転生孤児ウマ娘の奮闘記   作:しょうわ56

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第19話 孤児ウマ娘、皇帝の決意に触れる

 

 

 

 

まもなく日付が変わるという時刻。

 

ひとしきり泣いて自我を取り戻した俺は、

あふれた涙を袖で拭い、枕元の携帯を手に取った。

 

「……やっぱり見てないか」

 

ルドルフの反応がないか確かめてみたが、新着のメッセージはない。

それどころか、やはり既読のサインすらついていなかった。

 

どうする?

 

ここまでとなると、また新たに送っても、見てくれる可能性は低かろう。

それでも、一縷の望みをかけて、もう1度送ってみるべきか?

 

「携帯すら見られないって、あいつ何してんの?」

 

当然の疑問。

 

そこまで忙しいことなんてある?

次の週末に皐月賞を控えているとはいえ、携帯を見ることはできるはずだ。

返信する余裕はないとしても、メッセージを開くくらいは……

 

もしかして、現実の騎手たちと同じように、数日前から調整ルームに入って、

外部との連絡は一切が遮断されるみたいなことになってるとか?

携帯も手元に置いておけない状況?

 

いや……いやいや、そんな制度あるなんて聞いてないし、

前走まではそんなことなかったし。

なによりあいつ自身から何も聞かされてないし、やっぱり何もわからない。

 

「……暇だし、もう1度だけ送ってみよう」

 

することもないし、眠気もない。

こんな時間だから返信は期待しないが、もう1回だけ送ってみることにする。

これで反応がなければ、諦めてまた明日だ。

 

少しでも早く連絡してほしいから、一目見てインパクト与えられるのがいいな。

いや、こういうときは、逆にシンプルなほうが受けるかな?

 

よし、ど真ん中ストレートで行くか。

 

「さみしい、と。ルナに会いたい……あっ、間違えて変換しないで送っちゃったよ。

 まあいいか。声が聞きたい、と。これも無変換でいいや」

 

誤操作で3通に分かれ、無変換となってしまったこのメッセージ。

さて、ルドルフには届いただろうか。

 

携帯が彼女の手元にないというなら、全くの無駄になってしまうわけだが……

 

「お、既読ついた。え、なに、はやっ」

 

なんと、超速の反応で既読が付いた。

 

今までの無反応はなんだったの?

あ、今まで外出してて、いま部屋に帰ってきたとかなのかな?

で、着替えるのより早く携帯を取り出してみたら、という感じ?

 

というか、数日後にレース、それも大事なクラシック初戦だというのに、

こんな夜中までなにやってるんだあいつは。これは説教のひとつもしてやらねばなるまい。

 

「とりあえずあいつの件は安心できたとして……

 俺のほうは何も安心できないんだよなあ」

 

久しぶりに、一人称で『俺』が出てしまった。

 

実際問題、手術するほどの骨折ってどうなんだろうな?

まだ詳しい説明は受けてないし、直後の診断とのちの診断では変わることもあるから、

何とも言えないのは、前の骨折の時と同様に納得してる。

 

でも、復帰できるかできないかの二択で、モチベーションが大きく変わる。

 

復帰できるというなら、キングヘイローではないが、泥水をすすってでも這い上がる覚悟はある。

逆に、競技者生命が絶たれるというなら、すっぱり諦めるというのも手だ。

 

期待してくれているスーちゃんや、シンボリの人たちには申し訳ないが、

もともとの期待値が高くない上に、これ以上の迷惑をかけるのもまた申し訳ない。

 

そのときはそのとき。

諦めて施設に帰って、院長に頭下げてバイトでもさせてもらって、

当面の資金ができたら、再度の引っ越しということで行こう。

 

さすがに13歳でホームレスは嫌だよ。

 

「……大丈夫。アニメではスズカも復帰できたんだ」

 

現実では助からないほどのケガだったスズカも、時間はかかったが競技に復帰した。

その後の様子を見ても、普通にレースに出ているようだし、きっと大丈夫さ。

 

……大丈夫、大丈夫……

 

ともすれば、真っ黒な方向に落ちて行きそうな思考を、

無理やりにでも修正して自分を納得させる。

 

そうでもしなきゃ、やってられない。

 

 

――コンコン

 

 

「……ん?」

 

そんな折だった。

病室のドアが、ノックされたような音を立てたのは。

 

だ、誰だ? こんな時間に回診なんてあるわけないし、

看護師さんの見回りか? でもそれならノックなんてする?

