魔女狩り聖女   作:甲乙

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銃と刃と彼女の瞳

「片手剣を二本、両手剣は……いらんか。代わりに短剣をくれ」

「短銃を二丁お願いします。それと短剣を三本」

 

 教会の地下倉庫。顔なじみの倉庫番の彼が、相変わらずうんざりした顔で武器を並べていく。普段より更に疲れたような顔をしているのは、レーベンと同じぐらいに大量の武器を注文するシスネがいるからだろう。

 

「あと手斧、長銃と弾、炸裂弾と焼夷弾」

「私にも長銃を。弾薬はまだありますか」

 

 倉庫番の彼は、黙々と武器と弾薬を並べ続ける。その顔はどこかやつれたようにも見え、もしかしたら次に来る時は別の職員に替わっているかもしれない。そうレーベンは思った。

 シスネは、隣に立つレーベンには目もくれず長銃のレバーを何度も引いて動作を確認している。可動部に耳を当てて部品の噛み合わせを聞いている姿は堂に入っており、長銃を扱う手つきも慣れたものだ。

 

「……すみません、別の銃に交換を」

 

 どうやら御眼鏡には適わなかったらしい。だが倉庫番は管理表に目を落とし、ガリガリと頭を掻いた。在庫が無いのだろうか。頻繁に長銃も壊しているレーベンとしては責任を感じなくもない。

 

「これなら良いか?」

 

 自分の前に置かれた長銃を、そのままシスネに手渡す。わずかに逡巡した後でシスネは長銃を手に取り、再び動作確認を始めた。レーベンは、代わりにシスネが返した長銃を手に取る。

 

「……レバーの部品が劣化しています。弾詰まりしても知りませんよ」

「その時は貴公の聖性に期待しよう」

 

 ガチリ。不吉な音に顔を向ければ、長銃の照門ごしに黒い瞳と目が合った。弾は入っていないと分かっていてもゾッとしない光景である。

 

「言ったはずです。貴方と契りは交わしません」

 

 適当に両手を上げてみせるとシスネは長銃を下ろし、次は短銃を一丁ずつ検めていく。可動部を念入りに見つめる様を不安げに見つめている倉庫番に、レーベンはいつもの注文を出した。

 

「薬をくれ。いつものやつ」

 

 シスネが手を止める。やがて各種薬物の入った箱が丸ごと机に乗せられ、その中身のほとんどを鞄に詰めていくレーベンを見て、その顔から色を失くした。

 

「……何の真似ですか」

「何がだ」

「それが何か分かっているのですか」

「再生剤と、強化剤と、鎮痛剤と、中和剤」

 

 黒い瞳がレーベンを見て、そしてすぐに鞄に手を伸ばしてきた。ひったくられる鞄を見送っていると、シスネは鞄を逆さまにして中身を机にぶちまける。ゴロゴロと転がっていく薬たちが落ちそうになり、倉庫番が慌てて拾い集めた。

 

「何の真似だ?」

「……何がですか」

 

 明らかに不機嫌さを増したシスネが、ぞんざいに答えながら拾い集めた薬を箱に放りこんでいく。いくつかの薬瓶だけを残して、再び大量の薬が詰められた箱を倉庫番に突き返した。その気迫に気圧されたように、彼は箱を抱えて倉庫の奥へと走り去っていく。憐れな男だ。

 レーベンは、ひどく心許ない量となった薬を手に取った。

 

「これでは足りないんだが」

「薬には用法と用量があります。馬鹿でも知っていることだと思っていましたが」

 

 言外に馬鹿だと言われた。確かにいつも薬を過剰に服用しては痛い目を見ているレーベンではあるが、ここまで言われたのは久しぶりである。何年か前に、ライアーとカーリヤにこっぴどく説教されたことを思い出した。

 だが聖女のいないレーベンにはそれが必要なのだ。シスネにも拒絶された以上は今まで通りの方法で魔女を狩るしかない。とはいえ、この様子では正規の薬を得ることはできそうもなく、後でアルバットを訪ねる必要があるだろう。

 出発までの予定を考えている間に、シスネは弾薬と炸裂弾と焼夷弾を自分の鞄に詰めていく。箱の中は既に空に近く、倉庫番の表情がどんどん暗くなっていった。

 

「待ってくれ。俺の分が無くなるんだが」

「知りません。私が先に取りました」

 

 弾薬に用法と用量は無いのだろうか。わずかな残りを鞄に詰め、遂に空になってしまった箱を見ながら倉庫番と一緒に溜息をついた。そんなレーベン達を置いて、シスネはさっさと外へ続く階段を登っていく。これもアルバットに頼まなければならなくなった。もしかしたら今回の依頼は赤字かもしれない。

