魔女狩り聖女   作:甲乙

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森の奥の父娘

 ミラを待つ間、小屋の周りを軽く探索する。忘れてはならないが、レーベン達は魔女を追ってここまで来たのだ。だがミラと会う直前を最後に、あの魔女は姿を現していない。月明りにだけ照らされた周囲を見回しても、あの娘の姿をした奇妙な魔女はどこにもいなかった。

 木々の間をゆっくりと見て回り、ちょうど一周する頃に小屋の扉が開いた。

 

「……教会の方ですか」

 

 出てきたのは、中年の男だった。気弱そうに下がった(まなじり)だけが特徴の、どこにでもいそうな男。彼がミラの父親だとすれば四十路に届くかどうかといったところだろうが、それよりも一回りは老けて見える。痩せくたびれ切ったその雰囲気のせいだろう。

 ユアンと名乗ったその男は、やはりミラの父親だという。そのミラは、父の傍らでじっとこちらを見上げていた。

 

「それで、聖女さま達がこんな所に何用ですか」

 

 敵意とまではいかない。だがユアンの落ちくぼんだ目には、レーベン達に対する隠しきれない警戒が浮かんでいた。そこに聖女に対する敬愛は欠片も見つけられない。その目に、レーベンは見覚えがあった。

 こういった事例は初めてではない。そしてそれは、シスネも同じだったらしい。

 

「私は魔女を追ってきました。この近くにいると思われますが」

 

 前置きも無く、威圧的な口調でシスネが口火を切った。単刀直入な物言いにユアンは明らかに動揺し、ミラがその足をぎゅうと掴む。

 

「心当たりは、ありませんか」

 

 白状しろとばかりに、シスネが迫る。

 おそらく、ユアン達は魔女を(かくま)っている。この虫も殺せなさそうな男が、幼い娘をつれてこんな森の中で暮らしている理由が他に見当たらない。

 近しい女、特に家族が魔女となった場合に、それを狩ることをよしとしない者たちは多い。赤の他人が魔女となった時と比べれば態度の変化が甚だしいが、それも人の情というものだろうか。家族というものを知らないレーベンにとっては、想像することしかできない。

 だが当然、魔女を匿うことは立派な罪だ。魔女を人に戻す方法は未だ発見されず、魔女は例外なく人を襲う。一体の魔女が生み出す被害と悲劇の数を考えれば、遺された家族がどれだけ嘆こうが放置することは許されない。ここまで状況が揃っているのであれば、この父娘に対して多少は強引な真似をすることもできる。聖女と騎士には、その裁量も任されているのだから。

 だがそれでも、否だからこそ、シスネはあくまで自白させようとしているのだろう。「己が罪を自白した者は、その罪を一等減ずる」と、教国の法にも記されている。シスネらしくもない威圧的な口調もその為だ。

 ……もっとも、その口調は普段のレーベンに対するものとひどく似ていたのだが。

 

「ここに魔女はいない、帰ってくれっ」

 

 早口で捲し立てながらユアンが扉を閉じようとする。だがその前に、レーベンの手が扉を掴んだ。

 

「悪いことは言わん。居場所を教えたまえよ」

 

 口が上手い訳でもないレーベンにこういった仕事は向かないが、シスネの気遣いを無駄にさせるつもりもない。扉に挟まれた手がじんじん傷むのを堪えつつ、内側から引っ張られる扉を無理矢理に開かせた。レーベンとて腐っても騎士だ、ただの中年男に力負けする理由は無い。

 

「今なら、まだ間に合うぞ」

 

 シスネに勘づかれないよう、視線だけでミラを指してみせる。剣呑さがにじみ出ていたのか、レーベンの灰色の目を向けられたミラが父親の足に隠れた。それを見たユアンは、下がった眦を精いっぱい持ち上げるように睨んでくる。娘を拷問されるとでも思ったのだろうか。

 暗い森の小屋で、文字通りの睨み合いが続く。四者ともが沈黙を守り、重く張り詰めた空気がいつまでも続くかと思われた時、

 

「……わかった」

 

 ユアンが、諦めたように頭を垂れた。

 

 

 

 ランタンを手にしたユアンが森を歩き、レーベン達がそれに続く。小屋からさほど離れてはいない場所の山肌にぽっかりと開いた洞窟。その狭い入り口から、ユアンは無言で中へと入っていった。

 

「このまま狩る気ですか?」

 

 ユアンに続こうとすると、シスネに呼び止められる。元はと言えば、カクトからの帰りの道中で遭遇した魔女を追ってきたのだ。残りの装備は心許なく、まともに魔女を狩れるかも分からない。それでも、魔女の情報だけでも持ち帰れないかとここまで来たのだ。

