魔女狩り聖女   作:甲乙

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大破壊

 斧で縄を切り、シスネの拘束も解いてその際に体に触っただの触っていないだので一悶着もあった末、奪われていた装備を身に着けて小屋から飛び出す。同時に、地響きにも似た重い音がまた響いていた。音の方角には、あの洞窟しか無い。

 

「行きましょう!」

 

 明かりを用意する間もありはしない。走り出したシスネの白い髪を追って、レーベンも夜の森へと駆けだした。だが、もはや事態は最悪の方向へと進みだしているように思える。

 

 

 

 ミラはひとり木陰に佇んでいた。木にしがみつくようにして不安げに洞窟の入り口を見ていたところで、駆け寄ってきたレーベン達に目を丸くする。

 

「ミラ!」

「えっ? なんで……」

 

 声をかけながらシスネが屈み、ミラの体に怪我が無いかを検める。状況に頭が追いつけていないのか、ミラはされるがままになっていた。

 

「ミラ、お父さんはどこ?」

「あ、あっち」

 

 震える小さな手が指したのは、やはりあの洞窟だ。口を開ける暗がりの奥で、ランタンらしき光が瞬くのをレーベンの目が捉えた。

 

「俺が見てくる。その子を頼んだ」

「……気を付けて!」

 

 シスネの返事も待たずに駆け出し、後ろから聞こえた意外な言葉に振り返りそうになったが、今はそれよりも魔女狩りだ。すぐに洞窟の前まで辿りつき、鞘から短剣を抜く。息を整えてから、洞窟の中を進もうとし、だがそれよりも先に奥から誰かが走り出てきた。

 それは当然、ユアンだった。一瞬だけ目が合い、しかしすぐに走り去り、そしてレーベンも洞窟の奥にあるソレを見る。

 

「おいおい……」

 

 思わず独り言を漏らす。洞窟の奥にあった、否、今まさに迫り来るモノ。それは闇にも似た、黒い泥そのものだ。体の硬直は一瞬、すぐさま脱兎の如く逃げ出す。そして、背後からの衝撃と轟音。

 

「ぬおぁっ!?」

 

 ほんの一昨日の、カクトの廃鉱山で崩落に巻き込まれそうになった時のことが脳裏に過る。それ程の衝撃に吹き飛ばされ、小石と雑草だらけの地面を転がった。

 

『なんで、なんで』

『どうしてなの』

 

 その高い声には聞き覚えがあった。声変わりこそ過ぎたが、まだ幼さを多分に残した少女の声。

 

「おねえ、ちゃ……」

 

 似た声で、ミラが呆然と呟く。傍らにいたシスネに引き起こされ、彼女らがいた場所まで吹き飛ばされていたことに内心で驚いた。頭を振って立ち上がり、だがやけに暗い。深夜の森の中ではあるが、今夜は満月が煌々と照らしていたはずなのだが。

 その理由は、すぐに分かった。

 

「でかいな」

「何を呑気な……」

 

 月明りを遮る巨大な影。それを見上げて無意識に口から出た独り言にシスネが返す。その声も、心なしか震えているように聞こえた。

 その魔女はまだ人としての面影を残していた。二本の足で立ち、二本の腕を持つ人型。胴体に比べて太く短い両足が、その破壊的な自重をなんとか支えている。頭は無く、全身を黒い泥で構成され、だがその大きさだけは常識の外にあった。レーベンとシスネを縦に並べ、更に倍にしてもまだ半分にも届かない、そんな大きさ。

 

「どこを斬れば良いんだ、あれは」

「私に聞かないでください」

 

 握ったままだった短剣を鞘に戻す。あの巨体のどこに突き刺したところで、棘が刺さったようなものだろう。両手剣か大斧でも欲しいところだが、今ここにある最大の武器は機械剣だけであった。大きさ自体は両手剣より小さく、しかも燃料となる炸裂弾と焼夷弾は一つずつしか無い。

 

「貴公の得物も効くとは思えんな」

「同感です。しかも弾がもうありません」

「本当か。笑える」

 

 シスネの武器は短銃が二丁と、短剣が二本のみ。威力不足も甚だしく、そもそも聖女の武器は護身用であり自決用なのだ。並の魔女ならともかく、あんな巨大な魔女に通用するとは思えない。更に弾薬すら足りないというのだから、もう笑うしかないだろう。まったく笑えないが。

 

「でも、これなら……」

 

 ホルスターからずるりと引き抜かれたのは、シスネの手には余る大型の短銃。カクトの共喰魔女の躰を一撃で貫通せしめた、大短銃だ。おそらくは特注品であろうそれなら、あの魔女にも手傷ぐらいは負わせられるだろうか。

 

「頼もしいな。弾は何発ある?」

「喜んでください。あと一発です」

「それは良かった」

 

