魔女狩り聖女   作:甲乙

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レーベンの狩り

 獣とも虫ともつかない姿に相応しく、その魔女は異様な動きでレーベン達へと襲い掛かった。六本の足が不規則に蠢き、だが滑るような速さで迫ってくる。

 

『逃げるな!』

 

 その魔女に頭は無い。ただ(サソリ)の尾のように後部から伸びた触手の先に、剥き出しの眼球がぶら下がっているだけだ。その「目」にレーベンは既視感を覚えたが、それより先に魔女が牙を剥く。あの魔女が獣ならば頭があったであろう場所、そこから尖った白い骨が鋭く突き出していた。

 

「ぬんっ」

 

 正面から飛び掛かってきた魔女の牙を片手剣で打ち払う。返す刀で足の一本でも落とそうとしたが、それこそ獣のように軽やかな動きで飛び退ってしまった。更にシスネの短銃が連続して火を吹き、だがやはり全て避けられる。彼女の言う通り、なかなかにすばしっこい。そのまま魔女は、乱立する遮蔽物の向こうへと消えていった。

 

「一撃離脱か。厄介な」

 

 片手剣の刃を検めながら魔女の性質を推し量る。俊敏さを活かして飛び掛かり、あの牙で串刺しにする。仕留め損えば、退いてまたやり直す。単純なものだが、それだけに破るのは難しい。何せ動きが速く、そして牙は鋭い。骨という物は人体でも特に固い部位であり、現に片手剣の刃は既に刃こぼれしていた。脆い聖銀の刃では何度も受けられないだろう。

 攻めあぐねるレーベンに対し、短銃に弾薬を装填し終わったシスネが声をあげる。

 

「あの魔女は私が狩ります。あなたはもう一体を追ってください」

「……」

 

 どうするべきだろうか?

 魔女が二体いるのならば、二手に分かれる手もあるだろう。シスネの言う通り、この場は彼女に任せてレーベンは先の魔女を追う。

 だがあの魔女はどこにいった? 空を飛んだと言っても、鳥のように飛び去ったわけではない。あくまで凧のように滑空して山を下りていっただけだ。なのに少なくとも目に映る範囲にはおらず、シスネも見てはいない。そもそもあの魔女は隠れていた。また隠身に徹されでもすれば、そう簡単には見つけられないだろう。

 最悪なのは、もう一体が麓の町に入った場合だ。町には聖女も騎士もおらず、ならば始まるのは一方的な殺戮でしかない。そして例の説が正しければ、惨劇に絶望した女が次なる魔女と化す。そうなってしまえば、もうカクトの町は終わりだ。

 シスネ一人で戦えるだろうか? 彼女の実力の程はまだ知らないが、もう三年も一人で魔女を狩っているのだ。魔女の一体ぐらい狩れるはずだろう。

 いや本当に一体なのか? あの魔女はまた近くに隠れているのではないか? レーベンが離れた途端に、二体がかりでシスネを襲うのではないか?

 行くべきか? 行かないべきか? 二手に分かれるか? 二人で戦うか?

 考えは纏まらない。時間は待ってくれない。さあどうする。どうするべきだ。どうすればいい。

 さあ! さあ! さあ!

 

「……あぁ、面倒くせぇ」

 

 薬の影響なのか、素の口調で無意識にぼやいてしまった。だが同時に吹っ切れた。開き直ったとも言える。長銃を背に戻し、代わりに炸裂弾と焼夷弾を手に取っていると、痺れを切らしたようにシスネが叫ぶ。

 

「何をしているのですか! はやく行――」

「もういい。面倒だ。あれを殺してから考える」

 

 シスネとカーリヤ、時にはライアーからでさえ馬鹿と言われてばかりのレーベンである。自分でも賢いとは思っておらず、ならば本当に馬鹿なのだろう。馬鹿が頭を使ったところで、時間の無駄でしかない。

 いくつかの炸裂弾と焼夷弾を適当に放る。轟音と共に爆炎と粉塵が周囲に撒き散らされ、同時に二本目の強化剤を首に打った。立て続けの凶行に走るレーベンに、シスネが唖然とした顔を向けてくる。

 

「あ、なた……」

 

 その表情が、やけに可笑しくて。

 辺りを舐める炎が、やけに官能的で。

 炎の中を逃げ回る魔女の影が、やけに滑稽で。

 

「ぐ、ふっ、へひ……っ!」

 

 レーベンは、笑った。

 

 

 ◆

 

 