 諦め悪く箱を逆さまにしている倉庫番と目が合い、また深い溜息が地下倉庫にふたつ響いた。

 

 

 ◆

 

 

 今回の依頼は、カクト鉱山地帯に出没した魔女の討伐。カクトはポエニスから馬車で約五時間。近隣の依頼を受けることが多かったレーベンとしては遠方と言える距離だ。今まで一人で魔女狩りに向かっていたレーベンは、馬車に揺られている間は景色を眺めているか寝ているぐらいしかやることがなかった。だが今は違う。

 

「ああもう、お尻いたい。もう嫌。ライアーちょっと揉んでくれない?」

「揉まねえよ!」

「貴公は大丈夫か。飴は食べるか」

「いりません。お構いなく」

 

 一人では広すぎた荷台も、四人もいればさすがに狭い。しかも大柄なライアーと、隙あらば脚を伸ばそうとするカーリヤも一緒である。シスネは華奢な体を行儀よく座席に納めているが、銃と弾薬が詰められた鞄はそれなりに大きい。レーベンは言わずもがな、大量の武具が大荷物と化している。結果、荷台の中はひどく狭苦しいこととなっていた。

 何故このようなことになっているのかと言えば、ライアー達もカクトの近隣での依頼を受けたからだ。何故かここ最近は数が減った魔女狩りの依頼。数少ないそれを勝ち取った二人がついでとばかりにレーベン達の馬車に相乗りしてきたのが、つい一時間ほど前のことである。

 

「いや、悪りぃなホント」

「まったくだ。今からでも遅くないから降りたまえよ」

「あんたをシスネと二人きりにしたら、何するか分からないでしょ」

 

 心外である。これでもレーベンは紳士で通っているのだ。少なくともレーベン自身はそう思っている。確かにシスネと二人で移動するのが楽しみで飴など買ってきてしまったが、拒絶された相手を無理矢理どうこうするほどレーベンも獣ではない……つもりだ。

 だがどこまで本気か分からないカーリヤの言葉を聞いて、シスネは顔を強張らせながら狭い荷台の中で距離をとろうとする。いつの間にか荷物から出された短銃を手にしているのを見て、色々な意味で心配になってきた。だがいくら何でも、この場で発砲するほど短慮ではないだろう……と思いたい。

 

「貴公、きっと冗談だ。危ないからしまってくれ」

「近付かないでください」

 

 この狭さでは、近付くも離れるもあったものではない。つまりは少しでも身を乗り出せば、短銃が火を吹くかもしれないということだ。何故このようなことになってしまったのか、名の無い女神にぜひ聞いてみたい。

 とはいえ、以前は無視されるばかりだったレーベンの言葉にも、今はシスネも答えてはくれる。契りこそ交わさないが、共に仕事をする気にはなってくれたということだろうか。レーベンは前向きに、そう考えた。

 

「……何がおかしいのですか」

 

 レーベンの顔を見ていたシスネの瞳が更に鋭さを増す。だがそれよりも先に、レーベンを含めた三者の視線が集中した。突然の注目に、シスネの方が身を固まらせる。

 

「な、なんですか」

「ああ、いや。よくこいつの表情(かお)が分かるなって」

 

 ライアーが不思議そうな、あるいは感心したような目をシスネに向け、シスネも不思議そうな目で見返す。チラと黒い瞳がレーベンを一瞥し。

 

「……笑っていますよね」

「いえ、私にも分からないわ。いつもの馬鹿面よ」

「ついでに俺を罵倒しないでくれるか」

 

 ライアー達が驚くのも無理は無い。なにせレーベンの無表情は筋金入りである。レーベン自身も悩まされており、鏡の前で無理矢理に作り笑いをしようとしてようやく口の端が歪む程度だ。一部の同僚や職員からは「騎士長を思い出すから」と矯正を望まれたことすらある。さすがにあの騎士長ほど人の心を捨てた覚えは無いというのに、ひどい話だ。

 だが何故かシスネにはそれが分かるらしい。レーベンはまたかすかに笑った……と思う。

 

「なるほど、運命か」

「……は?」

「誠に申し訳ない」

 

 対してシスネは顔に出やすい(たち)らしい。道端で腐る(カラス)の死骸でも見るような目を向けられて、レーベンはそそくさと荷台を後にした。そこまで睨むことはないではないか。

 

 

 

 ついに居場所が無くなったレーベンは、仕方なく荷台を出て御者の席に座った。当然そこには馬の手綱を握る御者がいる。

 

「おやおや騎士サマ。仲間外れにされたので?」

 

