3月5日の深夜、直行便でのドバイ渡航が決定した。
およそ12時間の行程らしい。
そんな長時間のフライトどころか、前世を通じて、飛行機にすら
ロクに乗ったことすらない身としては、まるで想像もつかない世界だ。
北海道や小倉に遠征するなら、飛行機という線もありだが、
俺にはそういう機会はなかったからなあ。
シンボリが色々と便宜を図ってくれているようなので、
まあ心配はしてないけど、12時間もジッとしていたら、
身体が固くなっちゃいそうだな。
月が替わって3月。
1日の木曜日に国内最終追切を行なった。
マスコミ各社からの強い要望で、公開トレーニングということになって、
多数の関係者が学園に押し寄せた。
レースで慣れているとはいえ、レース場以外で、大人数が
見ている中で走るというのは、やっぱりあんまり良い気はしないね。
仕上がりのほうは、おかげさまでここまでは順調。
あとは現地に行って身体を慣れさせるだけだ。
そして、翌2日の金曜日。
理事長の鶴の一声で、壮行会が催されることになった。
一応、生徒の参加は自由意志という形だと聞かされてたんだが、
紹介されて会場入りして見てびっくり。
ほとんどすべての生徒が参加してるんじゃないかというくらいに、
足の踏み場もないほどのびっちり具合である。
この週末に出走を予定している子だっているだろうに、
迷惑をかけてしまってないかだけが心配だ。
まあそういう子は、チラ見するぐらいで、すぐに引き上げていくかな?
「生徒諸君! ついにこのときがやってきた!」
壇上に上がった理事長が、開口一番で気勢を上げる。
「いよいよ週明けの月曜日、ファミーユリアン君が海外遠征に出発する。
ついては、激励の意味を込めて、本壮行会を開催する運びとなった。
みんな、彼女をぜひとも応援してやってくれたまえ!」
理事長がそう言うと、たちまちに『おーっ!』という歓声が轟いた。
俺を応援してくれているはずの声なのに、
この期に及んで、どこか他人事のような気がしてくるのはなんでだろうな?
「生徒会長より挨拶です。
シンボリルドルフ会長、よろしくお願いします」
「はい」
司会進行を任されているたづなさんの言葉により、
ルドルフが壇上に上がる。
「ハクチカラ*1さんが、日本ウマ娘として初めての海外、
アメリカに遠征*2して早数十年……」
ルドルフはゆっくりと会場を見回した後、
静かにこう語りだした。
「そして、ワシントンバースデーハンデ競走で海外初勝利*3を挙げて以降、
挑戦はあったが勝てていない*4」
ハクチカラ、かあ。
随分と遠い昔のことように思えるね。
特に俺にとっては、他の子たちと違って、
さらに進んだ時代から転生してきているわけだから、
余計にそう思えてしまう。
「辛抱の時間を強いられたが、それももう終わりだ。
長く続いた閉塞感を打破してくれる、
そんなウマ娘がついに現れてくれた。
ファミーユリアン、我が親友でもある君だ」
壇上からこちらに視線を向けて、微笑みかけてくるルドルフ。
大層な言上はやめてほしい。いや大真面目に。
「はっきり言って、日本史上最強だと思う。
彼女ならば、いくら海外勢が強力だと言えども、
必ず勝ってくれると信じている」
いや、いやいや、おまえよりも強いとか……
そんなこと言っておいて、この皇帝陛下は実戦になったら、
真後ろにぴったりくっついてきて、
直線に入ったらあっという間にぶっちぎっていくんですよきっと。
大ホラ吹きの皇帝陛下だなあ、まったく。
「……いや、ここまで来てただの願望を口にするのはやめよう。
端的に、今の私の気持ちを表現することにする。
これをもって、生徒会長として、親友としての、
激励の言葉とさせてもらおう」
願望ではなく、端的な気持ち、ね。
さてどんな言葉にしてくれるのか?
「勝て!!」
……!!
これは……端的も端的、超簡潔ど真ん中に来たねぇ。
「以上だ。ご清聴感謝する」
言い終えて一礼し、壇上から降りるルドルフ。
会場は大きな拍手に包まれた。
確かにこれ以上の言葉はないわな。
俺もグッと来たぜ。サンキューな!
