魔女狩り聖女   作:甲乙

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英雄ではなくとも

 とは言ったものの、レーベンにできることはそう多くない。機械剣の一撃がいかに強力であろうとも、あの魔女の大きさでは足を斬りつけるだけで精一杯だ。仮に足を潰せたとして、それだけで魔女が死ぬわけもない。本来の騎士であれば木々の間を跳び回るだの魔女の躰を駆けあがるだの出来たかもしれないが、生憎ここにいるのはただの騎士擬き(レーベン)であった。

 

『どうして! どうして!』

 

 歪んだ少女の声で癇癪を起こしながら、まさに駄々をこねるかのように魔女の巨体が暴れ始めた。ただそれだけで木が次々と圧し折れ、岩が粉砕され、抉られた地面の土砂が(つぶて)となってレーベンに襲い掛かる。

 

「すこしは、加減したまえよ……っ」

 

 もう既に三度は死にそうであった。荒れ狂う嵐の前に生身で立つが如き自殺行為。だがそうでもしなければあの魔女は狩れないのだ。ただひたすら、木屑と石片と泥土を浴びせられながら目的地に向かって走る。

 

「っ!」

 

 頭上に影がかかる。前へ前へと進み続けていた体を急停止させ、振り返る間も惜しくただ仰向けになるようにして後ろへ跳んだ。その眼前を、魔女の巨大な足が通り過ぎていく。なんとか受け身をとると同時に、地鳴りそのものな足音が響いた。

 休んでいる間も無い。頭に被ってきた外套を撥ね退け、痛む肺も無視して再び走り出す。魔女の足を通り抜け、だが後ろから足音は追ってこなかった。

 見れば、魔女は辺りを見回すような動きをしている。どうやら見失ったらしい。レーベンの黒髪と黒い外套は闇夜にとけ込むようで、あの魔女にとっては膝までも届かないようなこちらを見失うのは仕方のないことではあった。本来であれば絶好の機。だが今は違う。

 

「こっちだ!」

 

 大声を張りあげ、更に長銃を放つ。寸胴な胴体に散弾が余さず着弾するが、やはりまるで効いてはいない。だがこちらを向かせる効果はあったようだ。

 

『なんで! なんでなの!』

 

 再び始まる嵐との追いかけっこ。何故このようなことをと問われれば、それは勿論「仕掛け」の場所まで魔女をおびき寄せる為である。

 遠くに、小さな火の灯りが見えていた。

 

 

 

 目印のランタンが吊るされた大木。森の中で見つけた一際大きなその木が、レーベン達の選んだ仕掛けの要だった。

 

「は……っ、はぁ……っ」

 

 その大木に手を付き、乱れに乱れた呼吸を整える。なんとか命からがら、ここまで魔女を誘導することができた。これでようやく第一段階が完了である。そう、まだ始まったばかりなのだ。

 

「はあ……、は――、」

 

 呼吸を鎮め、集中する。

 ここから先は一発勝負。更に勝負は一瞬で決まる。博打も良いところだが、細かな作戦も仕掛けも用意する余裕は無かった。元より、そういった硝子(ガラス)細工のような策は実戦で役に立たないとレーベンは考えている。何事もそう上手くはいかないのだ。特にレーベンは。

 ならば後は臨機応変。シスネに言わせれば行き当たりばったり。生と死の一線だけを見極め、後はすべて出た所勝負。そんな風にしてレーベンは魔女を狩ってきた。

 

『なぜ、なぜ、なぜ』

 

 引き離してきた魔女が追いついてきた。一歩一歩進む度に揺れる地面が、残り時間を示しているようだった。

 レーベンは無言で武器を握る。右手に機械剣、左手に長銃。やることは単純、とにかく足を止める。だがその具体的な方法は今になっても明瞭には浮かんでこなかった。だからこそ両手に武器を握り、切られる手札を増やしておく。

 魔女が近付く。レーベンは動かない。

 魔女が近付く。レーベンはまだ動かない。

 魔女が近付く。そろそろか、否まだ遠いか。

 魔女が近付く。もうすぐそこ。

 魔女が近付く。行けよ臆病者。

 

『なんで――』

 

 巨大な右足がレーベンを踏みつぶす刹那、地を這うようにレーベンは駆けだした。

 足を潰す。だが潰せるのは一本だけ。どっちだ。どっちを潰す。

 右か、左か。軸足か、その逆か。近い方か! 遠い方か!

