魔女狩り聖女   作:甲乙

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くらやみの少女

「ひ……っ!」

 

 森に入ってすぐ、真後ろからシスネの引きつった声が聞こえてレーベンも肩を跳ねさせた。振り返れば既にシスネは短銃を前に向けており、すぐに頭を戻して前方に目を凝らす。

 

「うぉ……っ」

 

 レーベンも思わず声を漏らす。確かに心臓に悪い光景であった。

 ほんの十歩ほど先に、あの魔女がいたのだ。相変わらずどこにでもいそうな娘の姿で、細い木の陰に立っている。だが何故か、その姿は暗闇に浮き出るように鮮明だった。

 

「……待っていたのか?」

 

 魔女が森に去ってからそれほど長い時間が経った訳ではないが、すぐさま追った訳でもない。シスネと御者を交えて最低限の相談をし、装備を整え、報告と伝言を手紙に(したた)めた。魔女が森の奥まで進むには充分な時間であり、何らかの痕跡を辿りながら追うしかないと思っていたのだが、どうにもあの魔女には調子を崩されてばかりだ。

 

『……』

 

 レーベンの疑念に応えるように、魔女は踵を返して森の奥へと消えていく。比喩ではなく、闇に溶け込むようにして「消えた」のだ。それを見届けてから、知らず固まっていた体から力を抜き、努めて軽い声を出した。

 

「魔女というより、幽霊だな」

「やめてください縁起でもない」

「お、おう?」

 

 同じことを考えていたのか、シスネが引きつった顔で睨んでくる。腰元のランタンで下から照らされたせいで、その顔はなかなかに迫力があった。

 聖女や騎士であっても、幽霊といった存在に苦手意識を持つ者はいる。魔女は確かに常識外の存在だが、それでも確かな血肉を持ち、手で触れられるのだ。刃で斬り、銃で穿ち、炎で焼けば狩ることができる。幽霊のように理解の範疇から完全に外れた存在をこそ、人は恐れるのかもしれない。そういうわけで、幽霊を怖がっているシスネを揶揄(からか)うのは止めた方が良さそうだった。

 

 

 

 その後も、魔女との奇妙な追走は続いた。魔女が姿を消した方向に進むと、また遠くに魔女が姿を現す。そしてまた姿を消す。その繰り返しだ。

 徐々に身体と精神が魔女狩りとは別種の緊張に強張っていくのを自覚する。追えば追うほど、アレは魔女ではなくもっと別の怪異なのではないかという疑念が膨らんでいく。魔女の狩り方ならばいくつも知っているレーベンであるが、幽霊の(はら)い方など碌に知らない。たしか水や銀、塩が苦手だとかなんだとかは聞いたことがあるが。

 

「あなたは……」

 

 何の前置きもなくシスネが話しだし、歩みは止めないまま後ろを見れば、ただでさえ白いシスネの顔が闇に浮かび上がっていた。ひどく暗い顔をしていることもあって彼女の方が幽霊に見えたが、黙っておく。

 

「あなたは、人を殺めたことは、ありますか」

「いきなりどうした」

 

 いったい何故、この聖女はこの状況でこのような話を始めるのか。レーベンは理解に苦しんだ。

 

「あなたが何か、その……の、呪われるような真似をしていないか、聞いただけですよ」

「やめろよ縁起でもない」

 

 思わず素の口調で抗議してしまった。自分で思う以上に、レーベンもこの異様な状況に疲弊しているのかもしれない。

 

「怖いのですか?」

 

 ――怖がっているのは貴公(あなた)だろうが!

 

 喉元までせりあがった言葉をなんとか飲みこむ。普段は滅多に笑顔も見せないくせに、こんな時に限ってレーベンを(わら)うような顔を向けてくるシスネに内心で憤慨した。この聖女、他人(ひと)を怖がらせることで己の恐怖を誤魔化すつもりではなかろうか。

 

「……魔女は含めるのか?」

「魔女以外です」

「なら、まあ、……何人かは」

 

 この国にも野盗の類はいる。教会の馬車をわざわざ狙う命知らずは少ないが、それでもいない訳ではない。単に無知だったのか、食い詰めて後が無かったのかはレーベンの知ったことではなく、降りかかった火の粉は払うのみであった。また、他の聖女や騎士と合同で魔女狩りに向かった際、瀕死の騎士や被害者を介錯したこともあった。あれを殺人に含めるかどうかは是非が分かれるところだが。

