大規模侵攻の後。
入院するほどの大怪我も一通り完治し、これからはじまるB級ランク戦に向けて、玉狛支部で情報収集に励んでいたある日。
「え、ぼくと同じトリオン量の正隊員、ですか?」
「うん。そうなの」
三雲修は耳を疑った。俄には信じ難い話だった。
しかし、宇佐美栞は問い返した修の言葉に、手元の端末を見ながらはっきりと言った。
「いやあ、あたしも見逃してた、というか言う暇がなかったというか。でも、修くんの今後を考えるなら、同じくらいのトリオン量で強い人のことは、知っておいた方がいいと思ってね」
「それは、たしかにそうですね」
強く頷く。自分のトリオン量が平均の基準をかなり下回っているのは自覚しているし、これからもそのトリオン量の低さと付き合っていかなければならないことは、痛いほどわかっている。もしも自分と同じトリオン量で戦っている隊員がいるなら、ぜひその戦い方を見てみたい。
「どんな人なんですか?」
「うーん……あたしも直接交流があるわけじゃなくて……海外からスカウトされてきた隊員で、次のシーズンからランク戦にも参加するらしいんだけど……」
「お、どうしたメガネくん、宇佐美」
「迅さん」
「あ、迅さん。えっとね……」
かくかくしかじか。
ふむふむなるほど、と。しばらく宇佐美の説明に耳を傾けていた実力派エリートは、それならば、と指を立てて言った。
「じゃあ、今からおれと一緒に本部行く?」
「え、今からですか?」
「うん」
相変わらずどこから取り出しているのかわからないぼんち揚を、ボリボリと食べながら。
「今行けば会えると思うし、メガネくんにとっても、あいつと知り合いになっておくのはプラスに繋がると思うよ」
迅は修に告げた。
「おれのサイドエフェクトが、そう言ってる」
♯ 努力嫌いのボーダー隊員
ランク戦直前のシーズンとはいえ、個人戦を通じて切磋琢磨し合う隊員たちも、常に殺気立っているわけではない。昼のラウンジは食事時ということもあって人も少なく、どこかゆったりとした空気が流れていた。
モテるためにはじめたギターを見せびらかし、オペレーターにキレられているゴーグルの男。
少々目つきの悪い少年と連れ立って歩きながら「パフェが食べたいです!」とさり気なく自分の注文を押し通しているポニーテールの少女。
各々が戦いの合間に羽を休め、自由に過ごす。そんなゆるい空気感の中、
「メグナカルト先輩。模擬戦をしましょう」
「断る」
木虎藍はピリついていた。
木虎が見下ろすロア・メグナカルトは、怠惰なボーダー隊員である。
具体的に、どういったところが怠惰かというと。ソファーに全身を預け、天井を無気力に仰いでいるその姿がまず怠惰だった。加えて、やる気の感じられない表情。一欠片ほどの覇気も見て取れない所作。どこをどう切り取っても、B級のフリーで燻っているような隊員にしか見えない。
背筋を伸ばし、きりりとした視線を向けるA級嵐山隊の木虎藍は、そんな彼とはどこまでも対照的で、対照的だからこそ、二人が向き合う姿は否応なく周囲の目を引いた。
「あれ? 外人さんだ……」
「ボーダーって外国の人いるんだ」
「なんか、支部にカナダから来たエンジニアがいるって聞いたことあるかも」
「へー」
周囲のC級のそんなひそひそ話をこれっぽちも気にすることはなく、木虎はさらに畳み掛けた。
「私は前回、あなたに遅れを取ったことを忘れていません。メグナカルト先輩。再戦してください」
「過去に囚われるのはよくないぞ、木虎。お前は俺と違って才能があるんだから、俺との勝負のことなんてさっさと忘れてしまえばいい。あと、俺のことは親しみを込めてロア先輩と呼んでくれ」
「私はあなたのそういうところが嫌いなんです、メグナカルト先輩」
「俺もそうだけどお前も大概人の言うことを聞かないよな?」
なんなの? 反抗期なの? いや、コイツそういえば中学生だから反抗期真っ盛りじゃん、と。
ロアは肩を竦めて顔を背けた。
「あの……」
「ちょっと、今は私がこの人と話して……って、三雲くん?」
「よっ、木虎。ロアに相変わらず絡んでるのか?」
「うわ、迅さん……」
木虎が生理的な嫌悪を滲ませる顔をしたのと、また対照的に。ロアは少し嬉しそうな表情で迅悠一を見た。
「迅さんじゃないですか」
「よう、ロア。今日もダルそうにがんばってるな」
「なにを言ってるんですか、迅さん。俺はがんばってなんかいませんよ。俺は努力が大嫌いですからね」
「相変わらず素直じゃないなあ」
