デイリー杯ジュニアステークス。
12月に控えるジュニア級G1の重要なステップレースのひとつだ。*1
今年のこのレースを制したのは、
『テンポイントの再来』との呼び声もあるサッカーボーイ。
一躍、ジュニア級の大本命とみなされる結果となる。
それから少しした、10月末のこと。
「………」
学園内のとある一角に設置されている自販機の前で、
ボ~ッと佇んでいるウマ娘が1人。サクラチヨノオーだ。
何を買おうか迷っているわけではない。
いや、何か飲もうかと思って前に立ったところまではいいものの、
そこで電池が切れたかのように動きを止めてしまった。
このところ次走について迷いが生じ、普段からこのような調子だった。
「……おや?」
そこへ偶然通りかかったのが、我らがファミーユリアン。
一目でただならぬ状況だと気づき、声をかける。
「チヨちゃん? どうしたの?」
「っ……!? はわっ、リ、リアンさん!?」
声をかけられたチヨノオーは、飛び上がらんばかりに驚いた。
声かけ自体にもそうだが、これでは、大先輩の邪魔をしてしまっている。
リアンがこの自販機を使おうとしているのでは、と考えた。
「あわわ、すいません! すぐにどきます!」
「いやいや、そうじゃないよ」
大慌てで場所を譲ろうとするのだが、リアンは首を振る。
「なんか様子がおかしかったから、どうしたのかなって」
「……わかっちゃいますか?」
「わかるよ。自販機の前には立っているけど、
どれを買おうか選んでいるようには見えなかったからさ」
「………」
それほどまでに自分の様子はおかしかったのか。
実際、その目は虚空を見つめているのみで、
自販機に並んでいる商品には向けられていなかったのだ。
恥ずかしく思うのと同時に、そこまで深刻だったのか、
と改めて自覚する。
「良ければ話くらいは聞くよ?
解決できるかどうかはわからないけど」
明らかにシュンとして俯き、耳もへにゃっと垂れてしまった
チヨノオーに対して、リアンは笑みを浮かべながら語りかけた。
「……ご迷惑ではないですか?」
「とんでもない。迷惑って思うなら声かけてないし、
かわいい後輩を助けるのはお姉さんの義務だからね」
「……それでは、聞いていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんオーケーだよ」
「で、ではお願いします!」
迷ったチヨノオーだったが、最終的には受け入れた。
カフェテリアへと移動して、話をすることとなる。
適当に空いている席に着き、飲み物を用意して、いざ相談。
「で、何を悩んでいたのかな?」
「はい、その……先日、サッカーボーイさんが勝ったじゃないですか」
「デイリー杯ね」
「はい。彼女、このあとは阪神JFに向かう予定*2だそうなんですが、
先日の勝ち方があまりに鮮烈すぎて……」
後方から突き抜けての3バ身差圧勝だった。
強烈なインパクトを与える勝利であったからこそ、
ジュニア級の主役へと躍り出る結果になったのだ。
「このまま私が朝日杯に出て勝てたとしても、
ジュニア級での最大目標にしてきた、最優秀賞に届かないかもしれません。
ホープフルもありますし……」
チヨノオーの現状での予定は、朝日杯への直行である。*3
ジュニア級のG1が3つに増えた現状にあっては、どうしても、
すでに重賞を制しているサッカーボーイとの比較になるだろう。
彼女がJFを勝つのを前提とすると、自分が朝日杯を勝てたとしても、
他に重賞勝ちの勲章がある彼女に比べれば、実績で劣ってしまうのは必至である。
「私も前哨戦を使ったほうがいいんでしょうか?」
ならば自分も、本番の前に重賞を勝っておく必要がある。
そう考えて、出走するかどうかで悩んでいたのだった。
「うーん、難しい問題だけど」
悩みを打ち明けられたリアンは、そう言って
ニンジンジュースを口に運び、いったん間を置いた。
「チヨちゃんの状態はどうなの? 出ても問題はない?
トレーナーさんはなんて?」
「私はまったく問題ないです。
トレーナーさんは、私の意思を尊重すると」
「そっか。前提はクリアなわけね」
本人が乗り気でも、トレーナーに反対されては元も子もない。
また、体調面で問題があっては困るわけだが、そこもOKと。
「サッカーボーイさんのこと気にしているみたいだけど、
だったらチヨちゃんも、他の子と比較されないくらいに
圧勝して見せたらいいんじゃないかな?」
「ええっ!? い、いやいやいや私なんて!」
普通のウマ娘なのでそんな芸当はできません、と謙遜するチヨノオー。
すでに2勝して、約束された未来のダービーウマ娘が何を言ってるのかな、
と内心では思いつつ、リアンはさらに考える。
(こんなに自信を持てないタイプの子だったっけ?
