転生孤児ウマ娘の奮闘記   作:しょうわ56

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第64話 孤児ウマ娘、地方を振興する

 

 

 

年が明けて早々に、うれしいニュースが2つ続けてあった。

まずひとつめ。タマちゃんに関して。

 

1月の選抜レースに出走し、後方から追い込んで2着に入った。

結果、その末脚に可能性を見出したトレーナーからスカウトされたと、

戸惑いながらもうれしそうに報告が。

 

「勝ってもないのにええんかな?」とは本人の弁。

 

そこはトレーナーさんの感性だから、良いも悪いもないさ。

彼女とよく話し合った上で、受けるかどうか決めたらいい。

 

研究所の指導を受け始めて半年ほどになるけど、

体重が少しずつではあるが増え始めて、背もわずかながらも伸びたというから、

ようやく成果が出始めてきたと見ていいのかな。

 

食べられない体質も、直接確かめたわけではないが、

普段の食事の様子を垣間見るに、以前よりは食べられるようになったみたいだ。

 

大変結構。

 

受けるんだろうなと思っていたら、報告の翌日には、

相談乗ってくれておおきになっていう感謝とともに、

受けることにしたでって笑顔で言っていた。

 

デビューまであと一歩。

がんばれタマちゃん!

 

そしてふたつめは、ファルコちゃんに関して。

 

『デビュー戦決まりました!

 来月1週目、小倉の芝2000m戦に出走します』

 

っていうメッセが届いた。

 

スカウトが去年の10月で、その時点で即戦力っぽい感じだったから、

わりと時間かかったなって印象だけど、それだけじっくり調整したってことかな?

 

ぜひとも見に行かなきゃって思ったんだけど、小倉かあ……

さすがに九州は遠すぎるよ。

彼女には申し訳ないけど、テレビ観戦で許してもらおう。

 

その旨と頑張ってって伝えたら、すぐに

『十分です。最高の報告ができるよう頑張りますね!』

っていう意気込みたっぷりの返信が来た。

 

史実ではデビュー勝ちできたんだっけ?

覚えてないというか知らないや。

なんにせよ応援してるぜ。がんばれ!

 

 

 

そして、ファルコちゃんのデビュー当日。

カフェテリアのテレビで観戦。

 

評価は6番人気と決して高くはなかったが、果敢に逃げたファルコちゃん。

後続を完封して逃げ切って見せた。

バランスの悪さなんて微塵も感じさせない、力強い走りで見事なデビュー勝利。

 

さっそく祝福のメッセを送る。

 

見事な逃げ切りだったねおめでとうって送ったら、

ファルコちゃんの返信は、火の玉ストレートでこっちがビックリ。

 

『あんなもので見事な逃げ切りなどと言われては、

 憧れの人が霞んでしまいます』

 

……だってさ。はて、誰のことかな~?(すっとぼけ)

なんにせよ慢心のかけらもなく、やる気もあるのは良いことだ。

 

そして次走に関しても、驚かされることを言い出した。

 

『今は調子がすごく良いので、弥生賞に挑戦します。

 皐月賞の権利をもぎ取ってやります!』

 

なんと格上挑戦して、皐月賞を目指すと宣言。

早くも史実ブレイクだ。果たして良いやら悪いやら。

あのルックスだし、もし勝ちでもしたら、人気出るんじゃなかろうか。

 

抽選になるかもだけど、まだ時間はもう少しあるから、

しっかり準備をして臨んでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡って、1月の半ばのことだった。

 

「地方振興、ですか?」

 

「うむ」

 

理事長室に呼ばれて出向いて行った俺に対して、

理事長はこんなことを言い出した。

 

「ファミーユリアン君に、地方のレースも盛り上げてほしいと、

 関係者たちから懇願されてしまったのだ」

 

「はあ」

 

「今やリアンさんの人気は、凄まじいものがありますからね。

 地方もあやかりたいのでしょう」

 

同席しているたづなさんも、このように言う。

 

まあ、話は分かる。

自分で言うのもなんだが、今や俺は、中央のトップウマ娘。

ありがたいことに、人気も相応にはある。

 

その人気に乗っかりたいというのは世の常だ。

乗るしかない、このビッグウェーブに!ってことだろう。

 

古くはハイセイコーという成功例があるものの、

中央と比べれば雲泥の差の地方レース。

オグリの笠松しかり、ウララの高知しかり、

地方所属で唯一中央のG1を制したメイセイオペラの岩手なんかもしかりだ。

 

