「……?」
夜中、ふとした違和感に気付いて目が覚める。
枕元に置いているスマホで時刻を確認したら、
午前1時を回ったところだった。
当然、室内は真っ暗。
季節柄、少しひんやりしている。
ルドルフは静かに寝息を立てていた。
生徒会の仕事で疲れているであろう彼女を起こさないように、
俺はそっと上体を起こして、布団をまくり上げた。
気になった違和感の正体。
「……左足?」
それは左足、それも手術した付近から感じられてくる。
パジャマのズボンもまくって、手を伸ばして軽く触れてみた。
……特にどうというわけじゃない。
痛みがあるというわけでもない。
ただ、なんというか、上手く言葉にはできない
「………」
レース直後の、レース場医務室の診断では何事もなかったが、
今になって何らかの症状が出てきたということなのか?
場所が場所だけに、なんだか恐ろしくなってきてしまった。
急速に目が冴えてくる。
ごくりと息を飲んで、心臓の鼓動が速くなる。
なんだこれ? 骨折の再発? それとも、何か別の故障?
いや、骨折にしろ他の故障にしろ、痛みがないのはおかしいよな……
本当なんだよこれ……
「……スーちゃんに相談しなきゃ」
とにかく誰かに相談したい衝動に駆られ、こんな時間に失礼だとは思ったが、
メッセを入れるくらいならいいかと、携帯を手に取って送信した。
気になることがあるので、朝イチで相談しに行ってもいいですか、と。
すると、秒で返信が来た。
はやっ。こんな時間まで起きてたのか。仕事かな?
今の俺には僥倖だった。
お疲れ様です。
余計に仕事を増やしてしまうようで申し訳ないですが、
ちょっと気になってしまってしょうがないので……
『眠れないの? レースの興奮が残っているのかしら?』
『いえ、そういうわけではなく』
『じゃあどうしたの?
疲れてるでしょ、早く寝ないとだめよ』
『言いにくいんですが、左足の違和感で目が覚めました』
ここまでやり取りしたところで、スーちゃんの返信が止まった。
それまではものの数秒で返されてきていたのに、だ。
……彼女の動揺ぶりが手に取るようにわかる。
本当、心配ばっかりかけて申し訳ないです。
でも、こればっかりは、俺自身の意思でどうにかなるものでもなく……
『痛みは?』
2分ほど待って、一言だけの返信が来た。
『痛くはないです。ただ、なんというか、
ジンジンするというか疼くというか、変な違和感があるんです』
『わかったわ。鍵は開けておくから、登校前においで。
何時くらいになりそう?』
『朝ご飯を食べたらすぐに行きますから、7時半くらいでしょうか』
『了解。とりあえず寝なさい。夜更かしはお肌にも毒よ』
『はい、寝ます。こんな時間にすいませんでした。
おやすみなさい』
『おやすみ』
一連のやり取りを終えて、携帯をスリープにする。
そして、横になって布団をかぶった。
気を遣って言ってくれたであろう軽口にも、まるで反応できなかった。
今の俺には、それくらい余裕がない。
「……寝られるかな?」
誰に聞かれるわけでもない、小声でのつぶやき。
違和感は相変わらず続いている。
それが気になることもあるし、不安は大きくなっていくばかり。
レースの疲れは間違いなくあるはずで、身体のほうも睡眠を欲しているはず。
なのに、寝られない。寝付けない。
「………」
そんなもどかしい時間が、朝まで続いた。
朝。食事を済ませたその足で、
もはや通い慣れたスーちゃんのトレーナー室へ向かう。
食欲だけは普通にあったのは幸いだった。
「おはよう、リアンちゃん」
「おはようございます」
スーちゃんは昨夜の言葉通りに、鍵を開けて待っていてくれた。
朝早くから申し訳ない。
「結局寝られなかったみたいね。クマできてるわよ」
「あ、はい……」
「おいで。そのままじゃまずいから、お化粧してあげる」
「すいません……」
俺を座らせたスーちゃんは、お化粧セットを取り出すと、
パパっと俺の目元をメイクしてくれた。
化粧なんてやったことないから、正直言って助かります。
実は、起き出して鏡を見た瞬間に、どうしようこれ、って思ってたんだ。
ルドルフにもすごいクマだなって驚かれてしまった。
というか、スーちゃんこそ寝てないんじゃないの?
