10月になった。
暑さももうすっかり身を潜めてきた頃。
天高く馬肥ゆる秋、とはよく言ったもので、
空は澄み渡って晴れ、馬が食欲を増し、肥えてたくましくなる秋。
そうそう、聞いてくれよ。
ここにきて俺にもそんな効果が出たのか、
体重がようやっと1キロ増えたんだ。
たったの1キロだけど、減るのがもっぱらだったので、
安定して増量したのはいつ以来だろうかと、ちょっと感動した。
数日続けてその数字だったから、一時的というわけではないのは確認済み。
いや、気候のせいというより、ようやく食事面の効果が出始めたのかな?
リハビリ中に研究所で教えてもらった食事療法から始まって、
シンボリ家にお邪魔したときは、お抱えの栄養士さんが監修しているという
メニューを出されているし、栄養面での改善が始まってくれたか?
量に関しても、少しずつではあるが、食べられるようになってきた。
それでもやっと、ウマ娘の標準の半分といったところか。
でも、身長のほうは相変わらず伸びないけどね……
もしやこのまま伸びないのでは、という懸念が最近増している。
本格化は……俺の本格化はまだか!?
「リアン」
内心で葛藤していると、ルドルフから声がかかった。
おや、おかえり。
チームに所属してない俺のほうが、帰りはたいてい早い。
なので、こうしてお迎えするのがもっぱらである。
「私の2戦目が決まったぞ」
開口一番、ドヤ顔で報告してくるルドルフ。
夏のローカル開催で2戦目を使わず、じっくり調整していた彼女。
アプリのシナリオと同様だ。
「東京のサウジアラビアロイヤルカップだ」
「それって、重賞だよね?」
「ああ、G3だな」
「いきなり重賞か~」
もちろん知ってましたけどね。
そこは初めて聞かされたふりをしておきます。
史実のルドルフも、夏の2歳ステークスには目もくれず、
このレースの前身であるいちょう特別を使ってるんだよね。
で、今度はマイルで2400の競馬をしてくれって云われたんだっけ?
皇帝にまつわる有名なエピソードのひとつだな。
「さすが期待のホープは違うねぇ。
ここを勝って、12月の朝日杯に挑むって寸法ですな?」
「朝日杯は使わないぞ」
はい、これも知ってました。
なぜかって? 史実でもアプリでも走らないからね。
無論ゲーム上では、任意で出走は可能だけど。
「ちなみに、ジュベナイルにもホープフルにも行かない」
「どうして? もったいない」
年末に最近できた、中距離の2歳王者決定戦にも出ないという。
こっちも半ば予想出来ていたが、当然の反応を装って聞いてみる。
「来年のクラシックを見据えて、そのほうがいいという結論になったんだ。
今はまだレースよりも、鍛錬と調整に時間をかけたほうがいい、とな」
「ふうん、そうなんだ」
正直な話、マイル戦にルドルフを使うのはお勧めできない。
継承でマイル適性を上げてやれば解決するんだが、
それができなかった当時は、毎回のように
無敗の三冠を達成させてやれなくて、投げかけたよ。
適性上げないと普通に負けるからな、あれ。
Bならともかく、C以下のレースが目標に入っているのは、なかなかの鬼畜仕様だと思う。
「だから3戦目は、来春の弥生賞になると思う」
「皐月賞のトライアルだね」
「ああ。万全な態勢でクラシックに挑むつもりだ」
自信たっぷりな顔で頷くルドルフ。
まあ俺も負けるとは思いませんわ。
弥生賞では史実通りに、ライバルのビゼンニシキと
初対決ということになるのかな? 楽しみだね。
ビゼンニシキちゃんは相変わらず、誰ともつるまずに一匹狼を貫いている。
かわいいんだけど、ちょっと性格に難ありだなあ。
「がんばってね。……っと、ごめん、着信だ」
「ああ」
ここで、俺の携帯が着信音を奏でた。
アプリの音で予想できるが、案の定である。
だが、内容はいつもの予想と違った。
「誰からだ、と聞いてもいいかな? 予想はついているが」