 なんにせよ、殺めた人数を自慢げに語るほど血に酔っているつもりは無い。思い出して気分の良いものでもない為、努めて数えないようにしていたこともある。レーベンは言葉を濁した。

 

「そういう貴公は、どうなんだ」

 

 その問いに深い意味は無かった。ただ(いたずら)にレーベンを怖がらせようとするシスネに若干の不満を覚えていたこともあり、つい踏み入ったことを聞いてしまった。それだけだった。

 だがそれを、レーベンはすぐに後悔することになる。

 

 

「――――()()()

 

 

 怖気がするほど平坦な声で、シスネが答える。

 暗闇の中で見たシスネの顔は――虚ろに、わらっていた。

 見てはならないものを見た。

 背後を歩く聖女の、(はら)の底の澱みを垣間見た気がして、レーベンは前方の暗闇に視線を戻す。炎の明かりで削られる闇の方が、よほどマシに思えた。

 

 

 ◆

 

 

 前方に明かりが見えて、レーベン達は歩みを止めた。

 人魂などではない、たしかな火の明かりだ。ゆらゆらと揺れるそれは人体の動きそのものであり、おそらくはランタンの類であった。

 人がいる。その事実に安堵と同時に疑念が生まれた。このような人里離れた森の奥にいる人間など、真っ当な者であるはずがない。野盗か。そう考えて明かりを消そうとするが、それよりも相手に気付かれる方が早かった。

 ぴたりと、明かりの動きが止まる。相手が何者であるかも分からず、レーベン達はただ様子を窺うことしかできない。その内に相手の明かりが奇妙な動きを始めた。ゆらりゆらりと、左右に一定の感覚で揺れ始める。こちらを窺っているのだ。

 

「どうする?」

「……行くしかないでしょう」

 

 投げやりにも聞こえるシスネの声に頷き、相手の動きに倣って松明を揺らす。それを見たらしい相手がこちらに近付いてくるのを認めて、レーベン達もゆっくりと進みだす。

 上下に揺れる明かりが近付いてくる。レーベンは努めて自然体で歩きながら、右手に握った手斧を背中に隠した。

 更に明かりが近付いてくる。朧気にランタンを持つ人影も見え始める。背後から、シスネが短銃の撃鉄を起こす音が聞こえた。

 明かりが近付いてくる。だがその人影の小ささにレーベン達は足を止めた。

 

「子供……?」

 

 唖然としたようなシスネの声が、レーベンの内心を代弁した。

 年の頃は十にも届かないような、幼い少女だった。子供には大きすぎる立派なランタンを左手に持ち、右手には空の木桶(バケツ)をぶら下げている。着ているのはありふれた平服であり、だがほつれや泥汚れが目立っていた。

 

「一人なの? お父さんとお母さんはいる?」

 

 どうしたものかと思案していると、シスネが柔らかな声で少女に話しかける。屈んで視線を合わせる動きには淀みがなく、その顔も作り笑いではなく柔和な微笑だった。明らかに子供の相手をすることに慣れており、どちらかと言えば子供が苦手なレーベンは彼女に任せることにした。

 

「……」

 

 だが少女の顔に表情は無く、ただ黙ってシスネとレーベンの顔を見比べている。その大きな瞳と一瞬だけ目が合い、そこに少女らしからぬ(かげ)を見てレーベンは目を細めた。

 

「私は――な、ちょ……っ」

 

 澄ました声で話していたシスネが、今度は上擦った声をあげる。見れば、木桶を置いた少女の小さな手がシスネの薄い胸元に触れていた。そのままぺたぺたと体を(まさぐ)り、やがて脇腹に達した辺りでシスネが激しく身悶える。さすがに子供相手に手荒な真似はできないのか、されるがままになっているシスネから目を逸らし、レーベンは意味も無く暗闇を見つめていた。

 

「あなた、聖女さん?」

 

 声変わり前の、独特な高い声で少女が口を開いた。視線を戻せば、まくり上げたシスネのスカートをじっと見ており、レーベンは再び目を逸らす。どうやら、シスネの着た聖女の装束を確かめていたらしい。

 

「……ええ、教会から来たの」

「じゃあ、あなたは聖女さんの騎士さん?」

 

