魔女狩り聖女   作:甲乙

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魔女に至る病

「じゃあな、お前らも気をつけろよ」

「ほんと気をつけなさいよ、シスネ。その馬鹿が変なことしてきたら撃っていいから」

「もう良いから、さっさと行きたまえよ」

 

 早朝にポエニスを出て約五時間。街道の分かれ道でレーベンとシスネだけを降ろした馬車が、今度は南へと進んでいく。

 荷台から顔を出したカーリヤが物騒な助言をし、シスネが無言で頷いていた。仲を深められたのなら結構だが、だしに使われるレーベンとしてはたまったものではない。ニヤニヤと笑いながら遠ざかっていく聖女の顔にしっしと手を振り、レーベンはひとつ息をついた。視線を横に向ければ、カクトの町へと道が続いている。その道を、シスネは既にひとりで登り始めていた。

 カクトは、教国の東側に広がる鉱山地帯にある町の一つである。様々な鉱物の採取と、それを使った鉄工を主な産業としており、遠くに見える建物からはいくつもの煙突が伸びている。近付くほどに、各所の鍛冶場から響く鉄音も聞こえてきた。それと、抑えきれないシスネの息遣いも。

 土地柄か、町へと続く上り坂はかなりの急斜面だ。登り始めて十分と経たない内に、シスネの足が遅れてきた。聖女である以上、ある程度は鍛えているだろうが限度はある。元より見ていて心配になる程に華奢な体だ。その上、長銃や弾薬が詰められた鞄を担いでいるのだから、いつ転ぶか見ていて気が気でない。

 

「貴公、大丈夫か。荷物は俺が」

「結構です。触らないでください」

 

 荷物に手を伸ばすと、存外にしっかりとした声で拒絶された。上げたままの手を所在なげにしていると、荷物を担ぎ直したシスネが再び歩き出す。鬱陶しげにかき上げられた白い髪が宙を舞う様が、目に焼き付くようだった。細い首筋に光る汗を眺めていると、不意にシスネが振り返る。

 

「……この際なので言っておきますが」

 

 息が上がっているせいか、あるいは別の理由か。赤い顔の中で光る黒い瞳は、やはり強い拒絶の光を放っている。

 

「私は、あなたが嫌いです」

「そうだろうな」

 

 ここまで冷たくされていれば嫌でも分かる。それが人の心の機微に疎いレーベンであってもだ。

 

「この際だから、理由を聞いても良いだろうか」

 

 それとなく、シスネが転んだら支えられる位置につきながら聞いてみる。確かにシスネの前では半裸であったり覗きを見つかったりと碌な姿を見せてはいないが、だからといって敵意すら感じる視線まで向けられる謂れは無い。まして、これから共に命がけで魔女狩りを行うのだ。仮にも味方であるレーベンに対する態度としては異常とすら言える。

 だがシスネは、レーベンの問いをただ鼻で笑った。

 

「穢い人を好む人間がいるとは思えませんが」

 

 (きたな)い。いつぞやの朝にも、シスネからそう言われた。カーリヤの言うように、聖都の聖女とはやはり潔癖なのだろうか。理由がそれだけとは思えないが、シスネにはそれ以上語る気はないようだ。ならば、レーベンもここは引き下がるしかないのだろう。

 

「俺を嫌うのは構わんが、仕事はしっかりと頼む」

 

 話している内に、町への入り口の前まで辿りついた。鉱山の町らしい武骨な石造りの周壁に、立派な鉄の門扉がレーベン達を出迎えている。周壁の上からこちらをじろじろ見ている門番に向けて、教会の紋章が刻まれた首飾り――騎士証を掲げて見せると、重い音を響かせながら門が開きだした。

 

「……言われなくても、分かっています」

 

 シスネの声は鉄の音にかき消されそうな小声だったが、それでもレーベンの耳にはよく響いた。

 

 

 

 教会の使いであることを告げれば、門番の一人が町の教会まで案内してくれるという。門番とシスネの後を追い、カクトの町に足を踏み入れた。

 活気のある町だった。ポエニスからもそれなりに離れた辺境といっても良い町だが、それでも多くの人が行き来している。大通りには石畳が敷かれ、鉄か何かを積んだ馬車が重そうに車輪を鳴らしながら通り過ぎていった。土地柄か、すれ違う男たちも皆たくましい体つきをしている。活気のある鉱山の町。