俺の人気に乗じて、何かテコ入れして欲しいんだろうな。

 

「要請! 申し訳ないが、受けてもらえないだろうか?」

 

「わかりました」

 

「感謝!」

 

「すいません、助かります」

 

断るという選択肢は、最初からなかった。

 

俺が頷くと、理事長もたづなさんも、すまなそうに礼を言ってくる。

お二人の立場はわかるつもりだし、その筋の人たちから

頼み込まれちゃったんだろうな、というのもわかるのでね。

 

理事長が命令じゃなくて要請と口にしたのも、

その苦しい台所事情と俺への心遣いが垣間見える。

 

なにより、中央だけが良くてもだめだ。

裾野を広げてこそ、真の人気と言えるだろう。

 

特に俺はある意味人気商売であり、広く協力(寄付等)を募っているので、

地方が廃れていくのを黙って見ているわけにもいかない。

いずれはオグリやユキノなんかの、地方出身者と連携して何かできたらいいな。

 

「具体的には何をすれば?」

 

「うむ、まずは、大井レース場に行ってくれ」

 

「大井?」

 

なぜに大井?

先に出たハイセイコーの出身地で、地方の中でも1番の規模である大井。

当然、他と比べれば、相応に潤っているはず。

 

地方振興というなら、もっと別なところのほうがいいのでは?

 

「……斟酌」

 

「申し訳ありません、察してください」

 

「はあ……」

 

顔に出てしまったか、2人とも苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。

ああそう、要は、()()()パワーバランスというやつかね?

俺なんかが踏み込んでいい領域ではないようだ。

 

触らぬ神に祟りなし。

 

 

 

というわけで、俺は、来月の開催日に大井レース場に行って、

各種のイベントをこなすことになった。

 

後から聞いた話では、大井レース場関係者はそれはもう大喜びで、

 

『URA2年連続年度代表ウマ娘ファミーユリアン来場決定!!』

 

なんて銘を打って、大々的に触れ込むつもりだとかなんとか。

まあ、言いたいことはあるけど、これ以上は語るまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大井レース場イベント当日。

 

地方の開催は平日、それも昼間からというのが普通なので、

それに合わせると当然学園には出席できなくなる。

特別に公欠という扱いでのイベント出演だ。

 

「はじめまして、ファミーユリアンです」

 

「このたびは我々の要請を受け入れていただきまして、まことに――」

 

俺の姿を見るなり、出迎えの背広姿の人たちが一斉に()()の意を表し始める。

おそらくは大井のお偉いさん方なんだと思うけど……

 

あーはいはい、挨拶はそこそこにしましょうね~。

こうも露骨に機嫌を窺われると、良い気はしませんのでね~。

 

気持ちはわからないでもないけど、一介のウマ娘1人相手に、

こうも大勢で何やってるんじゃというのが本音。

 

早々に話を切り上げると、開門前に場内を一通り案内してくれるとのこと。

そこに、案内役ということで出てきたのが……

 

「イナリワンってんだ。

 今日はよろしくな、ファミーユリアンの姐御!」

 

この江戸っ子ウマ娘だった。

 

いきなりの姐御呼ばわりにも驚かされたが、

なによりイナリの登場に度肝を抜かれた。

 

そうか、ここで君が出てくるのか……

 

「こ、こら、失礼だぞ!」

 

「構いませんよ。変に遠慮されるよりは親しみやすくていいです」

 

「そ、そうですか」

 

無論、お偉いさんたちがそんな態度は何事かと怒り出すが、

俺としては、手をもみもみされるよりはよっぽどいいので。

 

「イナリさん? 今日はよろしくね」

 

「おうよ。よろしくされちゃあ仕方ねぇ。

 さっすが姐御、話が早くて助かるわ」

 

タマちゃんを彷彿させる人懐こそうな笑みを浮かべるイナリワン。

相変わらずのトランジスタグラマー。

 

「それじゃ、あたしについてきてくんな!」

 

「はいはい」

 

そんなわけで、イナリの案内で、場内を回ることになった。

 

 

 

大井には前世を通じて初めて来たので、新鮮味があって非常によかった。

さすが地方随一の規模とあって、中央と比べても遜色がないというか、

中央の下手な地方よりは良いんじゃないの、と思うこともしばしば。

 

