ファミーユリアン、
そのキャリアで初めて連を外す3着敗戦。
「………」
自室にて中継を見ていたルドルフは、
ゴールの直前、静かに目を閉じた。
親友が負けるシーンを見たくなかったのかもしれないし、
現実を直視したくなかったのかもしれない。
「こんなバ場になってしまうと、
さすがにリアンでも厳しいか……」
そして、ぼそっと呟く。
ヨーロッパの重い芝。
それも、ロンシャン特有と云われてやまない芝で、
ここまで渋ってしまうと、もはや別競技なのか。
スタートして行き脚がつかなかった時点で、
嫌な予感はしていた。
詳しくは本人から話を聞かなければわからないが、
きっと、
逆に考えれば、リアンでダメなら、日本のウマ娘は誰もがダメだ。
諦めもつきやすいと思うほかない。
「それにしても……」
目を開けると、中継には勝ったインザウイングスが映し出されていた。
泥まみれになってはいるが、その走りは力強く重厚。
不良バ場だということをまったく感じさせない走りである。
海外のトップ層の娘たちは、こんなバ場になってさえも、
普段通りの力を十二分に発揮することが可能なのか。
それは敵わないはずだ。
ルドルフはそれ以上を口には出さなかったが、
無気力な表情がすべてを物語っていた。
「……リアン」
脇に視線を移すと、使われなくなって久しい、親友のベッドがある。
すぐに連絡を取りたい衝動に駆られたが、
理性を働かせてグッとこらえた。
本人が1番堪えているだろうし、本番はあくまで次だ。
当日は晴れてくれるように祈るのみ。
ルドルフはそう考えて、自分を無理やり納得させる。
「………」
今夜はなかなか眠れなさそうだ。
翌日、放課後。
「………」
ちょっと休憩だと称して生徒会室を抜け出したルドルフは、
校舎の屋上へとやってきて、柵に腕を乗せて景色を眺めていた。
(気を遣わせてしまったかな)
彼女自身は、何も変わらず普段通りにしていたつもりなのだが、
周りからしてみると、そうでもなかったようだ。
現に、仕事人間のルドルフが、自ら休憩だと言い出すことなんて
滅多にないことであるのに、生徒会の皆は何も追求せずに、
ただその通りに頷いてくれたのだから。
(……フフ。いかんな、私のほうが落ち込んでどうする)
やはり慣れていないだけに、親友の敗戦は、
想像以上に心に来ているようであった。
(しかし心なしか、今日は校内も沈んでいるようだったな)
それはルドルフに限ったことではなく、
トレセン関係者の多くがそうであったようで、
今日は朝から学園全体の雰囲気が妙であった。
世間も、一般ニュースでも取り上げられるくらいであり、
いちウマ娘の勝敗をそこまで気にしてもらえるようになったかと
嬉しい半面、勝利はともかく、
敗戦時はそっとしておいてほしいとも思うジレンマ。
(ままならないものだな……)
一言も発しないまま佇むルドルフ。
そうして30分が過ぎたころ。
「あ、いたいた。もうっ、やっと見つけたわ」
「おーい、ルドルフ~」
「……? マルゼンにシービーか」
そんな折、ルドルフを呼ぶ声が。
声のしたほうへ視線を向けると、
マルゼンスキーとシービーが歩み寄ってくるところだった。
「何か用か?」
「何か、じゃないわよ。探しちゃったじゃないの」
「生徒会室に行ったらさ、
休憩しに行ったって言われるだけでさ。
どこに行ったかまでは聞いてないって言うからさあ」
「そうか、手間をかけさせたな」
2人はルドルフを探していたようだ。
確かに行先までは告げていなかった。
「それで、私に何か用なのか?
君たちが2人揃ってとは珍しい」
「否定しないけど、
あなたがお仕事サボってるほうが珍しくない?」
「生徒会長がサボりとは感心しないな~?」
「サボりじゃないぞ。きちんと断ってきている」
軽く詫びてから改めて尋ねると、
マルゼンとシービーは、からかうような視線と声を向けてきた。
少しムッとして言い返すルドルフ。
「あなたを探した理由、言ったほうがいいかしら?」
「……いや、やめておこう。嫌な予感しかしない」
「あらそう♪」
引き続き、変わらぬ態度で迫られたルドルフは、
少し考えて質問を取り消した。
事態がより悪化しそうな予感に駆られたためだ。
マルゼンの意地悪そうな笑顔を見るに、
その予感は正しかったと感じるルドルフ。
「ファミーユちゃんなら大丈夫だよ」
「……!」
そんな空気を読まず、シービーがぶっ込んでいった。
流石の自由人である。
「あのコは、アタシたちが考えているよりずっと強いコだよ。
外野がとやかく言うより、信じて見守ってあげるのがいいと思う」
「……その結果が、最初の骨折なんだが?」
「あの頃とは状況が違うよ」
しかし、深入りせずにいた結果、重大な故障を招いてしまった。
もっと早く介入していれば、と何度も思った。
そんな負い目があるがために、ルドルフの視線は自然ときつくなるが、
シービーは意にも介さずに笑い飛ばした。
「ファミーユちゃんも、
比べ物にならないくらい強くなったんだしさ?」
「うむ……」
「これ以上、何か言葉が必要かな?」
「……いや」
シービーからニカっと笑いかけられて、
ルドルフもそれ以上の反論をあきらめた。
何より、今ここで自分たちが騒いだところで、何にもならないのだ。
「今度はアタシも応援に行っちゃおうかな~?」
「あ、いいわね。あたしも行くわよ~」
「元より私は行くつもりだ。シンボリ家を挙げて、な」
シービーが現地まで行くと言い出して、
マルゼンもそれに乗り、対抗してルドルフは当然とばかりに言う。
ここで3人は同時に噴き出した。
「なんなら、リアンちゃんに関係のある子は全員連れてっちゃう?
