ルドルフの誕生日を祝った直後のこと。
『リアン、ちょっと付き合え』
なんてメッセージが、突然シリウスから送られてきた。
何の脈絡もない、その一言だけ。
付き合えというんだから、どこかで落ち合うとかすると思うんだが、
時間も場所も何も書かれていない。
どうしろというのだ?
だいたい、あいつに付き合う気なんてな――
「リアン」
「っ……!!!?」
いきなり背後の至近からかけられた声に、心臓が止まるかと思った。
慌てて振り返ると、そこにはシリウスがいる。
こいつ、いつの間に、どこから現れやがった?
「付き合え」
「……」
シリウスは振り向いた俺に顔を近づけ、迫ってきた。
いや、近い近い。後ずさりする俺。
「付き合うよな?」
「………ぁ」
なおも迫るシリウス。後退する俺。
ついには壁際まで追い込まれてしまい、背中が廊下の壁に当たる感触。
バンッ
「私に付き合え」
「………」
そこでシリウスが、右手を伸ばして俺の顔の左側の壁に手を突いて、
俺の顔を覗き込んでくる。いわゆる『壁ドン』という体勢だ。
な、何この状況?
なんでシリウスに壁ドンされてんの!?
「リアン」
「……?」
シリウスの端正な顔立ちを見つめているうちに、あることに気付いた。
わりと感情が顔に出るタイプではあるが、今のこいつは機嫌が悪い。
それも、相当に悪い。
明らかに
こういう顔は、孤児院にいたころによく目にした。
年少のガキどもが、不満をぶちまけたいときにしていた表情にそっくり。
……なるほど、憂さ晴らしに“付き合え”ってことだな?
1周回って冷静になった俺は、シリウスに問い返す。
「何か嫌なことでもあった?」
「……ふん」
バツが悪そうに目を逸らすシリウス。
ビンゴか、こいつも大概ガキだな。
「わかったから、どいて」
「……」
そう言うと、シリウスは俺から離れて背中を向け、
すたすたと歩き始めてしまった。
「ちょっ、どこへ?」
「……」
今度の問いには答えてもらえず、ただ振り向き気味の視線を送ってくるだけ。
黙ってついて来いってことか。
やれやれわかったよ。どこへ連れて行ってくれるんだい?
シリウスについていくと、校舎の一角にある、
談話室と書かれた小部屋の扉を開けて、中へと入っていってしまった。
おいおい、勝手に使っていいのかよ?
こういうのは事前に申請して、許可をもらっ――
「入れ」
「はいはい」
中から顔を覗かせたシリウスが、有無を言わせず促してくる。
仕方ない、入りましょうとも。
中に入ると、3畳くらいの小部屋で、正面には大きな窓。
採光性も抜群で、室内は照明をつけなくても、十分な明るさを保っている。
部屋の真ん中にはスチール製の机があって、向かい合う形で1脚ずつ椅子がある。
ガチャリ
「……!」
背後から鍵を閉める音。
シリウスが後ろ手で扉の鍵を閉めたのだ。
一瞬だけドキッとしたが、まさか襲われるということもあるまい。
すぐに落ち着いて、むしろ、誰にも聞かれたくないような話かと悟った。
まったく、やれやれだぜ。
「座れ」
「はいよ」
促されるまま、椅子に腰かける。
シリウスも反対側に座り、必然的に向かい合う形となった。
「で?」
「………」
もう面倒なので、俺のほうから切り出した。
シリウスは口をへの字にして、相変わらずの不機嫌そのもの。
「トレーナーを変える」
「……は?」
「もう付き合いきれん。ほとほと愛想が尽きた」
「………」
そんな彼女の口から出たのは、予想だにしない言葉だった。
い、いやいや、急すぎて全然思考が追い付いてこない。
トレーナーを変える? どういうこっちゃねん。
何はともあれ頭痛がしてきた。
これ絶対厄介事だよね? はぁ……
「とりあえず話は聞くから、きちんと順序立てて話してくれない?」
「……」
こめかみを抑えつつ、諦めて話を聞く態勢へと移行。
散々渋りつつも、シリウスが話した内容を要約すると、こうなる。
シリウスはジュニア級を4戦2勝で終えた。
重賞の東京ジュニアSを制しているものの、敗れた2戦は1位入線も斜行で失格、
出遅れて追い込み届かずの2着と、いずれも問題のあるレースだった。
そこで彼女のトレーナーは、そんなシリウスの悪癖を矯正しようと乗り出す。
荒いレースではなく、もっと綺麗でスマートなレースをしようと。
年明けくらいからそんな指導が行われ、たびたびお小言をもらっていたらしい。
だが、典型的な俺様タイプのシリウスが、素直に従うはずもなく。
その時点でもう嫌気が差していたそうだが、今朝、決定的な一言が。
『同じシンボリなんだから、
ああ、うん、それはあかん。
こいつに言ってはいけない言葉だ。
どういうわけかはわからんが、ルドルフのこと毛嫌いしてるんだよな。
俺はサポカ持ってなかったし、俺がやってた時点で
実装もされてなかったから、理由まではよくわからんが、
ルドルフと比較されてしまったことでシリウスの堪忍袋の緒は切れる。
その後はもう売り言葉に買い言葉状態になり、ヒートアップしたシリウスは
トレーナーの胸倉を掴み上げ(!?)、投げ捨てて(!!?)部屋から出てきたという。
だ、大丈夫かそれ。
やっちゃいけない一線超えてしまってないか、それ?
