魔女狩り聖女   作:甲乙

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死ぬには良かった日

「世話になったなアンタら! また来いよ、今度は一杯奢るぜ!」

 

 ガハハ! と町長の豪快な笑い声が朝の町に響く。

 鉱山の町の朝は早いらしい。レーベンたちが起きた時は既に町中が活気づいていた。鶴嘴(ツルハシ)円匙(スコップ)を担いだ屈強な男たちが山に向かい、大量の洗濯物を抱えた逞しい女たちが井戸の周りで手と口を動かし続ける。そこかしこの工房からは鉄を叩く音が鳴り響き、何台もの馬車が大通りを所せましと行き来していた。

 きっとこれがカクトの町の本来の姿なのだろう。マンダルとアナ。ついに生きて会うことのなかった、偉大な先達が守ってきた町だ。

 

「生憎、酒は飲めないもので。茶でよければ」

「私もその、お酒はあまり……」

「なんだよなんだよ、つれねえなぁ! マンダルなんざ朝まで飲んでそのまま山に行ったってのによ!」

 

 ガハハ! と笑い続ける町長の目には涙の跡がくっきりと残り、その息も酒臭い。祝杯と弔いを兼ねてしこたま飲んだのだろうが、それでも火の入った工房で槌を振るっているあたりは流石と言えよう。先日までのどこか虚ろであった気配はもう微塵も無く、豪快で粗野な性格が露わになっていた。

 これもまた、彼の本来の姿なのだろう。時間と酒の助けによって、ようやくマンダルとアナの死を受け入れられたのだ。そしてそれは、この町の住人すべてにも言えるのかしれない。

 

「……まあ、なんだ。ありがとよ、本当にな」

 

 太い指で頬を掻きながら、町長が岩のような手を差し出してくる。それに応えると、レーベンの手は万力のように握りこまれ、「いだだだだだだだ!」とガラにもない声をあげてしまった。町長がまた豪快に笑い、隣のシスネも口元に手をやって笑いを堪えている。……仮にも己の騎士が痛めつけられて笑うのはどうなのだろうか。

 

「マンダルに比べりゃ、まだまだだな! 精進しな!」

 

 白い歯を見せながら最後に笑い、町長は工房の奥へと戻っていく。彼とマンダルがどのような関係であったのかは、レーベンたちに知る由もない。だが工房の壁に飾られた聖銀の槍を見れば、わざわざ尋ねるのは野暮というものだろうか。

 マンダルの遺品である槍を引き取りたいという町長の要望に対し、レーベンは二つ返事で了承した。本来は教会に持ち帰るべき物であったが、既に装備破壊の常習犯であるレーベンである。装備が足りなくなって使った末に壊したとでも言っておけば良いだろう。倉庫番の彼のうんざり顔が目に浮かぶが、ポエニスの倉庫番となったのが運の尽きであったと諦めてほしい。

 シスネには反対されると思っていたが、彼女はただ我関せずと瞳を伏せているのみであった。

 

 

 

「あれ、騎士さま達もう帰っちゃうの?」

 

 荷物を担いで大通りを歩いていると、食堂であり酒場であり宿屋でもある店の前で、店主の女と鉢合わせた。寝起きなのかボサボサの髪は結われておらず、緩い寝間着のまま通りに水を打っている。しどけない姿で目のやり場に困るが、本人は気にした様子もなく大きな欠伸をしながら丸出しの腹を掻いていた。むしろシスネの方が顔を赤くしている有様である。

 

「あーらら、近くで見るとかわいい聖女さまじゃん。ちゃんと連れてきてよねー」

「あの、もう人も多いのですから、そういう恰好で外に出るのは」

「へーきへーき、いつものことだし。……むしろ昨日の方が驚きだったって。足が丸出しの聖女さまがいきなり山から下りて――」

「忘れてくださいお願いします」

 

 ケラケラ笑う店主を店の中に押しやろうとしているシスネのスカートは、しっかりと縫い合わされていた。傷の縫合ができるのだから、服の補修などお手の物なのだろうか。縫合も裁縫もさっぱりなレーベンとしては想像するしかなく、ただ右腕の傷を包帯の腕から撫でた。

 

「せっかくだから何か食べていかない? 酔っ払い共が何人か寝てるけどさ」

 

 店主の言葉に惹かれ、覗き込んだ暗い店内には、酒精と男の汗の臭いがむっと立ち込めていた。目を凝らせば、店の片隅には半裸や全裸の男たちが死体のように折り重なっており、いくら何でもここで食事をとる気にはならない。羽目を外すにも程があるだろうに。

