転生孤児ウマ娘の奮闘記   作:しょうわ56

39 / 122
第39話 孤児ウマ娘、ついにデビューする

 

 

 

 

「ひとつお願いがあるんですが」

 

スーちゃんと契約し、気分も新たにトレーニングすること数日。

俺は思い切って、ひとつ要求をしてみた。

 

「なにかしら?」

 

「私のデビュー戦に関してです」

 

「デビュー戦? 何か希望があるの?」

 

「はい。構いませんか?」

 

「もちろん構わないわ。その都度相談しましょうって決めたでしょ?」

 

無茶なことを言い出すかもしれないのに、

スーちゃんは笑ってそう言ってくれた。

 

「で、どんなこと?」

 

「できれば、関東圏の開催でお願いしたいな~、と」

 

決して遠征したくないとか、地方が嫌とかじゃないよ。

ちょっと思うところがあってですね。

 

「中山か東京でってこと? 理由を聞いてもいい?」

 

「はい。その、出身の孤児院の人たちが、私が出るレースには

 応援しに来てくれるみたいで、先日、

 契約することを伝えたときにも、必ず行くって言われてしまいまして」

 

「良い人たちじゃない。なるほど、その人たちのためにね?」

 

「ええ。デビューを散々待たせてしまった挙句に、

 遠くまで来てくださいって言うのはすごく心苦しいので」

 

交通費の問題もある。

招待客というわけじゃないから、当然自腹だ。

 

何人で来るつもりなのかはわからないけど、あの人たちのことだから、

総出で来てくれるに違いないんだ。

 

近場でも痛い出費にはなるだろうけど、ならば、

可能な限り近いところにしてあげたい。

 

シンボリ家に泣きついたらいいと思うかもしれないが、

こんなことでまで彼らに頼るわけにはいかんだろ?

院長もきっと恐縮してしまうと思う。

 

「わかったわ。優しい子ね、あなたは」

 

「ありがとうございます」

 

「そうすると……9月の中山か、10月の東京開催が直近か」

 

頷いたスーちゃんは少し考えて、そのように言う。

特に反対することもなく受け入れてもらえた。感謝しかない。

 

「了解よ。そのつもりでトレーニングしましょう」

 

「はい」

 

恩が何重にも重なっちゃって、俺はもうスーちゃんに足を向けて寝られないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、スーちゃんの下でトレーニングに励んだ。

 

夏場はもちろん、シンボリ家で合宿。

他のジュニア級の子が合宿できない中、これは美味しい。

他の子に差をつける、もしくは追いつくビッグチャンス。

 

ここぞとばかりに滅茶苦茶トレーニングした。

 

スーちゃんに課されたメニューも無事に完遂。

最後に行なったタイムアタックでも自己ベストを更新でき、

大きな手応えと自信を持って、学園に戻ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リアンちゃん、あなたのデビュー戦、決めたわよ」

 

新学期になって早々に、スーちゃんからそう聞かされた。

さて、中山か東京か、どっちになったのかな?

 

「10月5日、4回東京2日目第5レース、芝2000mよ」

 

「5日……。わかりました」

 

カレンダーを確認しつつ、考える。

希望通りなので、もちろん文句なんてない。

 

「デビューまで残り1ヶ月。総仕上げと行きましょうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

『リアン先輩、わたしのデビュー戦決まりました』

 

奇しくも俺のデビュー戦が決まった同じ日に、

スターオーちゃんからも同様の報告が、夜になって電話で成された。

 

『10月4日のマイルのメイクデビュー戦です!』

 

「10月4日? こりゃ驚いた。私のデビュー戦の前日じゃない」

 

『え、そうなんですか?』

 

「うん。私は5日の第5レースでデビューだよ」

 

『わあ、何か運命的なものを感じますね!』

 

「びっくりだね」

 

本当に驚きだよ。

同じ日に決まったこともそうだし、2日続けてになるとか、

スターオーちゃんの言うとおり、恣意的なものさえ感じてしまう。

 

『じゃあわたしが一足先に、デビュー勝利、もらっちゃいますね』

 

「本当にぃ? 自信たっぷりなのはいいけど、マイル戦で大丈夫?

