魔女狩り聖女   作:甲乙

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多難たる前途

「二手に分かれましょう」

 

 ようやく仕事を始められるかと思えば、いきなりこれである。普段はライアーやカーリヤから発言を咎められる側であることが常のレーベンではあるが、さすがにこれは看過できない。

 

「待て貴公。すこし待ちたまえよ」

 

 友人たちがよくそうしているように、額に手を当てながらシスネの前に歩み出る。一人で廃坑への道を進もうとしていたシスネは、道を塞がれて露骨に顔を顰めた。もう苛立ちを隠そうともしない。

 

「……何ですか。ただでさえ出発が遅れているのですが?」

 

 機械剣の試用によって出発が遅れたのは事実であるが、それも半分はシスネに原因があるのではないだろうか。レーベンはそう考えたが、それを今ここで口にするほど勇敢でも愚かでもない。

 

「騎士長の命令を忘れたのか。俺たち二人で組んで仕事をしろと言われただろう」

「私とあなたで同じ依頼を受けろと言われたのです。一緒に行動しろとまでは言われていませんが?」

「魔女の姿すら分かっていない。単独で狩るには危険すぎる」

「魔女の居場所すら分かっていません。だからこそ二手に分かれて探すべきでは?」

「だがそれは――」

 

 ああ言えばこう言う。どうにもシスネに譲る気は無いらしく、弁が立つ訳でもないレーベンに勝ち目は薄い。そうこうしている内にも時間は過ぎており、太陽は既に南から下りはじめていた。これ以上、押し問答を続けている暇は無い。

 

「というか貴公、ただ単に俺と一緒にいるのが嫌なだけだろう」

 

 む、とシスネが押し黙った。どこかばつの悪そうな顔で岩壁の方を向くが、そちらには何も無い。どうやら図星のようだが、レーベンとしては非常に残念な結果である。

 

「これは魔女狩りだ。私情を挟まないでくれ」

「……」

 

 こちらに向き直ったシスネの顔にはありありと不満の表情が浮かんでいたが、言い返してくることは無かった。深い溜息をついた後、ようやくシスネが折れる。

 

「……今回だけですよ」

 

 今回だけなのか。レーベンの言は正論であったはずだが、まるでこちらが駄々をこねたかのような口ぶりである。シスネと並んで歩き始め、先程よりも下がった太陽を見ながらレーベンは小さく溜息をついた。

 

 

 ◆

 

 

 廃坑というだけあり、岩山のそこかしこに坑道への入り口が開いていた。閉鎖の理由が鉱物を採り尽くしたからなのか、坑道を掘りすぎて地盤が弱ったからなのかは定かでないが、どちらにせよ坑道は蟻の巣のように複雑な繋がりをしているようだ。もし中に迷いこみでもすれば、冗談抜きで遭難しかねない。

 無論、そうならないようどの入り口も封鎖されているが、その塞ぎ方が異様であった。太い鉄格子がしっかりとはめ込まれ、更にその上から厚い木板で蓋をされている。人どころかネズミすら入れなさそうな塞ぎ方には、どこか偏執的なものすら感じられた。町長によれば閉鎖は十年以上前のことらしいが、どの入り口も古びてはいても壊れてはいない。定期的に手入れもされているのだろう。

 

「ありがたい話だが、何なんだこれは」

 

 鉄格子をつかみながらレーベンが呟く。力を入れて揺らしてみてもビクともしない。もし坑道の中に魔女が入りこんでいたら、この魔女狩りの危険度は一気に跳ね上がる。レーベンとシスネの一組、ましてやどちらも真っ当な聖女と騎士ではない二人には荷が重く、最悪の場合はポエニスに更なる応援を依頼しなければならないだろう。もっとも、全ての入り口がこうも厳重に封鎖されているのならば、その可能性は低そうだが。

 

「これを」

 

 シスネの声に振り返れば、長銃で木板の端を指していた。赤い塗料で何かが描かれた跡があり、そしてそれはレーベンもシスネも見慣れた物だった。

 四本の直線だけで構成された、交差した二本の剣を模した意匠。教会の紋章だ。つまりこれは。

 

「カクトの聖女と騎士がやったのか」

 

