魔女狩り聖女   作:甲乙

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二人でかたる

「じゃあな、先に帰るわ……」

「気を付けたまえよ」

「お互いにな……」

 

 酒宴が始まって何時間経ったのか。夜も更け、周囲の客もまばらになり、遂にカーリヤが動かなくなってから、疲れ切った顔のライアーが席を立った。二人分の支払いを済ませ、カーリヤを横抱きにふらふら歩いていく大きな背中を見送る。もっとも、結局は安酒をごく少量飲んだだけの彼が酔っているはずもなく、ただ単に飲み過ぎた聖女が重いだけだろう。無事に帰れると良いのだが。

 

「貴公は大丈夫か、まだ飲むのか」

 

 もう一人の聖女は未だグラスを片手に芋の揚げ物を齧っている。ちらと黒い瞳がレーベンを一瞥し、グラスの残りを呷った。

 

「ご心配なく。自分の限界ぐらい分かっていますから」

「そ、そうか」

 

 咀嚼しながら口を開くような真似こそしなかったが、指先に付いた塩を行儀悪く舐めているあたり完全な素面とも言い難い。だが酒の進みは目に見えて落ちており、酒に弱いなりに自身の許容量は弁えているのだろう。……いっそ酔い潰れてくれた方が楽だったかもしれないが。

 

「……結局、水だけですか」

 

 水差しとグラスしか置かれていないレーベンの手元をシスネが見やる。この数時間、レーベンはただ延々と水を飲み続けていたのだ。

 

「飲めないからな」

「何か食べれば良いのに」

「金が無いからな」

「あげませんよ?」

「いらないが?」

 

 シスネが残りの芋揚げを遠ざけるが、レーベンも物乞いのような真似までするつもりはない。自分で飲み食いした分は自分で支払う、そういう取り決めの元でこの酒宴は開かれたのだ。カーリヤなどいったい何枚の銀貨、いや金貨が飛んでいったというのか。結局はカーリヤの懐から抜き出した財布の中身だけでは足りず、ライアーが青い顔をしながら残りを支払っていた。相変わらず不憫な男である。

 そして元より素寒貧(すかんぴん)のレーベンは事前に教会の食堂で食事は済ませていたのだ。カーリヤとの酒宴が長引くことは嫌というほど知っていたのだから、当然の策である。

 

「お金が無いって……あなた報酬はどうしたのですか」

 

 カクトでの魔女狩りの報酬は既にレーベンも受け取っている。加えて、あの森で魔女を討伐したことも認められ、追加の収入まで得られたのだ。それこそ一晩飲み明かしても釣りが出るような額であり、そんな大金をもう使い切ったのかと、シスネの瞳に険が増す。

 

「医療棟からこそこそ抜け出していたのは、そういうことですか……本当に穢い人」

「誤解があるようだが、(やま)しいことには使っていないぞ」

「ふーん……」

 

 トントンと白い指が苛立たしげに机を叩く。黒い瞳が白状しろとレーベンを睨んでいた。おおかた賭場か娼館にでも行っていたと疑われているのだろうが、女神に誓ってそうではない。レーベンが行っていたのは技術棟である。

 今回初の実戦となった機械剣の修理と整備の為だ。あれほど複雑怪奇な武器を手入れできるのは製作者であるアルバット以外におらず、当然それは無償ではない。金銭に加えて、使用感や問題点などの情報も提供し、それを元に更なる改良を加えた上でレーベンの手に戻る予定だ。

 それを説明するも、シスネの瞳は未だレーベンを睨んで放さない。

 

「あんな非常識な武器を作る技術者です、あまり良い付き合いとは思えませんね」

「まあ、変わり者ではあるな。だが腕だけは確かだぞ」

「そういう問題ではありません」

 

 彼女は機械剣だけでなく、過剰に強力な薬物をレーベンに持たせていたことも気に入らないようだった。たしかに強化剤も再生剤も元から劇薬に近い代物であり、それを更に濃縮させたあれはもう毒薬と変わらない。あれもまたレーベンの所感を元に改良するそうだが、アルバットはいったい何を目指しているのだろうか? どうせ碌なものではなさそうだが。

 今も薬には用法と用量が云々と語っているシスネは、やたらと薬に厳しい。レーベンの腕を治療した技術といい、本格的な医療道具といい、彼女には医療の心得でもあるのかもしれない。

 

「――ですから、医療者の方が出歩くなと言ったのなら……ちょっと、聞いているのですか!」

「いや、抜け出していたのは貴公も同じだろうに」

 

 ぐう、とシスネが口を噤んだ。

 

「見ていたのですか……」

「見ていたとも」

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 誰に謝罪しているのだろうか。特に聞いてもいないのにシスネが語ることには、ユアンたち父娘に会いに行っていたのだという。

 判決が出てすぐに開放されたミラと共に、聖都の近くにある監獄まで護送されるユアンを見送ったらしい。散々に泣きはらした二人の目にもう涙は無く、ただ憑き物が落ちたかのように晴れやかで、寂しい顔だったとシスネは語った。

 

「“今度会う時はミルスと同じぐらいだな”と、そう言っていました」

「そう、か」

 

 最長で十二年。短く見積もっても十年弱。今まで共に生きてきた月日よりも長い年月を、これからあの父娘は別々に生きることを強いられるのだ。

 ユアンは監獄へ。そこが過ごしやすい場所であろうはずもなく、彼には厳しい労役が待っている。あの哀れな男が、いったい何をしたというのか。

 ミラは孤児院へ。レーベンも過ごしたあの場所は教会の管轄であり、聖女と騎士の素質を持つ者を養成する場も兼ねている。彼女には職員による厳しい教育が待っており、教会を恨んでいるであろうミラが馴染めるとは思えない。あの哀れな少女が、いったい何をしたというのか。

「これで良かったのか」と、「もっと上手くできなかったのか」と、シスネは悔やんだ。ならば、レーベンは?

