転生孤児ウマ娘の奮闘記   作:しょうわ56

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第78話 孤児ウマ娘、ファーストコンタクト

 

 

 

年末に海外遠征を発表して大いに騒がれ、年を越し、

史上初の3年連続年度代表ウマ娘*1、それも満票での選出*2にまた盛り上がって、

その盛り上がりも少しは冷めてきた1月の中旬。

 

“彼女”は、唐突にやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、ちょっといいだろうか?

 迷ってしまった」

 

不意に背後から声をかけられた。

 

学園の敷地内で迷子?

敷地は広いし施設もいろいろあるので、新入生が迷う姿はたまに見られるが、

それも入学直後に限った話だ。

 

このような時期になぜ、と若干疑問に思いながら振り返った先には

 

「道を尋ねたいんだが」

 

「──オ……っ!」

 

ジャージ姿の芦毛の怪物の姿があった。

思わず名前が出かかり、寸でのところでどうにか堪える。

 

芦毛の怪物にして第二次競馬ブームの立役者、オグリキャップ!!!

 

な、なぜにオグリがトレセン学園に?

というか、やはり存在していたのかオグリィ!

 

稀代のアイドルホース、唯一無二の化身が目の前だ。

 

今ここで出会うとは全く思っていなかったので、

いろんな感情が次々と湧いて出てきてすっげぇ複雑な気分だが、

と、とにかく話を聞いてみるか。

 

「えっと、どこに行きたいのかな?」

 

「職員室だ。編入試験を受けに来たんだが、

 守衛さんに言ったら、職員室に行くよう言われたんだ」

 

「そっか」

 

なるほど、編入試験のためにやってきたのか。

自然な成り行きだ。表舞台へ出ていくための第一歩。

 

競馬への貢献度ナンバーワンと言っても過言ではない存在だと思うが、

それは後世から見たらの話で、現時点では、

無条件で編入OKとなるほど甘くはないのが中央なのだ。

 

「じゃあついておいで。案内してあげるよ」

 

「すまない、感謝する」

 

というわけで、オグリを案内して職員室へ向かう。

その間、ちょっとした質問をぶつけてみる。

 

「どこから来たの?」

 

「岐阜にある笠松からだ。今まではそこで走っていた」

 

もちろん()()()はいるが、それを表に出すわけにはいかない。

極力平静を装って尋ねてみた。

 

史実とも差異はないらしい。

編入というところからも察せるが、アプリ版ではなく、

史実準拠の()()*3ということのようだな。

 

「中央入りを目指すなんてすごいね。がんばったんだね」

 

「ああ、私は走れることだけでも満足だったんだが、

 レースで勝っていくうちに、周りがしきりに勧めるようになったんだ。

 私もいつしか我慢ができなくなってしまって、それで」

 

「そっかー」

 

話してみる限り、性格はアプリ版のようだ。

俺が相手でも物怖じせずに、しっかりと話してくれている。

 

ってか、俺が『ファミーユリアン』だって気付いてない?

……ありえるな。1番関心あるのは食べることに関してだろうし、

レース関係の知識も乏しいのかもしれん。

 

知ってる子だったら、顔を見たらまず間違いなく気付くだろうし、

『え!? 本当にファミーユリアンさんですか!?』

って面食らってると思う。自惚れるわけじゃないけどさ。

 

この分だと、中央への移籍がどれだけ凄いのかってことすら、

あんまり理解してなさそうだなあ。

地元の期待を一身に背負っているイナリが聞いたら、怒りだしそうだ。

 

「ここが職員室だよ」

 

「すまない、助かった」

 

そうこうしているうちに校舎へ入り、職員室の前へと到着。

オグリはそう言って頭を下げた。

 

「この礼はいずれ必ずする」

 

「いやいやたいしたことはしてないから、気にしなくていいよ。

 あ、でもひとつだけいいかな?」

 

「ああ、私にできることなら何でもする」

 

「お名前を教えてもらえるかな?」

 

俺が尋ねると、オグリは一瞬だけきょとんとした顔になって、

それから微笑んで答えてくれた。

 

「オグリキャップだ。

 また会うことがあったらよろしく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日のトレーニングの前に、スーちゃんのトレーナー室へと移動。

 

メニューは渡されてるし、頭にも入っているから、

別に行かなくてもいいんだけど、ほら、1日1回は顔を合わせておきたいじゃない?

