俺はと言えば、相変わらずリハビリの日々。
復帰が見通せないとモチベを維持するのも大変だが、
そこは精神的に思春期の子供ではないので、なんとかやっている。
あのスズカだって、秋天で故障して、
トレーニングに復帰できたのは翌年の夏の合宿前だった。
同等の怪我だったと仮定すれば、同じくらいの期間は見ておかねばいけない。
すなわち、8~12か月ということになる。
当初に医者が言っていた見込みも、間違いではなかったということだ。
俺の場合は、やはり年明けに復帰できれば御の字というところ。
そんな折の10月下旬。
摩訶不思議な話が舞い込んできた。
放課後になり、今日もリハビリに向かおうと下校する支度をしていると
「申し訳ありません。ファミーユリアンさんはいらっしゃいますか?」
にわかに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
誰だと思って、声のした前扉のほうを見てみると、
長い黒髪の、大柄な人物が教室内を覗いている。
なんと、TTGの一角にして生徒会の書記、グリーングラスさんではないか。
「ああ、いらっしゃいますね。失礼しますよ」
彼女は俺の姿を認めると、ひとこと断ってから室内に入り、
俺のほうへと向かってくる。
教室内に残っているほかの生徒たちから、黄色い声やら何やらが上がった。
やはり有名人なんだな。
時代を築いて、生徒会の役員やってりゃ当然か。
「突然ですみません」
「いえ。なんでしょうか?」
「少しお話がありまして。生徒会室までご同行願えませんか」
「今からですか?」
「はい」
俺の質問を、グラスさんは笑顔で肯定した。
それはちょっと困ったな。
「何かご予定が?」
「リハビリに行く予定です。ええと、時間かかりそうですかね?」
「そうですね。少々込み入ったことになりそうです。
ああ、決して悪い話ではありませんので、ご安心ください」
察したグラスさんが尋ねてきて、予定があることを伝える。
たった1日でも休むと、取り戻すのに時間がかかりそうなんだよなあ。
「会長がどうしても今日中にと仰っているものですから、
どうにかお願いできませんか? この通りです」
「え、あ、いやそんな、頭なんか下げないでください!」
いち時代を築いた超一流ウマ娘のあなたが、
モブたる俺なんかに頭下げたりしちゃいけませんよ。
ほら、クラスメイト達がヒソヒソ話しているじゃないですか。
「わかりました。今日のリハビリは休ませてもらいます」
「申し訳ありません」
しょうがないなあ、もう。
電話して、急用ができたからって言って、今日は休ませてもらうしかない。
生徒会に逆らうと後が怖いし。
「ちょっと待ってください。連絡と支度をしますから」
「では私は、廊下で待っていますね」
そう言って、教室から出ていくグラスさん。
その動きは少しの無駄もなく洗練されていて、それだけで人々を魅了するもの。
現に、俺をはじめとして、クラスメイト達も彼女の姿に見とれた。
高身長でスタイルも抜群だから、スーパーモデルみたいだよね。
っと、いかん、待たせちゃ悪い。手早く支度して、電話もしないと。
というわけで、グラスさんに連れられて、生徒会室へ。
「わざわざご足労いただいて、申し訳ありませんね」
こちらも笑顔の会長さんに迎えられた。
いつものように、というかこれで2回目だが、
ソファーに座るように勧められて、腰を下ろす。
そういえば前回は退院した直後だったから、まだギプスしてたんだったな。
「ご先方様も、なるべく早く返事をいただきたいと仰っていますもので、
無理強いさせてしまったのならごめんなさい」
先方様がいらっしゃる案件?
なんだろうな? 俺には心当たりなんてないけど。
「グラス、お茶を」
「はい」
会長はグラスさんにお茶を頼むと、自身の執務机から
俺の対面へと移ってきて、優雅な動作で腰を下ろした。
今日は副会長、テンポイントはいないみたいだ。
あのひと少し怖いから、失礼だけど、そのほうがいいっちゃいい。
エアグルーヴとは違う意味で、本当の意味で怖いんだよなあ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少し待ってグラスさんが淹れてくれたお茶が到着。
俺も会長も、一口ずつ飲む。
美味。いい茶葉使ってるんだろうなあ。
前回は緊張して、お茶の味を楽しむ余裕などなかった。
「早速ですが、本題に入りたいと思います」
「はい」
「ファミーユリアンさん。あなたに、取材の申し込みが来ています」
「……え?」
会長の口から出たそれは、まったく予期しないもので。
思わず聞き返してしまったくらいだ。
「取材? 私に?」
「ええ。地元のケーブルテレビ局ですが、
トレセン学園とは長年の付き合いがあるところでして、
ウマ娘専門の番組があるところなんですよ」
「はあ……」
そう言われても、申し訳ないが全然知らないし。
そもそもなんで俺なの?