 強化剤が一本、再生剤と中和剤が二本ずつ、鎮痛剤が一瓶。それがシスネの言うところの「用量」であり、ポエニスの倉庫から持ち出せた全てだ。故に、今レーベンが打った二本目の強化剤はアルバットから購入した物、しかも開発中の代物である。

 

『どうせいつも二本も三本も打っているんだろう、君ぃ? だから最初から濃度を倍にしておいてあげたよ』

『つまり原液か。打ったら死ぬんじゃないか』

『死ねばいいじゃあないか』

『なるほど』

 

 元よりあの変人との付き合いは利害によるものであり、互いに友誼(ゆうぎ)を感じているわけでもない。実験動物の代わりになることで、最新の武器や薬物を格安で入手する。それがアルバットと交わした契約だ。結果としてレーベンが死のうとアルバットが知ったことではなく、そしてそれはレーベンも同じことである。

 

 

 

 右腕を振り上げる。握りしめた片手剣の柄がギシギシと鳴り、このまま握り砕けそうだ。鳴っているのは指の骨の方かもしれないが、もう痛みも感じない。鎮痛剤も混ぜられていたのだろうか。アルバットも意外と気が利く。

 

「おあぁっ!」

 

 張り詰めた石弓が弾けるように、右腕を振り下ろした。投げ放った片手剣は一直線に魔女へと飛来し、だが寸でのところで避けられる。

 狙い通り。魔女の背後にあった岩に激突した片手剣は砕け散り、聖銀の破片が散乱した。

 

『げあっ』

 

 飛び退ったばかりで不安定な姿勢だった魔女は、散弾じみた聖銀を半身に浴びて地面に転がる。そしてその上に、レーベンの影が差した。

 

「死゛ねよっ」

 

 長銃を魔女の躰に突き刺し、引き金を弾く。零距離で炸裂した散弾が、魔女の足の一本を根本から吹き飛ばした。飛び散る赤黒い泥、魔女の悲鳴、レーベンの笑い声。

 もう一度引き金を弾いても何故か弾は出ず、仕方なくレバーを引くと折れてしまった。だがレーベンは冷静であった。少なくともレーベンはそう思っていた。

 長銃を棍棒がわりにして魔女の足をもう一本叩き折る。それでもまだ魔女の足は四本も残っている。銃身がひしゃげた長銃を投げ捨てて斧を手にしたレーベンの首に、黒い触手が巻きつく。

 

『見つけた、見つけた!』

 

 魔女の後部から生えた、尾のような触手。それが死角から巻きつき、レーベンの首を締めあげる。帷子入りの首巻をしていても、気道の圧迫は防げない。魔女に組みつき、何度も上下を入れ替えながら地面を転がる。そのうち赤みを帯び始めた視界に剥き出しの魔女の眼球と、白髪の聖女の姿が映った。

 

「なにじてる、撃でっ!」

 

 大小の銃を構えたまま突っ立っているシスネに叫ぶも、何故か撃とうとしない。

 

「あなたに当たるでしょう! 馬鹿っ!」

 

 意味が分からない。撃った弾がレーベンに当たったところで、それの何が問題だというのか。どうも彼女はあまり冷静ではないようだった。自力でなんとかするしかない。

 酸欠になった体はひどく動きが鈍い。斧を振るう力は無い。斧は捨て、短剣を抜き、そして己の首に突き刺した。

 

『ぎえっ、が』

 

 首に巻きついた魔女の触手。それを断ち切り、勢い余った刃が首巻の帷子も貫通する。首の肉をいくらか抉ったようだが、元より痛みも無い。ようやく開放された気道から空気を吸い込み、激しく()せかえった口から鮮血が飛び散った。

 首を押さえながら二本目の再生剤を打つ。首の傷はすぐに塞がり、だがひどく熱を感じた。手にした空容器は見慣れた正規品の物ではない。アルバットの薬だ。間違えた。

 

「お、ぶえ……っ」

 

 魔女を焼いてもいないというのに、肉の焼ける臭いがした。周囲を見回しても、トロッコや木箱の残骸が燻っている程度で焼死体など何処にも無い。なのにすぐ近くで感じる異臭。焼けているのは己の首だと遅れて気付いた。

 凄まじい効果。そして出血によって血が上っていた頭も冷えたのか、名案が浮かんだ。再生剤の効果が切れるまでにケリをつける。

 

『追って! 追うのよ!』

 

 触手ごと目を失い、足も減ったというのに魔女の動きは鈍らない。頭から鋭い骨を生やし、稲妻を描くように迫ってくる。

 対してレーベンは右手に片手剣を、左手に短剣を構える。そして右腕で首を、左腕で腹を守った。さあ来い。

 

