魔女狩り聖女   作:甲乙

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ポエニスの聖女と騎士

「まさか、あの流れで断られるとは思わなかった」

本当(マジ)かお前、今度はいったい何やらかしたんだ、お前」

 

 旧聖都ポエニス。その北端に位置する教会の食堂で、レーベンは同僚と朝食の席を共にしていた。

 精悍な顔に好奇心と呆れを浮かべている茶髪の偉丈夫――ライアーは、レーベンの数少ない友人の一人でもある。何をやらかしたと、その友人に聞かれてレーベンは首を捻った。

 二日前、いつものように魔女狩りの依頼を受け、いつものように一人で現地の森に向かった。そしてまたいつものように一人で魔女を狩り、だが装備の殆どを失った上に負傷し、這う這うの体で岩陰で休んでいたところ、あの白髪の聖女が転がり込んできたのだった。

 同じ森で二体の魔女が同時出現。完全な偶然、そして悪夢だ。あの村も教会に依頼を出す前に聖都から来た騎士と聖女が幸運にも村に訪れた。結果として迅速に魔女狩りは成され、被害は最小限で済んだと言えるだろう。魔女二体など、場合によっては村ひとつ消えてもおかしくはなかったのだから。

 

「まったく心当たりが無いな。そもそも俺は彼女の前で果敢に魔女を狩ったはずだ」

「一応聞いておくけどな、ちゃんと服は着てたか?」

「下は履いていたとも」

 

 ライアーはパンを飲みこんだ後、深く溜息をついて椅子に(もた)れる。騎士らしく鍛えあげられた大柄な体が、丈夫なはずの椅子をギシギシと鳴らしていた。

 

「お前って、腕はまあまあの筈なのに、なんでこう、その……馬鹿なんだろうな」

「半裸か。半裸なのが駄目だったのか」

「当たり前だろ」

 

 本来、聖銀で造られた武器と鎧は聖女の聖性を流すことで修復される。肉体の傷も同様だ。それによって、騎士は体の負傷も武具の損傷も気にせず戦い続けることができる。だがレーベンに聖女はおらず、魔女狩りの後は常に傷だらけであった。しかも半裸だ。

 

「貴公は良いな。傷も治る、武器も直る、半裸にもならん。聖女さまさまだ羨ましい」

「まあ助かってはいるけどよ、でもあのじゃじゃ馬と四六時中いっしょにいるってのはなかなか……」

「誰が、じゃじゃ馬ですって?」

 

 カツン、と靴の高い踵が鳴らす音に顔を向けると、長身の女がレーベン達を見下ろしていた。

 波打つ金髪に切れ長の碧眼。濃い化粧と、それを活かせるだけの美貌を持った派手な女であった。灰色の装束は彼女もまた聖女の一人であることを示しているが、際どい位置に入れられた切れ込みと大量の装飾品によって、もはや娼婦のドレスのような有様である。

 

「カーリヤ、お前またそんな恰好で……」

 

 派手な聖女――カーリヤの姿を見たライアーが頭痛を堪えるように眉間を押さえる。この男、軽薄そうに見えて案外堅いところもあるのだ。己の騎士のそんな姿を見ても、カーリヤは気にした様子もなく椅子に腰かける。長いスカートの切れ込みから覗く長い脚を悠然と組むと、近くの席に座る少年のような騎士が顔を赤くしていた。気持ちは分かるのだが、隣にいる少女のような聖女が表情を険しくしていることにも気付いた方が良いのではないだろうか。

 

「で? レイがまた振られたの?」

 

 どこから話を聞いていたのか、意地の悪そうな笑みを浮かべたカーリヤが身を乗り出してくる。美貌と同じぐらいに存在を主張してくる胸の膨らみを眺めつつ、レーベンは昨夜のことをもう一度話した。

 

「まったく心当たりが無いな。俺は常に騎士らしく振舞っていたはずだ」

「女の胸をじろじろ見ながら話す騎士とか、世も末ね」

 

 ひどい暴論であるとレーベンは内心で憤慨した。見せておいて見るなと言うのか。なんだその胸元を晒す装束は。谷間に金貨でも挟めば良いのか。銀貨でも良いだろうか。抗議の意味も込めて更に凝視していると、ライアーに襟首を掴まれたカーリヤが遠ざかり、椅子に座り直した。

 