 

「遠慮しておこう。そこの聖女が彼らに何をするか分からないからな」

「私を何だと思っているのですか」

「まあ、あの山ザル共も、よくアナさんにしばき倒されてたからねー」

 

 店主の意外な言葉にレーベンが振り向き、シスネも瞳を丸くした。

 曰く、酔っぱらって店主に狼藉を働いた男を素手で殴り倒した。酒と賭博にかまけて妻子を泣かせていたろくでなしが泣いて許しを乞うまで説教を続けた。余所の町から来た商隊との小競り合いから発展した大乱闘の末、最後に一人立っていた。……など、アナの武勇伝は枚挙に暇がないのだという。

 どう聞いても多分に脚色されているが、それでも恐ろしいものは恐ろしく、カーリヤの方がまだまともな聖女に思えてくる。もっとも、彼女はああ見えて聖女らしい慈悲深さも充分に持っているのだが。

 

「でも、アナさんはもういないんだから。私もあいつらも、しっかりしないとね」

 

 寂しげに呟いた店主は、レーベンたちに背を向けて打ち水を再開した。水音に混じって鼻をすする音が聞こえてくるが、やはり掛ける言葉は見つからない。だがシスネは違ったらしい。

 

「あなた達が、そう、思えたのなら」

 

 振り向いた店主が赤い目で見返し、一瞬たじろいだシスネが黒い瞳でそれを正面から受け止めた。

 

「……聖女の役目は、魔女狩りです。それ以外にはありません」

「だから、もしも、それ以外で、誰かを助けられたのなら」

「それはもう聖女ではなく、一人の人として、アナさんは、素晴らしい方だったのだと、思います」

 

「私のような未熟者が、生意気かもしれませんが」と、そうシスネは締めくくった。

 それを黙って聞いていた店主は、シスネの言葉を噛みしめるように空を見上げる。閉じた目から一筋だけ涙を流してから、

 

「――ほんと生意気だよ! この小娘ちゃんがさぁ!」

「ぅぎぇあぁっ!?」

 

 涙を見られた気恥ずかしさからか、必要以上に大きな声を出しながらシスネにじゃれつく。子供の悪戯のようにその脇腹を突っつくと、だがシスネは予想以上に大きな声を出して跳びあがった。なんとも形容しがたい声に、道行く人々も足を止め、シスネの白い顔が更に赤く染まった。

 

「え、なに、あんた脇腹(そこ)弱いの?」

「やめてください本当にやめてください人を呼びますよ」

 

 人を呼ぶも何も、もう既に注目の的である。両手で脇腹を守りながらじりじり下がっていくシスネに嗜虐心を刺激されたのか、店主はニヤニヤと笑いながらワキワキと手を動かしはじめる。それを絶望したような顔で見たシスネが脱兎の如く逃げ出し、ひとしきり笑った店主は目尻の涙を指先で拭った。

 

「あーあ、ほんとかわいい聖女さまだこと。大事にしなよ?」

「むしろ俺の方が大事にしてほしいが」

「はぁ?」

 

 その後、結局は軽食を包んでくれるとの店主の言葉に引き留められ、あっという間に出来上がった紙袋を受け取る。

「また来なよ!」と、笑顔で手を振る店主に見送られ、今度こそレーベンは町の出口へと向かった。

 

 

 

 シスネは停まった馬車の陰で蹲っていた。繋がれたままの馬が不思議そうに彼女の白髪を眺めている。

 

「……貴公、」

「何も言わないでください」

 

 更に「何か言ったら刺しますよ」と低い声を出されてはレーベンは黙るしかない。刺すと言ったら刺すのだろう。彼女はそういう聖女(おんな)だ。

 しばらくの間、蹲ったまま何かブツブツ呟いているシスネの白髪を馬と共に眺める。飽きたらしい馬が大きな欠伸をし、レーベンが青空を見上げた頃、ようやくシスネは立ち上がった。

 

 

 

 大通りを下り続け、ついに町の出口である鉄扉に辿りつく。だがそこは異様な空気に包まれていた。

 

「ほら、留め具が緩んでるよ。ほんと、だらしないんだから」

「分かった分かった……おい、自分でやるって!」

「動かないの」

 

 見覚えのある若い男――門番の革鎧を、更に若い娘が整えている。だが距離が近い、というより殆ど密着しながら留め具を締めていた。

 