 もしこの洞窟に何らかの方法で魔女を閉じ込めているのであれば、ユアンを連行してポエニスまで戻ってもまだ猶予はあるかもしれない。最悪、洞窟の入り口を炸裂弾で崩落させても良い。

 だがそれも、魔女化がどれほど進行しているかによる。結局は魔女の情報を得なければ始まらない。

 

「見てから考えよう」

「本当に行き当たりばったりですね、あなたは……」

 

 臨機応変と言ってほしい。

 

 

 

 洞窟の中はやはり湿った暗闇に満たされていたが、部分的に崩落したような箇所もあり、そういった天井の穴からは月明りが差し込んでいた。深緑色の苔や、よく分からない茸が生えた洞窟の中はどこか幻想的でもある。

 ユアンの姿は既に無く、湿った地面で足を滑らせないよう注意しながら足早に進む。中は特に入り組んでもいない一本道。道を間違えることはないだろう。道を進み続け、そして奥に異様な物を見つけた。

 それは、山積みされた土嚢(どのう)だった。洞窟の空洞を完全に塞ぐようにぎっしりと積み上げられている。その数は百や二百では足りず、奥にまで続いているとすればいったい何個あるのか。誰がやったのかなど考えるまでもなく、そしてこの奥には間違いなく魔女がいるのだろう。

 土嚢の壁に一歩近付き、死角になっていた暗がりから鋭い声があがった。

 

「動くな!」

 

 あえてゆっくりと顔を向ければ、予想通りの光景が見られた。険しい顔で武器を向けてくるユアン。だがその手に握られた武器だけは予想外であった。

 

「どこから、そんな物を……」

 

 背後のシスネが代弁してくれる。ユアンの手にあるのは、聖銀の輝きを放つ長銃。レーベンにもシスネにも見慣れた教会の武器だ。盗んだのか、横流しした愚か者でもいたのか、だが今それは重要ではない。

 

「やめたまえよ。罪が重くなるぞ」

「黙れ!」

 

 だらりと両手を上げながら、それとなく背中でシスネを通路に押し戻す。ユアンの手つきは見ているだけで危なっかしく、銃の扱いに慣れていないことは明白だ。それでも装填されているのが散弾だとすれば、この距離では致命傷にもなり兼ねない。あまり刺激しない方が良いだろうか。

 

「撃ってくれるなよ。聖女に当たりでもすれば後が怖いぞ」

「黙れって言ってるだろっ!」

 

 どうしたものか。説得はまあ無理だろう。少なくともレーベンにできる気はしない。とにかくあの長銃をなんとかしなければ。撃たれる前に組み付けるか? やるしかないだろう。最悪、自分が撃たれてもシスネが何とかしてくれるだろうか。

 他に手も無い。ならば運任せ。自棄にも似た開き直りでレーベンが飛び掛かろうとした、その瞬間。

 

 

「うごかないで」

 

 

 舌足らずな声が、レーベンの背後にいるシスネの更に後ろから響く。同時に、シスネの息を飲んだ息遣いも。

 

「ミ――」

「うごいたら撃つから」

 

「しゃべっても撃つ」と続けるその声はまったく震えていない。この期に及んで手の震えを抑えきれていない眼前のユアンとはまるで違う。

 何故なら彼女はまだ幼く、その小さな手に握った凶器の殺傷力も、それを使えばどうなってしまのかも理解してはいないのだ。だからこそ恐ろしい。

 

「お姉ちゃんは、ころさせない」

 

 ミラに短銃を突きつけられたシスネが、ゆっくりと両手を上げた。

 

 

 ◆

 

 

 戻った小屋の中は、外観の印象通りに閑散としていた。簡素な(かまど)と、寝台もなく床に敷かれた汚れた毛布。他には碌な調度品も無く、父娘(おやこ)の苦しい生活が窺える。

 

「貴公、大丈夫か?」

 

 中央の柱に縛り付けられたレーベンは、同じく縄で縛られたシスネに声をかける。だが彼女はただ、もがもがと呻くのみであった。

 

「そうか、元気か」

「――、――――っ!」

「誠に申し訳ない」

 

 相変わらず何を言っているのかは分からないが、どうせレーベンへの罵声だろうと予想して謝っておく。

 ごく適当な拘束だけで済まされているレーベンとは違い、シスネは雁字搦めに縛られていた。全身に縄を打たれ、目隠しと猿轡までされている。芋虫のような姿で床に転がされた様は、なかなかに痛ましい。

 普通は逆なのではないかと思われれるが、聖女と騎士であれば正しいとも言えるだろうか。どんなに拘束しようと、聖性の助けを得た騎士にとっては何ら意味を成さないのだから。とにもかくにも聖性の使用を封じる為に、シスネの方を厳重に拘束したのだろう。

 

