ヘブバンSS[第2章 Day 26]~褪せぬ蒼の下で~ 作:白羽凪
原作:ヘブンバーンズレッド
タグ:Heaven Burns Red ヘブンバーンズレッド 31A 蒼井えりか 二章クリア後 茅森月歌 和泉ユキ 逢川めぐみ ネタバレ注意
重大なネタバレになるので二章を未クリアの方、これからやる気がある方は一旦ブラウザバッグを推奨します。
いつか、こんな日が訪れるんじゃないかって、心のどこかで思っていた。
いい予感しかしなかった人生でも、嫌な予感が起こることはある。
日常を失ったあの日。
あの日と、一緒なんだ。あたしの心から滲み出た、嫌な予感は。
そしてまた、それは訪れる。
~月歌side~
「月歌、これからどうする?」
「・・・」
「月歌?」
「・・・」
「月歌!」
「・・・あぁ、悪い。ぼーっとしてた」
「しっかりしてくれよ、隊長。・・・気持ちは、そりゃ分かるけど」
少し大きなユッキーの声で我に返る。日はとうに暮れて、季節外れの冷たい風が吹き抜ける。
普段ならお腹が空く時間のはずなのに、何も食べたいという気が起きない。さっきからずっと絶えず吐き気が襲ってくる。胸の奥が熱い。
そして目を閉じると、蒼井の最後の姿が瞼の裏を過る。
赤い血しぶき、色あせた瞳、慟哭。
ついさっきの出来事を忘れられるはずなんてない。
あたしは、守れなかったんだ。
蒼井の夢も、これからも、そして、その命すらも。
それすらできないで・・・、何が、隊長だよ・・・!
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「月歌さん、大丈夫ですか?」
「・・・ごめん、ちょっと一人にさせてくれ。夕食の時間には、間に合わせるから」
そうして他の皆を置いて、あたしは一人ふらふらと歩き出す。後ろからついてくる足音は聞こえない。
こんなことをしても、何も戻りはしない。分かってる。分かってるとしても・・・今だけは、全てを忘れたかった。
---
~ユキside~
2日に渡る、オペレーション・プレデアスが終了した。
一度は破棄されかけたオペレーションであったものの、各員の奮闘、特に30G部隊が必死に橋頭保を確保したこともあり、作戦は成功。
たった一人の、犠牲者を生んで。
犠牲者の名前は蒼井えりか。
あたしたちの同期、31Bの隊長にして、あたしたちのバンドメンバーで、仲間で。
そして、あたしたちの、特に月歌の、友達だった。
あたしたちは軍人で、任務の遂行、犠牲者を最小限に抑える事、もっとも効率の良い動きをすることは当たり前で、それを心がけてここまで来た。
それでも、どこまでも冷徹さを孕む軍人としての行動に、人間としての心を切り離せるはずなんてなかった。
夕食の時間、カフェテリアの前で待機しているあたしたちの前に、月歌は定時通り、ちゃんと現れた。
しかし、あたし含め、誰も月歌の顔を見ない。見てはいけないような気がした。
「それじゃ、集まったし、行くか」
「ああ」
温度のない月歌の号令で、あたしたちは食事へ向かう。作戦の成功を祝してか、普段よりどこか豪華な食事が卓上に並ぶ。
普段なら目を輝かせて喜ぶ月歌だが・・・それもない。
だが、そんな月歌とは違い、國見や逢川、東城なんかはいつものようにやんややんやと騒いでいた。それが、いつも通りいることがあいつらなりの気休めであるということに気づくのに、そう時間はかからない。
そんな状況下、空気を読んだり、機転を利かせることが得意な朝倉はともかく、あたしはこの両者に挟まれていることがどこか耐えられなかった。
月歌の機嫌を取ってもおそらく意味はない。
かといって、一緒に連中と馬鹿をするのも、どこか違うと心が叫んでいる。
思い知らされる。
仲間が死ぬって、こういうことなんだ、と。
「・・・」
とりあえず、あたしは何かしようと、あたしのプレートに乗っている、月歌の好きそうな料理をスッと隣の席の月歌の前に差し出した。
「ん」
「・・・どしたの?」
「いるようだったら、やるよ」
「・・・ごめん、今日はちょっと、そんなに量、いらないかも」
「そうか」
あたしなりの機転の利かせ方も、空回りに終わる。それ自身であたしが傷つくことはないにしろ、場を冷えつかせるには十分の行動だった。
そして、逢川が無言で立ち上がる。自身の分の料理はとっくに食べたようで、一人出口に向かって歩き出していた。