 

「………」

 

まさか……まさかだよ?

まさかとは思うけど、この病院、“出ちゃったり”する、わけ?

 

や、やめてくれよ。今の俺は動けないんだから!

いや、仮に幽霊だったとしたら、物理的な接触はできないし同じだとは思うけど、

精神的な状態がががが……!

 

 

ピロン♪

 

 

「……ぁ」

 

と、携帯が新着メッセージを告げる音を立てた。

ドアのほうを気にしつつ、おそるおそる携帯を手に取って確かめてみる。

 

「ルドルフから?」

 

すると、メッセージはルドルフからだった。

中身を見てみると

 

『入ってもいいだろうか?』

 

……とのこと。

 

………。

ひょっとして……?

 

「『今、病室の前にいるの?』」

 

 

『ああ』

 

 

あ、あいつ、寮抜け出して何やってんだよ!?

昼間は来なかったくせして、こんな時間に来るとか、頭おかしい。

 

と、とにかく、このままでは色々とまずいな。

中には入ってもらおう。

 

 

『入ってもいいよ。でも静かにね』

 

 

『感謝する』

 

 

許可を出すと、すぐに謝意を伝える返信が来た。

少しして、スライド式のドアがゆっくりと滑り、彼女のシルエットが露わになる。

 

「ルドルフ……」

 

「夜遅くにすまない」

 

間違いなくルドルフその人だった。大きく肩で息をしている。

彼女は室内に入ってドアを静かに閉めると、ベッド脇まで歩み寄ってきた。

 

非常識な真夜中の見舞客の来訪だ。

 

「とりあえず座って」

 

「ああ、失礼するよ」

 

枕元の椅子を勧めると、呼吸を整えたルドルフはそう言って腰を下ろした。

 

「……」

 

「……」

 

しばらく、お互いに無言。

さあて、なんて言ってあげましょうかね?

 

言いたいことは色々あるけど、まあまずは感謝かな。

 

「お見舞いありがとね。時間はともかく」

 

「申し訳ない……」

 

これにはルドルフも恐縮するしかないようだ。

本当にね、なんでみんなと一緒に来なかったんだ。

 

「その……言いにくいんだが、今まで、その……部屋で塞ぎ込んでいて、な……」

 

首を振ったりため息をついて見せたり、散々ためらった様子を見せた後、

言いにくそうに告白するルドルフ。

 

はあ? なんだよそれ?

 

「君がケガをしたのは、私のせいなのではないかと……」

 

「なんでさ」

 

「ほら、選抜レースに出るように勧めたのは、私じゃないか。

 君は最初乗り気じゃなかった。だから、私が勧めなければ出走しなかった。

 すなわち、事故に遭うこともなかったのでは、と……」

 

「バッ――!」

 

馬鹿野郎! と怒鳴りかけたところで、慌てて口を抑えた。

 

こんな時間だし、大声で周りに迷惑をかけるわけにはいかない。

それに、ルドルフがここにいることも、バレてはまずいだろう。

 

「事故に遭う遭わないなんて誰にも分からないでしょ。

 そんなタラレバ言い出したらキリがないじゃん」

 

「それは、そうだが……」

 

「も~、普段はすごく賢くて冷静なくせに、

 こういうときだけおバカになっちゃうのはなんでかな?」

 

「申し訳ない……」

 

「もういいってば」

 

大まかだが状況は理解した。

 

俺がケガしたのは自分のせいだと思い込んで、

我を忘れて塞ぎ込んでいたから昼間は来られなかったし、

携帯も全く見ていなかったってことね?

 

はあ~っ、まったくやれやれだぜ。

理解すればするほど理解できない。

なんでそうも自分のせいにしたがるんだ?

