ジャパンカップ後の出来事だ。
「ファミーユちゃん、はろ~」
シービー先輩から呼び出されたので、
何事かと思いつつ、指定された時間にカフェテリアに行ってみると、
先輩は既に待っていて、俺の姿を認めると、笑顔で手を振ってくる。
「すいません、お待たせしました」
「呼び出したのはアタシのほうだからね、気にしないで。
あ、どうぞ座って。何か飲む? お姉さんの奢りだぞ♪」
「では失礼します」
先輩は上機嫌のようで、飲み物を奢ってくれた。
いや奢りと言いつつ、カフェテリアでの飲食は基本無料です。
相変わらずの自由人である。
呼び出され方にも驚いちまったぜ。
普通に声かけられて、何時にどこどこで、と言われたんだと思うだろ?
違うんだなこれが。
なんと、下駄箱に手紙が入ってたんだよ。
そう、どこぞの告白シチュエーションにあるようなパターンだ。
しかも、すごいファンシーな封筒だったから、マジか、って一瞬焦ったわ。
裏返して差出人を確認した瞬間、ああ……って悟りましたけどね。
わざとあんなかわいいもの使ったな。人が悪いにもほどがある。
「で、お話って何ですか?」
「ファミーユちゃんにお礼が言いたくてね」
「お礼?」
はて? 先輩に感謝されるような謂れがあっただろうか?
心当たりが思いつかず、小首を傾げてしまう。
「ジャパンカップのことさ」
ジャパンカップ? ますますわからない。
3人同着優勝という、事実は小説より奇なりを地で行った
歴史的レースに関して、何か俺がしたか?
「ほら、事前にここでレースの検討したでしょ。ルドルフも一緒にさ」
「ああ、はい、しましたね」
「あのときの君の言葉がなかったら、アタシは惨敗してたよ」
「またまたご謙遜を」
「謙遜じゃないよ」
何のことかと思ったら、ルドルフも交えて行なった検討会のことだった。
いや、謙遜も甚だしくない?
史上数人しかいない三冠バで、シンザン以来の五冠を達成した貴女が、
いったい何を言っているんですかね?
「『カツラギの単騎逃げになった場合、早めに追いかけないと、追いつけない』、
君はそう言っていたよね?」
「はあ、言いましたけど」
「あの言葉があったから、アタシは3コーナーから無我夢中で追いかけることができた。
あの言葉がなかったら、後方のまま、何も出来ずに終わっていたんじゃないかな」
「……」
まあ確かに、史実のことを考えると、間違っているとも思えない。
カツラギのスローペースの逃げにまんまと嵌められて、後方から動けずに大敗したからさ。
しかしだからといって、俺のおかげと考えるのは、少し短絡的すぎないか?
「もっとも、3コーナーからおまけもくっついてきちゃったけどね」
ルドルフのことだな。
あいつも3コーナーまでは、何か呪縛にでもかかってんのかってくらい、
動きが鈍かったし、外から先輩に抜かれかけて、ようやく吹っ切れて一緒に行った感じだった。
「だからファミーユちゃんには感謝してるんだよ。
君のおかげで、シンザン大先輩に並ぶことができた。
ありがとう、お礼を言うよ」
「そんな、頭なんか下げないでください」
いつにも増して神妙で真摯な態度の先輩に、俺のほうが戸惑ってしまう。
頭下げられたって、どうしていいかわからなくなるでしょ。
「レース展開なんてそのときになってみないとわかりませんし、
レース中は先輩が自分で考えて動かれた結果です。
確かに一助にはなったのかもしれませんけど、そんな頭下げられるほどのことじゃないです」
「相変わらず君は優しいなあ」
頭を上げた先輩は、照れ臭そうに苦笑していた。
自分でも、柄じゃないと思っているんだろう。
「そう言われると思ったから、感謝の印として、お礼の品を持ってきたよ」
「いやそんな、お礼なんて受け取れませんって。
物だというならなおさらです」
「たいしたものじゃないから。受け取ってくれないと泣いちゃうゾ♪」
うぐ、ここでそんな真似でもされたら、俺は明日の朝日は拝めないかもしれない。
もちろん冗談めかして言ってることはわかるんだけど、
この人の場合、本気でやってしまう可能性があるから怖いんよなあ。
「わかりました。それでお気が済むなら、受け取ります」
「よかった。はいじゃあこれ、どーぞ」
「いただきます」
そう言って、先輩から差し出された茶封筒を受け取った。
中身は何だろう?
軽いし、紙類かな。商品券とかか?
肩叩き券なんて出てきたら笑えるな。
「じゃあアタシは先に行くね。また会いましょ」
先輩はそう言って、笑顔で手を振りながら去っていった。
はてさて、封筒の中身は何じゃらほい?
