10月に入って早々。
今月の選抜レースが終わって、すぐのことだった。
ルドルフから再び生徒会室に来てほしいと言われたので、
今度は何を言われるのかと戦々恐々しながら行ってみると……
「ファミーユリアン先輩、ありがとうございましたっ!」
「へっ……?」
部屋に入るなり、大声でお礼を言われた。
もちろんルドルフからというわけじゃない。
ヤツは自分の執務机に着いたまま、こっちを見つつニヤニヤしているからな。
お礼を言われた相手をよくよく見てみたら
「……トウショウファルコちゃん?」
「はい!」
この間の相談室で話を聞いたもう1人のファルコ、
トウショウファルコちゃんではないか。
「生徒会に無理を言って、お礼を言わせてもらいに来ました」
ニコニコ笑みを浮かべているファルコちゃん。
はて? 何に対しての礼だ?
「実は私、今回の選抜レースで1着になることが出来まして、
スカウトも来て受けさせていただくことになりました」
「え、そうなんだ? おめでとう」
「はい! それもこれもすべてファミーユリアン先輩のおかげです。
改めてお礼を言わせてください。ありがとうございましたっ!」
そう言って、深々と頭を下げるファルコちゃん。
いやー、もともと未勝利で終わるような器ではないんだし、
俺はほんのちょこっと、背中を押してあげただけに過ぎないよ。
聞きかじりもいいところの知識だったわけだし、努力したのは君なんだから。
「ちなみに、どういうアドバイスをしてもらったのかな?」
自席でニヤニヤしていたルドルフがこっちまで歩み寄ってきて、
笑みを浮かべたまま話に入ってきた。
「参考までに聞かせてもらってもいいかい?」
「はい会長。先輩のアドバイスに従って、練習にハードル走を加えてみたんです。
なかなかパワーが出ないんですって相談したら、膝下の筋肉を
意識して鍛えてみるといいよって、バランス良くなるよって言ってくれて」
「ほう、興味深いな。
効果のほどは、聞くまでもないか」
「もう信じられないくらい覿面でした。
始めて1ヶ月もしないうちに、自分の走りのバランスが良くなったって、
十分すぎるほど実感できたんです!」
興奮気味に話すファルコちゃん。
ルドルフのニヤニヤ度合いが止まらない。
……横目でこっち見るのやめてくれる?
「タイムも格段に伸びてくれて、これならって思って
選抜レースに出てみたら、まさかまさか勝てるなんて……うぅっ……」
「だ、大丈夫?」
「は、はい……すいません……ぐすっ……」
興奮するあまり、あるいは、勝利した瞬間を思い出したのか、
思わず感極まってしまったファルコちゃん。
涙でいっぱいになってしまった目元をぬぐう。
「ですので、ファミーユリアン先輩は私の大恩人です!
本当に、本当にありがとうございました!」
「どういたしまして」
もう1度、ぺこっと大きく頭を下げたファルコちゃん。
成功してもらえたのならうれしいし、曲がりなりにも、
その一端を担えたというなら、これ以上の喜びはない。
「これに満足せずに、引き続きがんばってね」
「はい、もちろんです!
デビュー戦が決まったら、お知らせしますね!」
素直に頷くファルコちゃん。
原作ではG1に手が届かなかったけど、このまま努力を続ければ、
もしや、と思わせてくれるくらいの良い笑顔だった。
「何事かと思ったよ」
「それはこちらのセリフだ」
ファルコちゃんが戻っていった後も生徒会室に留まり、
ルドルフと並んでソファーに腰かけ、淹れてもらったお茶をすする。
「彼女が喜び勇んでやってきて、
君に会ってぜひともお礼を言いたいというのでね。
唐突なのはすまなかった」
「いや、ルナの頼みなら聞くからいいんだけど。
内容によっては嫌な顔するかもだけどね」
「門前払いされないだけありがたいな」
朗らかな笑みを浮かべながら言うルドルフ。
いやいや、俺がおまえのお願いを聞かないなんてありえないから。
シンボリ云々関係なく、親友の頼みを断れますか。
「詳しいことまでは聞いていなかったから、
そこまで具体的にアドバイスしていたとは思わなかったよ。
どこで身に着けたんだ? お婆様からか?」
知識の出所をルドルフはスーちゃんだと踏んだようだが、違うんだな。
実は彼女、理論派のように見えて考えるよりも慣れろという精神論寄りで、
こういうことだからこういうトレーニングしますよって説明はあまりしない。
菊花賞に臨む前のトレーニングのような、詳細を話してくれるほうが珍しいんだ。
俺も、スーちゃんのことを120%信頼しているので、
いちいち根掘り葉掘り聞き返したりもしないし。
それで今まで成果も上がってるんだから、それでいいじゃない。
天才にありがちな感覚的なタイプなんだろうな。
もちろん様々なトレーニング論は熟知しているだろうし、
宝塚の時にわかったように、色々なデータを溜め込んでもいる。
競技者として大成功し、指導者としても実績を挙げた。
つくづくすごい人だと思うよ。
「ほら、脚部不安で走れない時期があったじゃない?