 

「でも、こうして来てくれたってことは、吹っ切れたってこと?」

 

「……正直、わからない。だが、来てみてよかった。

 すっきりしたことは確かだし、リアンの顔を見たら安心した」

 

俺は皇帝陛下の精神安定剤か何かですか?

まったくもう、しょうがないやつだ。

 

「というか、よく病院と病室わかったね?

 メッセ見てからずいぶん早かったけど、走って来たわけ?」

 

「ああ、恥を忍んでシリウスに聞いた。寮を飛び出したところで、

 君が運ばれた病院がどこなのかわからないことに気づいてね。

 そのあとは全力で走って来たよ」

 

そうだろうなあ。

塞ぎ込んでて、電話やメールにも気づいてなかったくらいだし。

 

って、こら。

ウマ娘が道路で全力疾走するのは禁じられてるだろ。

バレたら謹慎どころじゃ済まないぞ。大丈夫か?

 

そうか、最初息を切らしていたのはそのせいか。

 

「さっきの君からのメッセージに気づいていなければ、

 私はもう駄目だったかもしれない。偶然とはいえ僥倖だった」

 

大げさな……と思ったが、先ほどの告白を聞く限り、そうでもなさそうだ。

送っておいてよかったな。

 

「あ、ライトつけてくれる? 私もルナの顔よく見たい」

 

枕元の電気のスイッチ、手を伸ばせば届くが、

同時に体も少しひねらなくてはいけないので、少しつらい。

 

「今……なんて?」

 

「え? いやライトつけてって」

 

「違う。私の名前を……」

 

「ああ、寮の部屋じゃないけど、2人だけだからいいでしょ」

 

「……そうだな」

 

なんでそんな意外そうな顔してんのよ?

要は、他に誰もいない状況ならいいってことでしょ。

 

「あんなことがあってなお、ルナと呼んでくれるのか……」

 

「だからルナのせいじゃないって。いいからライトつけてよ」

 

「……ああ、わかった。これか?」

 

「そう。ありがと」

 

暗かった病室に、明かりが灯る。

個室だし、これくらいなら見回りの看護師さんも見逃してくれるっしょ。

 

「……ひどい顔してるなあ」

 

光に浮かび上がったルドルフの顔は、それはもう酷いものだった。

 

憔悴していた、というのが一目でわかる。

瞼は腫れているし、目元にはクマがあって、頬もこけたような……

相当な状態だったようだ。

 

「君こそ」

 

「まあね」

 

左頬には大きな絆創膏が貼られてるし、頭から出血でもしたのか包帯巻かれてるし、

ほかにも擦り傷やら何やら。全身傷だらけよ。

身体自体は動かせるけど、そこかしこから悲鳴が上がってくるんだ。

 

やはりあの事故は相当の衝撃だったことが受け取れる。

 

時速60キロの事故なんだから、もう交通事故と同じだよね。

そりゃ一歩間違えば死にますわ。

 

自分では記憶がないからわからないんだけど、

左半身にケガが多いのは、左側からバランスを崩して転んだからだとか。

その中でも1番酷いのが、左足の骨折ということだ。

 

このあたりの説明を、ルドルフは神妙な顔つきで聞いていた。

 

「重い……のだろうな。様子から察するに」

 

「うん。昼間に医者から、半年から1年って言われたよ」

 

「1年……」

 

単語の重みを噛み締めるように、ルドルフは重い口調で反復した。

 

「お婆様は、何か言っていたか?」

 

「うん。お大事にって。それと、真っ先に駆けつけてあげられなくてごめんねって」

 

「そうか……」

 

スーちゃんの立場を鑑みれば、それも致し方ないことだ。

 

お見舞いにも来てなかったけど、現時点で契約もしていない、

いち個人のもとに行っていたことが知られれば、またマスコミが騒ぎ出すだろうしね。

 

メッセージをくれたことだけで十分だよ。

 