「先輩、がんばってな!」
「応援してます!」
「やってくれると信じてるぜ!」
「3人ともありがとね」
その後、俺も壇上に行って、同じく壇上に来てくれた
タマちゃん、ファルコちゃん、イナリの3人からでっかい花束を渡される。
「リアン先輩」
「スターオーちゃん」
さらにもう1人、スターオーちゃんもいる。
先月トレーニングに復帰した彼女、
もちろん自分の足で壇上まで上がり、すぐ目の前まで歩いてきた。
「存分に暴れてきてください。
きっとそれが日本中の望みですから」
「うん、がんばるよ」
「これは、全校生徒から集めた激励の寄せ書きです」
「うえっ多っ!」
渡されたのは、何枚にも重なった色紙の束。
いったい何枚あるのか、想像もつかない。
「あとでゆっくり読んでくださいね」
「じっくり読ませてもらうよ。ありがと」
ウマ娘のパワーをもってしても、ずっしりと感じるこの重み。
何人が書いたんだ? まさか本当に全校分あるのではなかろうな?
4人はぺこりと頭を下げて、壇上から降りて行った。
「ファミーユリアンさんから、皆さんにご挨拶をいただきます」
会を締めくくる挨拶をしなければならない。
これ、言われたのがきのうの追切後のことだったんで、
何を話すか、考える時間もなくて本当に悩んだんだよ。
「え~、こんなに盛大な会を開いていただきまして、
まことにありがとうございます」
応援してもらえるのはうれしいし、ありがたいのは確か。
だけど、正直ここまでしてもらえなくてもいいというか。
うぅ、負けた時のことは考えたくないなぁ……
堂々としているように見えて、実は逃げ出したい気分が満々ですよ。
とにかく、勝ちたい気持ちと、頑張りたい一心がどうのこうの……
こういうことを一生懸命に話した。
「──というわけですので、僭越ながらこの私が、
みなさんの、日本ウマ娘の悲願を、ぜひとも達成したいと思います。
えー……」
ここまで言って、一呼吸置いて、
集まった生徒の様子を見渡す。
『………』
みんな、いい顔してるなあ。
目をキラキラさせて、期待感満載でこっちを眺めておるわ。
まあ中には付き合わされて迷惑だなんて思ってるやつも、1人は絶対いる。
だが、自由参加の中で、形の上だけでも参列してくれているわけなので、
表向きは俺を応援してくれているわけで。
……そんな連中のためにも。
「勝ってきます!」
わああああっ!!!
言い切って締めて頭を下げたら、瞬時に溢れる大歓声。
……ホントの本当に、負けられんよなあ。
壮行会を終えて、荷造りも終わってる。
あとは空港に向かうだけとなった段階だが……
寝床に入って考える。
この土日はどうしようかね?
中央開催のレースを見ながら、ゆっくり過ごすのも悪くはないけど、
海外遠征前最後の週末だし、半年以上も日本に帰ってこられないわけだし、
特別な過ごし方をしてみたい気持ちもある。
何か、何かやり残したことはないか?
……。
…………。
そうだ、笠松行こう!(唐突)
渡航前最後にもう1度オグリと会って、話をしておきたい。
何より今後、レース界は彼女を中心に回っていくんだから。
思い立ったが吉日だ。
すぐさまスマホを手に取り、翌朝の新幹線を予約した。
で、朝。
「出かけるのか?」
いつものお出かけ変装スタイルに着替えている俺を見て、
ルドルフがそう声をかけてきた。
「うん。遠征前最後の休みだから、
ちょっと気晴らしに行ってくるよ」
「そうか。怪我だけには気をつけてくれ」
「おっけ」
相変わらずの心配のされ方だが、
出発2日前だからな。仕方ない。
でも嘘は言ってないよ。
ちょ~っと遠出になるけどねえ。
「門限までには戻るから」
「ああ。いってらっしゃい」
「いってくる~」
ルドルフに見送られて部屋を出る。
品川駅まで出て、予約した新幹線に乗って、いざ名古屋へ。
そこからまた乗り換えて、笠松まで。
アプリの乗換案内見てて意外に思ったんだが、
東京西部からは東京駅に出るより、品川から乗ったほうが早いんだな。
品川に停まるようになった恩恵だわ。
「着いた~笠松!」
というわけで、無事に笠松に到着。
自由席で来たんだけど、変装したおかげか、誰にもバレなかったよ。
都合4時間くらいかな?
