魔女狩り聖女   作:甲乙

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本物の聖女と騎士

 本来、聖女が魔女と直接に戦うことはあり得ない。そもそも聖女である前に彼女らは女性であり、どう足掻いても戦いには不向きなのだ。更に、聖性による身体強化と傷の治療は聖女自身には使えないという致命的な欠点があり、ただの生身の女が常識外の力を持つ魔女と渡り合えるはずがない。だからこそ、一人で魔女を狩ってきたというシスネは異端も良いところであり、英雄譚の中にすらそのような聖女はいなかった。

 故に、聖女たちが持つ武器は戦う為の物ではない。最低限に身を守る為の物であり、あるいは重傷を負った騎士や犠牲者を介錯する為の物であり、そして、魔女に嬲り殺される前に自決する為の物だ。

 だが稀に、それらを利用して魔女と戦う者もいる。手練れの聖女と騎士はまさに一心同体であり、その連携はいっそ狼の狩りのようで。

 そして、そんな手練れの一組をレーベンはよく知っていた。

 

『なが、あげ、ど』

 

 高い銃声が連続して鳴り響く。その度に魔女の右足から左足から血と泥が噴き出し、魔女をその場に釘付けにする。恐るべき精度、そして何より恐るべきは、その銃弾が全方位から飛んでくるということだ。

 夜の森の木々の間を、青白い光が跳び回っていた。俊足の獣に、俊敏な猛禽の翼を生やしたらあのような動きをするだろうか。距離感が狂いそうな動きと速さで、その射手は魔女の周りを旋回し続ける。

 

『なんで――!』

 

 魔女も撃たれっ放しではない。元より痛覚も無いのか、穴だらけになった両足を撓め、一気に駆けだした。爆発的な踏み込みにより、文字通り地面が爆ぜる。

 迫る魔女に対し、射手は一度大きな木の上に乗ってから地面に降り立つ。そして意趣返しのように一直線に駆けだした。

 骨の拳と、聖銀の刃が激突する。鐘でも打ち鳴らしたような金属音が響き、すぐに続けて振るわれる魔女の手足とも連続して打ち合わせる。その度に弾ける火花が、魔女の対手の姿を照らし出した。

 それは、まさに騎士であった。レーベンの軽装などとは比べものにならない重装鎧。ほとんど隙間も見えないほどに全身を覆うそれに装飾の類は無く、だが流麗であった。頭部すべてを覆い隠す兜から足甲の爪先までが白銀の輝きを放ち、青白い炎のような光を帯びている。

 

『なぜ、なぜ! なぜ、なぜ、なぜ――!』

 

 魔女の乱撃が勢いを増す。だがその全てが騎士の鎧に触れることもなく弾き返されていた。騎士の右手に握られた片手剣。騎士の大柄な体躯に比べれば短剣のようにすら見えるそれが、鉄壁の盾となって魔女の拳を寄せ付けない。

 重厚な鎧と、防御に特化した剣技。その組み合わせは何よりも「生き残ること」を重視した結果なのだと、彼からレーベンは聞いていた。

 

『な――』

 

 タン、と。魔女の額に四つ目の穴が開く。とうに知性も理性も失っているだろう魔女には理解できただろうか。眼前の騎士は銃を手にしてはいない、つまり射手は別にいるのだ。

 魔女がぐるりと顔を回し、先ほど騎士が乗っていた大木に顔を向ける。その枝からは青白い光がぼんやりと帯を成し、「線」となったそれが騎士へと繋がっていた。聖性の光。その先にいるのは聖女であり、魔女の本能がそれを嬲らんと駆け出そうとする。

 

『どう――!』

 

 当然、それをさせる騎士ではない。魔女の躰を打ったのは片手剣の刃ではなく、騎士の脚そのもの。その長さを存分に活かして振りぬかれた回し蹴りが、魔女の矮躯を豪快に蹴り飛ばす。暗い森の奥まで消えていった魔女を騎士は追わず、まず大木の枝まで一足で跳びあがった後で、すぐにレーベン達の元まで戻ってきた。