みんな喜んでついてきてくれるわよきっと。
お金はシンボリ家にツケておきましょ♪」
「あの子も、この子も……」
「待て。費用はともかく、
授業や自分のレースがあるんだから他の子は無理だろう。
こらシービー、指折り数えるんじゃない」
学園三巨頭とでも云うべき超大物3人のじゃれ合いは、
しばらく続いた。
セントライト記念がスタートした。
1番人気は、皐月賞2着、ダービー3着のヤエノムテキ。
終始、逃げウマの後ろ内々の3番手を追走したヤエノは、
最終直線に入って、逃げウマ2人の間を割って伸びる。
『ヤエノムテキ先頭! ヤエノムテキ1着!』
ヤエノはそのまま、後続に1バ身半の差をつけてゴール。
ようやく手にした芝での初勝利。重賞初勝利であった*1。
(やっと勝てた……)
悩んだ末の勝利に、万感噛み締めるヤエノ。
しかし喜んでばかりもいられない。
これはあくまでトライアルであって、本番は次なのだ。
それに春の主役、二冠ウマ娘は故障で離脱中。
同じく春に敗れたダービー2着娘も同様だ。
ここで改めて、自分が主役に躍り出るチャンスがやってきた。
(……次も、勝つ!)
久々に味わう勝利の余韻を味わいながらも、
気合を入れ直すヤエノであった。
神戸新聞杯では、スーパークリークが戦線に復帰。
人気はさほど高くはなく、4番人気でのレースとなったが
『スーパークリークだ!
故障明けも重バ場もお構いなしに突き抜けた!
スーパークリーク快勝、ゴールインッ!』
重バ場発表の中を、ただ1人、圧倒的な脚を発揮。
2着に3バ身差をつけて圧勝した。
「もちろん菊花賞に出ます。
ぜひともお姉さまに良い報告をしたいところですね~」
とインタビューで発言したクリーク。
「ご家族に、ということでしょうか?」
「いいえ~。ファミーユリアンさんのことです♪」
「……え?」
クリークがこう答えたため、一同は総じて「は?」という反応になった。
それはファンの間でも同じで、『なぜにお姉さま?』と騒がれることになる。
「きっと見ていてくれていますよね~お姉さま。
随分お待たせしちゃいましたけど、
必ず勝ってご恩返ししますから、また見ててくださいねぇ♪」
「は、はあ」
ニッコリ笑顔で言うクリークに、
もはやついていけないインタビュアー。
兎にも角にも、リアン派閥にまた1人加わったのか、
という事実が明白となった一幕だった。
こちらも重バ場の中で行われたオールカマー。
1番人気はイナリワン。他にさしたるライバルもおらず、
実績と実力から順当勝ちだと思われたのだが……
『イナリワン伸びない! バ群の中でもがいている!』
逃げた娘と追い込んだ娘が壮絶な叩き合いを演じる中、
イナリはバ群の中で何もできずに終わってしまった。
同じような位置取りであった娘が、
重バ場でも差し切って勝ったことから考えて、
明らかに不可解な敗戦となる。
「……クソッ!」
ゴール後、泥で真っ黒になりながら、
悔しそうに芝を蹴り上げたイナリ。
宝塚に続いて、後方から伸びきれない展開が2戦続いた。
自分自身でも、力を発揮しきれない状況に困惑している。
「どうしちまったんだあたしは……」
10月に入り、最初の日曜日。
生憎の小雨模様の中でも、多くの観客が東京レース場に押し寄せた。
そんなファンたちのお目当ては、もちろんこの娘。
『本日も抜けた1番人気、オグリキャップの登場です!』
『わあああっ!!!』
本バ場入場で、姿を現しただけでこの歓声。
G1でもおかしくないくらいの声量であった。
メンバーも相応に揃っており、オグリを筆頭に、
一昨年の阪神JFの覇者で函館記念を制したラッキーゲラン、
宝塚2着のオサイチジョージ、お馴染み大ベテランのフリーラン、
オータムハンデからの転戦トウショウマリオンなどだ。
『オグリキャップ秋の始動戦、毎日王冠スタートしました!』
『ラッキーゲランとトウショウマリオンがハナを争います』
『オグリキャップ、今日は中団8番手くらいにつけました』
2人による先頭争いのさなか、オグリは中団に構える。
800m通過が49秒2というゆったりとした流れ。
『残り800を切ったところで、オグリキャップ
外から徐々に進出開始』
オグリが動くと、それだけで大歓声が沸き起こる。
『横に大きく広がった』
『オグリは大外に行った!』
そのまま上がっていったオグリは、先行勢が横に広がった中を、
さらに大外へと持ち出してスパート。
『フリーラン先頭!』
『しかしオグリキャップ大外から突き抜ける!』
先に抜け出したフリーランを、外から軽々と抜き去っていく。
『オグリキャップ勝ちました!