すいません未来の俺のトレーナーさん。

予定よりもだいぶ遅れてしまいそうですが、必ず治して復帰しますので、

もう少しお待ちいただければ幸いです。

 

「というか、私よりもあなたのことでしょ、今は。

 調整大丈夫なの? もう週末に皐月賞だよ?」

 

「……ああ」

 

俺の言葉に、ルドルフは少し考えてから頷いた。

 

「なに、まだ数日ある。大丈夫さ」

 

「本当に? これで私のせいで負けたなんて言われたら、嫌だよ?」

 

「言わないさ。体調管理は自己責任だ」

 

いや、おまえ自身にじゃなくてさ。

マスコミとか、世間様とか、その他諸々に。

 

「……なあ、リアン」

 

「なに?」

 

ルドルフは、再び少し考えてから、真剣な表情になった。

そして、俺の目を見つめながら言う。

 

「もし……もし私が、誰にも真似できないようなレースで皐月賞を勝ったら、

 私のことを許してもらえるだろうか?」

 

「許すって、さっき――」

 

「誰が何と言おうと、責任の一端は私にもある。

 だから頼む。私にも何か背負わせてくれ。

 リアンだけに苦しい思いをさせるのでは、私の気が済まないんだ」

 

「………」

 

許すも許さないもあるか。

それに、さっきもその話をしたのに、なおも蒸し返してくるルドルフ。

途中で言葉を遮られてしまうくらい、今のこいつは掛かっている。

 

「リアン」

 

「……わかったよ。それで気が晴れるんなら、好きにして」

 

「ああ、好きにさせてもらうよ」

 

ここで俺が断って、ルドルフのやる気が2段階下がったとかになるのが1番困る。

アプリでも、レース当週の行動後にやる気下がるイベント起きるの、マジでやめれ。

 

仕方なく承諾したら、耳も尻尾もぴんぴんになりやがった。

この一瞬で、間違いなく絶好調になったよ。

今の今まで絶不調だったのにな。何段階飛ばしやがった。

 

満足そうな顔がまぶしいこと。

 

「でも、誰にも真似できない勝ち方って?」

 

「それは当日までのお楽しみだ」

 

そう言って、不敵に笑うルドルフ。

 

勝つには勝つんだろうが、勝ち方、ねぇ。

史実では、どうしても先輩三冠馬のシービーと比べられてしまって、

強いのにどこか貧乏くじを引いてしまった感のある皇帝様。

 

この気合の入りようだと、今度という今度は、

強烈なインパクトを与えることができるかな?

 

「さて、長居するのも悪いし、私はこれで失礼させてもらうよ」

 

「寮抜け出してきたんでしょ。見つかったらどうするの?」

 

「さてね、そのときはそのときさ。罰掃除でもさせてもらおうかな」

 

無事に部屋まで戻れるといいねぇ。

 

寮長の匙加減だと思うが、結構えげつないこともさせるみたいだからなあ。

みつからないことを祈ってます。

 

「じゃあ、おやすみ、リアン」

 

「おやすみ。ありがと、ルナ」

 

「ああ」

 

笑顔で頷いて、ルドルフは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた皐月賞当日。

入院中の俺は、当然応援に行けないので、病室でテレビ観戦です。

 

1人で見るものだと思っていたら

 

「リアンちゃん、お水ここに置いておくわね」

 

「あ、はい、ありがとうございます」

 

なぜか、ルドルフのお母様がやってきている。

昼頃にはお父様も来てくれて、見舞ってくれた。

 

もう中山レース場に着いているかな?

 

「あのぉ、いまさらなんですけど……」

 

「なにかしら?」

 

「お母様は、レース場に行かなくてよろしいので?」

 

愛娘の一世一代の晴れ舞台ですよ? 現地で見てあげなくていいんですか?

こんなところでモブ娘の世話を焼いている場合ではないと思うのですが。

 

「あっちはお父さんが行ったから大丈夫よ」

 

ベッド脇の丸椅子に腰かけて、にこにこ笑みを浮かべるお母様。

はあ、そうですか……いいのかなあ?

