魔女狩り聖女   作:甲乙

18 / 91
残されたもの

「――魔女は!?」

 

 しばし青空を見上げていたレーベンは、すぐ隣から響く絹を裂くような声に、眠りそうになっていた目を開ける。見れば、明らかに取り乱した様子のシスネが立ち上がっていた。気付いているのかいないのか、長いスカートが腰まで裂けており目のやり場に困る。

 

「落ち着きたまえよ、魔女はもう狩っただろう」

「違います! もう一体いたでしょう!」

「……あぁ」

 

 軋む体を起こしながら、今にも町に下りていこうとしているシスネを引き留める。

 

「あれは共喰魔女だ、知らないのか」

「とも、ぐい……?」

 

 シスネが首を傾げる。

 共喰魔女(ともぐいまじょ)とは、複数の魔女が融合した姿だ。魔女は時を経るほどに人の姿を失うと言われ、そういった魔女が更に複数いた場合、互いに引かれ合った末に共喰いを始めることがある。その結果が、つい今しがた狩ったあの魔女だ。一つの躰に二つの命を併せ持った、非常に厄介な魔女であった。

 

「そういえば、そんな魔女もいると聞いたことがある……気がします」

「珍しいからな。俺も直に見たのは久しぶりだ」

「……じゃあ、」

「仕事は終わりだ」

 

 一瞬の間の後、倒れるようにシスネが座り込んだ。「よかったぁ」と呟く声は聞こえたが、俯いており表情は見えない。残念に思いながら、レーベンも先の魔女のことを思い返す。

 共喰魔女が目撃された事例は少ない。そもそも魔女とは隠れ潜むことをせず、見境なく人を襲う。そうすれば教会へと魔女狩りが依頼され、よほどの事が無い限り、数日中には狩られることとなる。魔女の性質と、その犠牲者を用いた鳴子(なるこ)。残酷なようだが、それこそがカエルム教国が百数十年の時をかけて創りあげた、魔女狩りの仕組みなのだ。

 故に、ああも人の姿を失うまで狩られずにいる魔女など決して多くはないはずだ。まして、それが二体いたなど、今回レーベン達は悪い意味での奇跡を目の当たりにしたと言える。

 

「運は、無い方だと思っていたがっ、まさか、これ程、とはな……っ」

 

 痛みを堪えながら説明していると、俯いたまま動かなかったシスネが顔を上げる。

 

「……何をしているのですか」

「いい加減、抜いて、おきたい……っ」

 

 共喰魔女の内、あの獣とも虫ともつかない魔女。あれに貫かれたレーベンの右腕には未だ骨の牙が刺さったままだ。それを掴んで抜こうとするが、どうにも抜けない。アルバット謹製の怪しげな再生剤のせいだろうか、無理矢理に塞がれた傷は骨の牙もそのまま咥えこんでしまった。

 

「やめなさい」

 

 見慣れた呆れ顔に戻ったシスネに左手を掴まれた。ひとつ溜息をついてから、レーベンの傍らにしゃがみこむ。裂けたスカートから覗く白い足には細かな傷が目立ち、心配に思いつつもやはり目を逸らした。

 じっとレーベンの傷を睨んでいたシスネが瞳を伏せ、また溜息をつく。

 

「……仕方ありませんね」

 

 レーベンの目が期待に輝いた。

 聖性による傷の治癒は、騎士には必要不可欠なものだ。どれだけ鍛えようと、どれだけ鎧を纏おうと、魔女にかかれば人の肉体など脆弱に過ぎる。簡単に傷つき、あっさりと死ぬ。だがそれでは騎士が何人いても足りないのだ。

 聖女がいないレーベンには当然、聖性で傷を癒された経験も無い。だが特に聖性の扱いに長けた聖女と、適合率つまりは相性の良い騎士であれば、時には欠損した四肢すら再生すると言われている。刺さった骨を抜き、傷を塞ぐなど、聖性にかかれば瞬く間に癒してしまうだろう。

 だがシスネの手に聖性の輝きは無く、代わりのように鋭利な刃が輝いていた。

 

「……貴公」

「なんですか」

「それは何だ」

「医療用の小刀ですが」

 

 淡々と答えながらもシスネは携帯していた小鞄(ポーチ)を広げ、そこには様々な形状の刃物や器具が整然と納められていた。医療棟の医療者たちが用いるような、否、まさしくそのものである。

 

「そのままでは抜けません。傷口を切開します」

 

 澄ました顔で、恐ろしいことを言い出した。

 