そういうところ義理堅いんだ俺は(自称です)

 

半ば習慣になっているようなもんだな。

 

「おはようございまーす」

 

「おはようリアンちゃん」

 

声をかけつつ中へと入る。

いるだろうなと思って声かけたんだけど、やっぱりいたな。

今日も朝早くからお疲れ様です。

 

いつものように自分のノーパソとにらめっこしているスーちゃんだ。

 

「今日も寒いですね」

 

「そうね。風邪ひかないよう気を付けて。

 海外遠征控えてる大事な身体なんだから」

 

「重々承知してます」

 

めいいっぱい気遣われているのが丸わかりなので、

むしろ、俺のほうが恐縮している状況でございますよ。

 

こりゃ万が一にも体調崩したりなんかできないねぇ。

俺もそんなことで遠征中止になったりしたら、

悔やんでも悔やみきれないので、十分気を付けてます。

 

「あ、お茶淹れますね~」

 

「ええ、お願い」

 

軽く話をしてから、お茶を淹れる作業に入る。

 

勝手知ったるトレーナー室。

これも習慣と化しているので、もはやルーティンだわ。

 

「そういえば……」

 

電気ケトルのお湯が沸くのを待っている間、さらなる雑談。

 

「今日、編入試験なんですね?」

 

「よく知ってるわね。誰かから聞いた? ルドルフ?」

 

俺の言葉に、スーちゃんは意外そうに聞いてくる。

確かに生徒会長のあいつなら、学園行事はすべて把握してそう、

というか確実にすべて把握してると思うが、今回は違うんですよ。

 

「いえ。ついさっき、編入試験を受けに来たって子と会いまして。

 職員室はどこだろうって困ってたんで、案内してあげたんですよ」

 

「へえ、そうなの」

 

相槌を打ったスーちゃん、どことなく不満そうな気配。

 

「案内係くらい立てなさいよねぇ。

 試験を受けに来た子にしてみれば、それどころじゃない心境でしょうに。

 場合によっては、もう二度とトレセン学園の門をくぐれないかもしれない」

 

確かになあ。

本受験のような人数でもないだろうし、1人か2人、

受付に案内する人を置いておけば済む話だ。

 

この件に関してはスーちゃんに大賛成。

あの理事長とたづなさんが、何も考えてないとは思えないが、

どうなんだろうな?

 

「その子、慌ててなかった?」

 

「いやそれが、ものすごく落ち着いた感じの子でして。

 少なくとも動じているようには見えませんでしたね」

 

「そう、よかったわ。これが原因で普段の力を出せなくて落ちた、

 なんてことにはなってもらいたくないもの」

 

「同感です」

 

ルドルフに言ってみようかな?

あるいは、たづなさんあたりに提案すれば、改善してくれるか?

 

まあ編入試験だから、すでにデビューしてるか、

それに近い子が対象のはずだ。

本受験よりは、色々と揉まれて精神的にたくましい子たちだから、

大丈夫だとでも踏んでいるのかな。

 

これくらいで動揺しているようでは、中央ではやっていけないぞという、

一種のふるいとして、あえてやっている可能性も?