 その左腕に抱えられた、金髪の聖女。

 

「待たせたわねレイ、まだ生きているかしら?」

 

 その金髪の聖女――カーリヤは、頼もしく笑ってみせたのだ。

 

 

 ◆

 

 

「……ちょっと、あんた本当に生きてるんでしょうね!? ライアー薬だして薬!」

「分かった分かった」

 

 気取った台詞と共に登場したカーリヤは、だがレーベンが傷だらけの血塗れであることに気付くと色を失くして駆け寄ってきた。手にしていた大型の長銃――狙撃銃を置くとランタンでレーベンの傷を検め始める。その顔は泣きだしそうな程に真剣であった。

 もう一人の騎士――ライアーはガチャガチャと鎧を鳴らしながら腰の雑嚢を探り、中から再生剤を取り出してカーリヤに手渡す。だがレーベンは、それを手で制した。

 

「シスネに使ってくれ……あっちの方が重傷だ」

「似たようなものでしょ馬鹿!」

 

 手際よくシスネも近くまで運んできたカーリヤがまた叫ぶ。キンキンと響く声がひどく懐かしく、レーベンはかすかに笑った。そんなレーベンに、兜の面頬(バイザー)を上げたライアーが鳶色(とびいろ)の目を細めて笑いかけてくる。

 

「遠慮すんな。五本ある」

「さすがだな」

 

 レーベンとシスネが二本ずつ使っても釣りが出るというわけだ。用心深い彼の性格に助けられた。

 

「自分で打てます、だから、魔女を」

「はいはい大人しくする!」

「な、あ、ちょ――んぁっ」

 

 こんな状況でも遠慮深いシスネの額をカーリヤは軽く叩き、その装束の胸元を無遠慮にはだける。心臓に近い位置に再生剤を打ち込まれ、シスネが喘ぐような声を漏らした。その光景にレーベンは目を逸らし、ライアーが慌てて面頬を下ろす。

 

「あー、ところで、その子は?」

 

 話を逸らすように、ライアーがミラを後ろ手に指さす。ミラは未だに呆然と、呆けたように座り込んだままだった。

 

「……今は、気にしなくて良い」

「……分かった」

 

 それだけで、ライアーは事情をある程度は察したようだった。だが彼もレーベンと同等以上に場数は踏んでいる。今更、迷いもしないだろう。

 背後ではシスネが「二本同時はだめです!」「せめて時間を」「用法と用量が」とかなんとか喚いている。元気になって何よりだと、再生剤を一本だけ首に打ちながらレーベンはそう思った。

 

 

 

「来たぞ」

 

 軽口の間も周囲を警戒していたライアーが剣を構える。カーリヤが狙撃銃を担いでそれに並び、何も握られていないライアーの左手を取った。

 

「――」

 

 カーリヤの碧眼が閉ざされ、その手から青白い聖性の光がライアーに流れ込む。聖性は彼の体だけでなく鎧と剣も覆い、どこか重苦しかった動きが目に見えて軽やかになった。そのまま手を引かれたカーリヤが跳びあがり、ライアーの左腕の中に納まる。

 

「シスネ!」

 

 そのままの状態で、カーリヤが何かを放る。適当な放物線にシスネが姿勢を崩し、それでも何とか受け取ったのは短銃だった。形状こそシスネの物と同一だが、その銃身には繊細な彫刻(エングレーブ)が施されている。

 

「その子とレイを頼んだわよ」

 

 力強いカーリヤの言葉に、シスネもまた力強く頷いて返す。レーベンとしては幼い少女と同列に扱われることに思うことが無いわけでもないが、未だまともに立てもしないのだから仕方ないだろうか。

 

「じゃ、行ってくる」

「そこで待っていなさい。すぐに済むわ」

 

 返事も待たず、二人は恐ろしい速さで遠ざかっていく。レーベンはそれを、シスネとただ無言で見送っていた。きっと彼女の言う通り、本当にすぐ済むのだろうから。

 

 

 ※

 

 