特に、食事しながらレースを見られる席は良かったね。

レース好きなら入り浸ってしまいそうだ。

 

「そしてこれが、我らが大井自慢のダートコースでいっ!」

 

最後に連れてきてもらったのが、本バ場。

地方一、すなわち、日本一といっても過言ではないダートコース。

 

「広いね。これならめいいっぱい走れそう」

 

「中央の人に褒めてもらえるたぁ恐縮だねぇ」

 

「イナリさんはもうデビューしてるの?」

 

「12月にな。もちろん勝った」

 

「そうなんだ、おめでとう」

 

「よせやい、照れるぜ。たいしたことじゃねえって」

 

デビュー勝利済みか。

正直、地方時代のイナリのことはよく知らないというか、

ほとんどわからないと言ったほうがいいな。

 

中央に移ってからも、そこまでは詳しくない。

 

「ひとつ込み入ったことを聞いてもいい?」

 

「なんでい?」

 

「今日の案内役、どうして引き受けてくれたの?」

 

お祝いされて照れくさそうなイナリワンに、

ちょっと難しいことを聞いてみた。

 

というのも、今日の俺の訪問に際して、案内役に誰を立てるかという点で、

けっこう揉めたという話を小耳に挟んだからだ。

 

ウマ娘の聴覚を侮ってはいけない。

 

普通に場長とかお偉いさんでいいんじゃないのとか、

訪問客にそれを聞かれている時点でどうなのとも思うけどさ。

それに、失礼にはなるけど、脂ぎったおっさんとかじいさんが相手よりは、

若い女の子のほうが百万倍ましなのは事実。

 

だから不満があるとかじゃないんだけど、

イナリワンが選ばれた理由を知りたかった。

 

「引き受けたも何も、あたしから名乗り出たんだよ」

 

「へえ、そうなんだ?」

 

意外や意外、自分から志願してくれていたとは。

何か特別な理由があったとか?

 

「最初は、中央の最強が来るんだから、

 うちも最強を出さなきゃ見合わなくなるってんで、

 あたしなんかが名乗り出ても相手にされなかったろうけど、

 チャンピオンロードが辞退して流れが変わった」

 

どこかで聞いたことあるな? と思ったら、

去年のオールカマーで一緒に走っていたことを思い出す。

中央に挑戦するくらいだから、この時代の大井のトップランナーなのかな?

 

「あたしが聞いたところじゃあ、他にも辞退されまくったって話だ。

 そりゃ、あのファミーユリアンが来て、相手しなきゃならないってのは、

 結構アレなんじゃないかと思うわなあ」

 

まあ、確かにね。

今の俺でも、海外のトップウマ娘をもてなせとかって言われたら、

胃がキリキリ痛むことになるのは間違いなしだ。

 

あ、でも、トニーとムーンは別ね。

 

「でもイナリさんは受けてくれたってことは、

 重荷とは感じなかったってわけだよね?」

 

「当然」

 

俺の問いに、イナリワンはへへっと笑って答えた。

 

「あたしは逆に、こんな機会二度とないって思ったね。

 中央のトップと間近で話せるなんて、本当にもうないだろうってな」

 

「光栄だね」

 

今はまだ夢幻だろうけど、後年、年度代表にまでなる子に

ここまで言ってもらえるのは、すごくうれしい。

 

「しかも、あたしらの()を中央のトップ様に見せつけてやるには、

 絶好のチャンスだとも思った」

 

「え?」

 

ニィ、と不敵に笑うイナリワン。

なんか風向きがおかしくない?

 

「唐突だが姐御、あたしと勝負してくれねえかい?」

 

「え……」

 

勝負って……トランプとか賭け事ってわけじゃないよねぇ?

レースでってこと?

 

えええ!? ここでそうなるの?

