星歴2139年10月7日
サンマグノリア共和国
東部戦線
第3歩兵師団管区
ロレーヌ自然公園外縁部防衛線
トロワイヨン東部防御陣地
「これは、楽が出来そうだ」
「ええ。ええ!」
歓喜。そう歓喜だ。
隣の第1歩兵中隊の中隊長もそれを見て破顔する。
レギオンに対して有効ではない。誰もが81mm迫撃砲をそう思っていた。
なぜならレギオンは、特に近接猟兵型は迫撃砲の弾を回避できるから。―――では、そうではない迫撃砲があれば?
答えは目前に。ああ、低射角で連発させるだけでこうも効くとは。
いや、実際には大して効いていないのだろう。
装甲車両として教範通りの適切な隊伍を、互いに50mほどの間隔を開けた目標に対しては、例えそれがレギオンでなくとも81mm迫撃砲弾は大した効力を発揮し得ない。
元より大した射撃精度も無く、加害範囲も、装甲目標に対する加害力にも乏しいのだから。
だが時折、至近弾や直撃弾を受けた斥候型が、近接猟兵型が文字通りの屑鉄へと姿を変えていくのだ。
それに人の背丈へ似せた大きさ故に軽量かつ比較的装甲の薄い自走地雷に限ってはよく効いている。今なんて爆風に吹き飛ばされた自走地雷が運の悪い近接猟兵型に衝突して起爆、諸共消し飛んだ。
そして驚くべきは、我々の頭上には第1迫撃砲中隊が放つ81mm迫撃砲弾だけではなく、長距離砲兵型による対砲兵射撃の155mm榴弾までもが飛び交っている。それなのに第1迫撃砲中隊は未だ射撃を継続中。
レギオンの対砲兵射撃を受けながらに射撃を継続できる砲兵がいる。
それがどれだけ得難かったか。それは今日までに共和国軍が全ての砲兵連隊を失ったという事実で以って全てを語れるだろう。
そして砲兵という高価値目標が存在している限り、我々歩兵は長距離砲兵型の目標優先順位から位を下げられ、こうして退避壕から出て塹壕に並んでいられる。
「距離、300mを切りました」
「いやまだだ。もっと引き付けろ」
ギリギリになってコバ技術准尉が気付いてくれたが、それでも兵達が装填できたマガジンの数は少ない以上、無駄弾は減らしたい。
「250m」
「まだ」
さて私もと、件の改良型GL06を構える。
フェルギネアと同じ37mm弾を使えるよう砲身を強化延長し、反動を低減するためのマズルブレーキとショックアブソーバーを搭載した、リュシェール技術中尉の新兵器。
第112歩兵連隊の指揮官用に軽便な対レギオン火器をという事で急遽リュシェール技術中尉が1ダース12丁を手配し改造。そしてシャリテの騒動を引き起こした曰く付きの銃。元はなんと共和国警察向けの盟約同盟製暴徒鎮圧用ガス弾ないしゴム弾発射器。
アルラン少尉に言わせてみれば
それにしても、この戦場はリュシェール技術中尉が設計した兵器ばかりだなと、ふと思った。
第112歩兵連隊の兵達が抱えるXM6重自動小銃〈フェルギネア〉。
地形上の制約から戦車型が稀なこの戦場では出番が乏しいかもしれないXM1グレネードランチャー〈アスホールペネトレイター2〉。
後方で橋などの要所を守備する兵が持つM1A1ライフルグレネード〈アスホールペネトレイター〉
第1迫撃砲中隊が乗り回す、未だ名の無いXM3自走迫撃砲。
そして私や中隊長の手元に収まっている改良型GL06。
まるで彼女が設計した戦場ではないか。
「200m」
「はっ、まさかな?」
「副連隊長?」
先頭の斥候型が、その武装である7.62mm機銃を此方に向けたのが照準器の先に見えて―――ばん、ばすん。
発射器としての重量がフェルギネアの3分の1しか無い事もあって激烈な反動にたたらを踏んでしまうが、それは見えた。
37mm成形炸薬弾が斥候型の幅狭な正面装甲に命中、爆ぜて、つんのめるように擱座―――沈黙。
「良いな、これ」
なんだ、当たるじゃないか。アスホールペネトレイターは50mまで引き付けないと当たらなかったというのに。
「副連隊長、何を?」
「うん?……ああ、すまん。撃て」
「撃ってから言わんで下さい!第1歩兵中隊、撃てェッ!!」
「あっはっは、すまんすまん」
ばん、ばん、ばん―――と、塹壕のあちこちから37mm成形炸薬弾が放たれる。
私のGL06と違って6発入りのドラムマガジンによる連発、それが1個歩兵中隊250名から一斉にだ。
その全てが命中しているという訳では無いが、見込みの10%よりは良く当たっている。
初弾をきっちり当てて見せた甲斐があったというもの。私も負けじとGL06を再装填して、ばん、ばすん。
やや上に逸れてしまったが、それで近接猟兵型の背部ロケットランチャーに命中して大爆発。
ああ、レギオンを撃破するのがこんなに簡単だったなんて!