 だが。

 

「女が、いないな」

「……はい」

 

 ぼそりと、独り言のつもりで漏らした声に、すこし前を歩くシスネが小さく応えを返した。顔は前に向けたまま視線を周囲に巡らせると、建物の窓からはいくつかの顔が覗いているのが見える。どれも、女の顔だった。

 魔女は女から生まれる。言い換えれば、人間の半数は潜在的な魔女ということだ。恐れを抱くにはあまりにも数が多く、巨大すぎる。故に、教国の民は皆それを忘れながら生きているのだ。己もいつかは死ぬという事実を、誰もがあえて意識しないように。

 だが、その忘れようとしていた魔女が身近に現れればどうなるか。肌で感じる死の気配は人々から容易く冷静さを奪い、不安と恐怖は病のように伝播していく。そして、それらが最後に行きつくのは必ず女たちだ。

 

「町長の指示だよ。女はなるべく外に出るなってさ」

 

 案内役の門番にも聞こえていたらしい。まだ少年らしさを残した青年は、精悍な顔に不安を滲ませながらレーベンらを見やる。

 

「なあ、本当なのか? 魔女がいる町の女は、みんな魔女になっちまうって……」

「それは……」

 

 シスネが口ごもる。違うと断じることは簡単だが、魔女禍の原因は未だ分かっていないのが現状だ。いかにもな迷信に聞こえる青年の言葉も、もしかすれば真実かもしれない。事実、一つの村の女が続けて魔女になったという例も少なからずある。レーベンもシスネも教会の名を背負ってここにいる。不確かなことを口走るわけにはいかないのだ。

 シスネの沈黙を是と捉えたのか、青年の顔が青褪める。母か姉か妹か、彼の家族にも女はいるのだろう。あるいは恋人か。そう考え、レーベンは口を開いた。

 

「貴公の説を否定はしないが、他にこういう説もある」

 

 青年が縋るような視線をレーベンに向け、シスネが険を増した黒い瞳を向けてくる。また何か余計なことを言おうとしている、とでも思われたのかもしれない。

 

「“魔女を生む真の病とは、絶望である”」

 

 青年が首を傾げ、シスネは何故か俯いた。

 それは最初の騎士たちの筆頭、大騎士コルネイユの言葉だ。曰く、心が傷つき絶望した女は魔女へと堕ちる。それ故に、教国の暗黒時代は生まれてしまった。かつて行われた凄惨な女狩りこそが、魔女禍を蔓延させた真の罪なのだと。

 存外に当を得た説だとレーベンは考えている。近しい女が魔女となり、それに絶望すればその女もまた魔女となる。魔女になるかもしれないと謂れなき迫害を受け、絶望した女がやはり魔女となる。青年の迷信に聞こえる言葉も、かつての暗黒時代も、「絶望」こそが魔女禍の原因だとすれば辻褄は合ってしまうのだ。

 とはいえ、その説を公的に認めてしまえば、聖女が生まれる前に教国が推し進めていた女狩りこそが魔女禍の原因だということになってしまう。だからこそ、聖女や騎士ほど大っぴらにこの説を口にすることは(はばか)られる。そもそも、絶望つまりは人の心などという不確かな物が原因だとすれば、魔女禍の根絶など夢物語だ。全ての女から絶望を取り除けなど、人の世から全ての争いを失くせと言っているのと変わらない。それこそ絶望的だ。

 

「まあ、要するにだ」

 

 コルネイユの格言を言って聞かせた後、いつの間にか歩みを止めていた青年の肩を叩く。

 

「女は大切にしたまえよ。それが魔女になるかもしれない女でもだ」

 

 この町は上手くやっている方だろう。女たちを家へと隔離し、他者との接触を極力おさえる。不安こそ感じれど、謂れなき非難や暴力まで受けることは無い。仮にコルネイユの説が正しければ、これだけで次の魔女が生まれる可能性は低くなるはずだ。……もっとも、それは魔女が必ず狩られるという確証があればの話だが。

 黙って話を聞いていた青年は、ふと弱々しく笑った。

 

「いいのかよ、騎士さまがそんなこと言って」

「言ったのは俺ではない。偉大な騎士コルネイユである」

 