俺のアプリには実装されてなかったんだよなあ)
持ってなかったので詳しくはわからない、と思うリアン。
自信云々は、とんでもなくブーメランなような気がしないでもなかったが、
そういうことなら、勝って自信をつけさせてあげるしかないか。
(俺もスターオーちゃんに発破をかけられた結果の成果なんだよなあ。
というか、彼女と出会ってなかったら、今の俺はない)
脚部不安で悶々としていた日々のことを思い出す。
スターオーのある意味過激な励ましがなければ、
その後の大活躍もなかっただろう。
(恩返しじゃないけど、ここはいっちょ、
彼女の後輩を勇気づけてあげますか)
そう決意し、改めてチヨノオーに語り掛ける。
「実際使うなら、京王杯か東スポ杯*4になるね?」
「そうですね」
これから使うとなると、その二択になる。
格は両方G2で、コースも同じ東京。
距離が1400か1800かの違いだ。
チヨノオーなら、どちらでも大丈夫だろう。
「どっちにする?」
「え?」
「大丈夫、チヨちゃんなら勝てる。
気持ちの問題だよ、やればできるって」
「えっと……」
「勝てる勝てる絶対勝てる。チヨちゃんならやれる!
やる前から諦めてたらダメだって」
「………」
突然降臨したリアン・マツ〇カの変な励ましに混乱するチヨノオー。
訳が分からない状態であったが、そんな言葉を聞いているうちに、
なぜだかその気になっていく。
「自信をつけるには勝つのが1番。
ちゃちゃっと出て、ちゃちゃっと勝ってきちゃってね。
私も応援に行くからさ」
「は、はい、わかりました。勝ってきます!」
「うん。何はともあれ、レースを楽しめるのが大事だよ。
他人なんか関係ない。“自分のレース”をすればいいんだからさ。
ファイトだよチヨちゃん。もっと熱くなれよ!」
「はいっ。ファイ、オーッ! チヨノ、オーッ!」
いつのまにやら乗せられ、頷いたチヨノオー。
お馴染みのフレーズも飛び出し、彼女が選択したのは、東スポ杯への出走だった。
当日、チヨノオーは1番人気に推される。
レースは2番手追走からの鮮やかな抜け出しで、
気にしていたサッカーボーイと同じ3バ身差の快勝だった。
「おめでとうチヨちゃん」
「ありがとうございます! おかげで勝てました!」
レース後、出迎えたリアンに祝福され、
満面の笑みで礼を言うチヨノオー。
そこにもはや迷いはなかった。
「朝日杯もこの調子で行こう」
「はいっ!」
勝利を伝える新聞に、取材に応じたチヨノオーのコメントが載る。
『迷っていたときに相談に乗ってくれた』
『出走を勧めてくれた』
『勝てたのはリアンさんのおかげ』
優しい先輩のおかげで自信がつきました、
朝日杯も絶対勝って恩返しします、との言葉。
リアンファンからはまたもや、
トレーナー適性を称賛する声が挙がったのは言うまでもない。
12月、スーパークリークが阪神芝2000mにてデビュー。
圧倒的1番人気に支持されたが、直線で内にもたれて伸びきれず、
まさかの2着敗退に終わった。
「申し訳ありません、トレーナーさん」
「いやそれより身体は大丈夫なのか?」
「はい。私の力不足で、勝たせてあげられなくてごめんなさい」
「そんなことはいいんだ」
ルーキートレーナーであるクリークの担当。
当然、勝てば彼にとっても初勝利となるはずであったが、
お預けになってしまった。
「本当に身体は何ともないんだね?」
「大丈夫です」
危うく内ラチに接触しそうになるくらいもたれていたのだ。
異常発生か、故障かと疑うトレーナーの気持ちも理解できる。
きっぱりと否定したクリークは、力強く宣言した。
「次こそは勝ちます。見ていてください」
「ああ、僕もできる限りのことはする」
「はい、お願いします」
トレーナーの前ではこの通り、
気丈に振舞って見せたクリークだったが……
(……負けた。負けちゃった)
絶対の自信を持って臨んだはずが、どうしてこうなった状態。
内に刺さってしまった理由は本人もよく分かっておらず、
初出走だという極度の緊張からじゃないか、という分析を担当から聞いた。
(勝てるはずだったのに……!)
勝てるレースを落とした。
なにより、1回きりのチャンスである、
初出走初勝利というプレゼントができなかったという事実は、
クリークの心に重くのしかかる。
(……もしかして私は、世間の評価ほど“強くない”のでは?)
そしてそれは、自信の喪失へと繋がった。
あんなに騒がれて選抜レースを勝ったのに、
天狗になっていただけということなのか?
ああは言ったものの、もう私は勝てないのではないか?
