魔女狩り聖女   作:甲乙

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マンダルとアナ

「そうか……いや、分かっちゃいたんだ」

 

 シスネを先に教会に帰し、町長の家を訪ねて経過を報告する。家は工房も兼ねているらしく、レーベンが訪ねた際には火の入っていない炉の前で、町長は意味もなく金床を叩いていた。

 

「明朝、改めて魔女を探すつもりです」

「そうしてくれ。マンダルとアナさんも、なるべく早く迎えに行ってやりたいからな」

 

 マンダルとアナ。それがあの二人の名前らしい。レーベンが持ち帰った槍を遠い目で眺めている町長にかける言葉は見つからず、軽く一礼だけして工房を後にした。

 

 

 

 辺境の町らしい、食堂と酒場と宿屋が一体となったような店に入ると、店内の視線がレーベンに集中した。居心地の良いものではないが、教会の使いであっても余所者であることに変わりはないのだから、どこもこんなものだろう。なるべく目を合わさないようにしながら、机の間を進む。

 

「いらっしゃい騎士さま。ご注文は?」

 

 そんな余所者を笑顔で出迎えたのは、店主だと思われる女だった。女は外出を避けるよう通達されてはいるが、店を閉めるわけにもいかないのだろう。代わりの者にも任せないということは、一人で切り盛りしているのかもしれない。なんにせよ、逞しい女だとレーベンは思った。

 騎士証を見せ、簡単な食事を二人分包んでもらうよう注文する。そうすれば代金は支払わずとも済むが、それとは別に銀貨と銅貨を何枚か机に並べて果実酒と焼き菓子を注文した。明日からもこの町で魔女狩りを行う以上、住人の心証はなるべく良くしておきたい。……レーベンの懐はこれでほぼ空となってしまったが。

 

「若い騎士さまだね。聖女さまもそうなの?」

 

 注文の品ができあがるまでの間、結った髪を揺らしながら手を動かす店主と他愛もない話をする。町長からも似たような話をされたあたり、この町の住人にとって聖女と騎士というのはマンダルとアナが基準なのだろうか。聖女と騎士の年齢は十代から三十代が主であり、むしろ四十を超えていたらしい二人の方が珍しい部類だ。レーベンも、それ以上の年代で現役の騎士となるとヴュルガ騎士長しか知らない。大抵の者はその前に役目を下りたか、それとも死んだかだ。

 ちなみに、レーベンは今年で二十一歳となり、ライアーはその二つ上である。カーリヤについては一度尋ねた際、ひどい目に遭わされた。彼女と昔馴染みであるライアーなら知っているだろうが、彼は彼で決して語ろうとはしない。もっとも、孤児であるレーベンの年齢も推定でしかなく、シスネの年齢など知るわけがない。

 

「さてな。教会に帰ったら一度聞いてみよう」

「いやいやダメだって! 女に歳は聞いちゃいけないよ、常識だよ」

 

 カーリヤが例外ではなかったらしい。貴重なことを教えてくれた店主から紙袋を受け取り、出口へと向かおうとした時、

 

「……二人の仇をとってね。お願い」

 

 商売柄なのか、恐るべき情報通だ。店主の小声に小さく頷いてから、今度こそ出口へと向かう。背後からは鼻をすする音も聞こえたが、彼女にもまたかける言葉は見つからなかった。

 

 

 

 町の空気が変わっていた。日も沈み、町角に掲げられた松明で照らされた道を歩く。その道のそこかしこで、暗い顔で話し込む男達や、大声で泣く子供の姿が見受けられる。

 騎士マンダルと聖女アナの死。町長はそれを隠さず、むしろ周知することを選んだらしい。人の口に戸は立てられず、断片的に伝わる情報というものはかえって不安を煽り立てる。不確かな噂で町全体を混乱させるぐらいならば、悪い報せであっても正確な情報を伝えるべきだと、そういうことだろうか。

 女の外出制限といい、名前だけの町長とは思えない手腕だと言える。あるいは、それらも含めてマンダルとアナの指示だったのか。つくづく、皆に慕われた優秀な聖女と騎士だったらしい。

 

 

 