 

「それに、あなたはもう私たちの“娘”も同然なの。

 もう1人の娘の世話をしてあげるのは当然でしょう?」

 

「………」

 

またそういうこと言う……

だからやめてくださいって。心の奥底の琴線がブレイクしちゃう!

 

「照れなくてもいいのに」

 

「……照れてません」

 

「うふふ、かわいいわね」

 

「……」

 

まったくもう……

あーもー、まだ4月だというのに暑いね!

 

「ダービーでは、一緒に応援に行きましょうね」

 

「そう、ですね、はい、是非」

 

日本ダービー、およそ1ヶ月半後か。

その頃には退院できてればいいな。退院は無理でも、外出許可ぐらいは出るかな?

 

競馬の祭典くらい、生で観戦したいものだ。

 

さて、レースだレース。

ルドルフのやつ、いったいどんなレースを見せてくれるつもりなんだろうか?

 

実は結構楽しみだ。

早く発走時間にならないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日の1番人気は堂々と、シンボリルドルフです!』

 

会場の案内に従ってパドックへと入り、自慢の勝負服を初お披露目する。

 

同期の中では、ハーディーやニシキなどはすでに披露済み。

私は遅いほうになるだろうか。

 

ただ、勝負服を着られないまま引退する子のほうが圧倒的に多いわけで、

こうして着られることには感謝をしなければならない。

 

今日はG1、クラシックの初戦皐月賞だ。

前走までとは訳が違う。

 

いつも以上に気合が入るのはもちろんのことだが、

今日の私はそれ以上に気合を入れる必要がある。

もちろん親友であるリアンのためだ。

 

あんな大言を吐いてしまった手前、生半可なレースは見せられない。

そして、私のわがままを許してくれたトレーナーにも、申し訳が立たなくなる。

 

皐月賞では、いつもの作戦ではなく特別な走り方をしたいと、そう申し出たら当然反対された。

普通に走れば勝てる、わざわざリスクを冒す必要はないとも言われた。

 

だが、それではダメだ。

 

優しいリアンのことだから、またこちらの負担になりたくないとか言い出すに決まっている。

そんな彼女を、言い方は悪いが黙らせるためには、普通の勝ち方ではダメなんだ。

 

先日も、私がそう申し出ていなければ、

あの場で『その言葉』を口に出していてもおかしくはない雰囲気だった。

無理やり私の話題にしておいて正解だったと思う。

 

ケガを私のせいにしてくれていれば、1番手っ取り早かったと思うが、

そうしないのがリアンの良さであり、優しさなんだ。

 

つくづく、私は友人に恵まれた。

 

ちょうどいいところで私のレースがあってくれたものだ。

おかげで私もレースに集中できるし、リアンも少しは気が紛れてくれるだろう。

 

本バ場入場となり、返しウマで鮮やかな緑のターフの上を走りながら、考える。

 

さて、どうしてくれようか……

最も速いウマ娘が勝つ皐月賞。そう、最も()()

深く考えるまでもない、至極単純なことだ。

 

リアン、私の『誰にも真似のできない走り』、よく見ていてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第44回皐月賞、態勢完了。スタートしました!』

 

いよいよ皐月賞がスタートした。

俺が走っているわけでもないのに、否応にも緊張してくる。

 

『10番シンボリルドルフ好スタート、ポーンと飛び出しました』

 

『ここから控えるか? いや控えない。そのまま行く!?

 なんとシンボリルドルフ、前走までとは違って逃げに打って出た!』

 

『しかもグングン引き離していくぞ!? これは大逃げだ!』

 

悲鳴に近い実況と共に、現地場内のどよめきすら聞こえてくる。

 

好位抜け出しという脚質の子が、いきなり逃げたら驚くだろうさ。

それは俺も同じ。お母様も口元に手を当てている。

 

……やってくれたな。サイレンススズカ並みの大逃げ。

それがおまえの選択か、ルドルフ。

 

 

『向こう正面を向いて先頭は依然シンボリルドルフ。

 後続は10バ身以上離れた。縦長の展開です』

 

『1000mを、いま通過。……58秒台!? これは早い、大丈夫か!?』

 

『掛かっているのかもしれません。どこかで息を入れられればいいのですが!』

 

 

いよいよもって悲鳴が実況に交じって飛び込んでくる。

 

俺は前世の史実、スズカの大逃げを知っているから冷静でいられるだけであって、

その存在を確認できない人々からしてみれば、自殺行為のように見えるのではないか。

 

 

――っぎゅ

 

 

……お?