 選抜レースのときみたいにならなきゃいいね~?」

 

『あ、あれはですね……』

 

俺が茶化し気味にそう言うと、スターオーちゃんは言葉に詰まった。

 

というのもこの子、選抜レースではまさかの2着だったんだ。

早めに抜け出したところを大外から差されての敗戦だったが、

菊花賞を制していることから察するに、距離不足だったのでは、と踏んでいる。

 

史実でも、デビュー戦は負けてたんだっけ?

ウマ娘のゲーム的に言えば、マイル適性は『C』だった、みたいな感じ。

ルドルフでさえ厳しい時があるんだから、そりゃあねぇ。

 

でも負けてなおスカウトされたところからすると、それだけ実力は評価されたんだろう。

後から聞いた話では、やはり“サクラ”と縁のあるトレーナーさんだという。

 

『もうっ、意地悪言わないでください先輩!』

 

「ごめんごめん。6日の月曜日に、2人で祝勝会しようよ」

 

『はい、ぜひやりましょう!』

 

 

 

 

 

 

そのあとも世間話などをして、電話を切った。

 

「サクラスターオーか?」

 

「っ!」

 

切った途端、背後からかけられた声に、ビクッと震えてしまった。

 

慌てて振り返ると、いつの間にか帰宅したのか、

制服姿のルドルフが、こちらに背を向けた状態で椅子に座っている。

 

「あ、か、帰ってたんだ。おかえり」

 

「ああ、ただいま」

 

「……な、なんか機嫌悪い?」

 

「別に、普段通りだが」

 

「そ、そう」

 

口ではそう言うが、絶対にウソだ。

今のルドルフからは、私、不機嫌ですオーラが立ち上っている。

 

「ええと、ああ、電話うるさかったよね? ごめんね」

 

「いや、気にすることはない。私はついさっき帰って来たばかりだ。

 生徒会での仕事を終えて、な」

 

「い、忙しそうだね?」

 

「ああ。ピロウイナー先輩がいるとはいえ、やはりもう少し人手は欲しいな」

 

「そ、そうなんだ」

 

後ろ姿のまま、微動だにしないルドルフ。

 

非常に気まずい。

帰宅に気付かず、出迎えなかったことを怒ってるのか?

それとも、こんな時間まで帰れなかったストレスか?

 

「それより、電話の相手はサクラスターオーだったのか?」

 

「あ、うん、そう。そうだ、聞いて聞いて。

 今日、私のデビュー戦が決まったんだ。10月5日」

 

「ほう、そうか。よかったな」

 

ピクッとルドルフの耳が動いた。

お、少し持ち直してくれた?

 

「それがね、スターオーちゃんも今日決まったんだって。

 で、なんと私の前の日、4日だって言うんだよ。

 これはもう運命だなって話し……て、て……」

 

「………」

 

いったんは緩和した不機嫌オーラが、また噴き出してきた。

それも、先ほどまでとは比べ物にならないくらい強い。

 

まずい……何か地雷を踏んでしまったようだ。

 

「リアン」

 

「は、はい」

 

相変わらずこちらを見ようともせずに、ルドルフは言った。

 

「君の交友が広がるのは結構なことだし、関係も良好なのは良いことだ」

 

「……」

 

「……それだけだ」

 

それも、ぶっきらぼうに、不満げな様子で。

 

こいつ、もしかして……

スターオーちゃんに嫉妬してやがるな?

 

そ、そうかそうか。そういうことか!