だがレギオンだってただ撃たれるままに前進するだけじゃない。
ある程度の損害を出すや否や、足並みを早めて突っ込んでくる。
だが、今回は我々の勝ちだな。
兵達が撃つフェルギネアの命中率の悪さも、レギオンが近づいてくれる程に良くなっていく。
レギオンが我々の下へ辿り着くよりも、我々がレギオンを殲滅するのが早かった。
「第2梯団は?……引いていくか」
レギオンの第1梯団を全て撃破、20mほどまで迫って来ていた1個中隊規模のレギオンを文字通り全て撃破して、そして気付いた時には300mまで迫っていた次の第2梯団が後退し始めていたのに気付いた。
未だ、第1迫撃砲中隊は目の前のレギオン第2梯団へ、長距離砲兵型は第1迫撃砲中隊への射撃を続けていて、だがそれでも―――。
「勝った、のか?」
まだこの中隊長は信じられないらしい。
「ああ、勝ったぞ」
「……本当に?」
彼は足元の地面を見下ろし、周囲の部下達、戦友達を見回して、そしてまた私へと振り返る。
「予備陣地への後退も、肉薄攻撃も、……部下を誰も見捨てなくても、勝った。勝った?」
「ああ。我々が、勝ったぞ」
「ぉお、おお、うおおおおおお!!!―――勝ったぞおおお!!!」
途端、歓喜に沸いた。
「勝ったんだ!」
「やっとだ!やっと!」
「勝利、万歳!」
後退の成功なんていう後ろ向きの勝利ではない。いやまあそれだって困難だったのだが。
だが今日、我々は、共和国軍は初めて、レギオンに対して殆ど損害を被る事なく、後退もなく防衛戦闘を完遂したのだ。
星歴2139年10月7日
サンマグノリア共和国
東部戦線
第3歩兵師団管区
ロレーヌ自然公園外縁部防衛線
トロワイヨン市街中央部教会地下
「で、だ。ヴァーツラフ、今日の勝利、最前線で指揮していてどう思った?」
午前中の戦闘が終結し、午後の日中の戦場掃除も半ば終えて、そして連隊司令部に集ってのデブリーフィング。
カールシュタールからの問いかけに対する答えは1つしか無かった。
戦闘終結から半日経ち、勝利という酔いから醒めて気付かされた1つの疑念。
「レギオンの、いや帝国軍のレギオン運用の欠陥に助けられたな」
「まあ、やはりか。一応、認識を共有して確かめる為にも、話してくれ」
「ああ、分かった」
この場にいる誰もが気付いている帝国軍の欠陥。それは―――
「話は単純、帝国空軍の欠落だ。私が指揮した第1歩兵中隊が穴蔵とした退避壕も、デュティ大佐の第1迫撃砲中隊が行っていたという陣地転換も、帝国空軍が出てきていれば何の意味も無かった」
「だな。俺たちは帝国軍の手抜きに助けられた」
そうだ。デュティ大佐の言う通り、欠陥ではなく手抜きである。
共和国軍の空軍を始めとする航空戦力の殆どが対空自走砲型によって撃滅され、制空権を帝国軍に奪われたにも関わらず、帝国軍はこの半月の間に航空戦力を電波妨害を担う阻電攪乱型と指揮管制を担う
何故か、どういう訳か帝国空軍、それどころか帝国陸軍の戦闘ヘリまでもが戦場にいない。そしてレギオンには武装した航空戦力がいない。
そして今日の戦闘でも。
今日の我々第112歩兵連隊が行った防御戦闘など、帝国空軍の戦闘爆撃機が1機でもいれば簡単に破綻してしまうようなものだったのに。
ほぼ非装甲の自走迫撃砲など機銃掃射ですら片が付くし、長距離砲兵型の155mm榴弾には防御力を発揮した退避壕も地中貫通爆弾を投下されればひとたまりもなく。