 

「――」

 

 半分ほどが空白となりつつある頭が選んだのは、魔女の左足だった。理由など分からない。あるいは、どちらでも良かったのかもしれない。機械剣を振り上げ、引き金に指をかける。

 

 だがその瞬間、右腕に痛みが走った。

 

 忘れていた。レーベンの右腕は負傷している。カクトの共喰魔女に貫かれ、シスネの荒療治を受けてから二日も経っていない。

 そして思い出す。炸裂弾を用いた機械剣の威力、その衝撃。破壊力の代償として、その刃は暴れ馬そのもの。

 その刃を、この右腕で御せるのか? 強化剤も無いのに?

 当てられるのか? 外せば後は無いというのに?

 外せば皆、死ぬ。レーベンも、ユアンもミラも、そしてシスネも。

 レーベン(おまえ)に、それが出来るというのか。

 

「――」

 

 これが英雄譚であったのなら、出来るだろう。レーベンが英雄であったなら。

 だがこれは現実で、例え物語であったとしても、きっとレーベンは英雄の役ではない。それはレーベン自身が嫌というほど知っている。

 

「――」

 

 だから。だから。

 ほんの刹那に、レーベンは考える。英雄でない己にも、平凡な騎士ですらない己でも出来る、もっと確実な方法を。

 刃を御せないと、いうのなら。

 

「――――!」

 

 左手の長銃を魔女の足首に押し当てる。発砲。飛び散る泥。動じない魔女。

 右手の機械剣を振り上げる。だが引き金はまだ弾かない。

 長銃を投げ捨て、両手で握った機械剣で狙いを澄ませる。

 ぞぶり、と。長銃で穿った足首に機械剣の刀身を突き刺す。深く、深く、刃が全て埋まるまで。

 

『あぁ、がっ』

 

 魔女の悲鳴。レーベンの笑み。

 

 ――あぁ、()()()()()()()

 

 引き金が弾かれ、柄に装填された炸裂弾が中で弾ける。複雑怪奇な機構がその衝撃と炎を余すことなく刀身に伝え、峰から爆炎を、そして刀身から破壊の衝撃を解き放った。

 

『あがぁ――っ!』

「ぬあぁ……っ!」

 

 魔女が叫び、その足首に埋まった機械剣が炸裂した炎で内側から焼き尽くし、振動する刃が固い泥を斬り裂き、斬り裂いて、そしてついに魔女の躰から飛び出した。そのまま勢い余り、大木の幹に刃をめり込ませる。

 

『な、んでぇ――』

 

 魔女の足を断つことは出来なかったが、その左足首は半分程が抉られていた。レーベンにはこれが精一杯。だが充分だ。

 ぐらりと、魔女の巨体が傾ぐ。大木の根本に倒れたレーベンを巨大な影が覆い、それに押し潰される前にレーベンは叫んだ。

 

「シスネ――――ッ!」

 

 あとは聖女にお任せである。

 

 

 ※

 

 

 魔女はその巨体の膝をつかせた。巨大な質量が地に落ち、森の木々がグラグラと軋む。倒れる寸前に眼前にあった木にしがみつき、巨体をなんとか支え、動きを止めた。

 

『なんでなの』

 

 その直後、頭上で何かがガサガサと枝葉を揺らした。反射的に頭を上げ、同時に何枚もの葉が顔に落ちてくる。そして葉よりも幾分は重い何かが、躰の上に降り立った。

 

『なぜ――』

 

 煌々と輝く満月。それを背にして、細い人影が魔女を見下ろしていた。

 夜風に靡く白い髪は月光に照らされて、青白い光を放つ。

 その中で、夜空よりも黒い瞳と目が合って。

 

「――――のあらんことを!」

 

 炸裂した炎が、視界をいっぱいに塗りつぶした。

 

 

 ◆

 

 