暇だったから、図書室でいろんな本を読んでたわけだよ」
「なるほど、そのときに身に着けたのか」
知識を得た過程を話すと、納得した様子で頷くルドルフ。
そしてこんなことを言い出す。
「リアンも良いトレーナーになれそうだな。
引退後はその道を志してみるのもいいんじゃないか?」
「えー? 私がトレーナーに?」
「ウマ娘でトレーナーというのも珍しいし、
君がお婆様に続く存在になってくれるとうれしいな」
何を言い出すのかと思えば……
そんなの無理に決まってるだろ?
「無理無理。トレーナー試験って東大並みに難しいんでしょ?
ほんの一部のトレーニング論だけ知ってても意味ないだろうし、
私そこまで頭良くないよ」
「常にベストテンに入っている身で、よく言うね」
「いやいや、そういうレベルの話じゃないでしょうに」
……そんな感じで、しばらく時間を忘れて、
ルドルフとの他愛のない会話を楽しんだ。
今度の週末が秋の天皇賞だ。
懸念だった俺の調子はどうなのかと言えば……
とりあえず、最悪の状態は脱したかな、という感じ。
オールカマーの時よりは良くなっていると思う、うん。
あんまり自信ないけど。
追切のタイムも良くなってるし、確実に良化はしてると思うんだけど……
スターオーちゃんは相変わらずで、ほとんど喋れてないし、
調子が上がっているという実感がまるでない。
俺ってこんなに寂しがり屋だったのかと、今更ながら自分の性格に驚くばかりだ。
これにはスーちゃんもお手上げ状態で、色々なことを試してくれたんだけど、
劇的に変わるというところまでには至っていない。
まあそもそもが一般庶民なわけだし、
プロアスリートの精神力を求められても困ってしまうわけだが。
そんな折、いつものように携帯で自身のスレを覗いていたら、
気になることが書かれているのに気づいてしまった。
「『秋の天皇賞では1番人気が勝てない』……か」
スレ民のデータ班によると、シービー先輩が勝つまで18連敗だったそうだ。
が、それも昔の話で、前述のとおりシービー先輩は勝利したし、
史実では負けたルドルフもこちらの世界では圧勝。
去年はニッポーテイオーが1番人気で快勝している。
18連敗のあとは3連勝なので、秋天あるある今昔物語として、
そんなジンクスなどもはや存在しないと、スレ内では盛り上がった様子。
今年は俺が1番人気だろうと踏んだうえで、
俺が不調なのもあって、不穏な話が出てきたのだと思われる。
「あんまり良い気はしないけど、まあ気にしないのが1番だな、うん」
気にしたら負けだ。
青葉賞のジンクスを打ち破った俺なら大丈夫。
……と、信じたい(十分気にしている
それよりも、心配なのはスターオーちゃんだ。
相変わらずな様子なのもそうだし、なにより……
かなりきついトレーニングを課して、自分を相当に鍛えているらしい。
前哨戦に出なかったのも、レースそっちのけで訓練していたからだとかなんとか。
春天、宝塚と連敗し、特に宝塚は惨敗と言っていい内容だったから、
鍛え直そうというのはわかるんだけど、必要以上に追い込んでしまってないか心配だ。
身体が強いほうじゃないから、故障の再発が怖い。
まあ、ジンクスの話じゃないけど、気にしすぎるのも良くない。
自身の調子が良くないだけに、他人の心配してる場合じゃないってな。
故障の話は俺にも当然当てはまるわけだし。
スズパレードちゃんにも言われたじゃないか。
そのスズパレードちゃんは、オールカマー後の具合がよろしくなく、
天皇賞は回避となってしまった。残念だ。
ジャパンカップで再戦しようって言っておいたよ。
「……っとと、いけね、時間だ」
ジャージに着替えて、少し時間を持て余したからネットしてたんだけど、
気付けばもうトレーニング開始時刻が迫っている。
こりゃスーちゃんがお待ちかねだぞ、急がないと。
「急げ~」
携帯をロッカーにしまってカギをかけ、小走りに駆け出す。
さーて、最終追切だ。
このひと追いで、また変わってくれるといいんだけどな。
『秋の天皇賞、パドックです。
出走13人、内枠から順に見てまいりましょう』
内側の枠番から順番に紹介されていく出走バたち。
『1枠1番サクラスターオー、現在2番人気です。
かなりハードなトレーニングで仕上げてきたそうですが、どうでしょうか』
『相当に鍛え上げたようですね。昨年の有馬のときと同等か、
