魔女狩り聖女   作:甲乙

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狩りに赴く前に

 町長の話によれば、最初に魔女が目撃されたのは五日前。町より更に東の、現在は使われていない廃坑の付近だという。仕事帰りの鉱夫たちが夕日の中で動く異様な姿の生き物を見かけ、慌てて下山してきたらしい。

 

「その魔女の姿は詳しく分かりますか? 何かの動物に似ていたとか」

「いやそれがな、あいつら泡食って逃げてきたみたいで、その辺はなんとも……」

 

 魔女は例外なく異形の姿をしており、同じ姿形のものは一体とていない。故に、()()()()()()()()()()()()()という点が最も恐ろしい。その為、事前に可能な限り情報を集めておくことが魔女狩りの定石だが、今回のように何も分からないということも少なくはなかった。

 

「誰も見ていないということですか?」

「いや見てないわけじゃないらしいんだが、皆バラバラなんだよ。トカゲだって言ったりヘビだって言ったりよ。クモだって言った奴もいたな」

「……いえ、充分です」

 

 几帳面に、シスネが紙に情報を書き記していく。今まではレーベンが自分で情報を集めていた。一人で魔女を狩っていたのだから当然だ。だが今はシスネが率先して町長から情報を聞きだしてくれており、レーベンはただ横で話を聞いているだけで良いのだから楽なものである。……シスネが単にレーベンの存在を無視しているだけなのかもしれないが。

 

「ここ最近で、行方が分からなくなった女性はいますか?」

「いない。町中の家を確認したから、それは間違いないぜ」

 

 ふむ、と。シスネが唇に手をやった。彼女はどうか分からないが、レーベンは半ば予想していたことではあった。町の雰囲気がまだ明るかったからだ。町の中で魔女が生まれ、周囲に大きな被害を受けた町というのは、もっと陰惨とした雰囲気に包まれている。

 この町の住人が魔女となったわけではないのならば、何処ぞの魔女が偶然この町に迷いこんできたということだろうか。それも珍しいことではあるが、まったく無いわけでもない。

 

「ところで、」

 

 シスネが一旦ペンを止め、言いにくそうに口を開く。

 

「この教会の聖女と騎士は、今どこに?」

 

 問いの形ではあるが、実際はただの確認だろう。町には小さいながらも教会があり、そこに住まう聖女と騎士がいた。だというのに、わざわざポエニスまで依頼を出した。つまりは、そういうことだ。

 

「……もう三日になる」

「そう、ですか」

 

 心なしか固い声でシスネが答えた。

 この教会に住んでいたのは、町長とそう変わらない年代の聖女と騎士だったらしい。既に一線を退いたような二人だったが、魔女が目撃されてすぐに女たちを家から出さないよう町長に指示を出した。そして朝を待ってから廃坑に向かい、一度は帰ってきたものの、その次の日にはもう帰ってこなかったのだと。

 平静に見えた町長の声は徐々に震えだし、大柄な体は俯いていく。

 

「一度、帰ってきた時にな、言われたんだ。ポエニスに依頼を出しとけ、ってよ」

 

 シスネはもう何も記していなかった。ペンを握ったまま、町長の震える声を聞いていた。

 

「止めりゃあ良かったんだ……くそったれ」

 

 頭を垂れた町長の髪には、まばらに白髪が混じっていた。それが元からなのかどうかはレーベン達に知る由もない。ただ、無言で肩を震わせる町長の体は、やけに小さく見えた。

 

 

 ◆

 

 

 シスネが机に銃を並べる。六連発の短銃が二丁。更にもう一つは女の手には余るような大型の短銃だ。更に長銃を机に立てかけ、それらの弾薬も鞄から取り出す。

 机を先に取られたレーベンは、仕方なく床の上に武器を並べた。別の部屋に行けば机か寝台ぐらいはあっただろうが、元の住人たちのことを考えればそれも憚れる。町長からは好きに使ってくれて構わないと言われてはいても、レーベンにもそれぐらいの感傷はあるのだ。

 

「楽で良いな」

 

 二本の片手剣をそれぞれ鞘から抜いてみながら言う。町長は既に立ち去った後だ。必然的に、シスネが顔を向けてくる。

 

「今までは、拠点も借りられなかった」

 

