そ~っと、そ~っと……
えー、現在、早朝4時でございます。
ルームメイト殿を起こさないように慎重に起き出して着替え、
寮の外へと出てきた。
完璧超人に見える皇帝陛下も、実は朝が弱い。
彼女の唯一と言ってもいい弱点だ。
知識として知ってはいたが、事実なんだと確認した。
実際、目覚ましを何個も用意していたので、朝弱いのと聞いたら、
恥ずかしそうに頷いていた。
流れの中で、そうなんだ、じゃあ俺が起こしてあげようかと言ってみたら、
飛び上がらんばかりの勢いで喜んでいたな。
俺は別に朝弱くないし、目覚ましかけておけば問題なく起きられるから。
それからというものの、俺の1日は、ルームメイト殿を起こすことから始まる。
なので、今日も普段の起床時間である7時よりは前に戻って、
シャワーを浴びて、身支度を整えてからルドルフを起こさなければならない。
確か、この秘密を知っているのはエアグルーヴだけだったはず。
まだ彼女のいない状況では、肉親以外では俺だけというわけだ。
ルームメイト特権というわけだな。悪くない。
「それじゃ、始めますか」
この時期この時間では、外はまだ完全に真っ暗だ。
肌寒さも感じつつ、軽く体操から行こう。
そう。早朝のランニングだ。
選抜レースで痛感した実力不足。
これを補うには、学園での通常のトレーニングでは足りないと判断し、
自主的にトレーニングを追加することにした。
具体的に言うと、こうやって朝の早い時間に走って、スタミナを鍛える。
スプリント適性は皆無だとわからされたから、
だったらスタミナをつければ、長距離のレースならもっと戦えるんじゃないの、
という理屈である。
かのミホノブルボンを鍛え上げて強くした調教師曰はく、
『スピードは天性のものだが、スタミナは鍛えれば身につく』だそうで、
実際に、短距離気質だったブルボンを二冠に加え、菊花賞2着にまで育てたんだから、
その理論は正しかったということなのだろう。
もちろん、そんなハードトレーニングに耐えたブルボンの頑強さがあってこそだが。
俺にそれができるか?
いや、やらねばならない。
やらなければ、トレセン学園にいられなくなる。
放課後も、通常のメニューにプラスして、学園の坂路を
多く使わせてもらえないか交渉するつもりだ。
ブルボンも、他厩舎の馬が登坂を3回で終えるところを、
4回5回とやっていたという話。
継続できれば、俺のほうが一足早く、
『坂路の申し子』と呼ばれることになるかもしれないね?
正直、いきなりトレーニング強度を上げるのは不安しかない。
ならばいくらかでも知識をつけてからにしようかとも思ったんだけど、
悠長にそんな勉強している時間的猶予はないと判断した。
選抜レースであの体たらくだと、いつ処分が下ってもおかしくないもん。
一朝一夕の知識でどうにかなるとも思えないしな。
「よし」
準備運動もそこそこに、俺は走り出した。
そんなこんだで、自らハードトレーニングを課して数日。
「リアン?」
「……え?」
「手が止まっているぞ。どうした?」
朝食の席で、向かいに座っているルドルフから声がかかった。
遺憾ながら、声をかけられていなければ、
彼女から注視されていることにすら気付けていなかった。
「な、なんでもない」
「そうか?」
慌てて誤魔化すが、誤魔化しきれたものではない。
現にルドルフの表情は険しかった。
「君はいつも少食だが、この数日、それ以上に減っている。
しかも、なんだかやつれていないか? 頬がこけて見える」
「………」
事実だけに反論できない。
もともと男性としても、食事量はそこまで多くなかった俺。
転生してウマ娘となってからもそれは同様、いや、ウマ娘であるからこそ、
量の少なさは際立ってしまうようである。
オグリやスぺといった怪物はまた別物だが、
目の前の皇帝陛下もそれなりに食う。
現に、彼女の前のテーブル上には、並の人間なら、
2、3人前というメニューが並べられていた。
「だ……ダイエット、というのはどうだろう?」
「笑えない冗談だな。君の体形で必要だとは思えない。
むしろもっと食べて大きくするべきだろう」
「デスヨネー」
苦し紛れの言い訳も通用しない。
紛れるどころか、さらに悪化した。
ああ、そうだよ。
無茶なトレーニングが祟って、いろんな弊害が出てきてしまったんだよ。
まずはこうしてルドルフに咎められているように、食事面に関してだ。
通常なら、運動量が増えれば、比例して食事量も増えると思うだろう?