トレーナーに殴りかかった時点で、退学は確実。
下手すると豚箱行きだ。
大げさに誇張された表現だったと思いたい。
「いま考えれば、最初から気に入らなかったんだ。
レースに出るには契約しないといけないというから仕方なく……
リアン、聞いてるか?」
「聞いてる。聞いてるよ」
「もっと早く変えるべきだった。なぜ今まで我慢していたのか」
「……」
出てくるのは愚痴ばかり。
どうでもいいけど、足は閉じなさい。
愚痴を零すうちにだんだんと体勢のほうにも態度が表れてきて、
机越しにも大股開きなのが目に入ってくる。
白い太ももがまぶしい。
おまえもさ、仮にもうら若き乙女なんだから、他に誰もいないからといって、
恥じらいをなくしちゃいかんと思うのですよ。
え、俺?
もちろんそういうのはとっくに身に着けてますよ。
孤児院でさんざん言われましたからね。
もっとも、服の趣味だけは変えられなくて、
いっつも男児向けみたいなのばっかり選んで着てたから、小学生時分には
口の悪いガキどもから「男女(おとこおんな)」なんて罵られたこともありますよ、ええ。
間違ってないから腹は立たなかったし、相手にもしなかったけども。
「今すぐ契約を切ってやる。明日にでも三行半だ」
「待ちなさい」
事情は分かった。
とりあえず俺にできるのは、理性的に諭すことだけ。
聞いてもらえるかどうかはわからんがね。
「おまえも私の敵か?」
「そうじゃない。けど、よく考えなさい」
「ああ?」
あんな糞トレーナーの肩を持つのかと、シリウスの視線が鋭くなる。
ここで怯んではいかん。
「あんた、クラシックを棒に振るつもり?」
「クラシック?」
「いい? トゥインクルシリーズに出走するには、
トレーナーとの契約が必要なの。それはわかってるよね?」
「……ああ」
「ここで契約を切るとして、次のトレーナーの当てはあるわけ?
もう皐月賞まで1ヶ月もないよ? その間に上手く、速攻で見つかるといいね」
「………」
さすがにクラシックを逃すつもりはないと見える。
さっき自分でも言ってたし、忘れていたわけではないと思うが、
シリウスの動きが止まった。
虚を衝かれたという感じで、少しの間、視線が彷徨う。
「ふんっ、見つければいいだけの話だ」
当てはないか。まあそうだろうな。
強がるシリウスだが、その虚勢はいつまでもつかな?
「今回のことは、表向きにはともかく、間違いなく学園上層に広まるよ。
レースでの悪癖があるのに加えて、そんな暴力娘を引き受けてくれるトレーナー、
ホイホイと現れてくれるかな?」
「………」
おや、もう店じまいですかシリウスさん?
目に見えて耳が垂れ下がっていった。
いくら強がっても、身体は正直。
本能には逆らえんのだ。
「ねえシリウス。あんただって、クラシックの栄冠は欲しいでしょ?」
「……」
「だったら、トレーナーの言うことに100%従えとは言わないから、
少なくとも春シーズンが終わるまでは今のトレーナーのところにいなさい。
そこまでやって、それでも我慢できなかったら変えればいいよ」
「……」
「夏を挟むから、今よりは状況は良くなるはずさ。
人の噂も七十五日ってね。悪いことは言わないから、そのほうがいいと思う」
「……今さら戻れるか」
覚悟が揺らいだな。いや、覚悟なんて元からなかったか?