 森の奥から獣のように駆けてくる魔女の姿を認め、ライアーは走る速度を落とした。合図も無しに左腕に抱いていたカーリヤを放し、走り去る背後で彼女が受け身を取った音と狙撃銃を構える音を聞く。

 

『なん、で――!』

「ふんっ!」

 

 疾走の勢いもそのままに真正面から繰り出された拳を、片手剣で打ち払う。骨と聖銀が火花を散らし、刀身ごしでも魔女の馬鹿げた腕力がビリビリと伝わってきた。

 こんな相手と、あの二人は生身で戦っていたのだ。

 そんな雑念も魔女の連撃の前には続かない。体格差を物ともせずに放たれる拳と蹴りを、無心に弾き続ける。小柄な少女の姿からは想像もできない重さ。脆い聖銀の剣など容易く砕きそうな打撃。だが剣に流され続ける聖性が、その刀身を常に最上の状態に保っていた。

 ライアーの剣は、弾きと受けに特化させた特注品だ。刃は肉厚で特別頑丈。刀身を短くすることで取り回しを良くし、重量も軽く抑えてある。反面、攻撃に向かないのは如何(いかん)ともしがたい。

 その為に彼女がいるのだ。

 

「おらっ!」

 

 渾身の振り下ろしを、魔女は両手で受け止める。背の低い魔女を頭から押し潰すつもりで力を込め、だがそれでも膝を折らない。とんでもない馬鹿力。ライアーでも抑えるのがやっとだ。

 だがそれでいい。

 

『な――』

 

 タン。魔女の膝が撃ち抜かれて、一気に姿勢を崩した。その機を逃さず更に剣を押し込み、魔女の動きを止める。

 タン。魔女のこめかみから泥が噴き出す。既に穴だらけの頭に銃弾を撃ち込まれても、魔女は倒れない。

 

「どうなってんだよ、おい」

 

 この魔女について、レーベン達からある程度の情報は聞いていた。常軌を逸した筋力による単純な力と速さが武器。だが最も脅威なのは、その異常な打たれ強さだ。

 足を撃ち抜いても止まらない。胸に大穴を開けても倒れない。頭に何発も銃弾を撃ちこんでも死なない。今まで狩ってきた中でも、ここまでしぶとい魔女はいなかった。他に可能性があるとすれば、首を落とすか、あるいは炎、もしくは――。

 

『な、ぜ!』

「ぬお!?」

 

 魔女が掴んでいた剣を放り捨てるように地面に落とす。剣に体重をかけていたライアーはたたらを踏み、その間に魔女は姿を消していた。

 

「カーリヤ!」

 

 案の定、魔女はカーリヤの元に駆け出していた。だがライアーの声は悲鳴ではない。

 タン。魔女が転んで、勢いのままに地面を転がる。正面から一直線に走ってくる敵など、彼女にとってはさぞ良い的だっただろう。蹲る魔女を飛び越え、まずはカーリヤを回収する。

 

「こっちに寄越すんじゃないわよ!」

「悪かったって!」

 

 お怒りな聖女を左腕だけで抱えながら、魔女から距離をとる。ライアーが頑なに片手剣しか用いないのは、こうしてカーリヤを運ぶ為だ。自分一人が生き残ったところで、彼女が死んでは意味が無いのだから。

 そうこうしている内に、魔女の足音が間近まで迫ってきていた。足の速さは向こうが上らしい。

 

「追いつかれるわ!」

「頼めるか?」

「誰に聞いてるの!」

 

 カーリヤが大胆に身を乗り出して狙撃銃を真後ろに向ける。彼女が落ちないよう、その身をしっかりと支えた。

 タン。見なくとも、魔女が転倒したことが分かる。腕の中に戻ったカーリヤが狙撃銃の遊底(ボルト)を引きながら大声で愚痴った。

 

「全然効いていないわね、どうしろっていうのよ!」

「やっぱり正面からやるしかないか。あぁ、やだやだ」

「少しはやる気出しなさいよ! 騎士(おとこ)でしょう!」

 

