「ああっ!?」
凄味を効かせたシリウスの声と視線が突き刺さってくる。
『あ』に濁点が付いていそうな勢いだ。
ここはシリウスのトレーナーさんの部屋。
もうここに来るのも慣れっこになってしまった。
でも相変わらずトレーナーさんは不在だし、
シリウスのやつが私用で勝手に使ってるんじゃないの説が濃厚。
「ルドルフの時は見に行ったくせに、
私の時に見に来ないとはどういう了見だ?」
「いや、あのときは学園でツアー組んでくれたから行っただけで」
なんのことかと言えば、菊花賞の話である。
去年のルドルフが三冠達成した際には、学園が観戦バスツアーを主催してくれたので、
それに便乗して京都レース場まで見に行った。
今年は学園側に動きはないので(それが例年通り、通常のことなのだが)、
レースを見に行くとなれば、自費かつ、相応の手続きを踏まないといけない。
日帰りでも寮の門限に間に合わない可能性が高いからね。
「……っち、ここでもあいつが出てくるか。
つくづく面倒な奴だ」
いや、面倒なのはおまえだよ。
そもそも、なんで俺が京都に行くことを前提にしてやがる。
はい、そうです。
俺が応援に来ないことを知ったシリウスが、駄々こねてるんです。
「なら、私がカネを出せばいいんだな?」
「はあ?」
「カネならある。
日帰りと言わず、一流ホテルのスイートを取ってやろう」
「い、いやいやいや!」
そりゃダービーを勝ったんだから、お金ならあるでしょうよ。
でも、そういう問題じゃないんだ。
思わず本気で拒否する声が出てしまったよ。
トライアルのセントライト記念も勝ったからって、完全に調子乗ってるな。
世間もミホシンザンとの一騎打ちムードだ。
ちなみにそのミホシンザンちゃんは、復帰戦に神戸新聞杯を選び、
出走したもののまだ本調子ではないのか、5着に敗れている。
よって、わずかながらも、シリウス優勢と見るのが大勢だった。
「おまえ、まさかとは思うが……」
「な、なに?」
シリウスの凄味がさらに増した。
気圧されそうになるが、ここで負けるわけにはいかず、
身体は後ずさったものの、目線だけは外さない。
「私の応援に行くのが嫌というわけじゃないよな?」
「そうじゃない。そうじゃないけど、
いろいろな事情で断念せざるを得ないという状況でしてね……」
関東圏のレースであれば、頼まれれば応援に行くのもやぶさかではないよ?
ただ、遠方や地方へとなると、なかなか「行きます」とは言えないのだ。
相手がルドルフであってもそれは同じだ。
たまたまシンボリ家が、
なんならルドルフの関東圏レースでも、現地まで行ってないときもあったから。
「……ふん、そういうことにしておいてやる」
俺がそう言うと、シリウスは一応は納得したようだが、
訝しげな目つきと、威圧的な雰囲気は継続している。
「だが後悔するぞ。私が勝つところを生で見られないんだからな」
「はいはいそうですねダービーバ様」
「っち、絶対後悔させてやるからな。見てろ」
そろそろ本気で、ことあるごとに俺を呼びだすの、
やめてもらえないかな?
それと、すぐに舌打ちする癖、それも直したほうがいいぞ。
「……ウソでしょ? 勝っちゃった」
菊花賞当日、ルドルフと一緒にテレビ観戦したんだが、
シリウスが完勝と言っていい内容で勝利を収め、1番人気に応えた。
ミホシンザンはどうした?
「シリウスが勝ったことはうれしいが、
私もミホシンザンのほうが心配だな」
「だよね」
そんなことを呟くと、ルドルフが同意してくる。
直線半ばまではシリウスに食らいついていたのに、
そこから電池切れでも起こしたかのようにズルズルと後退していった。
ゴールはしたようだが、あの分じゃ、下から数えたほうが早くないか?
のちに春天も制するんだから、スタミナの問題というわけでもなかろうに。
まさか……?
「心配だな」
「……うん」
悪い予感というのは当たるものだ。
翌日、ミホシンザン陣営はレース中での骨折を発表した。
前回の故障個所と同じ部位であり、今度は重傷で、
復帰まで半年以上を要するだろうとのことである。
変なところで史実と変わってしまった。
これは、この先も予断は許さない、ということなんだろうか?