「そんなことより、俺がいい感じに女の子に養ってもらえる未来はみえましたか? 分岐ルートがあるなら、ぜひともそっちに進めるタイミングとポイントを教えてほしいんですけど」
なんか癖が強くてめんどくさそうな人だな、と修は迅の後ろで冷や汗を流した。
「お」
と、そこでロアが首を伸ばして迅の後ろを見る。
「『ぼくはヒーローじゃない』のメガネくんじゃないか」
一瞬、何を言われたのかわからなかったが。
それが、先日の記者会見で自分が言い放った台詞であることに思い至り、修は堪らず赤面した。
「あ、いや……あれはその、なんていうか」
「いやぁ、記者たちに大見得を切っててよかったな。俺もテレビで見てたけど、あれはすっきりした」
「きょ、恐縮です……」
「いいだろう? このメガネくんはうちの自慢の後輩なんだ」
キラーン、と。肩を組みながら、迅までそんなことを言い出す。
「しかし、メガネくんはトリオンが少なくてね。ちょっと苦労してるんだよ」
「ほう。トリオンが少ない」
キラーン、と。今度はロアの目が修に向けられる。
やる気のない瞳に、楽し気な色が浮かんだ。
「そうかそうか。お前も才能ないマンか」
「才能ないマン……?」
「いいね。同じ悩みを持つ者同士、仲良くしようじゃないか。何を隠そう、俺や木虎もトリオンが少なくて苦労したんだ」
「私のトリオン量を彼やあなたと一緒にしないでください」
気安く伸ばされたロアの手を、木虎が弾く。
パァン! とめちゃくちゃ良い音がした。ロアは涙目になった。
「失礼ですけど、メグナカルト先輩は……」
「ロアでいい」
「……ロア先輩のトリオン量はどれくらいなんですか?」
「一番だよ」
即答したのは、ロアではなく迅悠一の方だった。
「え?」
「コイツは、
思わず、修は絶句した。
修のトリオン量は、数値にして示すとおよそ2。ボーダー隊員の平均的なトリオン量は、大まかに5から6。つまり、修のトリオンは、平均の半分にも満たない数値だ。それこそ、8つの枠があるトリガーセットの中で、装備のスロットを6つに制限しなければならないほどの、低いトリオン。
迅の言葉を信じるなら、ロアのトリオンは修と同じか、もしくはそれ以下ということになる。
「すごく、失礼かもしれないんですけど……」
「なんだ?」
「いや、ぼくと同じくらいのトリオン量で、よくボーダーに入れたなと」
「……メガネくんがそれ言う?」
修のボーダー入隊のために暗躍した実力派エリートが、とても渋い顔になった。やはりメンタルがペンチである。
「まあ、俺の場合はいろいろと事情があって……」
「ロアーっ! あそぼーっ!」
何事か言おうとしたロアの言葉が、遮られる。
ラウンジ中に響き渡るような元気な声に、それまで余裕に満ちた態度だったロアの様子が一変した。
具体的に言えば、引きつって硬直した。
「……来ちまったか。俺を修羅道に引きずり込む悪魔が」
何言ってるんだろうこの人、と修はまた思った。
「ロア、いた!」
陽だまりみたいな人だな、というのが修がその少女に対して抱いた第一印象だった。
やはり外国人らしい、すらりと通った目鼻立ち。そのわりに近寄り難い雰囲気がないのは、所作や仕草、なによりも身に纏っている雰囲気がやわらかいだろうか。おそらく自分よりも年上だろうに、修が自然に「少女」のカテゴリに括ってしまったことからも、全体的に人懐っこい空気を漂わせている彼女は、どこかかわいらしかった。
「メガネくん。紹介しよう。コイツは、ステルラ・エールライト。俺の幼馴染にして、生涯を掛けて超えるべき壁。そして、俺が所属するエールライト隊の隊長だ」
なんかめちゃくちゃ情報を盛ってきたので、修の頭は処理に精一杯になってしまった。
「えっと、すいません。ロア先輩の部隊の隊長で……幼馴染で……ライバル……ということですか?」
「ああ。ほれ、ステルラ。あいさつしろ」
ロアに促されて、それまで元気一杯だった彼女は、何故か急にフリーズした。
「あ、えっと……はい。は、はじめまして……す、ステルラ・エールライトです。一応、ロアの部隊の……隊長、やってます。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
ロアの後ろに体の半分を隠すようにして。ちらちらと修の方を見ながら、ステルラは申し訳程度の挨拶をした。ちょっと昔の千佳みたいだな、と修は少し懐かしくなった。
ロアの口から、この世を憂うかのような深い溜息が漏れる。
「すまんな、メガネくん。ご覧の通り、こいつは人見知りのコミュ障なんだ」
「そ、そんなことないもん! 私だって、ちゃんと仲良い人いるもん!」