 教会の前には人だかりが出来ていた。その殆どは女であり、少女から老婆まで、外出を制限されているにも関わらず教会の前に集まっている。人垣の向こう側に白い髪が見え隠れしており、もしやシスネが何か難癖でもつけられているのかと足を速めた。

 こういった町の状況では、聖女と騎士、特に前者に対して期待と敬意が裏返った末の理不尽な怒りがぶつけられることはままある。まして、レーベンとシスネは魔女も見つけられずに戻ってきているのだ。役立たずだと詰られても返す言葉は無い。

 だが人だかりから聞こえるのは、そういった罵声ではなかった。

 

「マンダルさんは本当に良い人でね、うちの旦那の仕事もよく手伝ってくれたんだよ」

「なんであんなに良い人たちが死ななきゃいけないのさ……」

「聖女さまいつ帰ってくるの? しんだなんてウソだよね?」

「そんな、アナさん……」

「頼むよ、あんた。二人をはやく弔ってやりたいんだ」

 

 どれもが、マンダルとアナを悼む声だった。二人は二十年近く前からこの町に住まい、近隣に現れる魔女を狩りながら町を守ってきた。魔女狩りだけでなく町の仕事にも精を出し、鍛冶場に入り、鉱山で鶴嘴(つるはし)を振るい、厨房で料理をし、子供たちの面倒を見てきた。二人は常に夫婦のように共にあり、そして町の一員であったのだと。そう、皆が口々に語っていた。

 シスネはそれを聞かされながら、一つ一つに応え、頷いていた。その表情は真剣そのもので、本心から返事を口にし、亡き先達に敬意を示していることが分かる。元より、彼女は顔に出やすい質なのだから。

 

「私が、必ず魔女を狩ります。必ず」

 

 繰り返し、そう宣言するシスネの声は、自分に言い聞かせているようでもあった。

 

 

 ◆

 

 

 最後の一人を見送ったシスネが深々と細い腰を折り、再び頭を上げた後にレーベンと目が合う。夕方よりもやつれたように見える顔の中で、黒い瞳が細められた。

 

「……見ていたのですか」

「俺が出てきても面倒になりそうでな」

「趣味が悪いと言ったのです」

 

 口を開けばレーベンへの罵声が飛んでくる。苛立たしげに息を吐いてから教会に入る姿を見るに、案外シスネも鬱憤が溜まっているのかもしれない。聖女である前に人間なのだから、それも仕方のないことだろう。八つ当たりであろうと彼女の気が楽になるのなら、それも騎士の仕事だと思うことにした。

 

「とりあえず食事にしよう。腹が減った」

 

 自分の分の包みだけを抜き、残りを丸ごと手渡す。予想外の重さだったのか紙袋を落としそうになったシスネが慌てて両手で持ち直し、「……ありがとうございます」とか細い声で礼を口にした。だが果実酒の瓶と焼き菓子の包みを見ると、また瞳に非難の色を浮かべる。

 

「何ですか、これは」

「もっと強い酒が好みだったか?」

「わざと言っています?」

 

 酒が入った状態で魔女狩りに赴くつもりか、そもそも食事を恵んでもらうだけでも心苦しいのに酒と菓子までせびったのか、それでも騎士か、恥を知れと、しまいには机を叩きながら説教を始めるシスネ。

 対してレーベンは、いま飲みたくないのであれば魔女狩りの後に飲めばいい、そもそも自分は下戸(げこ)であり酒は飲めない、酒と菓子は自腹を切った、あと腹も減ったしせっかくの食事も冷めてしまうからそろそろ許してくれないか誠に申し訳なかったと、何故かまた謝罪するはめになったが、もう腹の虫が限界だから気にしないことにした。

「紛らわしい……」「怒鳴ってすみません」と一応謝罪の言葉を並べるあたり、シスネも律儀なものだ。

 

 

 

 パンの肉挟みを齧りながら、シスネが呟く食前の祈りに耳を傾ける。食卓から視線を横に向ければ、それだけで玄関の簡易祭壇が目に入る、机はそんな位置に置かれているようだった。つい三日前までは、この机でマンダルとアナが共に祈り、共に食事を口に運んでいたのだろう。夫婦のようであったと、口を揃えて語る女たちの言葉をレーベンは思い出していた。