もしくはそれ以上にも思えます。究極を超えた極限といった感じでしょうか』
陣営のコメントと同様、解説者の見立ても120%の出来ということで一致した。
スターオーの執念は実を結ぶか。
『3番人気、4枠5番ダイナアクトレスです』
『5枠8番マティリアルです』
間の数人の紹介を経て。
『さあ主役の登場です。天皇賞春秋連覇を狙います
6枠9番ファミーユリアン、堂々の1番人気ですが、
状態はどう見ますか。復調しているでしょうか?』
リアンが登場し、おなじみの横断幕もカメラにフォーカスされる。
注目されるのは、伝えられている不調が改善したのかどうか。
『追切の動きからもわかりますが、一時期の状態からは脱したようですね。
しかし、まだ本調子ではないと思います。5割6割の出来でしょうね』
『半分強くらいの出来、と。
当然、走りに影響は出ますよね?』
『もちろん。ですが彼女の地力は、まともに走れば1枚も2枚もうわ手ですから、
これくらいの出来でも普通に勝ってしまうことは普通にあるでしょう』
『それこそ、前走オールカマーでは不調でありながらのレコード勝ち』
『ええ。ですので、1枚も2枚もうわ手と申し上げました』
もはや完全に別格という扱い。
不調でもレコードで駆けてしまう実力は、人々の驚愕の的となった。
『7枠10番、シリウスシンボリ、4番人気です。
前走の毎日王冠のパドックでは、盛大にやらかしてしまった彼女ですが……
今日は大人しいですね。さすがに注意されたのかもしれません』
『ええ、さすがに、ねぇ』
シリウスは前走、毎日王冠のパドックで、とんだ事件を巻き起こしていた。
突如として踊り出した挙句、近くにいたダイナアクトレスと
レジェンドクイーンに手足が当たり、レジェンドクイーンは鼻から出血して発走除外。
ダイナアクトレスも調子を狂わされたか、5着に敗れる結果となった。
レース後にトレーナーを交えて話し合ったらしいが、阿鼻叫喚の図だったらしい。
シリウス自身はどこ吹く風で2着に好走したから、余計に話がこじれたようだ。
それはともかくとして、出走13人のお披露目は終わり、
本バ場入場、発走へと向かっていく。
「……」
地下バ道の途中で、スターオーちゃんが立ち止まっている。
何をするでもなく、ただジッと佇んでいるだけ。
どうしたんだ、とは思ったが、その後ろ姿だけでも
なんか触れられない、触れてはいけないような何かを強く感じて、
声をかけるのも躊躇われた。
これまでのこともあったしな……
他の子たちが次々と横を通り過ぎていく中、
スターオーちゃんと俺だけが地下バ道に残される。
「……」
そうこうしているうちにスターオーちゃんが歩き出したので、
ホッとして、ある程度の距離を置いて俺も歩き出す。
いかんなあ……
大レースとはいえ、今まで何回もG1には出てきているのに、
俺のほうが雰囲気に飲まれてしまいそうだよ。
どうしたものかなあ……
『第98回天皇賞、まもなく発走を迎えます。
展開予想をお願いします』
『はい。ファミーユリアンが逃げます。これは間違いありません。
おそらくは58秒台前半、ひょっとするとそれ以上のペースで逃げるかもしれません』
『となると、超ハイペースは必至ですね?』
『そうですね。2番手にはレジェンドクイーンが付けるでしょうが、
どれぐらい離れた2番手になるか。5バ身、いやもっとでしょうかね。
ダイナアクトレスとサクラスターオーは中団でしょう』
『シリウスシンボリはどうです?』
『この子は読めませんねぇ。3番手も、最後方もあります。
いずれにせよファミーユリアンが最後の直線に向いた段階で、
どれぐらいのリードを取っているかが見ものです』
『彼女はそこからさらに伸びますからねぇ』
『ええ。最悪の状態は脱したようですし、期待しましょう』
『予想タイムは?』
『1分57秒台』
『57秒台!? となると、日本レコードでの決着となりますか。
ファミーユリアン、7個目の日本レコード濃厚と申しておきましょう』
ここまで話したところで、満員の観客から歓声が上がる。
『スターターが台に向かいました。天皇賞のファンファーレです!』
多くの期待が寄せられる中、ファンファーレが鳴り響いた。
まもなく発走だ。
1コーナー先のポケット地点、ゲート後方の待機所にて、招集を待つ。
やはり異様にドキドキしてきた。
デビュー戦のときすらこんなことはなかったのに、なんだこれ?