 今までレーベンは一人で魔女を狩ってきた。時にはライアーや他の騎士たちと合同で狩りに向かったこともあるが、それよりも一人であったことの方がずっと多い。聖女と騎士は一対の存在。故に、聖女のいないレーベンは常に不信の目を向けられてきた。本当に騎士かどうかも分からない相手に拠点となる場所を貸してくれる物好きなど、そうはいなかったのだから。

 

「あなたは、いつから聖女がいないのですか」

 

 短銃に弾薬を込めながらシスネが呟く。キリキリと弾倉が回される音が何度か響いた。

 

「最初からいない。五年ぐらいだな。貴公は?」

「……三年」

 

 鎧を着けながら質問を返せば、予想に反してシスネが答える。だが、その前には騎士がいたのか、とまでは聞けなかった。聞いたところで答えてくれるとも思えなかったが。そのままレーベンが黙ってしまえば、シスネもそう話すことはない。ただ二人が装備を身に着ける音だけが部屋に響いた。

 

 レーベンの鎧はいくつかある種類の中でも最も軽装な物だ。それを更に省略して身に着ける。胸当て、左手だけの手甲、膝当て、それぐらいだ。兜はかぶらず、鎖帷子(チェーンメイル)を仕込んだ首巻きに頭を通す。理由は単純、重いからだ。聖性による身体強化は望めず、更に大量の武器も装備しなければならない以上、鎧まで着こんではまともに動くこともできないのだ。

 椅子に腰掛けたシスネが靴を脱ぐ。簡素な短靴のかわりに、武骨な長靴(ブーツ)に白い足を通した。次に何本かのベルトを慣れた手つきで体に巻き付けていく。細い体が更に締め上げられ、聖女の装束ごしでも体の線がはっきりと見えている。髪紐で白髪を雑に束ね、髪先を指で跳ね上げた。

 

 腰の両脇にそれぞれ片手剣を()く。手斧も左腰のベルトに差し、短剣は右腿に鞘ごと括りつけた。長銃の弾薬を並べたベルトを腰に、炸裂弾と焼夷弾のベルトは肩に巻く。更に長銃と雑嚢を後ろ腰に吊り下げ、中に各種の薬物を詰める。視線だけでシスネを覗き、こちらを見ていないことを確認してアルバットから購入した()も素早く詰め込んだ。最後に、火除けの黒い外套(マント)を肩から羽織る。

 細い腰の両脇にホルスターを提げ、そこに短銃を二丁差し込む。何度か抜き差しを繰り返して、位置を調整していた。シスネの手には大きすぎるような大型の短銃は左脇のホルスターに提げる。三本の短剣はそれぞれ、腰と脇と足首に。弾薬と炸裂弾と焼夷弾をまとめて納めたベルトが最後に細い腰に巻かれた。

 

 専用の鞄を開け、中から剣を取り出す。黒光りする片刃の刀身。中途半端な大きさ。柄の仕掛けと引き金が目を引く、機械仕掛けの剣。今回はじめての使用となるそれを背に担いでいると、長銃の点検をしていたシスネが手を止める。

 

「何ですか、それは」

 

 好奇心というよりは、親が子の悪戯を見つけたかのような反応だった。レーベンと機械剣を()めつける黒い瞳からは、ただただ呆れしか感じられない。

 

「特注品だ。技術棟の知り合いに頼んだ」

「……ちゃんと試し使いはしたのですか」

「何を隠そう、今回が初だ」

 

 ゴトリと、シスネが長銃を机に置いた。そのまま、武骨な長靴で重い足音を鳴らしながらレーベンの前まで歩んでくる。

 

「渡しなさい」

 

 有無を言わせぬ口調で手を出してきた。だがこればかりはレーベンにも譲れない。なにせ高かったのだ。

 

「これは俺の私物なんだが」

「だから何ですか」

「最初は俺が使いたい」

「そういうことじゃありません!」

 

 突然の大声に思わず仰け反っていると、「あーもう!」とシスネが白い髪をガリガリと掻きだす。まるきり子供のような仕草だった。

 

「馬鹿ですか! そんな、まともに動くか分からない物を! 暴発したら死にますよ!?」

 