遠征から戻ってきたシリウスが、以前にも増して面倒になったことも、
ここに付け加えておく。
秋の天皇賞の出バ表が確定した。
8枠17番、シンボリルドルフ。
大外の枠に入ってしまった。
史実で敗れた際も大外枠だった記憶がある。
そして、ルドルフにとって最も大きな懸念材料である、
史実での勝ち馬、3枠5番、ギャロップダイナ。
実況をして「あっと驚く」と言わしめた存在だ。
13番人気の超伏兵。
いまだ自己条件での格上挑戦だから、気持ちはわかる。
先週のミホシンザンの件もあって、今度は良い意味で歴史が変わる、
すなわち、ルドルフの勝利という未来を期待したい。
が、半年ぶりのレースというのは、やはり一抹の不安は残る。
軽傷だったとはいえ、怪我明けの復帰戦というのも同様だ。
最近こそ、環境の変化や技術の進歩などで、
トライアルや前哨戦を用いずに、目標のレースへぶっつけで挑戦して
結果を出す例も増えてきているものの、
そこはやはり元おじさんとしては、しっかり叩いて本番に臨んでもらいたいものである。
そして、つい先日、見ちゃったんだよね。
こんな場面を。
「そうか、君も天皇賞に出るのか」
「はい。まだ条件クラスの身ですけど、フルゲートにならなそうで、
出られるチャンスがあるなら出て勉強してきなさいってトレーナーさんが」
「結構! 挑戦してこそ成功がある。がんばってくれたまえ!」
「はい、ありがとうございます!」
学園の廊下で、たまたま、理事長が誰かと話している場面に遭遇した。
相手が誰かはわからなかったけど、天皇賞に出る、
条件クラス、勝機が薄いと見られている、などの条件から、
俺はあの子がギャロップダイナちゃんなのではないかと導き出した。
何を隠そう、原作でのギャロップダイナの父馬は……げふんげふん。
これ、勝利フラグじゃないよね?
ということがあったから、改めて、俺は危惧しちゃってるわけだ。
結論から言おう。
ルドルフは全く危なげなく勝利し、いよいよ史実越えの八冠目を得た。
天皇賞の春秋連覇は、勝ち抜け制が廃止されてから初めてのこと。
しかも、1分58秒5という日本レコードのおまけつき。
G1勝利数もそうだが、あいつ、『史上初』って冠いくつ持ってんの?
やはりすごすぎる。
俺が心配するだけ無駄だったということだな。
「祝、八冠! いえーい」
夜、部屋に帰ってきたルドルフを、そんな声とともに、
用意しておいたミニくす玉を割って、盛大に出迎えた。
「ありがとう」
ルドルフは、いつものように涼しい顔でそれに応えた。
彼女の視線が、俺が手にしているミニくす玉に注がれる。
「そんなものまで。どこで用意したんだ?」
「商店街の人に頼んで、作ってもらった」
「わざわざ頼んだのか。やれやれ、しょうがないな」
そして、苦笑するルドルフ。
こんなことを言いつつも、すごくうれしそうなことを見逃す俺じゃないよ。
現に、尻尾はぶんぶん振られてるからね。
天下の八冠皇帝陛下様も、本能には逆らえないのだ。
「『八冠おめでとう!』……か。
もし負けていたらどうするつもりだったんだ?」
くす玉から出てきた紙には、ルドルフが今言ったとおりの文言が書かれている。
「負ける? 万にひとつもそんなことはないと思ってたけど」
……ウソだ。
さすがに1万回やったら、1回くらいは負ける結末もあるんじゃないかと思っていた。
史実みたいにね。まったくの杞憂だったわけだが。
「そのときは、ジャパンカップの時に持ち越しだったかな?」
「はは、そうか。作り直したりはしてくれないのかな?」
「中の紙の言葉くらいは変えてたかもね?」
ふふふ、ははは、とお互い笑い合う。
こういうしょうもないことを、何気なく言い合える時間が好き。
願わくば、ジャパンカップでも、有馬記念でも、そして……
来年あるであろう海外遠征でも、同じように笑えればいいね。
続くジャパンカップでも、ルドルフは国内外の並み居る強豪を