……落ち着け。落ち着くんだ俺。
何も考えず、いつも通りに走ればいいだけだ。
いつも通り、いつも通り――
「………」
そんな折に、ゲートを鋭い視線で見つめているスターオーちゃんの姿が、
目に入った。入って、しまった。
「ッ……!」
瞬間、言いようのない衝撃が全身を駆け巡っていった。
同時に、猛烈な不安感に襲われる。
だって彼女、すごい表情だよ?
今なら視線だけで猛獣をも射殺せそうだよ。
アニメでのスぺを目標にしたグラスなんて比じゃない。
あれどころじゃない、常軌を逸したオーラを放っている。
「……ぅ……」
声も出せない。け、気圧されてる……!?
圧倒的なプレッシャーに、冷や汗が噴き出てくる。
震えすら起こってきそう。
ほ、他の子たちはなんで平気なんだ?
みんな平然としてるけど……
どうして俺だけ――
「時間です。ゲート入り始めてください」
発送時刻を迎え、招集がかかった。
1枠1番のスターオーちゃんが真っ先にゲートへ向かう。
――ゾクゾクゾクッ……!!
「っ……」
文字通りの寒気に全身が震え上がった。
な、なんなんだよこれは……
見ちゃいけないとは思うものの、見なければとの思いに駆られる。
視線を外せない。
「9番、入って」
「……」
「9番?」
「………」
招集がかかっているのに、身体が動かない。
本能的にゲート入りを拒否している。
馬じゃないんだから、アニメでマックちゃんがゲート入りを渋っているのを見たとき、
何やってるんだとか思ったものだけど、自分が当事者になるとは……
「失礼、押しますよ」
「……ぁ……はい」
係の人に押されて、どうにかゲートの中へ。
セイウンスカイがやられたっけなあとか、
どこか他人事のように思いつつ、態勢の完了を待った。
「………」
待っている間に、なんか頭の中がぼ~っとしちゃって。
先ほどまでと比べれば幾分かマシにはなってきたけど、
依然強い何かに付きまとわれているような感じ。
あー……
早くゲート開かないかなあ……
――ガッシャン
「――っ!!!!」
しまっ――
「っく……!」
『おやファミーユリアンどうしましたか、ゲート入りを渋っています』
『珍しいですねぇ。
彼女がこんな仕草を見せるのは初めてですかね』
どよめきが観客たちから起こる。
いつもはすんなりゲートに収まるのに、今日に限ってなぜ?
という空気が場内を支配した。
これが、このあと起こる大事件の序章だったとは、誰も気づけなかった。
『係員に押されてファミーユリアン入りました』
『あとは枠入り順調です。態勢完了』
『第98回天皇賞、スタートし――ああっとファミーユリアン出遅れ!
ファミーユリアン完全に出遅れてしまったぁ!』
スタート直後、どよめきは大きな悲鳴に変わった。
なんと圧倒的な1番人気、
それも強力な逃げウマ娘が出遅れてしまったのだから無理もない。
ひと呼吸遅れてスタートしたリアンだが、当然最後方となる。
『そしてそして先頭にはサクラスターオーが立っています!
大きなどよめきが起こる東京レース場!』
そして気付けば、どういうわけか先頭にはサクラスターオーがいる。
しかも、後続をぐんぐんと引き離していくではないか。
『なんとなんとサクラスターオー先頭で逃げていく!?