 騎士はほぼ全員が男だ。女の騎士もいないことはないが、少なくともレーベンはあのヴァローナしか知らない。聖性による身体強化は元の肉体に強く影響され、つまるところ筋肉量が物を言う。故に女騎士というものは極端に少ないのだ。そして聖女は全員が女である。聖性を扱う才能は女にしか無いのだから当然だ。

 それ故、共に死線を幾度も越えた騎士と聖女が、男女の関係となるのは決して珍しいことではない。最初の騎士と聖女たちの英雄譚でも、彼らと彼女らの恋物語(ロマンス)を謳った物は数多く残されている。現在においても、騎士と聖女が共に健在のまま役目を降り、夫婦となって余生を過ごすというのは「成功例」の代表的な一つだ。

 教会も名目上、騎士と聖女がそれ以外の関係となることは良しとしていないが、ほぼ黙認しているようなものだ。よほど規律に厳しく、潔癖な者であれば話は別かもしれないが。

 例えば、目の前の聖女のような。

 

「ずいぶんと、仲の良い二人だったようですね」

 

 やっと祈りが終わったシスネが、包み紙を開けながら呟く。その口調にどこか棘のようなものを感じ、さすがにレーベンも口を挟んだ。

 

「だがな貴公、彼らは」

「勘違いしないでください。二人とも立派な方だったと、私もそう思っています」

 

 シスネが強い口調で告げる。事実、マンダルとアナは立派に役目を果たしただろう。二十年に渡ってこの町を守り、住人たちに慕われ、そして最期は魔女狩りに殉じた。更に自分たちの死期を悟ったかのように的確な指示を遺し、死後にまでこの町を守ってみせたのだ。

「ですが」シスネが急に弱々しくなった声で続け、

 

「最後にこうなることは、分かっていたでしょうに」

 

 聖女と騎士の物語は、いつだって悲劇で終わる。

 これは、聖女と騎士の英雄譚すべてに共通する結末だ。内容は多分に誇張されてはいても、結末だけは悲劇で終わる。これは、聖女と騎士の歴史が始まった時から、彼らと彼女らが皆ことごとく悲劇に散っていったという事実を示しているのだろう。

 そして、これは自明の理でもある。聖女と騎士である以上は魔女狩りを続けなければならず、魔女がいなくならない限り、いつか必ず魔女に敗れて死ぬ。それを良しとしないのであれば役目を降りるしかなく、そうなればもう聖女と騎士ではなくなる。

 故に語られるのだ。聖女と騎士は、必ず悲劇で終わると。

 

「そう、だな」

 

 レーベンとて、寝台(ベッド)で安らかに死のうとは思っていない。騎士をやめる気は無く、ならばいつか魔女に敗れて死ぬのだ。そしてそれは明日かもしれない。

 机の向こうでもそもそ口を動かすシスネの指には、簡素な意匠の指輪が光っていた。見慣れた形の聖女の指輪――毒針が仕込まれた自決指輪だ。騎士を失った聖女が、魔女に嬲り殺される前に使うための物だが、一人で魔女を狩っていたらしいシスネでもそれを着けている。

 仮に明日レーベンが死んだとして、シスネは自分の後を追うのだろうか? いや、きっとそんなことはないだろう。安堵とも落胆ともつかない感情を押し込めるように、空になった包み紙を握りつぶした。

 

 

 

「……これ、辛くないですか」

「そうか? そうなのか」

 

 

 ◆

 

 

 寝室には寝台が二つ並んでいた。

 

「……」

「……」

 

 故人の寝床を使用することに躊躇が無いわけではないが、しっかりと眠り万全な状態で魔女狩りに臨むことこそ二人への手向けだろうと、寝室に入って目にしたのがこれである。夫婦のようであったと、町の皆が口にしていたのだから、これも予想できてしかるべきであったか。

 

「貴公はどっちが良い」

「出ていってください」

 

 その後、短銃を手放そうとしないシスネをなんとか説得し、寝台の一つを協力して廊下に移動することに成功した。無論レーベンが廊下である。ひどい話だ。

 

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