昼前には着くことができた。
で、笠松レース場って駅からすぐなんだな。
利便性が大変よろしくて結構結構。
駅から歩くこと数分で、レース場の正門前まで来た。
だが、ここで気付いたことがひとつ。
「開催してないじゃん……」
開催日じゃなかったというオチ。
ほとんど誰も歩いてなかったから、察することはできたよな。
開催してたら、もっと人通りがあるはずだ。
あわよくばレースも見られるかなとも思ってたんだが、
その目論見はものの見事に外れてしまった。
よくよく考えてみれば、中央開催がある週末にはやらないよなあ。
まあ見方を変えれば、バレる可能性は下がったというべきか。
「ええと、どうするかな?」
他場の観戦と投票はしているみたいだから、
門は開いてるけど、入ってみるかな?
どちらかというと、レースやレース場じゃなくて、
トレセンのほうに興味があって来たわけなんだけど……
関係者に正体を明かして、事情を説明したら、
オグリに会わせてもらえるかな?
学生証は持ってきているから、
見せて変装を解けば、理解はしてもらえると思う。
……いや、やめておくか。
そんなネームバリューをいいことに、
強権を振りかざすような真似はしたくないし、できない。
アポを取れればよかったんだが、
そんな急に取れるわけがなかったしなあ。
まさしく思い付きの笠松行だったし。
時間もあんまりないし、う~ん……
とりあえず、トレセンのほうの入口へ行ってみるか。
「大先輩じゃないか!」
「っ……」
聞き覚えのあるお馴染みの声。
トレセン前へと移動中、思いがけずに向こうから来てくれた。
外回りのランニングにでも出ていたのか、
ジャージ姿の
「どうしたんだこんなところで?」
変装を見事に見破ったオグリ。
こちらに駆け寄ってきて、朗らかな笑みを見せてくれる。
「よくわかったね? この通り変装してきたのに」
いやホントよくわかったな。
それも遠巻きに、一目見ただけで、だぜ?
だぼだぼのコートにサングラス、帽子を被って髪形も変えてるのに。
もはや超能力と言っても過言ではないぞ。
「雰囲気でわかった」
いや……うん。
笑顔でそう断言するものだから、マジで超能力かと思っちゃった。
「大先輩は大先輩だからな」
「そっか」
「ああ」
よくわからないが大した自信だ。
まあ喜んでおくべきところだろう。
「おいオグリ、誰だよ?」
「お知り合いの方?」
オグリの後からやってきた、数人のウマ娘たち。
いま慌てたように尋ねているのは、
小柄で青鹿毛、目元に覆面を着けた赤いカチューシャの子と、
鹿毛のおっとりした感じの子だ。
他にも、芦毛で背が高くスラッとした子、
栗毛で『B』のような特徴的な髪飾りを着けた、おっぱいの大きい子と、
同じく栗毛で派手目な感じで、目つきの鋭い子がいる。
こっちでのお友達かな?*5
「大先輩だ」
ドヤ顔で言うオグリ。
それはおまえの中での呼称なんだから伝わらんだろ。
案の定、お友達たちは首を傾げている。
まったくもってやれやれだな。
「オグリのお友達の皆さんかな? はじめまして」
帽子とグラサンを取りつつ、自己紹介する。
「なっ?」
「え?」
「うそ……」
総じて驚きを隠せない彼女たち。
少し優越感に浸ったりはしないぞ。本当だぞ。
「ファミーユリアンです」
「まさか……」
「ほっ、ほほほほ本物ですか!?」
「なんでこんなところに……」
さすがに顔は知ってたか。
それぞれに驚愕の表情を見せてくれる彼女たち。
本当オグリのあの反応は何だったんだ。
「騒ぎになっちゃうから、内緒にね」
「は、はい」
『B』の子の声が大きいので、口元に人差し指を立てるポーズで自制を促す。
気持ちはわかるけど、あくまでお忍びなのでね。
勝手に来ておいて申し訳ないが、我慢しておくれ。
「あ、サ、サインお願いしてもいいですか?