「例えば?」
「太刀川さんとか!」
「お前はそこですぐあのバトルジャンキーの名前を出すような交友関係を改めろ。もっと普通に学校のクラスメイトとか、そういうとこでちゃんと友達作れ」
「でも太刀川さんはお餅くれるよ?」
「餌付けされるな」
また一転して、ぽんぽんとテンポの良い会話が繰り広げられる。
「ほら、いくよ! ロア!」
「やれやれ。今日はどうやらここまでらしい」
ステルラに首根っこを掴まれて引きずられながら、ロアは修に向けてニヒルに微笑んでみせる。女の子に一方的に引きずられていく様はこれっぽっちもかっこよくはなかったが、何故か彼にはそれが似合っていた。
というよりも、その二人の関係性に、長年の信頼に裏打ちされたような、お互いのことを理解しあっているような、そんな雰囲気を修を感じた。
ステルラにいいようにされながらも、ロアは修に向けて軽く手を振る。
「メガネくん。トリオンという才能に恵まれなかった者同士、また是非、お茶でも飲みながら語り明かそうじゃないか。もちろん迅さんの奢りで」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「そこはロアが奢るところじゃないの?」
「なに言ってるんですか迅さん。俺の将来の唯一にして最大の目標はヒモですよ。こんなところで後輩に奢ってしまったらヒモとしての徳が失われてしまうでしょう?」
「だからといって、さらっと予約しておれにたかるのやめない?」
「ローアー! はやく行くよ」
「まてまて焦るな。そんなにいそがなくても、個人戦は逃げない」
「だめだよ! 太刀川さんも待ってるよ! 太刀川さん、レポートまだ終わってなくて忍田さんに追われてるから、バレないうちに戦いたいんだって」
何気ないステルラの発言に、ロアの表情がまた固まった。
飄々としているように見えて、わりと表情と反応は豊かな人だな、と修はロアへの認識を改めた。
「……まて。なぜそこで太刀川さんの名前が出てくる? 聞いてないぞ」
「え? だから個人戦だよ? わたしとロアと、太刀川さんの三つ巴で」
「まてまてまてまて!」
あ、この人多分、幼馴染にめちゃくちゃ弱いんだな、と。修は確信した。
しかし、結局聞きたいことを聞くことができていない。
「ろ、ロア先輩! 最後に一つだけ!」
「なんだ?」
「ロア先輩は、どうしてボーダーに?」
どのような事情や経緯があるにしろ……自分と同じくらいのトリオン量であるなら、おそらくロアも入隊審査を弾かれている。だからこそ、修はなぜロアが戦闘員をやっているのか。それが気になった。
「ああ……」
自分を引きずる幼馴染に、気付かれないように。ロアは答えた。
「多分、メガネくんとは真逆の理由だよ」
★★
この世のすべてのことには、才能がいる。
ロア・メグナカルトは戦うのが嫌いだ。
痛いのも嫌いだ。
動くのが面倒なので動くのも嫌いだ。
本を読みながら寝転んで、日がな一日怠惰を貪って、堕落を極めて一生を終えたい。端的に言ってしまえば、それがロア・メグナカルトという人間の望みだった。
「ロア、あそぼーっ!」
ロアには、ステルラ・エールライトという幼馴染がいた。
怠惰なロアを引きずって連れ回すのは、常にステルラの役目だった。
どこにでもいるような、なんの変哲もない、笑顔がよく似合う少女だったステルラには、しかし才能があった。
それは、トリオン器官という目に見えない臓器。トリガーという特別な力を扱うために必要な才能だった。
だから、才能に恵まれたステルラは、近界民という化け物に狙われた。この時のロアは知る由もなかったが、ボーダーが近界民の出現を誘導できるのは日本という国の中だけの話であり、諸外国における近界民の被害は小規模ながらも散発的に起こっていた。
ある日。唐突に、突然に現れたそのバケモノは、隣にいるロアには見向きもせずに、ステルラだけを狙った。
二人が暮らす場所は人よりも動物の方が多いような片田舎であり、いつものように山に遊びに出ていたが故に、助けてくれる大人は周囲にいなかった。泣きじゃくるステルラの手を引いて、必死に逃げながら、ロアは直感した。
きっと自分が手を引いているこの幼馴染は特別で。特別じゃないのは、自分の方なのだと。
泣きじゃくるステルラの手を強く強く、どこまでも固く握り締めながら、ロアの頭の片隅を、恐ろしい想像が掠めた。
もしも、この手を離したら。ステルラを見捨てて、逃げ出してしまえば。自分だけは、助かるんじゃないだろうか?