「ま、聖女には潔癖も多いから。聖都から来たっていうのなら尚更でしょ」

 

 潔癖とも清貧とも程遠そうな聖女が、そんなことを(のたま)いながら少年のような騎士に片目を瞑ってみせる。頭を撃ち抜かれたように固まった少年を、同じぐらいに顔を赤くした少女が引きずってどこかへと消えていった。彼はどうなってしまうのだろうか。

 だがなるほど。ほんのわずかなやり取りでも、あの白髪の聖女はひどく潔癖であるように見えた。無意識に無遠慮な視線でも送っていたのかもしれない。大いに反省すべき点であったが、ひとつ腑に落ちないこともある。

 

「だが、あの聖女の胸は小さかったぞ」

「……あんたって、本当に、なんでこう……馬鹿なのかしらね」

 

 先程のライアーと似たようなことを言う。本物の聖女と騎士とは考えまで似るものなのだろうか。

 

 

 

「おい、騎士長だ」

 

 ライアーが小声をもらし、居住まいを正す。他の聖女と騎士たちも、カーリヤでさえ表情に緊張を走らせ、食堂内の空気がぴんと張り詰めた。

 食堂の入り口をくぐってきたのは、見上げるような巨躯を持つ禿頭(とくとう)の男だった。それでいて殆ど足音も立てないまま食堂の中央まで歩みを進めた後、(いわお)のような強面で皆を睥睨する。

 ヴュルガ騎士長。このポエニス教会を統括する、歴戦の騎士である。

 

「おはよう。諸君」

 

 騎士長の挨拶に、食堂中の騎士と聖女から「おはようございます」の合唱が響いた。レーベンも一応それに倣っておく。だが当の騎士長はといえば最初から笑顔の影すら見せない。先の挨拶にもまるで感情はこもっていないように聞こえた。淡々と、そのまま本題に入る。

 

「聖都からの増員だ」

 

 騎士長の巨大な影に隠れるようにしていた細い影がその姿を現す。レーベンは灰色の目を見開いた。

 ほっそりとした痩身。白い顔。白い髪。伏せられていた瞳の色は、黒。

 

「……シスネレインと申します。聖都から参りました。よろしくお願いします」

 

 淀みなく、最低限の挨拶と共に細い腰を折る白髪の聖女――シスネレイン。見間違えもしない。あの夜に出会った、あの聖女だった。

 

「不明な点があれば他の者に聞くように。皆も教えてやれ。以上だ」

 

 伝えることのみを伝えて、騎士長はさっさと退室してしまう。入室から一分と経ってはいない。ただ、食堂の中央に佇む聖女と沈黙だけが残された。誰も言葉を発せずにいるとシスネレインも歩き出し、食堂の端に置かれた盆を手にする。パンとスープ、ただそれだけを乗せると隅の席にひとり座った。食事を始めるのかと思えば、両手を組んで目を伏せる。食前の祈りだろうか。

 やがて食堂内からひそひそと小声が聞こえはじめる。「二組じゃなかったのか」「ここに来る途中で」「騎士はどうした」そんな言葉が目立った。不躾といえば不躾だが、もっともな疑問でもある。聖女と騎士は常に一対の存在なのだから。

 レーベンとて教会では浮いた存在である。聖女と共にあることもなく、常に独りで魔女狩りを行う変わり者。十六歳で騎士となってから五年、ずっとそうして生きてきた。

 故に、そんなレーベンがあの聖女に近づこうとするのは必然であった。

 食べかけの朝食を盆に乗せ、静かに席を立つ。魔女の背後に忍び寄る時の要領で、足音を立てず、だが素早くシスネレインの座る机に向かった。レーベンの隠密は功を奏し、彼女は向かいの席に座る男の存在には未だ気付いていない。省略することもなく律儀に食前の祈りを呟いている。そして祈りが終わり、シスネレインが目を開けた時。

 

「っ!?」

 

 ガタッ、と。危うく椅子ごと倒れそうなほど仰け反った。見開かれた黒い瞳が自分に向いているのを見て、奇襲もとい悪戯を成功させたレーベンは内心で喝采をあげた。

 

「貴公、また会ったな」

 

 何事もなかったようにパンをちぎりながら言う。精いっぱい笑顔を見せたつもりだが、日頃カーリヤからは「顔の筋肉が死んでいるのかしら」と称される無表情のせいで、笑っているようには見えなかったかもしれない。