 元より真っ当な騎士とは言えないレーベンではあるが、それでもこれ以上の悪評は避けたい。責任転嫁されたかの大騎士には悪いが、腐っても後継の一人であるレーベンの為に犠牲になってくれても良いだろう。レーベンは開き直った。

 冗談の一つと受け取ったのか、青年は苦笑の表情が濃くなる。

 

「でもコルネイユってあれだろ。“好色の騎士”だろ?」

「不敬だな貴公。二股三股どころか九股など、もはや伝説ではないか。敬いたまえよ」

「聖女を三人侍らせてたからすっげえ強かったって本当なのかな。そんな事できんの?」

「さてな。なにせ俺は聖性を受けたことが無……いやなんでもない」

 

 また禄でもない話に花を咲かせていると、バキリと道のいたる所に落ちていた鉄クズが砕ける音が響く。見れば、シスネが忌々しげに憐れなゴミを踏みにじっていた。

 

「先を急ぎましょうか?」

 

 ニコリ、と。初めて見るシスネの笑顔は凍りつくような作り笑いであった。レーベンとしては眼福でも、隣に立つ青年はそうでもないようだ。カタカタと震えながら少女のようにレーベンの腕を掴んでくる。申し訳ないが大変に気色悪い。

 速足になったシスネに追い立てられるように青年が先導する。それに追いすがりながらシスネが発砲しなかったことにレーベンは安堵した。彼女が存外に短気であることは、ここ数日で分かっていたことだ。

 視線だけでシスネの顔を覗けば、その白い顔は既に無表情に戻っている。ついさっきに見た笑顔はまだ目に焼き付いており、写銀器を持っていれば良かったとレーベンは自省した。

 

 

 

 辺境であることを鑑みても、カクトの教会はこじんまりとしていた。周りの民家とそう変わらず、むしろ鍛冶場のある工房などの方がよほど立派な造りをしている。だが荒れているわけではなく、小さな庭も綺麗に整えられていた。

 案内役の青年と別れ、正門の前でしばらく待っていると、入れ替わるように大柄な男が大通りから現れた。四十路も過ぎたような男盛り。火に焼けた赤銅色の肌と太い手足を持つ、いかにもな鉱山の男であった。

 

「悪い悪い、合鍵をどこに置いたか忘れっちまって」

 

 挨拶も無しに、ガチャガチャと玄関の鍵を開けた大男は「さあ入った入った」と先に立って教会に入る。レーベンとシスネもそれに続いた。

 教会の中は、簡易的な祭壇が玄関に設えられている以外はほとんど民家のようであった。外観と同じく掃除も行き届いてはいるが、そこかしこから生活の匂いを感じる。居間とも台所ともつかない部屋の椅子に大男が腰掛け、机を挟んでレーベンたちも席に着いた。

 大男はカクトの町長だと名乗った。だが町長とは言っても、この町では数年ごとに持ち回りで町長を務めることになっているらしい。町の運営はあくまで合議制であり本業はあくまで鍛冶屋だというのも、その丸太のような腕を見れば納得というものである。

 

「しかしまあ、ずいぶんと若いんだな。どっちも細っこいし、ちゃんと食ってるか?」

 

 白い歯を見せながら、大男――町長が笑いかけてくる。侮っているというより、ただ単に物珍しさか年長者らしい世間話のようだった。レーベンも騎士としては若い部類ではあるが特別に若いわけでもない。体型も目の前の町長に比べれば大抵の男は細身だろう。もっとも、シスネの痩せた体に関してはレーベンも心配に思ってはいた。

 

「まったくだな。色々と細くて小さくて心配になる。ちゃんと食べているのか貴こ――」

 

 冗談のつもりでシスネに話を向ければ案の定、机の下で足を踏まれた。予想外だったのは、その踏み方があまりに容赦の無いものであったことだろうか。

 

「お構いなく。そろそろ依頼の件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「お、おう」

 

 声も出せずに悶絶するレーベンには目もくれず、作り笑いを貼りつけたシスネが町長に話を促す。さすがに聞き逃すわけにもいかず、痛みを堪えながらレーベンも姿勢を正した。

 ……小さな舌打ちの音が聞こえた気もするが、空耳だと思いたい。

 

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