 この状況で皮肉を口にするあたり、シスネも半ば自棄になっているのかもしれない。それはレーベンも同じことだ。

 とにかく、これで手札は出揃った。有効打となり得るとすれば、機械剣による攻撃が二回、大短銃による攻撃が一回、そんなところだ。しくじれば勿論、後は無い。

 

『なんで、どうしてよ』

 

 レーベンが覚悟を決めるのを待っていたかのように、魔女がこちらを見下ろす。目どころか頭すら無いが、そのような動きをしたように見えた。

 

「来るぞ、来るぞ」

「ミラ、手を離さないで」

「う、うん」

 

『どうして――!』

 

「走れ!」

「走って!」

 

 その巨大な両腕が、ついに振り下ろされる。小細工など何も無い、特異な力などでもない。ただ巨大で、ただ重く、ただ強い。大質量による純然たる「力」が、大木を冗談のように薙ぎ倒した。

 だがそれで終わりではない。今の攻撃ですら片腕による打撃でしかない。あの魔女には四肢があり、その全てが同等の破壊力を有しているのだ。

 破壊。破壊につぐ破壊。右腕が、左腕が、右脚が、左脚が、大木を、大岩を破壊しつくしていく。もはや魔女とすら呼べない。それはまさに災害そのものだった。

 

「どうするんですかっ! どうするのアレ!」

「俺が知るかぁ!」

 

 背後から迫る破壊から全力で逃げつつ、破壊音にも負けないような大声が飛び交う。当然ながら素の口調であった。

 暗い森の中、下手をすれば木に正面衝突しかねないが、だからといって足を止めればそれでも死ぬ。月明りと直感だけを頼りに、ひたすら森の中を駆けまわる。だが徐々に巨大な影が月明りを遮りはじめる。巨大な足音が背後まで迫っていた。

 

「そっちはだめ!」

 

 いつの間にかレーベンが抱きかかえていたミラが叫んだ。いったい何がどう駄目なのか、考える余裕も、他に走る道も、そして時間も無い。あっという間に垂直の山肌、つまりは行き止まりに突き当たってしまった。

 

「だめだってば!」

「そんな!」

「戻れ戻れ戻れ!」

 

 反転して逆走。当然すぐ前に魔女が迫っており、その巨大な足が今まさににレーベン達を、

 

「くぐれ!」

 

 巨大な影の真下に月明りは届かず、闇と同化した魔女の躰もほとんど見えない。だが目を凝らす間もなくただただ直感と勢いだけでとにかく前に体を投げ出した。すぐ傍で地鳴りのような足音とシスネかミラの甲高い悲鳴が耳を貫く。

 転がり、回る視界の中で、一瞬だけ夜空を見上げる。輝く満月を背景にして、()()()()()

 

「――――!」

 

 極限状態の集中が生み出した時間の停滞。その中で針先ほどの突破口を見つけ、すぐに時間が元の流れを取り戻す。

 

「貴公! おい! シスネ!」

「なんですか!」

 

 先程まで必死で走った道を今度は逆に走る。だが走る方向が逆になっただけで、事態は何ひとつ好転していない。体力も無限にある訳ではない、いつか追いつかれる。勝負に出なければならないのだ。

 

「頭だ! 魔女の頭に頭があった!」

「何言ってるんですか!?」

 

 あの瞬間、魔女の躰の頂点に頭が見えたのだ。巨体に比べれば豆粒のように小さな頭が。

 

「頭を潰す! その銃で撃て!」

 

 ハッと気付いたようにシスネが大短銃を見る。そして、未だ背後で大暴れしながら追いかけてくる巨大な影を見て、

 

「できるわけないでしょう馬鹿ぁ!」

 

 正論であった。狙撃用でもない銃で、あの高い位置にある小さな頭を一発で仕留める。しかもこちらは逃げながら、相手は暴れながらだ。英雄譚でももう少しまともな奇跡を起こしそうなものである。百回も挑戦すれば一回は当たるかもしれないが、残りの弾薬は一発しか無かった。残りの命もだ。

 もっと策がいる。せめて魔女の動きを止めるか、あるいは頭を下げさせるような策が。必死に足と頭を動かし、だが策が浮かぶ前に銃声が響いた。

 

「ミルス!」

 

 もしや自棄になったシスネが発砲したのかと思ったが、濡れ衣であった。どうやらこちらを追ってきていたらしいユアンが、空に向かって長銃を放ったのだ。その音に気を引かれたのか、魔女の進行方向が変わる。

 

「戻りなさいミルス! 良い子だから!」

 

 ――くそが!