「どこ行くんだ?」
「決まっとるやろ。飯終わったんやし部屋帰るんや。それに、こないなとこいても、飯まずぅなるだけやしな」
「なっ、おい」
「文句ならいくらでも言い。今は不問にしといたる」
そう言い残して、逢川は一人食堂から去っていった。他の追随を許さぬその背中に、あたしたちは何も言えないでいた。
それから続くように、一人、また一人と食堂から去っていく。最後まで残ったのはあたしと月歌だけだった。
とはいっても、今月歌にはどんな言葉も響かないだろう。距離を測り損ねてしまったあたしだ。きっと、こういう時の立ち回りはきっと上手じゃない。
「・・・それじゃ、あたしも戻るからな」
「ん」
月歌が一つ短く返事をしたのを聞いて、あたしは立ち上がり、皆と同じように部屋に戻ることにした。一人ポツンとその場に残る月歌を見ることはしなかった。目にしたら辛いだけという事を、あたしはちゃんと知っていたから。
ガラスのドアの向こうの風は、季節外れみたいに冷たい。
---
部屋に戻る。中にいたのは逢川だけのようだった。
「他の皆は?」
「風呂なり散歩なり、まあ、各々好き勝手やっとるわ。思うところがあるんやろ」
「そっか」
「悪かったな。空気悪くしてしもて」
「いや、いい。あのまま通夜の空気を押し通される方が、多分、辛かった」
「ほんならええわ。・・・すまんな、ちょっと気に食わんかったんや。月歌一人だけ、いかにも悲しんでます、なんてのは」
蒼井の最後を見たのは月歌だけじゃない。あたしや逢川、東城、國見に朝倉。みんなあの場所にいて、みんな同じ悲しみを味わっている。悔しさ、悲しさを覚えているのはあいつだけじゃない。
あたしだって・・・悔しいんだ。
「自分はええんか?」
あたしの顔を伺うように、逢川が声を掛けてくる。普段尖った言動が目立つものの、本当はどこまでも優しいやつだと、つくづく思う。
「あたしは大丈夫。・・・そう言ってないと、月歌が崩れた時の堤防が無くなるだろ」
「せやな。けど、そうやって我を押し殺すのも辛いやろ」
「・・・」
本当に、痛いところを突いてくる。
少なくとも、今は悲しむだけ悲しんでおけという逢川なりの優しさなのだろう。仲間なんだ。言葉を介さずとも、それがひしひしと伝わってくる。
「ま、自分がええならええけどな」
「お前はどうなんだよ」
「・・・もう、散々悲しんだわ。流れる涙もあらへん。だからこうして、いつも通りおるんやろ」
「強いんだな」
「当たり前や。救世主様やからな!」
はっきりと言い飛ばす。逢川の中ではとっくに踏ん切りがついているのだろう。あたしらの中で、きっと一番芯が強いのはこいつだ。
けど、それを見て安心した。こいつはとっくに、いつもの月歌が戻れる場所を用意していると思えた。
・・・だからあたしも。
あたしは部屋のクッションに腰を下ろす。それを見て逢川は少し驚いた表情をした。
「1人にならんでええんか?」
「ああ。お前見てたら踏ん切りがついたよ」
「なんやそれ。ま、それならそれでうちも構わへんけどな」
「そうだ、この後一緒に風呂でも行くか?」
「なんや? 自分から誘うなんて珍しいな。ま、ええ。付き合ったる」
思えば、こんなに深々と一対一で話したのも久しぶりな気がする。
けど、思う。仲間って、きっとこうやって何度もでかい壁にぶつかって、そしてそのたびに、強く結ばれていくものなんだって。
だからあたしは、ちゃんと前を向く。
もちろん、悲しみを押し殺すなんてことはしない。精一杯悲しんで前を向いて、傷つきながら歩くんだ。
・・・お前はどうなんだよ、月歌。
---
~月歌side~
日が沈み、また昇る。
頭の中は空っぽだ。胃にも、何も入った感じがない。
時の流れも、誰かとの会話も、全て身に入らない。風のように吹きぬけて、右から入って左から出ていく。
久しぶりにもらった休暇だって、何一つ嬉しくない。
誰かと会うのが怖い。
特に、31Bのメンバーと会うのなんて、想像しただけで怖かった。
あたしが、あたしがむやみやたらに振り回したばかりに、一緒にいて、仲間として過ごす時間を奪ってしまった。それさえなかったら、もっとうまくいっていたかもしれない。
そう思うと、憎まれているんじゃないかって。だから、会うことが怖かった。
