魔女狩り聖女   作:甲乙

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追う者、追われる者

「二手に分かれます。異論はありませんね」

 

 翌朝。日の出と同時に再び鉱山に入り、開口一番シスネは言い放った。返事も聞く気はないらしく一人で歩き出した細い背中を見送ってから、レーベンも廃坑への道を歩き出す。

 昨日は廃坑の半分以上を探し回ったが、見つかったのはマンダルとアナの遺体と遺品だけ。魔女の痕跡は何ひとつ無く、ならば魔女は既に移動しており、いるとすれば廃坑ではなく今も使われている鉱山の方だろう。シスネに言わせればそういうことらしい。

 二手に分かれること自体はレーベンも妥当だと思っている。鉱山が閉鎖されて既に六日、カクトの町の人々にも生活があるのだ。これ以上の時間はかけられない。二人がかりで鉱山を探すことも考えたが、まだ廃坑も全てを見て回った訳ではない。まずは昨日、マンダルとアナの遺体を発見した場所を目指すことにした。

 

 

 

 長銃を手に、ひとり廃坑の道を歩く。周囲には人気もなく、木々も生えていない廃坑はひどく静かだ。人も鳥も虫も、魔女もシスネもいない。ただ黙々と足音を殺しながら山道を登っていく。

 今までずっとレーベンは一人で魔女を狩ってきた。故にこうして一人で索敵することには慣れており、むしろ昨日のように聖女を連れていることの方が異例であった。シスネも三年の間、一人で魔女を狩っていたというのだ。彼女もまた一人の方が慣れているのかもしれない。

 

 ――最初からこうするべきだったか

 

 昨日、シスネを説き伏せて二人で行動したことについて私情を交えたつもりは無い。無いが、まったく無かったかと問われればどうだったか。結局のところ、腹の底ではシスネと共にいたいという私情があったのではないか。

 そもそも、シスネに契りを交わす意思はまったく無い。彼女自身がそうはっきり宣言してしまっている。ならばシスネがいようといまいとレーベンに聖性の助けは無く、二人で行動することにどれだけの意味があるのか。シスネがレーベンに対して協力的ならばともかく、彼女はあの調子である。遅かれ早かれ、この歪な協力関係は瓦解する運命だったのかもしれない。

 考えれば考えるほど憂鬱な思考が頭を占め、そうこうしている内に集積場へと辿りついた。ここから先は未探索の場所だ。意識を切り替えるように長銃のレバーを引くが、そのレバーの動きに妙な抵抗を感じ、ポエニスでシスネがこの長銃を交換していたことを思い出す。たしか、レバーの部品が劣化していると言って――。

 

「……?」

 

 その記憶に違和感を覚える。長銃に目を落とし、聖銀の輝きを放つ部品を眺め、そして。

 そこに映る、「目」を見た。

 

「――――!」

 

 弾けるように振り返り、狙うより先に引き金を弾く。轟音と共に放たれた散弾が断崖の淵を削り、白い土埃が朦々と舞った。その中で、黒い蛇のような何かが断崖の下に引っ込む様を確かに捉える。

 レーベンはすぐに踵を返して岩陰に戻り、しゃがんだ足元から鏡を差し出す。息を潜めて鏡を睨み、周囲は耳が痛いほどに静かで、風は無く、土埃はなかなか晴れず、ただじっと断崖を見て、やがて。

 ひょこり、と。再び「目」が現れた。

 

 ――出たな

 

 鏡から目を離さないまま、片手で準備を始める。長銃を背に戻し、かわりに機械剣を抜いた。柄に焼夷弾を装填し、雑嚢から取り出した強化剤の針を首筋に刺す。冷えた異物が血に乗って全身を巡るような錯覚に身震いし、だがすぐに体が脈打つように熱を持ち始める。機械剣を握りしめる右手の革手袋が、ぎちぎちと擦れる音を鳴らした。

 レーベンはもういつでも戦える状態だったが、断崖から突き出る「目」の持ち主――魔女は未だきょろきょろと集積場を見回している。どこか間の抜けたその様に苛立ちを覚え、だがそれは強化剤の副作用によって感情の振れ幅が大きくなってしまっていることを自覚し、だがその自制心も徐々に薬に侵され、いっそこちらから仕掛けるかという考えが頭を過り、「目」が再び引っ込んだ。逃げられる。そう考えて腰を上げそうになり、それより先に、魔女が遂にその姿を現した。