まだまだ連勝記録を伸ばします!』
オグリはそのまま先頭でゴール。
2着に1バ身と、これまでと比べるとおとなしい印象だったが、
明らかに余力を感じさせる勝ち方で、ファンの脳を焼く。
「毎日王冠勝利おめでとうございます」
「ありがとう」
そして、インタビューでさらに焼かれる。
「レース中には何をお考えでしたか?」
「今夜遅くには凱旋門賞があって、大先輩が出走する。
私の勝利が、少しでもエールになればいいなと思って走っていた」
クリークのお姉さま発言に続いて、オグリからも言及がされる。
名前までは出なかったが、凱旋門というキーワードだけで、
特定は容易だった。
「すまない、この場を借りて私からも応援させてもらう。
大先輩、がんばれっ!」
カメラに向かって微笑みを向け、拳を軽く握って示す。
促されるわけでもなく、自発的に発言した。
自身のクラシック騒動でも口をつぐんだ、
「みんなも、夜は遅いが、応援してもらえるとありがたい」
「みなさんもそう思われてますよ。
例年以上に注目される凱旋門賞ですから」
「そうか、ならよかった」
安心したように笑みを見せるオグリ。
ここまで、
この発言と親しげな姿勢。
オグリキャップ、おまえもか!
……と、凱旋門賞直前にして、掲示板群では大いに盛り上がったという。
そして、彼女に対して熱い想いを向ける者がもう1人。
(……場所は違えど、同じ日にレース)
京都大賞典に出走するメジロフルマー。
宝塚記念で惨敗を喫した彼女は、まさに背水の陣であった。
(今度という今度は……)
雨が降りしきり、重バ場となっている京都レース場。
今回は前有利の展開が予想される。
他に有力な逃げ娘も、前走ほどの強敵も存在しない。
予想されたとおりの圧倒的1番人気であるフルマー、
安泰かと思われる中で、
他ならぬ彼女自身に、大いなる不安が存在した。
(この夏の合宿、今年は記録を更新できなかった)
夏合宿では、去年までは毎年ベストタイムを更新していた。
だが今年は、更新することができずじまい。
それどころか、過去一で遅いタイムしか出せなかった。
自棄になって走れば走るほど、記録は落ちてく一方で。
(……もしかしなくても、私は……
いえ、そんなことはない。ないんです)
ある不吉な単語が脳裏をよぎる。
そのたびに違う違うと打ち消してきた。
今回も、自ら頬をはたいて気持ちを落ち着かせる。
(ファミーユリアンさんよりも先に、
レースを諦めるわけには参りません。
ファミーユリアンさんと一緒に、どこまでも……!)
『京都大賞典、スタート!』
『揃ったスタートです。メジロフルマー定位置へ行きます』
『京都大賞典3連覇がかかりますメジロフルマー。
史上2回目の同一平地重賞3連覇*2が成りますかどうか』
雨の中、今日も先頭を切ったフルマー。
やはり誰もついては行かず、単独行となる。
『1000mを59秒0で通過』
フルマーにしては抑え気味、
それでもレース距離とバ場にしては十分なハイペースで、
前半の1000mを通過する。
この時点で、2番手とは10バ身近くの差。
それは3コーナー過ぎまで変わらず、レースは終盤へ。
『メジロフルマー先頭で直線に入った。
まだ5バ身以上差はあるが、リアルアニバーサル突っ込んでくる!』
直線に入り、2番手に上がってきたリアルアニバーサルが猛追。
フルマーの脚色は鈍く、その差はあっという間に詰まっていった。
『残り200。メジロフルマー粘れるか?
いや駄目だ、リアルアニバーサル迫る!』
『2バ身、1バ身、替わってリアルアニバーサル先頭!』
『サンディフェイマスも突っ込んできた!』
200mを切ったところで、リアルアニバーサルにかわされる。
さらには、後方から飛んできたサンディフェイマスにも抜かされてしまう。
『リアルアニバーサル凌ぎ切って勝ちました!
サンディフェイマス2着。メジロフルマーは3着~!』
結局リアルアニバーサルが勝ち、
サンディフェイマスはハナ差まで追い詰めて2着。
この2人にかわされてフルマーは3着に終わった。
万全の逃げを打ったはずが、
格では劣るとみなされた娘たちに差されての、
明らかな力負け。
「………」
ゴール後、すぐに足を止めたフルマー。
係員が呼びに来るまで、微動だにしなかった。
呆然として雨に打たれ続ける姿は、別の意味で反響を呼んだ。
充実期を迎える者がいれば、悩み、衰える者もあり……
年齢と個人差というものは残酷です
仮にリアンが海外遠征する場合、初戦は何が良いですか?
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