どうせ取材するなら、もっと活躍しているウマ娘のほうがいいんじゃ?
「その番組がこのほど、故障から復帰を目指すウマ娘に焦点を当てる、
という企画をしているようで、学園および生徒会に取材の申し入れがありました」
俺の疑問を察したのか、会長は先んじてそう述べた。
なるほど、事情は理解した。しかし……
「まだデビューもしていない私よりも、相応しい子がいると思います」
「ご自分に厳しいですね。
もう少し、ご自分のことを評価してあげてもいいのでは?」
「はあ」
そんなこと言われてもなあ。
実際問題、故障を抱えているのは俺だけじゃない。
取材されるに相応しい、もっと話題性に富んだ子がいるはずなのだ。
「今回の企画は、そういう著名なウマ娘ではなく、
あなたが言われたとおりに、未デビューか未勝利の子が対象だと伺ってます」
「………」
いやにピンポイントな企画だなおい。
何か裏があるんじゃないか?
「レース界の華々しい一面だけではなく、言っては悪いですが、
最下層の、たったひとつの勝利を目指して足搔き、
もがくウマ娘の実態を取材したいとの申し出でしてね」
裏どころか、火の玉ストレートのド真ん中だったでござる。
むしろ飾り建てしないところが好感持てるな、そのテレビ局。
「そこで白羽の矢が立ったのが、あなたというわけです」
「……その言葉通りに捉えるなら、確かに、私はぴったりですね」
「でしょう? んんっ、失礼」
苦笑しながら頷いた会長。俺がド底辺だと認めたも同然だから、
慌てて謝ってくれたけど、自分でも最下層だと思うから別にいいですよ。
「で、どうでしょうか。学園側の了承は取れていますので、
あとは、私たち生徒会と、あなたご本人が許可するだけです」
「生徒会としてはどうなんですか?」
「結構なことだと思っています。
世間様に知っていただくには良い機会だと判断しました」
「……」
生徒会がいいって言うなら、俺が断れないよなあ。
まあ明確なデメリットがあるってわけじゃないし……
会長が言うとおり、勝利を重ねて華々しく活躍してるウマ娘だけじゃなくて、
その裏では、勝てなくて思い悩んでいる子もいるんだってこと、
ライトな層の人に知ってもらうのは有意義だろう。
「わかりました。取材お受けします」
「ありがとうございます。詳細はまた後日に」
「はい」
そんなわけで、俺は、地元のテレビ局の取材を受けることになったのである。
11月最初の週末。
まずはネットを通してメールなどを介して、何回か打ち合わせして。
今日、生徒会室で会長さんたち立会いの下、テレビ局の人たちと顔合わせだ。
「このたびは私共の取材を受けていただき、ありがとうございます」
そう言って、どうやらこの企画のチーフらしき女性が、
にこやかな笑みを浮かべて名刺を渡してきた。
「私、府中ケーブルテレビの乙名史と申します」
「はい、乙名史さん……おとなし?」
なんか聞いたことあるぞ……
そうだ! アプリに出てくる記者のキャラの名前が『乙名史』じゃなかったか。
血縁者だったりするのか?
「何か?」
「いえ……つかぬことをお伺いしますが、
お身内に雑誌記者をされている方とかいませんか?」
「いないですね。娘はまだ子供ですし、両親も普通の会社員です」
「そうですか。いえ、失礼しました」
その『娘』というのが、のちの乙名史記者だという可能性?