勢いだけで言っていた可能性が大。
やれやれだ。
ライデンちゃんじゃないけど、行動する前にもっと考えなさい。
「素直に謝ろ。私も一緒に謝ってあげるから。
始末書くらい書かされるかもだけど、
ちゃんと誠意を持って謝れば許してくれるよ」
「………」
「トレーナーの言うことなんて、はいはいって適当に流してればいいんだよ。
レースで勝てれば、多少のことには目をつむってくれるって。
もちろん斜行とかはもってのほかだけど」
ここに被害者がいますからね。
当事者の言葉は何よりも重いはずだ。
「っ……」
斜行という単語に、ピクッと反応したシリウス。
おまえの目の前で起きたことだぞ。
そう考えると、なんで斜行なんかやらかしたかな~?
おまえもライデンちゃんと同じで、レースになると周りが見えなくなるタイプか?
そんなことはないと思うけどな~?
「シリウス」
「……っち」
盛大に舌打ちするシリウス。
まあ勘気は収まったかな。
話せばわからん奴ではないんだ。
ただちょっと気難しいというか、面倒くさいだけ……
自分で言っておいてなんだが、関わりたくないなと改めて思ってしまった。
「行くぞ」
「どこへ?」
「……わかってて言ってるな?」
「もちろん」
頭を掻きむしりながら立ち上がったシリウス。
わざとらしく聞いてみたら、睨まれてしまった。
「リアン」
「はいはいごめんごめん。行きましょ」
「……ああ」
そんなわけで俺も立ち上がって、シリウスの背中をポンポンと叩き、
一緒に彼女のトレーナーのもとへと向かう。
本当にもう、頭の下げ損だよ。まったくもう。
繰り返し言うけど、おまえもシンボリ家の一員なんだから、
家に傷をつけることだけはしてくれるなよな。頼むから。
事の顛末はというと、彼女のトレーナーのほうも、
後になって思い返すとまずいことを言ってしまったと感じていたようで、
不承不承ではあるがシリウスが謝ると、向こうからも謝罪してくれた。
幸い物品等の被害はなく、トレーナーにも怪我はなかったとのことで、
また、学園にも報告していないので、お互いこれで水に流そうとなった。
これで元さやだ。
もちろんシリウスを謝らせるのには苦労したよ。
俺のほうが先にペコペコ頭を下げてたからな。
そんな俺の姿に少しは思うところがあったと信じたい。
話はまとまったんで、シリウスは早々に帰した。
この期に及んで心変わりしたり、変なこと言わないとも限らんからね。
あいつ、去り際に「借りだなんて思わないからな」なんて
ほざいていきやがったが、俺も貸しだなんて思ってないから安心しろ。
むしろ借りパクしていいから、もう俺のところに来ないでください。
「君は、ファミーユリアンさん、だったね?」
「そうです」
「君にも迷惑をかけたようだ。すまなかったね」
「いえ、悪いのはシリウスです。
私に謝っていただく必要はありませんよ」
「……あの子に、君の十分の一でもいいから、謙虚さがあればなあ」
トレーナーさん、俺にまで謝ってきたから、逆に恐縮しちゃったよ。
なんてことはない、普通の中年男性だ。
頭には白いものが混ざり始めている。
シリウスに苦労させられているせい、ではないと思いたい。
「君は、あの子とは親しいのかね?」
「親しいというか、ちょっとした顔見知りという程度ですよ」
「そうかね? それ以上の関係のように見えたが……
あの子が人の言うことを聞くところ、初めて見た気がするよ」
あなたの言うとおり、俺が頭を下げさせたようなものですからね。
本人はどう思っていることやら。
周囲の心配をよそに、どこ吹く風かもしれない。
そういえばシリウスと初めて会ったときに、ルドルフもそんなこと言ってたな。
あいつはそこまで言うこと聞かないのか……
まあ少し脅しておいたから、しばらくは大人しいと思いますよ。
ダービーが終わったらわかりませんけど。
俺もそこまでは責任持てませんです。
「シリウスも、G1のひとつやふたつは勝てる力はあるんだ」
「ですね、素質はありますから」
史実のダービー馬ですしね。
国内にいれば、もうひとつくらいは、G1も勝てたんじゃないか。
「君がうちのチームに入ってくれれば、
力量も精神的にも安定してくれそうで安心なんだがなあ。
そうだ。聞けば、確か君はまだ未契約だったね?