まとめて捻じ伏せて、JC初の連覇、九冠制覇を同時に達成。
しかも、いまだに無敗が続いている。
まさに無敵の絶対君主。
皇帝陛下が君臨する時代は、まだまだ終わらなさそうだ。
そして迎える有馬記念。
レース前の平日に、こんなひと悶着があったんだ。
昼休みのこと。
「リアン、おまえは私とルドルフ、どっちが勝つと思う?」
いつものようにルドルフと昼食を摂っていたら、
急にシリウスがやってきて、そんなことを尋ねてきた。
ジャパンカップの時にシリウスが出てこなくて、
不思議に思った人もいるだろうが、こいつは走らなかったんだよ。
出走登録の前に、菊花賞の疲れが抜け切れてないからって回避を表明した。
ちなみに、今度は俺が諭す必要はなかったから安心して。
ダービー後も、あのトレーナーさんの下でやっているし、
なんだかんだでそれなりにはやっているみたいだ。
もちろん、何かにつけて文句や愚痴は言ってくるけどね。
トレーナーさんのほうも、ダービー勝てたことで満足したのか、
はたまた諦めたのかは不明だけど、シリウスの好きなようにやらせてるって話。
だから今度の有馬が、シンボリ同士の初対決になる。
世間でもそこに注目しており、同門の直接対決だと銘を打つところもあった。
「無論、私が勝たせてもらうがな」
「待てシリウス。それは聞き捨てならないな」
得意げに言うシリウスに、なんとルドルフが乗った。
乗って、しまった。
リアルに「はあっ?」ってなったよ。
おまえそこで乗っちゃうのかよって。
「私も負ける気はない。勝って無敗のまま、十冠を獲る」
「なら、無敗の皇帝サマに初めて土をつけるのが私ということだな」
「言うじゃないか。受けて立とう」
「はっ、余裕の上から目線、気に入らねえ。
その自信と鼻っ柱、真っ正面から叩き折ってやるよ」
「………」
気付けば、いつのまにやら周りには人だかりができている。
突然始まった言い争いに、どちらかと言えば、一触即発という危惧よりも、
興味津々という感じだからよかったと言えばよかったが。
その輪の中にいる俺の身にもなってくれ、頼むから。
「「で、リアン」」
2人の視線が、改めて俺に向いた。
「君はどちらの味方かな?」
「おまえはどっちの味方だ?」
「……」
答えられるかっ!!
『
結局は、テレビでの実況の通り、シリウスが逆にわからされたんですけどね。
4バ身差で圧勝して、まだまだ私の治世は終わらないと宣言した。
このレースには元クラスメイトのニシノライデンちゃんも出走して、
シリウスに次ぐ3着に入った。
彼女の自力からすれば驚くほどの結果ではないと思うけど、
スカウトがなかなか来なくてやきもきしていたころを知っている身としては、
大いに祝福してあげたいのと同時に、いつか俺も、
という思いを、改めて強く思うようになった一戦だった。
12月25日、夕刻。
そう……俺にとっての有馬記念が、再び始まる……
「はーい、みなさんこんばんは!
トレセン学園所属のウマ娘、ファミーユリアンです!」
去年と同じようにサンタのコスプレをして、壇上にてマイクを握る。
地元の商店街から、クリスマスイベントの出演依頼が再度舞い込んだ。
ファンクラブなどの件で大変お世話になっており、
学園や生徒会からもぜひにとお願いされては、断れるはずもなく。
また以前、乙名史さんに言われたように、今回は事前に伝えておいたので、
今日はケーブルテレビの取材が入っている。
放送はもちろんテレビのほうが先だが、ネットの公式チャンネルでも配信するそうだ。
今もニコニコ顔の乙名史さんが、舞台袖からこちらを見つめている。
「今年も、ウマ娘レースを応援してくださってありがとうございました!
この場を借りて御礼申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いいたします」
まずは、型通りの挨拶をこなしてからの。
というか、今年は何で、俺がメインMCみたいになってんの?