 

思わず、遠巻きに見ている関係者一同のほうへ振り返ってしまった。

彼らは「……?」と首を傾げている。

イナリワンとプライベート感覚で過ごしたかったんで、距離を取ってもらっていたんだ。

 

一部の人は、どんな話をしてるんだ、失礼なこと言ってないかとか、

気が気でないかもしれない。

残念、また違った意味で、懸念が当たってしまったよ。

 

「純粋に、中央の当代最強と腕比べしてみたいってのがひとつ。

 今のあたしの力を測ってみたいってのがひとつ。

 んでもうひとつは、デビュー間もないあたしでもこれだけできるんだって見せて、

 地方も中央には引けを取らねえ、ってところを日本中に見せつけてやりてえんだ」

 

「………」

 

「なあ頼むよ姐御! このとーりでえっ!」

 

顔の前で手を合わせて、頭を深々と下げるイナリワン。

 

決意の直談判ってわけだな。

中央との格差を少しでも埋めたい、か。

 

「どうしました!?」

 

「何かイナリワンが粗相を!?」

 

突然イナリワンが大声をあげて何かを頼み込む仕草を見せたから、

失礼なことをして俺を怒らせてしまったかとでも思ったのか、

関係者たちが慌てて駆け寄ってくる。

 

「ああいえ、なんでもないです。

 ちょっとイナリさんから頼み事をされてしまっただけですから」

 

「頼み事、ですか?」

 

「ええ」

 

イナリワンが微動だにしないことをしり目に、

何食わぬ顔で彼らと会話。

 

「えっと、この後の予定って、どうなっていますか?」

 

「ええと、各レースの口取式でプレゼンターを務めていただくのと、

 中休みにはダイアモンドターンで、食事をしながらのトークショーがございます」

 

ダイアモンドターンって、食事しながら観戦できるスタンド席だったな。

案内されたけど、すごい素敵な空間だった。

特に夜間は、あそこから見るレースはまた格別だろうなあ。

中央にもああいうのがあってもいいんじゃない?

 

俺のスケジュール的には、問題ないのかな?

レース場と開催上はどうだろう?

 

「ひとつお願いがあるんですが」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「今日、私も走らせていただくことは可能でしょうか?」

 

「走らせて……って、はいぃっ!?」

 

そう申し出ると、関係者一同の目が、総じて点になった。

 

 

 

 

 

「感謝するぜ姐御!」

 

イナリが目を輝かせながら礼を言ってくる。

もう彼女の態度からお分かりだと思うが、模擬レースの開催が決定した。

 

距離は2000メートル。

無理を言って頼み込んで、メインレースの前のわずかな時間に組み込んでもらった。

もちろん関係者たちは大いに慌て、色めき立った。

 

まさかまさか、ファミーユリアンが大井レース場で走るとは思うまいて。

それも、G1とか重賞ではなく、相手も一線級じゃないっていうんだからな。

かなりのわがままを通してしまったことは自覚している。

大変申し訳ないけど、これっきりということで許してもらいたい。

 

参加するのは当然イナリと俺。

それと、参加を希望するほかの子たち。

 

イナリも当初は並走トレーニングのようなことを想定していたみたいだけど、

それじゃ味気ないと俺から提案して、

他にも一緒に走りたい子がいたら走ろうと言ってみた。

 

そしたら、イナリの顔がさらに、みるみるうちに喜色に染まっていって、

フルゲートにして見せらあって息巻いてた。

どうやって声をかけたのはわからないけど、言葉通りにフルゲートになる予定とのこと。

 

あ、それと、スーちゃんには確認を取ったよ。

模擬とはいえレースだし、トレーナーに無断で出走するわけにはいかないからね。

 

事情を説明したら、体調に問題がないなら構わないってことで、

了承してもらえた半面、例の前傾走法は使用禁止で、

学園に戻ったら身体を徹底的にチェックするからねとのお達しだ。

明日は研究所行きかもしれない。

 

まあトレーニングも最低限しかしてない状態だし、

これがもとで故障なんて事態になっては、誰もが損をする。

我がままの代償かな。致し方ない。

 

「それより、私、何も準備してないから、

 想像してたより走れなくても怒らないでね?」

 

「そんなことしねぇさ。

 一緒に走ってくれるだけでも十分なのに、

 そこまで望んだらバチが当たるってもんだ」

 

よし、予防線の構築完了。

準備してないのは事実だし、前傾走法を使えなくても仕方ないってことで。

 

「それと、服も持ってきてないから、貸してくれると嬉しいな。

 だめならどこかで調達してこないと」

 

「ああ、それはお偉いさんたちがなんとかするってよ」

 

「そっか、よかった」

 

トレセン学園の制服で走るわけにもいくまい。

特に靴。ローファーでは無理だな。

最悪それでも走れるけど、実力を出せないどころか、故障の可能性が上がってしまう。

 