くくく、かわいいやつめ♪

 

「何がおかしい」

 

「いやいや、ごめんごめん」

 

すべてを理解した俺が噴き出してしまうと、ルドルフはなおも不満そうに言う。

立ち上がった俺は、彼女にそっと近づいて……

 

「ル~ナちゃんっ♪」

 

「っ……!?」

 

背後から首元に腕を回し、ルドルフへと抱き着いた。

適度?なボディタッチは女子の特権だ。

 

「リ、リア……何を! からかうのはやめてくれ」

 

「からかってるんじゃないよ。

 生徒会長として遅くまで頑張ってる皇帝陛下を、労ってあげてるんだよ」

 

「労い?」

 

「嫌だった?」

 

「……嫌じゃない」

 

俺の腕にルドルフからも手を重ねて、ぎゅっと掴んでくる。

こういうところはわかりやすいやつで助かった。

 

胸があれば「当ててんのよ」って出来るんだけど、

いまだにぺったんこだからなあ。申し訳ない。

 

「本当にお疲れ様、生徒会長」

 

「……ルナと呼んでくれ」

 

「はいはい、注文の多い皇帝陛下ですね」

 

「……ルナだ」

 

「はいはい、ルナちゃんルナちゃん」

 

「ルナ、だけでいい。ちゃんはいらない」

 

「はいはい、わかりました」

 

まるで幼い駄々っ子のよう。

他の生徒には絶対に見せられないな。

 

「全てのウマ娘のために頑張ってるんだもんね。ルナは偉い。ありがとね」

 

「ああ……」

 

ルドルフの身体から力が抜け、弛緩した。

完全にリラックスしている様子が確認できる。

 

トゥインクルシリーズを諦めてまでの、生徒会長だもんな。

せめて今くらいは、心を休めてくれ。

 

俺たちはしばらく、ルドルフがいいと言うまで、こうして抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎて……

 

10月4日、昼すぎ。

 

『リアン先輩! わたし勝ちました!』

 

レースを終えたばかりのスターオーちゃんから、

喜びの電話がかかってきた。

 

「うん、テレビで見てたよ。おめでとう」

 

『ありがとうございますっ!』

 

見事な勝利だった。

二冠馬にとっては、この程度は屁でもなかろうが、

そこはやはり勝利というのは何よりもうれしいもの。

 

たったひとつの勝利を渇望するこの身として、

はしゃぎたくなる気持ちは大いにわかった。

 

『次は先輩の番ですね。祝勝会の準備しておきます!』

 

「うん、ほどほどによろしく」

 

『はいっ!』

 

弾みに弾むスターオーちゃんの声を聴きながら、俺は努めて冷静を装う。

……いよいよ明日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

……眠れないっ!

 

時刻は深夜。

 

明日に備えて早く休もうと、早々に床に就いたのは良かったものの、

眠りに落ちる気配が全くない。むしろ、眼が冴えてしまっている。

 

くそっ、遠足前の小学生かよ。

平然としていたつもりが、やはり緊張、興奮しているらしい。

中身成人男性が聞いて呆れる事態だ。

 

睡眠不足でレースだなんて冗談じゃないぞ。

一睡もできなかったというのだけは勘弁してもらいたい。

1時間でも30分でもいいから、ちょっとでも寝ないと……

 

もう何度目かの寝返りを打つ。

壁側からルドルフのベッド側へと身体が向いた、そのとき

 

「眠れないのか?」

 

「――!!」

 

心臓が止まりそうなくらい驚いた。

目を開けると、目の前に、ベッド脇に膝をついたルドルフの姿がある。

 

「び、びっくりした……」

 

「すまない。何度も寝返りしていたようだから、気になってな。

 眠れないんだな?」

 

「……うん」

 

「そうか」

 

どうやら筒抜けだったようだ。

この分じゃルドルフも寝不足にしてしまうな。

不甲斐ないルームメイトで申し訳ない。

 

「失礼するよ」

 

「え、ちょ……」

 

言うや否や、ルドルフは人のベッドにもぐりこんできて、

横向きで俺のことをぎゅっと抱き締めてきた。

 

あっという間に、ルドルフの良い匂いと温かなぬくもりに包まれる。

 

「こういうときは人肌が1番だ。

 私では力不足かもしれないが、そこは我慢してほしい」

 