 

 内心だけで悪態をつき、今度は逆に魔女を追う。魔女が彼に向かっているのは、決して父の言葉に従ったからではない。ただ別の獲物に目移りしただけのことだ。魔女に言葉など届くはずもないのだから。だが未だ現実が見えていないあの男にも、どれ程の言葉が届くというのか。

 レーベンの脳裏に、酷薄な考えが首を(もた)げた。

 

 ……助けるのは無理ではないか

 ……あの男はもう駄目だ

 ……このまま、いっそ

 

「お父さん!」

 

 腕の中のミラが叫ぶ。

 

「くそが!」

 

 直に悪態をつき、シスネにミラを押し付け、かわりに腰の短銃を抜き取る。何か叫んでいるシスネの声を無視し、魔女の巨体に向かって六度発砲した。あの巨大な的に外す気はしないが、だからといって効いた気もしない。現に魔女の巨体は一切動じず、ただレーベンの方に向き直っただけであった。だがそれで良い。

 ボン、と。魔女の胸のあたりで炎が咲く。頭を狙って投げた焼夷弾だが、そう上手くはいかなかった。

 

『なあぁっ、なんで! なんで!』

 

 魔女は炎に弱い。あの魔女も例外ではなかったようだが、大きさがまるで異なる。炎だけで致命傷を与えるなら焼夷弾があと三十個は欲しいところだが、今使ったのが最後の一個だ。

 子供じみた動きで炎を叩く魔女を後目に退散する。未だ攻勢には出られず、虎の子の焼夷弾もほぼ無駄にした。状況は悪くなる一方であった。

 

 

 ◆

 

 

「ミラ! 無事か!」

「お父さん!」

 

 ユアンと合流して更に走り、魔女の巨影も見えなくなった山肌の陰でようやく足を止める。シスネが抱えていたミラを下ろすと、すぐに父親の元へと駆け寄った。

 レーベンはもう息切れで喋る気力も無い。シスネに至っては地面にへたり込んでしまっている。無言で短銃を返すと、やはり無言でそれを受け取った彼女は薬莢だけを捨ててホルスターへと戻した。もう弾薬が無いのだろう。

 とにかく武器が足りない。レーベンの目が、ユアンの手の長銃に留まる。

 

「貴公、それを貸し……いや返してくれ」

「なんだと」

 

 そもそも彼の持つ長銃は教会の武器だ。どうやって手に入れたのかは知らないが、それはこの際どうでも良い。

 

「あの魔女を狩るんだ。それが要る」

「あの子は殺させんぞ!」

 

 一瞬で逆上したユアンがレーベンの頭に長銃を向け、引き金が弾かれるより先にレーベンの手が銃身を掴んだ。森の中に銃声が響く。

 

「……ああ、くそが」

 

 やはり装填されていたのは散弾だった。力ずくで銃口を上に向けさせたが、散弾のいくつかがレーベンの頭を掠めていた。垂れてきた血が目に沁みる。だが目は閉じずに、ユアンの血走った目を見返す。

 

「なあ、貴公も見ただろう。アレのどこが人間だ。どう見ても化物じゃないか」

「黙れ」

「アレはもう貴公の娘じゃない。彼女はもう死んだ。死んだんだ」

「黙れ」

「アレは魔女だ。狩るべき敵なんだ」

「黙れぇ!」

 

 叫びと共にユアンの蹴りが腹に突き刺さる。疲労で反応が遅れ、地面に蹴り倒されてしまった。更に運悪く岩に後頭部を打ち付けて意識が飛び、暗くなった視界の中でレバーを引く金属音を聞いた。

 

「やめて!」

 

 甲高い声と銃声は同時。閉じようとする瞼を気合いでこじ開け、後ろからシスネに羽交い絞めされているユアンが暴れていた。羨ましい、などと場違いな思考が一瞬だけ頭を過る。

 

「いい加減にして! こんな事をしている場合ですか!」

「うるさい! 放せ!」

「このままじゃみんな死ぬ! ミラだって!」

「うるさい……っ!」

 

 娘の名に、ほんの僅かにユアンの顔が悲痛そうに歪んだ。だがそれも一瞬のこと、すぐに激情に塗りつぶされた顔でシスネを振り払う。

 

「うるさいうるさいうるさいっ! もうお前らの言う事なんて聞くものか!」

 

 癇癪を起こした子供のように叫び散らしながら長銃のレバーを引く。その目に見えるのはもう、レーベン達への敵意と、そして。

 

「何が聖女だ! 何が騎士だ! この人殺し共が!」

 

 ユアンの目に、レーベンは狂気を見た。

 きっとこの男も、かつては良い父親だったのだろう。そうでなければミラもあそこまで心を許してはいない。その彼を、いったい何がここまで変えてしまったのか。

 

「お前たちはそうやって――」

 

 彼を変えたのは。

 

 

「俺の女房も殺したじゃないか!」

 

 

 いったい、何だったのか。

 

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