「……ぁ」
そんな折に、クリークはとある人物の後ろ姿を発見した。
他でもない、
「っ……!」
いてもたってもいられなくなったクリークは、
考えるよりも前に行動を起こした。即ち……
「お姉さまっ……!」
「ぐえっ!?」
その人物へ、背後から抱き着くこと。
半ばタックルのような格好になり、身体が逆『く』の字に
折れ曲がりそうになった相手からは、苦しげな悲鳴が漏れる。
「お姉さま……私……!」
「こ、腰が……え? ク、クリークさん……? 突然なに?」
「っ……」
説明するまでもないが、相手とはリアンであった。
抱き着くや否や、クリークは顔をリアンの背中に押し付けて、
小刻みに震え始める。
(……泣いてる?)
さすがに、こんな様子ではリアンも察した。
(そういえば、デビュー戦、負けちゃったんだっけか)
史実ではどうだったのかまでは把握しきれていないが、
菊花賞を勝つまでは、あまりよろしくない状態だったことは覚えている。
(あ~、しょうがないなあもう)
状況が状況なので、ポリポリと頭をかく。
それから意を決して、クリークへと話しかけた。
「クリークさん、離して」
「………」
その言葉を、クリークは見事に勘違いする。
(負けちゃったから、お姉さまも私を見放すんだ……)
自身の心が絶望に染まっていくのを感じた。
闇に落ちていく中で、そっと身体を離す。
しかし、一分の隙もなく暗黒に染まりかけたところで
「大丈夫」
「……ぁ」
今度は逆に、リアンに正面からから抱き締められた。
「今はまだ身体の成長に心が追い付いてないだけだよ。
焦らずに頑張れば、きっと結果も出るから。
大丈夫だよ、大丈夫」
「……おねえさまぁっ……!」
「よしよし」
やさしく諭されたクリークは、堪えきれずに号泣。
張りつめていたものが一気に崩壊した瞬間だった。
彼女が落ち着くまで、リアンはやさしく介抱し続ける。
……10分後。
「落ち着いた?」
「……はい。
ごめんなさい、恥ずかしいところをお見せしました」
ようやく落ち着いたクリークは、目元を拭いながら自分から離れた。
綺麗な顔立ちが台無しになるくらいに、涙と鼻水でくちゃくちゃだ。
「どうぞ、使って」
「あ、ありがとうございます」
ポケットからハンカチを取り出し、差し出すリアン。
クリークは恐縮しつつも受け取って、顔を拭く。
「きれいに洗ってお返しします」
「いいよいいよ気にしないで。捨てちゃっても構わないから」
洗濯して返すというクリークに、
リアンはこう言って取りなした。
「それより気にしてほしいのは、無理だけはしないでってこと。
滅茶苦茶なトレーニングとかしないでね。
いま無理しても身体を壊すだけだよ。私みたいにね」
「お姉さま……」
ここで恒例、必殺の文言を炸裂させる。
今やリアンの経歴を知らないものなどいない。
ウマ娘関係者、ウマ娘自身ならばなおさらだ。
リアンが入学当初に、自己判断での無理なトレーニングが祟って
骨折したという事実は、数々の出来事や取材等で自ら語っており、
すでに広く大衆に認知されている。
「それだけは約束して。お願いだから」
「わかりました」
「よしよし、聞き分けの良い子は好きだよ」
「……」
クリークの頭に手を伸ばし、撫でるリアン。
大人しくされるがままになるクリーク。
気持ちよさそうに目を細めた。
「少しでも不調や異変を感じたら、すぐにトレーナーさんに報告するんだよ。
私でもいいからさ。そういうことならいつでも聞くから」
「はい、お願いします」
頷いたクリークの表情に、もはや暗いものはなかった。
その後、態勢を立て直したクリークは、
年内の最終開催日の未勝利戦を勝利。
ウマ娘個人、トレーナー共に初勝利を記録するのと同時に、
ホープフルステークスよりも早いタイムでの圧勝であり、
秘めたる才能の一端を見せつけることになる。
阪神JFは、サッカーボーイが8バ身差の圧勝で、
前評判の正しさを証明して見せた。
この結果が、1度は落ち着いたチヨノオーの心を再び揺さぶる。
(私が勝っても、もうサッカーボーイさんで決まりなんじゃ……)
翌週の自分のレースが行われる前にして、
すでに最優秀賞の行方は決まったも同然。
そのように書かれた報道もあった。
しかし……
(……ううん、そんなことない。
リアンさんが言うように、私は『私のレース』をすればいいんだ!)