あんな時間まで起きてて、今も早く起きて部屋を開けてくれている。
下手すりゃ徹夜だったってこともあるな。
つくづく本当に申し訳ないです。頭を下げることしかできませんが。
「それで、左足ね?」
「はい」
「今も違和感は続いてる?」
「はい。痛みもなく、特に問題はないんですけど……」
「ここまで歩いてこられているわけだしね」
そうなんだ。歩行にも問題はない。
走るとわからないが、少なくとも、日常に影響はなさそう。
「他に何か問題は? 体調はどう?」
「やっぱり疲れはありますが、前回と同じくらいです」
「そう。アレだけの悪路だったから、反動が出てもおかしくはないけれど……
ちょっと足見せてくれる?」
「はい」
「そう、こっちに乗せちゃって」
靴とニーソを脱いで、対面に座るスーちゃんの
膝の上に預けるようにして左足を差し出した。
「ちょっと触るわよ? 何かあったら言って?」
「はい」
「………」
しばらくの間、スーちゃんは真剣なまなざしで、
いまだ手術痕が残る左足首の上から、脛あたりまでを順番に触っていく。
「痛くない?」
「大丈夫です」
「特に腫れてもいないようだけど……少し熱があるかしらね……」
「………」
患部が熱を持っている。
それって、良くないってことですよね?
「何かの前触れ、ってことでしょうか」
「医者じゃないから詳しくはわからないけど……」
「……」
「とりあえず湿布を貼って冷やして、
その違和感が消えるまで運動は禁止。いいわね?」
「わかりました」
当然そうなりますよね。
俺も、ここで無理してまた骨折なんてことは、御免被る。
同じ箇所だなんてことになったら、今度こそ致命傷だ。
「今日は学校お休みして、病院と研究所に行って診てもらいましょう」
「はい」
こうなっては、スーちゃんに従うしかない。
それこそ精密検査でもして、異常がないことを確認してもらわなければ、
俺も精神的に落ち着けないし。
特に何事もなく、感覚の問題ってことで済めばいいんだけど……
病院でレントゲンを撮り、医者の話を聞いて、
研究所にも行って、リハビリを担当してもらったスタッフさんにも、
レントゲン写真を見せて意見を述べてもらった。
結論から言うと、医学的な見地からは、やはり異常なし。
骨もしっかりくっついているし、埋め込まれたボルトやプレートにも問題はない。
むしろ前より太く強くなってるんじゃないのって言われたよ。
医者と研究所、両者の共通の見解としては、
骨折後の後遺症の一種ではないか、とのことだった。
骨折が完治し、リハビリを完璧に終えても、人によっては、
痛みが残ったり、このような症状が出ることもあるんだってさ。
でも、これまではそんなことなかったのに、今になって発症するなんてことある?
骨折からは2年半以上、リハビリを終えてからも1年半以上たってるし、
前回のレース後はこんなことなかったんだよ?
「それに関しては、道悪が想像した以上に堪えた、ってことかしらね?」
当然の疑問だったので口にすると、スーちゃんが呟くようにして答えてくれた。
付け加えると、滑って出遅れて、想定通りのレースが出来なかったこともある?
イン突きして無茶な追い上げした反動ってこともあるんだろうか。
それとも、滑った際にやっぱり何かしらの悪影響があったか。
現状の許容量以上の負荷がかかっちゃったかなぁ?
「走り自体に影響はないようだったけれど、
身体のほうにはダメージが残ってしまったのかもしれないわ。
トレーニングとレースは別物だし」
「……」
「逆に言えば、それくらいしか理由が考えられない」
スーちゃんの言葉に、研究所の人も、消極的にではあるが同意した。
ああもう、完全に自分のせいじゃん。
このやり場のない思い、どこに向けたらいいんだろう?
じゃあ何かい? 俺は良バ場専用機ってことかい?
雨が降るかどうかなんてそのときになってみないとわからないし、
雨だからといって、その場で出走取消だなんてことできないしさあ。
雨が降ったら、意図的にセーブして走るしかない?