それはまだ小さかった少年が、自分の命を守るために巡らせる、極めて当然の思考だった。それでも、ロアはステルラの手を離さず、走って走って、走り抜いて。
ロアは、ステルラを守ることができなかった。
少年は、英雄ではなかったからだ。
バケモノはロアを容易く吹き飛ばして、ステルラだけをその体の中に収めようと、大口を開いた。
口の中に血の味が滲みる。それは、ロアがはじめて感じる味だった。大嫌いな味だと思った。
嫌いだ。痛いのも、辛いのも、苦しいのも、大嫌いだ。
しかし、それよりも、なによりも。
今、この瞬間に何もできない。なんの力もない自分自身が、大嫌いだと思った。
守れない。連れ去られてしまう。自分では、あのバケモノに見向きもされない。その注意を引くことすらできない。
────俺に、才能がないから。
そんな少年の、声にならない叫びを、
「やあ。無事か? 少年」
救ったのは、一筋の閃光だった。
バケモノの全身を粉々に打ち砕くそれは、さながら雷のようで。
その破壊を撃ち放ったのは、たった一人の女性だった。
まず、気を失ったステルラの状態を確認した彼女は、地面に這いつくばったままのロアに駆け寄って、言った。
「よくやった。きみががんばってくれたから、私が間に合った」
やさしい声音だった。
やさしい瞳だった。
けれど、ロア・メグナカルトにとってそのやさしさは、何の慰めにもならなかった。
「きみは、彼女の命を救った
違う。
俺は、
★★
ロアとステルラを助けた女性は、エイリアス・ガーベラという名前を名乗った。そして、単純な事実だけを、ロアとステルラに語った。
あのバケモノは近界民と呼ばれる異世界からの侵略者で、トリオンというエネルギーを持つ人間を狙っていること。ステルラには、高いトリオンの才能があること。日本にあるボーダーという組織に所属すれば、身を守れること。
日本に行く、ということは。この国を離れるということで。それはつまるところ、ロアの側から離れることを意味していた。
「俺も行きます」
「あ、それは無理」
「え」
「きみ、ステルラちゃんと違ってトリオンの才能ないから。多分、彼女の十分の一以下かな」
立ちはだかったのは、やはり才能の問題だった。
あまりの現実に、ロアは咽び泣きそうになった。薄々わかっていたこととはいえ、こうして改めて数字にされると、心に刺さるものがある。ロアの幼い自尊心はズタボロだった。
「大丈夫だよ、ロア。私、一人で日本に行けるよ?」
才能に溢れていても、決して強くない幼馴染はそんな風に強がって笑って。
しかし、ロアはそんな風に笑う幼馴染は全然まったく、これっぽっちも好きではなかったので、エイリアスに頭を下げた。
「お願いします。俺に才能がないのはわかってます。でも、なんとかしてください」
「ふむ。なんとかしてほしいかい?」
「ええ。絶対になんとかしてください」
「うむ。それは仕方ないな。じゃあ、なんとかしよう」
軽い調子で頷いた彼女は、電話を取り出した。
「あ、もしもし鬼怒田さん? こっちで保護した子、先に日本に送るよ。かわいい女の子だから、ちゃんと生活の面倒を見てあげてね。え? いや、私はまだ戻らないよ。ちょっと用事ができたんだ。そんなに耳元で怒鳴らないでほしいな。大丈夫大丈夫、そのあたりのことは雷蔵くんに任せてあるから、心配ないよ。ちょっと野暮用ができたんだ」
見惚れるほどの美貌の彼女は、そこでロアに目をやって妖しく笑った。
「もう一人。使い物になるように鍛え上げてから、本部に帰るよ」
ロアには才能がなかった。
だから、大嫌いな努力をするしかなかった。
そんなわけで、と。手始めにロアの師匠となった彼女は、まだ小さいロアを人っ子一人いない山奥に放り投げて、命懸けのサバイバルを開始させた。
近界のテクノロジーの結晶であるトリガーを握らせて、彼女はにこやかに笑った。