「……そんなことない」

 

「そうか。ならよかった」

 

「………」

 

不思議なもので、ものの数分もしないうちに、睡魔が襲ってきた。

ああ、本当に、適度なボディタッチの効果は抜群だぁ……

 

この前とは立場が正反対。

はは、何やってるんだかなあ、俺たちは。

 

「おやすみ、リアン」

 

寝入る直前、そんなやさしげな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルドルフのおかげで、目覚めは快調。

俺のほうが早く起きてしまったのはいつもの通りで、

抱き締められたままだったから、そのまま起こしてあげた。

 

「おはよう、ルナ」

 

「……おはようリアン。よく眠れたか?」

 

「うん、ありがとね」

 

「どういたしまして」

 

普段は少し寝ぼけることもあるルドルフだが、

さすがにこの至近距離で起こされては、すぐに目が覚めたようだった。

恥ずかしそうにして、寝起きだというのに頬を紅潮させていたのが可愛かった。

 

睡眠時間的にはいつもよりも短かったのかもしれないが、

それを補って余りある。

 

待ちに待ったデビュー戦、当日の始まりだ。

 

「おはようございますっ!」

 

支度を整えて寮を出ると、そこには、乙名史さんをはじめとする、

府中ケーブルテレビの撮影クルーの皆さんの姿が。

 

事前に取り決めておいた通り、今日も取材を受ける。

 

「今日も1日密着させていただきます。よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ」

 

お互いに頭を下げて、レース場へ移動。

とはいえ東京レース場なので、すぐ近くだ。

 

「いよいよですね。調子はいかがですか?」

 

「おかげさまで仕上がってます。いい感じですよ」

 

「それはよかったです」

 

乙名史さんと話しながら歩き、レース場へ到着。

関係者専用の入口から中へと入り、控室へと通される。

 

東京の控室はこんな感じか。

京都の控室は前に入ったことがあるが、備品的には変わらない気がするけど、

なんかもうちょっと広かったような……?

 

ああそうか、あれはG1だったし、ルドルフ用だったから、

新馬や条件戦に出る子とは、また違う部屋なのかもしれないな。

 

その後は、室内で軽く運動したり、体操したり、

はたまた早い時間のレースをモニター越しに眺めたりして過ごし、

パドックへと向かう時間になった。

 

「じゃあ、いってきます」

 

「ご武運を、と言うと物騒すぎますかね」

 

「いえ、お気持ちは十分伝わりました。

 ありがとうございます、がんばってきます」

 

「いってらっしゃい!」

 

クルーの皆さんに見送られて、いざ出陣だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前10時

東京レース場正門前駅 改札前

 

「さあ、着きましたよ」

 

「院長先生、今日ここで、リアンねーちゃんが走るの?」

 

「そうよ」

 

小学校低学年くらいの女の子の手を引いた、孤児院の院長の姿があった。

彼女たちの後ろにも、数人の子供と、施設の職員たちが続いている。

リアンが想像していた通り、彼らは施設の人員総出で、彼女の応援へとやって来たのだ。

 

「リアンねーちゃん、勝てるかな?」

 

「さあ、勝負は時の運とも云うし、わからないわ。

 でも、全力は出してくれるはずよ。

 だから私たちも、全力で応援しましょうね」

 

「うん!」

 

「いっぱい応援する!」

 

声を張り上げる子供たちに、院長をはじめ、大人たちは目を細める。

 

リアンは率先して年下の子の面倒を見ていたので、

子供たちは彼女によく懐いていた。

なので、こうなることはわかっていたが、予想通り過ぎて笑ってしまうくらいである。

 

「リアンって人、強いの?」

 

「さあな、実際に走ってるところなんて、ほとんど見たことねーし」

 

一方で、リアンが施設を出たあとに孤児院にやってきた子や、

年上の子たちは、懐疑的な見方をしていた。

 

「あんなチビ、通用しねーよ」

 

「こら、そんなこと言うんじゃありません」

 

「へいへい」

 