 

「でもその子、別の意味で震えちゃったんじゃないの?」

 

今度は、からかい半分の質問だった。

内容を聞いて俺も納得。

 

「案内してくれたのが、まさかリアンちゃんだなんて」

 

「あー」

 

「で、どうだったの?」

 

「それが……」

 

事の顛末を説明する。

すると、スーちゃんは呆れとも苦笑とも取れない、

微妙な表情になった。

 

「あなたに気付かないなんて、その子、本当に競技ウマ娘?」

 

「自分のレース以外に、興味ない子もいるんじゃないですか?」

 

「それにしたって、ねぇ……」

 

スーちゃんの気持ちもわかるし、オグリらしいっちゃあらしい。

少し寂しいなんて思わないぞ(小さい自尊心乙)

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

話しているうちにお湯も沸いたので、お茶を淹れてスーちゃんへ。

もちろん自分の分も用意して、しばし温かいお茶でまったりする。

 

「編入試験って、何するんです?」

 

「特別なことはしないでしょ。本受験と同じよ」

 

ということは、まずは筆記試験で学力を見て、

実技で能力を見る感じなのかね?

 

今頃は、ペーパーテストが始まってるのかな。

オグリって学力はどうだったっけ?

あんまり良いってイメージはないが、はたして?

 

「受験かあ」

 

自分が入学試験を受けた時のことを思い出す。

数年後にまさかこんなことになっているなんて、

まったくもって想像もしてなかった。

院長が提案してくれていなかったら、今頃はどうなっていたことやら。

 

何もかも、みな懐かしい……(某艦長風に)

 

「………」

 

思い出したら、非常に気になってきてしまった。

 

う~ん、こうして知っちゃった以上、俄然興味が出てきた感じ。

なんてったって()()オグリキャップだ。

どんな走りをするのか、一刻も早く見てみたいじゃないか。

 

うむ、思い立ったが吉日だな!

 

「ひとつ無理を言ってもいいですか?」

 

「内容によるわ。どうしたの?」

 

「その子の実技試験に、立ち会いたいです」

 

「……えっ?」

 

目が丸くなっているスーちゃんという、

凄く珍しいものが見れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の午後、筆記試験を終えたオグリキャップは、

いよいよ実技試験に移ることになる。

 

当の本人は、カフェテリアで山のような昼食をとって満足したのか、

非常に良い顔で準備運動をしている真っ最中である。

 

そんな彼女を、遠巻きに見ている人物が2人。

 

1人は、試験官を務める女性。

ルドルフが所属していたチームを率いるトレーナーだ。

 

「まさか君が、編入試験に興味を持つとはね」

 

女性トレが意外そうに、もう1人へ向けて言う。

 

「世界に出ていこうという君なら、こんなことは

 ほんの些細な出来事なんじゃないのかい?」

 

「逆ですよ、逆」

 

当然、そのもう1人とはリアンだ。

スピードシンボリを介して意向を伝えられた学園側は、

これまでの抜群の成績と貢献を考慮し、

特別にということで、立ち会うことを許可した。

 

「世界に行くからこそ、国内のことは気になるんです。

 もしかすると、あの子が近い将来、

 日本のレース界を背負って立つかもしれません」

 

リアンはにっこり笑ってそう言った。

まさかカンニングしている(史実知識)とは夢にも思わないトレーナーは、

意識の高さに感心してさらに言う。

 

「随分と高く評価しているんだな。見所がありそうかい?」

 

「それは走りを見てみないことにはわかりません。

 けど、だいぶやりそうな雰囲気は感じます」

 

「ほほぉ、非常に興味深いな」

 

うんうんと頷いて見せるトレーナー。

手にしているクリップボードには、オグリの資料がまとめられていると見え、

いくつかのデータを参照しているようだ。

 

「参考にさせてもらうよ。合否ギリギリの判定になったら、

 君がそう言っていたと報告させてもらおう」

 

「私の意見なんか取り入れちゃっていいんですか?」

 

「むしろ積極的に聞きたいね」

 

今度はリアンのほうが意外そうに問い返すと、

トレーナーは何を馬鹿なとでも言いたげに、こう続けるのだ。

 

「タマモクロス、トウショウファルコ、イナリワンを見出した君のことだ。

 相*4に関しては、並みの評論家以上に信頼できるよ」

 

「買い被りすぎですねぇ。たまたまですよ」

 

