メジロ家訪問の翌週。
夜にチヨちゃんからメッセが届いた。
『ちょっとお話しできませんか?
大丈夫でしたらお電話ください』という内容。
また何か困りごとだろうか?
弥生賞出走を予定していたはずだが、不測な事態にでもなったか?
メッセではなく、電話で話したいというのも気にかかる。
俺は迷わず、チヨちゃんの番号を選択した。
『はい、チヨノオーです』
チヨちゃんのほうも待っていたのか、
すぐに応答してくれた。
「もしもしチヨちゃん?
メッセ見たよ。どうしたの?」
『はい、ちょっと相談といいますか、お願いがありまして……
今お時間大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ」
『ありがとうございます、リアンさん』
声はいつものトーンだな。
特段沈んでいるという雰囲気ではなく、
何か悩んでいるという空気でもないが、はたして?
「それで?」
『はい、その、ありがたいことに、
私の妹が、このたびトレセン学園に合格しまして』
「そうなんだ、おめでとう」
『はい、ありがとうございます』
チヨちゃんの妹も合格かあ。
フルマーちゃんの妹、ライアンを思い出す。
チヨちゃんのことだから、妹さんもサクラかな?
えーと、史実でもいたんだっけか?
うーむ思い出せない。というか知らないのか?
このへん史実知識が曖昧だな。
『それで、その妹なんですが、喜びのあまり、
入学より先に遊びに行くと言い張ってまして、
今度の休みにこっちに来るそうなんです』
「へえ、そうなんだ」
チヨちゃんの言い方から、妹さんのやんちゃっぷりがわかるな。
気性難因子持ちか? 相当なおてんばガールっぽい。
『それで、ですね……大変恐縮なのですが……
リアンさん、妹に会っていただけませんか?』
「え、妹さんに?」
『はい。リアンさんの大ファンでして……
前に、リアンさんと仲良くなったって言っちゃってまして、
合格祝いに会わせてくれって言って聞かないんです。
よろしくお願いします!』
そっかー、俺のファンかあ。
だとすれば、チヨちゃんの頼みでもあるし、断る理由はないよね。
それにしても、なかなかに厚かましい妹さんだこと。
自分からお祝い頂戴は、結構な豪の者だよ。
「わかった、今度の週末だね?」
『あ、ありがとうございます!』
大声で礼を述べるチヨちゃん。
向こう側では、何度も頭を下げていそうな雰囲気すらする。
「でも私のファンだっていうなら、
スターオーちゃんのお見舞いの時に、
一緒に連れてくればよかったのに」
『あー……それはそうなんですけどぉ』
スターオーちゃんが入院してた時のお見舞いで、
チヨちゃんと一緒になる機会は何度もあった。
だからこそこうして仲良くなれたわけなんだが、
そのときにどうして連れてこなかったのか、という疑問が浮かんだ。
『あの子、スターオーさんとはあまり、その……』
言葉を濁したチヨちゃんの反応からして、
あまりよろしくない事情だとは思ったが、まさかの事態。
『反りが合わないと言いますか、スターオーさんの言うことに、
ことごとく反発しちゃって……』
「そうなんだ」
『はい……』
あの温和なスターオーちゃんと、だと?
にわかには信じられないが、実の姉が言うんだからそうなんだろう。
相性というのかなあ。気難しい子なのか?
まあでも納得だ。
そういうことなら、病室に連れていくわけにはいかんよなあ。
『では、あの、またご連絡差し上げますので』
「うん。時間と場所が決まったら教えて」
『わかりました。本当にありがとうございます。
それでは、おやすみなさい』
「おやすみ」
通話を切って、スマホを机上に置いた。
それにしても、まさかスターオーちゃんと喧嘩とはねぇ。
これはおてんばどころじゃない、相当なじゃじゃ馬だぞ。
覚悟しておいたほうがいいかもしれない。
チヨちゃんの妹さんに会う約束の日。
今日は生憎、朝から雨だった。
雪が降るというほどの寒さではないが、やっぱり寒い。
そんな中を、チヨちゃんから指定されたお店に、
時間に遅れないように向かう。
幸い、少し早く出たおかげで、10分前には目的のお店に到着。
チヨちゃんたちはまだ来ていないようだったので、
先に席に着いて注文を済ませ、彼女たちを待つことにする。
ところが、だ。
約束の時間になっても2人は現れなかった。
あら?とは思ったが、まあそんなこともあるだろということで、
もう少し待ってみることにしたんだが、5分が過ぎてもやってこない。
これはさすがにおかしいと思って、連絡してみるかと
スマホを取り出したところで、タイミングよくメッセが着信。
『すいません! 妹が遅れているので遅れます』
というチヨちゃんからのメッセージ。
遅れてるって、電車が遅延でもしたかな?