でも疲れのほうが先に出てしまって、食欲がいまいち湧いてこないのだ。
この身体、運動すると体重に直で効いてくるらしく、
小学校の体育でちょっと走った後でも、1キロ2キロは平気で減っていたからな。
カロリー変換効率が良いというのか、逆に燃費が悪いというべきか。
だから、食事量が減るとなれば、当然連動して体重も減る。
俺みたいな小柄な体躯での数キロは、それはもう目立つだろう。
第2の問題は、寝不足だ。
早朝にトレーニング時間を作る、睡眠時間を削る、寝不足という3連コンボ。
そのうえ疲労はどんどん蓄積される。まさに悪循環の見本市。
本当に、ここまでダイレクトに響いてくるとは思わなかったよ。
俺の身体はここまで脆かったのか。
ウマ娘の肉体というものを、過信しすぎた。
それとも単純に、未成熟だからということだろうか。
社会人になりたての頃は、一徹二徹くらい屁でもなかったが、
若すぎる肉体というのも考え物だ。
「リアン、何か隠しているだろう?
放課後に通常のメニューに加えて、坂路を走っていることは聞いているが」
「……」
幸い、早朝トレーニングに関しては、皇帝陛下にまだバレていない。
陛下の朝が弱いことに感謝である。
放課後のことは、ほかのウマ娘たちの目もあるし、隠し立ては不可能。
ルドルフ自身はもうチーム所属になったも同然で、練習も
チームのほうで行っているようなので、自身で直接確かめたわけではないのだろう。
「頼むから、無理だけはやめてくれ。
私からの切実なお願いだ」
「……うん」
とりあえず頷いてはおいたが、厳しい表情から、
一転して心配げな顔になった彼女を直視できない。
ごめん、それは約束できないよ。
その『無理』を押し通せなければ、俺はここを去らねばならないのだから。
「ところで」
「……?」
彼女の声色が、今の今までとは打って変わって、不自然なくらいに明るくなった。
伏せていた視線が、つられて上がってしまう。
「今日の放課後は、トレーニングを早めに切り上げて、
部屋に戻ってきてくれないか?」
「へ? な、なんで?」
「そう警戒するな。悪いことというわけじゃない」
「………」
ルドルフはそう言うが、ここまでの流れで、警戒するなというのが無理だ。
微笑みを浮かべているのも気になってしまう。
第一、おまえだって練習があるだろう?
「私も今日は早めに上がらせてもらう約束なんだ。
だから、頼むよ」
「……わかったよ」
外堀は既に埋まっていた件。
ああもう、わかったよ。早く帰ればいいんだろ、帰れば。
仕方ない、今日は坂路を1本だけにするか……
「……ナニコレ」
で、放課後。
トレーニングを早めに終わらせて、帰宅した俺の第一声がこれだ。
「待っていたぞ!」
ルドルフは俺よりも先に帰っており、満面の笑みで出迎えた。
室内に所狭しと並べられた、大量の衣服と共に。
「さあ始めようか!」
「いや、ちょ、待っ……いったい何を!?」
いったい何が始まるんです?
大惨事大戦だ!(爆)
……少なくとも、俺にとっては本当に大惨事だったよ。
なんせね……
ルドルフが持ってきたという大量の服、彼女が言うには彼女のおさがりらしいが、
それをとっかえひっかえ俺にあてがっては、次々と着せていくんだからな。
あまりの事態に、俺は呆然と突っ立っていることしかできなかったよ……
「これも似合うな!」
「……あのさ」
「なんだ?」
「どこからこんなに持ってきたの? というか、なんなの?」
スーパーハイテンション状態のルドルフに、どうにか尋ねることができた。
ゴスロリ系とか、かわいいものばかりが目立つのは、君の趣味かね?