「うん。スーちゃん」
「……やはりか」
俺がそう言うと、ルドルフは苦笑を浮かべる。
なぜかって? 内容まで彼女も知っているからだよ。
スーちゃんからの連絡以外に、俺の携帯が鳴ることなんてないからね。
ほかにあるとすれば、目の前の皇帝陛下からの直電くらいだし。
「今週末は急用が入ったから、なしだって」
「あの人もいろいろと忙しい人だからな」
あの夏の一件以来、俺の面倒を見てくれるようになったスピードシンボリさん、
改めスーちゃん。なお愛称に関してはとっくに諦めた。
ルドルフが言っているように、これまで毎週のように練習を見てくれていた。
それはシンボリ家のトラックだったり、別の運動公園だったり、
はたまた彼女自身がトレセン学園に出向いてくれたりして、
場所は一定しなかったが、会わない週はなかったくらいだ。
シンボリ家だった場合は、金曜の終業後にお迎えの車が来てシンボリ家に向かい、
お泊りで土日練習して、日曜の夕方に学園へ帰るというミニ合宿状態。
ルドルフのご両親も喜んでくれたし、俺も良い環境で練習出来て素晴らしかった。
が、今週末はその恩恵に預かれないようだ。
「日本にいることのほうが珍しかったくらいだ」
「へえ」
「それほど、君に入れ込んでいるということだな」
「……プレッシャーかけないでくれる?」
「すまない」
またおまえは、そういう爆弾を平然と投げてくるんじゃない。
しかも笑いながら言うとか、大概だぞ。
だから俺は単なるモブの1人に過ぎないというのに、
誰もかれも過剰な期待をかけやがって……
後で吠え面かくなよ!(もちろん大負けするという意味で
今日はルドルフの2戦目、サウジアラビアロイヤルカップの日。
東京レース場へ応援に来ている。
こっちの世界で競馬場、もとい、レース場へ来るのはこれが初めてだ。
とはいえ、チーム関係者でもない限りは、
施設内部への立ち入りはできないので、一般客に交じっての観戦だ。
さてこちらのルドルフは、マイルでの走りはどうかな?
ゲームのクソ仕様ならともかく、実際に走って負けるのは万にひとつもなさそう。
ってそんなこと言ってて、秋の天皇賞では伏兵に差されちゃったんですけどね。
でも現段階ではそんなこともあるまい。
2枠4番シンボリルドルフ、当然の1番人気。
発走時刻になり、各ウマ娘が続々とゲートイン。
ルドルフもゆっくりと入り、各バ揃ったスタート。
ルドルフはすんなり先団につけると、
4コーナーを回ったところで徐々に進出を開始。
残り100の地点であっけなく先頭を捉え、
そのまま1と4分の3バ身をつけて勝利した。
シービーのような派手さ豪快さはないが、
ルドルフの横綱相撲みたいな手堅い勝ち方も、俺は好きだよ。
たとえ世間が敵に回ろうとも、俺はおまえの味方だからな。
重賞を勝ち、ウイニングライブで歌って踊るルドルフを見ながら、
俺はそんなことを思った。
第44回菊花賞が、まもなく発走を迎える。
今年の注目は、なんといっても春に二冠を制したミスターシービーが、
シンザン以来19年ぶり、史上3人目の三冠の栄誉を手にするか、に尽きる。
シービー自身の端正な容姿と、派手な勝ち方から相当な人気もあって、
世間には大々的な報じられ方をしていた。
史実でのこのころの様子はわからないが、
ウマ娘のレースに熱狂する人々というのは、
前世での世界とは違うんだということを実感させてくれる。
さて、人気なのはトレセン学園内でも同様で、
テレビの前には大勢の生徒及び関係者たちでごった返している。
ルドルフと一緒に見にやってきたまでは良かったが、
これじゃ見るに見れないね~と、どこか別の場所か
スマホのストリーミングにしようかと思っていたら
「あら、ルドルフじゃない」
「マルゼンスキーか」
なんと集団の中から、マルゼン姉さんがひょっこりと顔を出した。
2人は顔見知りのようで、気さくに言葉を交わす。