早くも2番手レジェンドクイーンに5バ身のリード。
さらに広がっていきます!』
もはや観客たちは、驚きを通り越して困惑していた。
いまだ響き続けているどよめきが、その大きな証拠である。
『先頭サクラスターオー。7,8バ身離れてレジェンドクイーン2番手』
『3番手11番、続いてフリーラン、シリウスシンボリ5番手、
ダイナアクトレスその後ろ、そのあと数人固まって……
さらにその後ろ、先頭から15バ身といったところにファミーユリアン、
最後方追走です』
『サクラスターオーの意表を衝く大逃げ!
果たしてこれは作戦なのかどうか。まもなく1000mを通過』
『58秒2! 1000mを58秒2で通過しました。
ハイペースで飛ばしますサクラスターオー!
ファミーユリアンのお株を奪う走り!』
3コーナーに差し掛かるあたりで、観客たちもようやく事態が呑み込めてきた。
といっても、本来逃げるべきファミーユリアンが
代わりに逃げているのが、脚質的に似ても似つかないスターオーだということぐらいか。
いまだ観客たちのざわつきが収まらない中、
レースは大欅の向こうを過ぎ、佳境へと突入していく。
……やらかした。
やらかした。
やらかした。
やらかした。
最後方を追走しつつ、脳裏に浮かんでくるのはそんな言葉ばかり。
まったく集中できてなかった。完全に意識が飛んでた。
あんな状態でスタート合わせろっていうのが土台無理な話。
下手すると、ゲートが開いたことにすら気付かなかったかもしれない。
自己判断での過度なトレーニングが祟っての骨折と並んで、
ウマ娘人生での最大級のやらかしと言っても過言ではない。
これはレース後、ファンの皆様に土下座でもしなけりゃいけないな……
なんて冗談はさて置き。
やってしまったことはもう取り返しがつかない。
ならばここからどうするか?
すでにレースは半分を過ぎ、動くならそろそろ動かないと、
届くものも届かなくなるだろう。
いくら直線の長い東京といえども、だ。
しかし、早く動けば動くほど、最後の脚色は絶対に甘くなる。
前の状況は、直線だったから見通せずに全くわからん。
ペースもまるで読めない。
……ええいっ、こうなったからには特攻で行くぞ。
レースが始まった今となっちゃ、ウジウジ考えていても仕方ない。
自分から動かなければ勝機はない。
となればあとは、取るべき進路をどうするか、だ。
大外をまくっていくか、あるいは、
開くと信じて内へ突っ込むか、ふたつにひとつ。
………。
まくったれ!
コーナーの緩い東京コースじゃ、内が開く可能性は低いと見た。
おまけに、今から動くんじゃ、大外からじゃないと上がっていかれない。
残り距離は……ちょうど800を切ったくらいか。
普段よりも少し長いが、超前傾走法ちゃんよ、よろしく頼んだぜ!
「おらあああああ!!」
『ファミーユリアン動いた! 大外をまくって上がっていきます!』
明らかに1人だけ違う脚色で、お構いなしに外から上がっていくリアン。
あとのことは足に聞いてくれという感じだろうか。
数人のウマ娘を置き去りにしていく勢い。
『さあサクラスターオー先頭で直線に入った。
リードは依然7バ身くらいある!』
ここで先頭のスターオーが4コーナーを回って直線へ。
後続との差は保たれたままだ。
『スターオー逃げる! 2番手レジェンドクイーンも必死に追う。
中団以降の脚色はどうか? 横いっぱいに広がって400を通過。
おっと大外からファミーユリアンすごい脚!』
先頭2番手の態勢が変わらない中、その他の中団勢をすっ飛ばして、
大外、バ場の中ほどから、次元の違う末脚を発揮して追い込んでくる者が1人。
ファミーユリアンだった。
『ファミーユリアン、レジェンドクイーンをかわして2番手に上がった。
200を通過する。サクラスターオーが逃げる!
ファミーユリアン必死に追い込む! 今までとは全く逆の展開!』
これまで、スターオーがリアンの前でレースをしたことはなかった。
直接対決を制した有馬でも、最後の最後にかわした展開なので、
この構図を見せるのは完全に初めてということになる。
観客たちのボルテージは、この時点で最高潮に達した。
彼らの歓声は、以後、ゴール後の
実況のマイクにも地鳴りのように入り続けることになる。
『さあファミーユリアン届くか? 届くか!?