「見てろよ姐御。一世一代の走りを見せるからなあ!」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

ウッキウキのイナリ。

他の子たちの意気も高いそうで、何よりである。

 

しかし、ダートでのレースかあ。

 

トレーニングでは走らないことはないけど、模擬とはいえ

レースで走るのは、入学して最初の選抜レース以来だな。

ダート適性はないものだと思っていたけど、どんなものなのやら。

 

「ああそれから、私、ダートでレースしたことほとんどないから、

 期待外れだったとしてもがっかりしないでね?」

 

「だから気にしないって言ってるじゃねえか。

 こまけぇこたぁいいんだよ」

 

俺の心配をよそに、豪快に笑い飛ばすイナリ。

 

6年たって何か変わったか。

ひょっとすると……?

 

それを知ることができるとすれば、案外、悪い話ではないのかもしれない。

そう思いつつ、明朗に笑うイナリを見つめた。

 

 

 

 

 

大井レース運営は、模擬レースの開催をあらゆる手段を使って周知。

 

『ファミーユリアンが大井を走る!』

 

『新進気鋭の若手たちと模擬レース!』

 

『ダート2000m、今年最初の大一番!』

 

などと大々的に報じた。

 

リアンが来場してイベントを行うので、普段よりも来場者は増えていたが、

その結果、地元の重賞レースすらない普通の日だったはずのレース場は、

G1開催日以上の盛り上がりを見せることになるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異例の模擬レース開催で、人がごった返す大井レース場。

メインはこのひとつ後のレースなのだが、もはやこれが今日のメインと化した。

 

『急遽開催されますダート2000mの模擬競走。

 なんとなんと、来場していた中央の最強ウマ娘ファミーユリアンが参戦します!

 まもなく発走です!』

 

場内実況の声もかなり熱を帯びている。

その興奮ぶりが手に取るようにわかってしまう。

 

『しかし、ファミーユリアンは初ダートになりますね。

 これについてはどう見ますか?』

 

『何とも言えませんが、芝で何度もレコードを更新している

 スピードとスタミナの持ち主ですから、よほどのことがなければ、

 ダートでも相応に走れるのではないかと思いますね』

 

『一緒に走る子たちがクラシック級の新鋭たちばかりという点も、

 ファミーユリアンにとっては御しやすいと言えますか?』

 

『そうですね、幻惑と称されるほどの老獪なレースを見せる彼女です。

 まだ経験の浅い子たちにしてみれば、いまだかつてない強敵になります。

 なすすべなく一蹴されてしまう可能性のほうが高いのではないでしょうか』

 

『地元大井としましては、少しでも健闘してくれることを祈りましょう。

 さあスターターが台に向かいました。模擬レース発走です!』

 

台に上がったスターターが旗を振り、ファンファーレが響く。

なんと以前に使われていたG1競走用のものであった。

 

すぐに気付いた観客たちのボルテージも最高潮に達し、

模擬レースだというのに、手拍子が起きるほどであった。

 

ゲート入りは順調に進み、程なくして全員が収まった。

一瞬の静寂が訪れる。

 

 

――ガッシャン

 

 

『スタートしました! 1番ファミーユリアン、

 大井でも変わらぬ好スタートを決めてハナを切ります』

 

芝のレースと変わらず、リアンがタイミングよく飛び出してハナを奪う。

1コーナーまでに3、4バ身ほどのリードを取った。

 

最近のレースぶりのように大逃げはせずに、溜め逃げに近い格好。

先行勢、中団勢、後方勢と集団がきれいに分かれる。

2番枠から出たイナリワンは、最後方につけた。

 

『向こう正面に出てもリードはさほど取りません』

 

そのままの格好で向こう正面の中ほどを通過。

 

『1000mを63秒5で通過しました。

 特別早いというペースではありません!』

 

実況の声が上ずった。

もっとハイペースになると踏んでいたのだろう。

 

『3コーナーを回って、レースは勝負所を迎えます。

 ファミーユリアン4バ身のリード』

 

『ファミーユリアン、リードを保ったまま直線へ!』

 

大井の外回りコース、最終直線386mの攻防へ。

 

『先行勢は伸びがない、苦しい!

 後方待機勢はどうか? 200を通過』

 

『ファミーユリアン変わらず先頭!』

 

先行勢からは、リアンを脅かす存在は出現しなかった。

むしろずるずると離されていく。

 

このまま決着か、という空気が場内を支配しかかったその時

 

『後方から1人追い込んできた!