ひとつ年上のこの男子などは、憎まれ口を叩いたところを、

院長に窘められる始末だった。

 

「失礼、ファミーユリアンの関係者の皆さんとお見受けしました」

 

「え? あ、はい、そうですが」

 

「あああ、あ、あんた、まさかっ!」

 

そんな一団に近づいて、声をかける人物。

院長が応対したところで、例の男子がその正体に気付いた。

 

「シンボ――」

 

「騒ぎになってしまいますから、今はご内密に」

 

「は、はい……」

 

少年の驚いている様子からおわかりだろうが、ルドルフである。

彼の口元に一本指を差し出し、笑顔で黙らせた。

 

実は彼女、リアンには内緒で、関係者がやってくるルートと時間を調べ上げ、

自ら出迎える作戦を企図していたのだ。

 

もちろん変装しているから、その正体に気付いたこの少年、

かなりのウマ娘ファンだと思われる。

ルドルフのニッコリ笑顔に撃沈し、真っ赤になっていた。

 

「ええと、私たちに何か?」

 

「今日は私が、皆さんをご案内します。よろしいですか?」

 

「いえそんな、わざわざお手を煩わせるわけには……

 見たところあなたもウマ娘なんでしょう? お忙しいのでは?」

 

一方の院長は、レースについて詳しくない。

ルドルフのことも知らなかった。

 

「これもトレセン学園生徒会の仕事ですので、ご心配なく」

 

「はあ」

 

大ウソだった。

さすがに完全な私用で生徒会を動かすわけにはいかない。

なので、1人で待っていたのである。

 

「ではこちらへ」

 

「すいません」

 

ルドルフは孤児院の一団を先導して、レース場の正門へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『12番、ファミーユリアン。1番人気です』

 

係員の指示に従って、裏からパドックへと登場する。

上着を脱いで、付け焼刃で練習したポーズを取った。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

……って、ちょっと待って?

今1番人気とか聞こえたんだけど?

 

 

『ネット動画などで話題の彼女ですね。

 故障もあって遅れましたが、ようやくのデビュー戦を迎えました』

 

『もちろん私もイチオシのウマ娘!

 動画の再生数はかなりのものですから、1番人気にも納得ですね』

 

 

場内の解説放送が聞こえてくる。

 

え? マジで? なんで1番人気なのぉおおお!!?

こんなモブ娘が1番人気になるなんて、世も末じゃあああ!!!

 

全く想定していなかった事態に、パニックになりかけたところで

 

 

「リアンねーちゃん!」

 

 

「――!」

 

大勢の観客に交じって、聞き覚えのある声が聞こえた。

我に返って声の出所を探すと……いた!

 

「がんばれー!」

 

あれは、孤児院で俺に1番懐いていてくれた子だ。

隣に院長も、他の子も、おお、あの憎まれ口ばっかりだった野郎もいるじゃないか。

やっぱり揃って応援に来てくれたんだな。

 

はは、なんだよ。いつぞやの俺みたいに、正面の最前列に陣取りやがって。

 

 

「リアンちゃーん!」

 

 

続けて、野太い声援が飛んできた。

 

 

「我ら、リアンちゃんファンクラブ一同なりっ!」

 

「ファイトだーリアンちゃーんっ!」

 

 

孤児院のみんなからそう離れていない位置に、これまた見覚えのある人たちの姿が。

 

ん? おお、すげぇ……

今まで気づいてなかったけど、でかでかと横断幕まで掲げられてる。

 

『絆の力でどこまでも! ファミーユリアン』

 

……だってさ。

 

絆の力、か。もちろん俺の名前から取ったんだろうな。

なかなか気の利いたことしてくれるじゃないか。

 

感謝のしるしに、手でも振り返しておくかな?