この字のおとなしさんは珍しい苗字だしなあ。
「では早速ですが、インタビューを始めさせていただいても?」
「はい」
「まずはプロフィールからお伺いします。カメラ回して」
まあそれは今はどうでもいいことだ。
取材に集中しないとね。
「ファミーユリアンさんは孤児だと伺っていますが、
ウマ娘の孤児というのは非常に珍しく思います」
「でしょうね」
明らかに普通の人間より能力高いのにね。
人間よりも育てるメリット、大いにありそうなのに。
「どういう経緯だったのかは、ご理解されていますか?」
「孤児院の前に捨てられていたそうです。
ウマ娘を育てる自信がない、というメモと共に」
「……ごめんなさい。いきなり失礼な質問をしてしまいました」
「いえ、構いませんよ」
「ありがとうございます。人間の屑ですね。
できた子供がウマ娘だったからって捨てるなんて……」
いい人だな、このひと。
初対面の子供の話を鵜吞みにして、本気で怒ってくれる人なんてそうそういないよ。
「孤児院では、どのような生活を?」
「年下の子の面倒を見たり、大人の手助けをしたり、ですね」
「では、レース界に入る準備をしていたというわけでは?」
「はい、まったく。体力づくりとかもしてません。
できる環境ではなかった、と言うほうが正しいのかもしれませんけど」
「トレセン学園を目指していたというわけでもないんですね。
それで受験しようと思ったきっかけは、なんだったんですか?」
「孤児院の院長に言われまして。ウマ娘なんだから、と。
で、急に受験票を渡されて、受けてきなさいと」
「それはまた……」
本当にいきなりだったんで、びっくりなんてものじゃなかったよ。
いつのまに手続きしていたのやら。
「ダメ元で臨んだら、あらびっくり」
「優秀な成績だったんですね」
「さあ、どうでしょうか」
少なくとも、実技のほうで良い点が取れたとは全く思えない。
かといって、学科のほうがどうだったかと言えば、どうかなあ。
転生者だから、その点は有利と言ってもいいかもだけど、う~ん。
「それでは、トレセン学園入学後についてお聞きします」
そんな感じで、インタビューは進んでいき……
「現在、2度目の骨折から復帰を目指してリハビリ中、というわけですね」
「はい」
「リハビリの状況はいかがですか?」
「順調、かどうかはわかりませんが、
ほぼプログラム通りに来ていますので、それに近いかと」
「復帰はいつごろになりそうですか?」
「明確には決めていません。年明けくらいには、と思っていますが」
「デビュー前の骨折、それも2回ともなれば、失礼ながら
レースの道を諦めても不思議ではないと思いますが、どう思われますか?」
「そうですね、その通りだと思います」
「ですが、あなたは諦めていない。
復帰を目指す原動力は何なんでしょうか」
「原動力……なんでしょうね」
精神が成人男性の俺でも、モチベの維持には苦労させられているんだ。
文字通りに思春期女子の精神だったら、とっくに壊れていてもおかしくない。
「こんな私でも、期待してくれている人がいる、からでしょうか」
「大変恐縮ですが、その人というのをお聞きしても?」
「レースに出走するときは必ず応援に行くと言ってくれた
孤児院の人たちですね。お世辞にも裕福とは言えない環境なので、
私も活躍して、賞金を寄付すると約束してしまいましたし」
「素敵な約束ですね。ほかには?」
「ほかに……う~ん」
孤児院の次となると、シンボリ家の人々が思い浮かぶが、
これは黙っておいたほうがいいだろうな。
現時点では明かしていい情報じゃない。
「クラスメイトとか、ルームメイトですかね。
退院して復学したときも、盛大に祝ってくれましたから」
「友情、というわけですね。素敵です」
素敵を連発してるけど、俺としては、今のあなたの顔のほうが素敵だと思うな。
このひと、ウマ娘の番組やってるだけあって、ウマ娘のこと大好きだわ。
一挙手一投足に、好き好きオーラが滲み出てる。
俺に対しても非常に丁寧だし、失礼だと思われる質問の後には謝ってくれるし。
少なくとも、世間的に云われる『マスゴミ』連中とは、一線を画す存在だ。
「あとは、世の中の恵まれない人たちのためにもがんばります。
私が活躍することで、少しでも希望を持ってもらえたらいいですね」
「す、素晴らしいですっ!