おっちゃんはどうした? え? 裏に徹する? そうですか……
「では早速イベントを始めていきます。まずは、
本日のゲストの紹介です。ミスターシービー先輩です、どうぞ!」
「どうも~、ミスターシービーで~す♪」
去年に引き続き、シービー先輩がゲスト出演を引き受けてくれた。
もちろん交渉したのは俺だよ。
どうしてもって頼まれちゃったんだね。
客席からの大歓声と拍手で迎えられて、先輩は所定の席へと着く。
「先輩、今年も出演していただいてありがとうございます。
しかもノーギャラです。重ねてありがとうございます」
「いいよいいよ。引退して暇だからね。
こういう面白いことには喜んで参加させていただくよ」
「そう言っていただけると助かります。
商店街の懐的にも大変助かります」
「あははっ。もうだいぶ稼いだから、お金はもういいかな?」
さすが五冠バ様の言うことは違うねえ。
客席も笑いに包まれた。よし、掴みはOK。
ええと、次のコーナーは何だっけ?
「ドリームリーグにも参加しないから、ほんっとうに暇なんだ~」
「……え?」
手にしている台本を確認しようとしたら、先輩から爆弾発言ががが。
唐突に、しかも、こんな場でなんてことを……
「ドリームトロフィー、走らないんですか……?」
「うん。足悪いからね」
「あ……そ、そうなんですか……」
「だから、来年どうしようかって考え中。
とりあえずは勉強しようかな。あ、アタシ勉強嫌いだった」
「……」
俺はてっきり、ドリームトロフィーへ移行すると思ってたから、
マジのマジで衝撃を受けて固まってた。
トゥインクルシリーズだけじゃなくて、本当の意味での現役引退だったとは……
先輩の勉強嫌い発言を受けて、客席は笑ってるけど、
とてもじゃないけど笑えるような状況じゃないと思うんだけど……?
「リアンちゃん、リアンちゃん!」
「……はっ!?」
「進行して! 進行!」
裏からおっちゃんの声が飛んでくるまで、俺は我を忘れていた。
や、やばいやばい。イベント進めなきゃ!
「え、ええと……で、では、最初のコーナーに参ります!」
「あ、ルドルフだ。やっほー♪」
「え……!?」
イベントも中盤に差し掛かったころ、これまた去年と同様に、
シービー先輩が客席にルドルフがいるのを発見した。
おまえ、またかよ!
「やあ。去年に引き続いて、お邪魔させてもらうよ。いいかな?」
促されるまでもなく、ステージに上がってきたルドルフが言う。
悪いわけが……
あ、おっちゃんが全身でOKサインを出してる。
ですよね~。
「改めまして……無敗の十冠ウマ娘、シンボリルドルフさんです!」
「シンボリルドルフです。お世話になります」
大盛り上がりになる観客席。
本当にこういうドッキリはやめてくれ。
マジで去年と一緒で、話は通してないからね?
商店街も、そこまで予算がないっていうんで、
引退してギャラが抑えられそうなシービー先輩だけ呼ぶって言ってたんだから。
ギャラの交渉もできればしてほしいってね。
そのうえルドルフを呼ぶだなんて真似、できるわけがないってわかるでしょ?
「えと、それじゃあ、ここからは、ルドルフにも参加してもらって、
イベントを進めていきます」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしく~」
大慌てで新しく席を用意しているスタッフさんたちをしり目に、
気を取り直して、進行に専念しなければ。
こうして、地元商店街のクリスマスイベントは、
去年に続いての大盛況で幕を閉じた。
今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー
(公式チャンネルにて、イベント動画公開後)
:クリスマスイベント動画キテルー!
:神イベント再来
:いや、神商店街だ
:いいぞもっとやれ
:シービーとルドルフ、去年に続いての揃い踏み
:リアンちゃんの司会良いね
:おっさんよりも1億倍マシ
:これは本当に、引退後は業界入りしそうだ
:ノーギャラwww
:リアンちゃんぶっちゃけてんな
:いつにも増してテンション高くないか、リアンちゃんw
:そりゃ商店街はこんなおいしい話ないだろうよ
:リアンちゃんを推して大正解だよなあ
:シービー、ドリームリーグに参加しない宣言
:え、マジで?
:えー残念
:足悪いんじゃ仕方ないか
:リアンちゃんマジで困惑してない?
:初めて聞いたっぽいな。固まっちゃってる
:そら(憧れの先輩がもう走らないと聞けば)そう(固まる)よ
:リアンちゃんもシービーも人の子。はっきりわかんだね
:ウマ娘やぞ
:ウマ娘も人の子や
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征