 

 

『温かい声援が飛んでいますね。ですがパドックで大声はいけません』

 

『係員も飛んでいきましたね』

 

 

場内放送が言っているように、パドックでの大声は禁止行為だ。

すぐさま係員が向かっていって、両者に注意が与えられている。

 

孤児院のほうは子供がしたことだからまだ許せるだろうが、

特にファンクラブの面々がペコペコ頭を下げている様子は、ここからでもよくわかった。

 

まったく、やってくれるぜ。

これくらいでは注意だけで済むと思うけど、出禁にならないように気をつけな。

 

なんにせよ、彼らのおかげで、緊張や気負いといったものからは完全に解放された。

曲がりなりにも緊張はしてたんだけど、全部吹っ飛んだよ。

 

みんなありがとう! いってくるぜ!

 

 

 

 

 

「リアンちゃん」

 

「スーちゃん」

 

本バ場に向かう地下バ道の途中で、スーちゃんに出くわした。

 

「うん、良い顔してる」

 

「はい」

 

「いってらっしゃい」

 

「いってきます!」

 

励ます言葉をかけるわけでもなく、彼女は一言そう言っただけ。

ごちゃごちゃ言われるよりはよほどいい。

さすがスーちゃんは元々こちら側で走っていただけあって、よくわかっている。

 

スーちゃんにもトレーナーとしての初勝利、届けられたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよ発走時刻となった。

ファンファーレが鳴り響き、ゲート入りが始まる。

 

俺は大外枠だから、枠入りは1番最後。

待たされている間は、どうしても色々と考えてしまう。

 

トレセン学園の入学から3年半か。長かったな。

2回も骨折してしまって、リハビリ辛かったな。

 

だけどそんな俺でも、ようやくレースの舞台に立てた。

今まで支えてきてくれた人のためにも、無様な姿だけは見せられない。

せめて掲示板、いや、一桁着順かな……

 

はは、我ながら情けない目標だ。

自分の小心ぶりが嫌になるね。

 

さてレースの作戦だが……

 

これはもう出たとこ勝負で行くしかない。

スタートが決まれば、先の選抜レースのように逃げてしまうのが1番の手。

何度も言うようで悪いが、内側で包まれるのだけは避けたいから。

 

東京、芝2000m、大外、メジロマックイーン……うっ、頭が……

 

トリッキーなコースだから、マックイーンの大斜行がどうしても浮かんできてしまうが、

2000mのコースも改修されて、当時よりは大外の不利も小さいはず。

この世界線では改修後の東京コースだよな? そうだよな?

 

それに偶然にも、選抜レースの時と同じ枠番だ。

これを吉兆と捉えずとしてなんとする。

 

このレースも同じように運べばいいだけだ。

あとは相手次第。

 

「12番、入って」

 

「はい」

 

係の人の指示に従い、出走12人の最後にゲートイン。

 

ひとつ大きく息を吐いて……

さあ、来いやあ!

 

 

――ガッシャン

 

 

「っしゃあ!」

 

ゲートが開くのと同時に飛び出した。

いよっし、スタート決まった。

 

このまま単騎逃げを決められればいいけど……誰も来ない?

ツいてるぞ! 理想的だ!

 

このまま……このまま……

 

1000mを通過。

 

いい感じ、いい感じ。

選抜レースよりも若干早いかもしれないけど、大差はない。

余力も十分ある。

 

ひょっとして……いける?

 

4コーナーを回り切る手前、残り600のハロン棒を通過。

 

さあさあ、俺の身体よ、ウマ娘としての肉体よ。

俺の()()に反応しろ。応えて見せろぉおおおお!!!