「動かないでくださいね。余計な所を切っても知りませんから」

「待て、分かった。分かったから貴公。せめて鎮痛剤を飲ませてくれ」

「駄目です。あなた、いったいどれだけ薬を使ったか分かっているのですか?」

 

 忘れてはいない。強化剤と再生剤、更に中和剤を二本ずつだ。ただし、アルバットの薬は量も濃度も遥かに高い為、実際はその倍は下らないだろう。どう見ても明らかな過剰服用であるが、ならばもう一錠ぐらい変わらないではないか。

 ずいとシスネが顔を近付けてくる。血と汗の匂いと共に漂ってくる芳香にどうこう感じる余裕も無い。何故ならば、シスネの表情は例の作り笑顔であった。

 

「言いましたよね? 薬には用法と用量があり、それは馬鹿でも知っていることだと言いましたよね?」

 

「言いましたよね?」そう繰り返される問いは、レーベンが魔女の首を執拗に抉り続ける様に似ていたのかもしれない。

 

「殉教者キノノスは言いました。“愚者(バカ)につけられる薬は、痛みだけ”」

 

 最初の聖女の一人、キノノス。極めて敬虔な教徒であった彼女は戒律を破る者に容赦せず、己の騎士にさえ凄惨な罰を幾度も与えたという。狩った魔女より、罰した同胞の数の方が多かったという話なのだからゾッとしない。

 そしてキノノスの再来と化した聖女が小刀を手に迫ってくるのを見て、逃げ場を失くしたレーベンは諦めて歯を食いしばった。

 

 

 ◆

 

 

「お疲れ様でした。もう動いて結構ですよ」

 

 抜いた骨をぞんざいに放り、水筒の水で手の血を洗い流しているシスネの声を聞きながら、レーベンは虚脱して空を見上げた。動いて良いと言われても、もう動けそうもない。

 

「……良い腕をしているな貴公。聖女にしておくのが勿体ない」

「どう致しまして」

 

 皮肉も通じない。レーベンは不貞腐れた。

 だがシスネの技術は確かなものであった。躊躇いもなく小刀で肉を開き、癒着しかかっていた骨を引き抜き、糸で縫い合わせた。教会で支給される物ではない、レーベンには見慣れない薬を塗り、その上から巻かれた包帯は強くも緩くもなかった。

 それらの処置を、シスネは足でレーベンを押さえつけながら敢行したのだ。どれだけ耐えようと痛いものは痛く、どうしたって身体は反射的に暴れてしまう。加えて、眼前に迫るシスネの細い脚線から目を逸らすことにも必死で、なかなかの地獄であった。

「さて」と、シスネがスカートの裾を払いながら立ち上がる。大きく裂けた裾から、所々が血と砂に汚れた白い足が見え隠れし、レーベンは努めて目を逸らす。とにかく先程から彼女の裂けたスカートが気になって仕方がない。スカートそのものより、シスネ自身がそれに気付いているかどうか、という点が。

 

「私は町長に報告をしてきます。ついでに人も呼んできますから、ここで大人しくしていてください」

 

 ありがたい話ではある。疲労と薬の副作用でレーベンの全身はひどい倦怠感に支配されており、どうにも足元がおぼつかない。シスネ自身も無傷というわけではなく、彼女にレーベンを担いで山を下りろというのも酷な話だろう。

 だが町に下りれば、当然そこには人がいる。女たちはまだ外出を制限されているのだから、必然的に男ばかりがいるということだ。それはあまり、よろしくない。

 

「……貴公」

「はい?」

「その、なんだ」

 

 解けていた白い髪を束ねながらシスネが振り返る。その拍子に翻ったスカートからまた目を逸らしながら、慎重に言葉を選んだ。

 

()()には、気を付けたまえよ」

 

「足元」の部分を特に強調しながら言う。この上なく無難な言葉選び、口が上手い訳でもないレーベンとしては会心の出来であった。だがシスネは、ただ呆れ顔で見下ろしてくる。

 

「ご心配なく。あなたと違って、薬物は使っていませんから」

 

「自分の心配をしたらいかがですか」と捨て台詞を残し、裂けたスカートを翻しながらシスネは山を下りていってしまった。

 ひとり残されたレーベンは黙ってシスネの背中を見送っていたが、やがて軋む体を再び横たえて青空を見上げた。きっと彼女は気付いているのだろう。魔女を狩っていれば装束が破れることなど日常茶飯事であり、スカートが裂けたぐらいでは気にしないに違いない。そうだと思いたい。