 顔なじみの、中年の御者。どこまで話が聞こえていたのか、いつもの下卑た笑みを浮かべながら面白そうに尋ねてくる。レーベンとしてはまったく面白くないが。

 

「せっかくお仲間ができたってのに、お可哀そうに」

「黙りたまえよ。もう写銀を売ってやらんぞ」

「ヘヘ、その節はどうも」

 

 まったく謝意も敬意も感じられない顔で頭を下げる御者を横目に、レーベンは憂鬱に溜息をつく。先の写銀騒動の際、この御者は上客でもあった。かなりの枚数を買い占めていくのを見て、御者とはそんなに儲かるものかと疑問に思っていたが、この男どうも写銀を転売していたらしい。

 とはいえ、ポエニスでしか店を広げていなかったレーベンとは違い、御者として行く先々で写銀を売っていたのだ。双方ともに稼ぎを得、更に聖女の姿絵をより遠くの地まで届けられたと考えれば、心も豊かになるというものである。

 

「いやしかし、本物はたまりませんなぁ。普段はあっしなんかの馬車には乗ってくれないもんで」

 

 見れば、御者の手には手綱と共に小さな鏡も握られている。おそらくは、それでカーリヤの姿を盗み見ているのだろう。レーベンもそれに倣い、手鏡を取り出して荷台の中を窺う。

 レーベンが座っていた席は、既にカーリヤによって占拠されていた。長い脚が惜しげもなく伸ばされ、呆れた顔のライアーがスカートの裾を正す。シスネは我関せずといった様子だが、黒い瞳はどこか憎々し気に剥き出しの長い脚を見ていた。その視線に気付いたらしいカーリヤが悪戯っぽく笑いながら何かを言い、顔を赤らめたシスネがそっぽを向く。ライアーは額に手をやりながらも、その口元は緩んでいる。

 ひどく和やかな雰囲気だった。当然、レーベンとしては歯噛みする思いである。

 

「あの聖女め。次は着替え中の姿でも写銀に納めてくれる」

「ほう、それはまた高く売れそうですなぁ」

 

 嫉妬と私怨を剥き出しにしながらカーリヤへの復讐を画策するレーベン。一方、御者は過激な写銀かあるいはそれを売り捌いた後の稼ぎに鼻の下を伸ばしていた。その手の鏡が、くいと角度を変える。

 

「そういや、あっちの聖女サマの写銀は撮らなかったので?」

 

 先日、シスネ自身に言ったようにレーベンは彼女の写銀は一枚も売っていない。その理由について口にする気は無かったが、御者は嫌らしく笑いながら適当な推測を並べ始めた。

 

「まあ、地味ですしねぇ。お体の方も貧そ……華奢なようで」

「……、分からん奴だな貴公。そこが良いのだよ」

「へぇ、意外ですな。あっしはてっきりあっちの豊満な聖女サマの方がお好みなのかと」

 

 的外れではなかった。カーリヤの美貌と肉体美は男を魅了してやまず、レーベンとて例外ではない。ならば何故、彼女とは正反対なシスネの事がここまで気になるのかと言えば、それは自分でもよく分かってはいないのだ。

 

「まあ、まあ、女の好みなんて人それぞれですしねぇ」

「……そういうことだな。かの女騎士ヴァローナこそ理想とする者もいるらしい」

「うへえ。あの人喰い鬼(オーガ)みたいな……いや失敬。屈強な騎士サマですかい」

 

 ヴァローナとは、最初の騎士たちの一人にして最初の女騎士である。その特異性から姿絵や石像も多く遺されているが、そのどれもが筋骨隆々とした半裸の姿であることも有名だ。多分に誇張されているだろうことを(かんが)みても、ライアーよりも屈強な女だったのではないだろうか。正直なところゾッとしない。

 

「でもあの方の英雄譚は、あっしも好きですな。あのポエニス防衛の戦いとか」

「アレか。鎧を脱ぎ捨てて裸で魔女の群れに単身突撃したという」

「あそこだけは空でも言えますわ。挿絵が官能的だった(エロかった)もんで」

「挿絵か。なら聖女シーニュも良いぞ。魔女に捕らわれて服を破られたくだりの絵がそそる」

「ほほう!」

 

 わりと禄でもない会話に花を咲かせていると、首筋に冷気を感じた。気配的なものではない、現実に冷たい物が首に当てられているのだと遅れて気付く。隣の御者もまた動きを止めていた。持ったままだった手鏡を傾ければ、鏡ごしに目が合う黒い瞳。

 

「黙って手綱を握っていただけますか」

「「はい」」

 

 両手に握った短銃をそれぞれ二人の男に当てるシスネの目はどこまでも冷たく、だがその顔は真っ赤であった。そこまで怒ることはないではないか。

 

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