 耳元でキンキン響く声に苦笑しつつ、開けた場所で足を止める。腕から降りたカーリヤはすぐに離れ、木陰で体を伏せた。

 

「負けたら蹴るわよ!」

「勘弁してくれ」

 

 激励とも罵倒ともつかない言葉と共に、「線」を伝って彼女から流れる聖性が一気に勢いを増す。長年にわたって親しんだそれは、ライアーにとってもう一つの血流に等しい。四肢末端の指先に到るまで、体がカーリヤの聖性に満たされていく。

 

「負けねぇよ」

 

 死ぬのは真っ平御免だが、逃げるわけにもいかない。静かに肚をくくると、迫る魔女を睨みつけた。

 

 

 

 ライアーと魔女がみたび激突した。聖銀の剣と骨の拳がぶつかり合い、また繰り返される打ち合い。だが一つ異なるのは、ライアーが攻勢に出たということだ。

 

「らあぁっ!」

『なが――』

 

 ライアーの()()が、魔女の顔面に炸裂する。少女の顔そのもののそれを殴り飛ばすことに抵抗を覚えなくもないが、それで手加減するほどライアーも甘くはない。

 

『なんで!』

 

 人間ならば昏倒どころか頭が破裂する一撃を受けてなお、魔女はまるで怯まない。倒れそうな体勢から繰り出される蹴りは、明らかに人体の構造を無視している。こんな姿をしていようと、やはり人ではないのだ。

 骨の足甲で包まれた蹴りを剣で打ち払い、間髪入れずにその細い足首を掴み取った。ライアーの剣は攻撃には不向き、カーリヤの銃も通じない。だがライアーの真の武器は剣ではない。

 

「おおぉ、らあぁぁぁ――――っ!」

 

 裂帛の怒声と共に、体を包む聖性の光が増す。ライアーの精神に呼応したそれが体を駆け巡り、自身の聖性を激しく駆り立てる。鍛え抜いた筋肉が鎧の内側で膨張し、今にも弾け飛ばんばかりだ。

 そして、破壊が始まった。

 剣を鞘に納め、両手で魔女の足首を掴んで振り回す。風を切りながら体ごと回転し、遠心力を上乗せされた魔女の体を木に叩きつけた。ばきゃりと、魔女の頭蓋か木の幹が砕けた音が響く。だがまだ離さない。一度、二度、三度と叩きつけ、幹を叩き折られた木が倒れる音が響く前に次の木に叩きつける。

 ライアーの回転は止まらない。過酷な鍛錬と数多の戦いで培われた持久力(スタミナ)に聖性が上乗せされ、その勢いは増すばかりであった。極小の竜巻と化した騎士と魔女が、次々と木を叩き折り、岩を砕いていく。

 

「しゃあぁっ!」

 

 故に、その最後の投擲は空気の壁を突き破らんばかりの速度であった。その手が遂に離され、蓄積された力の全てを以て魔女を放り投げる。その先には、岩を剥き出しにした山肌。

 落雷の如き轟音。地震の如き揺れ。岩肌に人ひとり分の穴が開き、信じがたい亀裂が走る。

 がくりとライアーが膝をついた。然しもの頑強なライアーであってもこれ以上は動けず、だがまだ安心はできない。だがライアーは一人ではないのだ。

 

「カーリヤ――ッ!」

 

 朗々と響く声に応えるように、二つの何かが宙を舞う。その炸裂弾と焼夷弾は吸い込まれるように岩穴へと投げ入れられ、それを、夜に輝く碧眼が見据えていた。

 

「女神の導きのあらんことをっ!」

 

 カーリヤの狙撃銃が澄んだ音を響かせ、一瞬遅れて響いた爆音にかき消される。岩肌の内側で炸裂した炎と衝撃は小規模な土砂崩れを引き起こし、それにカーリヤが巻き込まれる前にライアーがその身をかっ攫った。

 

 

 

 夜明けを目前とした森の中で、朦々と土煙が立ち込める。

 聖女と騎士が油断なく見据えるその中に、もう動くものは何ひとつとして無かった。

 

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