ああっ、書くもの持ってない!」
「私、持ってるよ。ちょっと待ってね」
カバンからメモ帳とペンを取り出し、
サラサラ~ッと一筆したためる。
あとは、書いたページを破って、『B』の子に渡してあげる。
「こんなのでよければ」
「あ、ありがとうございます!」
騒ぐなって言ったのにもう。
まあ気持ちはわかるし、周りに人はほとんどいないからいいか。
「大先輩、それで、どうして笠松まで来たんだ?」
不思議そうに尋ねてくるオグリ。
おお、そうだったそうだった。
「急でごめんね。
日本を発つ前に、君ともう1度話したくなっちゃってさ」
「そうなのか、光栄だ」
「ちょっと2人で話せないかな?」
「もちろん構わない。みんな、ちょっと待っていてくれ」
そう言ってお友達の方々と別れ、オグリと2人になれる場所へ。
近くの川の土手の上へとやってきた。
2人で並んで立って、周りの景色を見つめる。
「のどかでいいところだね」
「だろう? 私も気に入っているんだ」
「そっか」
オグリの出身地ということで、一躍有名になった笠松。
その後もなんか色々あったみたいだが、現在でも存続している。
「で、話というのは?」
「うん。……ごめんね、あれは嘘」
「え?」
俺の言葉に目をしばたたかせるオグリ。
まあそりゃそうだな。話せないかと言ってわざわざ場所を変えたんだ。
盛大にハテナマークを浮かべたくもなろう。
「具体的に何か話したかったわけじゃないんだ。
ただ、オグリと会って、声が聞きたかった」
「そうか」
「迷惑だったかな?」
「そんなことはない。私も大先輩と会いたかったし、
こうして話せてうれしい」
「そっか、よかった」
「ああ」
そこまで話して、俺たちの間に沈黙が下りてくる。
しばらくの間、2人で川面を見つめていた。
次に口を開けたのは、何分後だっただろう。
「いよいよ来月から中央だね。準備はできてる?」
「明日からでもいいくらいだ。早くレースに出たい」
「何よりだね」
力強く頷くオグリ。
どうやら何の心配も要らないようだ。
「最初は風当たりの強いこともあるだろうけど、
君はそんなのには負けないと信じてるよ」
「ああ、笠松のみんなのためにも、私は負けない。
そして、次に戦った時こそ、大先輩にも勝って見せる」
「その意気だ」
意識は異様に高いようで安心した。
この分なら、史実以上の活躍は保証されたも同然。
まずはクラシックに出走できるかどうかだけど、
そこは俺にはどうにもできないので、まあ成り行きを見守るしかない。
どういうローテを組むのかな?
本当、年末が楽しみなような恐ろしいような。
「それじゃ新幹線の時間があるから帰るね。
今度は中央で会いましょう」
「ああ」
門限のことを考えると、2時前には帰りの新幹線に乗っておかないとまずい。
そう考えて取っておいた予約には、そろそろ名古屋へ戻っておかないといけない。
笠松滞在が1時間もなかったな。
トンボ帰りもいいところだ。
「海外、がんばってくれ。みんなで応援している」
「ありがとう。全力で頑張ってくるよ。それじゃね」
オグリからの激励も受けて、頷き合ってお別れ。
「お友達の皆さんも、またね」
向こうで待っているお友達の方たちにも挨拶して、
駅のほうに向かって駆け出した。
時間が迫っているのか、リアンは急いだ様子で小走りに去っていった。
手を振って見送った笠松一同。
「本当、何しに来たんだあの人は」
「結局、オグリちゃんに会いに来ただけ?」
「オグリ! どういうことなんだよ!」
「そもそもどうやって知り合ったの?」
友人たちが騒ぎ立てる中、オグリは冷静に一言、
笑顔でこう述べるだけだった。
「来てくれてうれしかった」
翌日の日曜日は、出身の孤児院へ。
「またしばらく会えなくなりますが」
「いいのよ。リアンちゃんは自分のことだけ考えて」
「はい」
院長は何の心配も要らないと笑ってくれた。
手前勝手なことばかりなのに、誠に申し訳ない。
「怪我と病気には気を付けてね」
「はい」
二言目には、毎回それだもんなあ。
それだけ心配されてるってことで、
成長してないって思われてるのか。悲しいなあ(嬉)
「連絡できないわけじゃないんでしょう?