「安心したまえ。きみがトリガーによって換装したトリオン体は、通常の肉体よりも栄養吸収効率が非常に高い。多少食べなくても、体は保つようになっている。しかも、トリオンはトリオンで作られたもの以外では、ほぼ傷つくことがない。熊に襲われようが、飢えて倒れようが、きみは何度でも安心して死にかけることができる」
衣食住。それらの基本的人権をすべて無視しながら、ボーダーの海外活動を統括する最高責任者……エイリアス・ガーベラは朗らかに笑った。
「とはいえ、才能のないきみのトリオンが乏しいのは、もちろん理解しているよ。トリガーにはきちんと発信器が備わっている。トリオン体が解除されたら迎えに行ってあげるから、そこも安心してくれていい」
一度だけではない。何度も、何度でも。
まだ年端もいかない少年に、戦うための力が身につくまで、それは繰り返された。
「さあ、死なないようにがんばれ。少年」
ロア・メグナカルトの師匠は、鬼みたいなクソババアだった。
☆
『ちょっと大丈夫? ボケっとしてないで、ちゃんと集中しなさいよ』
通信越しのキツイ物言いに、ロアの意識は現実に引き戻された。
『さぁ! 間宮隊の横っ腹に、エールライト隊長が単身で食らい付く! この展開をどう見ますか、迅さん!?』
『強気な動きですね。得点を他のチームに渡したくないんでしょう』
B級ランク戦、下位グループ。
デビュー戦。戦場の真っ只中に、ロアはいた。
『どうしたのよ? 溜め息吐いちゃって』
「ランク戦という醜い争いに身を投じなければならないことに、悲しみを覚えているのさ」
『なに言ってんの。悲しみを覚えているのはこっちよ。結局、シーズン前までに二人の帰国が間に合わなかったんだから』
エールライト隊オペレーター、ルーチェ・エンハンブレはいたって真っ当に、その不利を指摘する。
本来、エールライト隊はロアとステルラを含めた四人編成のチームである。しかし、諸事情が重なって残り二人の帰国が間に合わず、初陣はロアとステルラの二人きりになってしまったのだ。
そういえばメガネくんのチームも、メガネくん抜きの二人だけで戦っていたな……。
ロアはなんとなくそんなことを思い出した。
お揃いだ。ちょうど良いか、とも思う。
「ステルラ、そっちはどうだ?」
『うん! 間宮隊の人たちは見つけたよ!』
「そうか。じゃあそっちは任せたぞ、
一拍の間を置いて、声が跳ねる。
『うん! 任された! 私は隊長だからね!』
ロアに報告した通り、ステルラは間宮隊の面々と正面から対峙していた。
繰り返しになるが。
ステルラ・エールライトは、天才である。
「アステロイドっ!」
最初に弧月を構えたことから、彼女と対峙する間宮隊の面々はステルラのポジションを攻撃手だと判断した。
しかし、違う。ステルラが掲げた手の先に浮かんだトリオンキューブが、彼女のポジションを雄弁に物語っていた。
「万能手、か!」
しかも、そのトリオンキューブのサイズは、一目見て分かるほどの大きさであった。下手をすれば、No.1射手である、あの二宮と同等なのではないか、と。間宮の背筋を、強い悪寒が這い上がる。
分割されたステルラのアステロイドを防御するために、間宮達は即座に前面にシールドを展開した。その判断も、反応も、B級下位としては極めて正しいものだった。
「え」
ただし、ステルラ・エールライトと相対した人間としては、あまりにも正しくなかった。
恵まれたトリオンから生成された、大弾のアステロイドが……分割され、散ったはずのそれらの弾道が一点に収束する。まるで、星の光が一つに束ねられるように。数珠繋ぎのように繋がった弾道が、軌跡を描いて駆け抜ける。
雷の如く、細い閃光が間宮の心臓を正確無比に撃ち抜いた。
『な、なんだ今のはぁー!? 一瞬の出来事過ぎて見えなかったが、アステロイドが間宮隊長の胸を貫いたように見えたぞぉ!?』