 シスネも頷く。あらかじめ、魔女が入りこめないように封鎖していたのかもしれない。町長に応援の依頼を出すよう指示していたことも含め、周到で用心深い二人だったようだ。

 

「急ぎましょう」

 

 その用心深い二人が、レーベン達の到着を待たず魔女狩りに向かった。どこかうすら寒いものを感じつつ、歩き出したシスネの後を追った。

 

 

 ◆

 

 

 廃坑を歩いて回る。どの入り口にも破られたような跡は無く、ならば魔女は外にいるはずだが見つからない。見落としが無いよう慎重に見回りながら、鉱山を上へ上へと登っていく。やがて坑道の数も少なくなり、おそらくは山の中腹まで登った頃には太陽は既に西へと傾き始めていた。

 道の傾斜も厳しくなってきたが、前を歩くシスネの足は速い。ぜえぜえと吐息の音も止まず、焦っていることは明白だった。

 

「貴公、すこし休もう」

 

 振り返ったシスネが鋭い目でレーベンを見下ろす。白かった顔は赤らんでおり、汗で前髪が貼りついた額を鬱陶しげに手で拭った。

 

「何を、呑気な」

 

 言葉の代わりに水筒を投げ渡す。反射的に受け取ったそれを手にシスネは抗議の目を向けてきたが、レーベンが道に座り込むのを見ると、溜息をついてから水筒の栓を開けた。

 シスネが水を呷る音を聞きながら、登ってきた道を見下ろす。カクトの町の煙突が霞んで見え、それなりに上まで登ってきたことが分かる。だが魔女はいない。どうしたものか。

 

「登るしか、ないがな」

 

 シスネに返された水筒はずいぶんと軽くなっていた。飲み口をしばらく眺めた後、手で拭ってから残りを口に流し込んでいると、固い声でシスネが急かしてくる。

 

「今からでも遅くありません。二手に分かれて探しましょう」

「やめたまえよ。もう日が暮れる」

「ですが、」

「今回だけは付き合う。そう言ったのは貴公だ」

 

 見なくとも、シスネが黒い瞳で睨んできているのが分かる。やがて、当たり散らすように足元の小石を蹴ってから近くの岩に腰掛けた。相変わらず、苛立つと所作が子供っぽい。

 

「……以前(まえ)から思っていたのですが」

 

 空になった水筒を片付けながら顔を向けると、長銃を抱くように座り込んだシスネが口を尖らせていた。

 

「その喋り方は何なのですか」

「……ああ」

 

 何を言い出すかと思えば、魔女狩りとはまるで関係の無いことだった。進展の無い状況にシスネも相当参っているのかもしれない。

 レーベンの芝居じみた口調は、最初の聖女と騎士たちの英雄譚に倣ったものだ。聞く者によっては年齢にそぐわない古風な印象にも、あるいはごっこ遊びのような幼稚な印象にも聞こえるかもしれない。そしてレーベンとて、何の意味もなくこんな言葉遣いをしている訳ではない。

 

()()()()()だろう?」

「聞いた私が馬鹿でした」

 

 はあ、と。完全に呆れたような溜息をついて、シスネは組んだ足の上で器用に頬杖をつきながらそっぽを向いてしまった。どこか行儀の悪い姿勢を見るに、存外これが彼女の素なのかもしれない。赤みを帯びてきた空を眺めながら、レーベンはそう思った。

 

 

 ◆

 

 

 切り立った岩の上に作られた道を慎重に歩く。元は頑丈であっただろう木の柵も、今やボロボロでいつ崩れてもおかしくはない。シスネの長靴に蹴られた小石が転がり落ちていくのを見て、同じように滑落する己の姿を幻視した。本来の騎士であればこの程度の岩肌は飛び降りることはもちろん駆け上がることすら可能だが、当然レーベンにそんな芸当はできない。

 

「貴公、あまり石を蹴らない方が良い。魔女にこちらの位置がバレる」

 

 レーベンの魔女狩りはいたって単純だ。身を潜めながら索敵し、先に魔女を見つける。そして死角から忍び寄り、一息に急所を抉る。騎士というよりは暗殺者じみた不意討ち。卑怯と言ってしまえばそれまでだが、それが聖女のいないレーベンに出来るもっとも安全な戦い方だった。