「今日は暑くなるから、お弁当は無しね。お昼は家に帰るんでしょ?」

「お、おう」

「待ってるからね、ふふ」

 

 止めを刺すように娘が青年の頬に口付け、固まった彼を置き去りに娘が去っていく。その足取りは踊るように軽やかであった。……己はいったい何を見せられているのだろうか。

 顔を赤くしたシスネがわざとらしく咳払いしてようやく、青年は持ち場に戻ってきた。

 

「あ、ああ、聖女さま達。もうお帰りなんですか?」

「……ええ」

「見せつけてくれるじゃあないか貴公。仕事をしたまえよ」

 

 レーベンの皮肉に対して彼は、「ふへへ……すみません」と照れくさそうに頭を掻くが、その顔は緩みきっていた。随分とまあ、仲の良いことである。

 

「よし炸裂弾だ。彼にやって爆発させよう」

「あなたは何を言っているのですか」

 

 シスネが自分を落ち着かせるように咳払いし、澄ました顔で言う。

 

「若い方なのですから、恋人ぐらいいるでしょう。何を大袈裟な」

「あ、妹です」

「そう、妹ぐらい……え?」

 

 今度はシスネが固まり、炸裂弾が残っていなかったか荷物を漁っていたレーベンも顔を上げる。

 黙ってしまったレーベン達を聞き役と捉えてしまったのか、青年の惚気(のろけ)話は止まらない。彼の妹が如何に兄思いで献身的で料理上手で愛らしいかを力説するその目は、少年のように輝いている。

 だが何故かその時、レーベンの脳裏にはアルバットが機械の眼を駆動させている姿が浮かんだ。あの変人に重ねるのは失礼極まりない気もするが、重なってしまったのだから仕方ない。妹というものを持ったことのないレーベンには分からないが、兄妹とは皆このように仲睦まじいものなのだろうか?

 

「なあ、貴公には妹……いや弟はいないのか? どの家族もああいう風にするものなのか?」

「しませんよっ! 妹も弟もいますけどしませんから! 私だっておに……兄にもしません!」

「そ、そうか」

 

 シスネに尋ねると予想以上の剣幕で返された。しかし彼女には随分と家族が多いらしい。

 

「これで、あいつも一緒に外を歩けます。聖女さま達のおかげだよ」

 

 妹について語り終えたらしい青年が、涙ぐみながらシスネの手を両手で握る。シスネは体を跳ねさせたが、青年の謝意を無下にはしなかった。澄ました微笑を浮かべながら、青年にされるがままになっている。もしレーベンが同じことをしたらどうだろうか。まず蹴られるだろうな、とレーベンは考えた。

 

 

 ◆

 

 

 カクトの町を後にし、立派な鉄門から外に出る。急な坂道を下るレーベン達を、何台もの馬車が追い抜いて行った。他の町に鉄を運ぶのだろう。この町が活力を取り戻していることを実感する。

 上りはそれなりに苦労した坂道を、今度はさほど苦労せずに下っていく。それは、魔女狩りの前より大きく減ってしまった荷物のせいでもあったが。なんにせよ、ものの数分でレーベン達は目的の場所へと辿りついた。

 町の外の共同墓地。その中でも特に新しい二つの墓の前に立つ。マンダルとアナはここに葬られた。住人たちの希望と、本人たちの遺言によって。

 シスネは弾薬と長銃の残骸が入った荷物を置くと、墓の前で跪いて祈り始める。小さな祈りの言葉が、風に乗ってレーベンの耳にも届いた。

 レーベンは機械剣の入った鞄を担いだまま、シスネとある程度の距離をとった位置で簡素な祈りを捧げた。祈りはすぐに終わり、近くにあった木製の長椅子に腰掛ける。

 見上げた空は快晴。影のような(カラス)がくるくると空を回った後、どこかへと飛び去っていく。視線を下げれば、もう遠いカクトの町の煙突群が見える。もくもくと立ち上るいくつもの煙。町長も今頃は炉の前で鉄槌を振るっているのだろうか。

 更に視線を下げれば、シスネが見える。こちらに背を向けており顔は見えず、祈りの言葉に耳を傾けながら、そよ風に靡く真っ白な髪を眺めていた。

 

「……そうやって」

 

 ぽつりと、シスネの澄んだ声が風に混じって聞こえた。独り言かとも思ったが、その声には聞きなれた険が含まれており、つまりはレーベンに向けた声であった。

 