『初見殺しも甚だしいとはいえ、彼女の前で足を止めたのがまずかったですね。やっていることは、極めてシンプルです。射出タイミングをズラしたアステロイドを、正確に一点に集中して、シールドを破ったそれらが重なって、アステロイドの弾道が重なったように見えただけです』
『そんなことができるんですか!?』
『普通はできません。しかし、エールライト隊長は天才ですからね。純粋なセンスだけで言えば、おそらく太刀川隊の出水隊員に匹敵するものを持っています』
そして、と。迅が言葉を繋ぐと同時。ステルラは動いた。
再び、アステロイドによる射撃。しかし、針に糸を通すような先ほどの精密射撃とは違う。面制圧を前提にした、横殴りの雨の如き牽制射。
シールドが横に広がる。足が止まる。それで、十分だった。
『彼女は、ブレードも使えます』
旋空弧月、と。小さな小さな呟きがあった。
獰猛極まる、稲光のような剣閃があった。
「あっ……!?」
「がっ……!」
横薙ぎに、刃がシールドを喰い破る。
『戦闘体、活動限界』
『緊急脱出』
弧月とアステロイド。
極めてベーシックなトリガーの組み合わせを用いて、たった一人の隊員が、間宮隊の全員を正面から撃滅する。
繰り返しになるが。
ステルラ・エールライトは、人見知りのクソザココミュ障である。知らない人間と話す時は緊張するし、はじめて会う人間と何を話していいかわからない。その結果、本来横に広く関わりを持つべきボーダーという組織において、ステルラの交友関係は極めて限定された特定の人物のみに絞られた。
日本に来て、右も左も分からない頃。おどおどと周囲を見回す外国人の少女に、声をかける物好きがいた。
『まいったな……俺は日本人だからアルファベットは読めないんだ。名前はカタカナで書いてくれ』
『す、ステルラです!』
『すてるら、か! じゃあちょっと俺と模擬戦しようぜ』
太刀川慶である。
ステルラ・エールライトはただの天才ではない。出会いという天運にも恵まれた本物の天才であった。
太刀川というNo.1攻撃手から、剣を。
出水という名サポーターから、射撃を。
知らない人と戦うのは怖いから、という理由で特定の人物……具体的にはボーダーA級1位の二人との個人戦を繰り返し続けたステルラの実力は、歪で突出した成長を遂げたのであった。
「我が幼馴染ながら、おそろしいな……」
立て続けに花火のように打ち上げられる緊急脱出の光を見て、ロアは戦慄していた。今の心の内を一言にまとめるなら、俺の幼馴染がちょっと強すぎる件について、である。
ステルラを守るためには、ステルラより強くならなければならないので、それはつまりあれを超えるということを意味する。ロアはまた己の非才を嘆いた。
「見つけたぜ!」
「外人チームだかなんだか知らねーが、ここで落とす!」
「……やれやれ」
茶野隊の二人に捕捉されて、ロアは自身のメイントリガーを手元に展開する。
ステルラと同じ、一振りの剣。ボーダー隊員なら誰もが知っている、ブレードトリガー、弧月。
安定した性能を誇るその剣は、しかし裏を返せばどこまでも凡庸でこれといった特徴もない、ただの剣である。
スコーピオンは合わなかった。瞬間の変形や応用、サブトリガーとの切り替えをこなせるほど、ロアは器用ではなかった。
レイガストは使いこなせなかった。低いトリオンでも高い防御力を得られる盾は魅力的だったが、守りよりも攻撃を重視したい理由が、ロアにはあった。
何故だろうか。
弧月というトリガーがただの剣であったからこそ、ロア・メグナカルトにはそれがしっくりと手の中に収まった。
「コイツにはエールライトほどのトリオンはない!」
「射撃で削り取れ!」
茶野たちの見立ては、間違っていない。
その少年に、トリオンはない。
その少年に、サイド・エフェクトはない。