 

気づけば、俺の手にお母様の手が重ねられ、握られている。

どうやらお母様は無意識の行動のようで、視線はテレビ画面に釘付けだった。

 

大丈夫、ルドルフは勝ちますよ。

現時点では誰にも真似できないような勝ち方、でね。

 

俺からも反対の手を重ねて、レース後半を見守る。

 

 

『600を過ぎて、ルドルフのリードはまだ10バ身以上あるぞ!

 これはどうなんだ? セーフティーリードか!?』

 

『シンボリルドルフだけが4コーナーを回って直線に入った。

 2番手にはビゼンニシキが上がった』

 

『中山の直線は短い! ルドルフの脚色は衰えないぞ! これはもう決まりか!?』

 

『後続は大きく離れた! 後ろからはな~んにも来ない!

 シンボリルドルフ、圧巻の大逃げで圧勝! ゴールインッ!』

 

『2着はビゼンニシキが確保。3着オンロードカルメンが追い込んだ模様』

 

『勝ち時計は……な、なんと1分59秒4、1分59秒4です! 皐月賞レコード!

 レコードを2秒以上縮めて2分を初めて切りました! なんという時計だ!』

 

 

掲示板には着順がすんなりと上がり、2着との着差欄には『大差』が表示された。

そして、レコードという赤い文字。

 

「……」

 

「……」

 

レースが終わっても、俺とお母様はお互い、しばらく無言でテレビを見つめていた。

ようやく我に返ることができたのは、結果が画面に表示された時。

 

 1着 シンボリルドルフ

 

この表示を見て初めて、愛娘の、親友の勝利を実感できたのだと思う。

 

「勝った、のよね。あの子が、G1を、皐月賞を勝った」

 

「はい、勝ちましたね。それも、とんでもないレース、とんでもない時計で」

 

大逃げで大差勝ちというレース内容しかり。

レコードを2秒以上縮めたというタイムもまたしかり。

 

皐月賞で2分を切ったのって、確かブライアンが最初じゃなかったか?

この時代では、もしかすると日本レコードなのかもしれない。

 

そう言うと、いかに破格のタイムだったかがおわかりいただけるはずだ。

10年くらい後のことになるからな。

言わば、時代を10年以上も先取りしちゃったわけだ、あいつは。

 

「………」

 

「……お母様? あ……」

 

お母様が黙っちゃったからどうしたのかと思ったら、

両目から大粒の涙をこぼしながら泣いていた。

思わず声に詰まり、俺の胸にも、熱いものが込み上げてくる。

 

「……勝った……あの子が、勝ってくれたわ……」

 

「ええ……ええ……勝ってくれましたね……」

 

こうして俺ももらい泣き。

 

抱き合って2人してわんわん泣き始めたものだから、

泣き声に気づいた看護師さんが飛んでくるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

第44回皐月賞 結果

 

1着 10 シンボリルドルフ  1分59秒4

2着 3   ビゼンニシキ    2分1秒3 大差

3着 18 オンロードカルメン 2分2秒0 4バ身

 

 

 




皐月賞レコード(84年当時)
76年 トウショウボーイ 2分1秒6

参考
94年 ナリタブライアン 1分59秒0
17年 アルアイン    1分57秒8
21年 エフフォーリア  2分0秒6

芝2000m日本レコード(84年当時)
トウショウボーイ 1分58秒9


馬場状態やペースなどもありますが、現在でも2分を切ることは簡単ではない様子

仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?

  • ドバイワールドカップ
  • ドバイシーマクラシック
  • ガネー賞(仏)
  • クイーンエリザベス2世カップ(香港)
  • アメリカ遠征
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