 その魔女にはもう、人としての面影は残されていなかった。ぬらぬらと蠢く黒い泥の塊。それが這いずるように断崖から現れ、砂利を黒く侵していく。手足も頭も無い塊の中で、ただ触覚か何かのように細く伸びた部位の先に眼球だけが剥き出しの状態で辺りを見回していた。

 

『怖い』

『怖い』

『はやくあっちへ』

 

 レーベンが見てきた中でも、特に異形の魔女であった。魔女となって長い時間が経っているのか、泥の量つまりは躰の大きさが通常の倍近くある。元の体は完全に飲みこまれたのか消失したのか、それらしい形はどこにも見えない。人どころかどんな生き物にも似ておらず、強いて言えば触覚が一本だけの蛞蝓(ナメクジ)とでも言えば良いだろうか。

 

 ――永命魔女(ながらえまじょ)か? いや、それよりも

 

 レーベンが最も警戒しているのは姿などではない。

 あの魔女は隠れていたのだ。おそらくは昨日、レーベンとシスネがこの場所に来た時、魔女は既にここにいた。あの不定形の体を断崖に貼りつかせ、触手の先についた目だけを覗かせてこちらを見ていた。

 魔女は見境なく人を襲う。それが魔女に共通する性質だったはずだ。相手が誰であろうと近付く者すべてに牙を剥き、目についた者すべてに襲い掛かる。一時でもそうしなかったというだけで、あの魔女の異常性は充分に過ぎた。何をしてくるのか分からない。それが魔女の最も恐ろしい点なのだから。

 

『逃げて、逃げて』

 

 魔女はズルズルと体を這わせ、どこへ向かうともなく集積場の中を蠢いている。触手の目は依然として周囲を見回しているが、岩陰に隠れたレーベンの姿は見つけられていないらしい。

 

 ――()るか

 

 シスネがこちらに来るのを待つという手もある。人気のない鉱山の中で、先にレーベンが撃った長銃の銃声はよく響いていた。あれを聞いたシスネがこちらに向かっている可能性は充分にあるだろう。

 だが、魔女は目の前。しかもこちらの存在に気付いてはいても見つかってはいない。レーベンの狩り、奇襲にはもってこいの状況だ。それに、道を登ってきたシスネが正面から魔女と鉢合わせする恐れもある。

 焼夷弾をもう一つ取り出し、魔女の体と目の動きを見ながら機を計る。魔女が遠くも近くもない位置に移動し、目が向こう側を向いた瞬間、レーベンは着火した焼夷弾を放った。

 

『逃げないと、はやく、』

 

 魔女を飛び越えるように放物線を描く焼夷弾を見たらしい目が動き、魔女の動きが止まる。焼夷弾が地面に落ちるのと、炎を噴き出すのと、レーベンが岩陰から飛び出すのは全くの同時だった。

 

『にげぇあああぁぁ――っ!』

 

 眼前で燃え広がった炎に目を焼かれたのか、触手が体の中に引っ込んだ。そして炎から逃げるように地面を這いずるが、その時にはもう、レーベンは引き金を弾いていた。

 

「づあっ!」

 

 機械剣から炎の刃が伸びる。炎を纏わせた横薙ぎの一撃が魔女の体に食い込み、蠢く黒い泥が焼け落ちていく様を眼前で捉えた。炎はレーベンの手も焼いていくが、目の前で炎に挟まれる魔女の姿を見ているとどうでも良くなってしまう。

 

「ふ……へは……っ!」

 

 炎は人を昂らせる。そしてレーベンの狩りに炎はつきものであり、薬もまた然りだ。副作用で(たが)の外れかけた精神に、炎に焼かれる魔女の姿は刺激的に過ぎた。

 だが機械剣の燃料はすぐに尽き、炎が消えると同時にレーベンに残されていた理性が頭を冷やす。すぐに間合いを離して武器を交換。右手に片手剣、左手に長銃。時を同じくして、全身から黒煙を噴きながら魔女が滅茶苦茶に暴れ始めた。

 

『逃げて! 逃げるの!』

 

 武器を両手に構え、魔女の側面だと思われる場所に走る。片手剣で斬りつけ、傷口に長銃を捻じ込んだ。発砲。

 

『おぼぅっ!』

 

 魔女が内側から弾けるように膨張し、傷口から赤黒い泥が噴き出る。それを顔に浴びながらレーベンは長銃を抜き、いつかカーリヤがやっていたようにレバーを起点に回転させた。曲芸じみた動きでレバーが無理矢理に引かれ、薬莢の排出と次弾の装填、そして撃鉄が同時に起こされる。今の発砲はあまり音が響かなかった。故に今度は魔女を外から撃つ。