「はは、冗談きつい。たまたまでクラシックウマ娘や、

 地方上がりで芝でも通用する子を見出せるのか。

 それもピンポイントで。そっちのほうが恐ろしいな」

 

「はは、そうですねぇ」

 

想像以上の高評価に苦笑するリアンだが、

カンニングしてますからとは、口が裂けても言えない状況になっている。

さらに評価されて、ますます苦笑するしかないリアンだ。

 

「と、ところで、どんな子なんですか、あの子?」

 

「ん、現所属は笠松トレセンだな」

 

褒め殺しの空気に耐えられなくなって、質問する。

もちろん大体のことは“知って”いるのだが、苦し紛れである。

 

「名前はオグリキャップ。笠松での成績は、地元重賞5勝、

 8連勝を含む12戦10勝。負けた2戦も、出遅れと距離不足とのことだ。

 まさに敵なしの状態だったようだな」

 

「へえ。それは中央移籍の話が出るはずですね」

 

細かい数字までは覚えていなかったリアンなので、

実際の成績を聞いて、素直に感心した。

 

「笠松に大物が出たらしい、とは聞いていた。

 風の噂程度の話だったが、真偽はどうかな?」

 

「なんで最初から、こっち受けなかったんですかね?」

 

「それはわからん。だが彼女、家があまり裕福ではないらしくてな」

 

「あー」

 

同じような経歴を持つリアンなので、合点がいったとばかりの声が出る。

その点、自分はずいぶん恵まれたんだなと、改めて感謝した。

 

「試験官、ウォーミングアップ終わったぞ」

 

話しているうちに、オグリが準備を整えたようだ。

近づいてきて声をかけ、そして気付く。

 

「あなたは……さっきの」

 

「やあ、また会ったね」

 

リアンを前にして、目を丸くするオグリ。

いよいよその正体に感づいたかと思いきや、

彼女の考えはまた違っていたようで。

 

「制服を着ていたから生徒かと思っていたんだが、

 トレーナーさんだったのか。

 随分若く見えたから勘違いしてしまった。すまない」

 

「え?」

 

「おいおい」

 

オグリの言葉に、リアンとトレーナーは、

こいつ何を言ってるんだ状態に陥る。

特にトレーナーにしてみれば、信じられない言動だったようだ。

 

「まさか君、このコの顔を知らないわけではあるまいな?」

 

「初対面だったと思うが……どこかで会っただろうか?」

 

「………」

 

「さっきもこんな反応でしたよ」

 

オグリはこう問われて、改めてリアンへ確認してくるありさまだ。

トレーナーはもう閉口するしかなくなった。

さらに、リアンの言葉が彼女へ追い討ちをかける。

 

「今の日本で、君の存在を知らない子が、

 それもウマ娘がいるとは思わなかったよ……」

 

軽いめまいでも覚えたか、思わず眉間に手を当てて俯いてしまった。

 

「何か悪いことを言ってしまっただろうか? すまない……」

 

「ああいや、君は全然悪くないよ」

 

雰囲気的に、自分が何か悪かったと思ってしまい、謝るオグリ。

慌てて否定するリアン。

 

「名乗らなかった私のほうが悪いね。

 私、ファミーユリアンっていいます。

 どこかで聞いたことはあるんじゃないかな?」

 

「ふぁみーゆりあん? ……そういえば、

 笠松の仲間内で、何か騒いでいたのを聞いたことがあるような……」

 

「そうそう。たぶん、その“ファミーユリアン”で合ってるよ」

 

自分で言うのもなんだか恥ずかしいなと思いつつ、

リアンは自己紹介した。

 

「こう見えても私、G1を12勝してて、

 今度海外に遠征するんだ。覚えてもらえたらうれしいな」

 

「G1を12勝? 海外? ……あ」

 

ここに来てようやく、オグリも目の前の人物が、

どういう存在であるかにピンときたようだった。

さすがに、頭の片隅にはあったらしい。

 

「幻惑……! 異次元の逃亡者……!」

 

「うん」

 

「この間テレビでやっていた会見、みんなで見ていた。

 すごい、がんばれと盛り上がった」

 