 ただでさえ無表情な顔を固まらせているレーベンに対し、叫んで疲れたのかシスネが椅子に腰掛ける。額に手をやりながら、「ここまで馬鹿だったなんて」と色々な意味で絶望的なことを呟いていた。

 場の空気を変えた方が良いかと、レーベンは皮肉な笑みを浮かべたつもりで声をかける。

 

「俺の心配をしてくれるのか? ずいぶんと優しいじゃあないか、貴公」

「は?」

「馬鹿で誠に申し訳ない」

 

 ここで赤面のひとつでもしてくれたのなら可愛いものであったが、シスネはどこまでも憎々しげな目を向けてくる。額に青筋すら立って見えるのだから、レーベンとしては恐ろしくて仕方がない。

 とはいえ、このまま機械剣を没収されるのを黙って見ているわけにもいかないのも確かである。レーベンとて、伊達や酔狂でこんな物をアルバットに注文したのではないのだから。だがそう言ったところでシスネも納得はしないだろう。レーベンは落としどころを探ることにした。

 

「分かった。では、こうしよう」

 

 

 ◆

 

 

 申し訳程度に舗装された道の両端に、ごつごつとした岩肌が続いている。廃坑の入り口には古びた看板に立入禁止の文字が刻まれ、それに並ぶように立てられた真新しい看板に、また立入禁止の文字が大きく刻まれていた。レーベン達が立つのは鉱山と廃坑の分岐路にあたる場所だが、鉱山の方からも人の気配は感じられない。屈強な鉱夫たちとはいえ、魔女がいるかもしれない場所の近くで働く気はないようだ。

 ベルトから焼夷弾を一つ抜き取り、機械剣の柄に装填する。弾薬でもないというのに滑らかに穴の中に納まる様は、さすがの腕前と言えるだろう。アルバットも変人ではあるが腕だけは確かなのだ。そうでなければ、レーベンもさすがにアレを知己だとは思いたくない。

 機械剣を構えながらシスネを見れば、彼女は既に水の入った木桶(バケツ)を手に構えている。レーベンの言葉もアルバットの腕も信用する気は無いようだ。

 

「よし、では行くぞ」

 

 シスネは機械剣の試用を済ませていないことを不満に思っている。ならば、魔女狩りに向かう前に一度使ってみれば良い。レーベンの提案した妥協案に、シスネも一応の理解は示してくれた。故に、ちょうど無人となっていた鉱山で機械剣の試し斬りを行うことにしたのだ。ここならば周囲に炎を撒き散らしても被害は少なく、最悪の場合でもレーベンが大火傷を負うだけで済むだろう。……たぶん。

 シスネが目だけで促し、レーベンは引き金を弾き、そして爆炎が刃を成した。

 

「うぉ……っ」

「ひゃっ!」

 

 炎の勢いは予想以上であった。どういう仕組みなのか、片刃の刀身が燃えあがるように噴き出る炎は、まるでそれ自体が刀身のように長く伸びる。なるほど、この状態で斬りつければ炎に弱い魔女には大きな効果を発揮するだろう。だが。

 

「――熱っつ!」

 

 ガラにもなく大きな声が出た。左手にしか手甲を着けていないレーベンの右手は厚手の革手袋で覆われているが、それ越しでも悲鳴をあげるような熱さ。だからといって剣を手放すわけにもいかず必死に熱さを堪えていると、炎は徐々に弱まることもなく一瞬で消える。それでも、黒光りする刀身からは熱気が立ち上っていた。

 レーベンはひとつ息をついてから、右手を振りながらシスネに声をかける。

 

「どうだ貴公。これならば迅速に魔女を狩ることができ――」

 

 返事は水であった。顔面と右腕を水に叩かれ、固まった姿勢のまま黒髪から水を滴らせているレーベンを労わってなのか、シスネは作り笑いを浮かべてくれた。

 

「次もちゃんと動くと良いですね?」

 

 労わりではなかった。シスネの疑念も怒りも未だ収まってはいないらしく、冷たい笑みでゾッとしないことを警告してくる。木桶を元の場所に戻したシスネはもうこちらには目もくれず廃坑へと向かい、レーベンも無言でそれに続いた。

 水そのものはありがたいが、大半は顔にかかってしまった。わざとだろうか。おそらく軽い火傷を負ったらしい右手を撫でてから、レーベンは機械剣を背に戻した。

 

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