どうだい? うちに入ってくれないか?」
「え……」
うーむ、そう来ますか。
スカウトしてもらえるのはうれしいが、
純粋に実力を評価してもらってのことじゃないし、
シリウスの安定剤役なんてまっぴらごめんだ。
それに、もう売約済みですからね。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「だよなあ。いきなりで失礼した、忘れてくれ」
「はい」
向こうも受け入れてもらえるとは思っていなかったようで、
断るとすんなり引いてくれた。一応言ってみた、という感じか。
「それじゃ、これで失礼します」
「ああ、面倒かけたね」
もう1度頭を下げて、トレーナー室を後にする。
やさしくゆっくりと扉を閉めて、大きく息を吐き出した。
「本当に、なんで俺がこんな役回りになってんの?」
今回の騒動、これで終わったと思ったんだが、
そうは問屋が卸さなかった。
どこから漏れたんだかわからないが、シンボリ家の耳にも入ったようで、
その日のうちにお父様から電話がかかってきた。
『申し訳ない、シリウスが迷惑かけたようだね』
「いえ、穏便に済みましたから。お気になさらないでください」
『君の気持ちはうれしいが、さすがにそれだけで済ませるわけにもいかない。
あの子には私からも言っておくよ。次はない、とね』
確かに、一歩間違えば暴力事件だもんなあ。
トレセン学園、シンボリ家、そしてウマ娘レース界、
いずれにとっても、良いことなどひとつもない。
下手したら、トレセン学園と名門一家の闇とかって触れ込みで、
マスコミとか一部のうるさい連中とかが騒ぎかねないからなあ。
『それにしても、君が側にいてくれて本当に良かった。
いなかったらと思うと背筋が凍るよ』
「買い被りすぎですよ。
私なんて、ちょっと言って謝らせただけに過ぎません」
『その「ちょっと」があの子には通じないから、困っているのだよ。
本当にリアン君様々だ』
そこまで褒められると、逆に怖くなってしまいますよ。
たいしたことしてませんって。本当ですよ?
『厳しく言っておくが、また何かあったときは、
心苦しいのだがお願いしてもいいかね?
本音を言うと今すぐにでも飛んでいきたいくらいなのだが、そうもいかん』
「はい、もちろんです。私にできることなら全力でやりますよ」
『つくづく申し訳ない。この恩は生涯忘れないよ。
いずれ何らかの形で必ず報いよう』
「いえ、そんな。私のほうこそ、もうすでに返しきれないくらいの
ご恩をいただいているのに、これ以上を望んだら罰が当たってしまいます」
『リアン君、謙虚さは日本人の美徳だが、
それが過ぎると逆効果になることもあるから、気を付けたまえよ』
「はあ」
俺も本音を言っているだけなんだがなあ。
底辺モブ娘としては、破格も破格な環境にいるって、
心の底から思ってますもん。
でも、お父様が言うことも正しいのは事実。
ここは俺のほうこそ素直に受け取っておくべきか。
「わかりました。楽しみに待ってます」
『うむ。では、これで。おやすみ』
「おやすみなさい。……ふぅ」
電話を切って、再び大きく息を吐く。
そして振り返れば
「すまなかった」
大きく頭を下げるルドルフがいる。
シンボリ家に話が行けば、こいつが知っているのも当然。
「ここまでの揉め事を起こすとは思わなかった。
謝って済むことではないが、リアンの気が済むまで頭を下げよう」
「いやいや、ルナがそこまでする必要は……」
「いや、ある。私も少々甘やかしすぎた。
もっと厳しく接するべきだったのかもしれない」
こいつはもう、本当にもう……
俺が事故に遭ったときのことといい、思い込んだら一直線みたいなところがある。
私生活ではなんでそうも愚直なのよ。
こっちでもレースみたいに、スマートに振舞って見せてくれ。頼むから。
「ルナもレースが近いんだから、そっちに集中してよ」
「しかし……」
「いいから! はいもう終わり、終了っ!」
「……すまない」
強引にでも話を終わらせないと、どこまで長引くか分かったものではない。
まったく、勘弁してくれ。
今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー
:わい297番、会員証届いた!
:おお
:うp
:画像も貼らずに(ry
:ほい
表
https://www.*******
裏
https://www.*******
:ふおおおお、いいなあ
:うwらwめwんwww
:なんだこれは、たまげたなあ
:ブロマイドかよw
:直筆サイン!
:すごいかっこかわいい
:わい297番、家宝にする!
:家宝www
:草
シリウスの転厩騒動、こういう形にしてみた
実装時にはどういう話になるのやら
シリウスが手を出すはずがない、という方には申し訳ない
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征