 くるりと、少女の顔が人形のようにレーベンを向いた。問いの形こそとっているが、少女にとってはただの確認なのだろう。だがそれはレーベンにとって難問であった。

 答える前にシスネの表情を窺う。さっきまで少女に見せていた微笑はどこにいったのか、シスネは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んだ後、ぷいと顔を逸らした。

 

「……ああ、そうだとも」

「ふーん」

 

 探るような目を向けてくる少女に内心で冷や汗を流す。子供とは存外に鋭いものだ。二人の不自然な態度に勘づかれたのかもしれない。

 

「私はシスネレイン。シスネでも良いから」

「ミラ」

 

 話を逸らすように笑顔で自己紹介を始めるシスネに対し、少女――ミラは無表情で答えた。流れに沿ってレーベンも名乗ったが、ミラからは一瞥されるのみに留まる。解せない。

 

「それでね、ミラ。お父さんかお母――」

「お父さんはあっち」

 

 ランタンの紐を首に通し、木桶を持ち直したミラがシスネの手を取って歩き出した。どこか強引なその動きにシスネがたたらを踏みながら続き、レーベンも後を追う。

 

「貴公、」

「分かっています」

 

 小声で注意を促すとシスネも固い声で囁き返す。例え年端もいかぬ少女であろうと、不審であることは変わりない。お父さんとやらが実在するとして、それが野盗でないとも限らない。仲間もいるかもしれない。

 警戒は解かないまま、ミラに連れられて森の奥に進む。遠くに、小屋のような影が見えていた。

 

 

 

 途中、沢の近くに立ち寄ったミラが木桶に水を汲んだ。暗闇の中だというのに危なげなく作業を終え、相当に手慣れていることが分かる。元々、水汲みの為にここを歩いていたのだろう。

 

「重いでしょう、貸して」

「ん」

 

 だが、ほぼ満杯に水を汲んだ木桶は少女の手には余る物だったらしい。シスネの言葉に対し、ミラは遠慮することなく水桶を渡した。そしてシスネはそれを無言でレーベンに手渡してくる。拒否権は無かった。

 

「ミラは、お父さんと二人で暮らしているの?」

「お姉ちゃんもいる」

 

 両手に松明と水桶を持った状態で二人の会話に耳を傾ける。言外に、母はいないと言っているように聞こえた。

 

「家族の他には誰かいる?」

「三人だけ」

 

 ミラの言葉を信じるなら、野盗という線は薄いか。この少女は論外として、父親と姉の二人だけで略奪が行えるとは思えない。

 

「いつから、ここに住んでいるの?」

 

 今度はすぐに答えが返ってこなかった。何を数えているのか、小さな手の指をしきりに折っている。

 

「二年ぐらい」

「そんなに……」

 

 鬱蒼とした森だ。人が住むに適しているとは思えない。まして、最も近い村までは三里。歩いていけない距離ではないが、少なくともこの少女には無理だろう。現にミラの身なりは清潔とは言えず、極端に飢えてはいないようだがその体も痩せていた。

 

「ここ」

 

 小さな山小屋だった。申し訳程度に開かれた場所に建てられた、簡素なあばら家。狭い畑には雑草のような作物がまばらに生え、屋根には鳥獣の肉がいくつか吊るされていた。自給自足の、質素な生活の跡が散見される。

 

「まってて、お父さんに話してくる」

「ミラ」

 

 レーベンから水桶を受け取り、粗末な扉に手をかけたミラをシスネが呼び止める。彼女は雑嚢から取り出した包みをミラの手に握らせた。見覚えのある紙袋。カクトの町で買った焼き菓子だ。

 

「あげる。みんなで食べてね」

 

 ミラは何度かシスネの顔と紙袋を見比べてから、(おもむろ)に紙袋へ顔を埋めた。そのまま、噛みしめるように焼き菓子の香りを嗅ぐ姿には、レーベンでもどこか居たたまれないものを感じる。

 

「……ありがと」

 

 紙袋に顔を埋めながらミラが呟き、今度こそ小屋の扉を開けた。屈んだままのシスネは、物憂げな顔でそれを見送っている。レーベンもまた、ミラの後ろ姿を凝視する。

 伸びっ放しの、その亜麻色の髪に既視感を覚えた。

 

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