たまにでいいから、連絡ちょうだいね」
「はい。……っ」
いかんな……いろいろ思い浮かぶことがあって、
感極まってきてしまった。また
今生の別れってわけでもないのになあ。
マジで成長してないじゃないか……
「大丈夫よ」
「ぁ……」
立ち上がった院長が目の前までやってきて、
がばっと抱き締めてきた。
子供のころから全然変わらない、
院長の匂いとぬくもりに、安心感が噴出してくる。
「しっかりね」
「はい……はいっ……」
「本当、強がりなのは昔から変わらないんだから」
「っ……」
院長に声をかけられるほどに、涙が込み上げてきて。
その後しばらく、何も言葉にできなかった。
いよいよ出発の日。
ドバイ行きの便は深夜発なので、夕方に学園を出る。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ。当日は私も現地に行く」
「うん」
ルドルフの見送り。
忙しいだろうに現地まで来てくれるなら、それ以上の応援はないよ。
「リアン」
「ん? ……ああ」
差し出されてきた右手。
俺のほうからも手を伸ばし、力強く握り返した。
腕相撲の時のような格好になる。
「健闘を祈る」
「うん、いってきます!」
熱いお見送りを受けて部屋を出、
キャリーケースをガラガラと引きながら寮のロビーへ。
すると……
パンッパンッ
「うわっ! な、なに?」
突如として鳴り響いた破裂音。
不覚ながら全く予期していなかったので、ビックリしてしまった。
『ファミーユリアン先輩! いってらっしゃい!』
ついで大合唱で発せられたこんな声。
慌てて確かめてみると、ロビーに入りきらないくらいの生徒が集まって、
ライブの観客が持っているような色とりどりのサイリウムを振っている。
よく見れば飾りつけまでされており、
『がんばれ!』や『応援してます!』といった幕まで用意されている。
これは……
壮行会までやったというのに、この上こんなことまでとは。
わかっていたことだけど、トレセン学園の生徒、いいヤツしかいない。
いつの間にこんなの用意してたんだよ。
「みんなありがとう! いってくるね!」
モーゼが割った海のように人垣が割れて、出口までの道が開く。
盛大な拍手に送られながら、その真ん中を通って外へ。
外へ出てもなお、中からは拍手が聞こえてくる。
「良い生徒さんたちですね」
「私にはもったいないくらいです」
待っていた乙名史さんと合流。
彼女はこの遠征にも密着するらしく、海外へ単身での長期出張のようだ。
娘さんまだ学生なのに大丈夫ですかと聞いたら、
主人に任せますし、しっかり者の娘ですから大丈夫ですとの返答だった。
「では、お乗りください」
「はい。よろしくお願いします。乙名史さんもどうぞ」
「失礼します……」
例のシンボリ家のリムジンで、空港まで送ってもらう。
密着取材の乙名史さんも同乗する。
「こんなお高い車に乗るのは、生まれて初めてですよ……」
と、ハンディカムを持った乙名史さんは恐縮しきっていた。
まるで初回の際の俺のようで、失礼ながら笑ってしまった。
そんな車中での会話。
「あ、そうだ乙名史さん。ひとつ耳寄りな情報があるんですが」
「お、なんですなんです?」
こう切り出すと、メモ帳片手に、
身をずいッと乗り出して食いついてくる乙名史さん。
まあそうなるよな。
「来月、編入してくる子がいるんですけど」
「ほほぉ、そうなんですか。それで、その子が何か?」
「芦毛のロングヘアの子で、オグリキャップっていうんですけどね。
間違いなく今後のレース界を背負って立つ存在だと思いますから、
取材しておいて損はないと思いますよ」
カンニングしている身からすると、
インサイダー取引みたいで、なんか嫌だけどな。
「編入、ということは、今までは地方の所属で?」
「そうです。笠松からです」
「笠松……そんな子の情報あったかな?」
さしもの乙名史さんでも、まだオグリのことは知らない模様だ。
でもそんなあなたでも、すぐに彼女の魅力の虜になりますよ。
「私から紹介されたって言えば、彼女も拒否しないと思います。
連絡先は交換したので、伝えておきますよ」
「助かります。よくわかりませんけど、リアンさんがそこまで仰るなら、
私は行けませんから会社に連絡して、別の人を行かせます」
「ええ。ぜひそうしてください」
半信半疑な様子ながらも、乙名史さんは早速、会社に電話していた。
それは会社の人のほうも同様なようで、なんだか揉めていた気配もあったけど、
笠松までの予算が~とか、引っ越しの日、密着なんて単語が出ていたので、
『地方からの編入に密着取材!』なんて特集が組まれるのかもしれない?