 

「おかしな事を。魔女の方から来てくれるなら好都合でしょうに」

 

 だがやはりシスネは不満そうだった。確かに、本来の聖女と騎士であればわざわざ身を隠すことは少ない。魔女は見境なく人を襲うが、特に聖女を優先して狙う傾向がある。その性質を利用し、自分たちを囮に魔女を誘い出すというのも定石の一つだ。

 

「それは魔女の情報が充分にあればの話だろう。今回は違う」

「ああ言えばこう言う……。それとハッキリ喋ってくれませんか。ボソボソと言われても聞こえません」

「これはわざとだ。貴公こそもう少し声を落とし――」

 

 カラカラと、石が転がる音が聞こえた。

 レーベンはすぐに岩陰にしゃがみこみ、シスネは長銃のレバーを引く。岩陰から飛び出そうとするシスネを手で制し、小さな鏡をそっと向こうに差し出した。角度を調整するも、見えるのはただ岩と空ばかり。動く物が何も無いことを確認した後、片手剣を一本抜き、息を殺しながらレーベンは角を曲がった。

 足音を立てず、小石を蹴らず、だが速足で進む。魔女が近くにいるかもしれない以上、のんびりと歩いている訳にはいかない。後ろから長銃を構えたシスネが無言でついてくる。さすがに今この状況でレーベンのやり方に口を出す気は無いようだ。岩陰に沿うように、地面を滑るように、慎重に歩みを進め、だが結局は、魔女どころか鳥や獣の類すら見つかりはしなかった。

 その代わりだとでもいうように、一本の槍が地面に突き刺さっている。

 

「見てくる。そこから援護してくれ」

 

 小声で伝えれば、シスネは小さく頷いた。身を低くして、レーベンは槍に近付いていく。鉱物の集積を行っていたのか、開けた場所にトロッコ用の線路が何本も残されていた。身を隠せそうな場所は少ないが、それは魔女も同じこと。だが油断はせず、周囲に気を配りながら大きく迂回するように槍に近付く。だがやはり、何も起こることなく槍まで辿りついた。

 その槍は場違いな程に白銀の輝きを放っており、それはつまり聖銀の槍であった。聖性を流されることで常に万全の状態に復元される、不自然な完全性。だがその槍はレーベンの知る物とは形状が若干異なる。特注品か、あるいは旧式のような。

 

――なら、これは

 

 レーベンの推測を裏付けるように、その柄にはべっとりと黒く乾いた血がこびり付いていた。更に、地面の砂利にも点々と血痕が残されている。その先には断崖。手招きしてシスネを近くまで呼び、腹ばいになってレーベンは崖下を覗き込んだ。

 ゾッとする程の高さであった。その底に、鎧らしき物を着た人型が落ちているのが見える。雑嚢から遠眼鏡を取り出して、落とさないよう注意しながら覗き込めばもっと細かく確認できた。その人型の周囲に広がった、赤黒い血の飛沫まで。すこし離れた場所に、灰色の装束を着た人型も見つけた。その頭と腕がおかしな方向に曲がっている様を認めて、レーベンは短く黙祷する。

 

「どうでしたか」

 

 レーベンに背を向けて周囲を警戒していたシスネが、視線はそのままに尋ねてくる。ゆっくりと身を起こして、レーベンは努めて平坦な口調で答えた。

 

「死体が二人分。カクトの聖女と騎士だろう」

「……そうですか」

 

 最初から分かっていたことだった。彼らはここで魔女と戦い、敗れ、崖下に落とされた。聖女もまた同じ運命を辿ったのか、それとも身を投げて自決したのかは分からないが、今となっては大した違いでもないだろう。レーベンは遺品となった槍を引き抜き、赤い空を見上げた。

 

「今日は、ここまでだな」

 

 シスネも無言で長銃を下ろした。結局、魔女はその痕跡すら見つからなかった。ただでさえ足場の悪いこの場所で、姿も分からない魔女と暗闇の中で戦うなど無謀でしかない。

 遺品の回収と、その持ち主と聖女の死亡を確認。今日の成果はそれだけだった。

 

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