リアンの言葉を思い出して落ち着きを取り戻し、
パンパンと自らの頬を叩いて気合を入れなおす。
「……よしっ。ファイ、オーッ! チヨノ、オーッ!」
いざ、朝日杯フューチュリティステークスへ。
パドックで勝負服のお披露目をし、本バ場へと入場する。
「チヨちゃん」
そんな彼女へ向けて掛けられた声。
それも2人分。
「リアンさん! スターオーさんも!」
2人の姿を確認したチヨノオーは、
即座に2人のもとへ駆け寄っていく。
外ラチを飛び越さんばかりの勢いだった。
「リアンさん、わざわざありがとうございます」
「約束したからね。応援しに行くって。
スターオーちゃんとも連絡を取って、一緒に来たよ」
「スターオーさんもありがとうございます!」
「後輩の晴れ舞台ですもの。
こんなナリでも、せめて現地に行くくらいはしないと」
車椅子に乗っているスターオー。
ここまではリアンが押してきたのだと推測された。
あれから1年以上が経過したが、
いまだリハビリが続いていると思われる。
故障した左足には、テーピングが施されているのが確認できた。
「……な~んちゃって♪」
「え?」
「ひとつサプライズですよチヨちゃん。
景気づけに……えいっ♪」
「……あ」
スターオーはそう言って、おもむろに車椅子から立ち上がった。
誰の手も借りずに、完全な独力で。
「おおお……スターオーちゃん!?」
これはチヨノオーだけではなく、リアンにとっても驚きだったようで、
立ち上がった姿を見て固まった。
「さらには、こんなことも……できますよっ」
スターオーは続けて、その場から2歩3歩と歩いて見せ。
しまいには、腿上げ運動までして見せた。
「スターオーさん、歩けるようになったんですね!」
「腿上げまで……」
「黙っていてすいません」
喜色に染まるチヨノオー。驚愕しているリアン。
そんな2人の反応を見て、スターオーは満足だとばかりに、
いたずらっぽく笑ってみせる。
「実は、お医者様も驚くくらいの回復具合だそうで、
もうこれくらいのことはできるようになりました」
「そうなんだ……」
この瞬間まで、移動には常に車椅子を使っていた。
リハビリに付き合っているわけでもないので、
立ち上がる姿や、歩いたところなども当然、目にしていない。
「来年早々には、トレーニングの許可も降りそうなんですよ」
「よかった……ぐすっ」
「あ、あっ、リアン先輩、
黙っていたのは謝りますから、泣かないでください」
「ご、ごめん。うれしくて、つい」
感激のあまり、涙ぐんでしまうリアン。
逆にスターオーから慰められる始末で、慌てて目元を拭う。
どうやらサプライズになったのは、リアンのほうが大きいようだ。
ちなみに周りにいる観客たちも、このやり取りは
もちろん見守っていて、総じて驚き喜んだ。
「復帰願ってるぞ!」
「いつまでも待ってるからな~!」
「がんばれ~!」
「あ、ありがとうございます」
レース前だというのに拍手が起きて、このような声が飛ぶ。
恐縮して頭を下げるスターオー。
「みなさんお気持ちはうれしいですけど、
今日はチヨちゃんのレースなんですからね」
「そうだった。チヨちゃん、ごめんね」
「いえいえ、私もうれしいです。
気持ちよくレースに臨めます」
それはチヨノオーの本心だった。
憧れの先輩2人の来援を受けた上に、良いニュースを目にできた。
これ以上の励ましがあるだろうか。
「では、いってきます!」
周りの客たちをも含めた歓声と拍手に送られて、
チヨノオーは返しウマに入っていった。
『朝日杯スタートしました!
ダントツ1番人気サクラチヨノオー、逃げに打って出た!』
良いスタートから先頭に立ったチヨノオー。
リアンに影響されたからというわけでもないのだろうが、
図らずも彼女のようなスタイルになった。
6番と激しく競り合う展開となったが、徐々にチヨノオーが優勢となり、
4コーナーから直線に入るあたりでは、すでに突き離し始める。
『離した離した! サクラチヨノオー圧巻の逃げ切り!
1番人気に応えて圧勝、ゴールインッ!』
そのまま3バ身4バ身と差をつけ、最終的には6バ身差で圧勝。
1分33秒4という、かつてマルゼンスキーが記録したレースレコード*5を
大幅に更新するタイムでの勝利であった。
「やりましたー! リアンさんっ、スターオーさーんっ!
私、勝ちました~っ!」
観客にはもちろんのこと、何より2人に向けて手を振るチヨノオー。
着差もさることながら、タイムの比較(サッカーボーイ1分34秒5)でも優位に立って、
以後の最優秀賞争いの大勢は、チヨノオーへと傾くことになる。*6
ヤエノやアルダンは、史実で年明けデビューなので、
今作でもそのようになります
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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ドバイワールドカップ
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ドバイシーマクラシック
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ガネー賞(仏)
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クイーンエリザベス2世カップ(香港)
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アメリカ遠征