その少年に、才能はない。
しかし、だからといって。
それは、彼が
ロア・メグナカルトは努力が大嫌いだが、それと同じくらい、弱い自分が大嫌いだった。
故に、
「『韋駄天』」
ただひたすらに、磨き上げた剣戟は、彼を決して裏切らない。
「は、はや……!」
光芒一閃。
愚直な積み重ねの末に完成された一撃は、光すらも置き去りにして。茶野と藤沢の体に、致命的な斬撃を浴びせた。
「な、なんで……試作トリガーを。だって……」
お前は、トリオンが少ないんだろ、と。
『戦闘体、活動限界。緊急脱出』
きっとそう言いたかったに違いない相手に向けて、ロアは呟いた。
「ああ。だから、これは一回しか使えないんだ」
『決着ぅううう! 間宮隊と茶野隊を撃破し、生存点も含めて合計7得点! 玉狛第二と並んで、新進気鋭の海外チームが、鮮烈なデビューを果たしたぁぁ!』
☆
「勝った勝った。今日も非才の身でがんばった」
記者会見で三雲修が言い放った、あの一言を思い出す。
────ぼくはヒーローじゃない。
その割り切りはきっと、才能に恵まれなかった者として、なによりも正しい。
だが、それでも。ロア・メグナカルトは、三雲修とは逆の道を歩むことを決めた。
「やったね! ロア! 初陣、大勝利! めちゃくちゃかっこよかったよ!」
屈託のない、純真な笑顔を見詰めながら、ロアは思う。
自分だけしか写っていない、その美しい瞳を見詰め返しながら、ロアは思う。
────俺は、この子の
努力嫌いのボーダー隊員が、それでもひたむきに努力を積み重ね続けるその理由を。
ボーダーという組織の中で、努力嫌いが成り上がりを目指すその理由を。
三雲修が知ることになるのは、まだもう少し、先の話。
『カバー裏』
才能のないヒモ。ろあ
才能がない男。やはりこの世界ではトリオンがゴミカスだった。迅悠一と積極的にコンタクトを取り、常に働かずに済むルートを模索しながら、ルーチェの尻を積極的に触りに行き、迅と一緒に殴られている。
トリオンが三雲修と同じかそれ以下(ロアは修業でトリオン器官を鍛え抜いて、ほぼ修と同等)なので、近接戦に特化した構成にしている。消費トリオンの関係上、韋駄天は一回きりの切り札。ただし、経験と反復によって磨き抜かれたその一閃は、なによりも鋭い。
メイントリガー
・弧月
・旋空
・シールド
サブトリガー
・韋駄天
・バッグワーム
・シールド
コミュ障天才スーパー美少女。すてるら
才能がある女。やはりこの世界ではトリオンがたくさんあった。太刀川慶と積極的にコンタクトを取り、常に知らない人と関わらないで済むライフスタイルを模索しながら、太刀川や出水と積極的に個人戦を行い、国近とゲームをして餅を食らい、すくすくと育っている。唯我どこいった?
恵まれたトリオン量から出水仕込みのコントロールでアステロイドを叩きつけ、広がったシールドを太刀川仕込みの旋空弧月で叩き割るスタイルを取る。単体で二宮やヒュース並みの性能を誇る駒。隊長だが、本人は作戦立案が苦手なので、ルーチェに投げている。
メイントリガー
・弧月
・旋空
・シールド
・アステロイド
サブトリガー
・ハウンド
・バッグワーム
・シールド
・アステロイド
ツンデレ鉄拳オペレーター。るーちぇ
一時期はレイガストで敵をぶん殴るスタイルでぶいぶい言わせていたが、才能の壁にぶつかってオペレーターに転向した。作戦立案と状況分析に優れ、エールライト隊の頭脳の八割くらいを担う。多分この後めちゃくちゃ自身の在り方に悩んで、戦闘員への復帰を目指すイベントがあったりする。多分。
ロアをよく殴るがトリオン体のおかげで治癒魔法の必要はない。トリオン体便利。
他の作者様のキャラをお借りして、さらにワートリの世界に落とし込むのは難しかったですが、とても楽しく書けました。
恒例行事さんに心からの感謝を。ありがとうございました!