「あるいは、帝国陸軍が155mm榴弾砲よりも強力な砲、かつての24cmや35.5cmといった重砲を運用していたなら、あるいはレギオンに装備させていれば、退避壕は持たなかった。つまるところ、レギオンには決定打たる打撃力が欠けていて、それを補完する帝国軍がいないから、今日は勝てた」
「その、打撃力の欠けたレギオンだけの帝国軍に共和国はじりじりと締め上げられてるんですけどねえ」
しかし現状に嘆いたのは頭と左肩に包帯を巻いたコバ技術准尉。被っているRMIの制帽には大穴が開いている。
どうやら勇んで伝令に行ってF壕まで辿り着いたは良いものの、壕に入る直前で至近弾を食らったらしい。偶然にも制帽の型崩れ防止ライナーが破片を受け止めてくれたお陰で軽傷で済んだというのだから運が良い奴だ。
「そうだな。今日の戦闘で第112歩兵連隊の死者は3名、負傷者はコバ技術准尉を含めて12名。しかし帝国軍は無人兵器であるレギオンしか投入していないので人的損耗はゼロ。これでは全く割に合わない―――何れ破綻してしまう」
「だがRMIでも無人兵器は開発してんだろ?ウチに配備されたあの自走砲なんて2週間で開発と試作が完了したっていうし、無人兵器もすぐに出来るんじゃないのか?」
「無茶言わないで下さいよ大佐。技術的には有り合わせの自走迫撃砲の開発と、全くのゼロから始めている無人兵器の開発では条件が違い過ぎます」
「あれが、有り合わせ?」
「あの自走砲、やってる事はただの81mm機関砲なんですよ。弾が迫撃砲弾になっただけで、それで車体は既存の軽装甲機動車をちょっと改造しただけ。でも無人兵器は未だコンセプト設計すら纏まっていない始末。あれじゃ3年で仕上がれば上々ですよ」
「3年、それは、それでは余りにも長過ぎるぞ……」
開発した当事者の1人が楽な仕事だったかのように言うが、それでも新型の砲を開発するのが簡単な仕事であるはずがなく。だが実際に現物はここにあって―――。
「ともかく、3年後よりも明日だ。今日の攻撃を跳ね返した以上、明日からはそれ以上の攻撃が想定される。今日はいなかった戦車型しかり、帝国空軍しかりだ」
「そうだな。戦車型ならアスホールペネトレイター2や
「第3歩兵師団で防空を担う第54対空砲兵連隊は対空ミサイル車両に関してはほぼ定数通りの22両が残存、ただ近距離防空を担っていた20mm機関砲搭載の自走対空砲は今までの対地戦闘支援で損耗して4両しか残っていません」
「対空ミサイル車両が残ってるなら、どうにかなるか?いやそもそも阻電攪乱型が展開してる最中に対空ミサイルがどれだけ機能するのやら」
勝利したにも関わらず、我々の先行きは未だ暗雲立ち込めて見通せず。
それはまるで阻電攪乱型で埋め尽くされた空のようで。
「とりあえず、第3歩兵師団に第54対空砲兵連隊から1個中隊でも回してもらいましょう。敵機が来るのが分かっているのに手段を用意していないなんて笑い話です」
「そうだな。そうしよう」
この時の我々は大真面目に、明日にでも帝国空軍が来ると信じていた。
それどころか第3歩兵師団でも事態を大真面目に捉えて、翌々日には地対空ミサイル部隊を2個中隊も派遣してくれた。
だが、帝国空軍は来なかった。
知らぬ当人たちは大真面目。