「その状態でも聖性は使えるのか? 試しに使ってみてくれないだろうか」

 

 拘束された状態で、器用にシスネがそっぽを向いた。どさくさに紛れて契りを交わせないかと思ったが、そこまで甘くはないらしい。加えて、

 

「あばれたら撃つから」

「そうだな、貴公もいたな」

 

 今も傍らでは、ミラが短銃をレーベンの頭に突きつけていた。幼い少女が武骨な短銃を構えている姿はどこか非現実的で、だがその銃には実弾が装填されており、ごく現実的な脅威であった。そして何よりも、彼女の引き金はひどく軽い。下手な真似をすれば、あっさりと風穴を開けられてしまう。

 

「重いだろう。それを置いたらどうだ」

「ん」

「俺が悪かった。撃たないでくれ」

 

 撃鉄を起こす音が耳元で聞こえ、慌てて謝罪する。きっとミラに脅しのつもりはなく、ただレーベンを撃つ前動作として撃鉄を起こしたのだろう。あまりに無邪気な殺意に今更ながら震えあがる思いであった。緊張感があるのか無いのか分からないやり取りに、転がったままのシスネが呆れた視線を向けている……気がした。

 

 

 

 夜も更け、レーベン達を見張るミラが眠そうな目を擦り始めた頃、粗末な扉を開けてユアンが見回りから戻ってきた。その手にはまだ、ランタンの他に長銃が握られている。

 

「おかえり、お父さん」

「おかえり」

「……本当に、仲間はいないんだろうな?」

 

 心なしか嬉しそうな表情になったミラの頭を撫でながら、ユアンが疑いの目を向けてくる。レーベンの挨拶は無視された。

 

「さっき話した通りだ。俺達は二人だけで魔女を追ってきた」

「追ってきた? 嘘を言うな、ミルスは外に出ちゃいない!」

 

 ミルス。それがあの少女の姿をした魔女の名前らしい。そしておそらくは、この男の娘であり、ミラの姉なのだろう。

 だが確かに妙な話ではある、あの洞窟の奥に閉じ込められていた魔女が、どうやって森の外まで出てきたのか。そして、何故レーベン達をここに案内するような真似をしたのか。

 

「髪の長い娘だった。色は茶色。歳は、十五ぐらいか」

「お姉ちゃん……」

 

 ユアンは険しい顔を崩さないが、ミラが答え合わせをしてくれた。もしかすれば別の魔女である可能性もあったが、彼女の反応を見るとそうではなさそうだ。

 

「嘘だ、ありえない、他に出口なんて無い、どこも破られていない」

 

 ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟くユアンの様子は危うく、今この場でもっとも精神の均衡を欠いているのは間違いなく彼であった。どうにも怪しい雲行きに、何か打開策は無いか頭を巡らせる。

 

「――ミラ、外に出ていなさい」

「うん」

 

 だが特に賢いわけでもないレーベンの頭が名案を閃く前に、ユアンが急に落ち着いた声を出した。ミラはそれに何ら疑いを持たず、素直に小屋の外へと出ていく。そして、ユアンは小屋の隅に立てかけてあった何の変哲もない道具――斧を手にした。

 

「……貴公、馬鹿な真似は」

「黙れ」

 

 更に、床に転がされたシスネの襟首を掴んでレーベンの前まで引きずってくる。縛られた細い体を踏みつけ、その足首に斧の刃先を乗せた。シスネの体が一瞬だけ震える。

 

「本当のことを言え。じゃないと、この女には痛い目を見てもらう」

 

 ユアンの目は、ギラギラと危険な光を放っていた。そこには優位への驕りも無ければ、できもしないことを騙る怯えも見られない。つまりは本気なのだ。

 

「まずは足だ。はやく言え!」

 

 目を血走らせながらユアンが叫ぶ。斧が振り上げられ、抵抗できないシスネが覚悟するように身を縮めた。

 だがいくら詰問されようとも、レーベン達は本当に二人で来たのだ。拘束は解けず、説得も無理。ならば、あとは口から出まかせを並べてなんとか隙を作るしか無いか。レーベンには荷が重いが、やるしかない。

 

「ああ分かった俺達の負けだ本当のことを言おう、実は――」

 

 

 ドン、と。重い音が遠くから響く。

 遅れて、薄い床ごしに地面の揺れを感じ取った。

 

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 小屋の外からミラの高い声が響き、軽い足音が遠ざかっていく。ユアンはレーベンと外を見比べ、舌打ちし、長銃とランタンを掴み取ってから外へと走り去っていった。

 レーベンの足元に、斧だけを残して。

 

「……珍しく、ついているな」

 

 これで今夜の運を使い果たしていなければ良いのだが。斧に足を伸ばしながら、レーベンはそう思った。

 

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