 女神の導きのあらんことを。祈りの叫びと共に轟音が響き、己を押し潰す寸前で止まっていた魔女の躰が震えた。今度こそ潰されてはたまらないと這いだし、だが更に頭上から不吉な声が響く。

 

「うわ、あ、……きゃあ――!」

 

 悲鳴と共に何かが落ちてきて、それが何かなど考えるまでもなく両手を広げ、そして今度こそレーベンは押し潰された。

 

「あぅ――っ!」

「ぐぁ――っ!」

 

 枯れ葉が積もった柔らかい地面と、固いとも柔らかいともつかない何かに挟まれ、レーベンの胸の中で何かが軋んだ音を聞く。胸当てが無ければ骨折していた。

 

「い、た……」

 

 レーベンの上で体を起こした何か――シスネは打ち付けたらしい腰か尻を撫でている。胸当ての上に乗るそれが今にも己の顔にずり落ちてきそうで、レーベンはなんとか声をあげた。

 

「どいでぐれ、重い……」

「……重いって言わないでください」

 

「刺しますよ」と低い声と共に見下ろされてレーベンは震えあがる思いである。もう既に刺されるのと同じ程にひどいことになっているが。先に立ち上がったシスネに手を引かれて上体を起こし、だがもう立ち上がる気力も無い。ただ倒れ伏した魔女の躰を眺めながら十数える。

 シスネと共に立てた作戦はこうだ。

 なるべく高い木を選び、その上に予めシスネが登って待機する。レーベンがそこまで魔女を誘導し、なんとかして魔女の動きを止める。ユアン達の小屋から調達してきたロープを伝ってシスネが魔女に取り付き、大短銃でその頭を撃ち抜く。

 作戦とも呼べない穴だらけの作戦に、仕掛けとも呼べない杜撰(ずさん)な仕掛け。だが元より人手も武器も時間も何もかもが足りない。切れる手札と、英雄ではない己でも出来そうな手段をなんとか捻りだした結果であった。

 

「コルネイユのようにはいかんな」

 

 十数えても巨大な躰は動きださず、レーベンはぼそりと独りごちた。

 コルネイユは最初の騎士たちの中でも特に人気が高く、その活躍を綴った作品は数多い。大騎士の名は伊達ではなく、騎士の中の騎士であったと、そう謳われるほどだ。彼ならば、レーベンなどよりもっと鮮やかな勝利を見せただろう。

 

「当然です。人体とは重いものですから。聖性の助けも無しにあんな、聖女を抱えたまま飛んだり跳ねたり出来るわけないでしょう。英雄譚の読みすぎですよ。それに彼の女癖の悪さです。誇張されてはいるでしょうが、九股など女の敵などというものではありません、九回刺されても文句は言えないでしょうに」

「そ、そうか」

 

 レーベンは単にかの大騎士の武勇を指して言ったつもりだったが、どうやらシスネは彼女の体を受け止められなかったことを言ったと勘違いしたらしい。先ほどの静かに怒った顔といい、案外気にしているのかもしれない。

 なお、彼女の言う通りコルネイユの女癖の悪さは尋常ではなかったという。九人の恋人との逢瀬(デート)が重複してしまい、その全てを同時進行させようとして当時の聖都(ポエニス)を東奔西走した伝説を知らない者はいないだろう。英雄色を好むとは、まさに彼のことである。

 閑話休題。

 

「魔女は狩れたのだから、良しとしてくれ」

「まあ、良いでしょう」

 

 シスネと他愛のない話をしている間も魔女の躰からは目を離さなかったが、動き出す気配は無い。ようやく緊張から開放され、どっと疲れが押し寄せてくる。思えば、カクトでの魔女狩りから一日挟んでの大仕事だった。最初は偵察のみの予定だったというのに、何故こうなってしまったのか。

 思わず寝てしまいそうになるレーベンの肩を、白い手が揺り起こした。

 

「起きてください! まだ終わっていませんよ」

「そうだった」

 

 魔女は狩ったが、仕事はまだ終わっていない。ユアンとミラ、あの二人をこのまま放っておく訳にはいかないのだ。良い意味でも、悪い意味でも。

 