お若いのに、なんて素晴らしいお考え……感服しました!」
「いえいえ」
興奮すると、“娘”のほうの乙名史さんの仕草になるな。
さすがは親子というところだろうか。
親子というのは、あくまで俺の仮定に過ぎないけど。
「ありがとうございました。以上で、インタビューは終了になります。
お疲れ様でした」
「映像音声チェック入りま~す」
「みなさんもお疲れ様でした」
乙名史さんの言葉でインタビューは終了。
スタッフさんは撮れた画と音のチェックに入り、俺も頭を下げた。
「このあとは、リハビリ施設へ移動するんでしたよね?」
「はい」
取材だからといって、リハビリを休むわけにはいかない。
そう伝えたら、リハビリの様子も取材させてもらえないかとのことで、
一緒に移動することになっている。
「今日は私たちの車でお送りします」
「お願いします」
移動の車中にて。
「普段はどのように移動を? 電車で?」
「あ、は、はい、そうですね」
痛いところを突かれてしまった。
シンボリとの関係を明かせない今、送り迎えしてもらってるとは言えない。
とっさに肯定するのに苦労して、どもってしまった。
「今はギプスも取れて歩けてますからいいものの、
松葉杖では苦労されたでしょう」
「そうですね……でも、慣れましたよ」
「お強いですねぇ」
ごめんなさい、嘘つきました。
運転手付きの送り迎えなんて、口が裂けても言えないな(汗)。
研究所に到着。
「では、リハビリの様子を撮影させていただきますね」
「はい、どうぞ」
苦しんでる顔とかあんまり映してもらいたくないけど、そうもいかない。
底辺の様子を取材するというなら、そんな表情こそ見てもらわないとね。
リハビリ後、帰りの車中。
乙名史さんが舌を巻いて唸っている。
「普段は穏やかなファミーユリアンさんですが、
あのような表情もなさるんですね。驚きました」
「お見苦しいものを」
「いえいえとんでもない! 等身大のファミーユリアンさんを
取材させていただけて、うれしい限りです」
「そう言っていただけると」
俺のほうも、取材が入っているからといって、あくまで普段通り、
特別なことは何もないって思ってたんだけど、やっぱりどこかで力が入っていたみたい。
理学療法士の人に、無理はしないようにって言われちゃったよ。
で、学園に帰還。
これにて一連の取材は終了、解散となる。
「本日はどうもありがとうございました。
放送日はまだわかりませんが、決まりましたらお知らせします」
お知らせしてもらっても、寮では見られないからなあ。
最近ルドルフがテレビを買ってきて自室にも置いたけど、
ケーブルテレビは無理だよなあ。
何かのメディアに焼いてもらえない?
SDカードとかなら、スマホでも見られるか?
「ファミーユリアンさん!」
「は、はい?」
そんなことを考えていたら、乙名史さんに呼ばれて両手を取られた。
な、なんですか?
「私、あなたに惚れました!」
「!?」
ホワッツ!?
い、いきなり何を仰っているんですかねぇ!
「今日1日取材させていただいて、私つくづく思ったんです。
中学生とは思えない落ち着きと度胸、物怖じのしなさ。
かと思えば、年相応に笑ったりしてくれるあどけなさ。
そして、リハビリ中に見せた、あの鬼が宿ったかというほどの表情。
この子はきっと大成するって」
「……」
「可能な限り、今後、あなたを取材させていただきたく思います。
構いませんか!?」
「え、ええと……」
と、とりあえず、恋愛という意味でというわけじゃないわけね。
そりゃそうか。娘がいるって話だったし。
で、あくまでも取材対象として、ジャーナリズムに火が付きましたってこと?
「上の人の許可とかは……」
「大丈夫、私が責任をもって説得して見せます!
お願いします、今後も、そしてデビュー戦も密着させてくださいっ!」
「そ、そうですか」
ま、まあ、そこまで言うなら……いいかな?
デビューできるかはまだ不明だけど。
「わかりました。学園がいいというなら、いいですよ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、デビューが決まり次第、連絡するということで」
「はい、お待ちしてます!」
そんなわけで、俺のデビュー戦の予約もされました。
俺なんかでいいのかねぇ……
あとで他の子のほうがよかったなんて言わないでくださいよ。
言われたら……泣いちゃう。
ちなみに後日、乙名史さんから放送された番組の評判について、メールが来た。
おそるおそる開いて、『好評でした』の一言を目にした瞬間、
身体中の力が抜けてしまったのは、ルドルフにも言えない秘密。
この母親にしてあの娘あり。……かもしれない
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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