スターオーまで5バ身! 残り100! 届くか? 届くのか!?』
残り100の時点で、両者の差はおよそ5バ身。
しかし脚色ではリアンのほうが勝っており、みるみる詰まっていく。
残り50。差は3バ身。
スターオーの脚は上がりかけており、勢いは完全にリアン。
しかし……
『サクラスターオー1バ身差逃げ切りました!
ファミーユリアンわずかに届かず2着~!』
1バ身差まで迫ったところがゴールだった。
ゴール板通過後、脚色の差でリアンがスターオーをかわして前に行く。
『勝ち時計は1分58秒8! 上がり3ハロンは36秒5、4ハロンは48秒8。
秋に咲いた桜! サクラスターオーやりました!』
時計を読み上げた直後、実況も
『……っ! スターオー急に内にヨレた! 大丈夫かっ!?』
最内を走っていたスターオーが急に体勢を崩し、
内ラチにもたれかかりそうになってしまう。
ゴールしてすぐのアクシデントに、観客たちの声は、悲鳴に変わった。
届か……ないっ……!
ゴール板通過直後に実感した。
勢いの差でスターオーちゃんの前には出たけど、それはゴール後の話。
……結局やらかしのせいで負けか。
まあ全部自分の責任だからしょうがない。
でも、脚を余しての敗戦というのは、思いのほか悔しい。
最後の最後にかわされて、という負けだった有馬よりも悔しいかもしれない。
よーしスターオーちゃん、早速で悪いが、
ジャパンカップで再戦といこう。
君もこれで決着なんて思っていな――
わあああああああっ!!!
――な、なんだ!?
急に聞こえてきた大音声。
しかもこれは、歓声というよりは悲鳴……
何かあったのか!?
急いで振り返ったその先で――
今まさに、体勢を崩したスターオーちゃんが内に刺さって、転びそうになっていた。
これでは内ラチに引っかかって、下手すると大転倒――
「!! スターオーちゃん!」
瞬間、身体は迷わず反応してくれた。
急ブレーキをかけて止まり、すぐさま反転して彼女のもとへ向かう。
かわして前に来ていたとはいえ、ゴール後すぐにスピードを緩めていたから、
彼女との距離は数バ身程度しかなかった。
今にも転倒しそうなスターオーちゃんの前に立ちはだかって、
両手を広げて彼女の身体を受け止める。
スターオーちゃんのスピードも完全に落ちていたので、
幸いにして、しっかりと抱き留めることができた。
「スターオーちゃん、しっかり! どうしたのっ!?」
「……リ、リアン先輩……すいません……」
「謝らなくていいから」
スターオーちゃんの額には、大量の脂汗が浮かんでいる。
声も、蚊の鳴くようなものでしかない。明らかに異変だ。
「あ……足が……」
「足?」
そんなスターオーちゃんが、息も絶え絶えな様子で伝えてくれた自身の異変。
「左足の感覚が……ありま……せん……」
「なんだって……」
感覚がない、だと……?
史実の有馬で故障したのも、左足じゃなかったか?
瞬時に全身の血の気が引いていった。
「………」
「スターオーちゃん? スターオーちゃん!」
「………」
目を閉じて沈黙してしまったスターオーちゃん。
ガックリと脱力して、俺へ完全に身体を預けてしまっている。
呼びかけても、揺すってみても反応がない。
……くっそぉ!
「誰かっ! 早く担架を! 誰かぁっ!!」
すぐさまレース場内の医務室に運び込まれたスターオーちゃんだが、
そこでは手に負えず、即座に救急搬送となった。
その後、左足繋靭帯断裂および足首の脱臼、膝関節の粉砕骨折との診断が下り、
日常生活への復帰すら困難とされ、競走能力の喪失が宣告されることになる。
第98回天皇賞 結果
1着 1 サクラスターオー 1:58.8
2着 9 ファミーユリアン 1
3着 12 レジェンドクイーン 3
秋天の呪いはスターオーへ……
実は、有馬でこうなる構想もあったんですよ。
でもあまりにかわいそうで、早すぎるなと思い直してやめました。
結局は同じ目に遭わせてしまったんですがね(滝汗)
秋天、1枠1番、大逃げ……うっ……(´;ω;`)ブワッ
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征