それなら仕方ない。待ってるから慌てなくていいよ~と返信する。
飲み物のおかわりを頼んで、携帯を弄りつつ待ちますか。
30分後
「すいませーん!」
店頭がにわかに騒がしくなったと思ったら、
誰かが慌てて飛び込んできたみたいだ。
まあ、誰かは言わずもがなだな。
「すいませんリアンさん! お待たせしてしまいました!」
「ああ、いいよいいよ。気にしないで」
息を切らしながらこちらの席までやってきたチヨちゃん。
凄く申し訳なさそうに頭を下げるんで、怒るに怒れないって。
怒る気もないけどね。
「電車が遅れたんなら仕方ないさ」
「え? 電、車……?」
「え?」
お互い『え?』となって顔を見合わせる。
……どうやら深刻な認識の不一致があるようだ。
「えっと、電車が遅れたせいだと思ってたんだけど、
もしかして違うの?」
「ええと……はい、その、大変言いづらいのですが……
その通りです。遅れたのは、単に、
妹が寝坊したせいというか、家を出るのが遅かったせいといいますか」
はあ? なんだよそれ?
俺に会うのすっごい楽しみにしてたんじゃないの?
遠足前夜のがきんちょみたいに、
楽しみすぎて興奮して眠れなかったとか、そういうオチ?
「本当はサボりかねない勢いだったので、慌てて電話して、
親に何とか叩き起こしてもらって、どうにか出発させた次第でして……」
「……」
サボるって、おいおい。なんなの、その妹さん?
楽しみにしてたのに突然ドタキャンかましそうになるって、
どういう精神構造してるんだ?
「……で、後ろにいるのが?」
「はい……。ほら、ホクト! あなたからも謝って!」
話が進まないから、とりあえず先へ進めようか。
チヨちゃんの後ろにいる、不機嫌そうな小柄な女の子。
赤いリボンをしていて、耳に花柄の飾りをつけ、肩下くらいの髪型だ。
横の髪がちょっと跳ね気味なのが、チヨちゃんとの血縁を感じさせる。
「……なんでよりによって今日が雨なのぉ」
チヨちゃんから押されて、俺の前に出された妹さん。
不満そうにそう呟くと、ポリポリと頭をかく。
「雨の日いやぁ……雨なんて大嫌い……ぶつぶつ……」
ホクト、って呼ばれてたよな。
チヨちゃんから促されても謝ろうとはせず、
俯いて何やらぶつぶつと呟き始めてしまった。
だ、大丈夫なのか、この子は?
あまりの様子に怒りはどこかに飛んで行って、
逆に心配になってきたんだけど?
「本当にすいませんリアンさん!
この子、昔から雨が死ぬほど嫌いで、雨が降ると1日中こんな感じで、
外に出たがらないんです。学校に行かせるのにも苦労するくらいで……」
「ええ……」
雨が嫌だから学校行かないって、どういうこっちゃ。
それ人間としてもそうだけど、ウマ娘として致命的じゃない?
レースの日に雨が降らないとは限らないんだが……
道悪が嫌だって子は結構いるけど、雨自体が嫌で、
レースすら棄権しそうな子は初めてだよ。
「あのぅ……」
「あ、お店の人も困ってるから、とりあえず座ろうか」
「は、はい」
注文を取り来たお姉さんが困ってるから、
2人ともとりあえず席に着いてくれ。
チヨちゃんと妹さんは俺の向かい側に座った。
で、注文を終えたところで、再び話を始める。
「ええと、とにかく、自己紹介をしてもらえないかな?」
「ぶつぶつ……」
駄目だこりゃ。
どうしたものかとチヨちゃんに視線を向ける。
「ほらっ、いい加減シャキッとしなさい!