 見上げた太陽はようやく南に上ろうとしている。ひどく長く感じたが、まだ昼にもなっていなかったのかと、霞がかってきた頭でレーベンはそう考えた。

 

 

 

 その後、シスネが呼んできた町の男たちによってレーベンは教会まで担ぎ込まれることとなる。

 だがその前に、怒りと羞恥で顔を真っ赤にしたシスネがわざわざ汲んできたらしい水桶をレーベンに浴びせ、屈強な鉱夫たちが揃って目を丸くしていた。どうやら気付いていなかったらしい。

「気付いていたなら言ってください!」とは彼女の弁だが、仮に言っていればまた何らかの制裁を加えられていたのではないだろうか。どちらにせよ詰みであった。本当にひどい話である。

 

 

 ◆

 

 

 黄昏の町に、大小様々な慟哭が響き渡っている。レーベンとシスネは、教会の前でその源である人だかりを遠巻きに眺めていた。レーベンは薬の副作用やら後遺症やらで立っていることすら辛い状態であったが、この時ばかりは寝ていられない。

 マンダルとアナの遺体は、男たちの手で断崖の底から回収された。腐敗は元より、損壊も激しいのだろう。分厚い布で覆われた二人の遺体に、だが多くの人々が縋りつき、泣き崩れていた。その中に、どこか見覚えのある壮年の大男や、若い青年、髪を結った女の姿を認めて、レーベンは額に手をやった。

 記憶が混濁している。薬物、その中でも特に中和剤の副作用だ。

 

「なあ貴公。あの大柄な男は、俺たちと会ったことがあったか?」

 

 小声で尋ねれば、シスネは察したように溜息をついた。ゆるく頭を振ってから、視線は前に向けたまま小声で話し始める。

 

「……あの男性は町長です。今回の依頼主ですから絶対に粗相はしないでください。革鎧を着た若い男性も、町を案内してくれた方です。あと――」

 

 面識があったらしい人々のことを一人ずつシスネが説明してくれる。話さえ聞けば、忘れていたことが嘘だったように記憶が戻ってきた。今まではそうやって説明してくれる相手もいなかったレーベンとしてはありがたい限りである。

 喧噪でかき消されそうな小声を聞きもらすまいと耳を近付けると、先ほど湯浴みをしていたシスネの白髪から湿った香りが漂ってきた。囁くようなシスネの声、いつにも増して澄んだそれが耳朶をやさしく叩き、人々の喧噪と慟哭ですらもう遠く感じる。瞼が、ひどく重かった。

 

「ちょっと、聞いているのですか!」

「んあ?」

 

 小声だが鋭い声に目を開け、だがすぐにまた眠気が襲ってきた。目を半開きにしてふらついていると、盛大な溜息をついたシスネに肩を支えられる。

 

「……もういいですから、中で寝ていてください」

 

 そっと玄関の扉を開け、教会の中に戻る。簡易祭壇を通り過ぎ、台所兼居間である部屋に入ってすぐ置かれている長椅子(ソファー)に放られるようにレーベンは横になった。シスネはすぐに立ち去り、だが思い出したように寝室へと入った後で、毛布をレーベンの頭に投げつけてくる。聖女とは思えない雑な行動。町の人々には見せられない。

 直後、玄関からこちらを呼ぶ声が聞こえ、今度こそシスネは去っていった。遠くから感謝や労いの言葉と、それに答えるシスネの澄ました声が聞こえてくるが、もう眠気は限界だった。横になったまま、もぞもぞと毛布をかぶって深く息をつく。

 この長椅子はどこか不自然な位置に置かれていると思っていたが、成程こうして担ぎ込まれる分には都合の良い位置であった。マンダルとアナも、どちらかがこうして長椅子に横になることが多かったのだろうか。あの二人にも町の人々には見せない姿があったのかもしれない。だがそれはもう、永遠の謎となってしまった。

 薄く目を開ければ食卓と椅子が見える。そこに置かれたレーベンたちの装備を見ながら、

 

 ――そういえば、シスネに何か聞かなければいけなかったか

 

 だが混濁した記憶と眠りに落ちる寸前の意識は、聞くべきだったことを朧気にしか思い出せない。まあ、思い出せないのなら重要なことではなかったのだろう。そう開き直り、レーベンは目を閉じる。

 

 

 

 眠る騎士の前で、半壊したままの長銃が、その聖銀の欠片を光らせていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。