「うんうん」

 

「大先輩に申し訳ない。まったく気がつかなかった。

 どうか許してほしいっ……!」

 

「いやいやいやいや!」

 

気付いた途端、だらだらと冷や汗を流し始めて、*5

土下座しそうになったもので、大慌てでリアンが止めた。

 

「そ、それより君のテストだよ」

 

「そうだった。でも大先輩がどうしてここに?」

 

「ちょっと気になっちゃってね」

 

それよりも、と話を本題に戻す。

 

「無理言って立ち会わせてもらえることになったんだ。

 お邪魔じゃなければ、見ていてもいいかな?」

 

「もちろん構わない。より気合が入る」

 

「それはよかった」

 

ふんすっ、と鼻息を荒くしてオグリが言うので、

安心したリアンは笑顔を見せる。

 

「あ、すいません。テスト続けてください」

 

「うむ」

 

無駄な長話で、せっかく温まった身体を冷やさせてしまうわけにもいかない。

そう申し出て、頷くトレーナー。

 

「ではオグリキャップ君。用意はいいな?」

 

「万端だ」

 

「よし、では実技試験を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タイムを計ろう。まずは5ハロンで行こうか」

 

「承知した」

 

目の前をオグリが疾走していく。

怪物と称されるだけあって、その走りはやはり力強く衝撃的だった。

 

噂に違わぬ……というか、俺はこっちのオグリについては

ほとんど何も知らないけど、それだけのものはあると思わされる。

 

俺も受験の時、最初はタイムを計らされたなと思い出す。

正確な数字は知らされなかったが、あの当時の俺ではどう考えても、

良いタイムを出せたとは到底思えない。

 

身体が小さかったし、何より非力だった。

多少の準備はしたとはいえ、

十分なトレーニングが積めていたとも言えない。

 

いま考えても、なぜ合格したのかが不思議だ。

当時の俺の何を見て、合格という判断に至ったのか、

まったくもって不明で不可解である。

 

そういう意味では、あのときの試験官たちに先見の明があった、

ということになるんだろうか。*6

 

「………」

 

うーん……

 

オグリが走っているのを見ていたら、なんだか身体がウズウズしてきた。

こういうところもウマ娘の本能というわけか?

 

やれやれだぜ。まったくもう。

そんな予定じゃなかったんだけどな。

 

まあいいか。後からトレーニングはするつもりだったし、

開始の時間が少し早まるだけだ。

 

「……何をしている?」

 

その場で軽く体操を始めたら、トレーナーさんから、

訝しげに声をかけられた。

 

「いえ、彼女が走っているのを見ていたら、

 私も走りたくなってきちゃいまして」

 

「いいのか? スピードシンボリ師に怒られるぞ。

 とばっちりを食うのは勘弁してもらいたいな」

 

「どうせトレーニングはするので」

 

いっちに、いっちに、と。

来月あたりからは、ドバイに向けて本格的な準備に入るので、

こういう予定外なことができるのも、今月までだろうなあ。

 

「ではせっかくなので、並走をお願いしようか」

 

「あ、いいですね。ぜひやりましょう!」

 

図らずも、オグリと一緒に走れる機会を与えてもらえる格好になった。

実戦となると、早くても秋シーズンになっちゃうからね。

最速でJCかな? 俺から頼み込みたいくらいだった。

 

もちろんこんなチャンスを逃す気はないよ。

 

「冗談で言ったつもりだったんだが……」

 

顔が引きつっているトレーナーさん。

いやもうそのつもりですので、今さらなかったことになんてナシですよ?