この先、バ場が悪化しないことを祈れってこと?
そんなあ……
どうやら俺は出走する毎回ごとに、てるてるぼうずを作るしかないようです。
昼過ぎ、普段よりもだいぶ早い帰宅である。
研究所のスタッフも、スーちゃんの考えに全面的に同意して、
向こう1週間はトレーニングをしないで様子を見ようということになった。
症状が完全になくなればいいが、それはそのときになってみなければわからない。
最悪、寛解と増悪を繰り返すこともあるそうだ。
これもどうなるかは、その都度判断するしかないんだって。
「……はぁぁ」
考えるだけでため息が出てしまうが、今から落ち込んでいても仕方がない。
良くなってくれることを祈るとしよう。
部屋に戻り、制服姿のままベッドに腰を下ろすと、
携帯に着信のサインが点灯していることに気付いた。
病院と研究所で、マナーモードにしてたままだから、気付かなかったのか。
どれどれ?
新着メッセージが3通あります
まずは1通目。ルドルフから。
午前8時39分受信。
『始業時間になっても来なかったと聞いたから、何事かと思ったよ。
仔細はお婆様から聞いている。お大事に。くれぐれも無理はしないよう頼む』
朝、ルドルフとは一緒に部屋を出たが、朝食を摂った後は
そのまま生徒会室に行くというので、そこで別れたきりだった。
どうやらスーちゃんから連絡が行っていたようだな。
時間からして、始業のHRのあと、1時間目との間の時間に送って来たらしい。
簡潔な文面だが、これは相当にやきもきしていたに違いない。
症状をしっかり伝えていなかったこともあるし、
あとで土下座する勢いできちんと説明しなきゃいけないだろうな。
いつもの釘をさしてくるのも忘れていない。
『いま帰宅した。診断結果は異状なしだけど、後遺症の一種じゃないかって話。
とりあえず当面は運動禁止だって。残念』
返信はこんな感じ。
続いて2通目。スターオーちゃんからか。
午前10時35分受信。
『リアン先輩、今日はお休みしたって聞きました。
レースの疲れですか? 体調お悪いんでしょうか?
心配です、お返事待ってます』
相変わらずの良い子や。というか、耳聡いね。
学年もクラスも違うのに、どこから聞いたんだか。
どうやらスターオーちゃんの周囲には、よく鼻の利く情報通がいるようだ。
この受信時間だと、中休みにでも情報を仕入れたんかな。
俺としては、自分のことは当然だけど、君の故障のことも心配です。
『帰宅なう。足の違和感で一応念のために病院行って検査してもらってきた。
結果は異状なしだけど、ちょっと問題があってしばらく運動は禁止だって。
体調のほうは問題ないよ、大丈夫』
数日の間はいいだろうけど、それ以降もトレーニングしてないってことが
知られたら、あの子のことだから猛烈に心配するだろうからね。
先手を打って、明かしてもいい情報は明かしてしまおう。
それでも心配はするだろうが、先にカウンター入れておくか。
『スターオーちゃんこそ心配です。
人の振り見て我が振り直せ』
これでよし。
最後に3通目。……シリウスじゃんか。
あいつも俺の欠席聞いたのか?
午前10時36分受信。スターオーちゃんとほぼ同時刻。
『皆勤賞消えたな』
……うっせいやい。
わざわざそんなこと、メッセで入れてくるんじゃない!
そもそも入院休学してるんだから、すでに消えてるっての。
でもなんか悔しいから、このまま既読スルーしてやる。
ざまあみろ。
ピロン♪
と、ここで新たに着信音が。
げえっ、シリウス!?
『帰って来たなら連絡よこせ』
あいつ……エスパーか!?
なんで俺の帰宅が分かった?
そうか、スーちゃんから連絡されたって可能性があるな。
最初もルドルフと同様だったのかもしれない。
ってかあいつ、授業中のはずだろ。まだ昼休みには早い。
どうやって送ってき……さては、どこかでサボってやがるな?
ピロン♪
『優等生サマが既読スルーは感心しないな』
うっせい!
ああもうわかったよ。返信してやりゃいいんだろ!?