「あぁ嫌になるな。気が重い」

「同感です」

 

 座ったままで、木の幹にめり込んでいた機械剣を引っこ抜く。勢い余って後ろに転び、仰向けになった視界にシスネの呆れ顔が映った。ゆるゆると頭を振ってから、こちらに手を出してくる。

 自然とその手を取り、また自然に肩を貸してくれるシスネに凭れながら歩き出す。何の疑問も抱かずそんな体勢になっていることに気付いたのは、何歩か歩いた後でのことだった。

 

「……ありがとうございました」

 

 何の事かと顔を向ければ、思いのほか近い位置にシスネの横顔が見えて、慌てて視線を前に戻す。こうして肩を貸してもらっている以上、礼を言うのはこちらの方であるはずだが。

 

「受け止め……下敷きになってくれて」

「あ、あぁ」

 

 その事かと、思わず胸当てを撫でる。だがその感触に違和感を覚え、更に思わず口に出してしまった。

 

「胸当てがへこんだ」

「重くて悪かったですねっ!」

 

 

 

 

 

 

『どう、して』

 

 背後から聞こえた声と、総毛だつ悪寒にシスネを突き飛ばす。間髪入れずに振り返り、だが次の瞬間には仰向けに倒されていた。

 

「あっ!?」

「が……っ!」

 

 シスネの悲鳴とレーベンの呻きはほぼ同時。地面に倒れたのも同時。それ程の速さ。

 

『なん、でよ』

 

 レーベンの顔に、冷たい泥の飛沫が落ちる。夜空と満月を背にした魔女の顔があった。半ば泥に覆われ、その隙間から覗く虚ろな視線がレーベンを見下ろす。

 躰を起こした魔女が胸の前で両手を組む。祈るように。だがその手は頭上に掲げられ、槌と化したそれはレーベンの顔面に振り下ろされようとしていた。

 銃声。

 

「な……っ」

 

 呆然としたシスネの声が遅れて聞こえた。更に遅れて、己を押し倒していた重みが無くなっていることに気付く。弾かれるように立ち上がると、三つに割れた胸当てだった物が足元に散らばった。

 

「見えたか?」

「無理です」

 

 硝煙が立つ銃口を魔女に向けたまま、震えを帯びた声でシスネが答える。

 魔女は、十歩は離れた岩の上に立っていた。この一瞬でだ。なんという速さか。

 

『なんで、どうして、なんで』

 

 ぼたり、ぼたりと、魔女の顔から泥が落ちていく。魔女もまた涙を拭うように顔を擦り、遂にはその相貌が露わになった。まだ幼さを残した少女の顔。その顔立ちは、ミラによく似ていた。

 月明りに照らされた肌は死体のように青白い。その身に纏う平服だったであろう衣は黒い泥に塗れ、荒みきった喪服のようでもあった。ミラと同じ亜麻色の髪が夜風に揺れている。

 人の面影を残すなどというものではない。もはや少女の姿そのものの魔女がそこにいた。

 

「すみません……しくじったようですね」

「気にするな」

 

 魔女は常識外の存在。頭を潰されても死ぬとは限らない。あるいは、あの異常な速さで避けたのかもしれない。頭部に見えていた小さな頭は、全身があの巨体に埋もれていたに過ぎなかったのだろう。どちらにせよ、予想など出来るはずもない。

 レーベンが英雄ではないように、シスネもまたそうではないのだ。

 

「弾は」

「あと、三発」

「どうしたものかな」

 

 残る武器は、機械剣と短剣と手斧。シスネは短銃一丁と短剣が二本。それで全てだ。だが機械剣の燃料は尽き、ただの両手剣でしかない。シスネの大短銃は弾切れ、短銃も残り三発。先ほど放り捨てた長銃を探すが見当たらない。魔女が「脱ぎ捨てた」巨体に埋もれてしまったのか。

 元より武器が不足した中で絞り出したというのに、未だ魔女は健在。逃げ出したいところだが、あの俊足から逃れられるとは思えない。本当に、まったく、

 

「どうした、ものかな」

 

 だが英雄ではないレーベンの頭には、もう何も浮かびはしなかった。

 

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