 2番イナリワンだ! 凄い脚で飛んでくる!』

 

『あっという間に2番手だ!』

 

後方から追い上げて2番手に浮上した小柄なウマ娘。

イナリワンであった。

 

『ファミーユリアンに迫れるか!? 残り100!

 イナリワン優勢! 差が詰まる!』

 

『イナリワンがんばれっ!』

 

3バ身、2バ身と差が詰まっていく。

実況が思わず応援してしまうほどの鬼脚。

 

残り50mで、1バ身まで接近したところ、

両者の脚色がほぼ同じになる。

 

『しかし届かない! ファミーユリアン逃げ切ってゴールインッ!』

 

2人はその状態でゴール板を通過。

リアンの逃げ切りという決着になった。

 

『中央の最強バは大井でも、ダートでも強かった。

 ファミーユリアン見事な逃げ切り勝利です!』

 

『勝ち時計は2分6秒5。上がり3ハロンは38秒0!』

 

『後ろは離されての混戦でゴールイン!』

 

『イナリワン健闘しましたがわずかに及ばず!

 いやあ惜しかったですねぇ』

 

『あと一歩でした。よくやったと思います』

 

レースが終わったところで、労いモードに入る実況と解説。

イナリワンの健闘ぶりを称えた。

 

『それにしても、実に恐ろしきはこの時計ですよ。

 去年の帝王賞を制したチャンピオンロードが2分7秒0ですよ?』

 

単純にコンマ5上回ったという程度の話ではない、と解説者。

 

『急遽決まった模擬レースでしたからね。

 もちろんファミーユリアンはこのためのトレーニングをしてきたわけじゃないですし、

 ウォーミングアップの時間もほとんど取れなかったはずです』

 

もともとそんな予定はなかったのだから当然だ。

それに、レースごとにプレゼンターとして口取り式に出なければならない。

はたしてどれほどの準備ができたのか、甚だ疑問である。

 

そんな状態で出走したレースの、

ましてや初ダートの時計だとは、とてもとても思えなかった。

 

『しかも最後の直線では、まだまだ余裕がありそうに見えたんですよね。

 横目で後ろを確認する仕草をしたようにも見えましたし、

 間合いを計っているようにも感じました。着差はわずかですが、

 見た目以上の強さを示してくれたのではないでしょうか』

 

『ファミーユリアンここにあり、ということでしょうか』

 

『準備不足でもこれです。

 改めて彼女の凄さを実感できました』

 

『いやあ恐れ入りました。

 さすがは中央の2年連続年度代表、最強のウマ娘です!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

ゴール後、イナリワンは肩で大きく息をしつつ、

悔しさでいっぱいになっていた。

 

(届かなかった……全力で追ったってぇのに……

 しかも、姐御はまだまだ全力なんてもんじゃねぇ……

 こっちを見た……それも、笑ってやがった……)

 

リアンは確かにこちらのほうを見やった。

それだけではない。その口元は微かにではあるが、笑っていたのだ。

重要なゴール前で、しかも間近まで迫られたところでのあの余裕。

 

(あれが、ファミーユリアン……中央最強のウマ娘……)

 

改めて、悔しさがふつふつと湧き上がってくる。

同時に――

 

「……上等じゃねえかっ!」

 

――メラメラと燃え上がる対抗心もまた、

小さな身体の中に芽生えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……危なかった。

 

余裕ぶっこきすぎて、最後は差されるかと思ったよ。

超前傾走法なしだとこんなものなのかな。

 

でもイナリはやっぱりさすがだね。

他の子とは一線を画したものを持ってる。

 

「すー……はー……よし」

 

軽く息を整えたところで、イナリに一声かけに行きましょうか。

彼女は……お、いたいた。

 

「イナリさん」

 

「姐御……」

 

声をかけると、俯いていた頭を上げ、こちらを見たイナリ。

……悔しさでいっぱいという顔だな。

 

「強かったね、差されるかと思ったよ」

 

「それはこっちの……いや、負けたのはこっちだ。

 今は何も言えねえ」

 

「?」

 

しかし何かを吹っ切るように頭を振ると、

すっきりした顔になってこう言うんだ。

 

「ありがとな姐御、一緒に走ってくれて。

 改めて無茶言ってすまねぇ」

 

「お礼なんて。それより、何か得られるものはあったかな?」

 

「そりゃあもう。みんなもそうだろ?」

 

そう言って、いつのまにやら集まってきていた、

一緒に走った仲間たちに向かってそう問いかけた。

 

『はい、ありがとうございました!』

 

そしたら、揃いも揃って頭を下げるものだから、恐縮するしかないってもんだ。

みんな目をキラキラさせておる。

彼女たちにも、何かを示せたんだとしたら幸い。

 

「イナリさんは、芝を走ってみるつもりはないの?」

 

「芝? なんでぇ藪から棒に……?」

 

今度はこっちから尋ねる番だな。

芝に興味はないかね?