先輩がカフェテリアから出て行ったところで、
封筒を開封して確かめてみることにする。
「……っ!!!? これは……」
中から出てきたものを視認して、俺は慌てて周囲を確認し、
中身をすぐに封筒の中へと戻した。
……それほどのものだった。
充分気を付けていたつもりだけど、正直、あの人を見くびっていたよ。
そして、行儀が悪いとは思いつつも、上体をテーブルの上に突っ伏した。
「……小切手って」
紙類なのは間違いなかった。商品券とは格が違ったけど。
金額は未記入だが、ご丁寧に、『お好きな金額をどーぞ♪』なんてメモ書きも一緒だ。
もちろん押印サイン済みで、今すぐにでも換金可能。
な~にが、たいしたものじゃない、だよ。
そりゃ五冠を制したあの人からしてみれば
はした金……いやあの人のことだから、お金には興味ないのかも?
今までの賞金が全部入っているのかもしれない。
1億とか書いて出しても、平気で「いいよいいよ♪」って言うんだろうなあ。
ますます頭が痛くなってくる。
すぐに追いかけて突き返したいところだったが、
俺は未だに走ることを禁じられている身。
それに走れたとしても、本気で走る三冠バに追いつけるとは思えない。
あの人のことだから、絶対本気で逃げる。
むしろ、そういう展開を望んですらいそうである。
「あの人に話しちゃったのが運の尽きかぁ」
前に、先輩に『自分(お金)のために走る』って言ってしまったことがあった。
それを覚えていて、今回こんなお礼を渡すに至ったのか?
お金にがめついやつだと思われているのだとしたら、ちょっとへこむなあ。
「とにかく、絶対に使わないぞこれは。
とりあえず預かるだけ。預かるだけ……」
そう自分に言い聞かせて再起動を図り、上体を起こした。
軽い紙切れのはずのものが、なんだか鉄の塊以上の重みになっている気さえする。
フリーダムな人って、嫌いだ。
それは、ふとした用事で、学園近くの商店街に行ったときの話。
商店街に行くのなんて久しぶりだ。
購買では売っていないものを切らしていたことに気づいて、
慌てて買いに出てきたというわけだ。
「毎度あり! おや、嬢ちゃん?」
「はい?」
目的の物を買って、会計を済ませたとき、
なぜだか店のおっちゃんから呼び止められた。
「もしかして、ファミーユリアンちゃんかい?」
「へっ? そ、そうですけど?」
「やっぱりそうかい!」
なんで、こんな町のおっちゃんが俺の顔と名前を知ってるんだ?
すでにレースに出て活躍してるウマ娘なら、まだわかるが……
おっちゃんは俺の正体を知ると、
喜色満面の笑みを浮かべて、まくし立ててくる。
「テレビ見たぜ。こんなちっこい子が怪我しても諦めずに、
かわいい顔を台無しにしてまでリハビリに励んでる姿を見て、
一発でファンになっちまった!」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「なにより孤児院出身だってのに泣けるじゃねえの!
俺は孤児じゃねえけど貧乏庶民だから、そんな嬢ちゃんが
名門のエリートたちをバリバリ打ち負かしてくれるのを期待してるぜ!」
戸惑っていると、おっちゃんが求めるまでもなく説明してくれた。
あの番組を見てくれたのか。
ケーブル局とはいえ、テレビの力は大きいな。
トレセン学園の近くということもあるか。
ウマ娘に対する理解度というか、親近感が一層あるんだろう。
他のウマ娘もちょくちょく顔を出してるみたいだしな。
商店街といえばナイスネイチャが浮かぶ。
でも、すいません、後半のエリート云々というのは、
俺もその名門にお世話になってる1人なんです、ごめんなさい。
「握手してもらってもいいかな? あ、サインもしてくれよ!」
「いいですよ」
「へへっ、サンキューな!」
それくらいならお安い御用だ。
未デビューの俺のサインなんか、何の価値もないと思いますけどね。
承諾すると、おっちゃんは自分の服で手をぬぐった後、
恥ずかしそうに手を差し出してくる。その手を、やさしく握ってあげた。
「仲間内で自慢できるぜ。いや、俺だけこんな良い思いをするのも悪いな。
嬢ちゃん! ちょっと時間あるかい?」
「はあ、大丈夫ですけど」
今日は休日で、他の予定も特にない。
待てというなら待ってもいいけど、どうするんだ?
「ありがとよ! それじゃ、ちょっと待っててくれ」
俺がそう言うと、おっちゃんは急いで奥へと引っ込んでしまった。
昔ながらの商店兼家屋という作りで、奥は居住スペースだろう。
「あらあら、本当にファミーユリアンちゃんだわ!」
少しして、おっちゃんの奥さんであろうおばさんが、
驚きつつも顔をほころばせながら出てきた。
「うちで買い物してくれたの? まあまあ、ありがとう。
よく来てくれてるのかしら?」
「ええと、まあ、たまにです」
申し訳ありません、このお店に来たの、今日が初めてです。
なんか素直に言い出せる雰囲気ではなく、つい嘘をついてしまった。
「えっと、奥さんも私のことをご存知なので?」
「それはもう。商店街のみんな知っていると思うわよ。
あの番組みんな見てるから。この商店街に限っては、視聴率100%ね」
「そうなんですか」
100%って、誇張もあるんだろうけどすごいな。
あのとき撮影に来てたスタッフの人が言ってたけど、うちは地元密着ですから、
って言葉、間違いではないようだ。
「今も主人が、知り合いに片っ端から電話かけてるの。
みんなファミーユリアンちゃんに会いたいだろうから、
今に人が押し寄せてくるわよ」
「え……」
ま、マジで?