 

瞬間、自分の中でかちりとスイッチが入った感触。

 

その途端に、観客の歓声はもちろんのこと、

風切り音や自分の足音まで、すべての音が消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東京5レース、態勢完了。……スタートしました。

 12番ファミーユリアン、絶好のスタートを決めてハナを切ります』

 

『先頭はファミーユリアン。3バ身ほど離れて2番手は――』

 

 

「すごいすごい! リアンねーちゃん先頭だよ!」

 

「まだ途中だから」

 

ルドルフの計らいで、ゴール板前の最前列という絶好の位置に陣取った、

孤児院一行とファンクラブ一同。

 

ターフビジョンに映し出される映像に子供たちは大はしゃぎするが、

大人たちは気が気ではなかった。

 

願わくばこのまま先頭でゴールを。全員がそう祈る。

院長などは、胸の前で手を組んで祈りを捧げている。

 

 

『1000mをいま通過。61秒半ばから後半です』

 

『このクラスとしてはやや早めのペースでしょうか。

 ですがそれほど影響はないと思われます』

 

『ファミーユリアン、大欅を通過。リードを保って4コーナーへ向かいます』

 

 

「すごいすごい!」

 

「リアンねーちゃん! がんばれー!」

 

「このまま、このまま……」

 

 

『さあ直線に入った。ファミーユリアン依然先頭。

 リードはやや広がって4バ身から5バ身』

 

『っ、この走り方は……!? 異常なほどの前傾姿勢!

 これで大丈夫なのか!? 後続は追ってこられるか!』

 

『400を通過。ファミーユリアン突き離す! 差が広がる!

 離れていく一方だ。これはもう決まりか!?』

 

『後続は大きく離れた! これはもう完全なセーフティリード!

 しかしファミーユリアンさらに伸びる!? 恐ろしい末脚!

 逃げウマ娘の脚か、これが!?』

 

『ファミーユリアン、大楽勝の逃げ切りでゴールイン!

 2着は……5番ギガフォーム、今ようやく入線です。

 これはどれだけ差がつきましたでしょうか。

 目視では、とてもじゃありませんがお伝え出来ません』

 

 

「やったー!」

 

「リアンねーちゃんが勝った~!」

 

「リアンちゃん……!」

 

実況が伝えたとおり、レースはリアンの大圧勝で終わった。

孤児院の面々は、彼女の勝利を純粋に喜んだが、関係者たちはにわかに色めき立つ。

 

それは、掲示板に表示された、赤いレコードという文字と、

着差欄に示された、『大差』の意味についてである。

 

 

『勝ちタイムは……い、1分59秒4!? これは……故障ではありませんよね?

 ……失礼しました。1分59秒4、1分59秒4のレコードタイムでの決着となりました。

 上がり3ハロンは33秒8、4ハロンは45秒8です』

 

『ジュニアクラス、2000mで2分を切ったのは彼女が最初です。

 恐ろしい数字が出ました。なんという時計でしょうか』

 

『2着とはどれくらい離れましたかね……3秒くらいはあるんじゃないでしょうか……』

 

『もしかすると、それ以上かもしれません。

 いやはや、とにかく恐ろしいレースを見ました』

 

 

プロである実況アナウンサーをも、一瞬機械の故障を疑い、

言葉を失ってしまうほどだったレース。

 

のちほどURAが発表した詳細なデータを見て、

彼らはさらなる衝撃に見舞われることになる。

 

 

 

 

東京 第5R メイクデビュー 芝2000m 良

 1着 12 ファミーユリアン 1:59.4 ジュニア日本レコード




参考レース
21年4回東京2日第5R 芝2000m メイクデビュー
テラフォーミング 牡2 55.0 鮫島 2:04.4
13.2 - 12.8 - 12.8 - 12.6 - 12.8 - 12.7 - 13.2 - 11.6 - 11.0 - 11.7
4F 47.5 - 3F 34.3

現2歳レコード
1:58.5 ウィズグレイス 2021年11月28日 東京(晴・良)

タイム的には間違っていないと思いますが(2019年11月サトノフラッグ1分59秒5)、
最初に2分を切ったのがいつの誰なのか、追いきれませんでした。
なので、もしかすると87年以前に2歳で2分を切った馬がいるかもしれません。
時代的に可能性は低いでしょうけど……
ご存じの方がいらっしゃれば教えてください。

仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?

  • ドバイワールドカップ
  • ドバイシーマクラシック
  • ガネー賞(仏)
  • クイーンエリザベス2世カップ(香港)
  • アメリカ遠征
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。