「そうやって、じっと見るのをやめてもらえませんか」

 

 微動だにせず、レーベンに背を向けながらシスネは言った。こちらを見もせずに言い当てるあたり、彼女は視線に敏感なのだろうか。

 

「そんなに見ていたか?」

 

 視線を外し、視界の端にだけ細い背中を納めながら聞く。シスネはこちらを見ず、お互いに明後日の方向を向きながら会話をした。

 

「見ているではないですか。気が散るのでやめてください」

「そうなのか」

「自覚すらありませんか。本当に救いようのない人ですね」

「……そうなのか」

 

 それにしても、レーベンを罵倒する時は相変わらず饒舌である。無視されるよりは良いかと先延ばしにしていたが、そろそろ白黒をはっきりさせておかなければならないだろう。レーベンは腹を括った。

 

「貴公、今でも俺のことは嫌いか」

「はい」

 

 即答であった。さすがに心が折れそうだが、もう引き返せない。

 

「今でも、俺と契りを交わす気は、」

「ありません」

「そうか、なら――」

 

 立ち上がり、シスネの傍まで歩く。怪訝な顔で見上げてくる聖女に、手を差し出した。

 

「なら今ここで聖性をくれ。それで駄目なら諦めよう」

 

 騎士となって五年。幾人もの聖女に頼み、聖性を流してもらった。その全てで拒絶反応を起こし、誰一人として適合はしなかった。レーベンには何らかの欠陥がある。それが何であるのかは未だに分かっていない。

 だからきっと、シスネとも適合はしないのだろう。

 

「それで終わりだ。もう二度と貴公には関わらないと誓う」

 

 レーベンとて断腸の思いではあるが、これがお互いの為だと考えたのだ。

 何故シスネが一人で魔女を狩っていたのかは知らないが、それが彼女の望みならそれで良い。そうでないなら、誰か別の騎士と契りを交わせば良い。

 レーベンは元に戻るだけだ。また一人で魔女を狩り、いつか一人で死ぬ。ヴュルガ騎士長の命令には背くことになるが、あの冷酷な男も話が通じないわけではない。このまま歪な関係を続けることに何の利点も無いことを説けば、否とは言わないだろう。……おそらくは。

 

「……」

 

 だが何故かシスネは目を逸らした。膝の上で両手を強く組み、こちらに手を出そうとしない。

 

「貴公?」

 

 彼女にとっても悪い話ではないはずだった。今ここで、ただ一度だけ聖性を使えば、嫌う相手と縁を切ることができる。もう付きまとわられることも無い。

 

「…………ます」

「なに?」

「お断りしますっ」

 

 予想できなかった突然の答えに固まっていると、素早く立ち上がったシスネが墓地を後にする。遠くに教会の馬車の白い幌が見えた。置いていかれたレーベンは、しばらく墓の前でシスネの言葉の意味を反芻してから彼女の後を追う。

 

「貴公、それは何だ。このまま俺と仕事をしたいという意味か」

「違います! どうしてそうなるのですか!」

 

 馬車に向かって速足で進むシスネの後を追い、シスネの足も徐々に速くなっていく。

 

「あなたのことは嫌いですし契りだって交わしません! そして聖性を一度だってあなたに使いたくはないと言っているのです!」

「そうか、そうか、そういうことにしておこう」

「……あなた本当に何か勘違いしていませんか。私は聖女シーニュじゃありませんからね!」

 

 最初の聖女たちの一人、シーニュ。最も美しく、最も慈悲深い聖女とされる彼女を謳った詩歌は数知れず、だが同時に彼女は炎のように苛烈な気性の持ち主であったとも言われている。毒と険に満ちた言葉とは裏腹に、慈悲深く献身的な聖女。その可憐な落差に少年たちは恋焦がれ、少女たちは胸を高鳴らせるのだ。

 

「今日は良い日だ。貴公のことを色々と知られた」

「ああそうですか良かったですね私は最悪の日でしたっ」

 

 今回の魔女狩りは、上手くいった方だろう。

 共喰魔女、つまりは二体の魔女を討伐。住人への被害は無し。崩落した坑道も廃坑であった為、損害は軽微。

 犠牲は町に常駐していた聖女と騎士の二名。だが彼らの生き様と死に様は、この上なく立派なものであったのではないか。少なくともレーベンはそう思った。

 

「ああ、良い日だったとも」

 

 レーベンは、そう思ったのだ。

 

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