勝負だった」
「あっそ」
「ああ」
その笑みが、満足げなものに変わる。
よかった。こんな俺でも、彼女に一時でも幸福を与えることができたか。
頑張った甲斐があるってもんだ。
ああ、本当に、空がきれいだなあ。
その日の夜。
「か~、染みるぅ~っ……」
「我慢してくれ」
風呂上がりに、今日の転倒で新しくできてしまった擦り傷に、
ルドルフに消毒液を塗ってもらっている。
風呂でもあちこち染みてしまって大変なんだよ……
お婆様に指摘されて以来、毎日の日課のようになってしまった光景だ。
「今日の走りは良かったぞ。
あれを末脚として安定して発揮できれば、勝負になる」
「あの一瞬だけじゃなあ……」
一瞬だけ鋭い末脚を出せたとしても、使いどころが難しい。
それに、レースは最後の直線だけじゃないんだ。
少なくとも、末脚の届く範囲にいないといけないじゃないか。
追走すら厳しい俺には難題だな。
シンガリから直線だけでの差しきりなんて、
ただでさえそうそうあることじゃないのに。
「一瞬じゃない。残り何メートルあったと思ってるんだ?」
「え……?」
俺はてっきり、残り100とか、長くても200とかの世界だと思ってたんだけど、
どうやら、俺とルドルフの間には、大きな認識の違いがあるらしい。
「君が加速を始めた地点が、『6』のハロン棒を通過したあたりだ。
つまり、君は600メートルのロングスパートをしたんだよ」
「……ウソでしょ?」
「自分で気づいていなかったのか」
消毒の手を止めて、苦笑するルドルフ。
「コーナリング中だったのも覚えてないのか?」
「……うん」
どうやら直線に入るかなり手前から、俺は末脚を繰り出していたらしい。
いかん、あのときの俺はルドルフの姿しか見ていなくて、
周りの状況なんかまるで見えていなかった。
そんなに距離が残っていたなんて思ってなかったぞ。
もはやスズカさんのお約束と化した感のあるセリフを、
俺が言う羽目になろうとは。
「切れ味、持久力ともに、かなりのものだったぞ。
思わず私も、負けまいとして力が入ってしまったくらいだ。
それでも追いついてきたんだから、一級品の末脚じゃないか」
「……」
「私がデビュー戦で戦った相手も、失礼だがあれほどじゃなかったな」
「……本当に?」
「嘘をついてどうする」
「……」
「アレが君本来の、ウマ娘としての走り方なんじゃないか?」
「そ、そうなのかな……」
「私はそう思う」
「………」
「良かったな、リアン」
「……うん」
いまだ、実感は湧いてこないけど……
ルドルフほどのウマ娘が言うんだから、そうなんだろう。
偶然とはいえ、必死なあまり、実現できてしまったと?
「………」
「顔がにやけているぞ」
「に、にやけてない」
「ふふ」
「はは」
ルドルフが笑っている。
俺も、おそらくは笑っている。
暗闇しか見えなかった未来に、一筋の、いや、
大きな光明が差した出来事だった。
ゆで理論リスペクト
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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