 

「仕方ないな……」

 

一層気合を入れてアップし始めた俺を見て、

トレーナーさんも諦めたようだ。

 

「オグリキャップ君!」

 

1本計測し終えたオグリを呼ぶトレーナーさん。

 

「何かまずかっただろうか?」

 

「いや、上々のタイムだったよ。

 それより、ファミーユリアン君が、君と一緒に走りたいそうだ」

 

駆け寄ってきたオグリに、ストレートに告げるトレーナーさん、

まあその通りなんだけど、もう少し言い方ってものがががが。

 

「そうなのか?」

 

「ああうん。なんか私も走りたくなってきちゃってね。

 もちろん嫌じゃなければ、だけど」

 

「まさか、嫌だなんてあるはずがない」

 

俺がそう言うと、オグリはふわりと微笑んだ。

 

「大先輩と一緒に走れるなんて思わなかった。

 さぞかし楽しいんだろうな。私から頼みたいくらいだ」

 

「じゃあ、OKってことで?」

 

「もちろん」

 

笑みを浮かべたまま、うれしそうに頷くオグリ。

かわいいのう。稀代のアイドルホースの面目躍如と言ったところ。

ウズウズしているのが丸わかりなくらいだ。

 

というか、さっきから言ってる『大先輩』って単語、

俺を指してるのよね? それで固定されたっぽい?

 

「ちょっと待ってて。パパッとアップ済ませちゃうから」

 

「ああ」

 

何はともあれ、これは気合入れなきゃいかんね。

あ、お互いここで故障するわけにはいかないし、

準備は入念に、だ。

 

10分ほどかけて、アップを済ませる。

 

早すぎて、つい今しがたの発言と矛盾するかもしれないが、

大井の件を思い出してもらえればわかるとおり、

俺って身体があったまるの早いほうなのよね。

 

ズブいタイプの子から羨ましがられることもあった。*7

そんなわけで、もう大丈夫なことですよ?

 

「5ハロンの併せでいいかな?」

 

「ああ、問題ない」

 

「私抜きで決められても困るわけだが。……まあいい」

 

条件を勝手に決められて、困惑しているトレーナーさんだ。

まあエキシビジョン的な何か、ということでおひとつ。

 

「オグリキャップ君。これは試験からは除外するから、

 気軽に走ってくれたまえ。

 日本のトップウマ娘と走れる機会だ、堪能してくれ」

 

「ああ、すまない。楽しませてもらう」

 

さっきからそうだけど、オグリの表情からは、

本当にウキウキワクワクしている様子が伝わってくる。

そこまで思ってくれるのなら、こちらとしても本望だ。

 

さて、俺も楽しませてもらうとしますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしく、オグリキャップさん」

 

「ああ。それと、オグリ、でいい。さんもいらない」

 

「わかった」

 

ゲートもないただのスタート地点。

笑顔で握手を交わした両者は、構えを取ってスターターの合図を待つ。

 

「よーい……ドンッ!」

 

「「っ」」

 

掛け声と共に、駆け出していく2人。

スタートダッシュではリアンに分があるようで、

あっという間に3バ身ほどのリードを取る。

 

(さすがに速い……だが、私も負けない!)

 

負けず嫌いな一面を見せて、試験から除外ということも忘れ、

オグリは本気で走りにのめり込んでいった。

 

2人の差がやや縮まったところで、残り600のハロン棒を通過。

そのまま4コーナーをカーブして、直線へと入った。

 

(遠い……)

 

あと一歩というところから、なかなか縮まらない2人の差。

すぐそこに見える背中が、果てしなく遠く感じる。

 

(……楽しい! これほど楽しかったのはいつ以来だろうか)

 

だがそれでも、追うオグリは、かつてない楽しさの中にいた。

これほど楽しく感じたのは、これまでの人生で初めてかもしれない。

思わずそんな風に思ってしまったほどだった。

 

「はああああっ!」

 

残り400を切ったところで、オグリが咆哮。

並走トレだというのに、実戦さながらのラストスパートへと入った。

2人の差が縮まり始める。

 

「……っ!」

 

声と近づいてくる足音でそれを察したリアン。

 

“怪物”から受ける迫力とプレッシャーに、

背筋に冷たいものが走るのと同時に、ゾクッと震えた。

 

(いいね、そうこなくちゃ面白くない!)