 

「ちょっと見ただけだけど、君なら芝でも合うと思うなあ。

 今のところ、私をあそこまで追い詰めたのはシリウスだけだからね。

 春の天皇賞でシリウスは1バ身半。今日の君は1バ身だ」

 

「……」

 

「芝ならひょっとすると、差し切られたかもしれないね?」

 

「………」

 

まさにポカーンという表現が正しいイナリ。

こんなことを言われるとは、微塵も思ってなかったか。

 

「今度は芝で一緒に走ろう。

 今日以上の良いレースができるはずだから」

 

「お……おう……」

 

「それじゃ、メインレースの準備もあるしいったんこれでね。

 また後で会いましょう」

 

いまだショックから抜け出せていないのを承知で、踵を返す。

 

まあこんなことしなくても中央には来てくれると思うけど、

まかり間違って転入してこないなんて方向の史実ブレイクされるのは嫌だからさ。

念を入れて勧誘しておきました。

 

「あー忙しい忙しい」

 

「………」

 

この後すぐにメインレースが組まれているから、

レースが終わるまでに着替えて、身なりを整えておかなければならない。

口取り式に出てプレゼンターしなきゃいけないからね。

 

まったく人気者はつらいね。なんてな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イナリッ!」

 

「うわっ」

 

リアンが去って行って間もなく、イナリワンは仲間たちに囲まれた。

 

「な、なんだよおめえらっ」

 

「すごいすごい! 今のって勧誘だよね?

 中央に来ないかって誘われたんだよっ!」

 

「あのファミーユリアンさんに認められたってことだよ?

 いいなあうらやましい」

 

「そ、そうかぁ……?」

 

「絶対そうだって! じゃなきゃわざわざあんなこと言わないよ」

 

「そ、そうか……」

 

地方で芝コースを持つレース場は、1ヶ所しかない。

この場ではそこを指しているわけもない。

即ち、芝=中央、という等式が成立する。

 

「……そうか」

 

仲間たちから言われて初めて、重大な発言だったことに気が付いた。

確かにあんなことを言ったからには、特別な意図があったと思うべきだ。

単なる社交辞令ではないだろう。

 

「芝……中央……」

 

先ほど芽生えた悔しさと対抗心が、

明確に目標へと変わった瞬間だった。

 

 

 




イナリを誘っちゃいましたの巻。


スーちゃん
「で、ダートでレースしてみた感想はどう?」

リアン
「思ったよりイケるな、と」

スーちゃん
「ほほう……(ひょっとして……?)」


最近10年の東京大賞典の結果

22 ウシュバテソーロ  2:05.0
21 オメガパフューム  2:04.1
20 オメガパフューム  2:06.9
19 オメガパフューム  2:04.9
18 オメガパフューム  2:05.9
17 コパノリッキー   2:04.2
16 アポロケンタッキー 2:05.8
15 サウンドトゥルー  2:03.0
14 ホッコータルマエ  2:03.0
13 ホッコータルマエ  2:06.6

オメガパフュームの4連覇が目を見張りますが、注目はタイム。
リアンはこんな彼らと比べても遜色ないタイムを、
準備不足もいいところ、それも超前傾走法を使わずに記録してしまったと。

これはドバイ行きもワンチャン?

ちなみに大井2000mのレコードは第56回東京大賞典、
スマートファルコンが記録した2分0秒4。
前半58秒9という芝並みで逃げて37秒3で上がるとかどんだけ……
大井のレコードであるとともに、いまだ日本レコードでもあります。

さすがは赤鬼、規格外ですわ。



仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?

  • ドバイワールドカップ
  • ドバイシーマクラシック
  • ガネー賞(仏)
  • クイーンエリザベス2世カップ(香港)
  • アメリカ遠征
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