憧れのファミーユリアンさんの前にいるんだよっ」
チヨちゃんもついに業を煮やしたのか、
少し強引に、気付けとばかりに、妹さんの背中をバンッと叩いた。
すると、どうだ?
「いッ……! え? ここどこ?」
ようやく我に返ったのか、キョロキョロと周りを見回す。
「しっかりして! 今日はリアンさんに会うんでしょ。
ほら、リアンさんが目の前にいるよ!」
「え? え? あ……」
今度こそ、彼女の目が俺を捉えた。
「ファ、ファミーユリアンさん……?」
「うん」
「本当に……?」
「本物だよ」
「……ゎ」
「ん?」
「うわーっ!」
「うわっ」
い、いきなり大声を出すな!
こっちのほうが驚くじゃないか。
周りのお客さんにも迷惑だ。
「ほ、本物のファミーユリアンさん!
ファミーユリアンさんがあたしの目の前にー!」
「さ、騒がないでったらー!」
「………」
俺は今日、いったい何のためにここにいるのだろう?
こりゃ、アレだね。
基本は真面目なスターオーちゃんだから、反りが合わないってのは本当だわ。
それでも彼女は辛抱強く諭そうとするだろうけど、
妹さんのほうがこれじゃあ、聞く耳持たないというか、
それ以前の問題というかなんというか。
まったく手に負えん。
で、俺はどうすればいいのん?
結局、妹さんが落ち着くのにはさらに数分を擁して、
チヨちゃんはお店中の人に謝罪して回る羽目になった。
「まったく、反省しなさい」
「うん……」
姉から叱られて、頬を膨らませている妹さん。
一緒に謝って回り、席に戻ってきて、最後に俺へという格好らしい。
「ほら、リアンさんにもちゃんと謝りなさい」
「ごめんなさい。あたし雨の日はいつもこうなっちゃって……
自分でもどうにかしなきゃとは思うんですけど、どうにもならなくて……」
「こちらから頼んだのにお待たせしてしまって、
その上こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」
「わかった。もういいよ」
「すいませんリアンさん……」
必死になって謝っているチヨちゃんの姿を見ていたら、
なんだか毒気が抜かれてしまったよ。
一応当の本人からも謝罪はされたんだし、これで手打ちにしよう。
「で、妹さんのお名前はなんていうのかな?」
「ホクト」
「うん。サクラホクトオーです。
えっと、ファミーユリアンさんの大ファンです。
こんなになっちゃったけど、会えてうれしいです」
再びチヨちゃんから促されて、
遠慮がちながらもようやく自己紹介した妹さん。
サクラホクトオー!*1
そうか、名前を聞いたことはあったけど、
チヨノオーと兄弟だっていう認識はなかったな。
ああー、だからか、だから雨がこんなに……
実馬は雨に泣かされた馬として有名だなあ。*2
いや、人間社会に置き換えたら、やっぱり致命的なんじゃ?
このウマソウル、かなり厄介だ。
「入学試験の日が雨じゃなくてよかったね」
「えと、はい……」
「冬場で良かったですよ~」
俺がそう言うと、ホクトちゃんは恥ずかしそうに俯いて、
チヨちゃんは、うんうんと何回も頷いた。
「本当、オンオフの差が激しいといいますか、
雨の日とそうでない日との差がありすぎるんですよぉ」
哀愁すら感じさせるチヨちゃんの言葉。
苦労が偲ばれるなあ。
「今日の天気予報が雨だってことで、嫌な予感というか、
もうほとんど確定だったんで、親には念を押しておいたんですが、
それでもダメだったみたいで布団から出てこなかったらしく……
もう本当に焦りましたよぉ……」
お疲れ様、チヨちゃん。
完全に愚痴になっちゃってるけど、しょうがないよな。
さて、妹さんのほうだ。
「ホクトちゃん、って呼んでもいいかな?」
「あ、はい」
「ホクトちゃんは、どうして雨が嫌いなの?」
「どうしてって……」
俺から尋ねられたホクトちゃんは、少し考える。
「リアンさんは、雨、嫌じゃないの?」
考えて、逆に質問してきた。
雨が好きって人もいるだろうけど、少数派だよな。
質問を質問で返すな~って言いたいところだが、ここは我慢。
お姉さんとして、ウマ娘の先輩として、諭してやらねばならん。
「嫌だよ。濡れるし、芝は滑るしね。
それで痛い目見そうになったこともあるよ」
「だったら──」
「でもね」
「……」
さて、ここからが肝要。
どうしたものかしらね?