今日もまた、一日が進んでいく。明日には蒼井の葬儀らしい。
・・・嫌な言葉だ。出たくもない。
出たら、蒼井の死を認めて、正当化することになると思えた。
それほどまでに、あたしはまだ、蒼井が死んだという現実を拒んでいたんだ。
そして、今日もまた夜になる。
勝手に身についた対人コミュニケーション術でうまく人との会話をすり抜けていたら、あっと言う間にこんな時間だ。
今日、誰と何を話したかなんて全然覚えてない。
けど、普段通りを装っているあたしを見て、安心した表情を浮かべた奴はたくさんいた。それだけは覚えている。
・・・最低だな、あたし。
そうして食事を終えて、風呂に入って、消灯時間を迎える。
でも、今日もどこか寝つけない。頭の中でずっとあの光景がフラッシュバックしている。
・・・。
ふらふらと部屋を出る。風、風に当たろう。どうせならどこまでも冷たい風がいい。
なら、あそこだ。
あたしは時計塔に向かった。青々とランプが残りの人類の数を示している。あたしたちは、それを守るために戦っている。
・・・目の前の友達一人救えないで。
強く拳を握る。悔しくて悔しくて、それを思いのままに手すりに振り下ろそうとした時・・・。
「何してんだ? こんなところで怪我なんてしたら、音楽の天才が台無しだぞ」
後ろから声がかかる。振り下ろされているはずの手は最高点で掴まれ、振り向くと、銀髪を靡かせたユッキーがそこにいた。
「ユッキー・・・」
「消灯時間は、とっくに過ぎてるぞ」
「ごめんごめん。ちょっとだけって思ってた。じゃ、戻るか」
「・・・!」
その時、パンッと乾いた音がした。それから間もなくして、頬に鋭い痛みが訪れる。
そっと目を戻すと、ユッキーが怒りに震えた手であたしをはたいていた。
「しっかりしてくれよ、隊長・・・!」
「・・・」
「こんなこと言うのもなんだけど・・・お前が弱ってると、あたしらも不安なんだよ・・・!」
「分かってる。・・・でも、あたし自身がどうしたらいいか分かんないんだ」
「・・・そんなもん、簡単なんだよ」
ユッキーははっきりとあたしの目を見つめてそう言った。
「吐き出してみろよ、全部さ。思ってること、愚痴、何から何まで全部さ」
「吐き出す・・・?」
「本当なら思ったことを全て言うはずのお前がさ、昨日今日ときたら軽口の一つすら言わないでいるんだ。誰だって異変に思うだろ」
「・・・」
あたしが悲しんで、それを他人にぶつけることは、多分やっちゃいけないことだと思っていた。あたしは隊長だから、周りに心配をかけてはいけないと。
そうして悲しみを押し殺して堪えていれば、いつかはその痛みすら薄れると思ってた。
なあ、ユッキー。本当にあたし、吐き出していいのかな?
多分、あの時より取り乱すし、一杯泣き散らかすと思うんだ。
立てなくなるくらい泣いて、鼻水でズルズルになって・・・それでも、許してくれるなら。
あたしだって・・・そうしたいよ・・・!
想いは言葉になるより早く体に伝わり、あたしはユッキーの胸に顔を埋めた。
「あの時、最初から、嫌な予感がしてたんだ・・・」
「ああ、そう言ってたな」
きっとあの時から、もう蒼井が死んでしまうことを予想できていたのかもしれない。
「でも、助けは来ない。作戦は中止しろ。あれやこれや言われて・・・全部、全部だめになるんじゃないかって思ってた」
「その場を放棄して逃げ出していたら、多分、みんな死ななかっただろうな」
痛い言葉だ。
きっと、あの時のあたしたちにはそういった選択肢もあったのかもしれない。命令に背き、「隊長」として、皆を生かすだけならきっとそうした方がよかったはずだ。
でも、それ以前に、あたしはもう軍人になっていたから。
あたしたちが逃げることで増える犠牲者のことを考えると、その選択を取ることは・・・出来なかった。
一人の友人の命と、多くの知らない人たちの命。あたしは一瞬でそれを天秤にかけ、そして結果的に、客観的に見て一番まともと言える結果にたどり着いた。
それでも、我儘を言っていいならあたしは・・・
「軍人として、沢山の人の命を守った。・・・でも本当は。本当は・・・! 蒼井のこと守れたらそれでよかったんだよ!!」
「・・・」