 

リアンもリアンで、実戦モードが起動。

心のスイッチも入った。超前傾走法へと移行する。

 

「「はあああっ!!!」」

 

両者の叫びが重なった。

さらに差が縮まる。2バ身、1バ身、半バ身……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「58秒9……並走トレってレベルじゃないわよ」

 

結果を目にしたトレーナーは、自らが計測したタイムに

驚愕して、わなわなと身体を震わせている。

 

実際のレースの1000m通過でも、厳しい流れになる数字だった。

 

「誰がそこまでしろと言ったのよ……」

 

オグリは実際のレースさながらの末脚を発揮したし、

リアンもリアンで、超前傾走法まで使っている始末。

 

「おいっ! 上がりは計測したかっ!?」

 

「はい! 4ハロン46秒7、3ハロン34秒5です!」

 

「ありがとう。……怪物か。怪物だったわね」

 

こんなとんでもない結果になるとは思わず、

自身は総合タイムしか測らなかったので、

係員に上がりを尋ねてみた結果がこうだ。

 

何も言わなくても、そこまでしてくれる優秀さは、

さすがは日本一のトレセンのスタッフだなと感心した。

 

改めて思う。

 

ロクな準備をせずに、一発でこのタイムを出せるリアンの怪物ぶり。

そして、そんなリアンについていけて、

あわよくば差し切る、というところまでいったオグリもまた怪物。

 

とてもとても、クラシック級に上がったばかりだとは思えない。

こんな怪物が地方に潜んでいたとは。

 

「噂は正しかったようだ。

 そして彼女の“目”もまた、やはり正確無比なのだな」

 

実走前に、リアンが口にしていた言葉を思い出す。

どちらもが正しかった。

 

「……ふ~っ、やれやれ」

 

大きく息を吐きだしたトレーナー。

 

結果に影響しないとは言ったが、オグリの編入試験合格は、

事実上この瞬間に決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ~っ」

 

ゴール後、大きく息を吐いて呼吸を整える。

 

いやあさすがはオグリ。

半ば本気で走ったのに、あそこまで追い詰められるとは思わなかった。

超前傾走法使わなかったら、確実に差されてたね。

その分、イナリの時以上に危なかったよ。

 

今の時点でこれとは、末恐ろしいったらありゃしないな。

 

「オグリ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

でもやっぱり、体力的には年齢相応なのかな?

俺がほぼ回復したのに対し、オグリはまだ膝に手をついて、

苦しそうに肩で息をしている。

 

まあ彼女はこれで2本目だし、ちょっぴり安心した。

これで回復力まで迫られてると来たんじゃ、

マジで先輩の威厳のかけらもないってところだ。

 

「大先輩……私の……走りは……どうだった……?」

 

俺に声をかけられて、わずかに視線を上げて、

途切れ途切れになりつつも質問してくるオグリ。

 

うん、逸るのはわかるけど、まずは呼吸を整えようか。

 

「よかったよ。かわされるかとマジで焦ったもん」

 

「そうか……」

 

まだ荒い呼吸のオグリだが、そう言うと

少しは気が楽になったのか、微笑んで見せてくれた。

 

「今度会うのは、実際のレース場かな?

 具体的には、年末の中山とかね」

 

「年末……中山……」

 

ここまで言えば、いくら鈍いオグリでも気づいてくれるだろう。

編入がいつになるのかわからないし、俺も海外行っちゃうから。

 

「……ねんまつ? なかやま……?」

 

しかしオグリは、あんまりピンと来ていない様子で首を傾げている。

 

おいおい、マジかよオグリさん。

史実では2回制し、2回目は日本中に感動を呼んだ名レースだぞ。

当のご本人様が気付かなくてどうする。

 

ここまで知識不足だとは思わなかったな。

まあいい。いずれにせよ、おまえとどこかで対戦するのは決定的なんだ。

俺も負けないよう鍛えるから、そっちもがんばれ。

 

「ありがとう。良い勝負だったよ」

 

「ああ、私も楽しかった!」

 