 対してシスネレインは怪訝そうに目を細め、何か思い出したように目をかすかに見開き、そして心なしか温度の下がった目でレーベンを見た。

 

「……その節は、どうもお世話になりました」

 

 まるで感情のこもっていない言葉だった。形式的な謝意と共に形式的に頭を下げ、それで話は終わりだとばかりに食事を始める。もうレーベンには目もくれないが、この程度で諦めていては騎士など続けていられない。

 

「俺はレーベンという」

「そうですか」

「貴公はシスネレイン」

「そうですが」

「長いからシスと呼んでも良いだろうか」

「お断りします」

 

 隙が無い。元より、レーベンも口が上手い方ではない。むしろ精いっぱい話した後も何故かひどい誤解をされていることの方が多いのだ。ひどい話である。

 

「ではシスネレと」

「お断りします」

「間をとって、シスネではどうか」

「……」

 

 ついに返事すら無くなった。だが断られないということは、そう呼ぶことを許されたということではないだろうか? レーベンは前向きに、そう考えた。

 

「よろしく、シスネ」

 

 机ごしに手を差し出すと、すこし間があいてからシスネも手を出し、軽く触れるだけの握手をかわす。仮にも同じ釜の飯を食う仲間であり、あまり無下にしても礼を失するとでも考えたのだろう。計画通りであった。華奢な手の感触にレーベンは内心で両手を振り上げて歓声をあげていたが、ライアーからは「薬のやりすぎで顔の筋肉が麻痺したんじゃないのか」と称される無表情のせいで、お互いに素っ気ない挨拶を交わしたようにしか見えなかっただろう。

 ……シスネが机の下で手を拭うような動きをしたのが見えたが、気のせいだと思うことにした。

 

 

 

「いや、すまんな、うちの馬鹿が迷惑をかけて」

「紹介しよう、シスネだ」

「なんであんたが紹介するのよ」

 

 食事を終えたらしいライアーとカーリヤが、空の食器を乗せた盆を手に話しかけてきた。ちなみに食器は二人分をライアーが運んでいるのでカーリヤは手ぶらである。「ジャムぐらいつけたら?」と共用のジャムが詰められた小瓶をシスネの前に置くと、「……ありがとうございます」と平坦な声が返ってきていた。

 

「私はカーリヤ。こいつは私の騎士のライアー。そしてこの馬鹿がレイよ」

「騎士のライアーだ。よろしく頼む」

「馬鹿のレーベンだ。よろしく頼む」

「せめて否定して」

 

 道化じみたやり取りを目にしてもシスネに笑みはなく、気のない相槌をたまに打つのみであった。ただ、際どい位置をやたらと露出させたカーリヤの改造装束を見る目は明らかに冷たい。対して装束をきっちりと着こみ化粧気もないシスネは、清貧を体現した模範的な聖女に見えた。

 ただ一点を除いて。

 

「それで、貴公に騎士はいないのか?」

 

 カチャリ、と。シスネの持つ(スプーン)が皿に当たる音が、やけに響いた。ライアーとカーリヤの顔が強張り、聞き耳をたてていたのだろう周囲の聖女と騎士たちも動きを止める。レーベンにとっては何をおいても聞かなければならないことであったが、まずかったのだろうか。レーベンは口が上手い方ではないのだ。カーリヤのようにはいかない。

 

「いないのであれば、俺を貴公の――」

「お断りします」

 

 盆を手に、シスネが席を立つ。カーリヤ達に軽く頭を下げてからその場を後にし、それを目で追っていたレーベンの灰色の目と、黒い瞳が交わる。どこまでも冷たい目であった。

 食堂を出ていく華奢な背を見送ったところで、二人分の溜息が聞こえてくる。見れば、二人の友人がまったく同じ姿勢で額に手をやっていた。仲が良くて羨ましい。

 

「お前なあ……見たか? あの目」

 

 ライアーが「おお怖い怖い」と自分の肩を撫でている。カーリヤは腕を組みながら(カラス)の死骸でも見るような目でレーベンを見下ろしていた。ただでさえ目に毒な胸元が更に強調されて、レーベンとしては目が離せない。

 

「好意の反対は、無関心というだろう」

「そうね」

「ならば、嫌われたとしても一歩前進だとは思わないか」

 

 盆で頭を叩かれる音が食堂に響いた。

 

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