歩兵にできることはまだあるかい   作:鶴岡

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血で得た戦訓

 星歴2139年10月7日

 サンマグノリア共和国

 東部戦線

 第3歩兵師団管区

 ロレーヌ自然公園外縁部防衛線

 トロワイヨン市街中央部教会地下

 第112歩兵連隊(112eRI)連隊司令部

 

「第1補助員中隊のマッズ川対岸への後退完了です!」

 

「よし。……ギリギリだな」

 

 通信機のヘッドセットを被ったイルマ二等兵から伝えられた朗報、マッズ川に架かるエクリューズ通りの橋を守備する部隊からのそれに、一つ息を吐く。

 

 報告の通りに戦況図の上の駒を1つ、マッズ川の西に下げる。そのまま何も問題が無ければ第2補助員中隊がいる1km南西のブクモン(Bouquemont)まで後退できるだろう。

 

 本当に、ギリギリだ。

 

 恐らくすぐにでも、この司令部から直近で200mの位置にある防御陣地にはレギオンの準備砲撃が降り注ぐだろう。

 戦闘以外が職責だと言ったのに、初戦から戦火に曝してしまう所だった。それにもっと言えば―――。

 

「クトニア・イルマくん。さっきも言ったが、君も、下がって良かったんだぞ?私にだって通信機は扱えるし、そもそも通信妨害のせいで実際に司令部でやる仕事は大して無いのだから」

 

「あーっ、大人ってそういう時ずるいですよね!私はレンタイシレーブ付ツーシンジョシュのニトーヘイなんですから!私たちだって戦いたいんですよ!」

 

 言ってる当人がその役職についてそもそも何なのか良く分かっていなさそうな、多分にちょっと使い辛い電話機で伝言ゲームをする役としか思っていなさそうで。

 

 まあ確かに通信手というのは実務としてはそうなんだが……。

 

「―――え?第1歩兵中隊の居る陣地に準備砲撃?それって」

 

 やってる事は伝言ゲームのようでも、その通信機から伝わってくるのは非情な現実であって。

 

「あの、あの、カールシュタール中佐、準備砲撃って何ですか?確か第1歩兵中隊にはアルラン少尉と一緒にクレナちゃんが……」

 

「もう良い。もう良いんだ、イルマくん。終わるまでその席に座っててくれれば、それで良いよ」

 

 彼女からヘッドセットをそっと奪い取り、自分の頭に装着する。

 間違っても彼女が前線へと駆け出さないよう、手を肩に置いたまま放さないようにして。

 

「観測班、こちら司令部。どうだ、状況は?」

 

『ん?ああ、連隊長ですか。こちら教会屋上の観測班。クトニアちゃんは大丈夫です?』

 

 まったく、どいつもこいつも性根が優し過ぎるな。

 

「大丈夫だ、問題ない。状況は?」

 

第1歩兵中隊(1erCI)の防御陣地に対するレギオンの準備砲撃が継続中。弾種は通常榴弾のみ、信管調定は着発と曵火が半々、あー今2発だけ短延期がありましたね。まあ、大丈夫でしょう』

 

「それは良かった。敵影は?」

 

『未だ見えず。あ、今、第1迫撃砲中隊(1erCM)の連中が撃ちました。たぶんここから見えない稜線の向こうにはもう来てますね。着弾点はここからおよそ方位40、距離1100。ランジエール通り沿いです』

 

「予想通りだな」

 

『ええ。これ、たぶん勝てますよ』

 

 

 

 星歴2139年10月7日

 サンマグノリア共和国

 東部戦線

 第3歩兵師団管区

 ロレーヌ自然公園外縁部防衛線

 トロワイヨン東部防御陣地

 F退避壕

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 なんだ、何だっていうんだ!

 

「早く!、なんだ!?何の文句があるんだ!?早く弾をマガジンに込めろ!その成形炸薬弾(HEAT)だ!」

 

「――――――!――――――!!」

 

 どうして僕に掴み掛かるんだ!

 

「やめろやめろ!放せ!早く弾を込めろ!急げ!死にたいのか!」

 

 右手のベレッタ86を振りかざす。士官の拳銃は部隊の規律維持の為とはよく言うが、それだって本来はそう多用すべき使い方ではないのに。

 それでようやく、F壕にいた第1歩兵中隊の兵士達が僕から離れて弾込めをやり始める。

 

「そうだ!それで良い!急げ!」

 

 どんどんと、不意に右肩を叩かれた。

 

 振り向けば僕がA壕から連れて来た兵士。幸運な事に五体満足なようだ。

 

「――――――?」

 

 その彼が、彼自身のヘルメットの左側面を指で小突く。

 

 見れば、そのヘルメットの迷彩カバーに傷がいくつか。さっきまでは無かった傷がある。

 

「どうした?負傷したのか?」

 

「――――――」

 

 不意に、彼のそれに溜息が混じっているのに気付いた。あれ、なんで()()で喋っている?