そう言いつつ右手を差し出すと、やっと息が整ったオグリは、

満足そうに会心の笑みを浮かべて握り返してくれた。

 

「……コホン。盛り上がっているところを悪いが」

 

わざとらしい咳払い。

ふと気づくと、トレーナーさんが傍まで来ていた。

 

「やりすぎだ。誰がそこまでしろと言った」

 

「あはは、すいません。ついつい力が入っちゃいまして」

 

「私もだ。楽しくて、つい……」

 

「まったく。2人とも、身体に異常はないな?」

 

「はい」

 

「大丈夫だ」

 

「それならいい」

 

余計な心配かけちゃったかな? 申し訳ない。

オグリは試験の最中だった。滅茶苦茶になったり、してないよね?

 

「オグリキャップ君の試験は、これで打ち切りだな」

 

「え……」

 

や、やべぇ、これまずい事態?

オグリが編入できないなんてことになっては──

 

「ああすまん、言い方が悪かった」

 

俺とオグリが青くなったのに気付いたのか、

トレーナーさんはそう言って意地悪そうな笑みを見せた。

 

「実力は十二分に見せてもらったよ。もちろん合格だ。

 おめでとう。我がトレセン学園は君を歓迎する」

 

「……合格」

 

これ以上続ける必要はないって、良い意味でってことだったのね。

いやあよかった。肝が冷えたぜ。んもう人が悪いなあ。

 

でもこの場で決まるとはね。

普通は何日かかけて、複数の人で検討するんじゃないかと思うけど、

そこまでするまでもないと見たか。

あるいは、このトレーナーさんが全権を預かってたか。

 

「やったね。おめでとうオグリ」

 

「ああ、ありがとう」

 

合格の二文字を噛み締めるように呟いたオグリ。

お祝いの言葉をかけると、気が抜けてしまったか、

へにゃっと破顔した。

 

「楽しみがひとつ増えた。

 海外で頑張らなきゃいけない理由もね」

 

「私も、大先輩を失望させないようにしないとな」

 

そう言って、2人で頷き合う。

 

早くも年末が楽しみなような、恐ろしいような、複雑な気持ちだよ。

まあその前に、海外での厳しい戦いが待っているんだけどね。

 

 

*1
2年連続での受賞は7頭いる。シンザン(64、65)、ホウヨウボーイ(80、81)、シンボリルドルフ(84、85)、シンボリクリスエス(02、03)、ディープインパクト(05、06)、ウオッカ(08、09)、キタサンブラック(16、17)。なお、スピードシンボリ(67、70)、ジェンティルドンナ(12、14)、アーモンドアイ(18、20)の3頭が連続ではないが2回受賞している

*2
満票での年度代表馬選出は、56年メイヂヒカリ、77年テンポイント、85年シンボリルドルフ、00年テイエムオペラオー、18年アーモンドアイの5頭のみである

*3
史実のオグリは、88年1月に中央への移籍が決定。28日に栗東・瀬戸口厩舎に入厩している

*4
「相馬眼」そうまがん、と読む。競走馬の能力、資質などを見抜く能力のこと

*5
おそらく作画が『かんたんオグリ』になっている

*6
面接のみで受かったハルウララの例があるので、もしかすると理事長の鶴の一声で、孤児院出身という話題性を重く見たのかも? あるいは、極めて正確にラップを刻めるという能力の片鱗を垣間見せたか?

*7
極端な例:ヒシミラクル






スーちゃん
「立ち会うだけってことじゃなかったの?
 前傾走法まで使ったそうね?(怒)」

リアン
「す、すいません(平謝り)」



芦毛の怪物とのファーストコンタクトでした
編入試験に飛び入り参加しちゃうリアンさん、マジ空気読めない(汗)

現実的には、まだ外部生、それも試験中に接触するなんてことは、
まずありえないでしょうけどね

仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?

  • ドバイワールドカップ
  • ドバイシーマクラシック
  • ガネー賞(仏)
  • クイーンエリザベス2世カップ(香港)
  • アメリカ遠征
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