「それはみんな同じなんだから、自分だけ毛嫌いしてたらなんか損じゃない?
避けては通れないものなんだしさ。
それに、最初からそうやって諦めてたら、何も前に進まないよ」
「………」
「考え方を変えてみない? ただ嫌うだけじゃなくて、
雨の中にも何か楽しみというか、良いことを見つけようよ」
「……例えば?」
お、食いついてきたな。
まったくの脈なしというわけでもなさそうだ。
もう少しか。
「例えば、う~ん、そうだな……
しとしと降ってる時の雨音って、聞いてるとなんだか心が落ち着いてこない?
なんていうかな、なんかしっくりくるっていうか」
「………」
「もちろん土砂降りは困るなあ。
でもそういうのがないと、水不足で困ることになっちゃうんだし、
要は考え方、心構え次第ってことかな。
モノの見方、捉え方って、見方次第でどうにでもなるものだよ、うん」
「………」
しばらく沈黙しているホクトちゃん。
さて、どういう結論に至ってくれるかな?
「……わかった」
たっぷり数分は考えた末に、頷いてくれた。
「雨は嫌い。嫌いだけど……がんばって探してみる。
雨の日の良いところ」
「そっか。よし、いい子だ」
「……うん」
さすがにテーブル挟んだ向かい側の席なんで、
手を伸ばして頭を撫でるなんてことはできないけど、
心情的には大いに褒めて撫でてあげたいところだった。
素質は間違いなくあるんだから、あとは精神面だけだな。
「それじゃ、帰るね」
「うん」
「気をつけて帰ってね」
帰りの電車の時間ギリギリまでホクトちゃんと一緒に遊んで、
駅の入り口まで送ってきた。
実家まで1人で電車に乗って帰るのか。
来るときもあんな状態で1人だったんだし、そう考えると大したもんだな。
よくこっちまで迷わずに来られたもんだ。
「リアンさん」
「うん?」
去り際、ホクトちゃんが不意に呟いたこと。
「雨の日、好きにはなれそうにないけど、
楽しいと思えることはありそう」
「うん、そっか」
「……じゃ」
少々のデレ具合を発揮して、照れくさそうに手を振りながら、
ホクトちゃんは改札の向こうに消えていった。
今日の出来事が、意識の変わるきっかけになってくれたらいいな。
まあ、あのあとは外に出ても平気そうにしてたし、
終始楽しそうに遊んでたから、まあ大丈夫だろう。
走りが大丈夫かどうかはわからん。
そればっかりは本人のフィーリングだから。
「今日はどうもありがとうございましたリアンさん。
本当にお手数おかけしまして……」
「いいよいいよ。後半は私も楽しかったから」
「ああ、ホントに恐れ多くて……」
こちらも終始、頭を下げっぱなしだったチヨちゃん。
君もクラシックが控えてるんだから、あんまり抱え込んじゃだめよ?
適度に発散しなさい。愚痴ならこうやって聞いてあげるから。
「んじゃチヨちゃん。この後どうしようか?」
「え? 帰るんじゃないんですか?」
「まだ門限には時間あるよ?」
俺がこう言うと、チヨちゃんはハッとした顔になって、
考えること少し、恥ずかしそうに申し出る。
「えっとそれじゃあ、私にもお付き合いしていただいても、
いいんでしょうか?」
「もちろんOK」
「ありがとうございます!」
了承すると、嬉しそうに礼を言ってくるチヨちゃん。
そうそう、そういうふうに発散していってくれ。
「行きたいお店があったんです。
でも、1人で入るにはちょっと勇気が要りまして」
「それじゃ、デートと洒落こみますか」
「はい!」
尻尾をぶんぶん振りまくるチヨちゃん。
本当にワンコ。そして、腕を絡ませてきかねないくらいの勢い。
「行きましょうリアンさん!」
「はいよ」
本当、クラシック頑張ってくれな。
ヤエノの動向がわからんが、この世界では、皐月も行けるだろうか。
ホクトオーがトンデモキャラに……
雨関連がこうなりました
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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