 三度目の発砲。命中こそしたが、ここで魔女が動いた。

 

『はやく――――っ!』

 

 魔女の巨体が、()()()。全身を(たわ)ませるようにした後、風に吹かれた布のように跳びあがったのだ。その形からも大きさからも想像できないような動き。あまりに現実味を欠いた光景に、落ちてくる魔女の姿をゆっくりと幻視した。

 呆けている場合ではない。体を思い切り横に転がす。身に着けている武具やら地面の岩やらで体を切り刻まれる思いだが、そんなことは気にしていられない。すぐに体を起こし、落下してくる魔女の衝撃に備える。だが魔女は落ちてこなかった。

 

『走って! はやく!』

 

 魔女の躰が布のように広がり、風に乗って飛ぶ。(たこ)のように高度を上げ、そして山道の斜面に沿って信じられない速さで下っていってしまった。

 

「滅茶苦茶だ……」

 

 魔女が隠れ、そして逃げた。しかも空を飛んで。さっきまでの昂りが嘘のように呆けてしまい、だが勿論いつまでもそうしてはいられない。空を飛べないレーベンは、その足で山道を駆け下りた。

 

 

 ◆

 

 

 駆け下りて百も数えない内に、下から銃声が聞こえてきた。走る速度を上げ、蛇行した通路の柵を飛び越えて急斜面を一気に飛び降りる。着地と同時に体を転がして衝撃を逃がすが、それでも足首に嫌な痛みが走った。倒れたまま足に再生剤を突き刺し、容器を放り捨てて再び走り出す。間に合わなければ元も子もない。

 走る間にも絶え間なく銃声が響き、木製の何かが派手に壊されるような音が混じる。封鎖された坑道への入り口をいくつも通り過ぎ、放置されたトロッコの残骸を飛び越え、巨大な岩の塊から飛び出し、そしてシスネがこちらに銃口を向けた。

 

「ぅおっ!」

「あっ!?」

 

 思わず両手を上げ、シスネが黒い瞳を見開く。そのまま撃たれなかったのは、運が良かっただけかもしれない。

 

「脅かすな!」

「脅かさないで!」

 

 お互い素に戻ったような叫びを交わし、だがすぐに我に返って周囲を見回す。集積場ほどではないが、それなりに開けた場所だった。トロッコ、木箱、岩、周囲は遮蔽物に囲まれ、シスネが手にした長銃を忙しなく周囲に向けている。この廃坑にいるということは、やはり銃声を聞きつけてこちらに向かって来ていたらしい。

 

「魔女は?」

「まだ倒していません。何発か当てましたが、すばしっこくて」

 

 シスネと背中合わせになりながら、片手剣と長銃を抜く。矢継ぎ早に状況を確認するが、その言葉に引っかかりを覚えた。

 

 ――()()()()()()

 

 たしかに特異な魔女だった。空を飛んで逃げた際の速度はレーベンの足では到底追いつけない程で、だからこれまでシスネは一人で戦っていたのだ。だがあの蛞蝓のように這いずっていた姿を思い出す。はたしてあの動きに俊敏さなど感じるだろうか? 疑問に埋め尽くされようとするレーベンに答え合わせをするように、魔女がその姿を現した。

 

『見つけた、見つけた』

 

 それは六本足の獣か、あるいは虫に見えた。しなやかな肉体を持つ肉食獣と、生理的な忌避感を抱かせる多足虫をかけ合わせたような。

 

「違う」

「え?」

「違う、こいつじゃない」

 

 人の面影を失い、黒い泥しか見えない躰はたしかに、先程レーベンが逃げられた魔女と同じだ。だがその形はまるで異なり、そして何より「声」が違う。

 魔女の声。生前の声に壊れた弦楽器のような雑音を足した歪な声。何の力も何の意味も無い、ただ垂れ流されるだけの声だが、今この時だけは意味を持った。あの魔女とは声が違う。つまり、アレは。

 

「俺が追ってきたのはこいつじゃない。別の魔女だ」

「……そんな、じゃあ」

 

 隣に立つシスネが息を飲んだ。

 

「二体いるってことですか!?」

 

 悲鳴のようなシスネの声と同時に、六本の足を撓ませ、一瞬の停滞の後で、弾けるように魔女が駆けだした。

 

『逃がさない――!』

 

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