というかおっちゃん、何やってんの!?
いやそれより、みんな俺に会いたいって、まさかそんなことあるわけが……
俺なんてただのモブ、それもデビューすらしてない身なのに。
「あ、ごめんなさい、こんなところで待たせちゃって。
あの人も気が利かないわねぇ。奥でお茶でもどうぞ」
「え、ええと、では、いただきます」
なんかとんでもないことになりそうだが、
断れるような状況でもなく、お邪魔することになってしまった。
そして、10分もすると……
「うおお、本物だ!」
「本当にファミーユリアンちゃんがいる!」
「トレセン学園の制服もいいけど、私服もかわいいわね!」
「生で見られるとは、長生きはするものじゃのう」
老若男女問わず、本当に人の群れが押し寄せてきた。
ざっと見ても30人以上、下手すると50人はいる。
このお店の前は、ちょっとした人だかりができてしまった。
そして、その人だかりに何事かと足を止めた人々がまた集まり、
あの番組の視聴者だとさらに輪の中へ加わっていき、ますます増える。
「はいはい、押さないで、押さないでー!」
「並んで1人ずつですよ~! ファミーユリアンちゃんは逃げませんから」
いつのまにやら、お店の夫妻が人員整理を始めている始末。
俺は逃げないって何? 1人ずつ? え? 何かファンサしないといけない空気?
まだデビューもしてないってのに、この状況、まったくの想定外です。
「じゃあファミーユリアンちゃん、お願いね」
「は、はあ」
そのあと俺は、集まった人1人ずつと、個別に応対する羽目になった。
なんだこれは? アイドルの握手会じゃないんだぞ。
みんながみんな、ファンになりました、応援します、って言ってくれたのはうれしかったけど、
全員と握手するのは本当に疲れた。あ、握力が……
世のアイドルたちは、こんな数じゃ済まない相手と握手してるんだろうなあ。
アイドルの子ってすげえなあと思ったりもした。
「では最後に、ファミーユリアンちゃんから一言!」
ええ……
このうえ何か喋らないといけないの?
いい加減にして帰りたかったが、大勢から歓声と拍手が起きてしまい、
やはり無視して帰れるどころの騒ぎではなくなってしまった。
「ええと……」
みんながみんな、俺のことを見ている。
レース以外でこんなに緊張することになろうとは、夢にも思わなかったぜ。
「あの、私のことを応援してくださるのは、うれしいですし感謝します。
でも正直、デビューもまだで、故障中の私の何がそんなに良かったのかがわからなくて、
その、ええと……」
「がんばれリアンちゃん!」
「そうだっ! そういうところがいいんだぞー!」
「境遇からしてもう泣けるっ!」
「怪我に負けるな!」
「みなさん……」
言葉に詰まってしまったら、大勢から励ましの声が轟いた。
思わず目頭が熱くなる。
「っ……」
両目から溢れ出かけたものをどうにか堪えて、みんなに向かって言った。
「必ず復帰して、勝ってみせます。見ていてください」
「うおおおお!」
「ファイトだ!」
「がんばってね~!」
再びの大歓声。
もはや収拾不可能だこれ。
「商店街を挙げて応援に行くからよ。レースに出る際は教えてくれよ?」
おっちゃんがそう言って、歯を見せながらサムズアップしてくる。
かっこいいけど、歯が黄ばんでるのはマイナスです。
こうして俺には、孤児院のみんな以外にも、応援してくれるファンができた、みたい。
翌日、商店街での一幕について、生徒会から呼び出しを食らった。
どこからか報告が行ったんだと思う。
会長曰はく、
「ああいうイベントを開く際には、事前に申請していただかないと困ります」
……だって。
いや、イベントじゃないんです。
ただ買い物に行っただけで、突発的なことだったんです、って言っても、
最初は聞き入れてもらえなかった。理不尽すぎる。
最終的には、あのお店のおっちゃんとも連絡を取って、
誤解は解けたからよかったものの、商店街への出入り禁止になるところだったよ。
もっとも出禁にはならずとも、あそこまで素性がばれてると、
買い物どころか、普通に出歩くだけでも騒ぎになっちゃいそうで……
滅多には行かないけど、どうしたものかと思案中なのです。
ネイチャのお株を奪ってしまうか?
いや、逆に考えるんだ。
リアンの下地があったからこそ、ネイチャが受け入れられたんだと。
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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