『つかまえた――!』

 

 魔女が跳び、一本の槍と化す。狙いは頭だった。レーベンの胸は未だ無傷な胸当てに守られている。腹も手甲を着けた左腕に守られている。だから頭を串刺しにしようとしたのだろう。魔女なりに多少の知恵は残っているらしい。

 だが浅知恵だ。

 ぞぶり。骨の切っ先がレーベンを貫く。

 

「づか、まえだ」

 

 ガラリと、片手剣が地面に落ちる音が響く。右の前腕を骨に貫かれ、逸れた切っ先に頬を抉られても尚、レーベンは倒れていなかった。魔女の足がレーベンの体を蹴り、離れようとする。だが。

 みぢみぢと、力を込められた右腕の筋肉が骨を締めあげていた。強化剤に侵された筋肉は元の倍以上の力で収縮し、再生剤に侵された血肉は異物ごと傷を塞いでいく。魔女の牙は、レーベンの右腕に完全に捕らえられていた。

 

『ぐおぇっ』

『あがっ! ごえっ!』

 

 捕らえた魔女を蹴り上げ、地面に叩きつける。そのまま馬乗りになり、左手の短剣で滅多刺しにした。何度も。何度も。短剣が折れれば、足元の片手剣を拾い上げてまた刺す。それも折れれば、石を手にする。石はいくらでもあった。何度も殴る。何度でも。殺すまで。殺すまで。

 

『逃が、ざないぃ――っ!』

 

 断末魔じみた声と共に、魔女の牙が伸びる。否、伸びたのは牙ではなく、頭。泥の胴体に埋もれていた魔女の頭部が、ついに姿を現したのだ。

 人としての面影は、かろうじて残っていた。だがもう女としての、個人としての面影は無い。ただ頭蓋骨に干からびた皮膚を貼りつけた死体の顔。がらんどうの両目がレーベンを見やり、その口から生えた骨は未だにレーベンの右腕と繋がっている。

 そっと、優しい動きでレーベンの左手がその首を撫でた。

 女神の導きのあらんことを。だがそんな聖句は、今のレーベンの頭に残ってはいなかった。

 

「くたばれ」

 

 抉られた頬で、いっそ狂気めいた笑みを浮かべて。レーベンは魔女の首をねじ切った。

 

 

 ◆

 

 

 もう声も発さない魔女の頭を骨から引きちぎり、躰とは離れた位置に放る。再生でもされては堪ったものではない。そのまま、熱に浮かされたような心地で十数える。

 さすがに疲れた。このまま眠ってしまいたいが、まだ終わりではない。もう一体の魔女を追わなければ。残った装備は。薬の残数は。

 霞ががってきた思考を無理矢理に回し、だが四数えたところで、魔女の躰が立ち上がった。

 

「……はっ」

 

 今更レーベンも驚きはしない。元より魔女とは常識外の存在。頭を落としても死ぬとは限らない。

 まだ魔女狩りは終わらない。魔女は死んでいない。レーベンも死んでいない。

 ならば、戦わなければならないのだ。

 武器もまだ残っている。最後にして最強の切り札。機械剣。

 だが右腕はもう使い物にならない。左腕だけで振るえるだろうか。薬が要る。

 これ以上、薬を使えば死ぬかもしれない。当然だ、己は騎士なのだから。

 三本目の強化剤を取り出して、その手を、白い手が掴んだ。

 

「――う、ぉ……?」

 

 どん、と。何かが体にぶつかり、首筋から何かが流れ込んでくる。

 急速に冷えていく体と思考。いっそ明瞭になった視界に、真っ白な髪が舞った。

 

「いい加減、頭を冷やしなさい!」

 

 脱力した足では体を支えられず、砂利だらけの地面に倒れ伏す。目の前に転がるのは未使用の強化剤と、中和剤の容器。それらをまとめてシスネの長靴が無残に踏みつぶした。背に圧し掛かられる感触を覚え、首にまた何かの薬――おそらくは中和剤を打たれる。

 

「……お説教は後です。覚悟しておくことですね」

 

 耳元で囁かれた声は怒りに震え、いっそ笑いすら含んでいた。色々な意味で鳥肌が立ったが、どうにも癖になりそうである。もう一度やってくれないだろうか。

 横倒しになった視界の中で、魔女と対峙するシスネの細い背中を見ながら、レーベンはそう思った。

 

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