『サボリ魔の言うことは聞きません』
ピロン♪
『誰がサボりだ。教室にはちゃんといるぞ』
『授業中に携帯弄ってるってこと? 引くわ』
ピロン♪
『褒めるな、照れるぜ』
やかましいわ。誰が褒めたか。
授業は真面目に受けやがれ。
もういい、あとは無視だ無視!
はあ~っ、やれやれだ。
脱力してベッドに横になる。
「……ふあ」
そういえば、夕べはほとんど寝てないことに気が付いた。
あくびが出るのとともに、睡魔が襲ってくる。
昼食まだだから腹も減ってるけど、今は睡眠欲のほうが上だ。
着替えてもないけど、いいや、寝てしまおう。
「……zzz」
俺は瞬時に、眠りへと落ちて行った。
数日後、今回の事態は脚部不安発症として、世間に発表される。
同時に、今後の予定やローテについても、白紙とされた。
「というわけで、本日からC組の一員となる、ファミーユリアンさんだ」
今日から俺もC組に転籍。
喜ばしいことに、またルドルフと同じクラスになれた。
そのルドルフの紹介で、みんなの前に立っている。
「といっても見知った顔が大半だろうから、心配は無用だな」
「そうだね」
お互いにくすっと笑い合う。
入学時は同じクラスだった面々が多いしね。
教室内を見渡してみると、まず目についたのがニシノライデンちゃん。
彼女はこちらに、満面の笑みを浮かべて手を振ってきているので、
俺からも振り返してあげた。
あとは、ティアラ路線で鎬を削った両バ、ソロンちゃんとやべーやつローマンもいるし、
マッハとパレードの幼馴染コンビとも目が合った。
ビゼンニシキとハーディーちゃんもいれば完璧だったんだがなあ。
2人とも引退して田舎に帰ってしまった。
「でも一応は自己紹介を。こほん、ファミーユリアンです。
改めましてみなさん、よろしくお願いします」
「よろしく~」
「こちらこそ~」
頭を下げた俺に対し、温かな声と拍手が送られた。
今回の『ファミーユリアンちゃんについて語るスレ』のコーナー
(ファミーユリアン、脚部不安)
:あああああ
ファミーユリアン脚部不安、今後は白紙
https://www.umamusumenews.com/********
:恐れていたことが起きてしまった……
:やっぱり足元弱いのねリアンちゃん……
:あのほっそい体と足だしなあ
:まあこればっかりは、な
優れたスピードは諸刃の剣なのよ
:故障したってわけじゃないのよね?
クラシックには間に合う?
:わからん
:シービーだって三冠後、脚部不安だって言って
1年近く休んでたしなあ
:俺の大本命が……
:デビューまで1年以上待ったんだ
俺はいくらでも待てる
:そうだ、焦らないで治してくれ
:復帰できる頃には、本格化も始まってるかな?
:そうなるのが理想やな。がんばれ!
(クリスマス企画のクオカード届く)
:わい297番、クオカード届いたで
:おお、来たのか
:297番よ、画像はどうした?
:ちょっと待ってな
:はよ
:wktk
:おまたせ
デビュー戦
https://www.*******
葉牡丹賞
https://www.*******
:うおおお、かっこいい!
:やはりゴールした瞬間の写真か
:葉牡丹賞の真っ黒具合よ
:勝利の勲章だぜ
:ちょっと待って?
ずっと500円券だと思ってたけど、よく見たらこれ5000円じゃない?
:マジだ
:両方そうじゃん
:297番さん?
:わい297番、そうだよ。
俺もそう思ってたからびっくりした
:すげぇ、リアンちゃん太っ腹だな
:太っ腹ってレベルじゃねーぞ!
:改めて、欲しかったなあ
いや、絶対使わないし使えないけど
:初期メン以外の当選通知って来てるん?
:まだだな
:「当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます」
だから、当選者にはそのうち送られてくるんじゃね?
:スレ民に当たったかな?
ちなみにみんな応募したの?
:もちろん
:欲しいからファンクラブ登録しちゃったぜ
:なんかキテルー!?
https://www.*******
:うおおおお!?
:いいなあ
:やったな、おめでとう
:297番さんじゃないけど、家宝にするよ
ありがとう!
上げて落とすのは常套手段……(ぇ
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征