 

 そして彼が取り出したのは水筒。その蓋を開けて―――

 

「おい何をする!?」

 

 防ごうと、左腕を頭上に翳そうとして、間に合わなかった。いや、出来なかった。

 

 まず、動かそうとした左腕に激痛が走った。

 

 次に頭、いつの間にか制帽が脱げていたらしく、水筒の水を頭に直接浴びせ掛けられて、またも激痛。

 

「―――ああああああ!?!?!?」

 

「大丈夫ですかー!?大丈夫ですよ!大丈夫!致命傷じゃないですよ!」

 

 大丈夫なもんか!?

 痛い痛い痛い!!!

 

 ああ思い出した!F壕に入る直前に食らった至近弾だ!

 

「ほら!危ないから拳銃を放して!」

 

 こいつはヘルメットをしていたから、だからヘルメットに傷が付くだけで済んで。

 

 だけど僕はヘルメットじゃなくRMIの制帽を被っていたから、破片か何かが頭に、それとついでに左腕のどこかにも当たって、あッ痛い!?また水を掛けたな!?

 

「傷は浅いですよ!砲弾の破片じゃなくて爆風で飛んできた石が刺さっただけです!運が良い!ほら!」

 

「分かった!分かったから傷を穿るな!痛い!」

 

 わざわざそんな刺さってたその小石を抜いて見せてこなくて良い!

 

「ああ良かった!耳も聞こえるようになったんですね!止血剤撒きますから動かないで下さいよ!」

 

 止血剤の粉が傷口に沁みるぅ!!!

 

 そうして僕は意識を手放した。

 

 

 

 星歴2139年10月7日

 サンマグノリア共和国

 東部戦線

 第3歩兵師団管区

 ロレーヌ自然公園外縁部防衛線

 トロワイヨン東部防御陣地

 A退避壕

 

「砲撃が、……止んだのか?」

 

 唐突に、静かになった。

 

「おい弾込めの手を止めるな。中隊長、連隊司令部には繋がるか?」

 

「はい、まだ繋がってます。どうぞ」

 

 昔ながらの、だがしかし阻電攪乱型の電波妨害への対抗手段が確立されるまではこれからも末永く世話になるであろう有線電話の受話器を受け取る。

 全く、電磁パルス(EMP)環境下でも使えるというのがRMI謹製新型無線機の謳い文句だったのだが。

 

「ありがとう。―――連隊司令部、連隊司令部。こちら防御陣地A退避壕のミリーゼ中佐だ。状況は?」

 

『こちら連隊司令部。やあ生きてるかい?』

 

 なんだあの野郎(ジェローム)、気楽そうじゃないか?

 

「ああ生きてるとも。あーコバ准尉と兵3人、2人組でC壕とF壕への伝令に行ったが、まあ間に合っただろう。有線が繋がってる壕では死傷者ゼロだ」

 

『それは良かった。状況は想定通り、レギオンの準備砲撃は第1迫撃砲中隊への対砲兵射撃に移行。レギオンの第1梯団は防御陣地から距離600mまで接近中。あーいや、想定外が1つ』

 

「どうした?何があった?」

 

『あー、こっちのイルマくんにそっちのクレナちゃんの声を聴かせてほしいんだ』

 

「なんだ、イルマちゃんを泣かせたのか?」

 

 ぞわり、周囲から殺気が刺さる。いやしまったなー。

 

『おいやめろ!そんなんじゃない!』

 

「あっはっは」

 

 振り向いて、クレナちゃんを手招きで呼び寄せて、受話器を手渡す。

 

「えーっと?もしもし?くれなだよ?」

 

 クレナちゃん、かーわいい。

 

 いや、うん。

 

 そういえば、ウチの娘のレーナもこのくらいの歳だったか?

 

「―――うん、にあちゃん、くれなだよ。くれなはげんきだよ!にあちゃんはげんき?」

 

「―――うん、よかった!」

 

「―――うん!またね!」

 

 守りたい、この笑顔。

 

「―――わかった。ねえ、みりーぜのおじさん」

 

「うん、なんだい?」

 

「かーるしゅたーるのおじさんがね、れぎおん、じんちしょうめん、きょりよんひゃくめーとるだって!」

 

「そうかそうか、伝言ありがとうな。偉い偉い」

 

 そうかー。レギオン、もう陣地正面の距離400mまで接近してるのかー。

 

 手に力を入れないよう注意しながらクレナちゃんの頭を撫でてやるが、もう周囲は騒然、慌てて兵士達が退避壕から飛び出す始末。

 

 あの野郎、そんなにアスホールペネトレイターが欲しいのか?




戦訓「野戦では防弾ヘルメットを被りましょう」
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