「あいつ、前の作戦でみんな失って、一人になって。でも、やっと幸せを掴めそうだった・・・! そんなあいつをあたしは守りたかったんだよ! もっと一緒にバンドして、新曲たくさん作って! あいつが克服したいって言ってた、高いところ怖いもの一緒になって克服して! あいつの言ってた、普通の青春を、謳歌して・・・。あたしは、あいつと・・・そんな生活を送りたかったんだよ・・・!」
「・・・」
「大好きな・・・友達だったんだよ・・・」
だんだんと言葉に力が無くなっていく。全てを吐き出し終わると、堰が崩れたようにあたしの頬に涙が伝った。
それに気づいて、ユッキーはあたしの身体を一際強く抱いた。
それからしばらく、声もなく泣き続けた。
それを嫌がるそぶりも見せず、ユッキーはただその場にい続けた。
---
しばらくしたら涙も乾いた。そうしてようやく、ユッキーが語る。
「少しは、すっきりしたか?」
「・・・思ってたこと全部言えて、少し空っぽになれた気がする」
「そうか」
ユッキーはあたしから離れて、時計台の手すりにもたれかかって、嫌と言うほどに煌めく月を見上げて言った。
「あたしもさ、悔しいんだ」
「・・・うん」
「悔しくて、悲しい。あいつのこともっと知りたかったし、お前の言うようにあいつと一緒にバンドしたかった。多分、あの場にいた皆、どこかしらで同じように思ってるよ」
「分かってる」
「だからさ、思うんだ。無理に悲しさを押し殺す必要なんてないんだって。そうやってため込むの、辛かっただろ」
ユッキーの問いかけに、あたしは小さく頷いた。
「だから、いくらでも吐き出してくれよ。そうしたら同じように悲しんで、同じように泣いてやる。そうやって傷ついて、あたしたちは強くなろう。なあ、月歌」
「・・・ああ。そうだな」
弱さを見せないようにと虚勢を張るのは、もうやめよう。
苦しいとき、悲しいとき、一緒になってくれる奴は、ここに、あたしの周りにいてくれているから。
「その変わり、あたしらが苦しんでるときは受け止めてくれよな、隊長」
「えー、出来るかなぁ」
「あたしたち、みんな信頼してるんだぜ? 月歌のこと」
「・・・そっか。頑張ってみる」
「ああ」
余計なことは言わなくていい。あたしらの距離は、きっとこれで間違ってない。
これからも、蒼井のこと、沢山悔しんで、悲しんで、時には泣いて、それでもいい、忘れずに生きよう。
信じてくれるから、あたしも、皆を信じながら。
「それじゃ、帰るか」
「ああ。遅くなって悪いな」
ユッキーと一緒に時計塔を下る。
下った先には見慣れた人影がちらほらとあった。
「お前ら・・・」
「なんや、やっぱりここだったんか。諜報員サマの言う通りやわ」
「時々この場所に来るの、知ってたから」
「起きたらみんないなかったので、びっくりしちゃいましたよ」
「おかえり、月歌さん」
胸の奥がジンとする。
・・・なるほど、これが仲間なんだ。分かっていたようで分かっていなかったそれを、今ようやくちゃんと理解できた気がする。
「な、月歌」
「・・・ああ、そういうことだな」
何とは言わないユッキーのその言葉の意味も、間違えることなく伝わってくる。
ここがあたしの守るべき、そして帰るべき居場所なんだ。
---
久しぶりに、ゆっくり眠った気がした。
あの日の光景がフラッシュバックすることがないほどの、深い眠り。
でも、忘れたわけじゃない。蒼井のこと。
親しみをこめてニックネームで呼ぶはずだったこと、それを決める前にいなくなってしまったこと、その後悔はまあきっと、当分は癒えないだろうから。
葬式が始まる少し前、ココアシガレットとコーヒーを片手に、近くの庭に居座って一呼吸。息抜きにはカフェインと甘いもの、この組み合わせが一番だ。
そして近くで跳ねる、迷い込んだナービィに、あたしは蒼井のことを忘れないようにそっと語り掛けた。
吐き出して、今日もいっぱい傷つこう。
「あたしには、仲間がいたんだ」
ご無沙汰しています、白羽凪です。
今回はヘブンバーンズレッド第二章のクリア後SSという事で、二日後に飛ぶまでの開いた二日間を書かせていただきました。
あとがきで色々語ろうかと思いましたが、特に語ることはありません。書いた内容が、私が二章クリアして思ったことの全てです。
ただ、悲しみから立ち上がるって難しいですよね。そう思います。
といったところで、今回はこの辺で。
また随時ヘブバンのSSを上げるかもしれないので、その時はよろしくお願いします。