君が好んでこんな服ばかり着るとは思えないが。
ゲーム中の私服も地味目のものだったし。
「もちろん実家からさ。
実家に連絡して、適当に見繕って送ってもらった」
「こんなに服持ってたの……」
「中には1度も着ていない服すらあるぞ。
もらいものばかりだから、捨てるのは忍びなくてな」
なーる、そういうことですか。
忍びないのも事実だろうけど、好みじゃないのもあるな絶対。
「で、どうだ、感想は?」
「どうだと言われても……というか、本当に何なの?」
「鈍いな。この前、君の誕生日を聞いただろう?」
「誕生日? ……あ」
「私からのプレゼントだ。このまえ見てしまったが、
手持ちの服があまりに少なそうなんでな。
勝手ながら用意させてもらった。お古もあるのは許してくれ」
「あー……」
ここでようやく、聞きたかった答えが返ってきた。
そういえばそうだったな。
このバカ騒ぎの原因は、そうか、4月24日、今日か……
それでもって、服、というわけね。
この前のことって、あれだよな?
俺が寝ぼけてルドルフに着替えまでさせてもらった、ってやつ。
そうか、タンスの中身まで見ちゃったか。そりゃそうだよな。
あれだけ空きスペースがあれば心配にもなる。
恥部を見られて恥ずかしいというより、逆に、
お目汚ししてしまって申し訳ないって思えてくる。
「なんだかあんまりうれしそうじゃないな」
「あ、いや、祝ってもらえるのはうれしいよ、もちろん」
俺の反応が薄いもので、再びションボリルドルフが降臨しかかった。
違う、そうじゃないんだよ。なんというか、な……
「ええと、ほら、孤児だって話、したでしょ?
今でこそ4月24日が誕生日だってことになってるけど、戸籍上そうだってだけで、
本当に生まれた日ってわけじゃないからさ」
「……そうなのか」
「うん。孤児院の前に捨てられてて、拾われた日がそうだっていうだけ。
だから、自分の誕生日っていう実感が、昔からなくてね」
加えて、中身が転生者な分、余計にそうだ。
まさしく自分のものだという気がしない。
「……ありがた迷惑だったか」
ああ、俺の不徳のせいで、結局ションボリルドルフになってしまわれた……
だからいま言ったとおり、祝ってくれるのはうれしいし、
気持ちが大事だからそんなに落ち込まないでおくれよ~!
「すまない。また私の独り相撲だったようだ……」
「いやいや! 謝ることなんてないし、
さっきも言ったけどうれしいよ。うれしいから!」
「そうか? ならいいんだが……」
必死に取り成して、機嫌は何とか直ったようだ。
消えていた表情が戻り、しなだれていた耳もしゃんと立った。
ああもう面倒くさいやつ。
皇帝陛下がこんなに感情の起伏が激しいとは思ってなかったよ。
そういえば、史実のあなたは気性難で有名でしたね。
『ライオン』なんてあだ名付けられてたの、知ってますよ。
「では、ぜひ貰ってくれ。着てくれたほうが服も喜ぶと思う」
「はいはい、いただきますよー。ありがとね」
「どういたしまして」
ここまで言われて、拒否するほうがどうかしている。
というか、断れるわけがない。
決して、自分の趣味に合わない服を、
誕生日プレゼントにかこつけて押し付けたなんて思わないから、安心しろ。
しかし皇帝陛下のあの嬉しそうなお顔ったら。
落ち込ませかけておいてなんだが、こっちまでほっこりしてくるよ。
彼女としては、丸く収まってめでたしめでたし、という感じか。
問題があるとすれば、俺の趣味にも合わないってこと、それと……
「ねえルドルフ。ちなみに、この服たち……何歳のときのもの?」
「確か、8歳か9歳くらいのだったかな」
「………」
やっぱり、俺の身体は小さすぎるってことだな!(泣)
こう見えましても、俺は本日、13歳になったのです(大泣)
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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