もしかすると、この世界のオグリブームは、府中CATVから始まるかもね。
空港に到着して、出発の記者会見。
1度やったんだから静かに出発させてほしいものなんだが、
そうは問屋が卸してくれないのが世間というもの。
ここまでの順調な調整の経過と、
改めて抱負や決意などを述べて、予定されていた終了の時間となる。
「時間となりましたので、これにて会見を終了させていただきます」
進行役の人の言葉でお開きとなって、
隣にいたスーちゃんとも頷き合って立ち上がった、その瞬間──
「ファミーユリアンの健闘を祈ってぇ~、エールを贈る~!」
報道陣の後ろから現れた、おっちゃんをはじめとするファンクラブの一同。
彼らは総じて俺のファングッズで装備を固めており、
例の横断幕も広げられて、さながらパドックのような雰囲気になった。
「ふれ~、ふれ~、リ・ア・ンッ!」
『フレッフレッ、リアンッ!』
次第に報道陣の人たちも参加するようになって、
最後には、この場にいるほとんどすべての人の大合唱となる。
『ファイト、オーッ!!』
「………」
呆気に取られて、しばらくは何も言い出せなかった。
なぁにこれぇ……
どういうことなの?
おっちゃんたち? 俺、何も聞かされてませんけど?
「がんばれリアンちゃん! 信じてるぜ!」
そう言ってサムズアップして締めくくったおっちゃん。
やれやれだぜまったくぅ。
仕方のない人たちだ。
ファンクラブの人たちも、当日は現地まで来てくれることになっている。
もちろん自腹で来させるわけにはいかないので、ファンクラブ、
即ち俺持ちなわけだが、まあ当然のことだろう。
わざわざ応援に来てもらうわけだから。
といっても、全員を招くわけにはいかないので、
おっちゃんを筆頭とする限られた人たちのみだけど。
その抽選は、なかなかに熾烈な争いとなったみたいだ。
「ありがとうございますっ! いってきます!」
俺からもサムズアップし返して、頭を下げて会見場を後にした。
海外遠征発表してから、何回、人前で頭下げたんかな?
なんにせよ、ますます負けられなくなってしまった。
レースが楽しみなような、恐ろしいような、
なんとも複雑な気持ちだよ。まったくもう(大喜び)
ちなみに、空港でのラウンジが超豪華でまずびっくり。
後から聞いたが、有料の専用施設だったんだって。
飲み物から食事から至れり尽くせりのサービスで、度肝を抜かれた。
空港ってこんな豪勢なところだったっけ?
それだけでも十分だったんだけど、搭乗する便が
ファーストクラスだということに気付いて二重にビックリ。
そりゃ、シンボリが手を回していたんだから、
ある程度は予想していたが、せいぜいビジネスクラスだと思ってたよ。
まったくもって甘かった。
ほとんど何も不自由しない、12時間のフライトがまったく苦にならない、
それはもう快適な空の旅でしたよ、ええ。
アテンダントさんが世話を焼いてくれるたびに恐縮してしまい、
逆に向こうに気を遣わせてしまったが、庶民感覚の俺は何も悪くないと思う。
無理だと思ってた笠松詣でを、このタイミングで何とか決行。
オグリとのセカンドコンタクトになりました。
シングレ勢の出番はこれ限りの予定。
いよいよ次回から海外パート。
もちろん現地に行ったことはないので、
状況描写がおざなりになるのはご勘弁ください。
ちなみに成田→ドバイのエミレーツ航空ファーストクラスのお値段、
調べた時点では250万超えてました。恐るべし((((;゜Д゜)))
なお、ヨーロッパへの日本馬初の遠征は、
中山大障害を4連覇したフジノオーであり、66年のことです。
2シーズンで16戦して2勝(フランスにて)しており、
日本馬によるヨーロッパにおける初勝利で、
あのグランドナショナルにも出走しました(結果は飛越拒否による競争中止)。
また、現在でも記録上、唯一の日本馬による海外障害競走遠征馬かつ勝利馬です。
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
-
ドバイワールドカップ
-
ドバイシーマクラシック
-
ガネー賞(仏)
-
クイーンエリザベス2世カップ(香港)
-
アメリカ遠征