マルゼンのほうが年上のはずなんだが、タメ口なんだよな。
まあこのあたり、公式で学年とかの概念が発表されているわけではないので、
とやかく言うほうが野暮ってもんだろう。
「菊花賞を見に来たんでしょ? こっちにいらっしゃいな」
マルゼン姉さんはそう言って、集団の中へと誘う。
「ありがたいが待て。この子も一緒にいいか?」
「え?」
「あら、その子は?」
そう言って俺の肩に手を置くルドルフ。
姉さんの視線が俺へ向く。
「友人でルームメイトのファミーユリアンだ。
リアン、こちらはマルゼンスキー。名前くらいは聞いたことあるんじゃないか」
「あ、うん」
そりゃあもうよ~くご存じですよ。
抜群の能力を持ちながら、当時の規定でクラシックに出走できなかった、
悲運のスーパーカー、マルゼンスキー。
ダービーの時に、主戦騎手が『大外枠でいい、賞金もいらない、
他馬の邪魔もしないから出させてくれ』って懇願した話は有名だな。
有馬記念でTTGとの対決が実現していたら、どうなっていただろうか。
「はーい、マルゼンスキーよ。えーと、ファミーユリアンちゃん?」
「リアンでいいですよ」
「じゃあリアンちゃん。よろしくね~」
俺にもフレンドリーに接してくれるマルゼン姉さん。
思わぬところで超大物と知り合ってしまった。
「ふたり一緒にいらっしゃい。特等席よ」
そう言うマルゼン姉さんが示したのは、テレビの真ん前の席だった。
すでに彼女の威光は轟いているらしく、周りが察して場所を空けたのだ。
え、えーと、いいのかな、これ?
もう来年のクラシック最有力として名高いルドルフはともかく、
俺なんかが姉さんの威を借りるような真似して、妬まれやしないか?
「行こう、リアン」
「う、うん」
ルドルフに促され、ビクビクしながら、姉さんの示してくれた席へ。
周囲の視線が気になる。うぅ、居心地悪いなあ。
『第44回菊花賞、発走です。さあゲートが開いた』
そうこうしているうちに、レースが始まった。
1000m通過が59から60秒という、長距離にしては早めのペースの中、
シービーは定位置とも言える最後方につける。
昔から何回も見たなあ、このレース。
だってすげえんだもん。
淀の坂はゆっくり上って、ゆっくり下る。
このセオリーを二重に破って勝っちまうんだからさ。
それも長距離戦で、しかも三冠がかかったレースってのもまたすごい。
向こう正面へ出て、シービーはまだシンガリ。
『坂の上りでシービー行った!』
そう、ここからだ。
どんだけのロングスパートだと。
俺の例の走法なんて、比べるのもおこがましい。
ライスシャワーの2回目の春天のロングスパートも見事だったが、
シービーほどのインパクトはないと思う。
『これが三冠街道か、ミスターシービー』
大歓声が上がる。
それはそうだ。目の前でこんなレース見せられたら、
俺でも絶叫する自信がある。
4コーナーではすでに先頭。
『大地が弾んでミスターシービー!』
『史上に残る三冠の脚! 史上に残るこれが三冠の脚だっ!』
『19年ぶりの三冠! ダービーに続いてものすごいレースをしました!』
結果は、史実通りにシービーが制し、クラシック三冠を達成。
史上3人目となる三冠ウマ娘の称号を手に入れたのだった。
ううわああああっ――ッ!!!
こちらでも一瞬だけ静まり返った後、
大歓声やら拍手やらで、鼓膜が破れるかと思ったくらいだ。
来年、ルドルフも同じことをやるのか。
「………」
当の本人は、食い入るようにテレビを見つめて無言。
だが手元を見てみると、彼女の手は、固く握りしめられている。
どうしても意識せざるを得ないだろう。
今の彼女の胸中や、いかに?
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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