 結局、レーベンはあの家族に何が出来たのだろうか。

 偶然あの幽霊のような何かに遭遇し、森の中でひっそり生きていた父娘を暴いた。洞窟に閉じ込められていたミルスが暴れ出したのもレーベンが原因だったのかもしれない。ユアンを見捨てようとし、ミルスを守ろうとする二人に刃と殺意を向け、それでも魔女は狩れず、最後はミラをも殺そうとしたのだ、この自分は。

 何が出来た?

 ミルスを救ったのはライアーとカーリヤと、そしてユアンだ。ミラを助けたのはシスネだ。

 レーベンにはいったい、何が出来た?

 

「何も、出来なかったな」

 

 英雄になりたいなどとは思っていない。思ったこともない。己は他者よりも劣った存在であるという実感はずっと昔からレーベンについて回り、そしてそれはいつも事実だった。

 聖女なき騎士。それはシスネという仮初めの聖女を得た後も変わらず、本物の騎士であるライアーの足元にも及ばない。

 対して、シスネの活躍のなんと素晴らしいことか。聖性は自身には使えず、つまりは何の力にも頼らずに女の身で魔女に立ち向かう。的を外さない銃の腕も、戦い以外の様々な技術もレーベンには無い。そして、今まさに魔女と化そうとしていた少女(ミラ)を助け出したあの光景は、きっと生涯忘れることはないだろう。

 不相応なのだ、結局は。

 シスネは異端でありながら、聖女以上に聖女らしい。騎士もいないというのに、いや元から騎士など必要ないのかもしれない。

 最初から彼女はそう言っていたではないか。レーベンと契りを交わす気はないと。

 そう、レーベンなど、誰からも必要とは――。

 

 

 ドン、と。グラスが机に叩きつけられた。

 

 

「……貴公?」

 

 憂鬱な考えに耽っていたレーベンは、突然響いた音に顔を隣に向ける。

 そこには当然シスネがおり、彼女は店員に何か注文をしてから再びこちらを見た。黒い瞳はいつも以上に厳しい光でレーベンを見据え、酔いなど微塵も感じさせない声でシスネが口を開く。

 

「何度も言いますが、私はあなたが嫌いです」

「そうだろうな」

 

 心でも読まれていたのだろうか。ついさっきまで自嘲に沈んでいたレーベンに、その言葉はよく響いた。

 慈悲深く、優秀で、高潔な彼女には、レーベンなどさぞ穢らしい存在に見えることだろう。よく言われているではないか。「穢い人」だと。

 

「契りだって、あなたとは絶対に交わしません」

「当然だな」

 

 彼女にはレーベンなど必要ない。何の役にも立たないのだから当然だ。むしろ傍にいない方が良いのだろう。きっと。

 

「あなたのやり方だとか、考え方だとか、言い方だとか、いちいち癇に障ります」

「そろそろ勘弁してくれないか」

 

 時折、彼女はレーベンに感情(こころ)が無いとでも思っているのではないかと考えることがある。こんな己でも、罵られれば人並に傷つくのだ。おそらくは。

 いっそこの場で酒をかっくらい、薬の副作用で昏倒してやろうか。慈悲深い聖女様が介抱してくれるかもしれないし、捨て置かれて死ぬかもしれない。レーベンとしてはもう、どちらでも構わない。

 そんな、自棄と嫉妬が入り混じった、荒んだ考えが頭を過った時だった。

 

 

「それでも、私はあなたにお礼が言いたいのです」

 

 

「……は?」と、無意識に声が漏れる。ほぼ同時に、店員がレーベンの前に何かを置いた。

 

「何だこれ」

「焼き菓子ですが」

 

 聞きたいのはそれではない。

 皿に目を落とすと、特に高級そうでもない焼き菓子が鎮座している。このような店でもこのような甘味が置いてあるのだなと、素朴な発見ではあった。

 

「持ち合わせが無いんだが」

「ツケておきましょう」

 

 奢りではなく、礼とやらの品でもなかった。ならば尚のこと、彼女の行動の意味が分からない。

 

「覚えていますか、私がミラに何を聞いたのか」

 

 焼き菓子から目を上げて隣を見る。思いのほか近い位置に黒い瞳があったが、視線の強さに仰け反ることもできなかった。

 あの時の、彼女の問い。当然覚えている。あの光景そのものが、レーベンには決して忘れられない物なのだから。

 

「……“ミラは何がしたい”」

「その答えが、これです」

 

 シスネが語る。二人でユアンを見送り、職員に連れられて孤児院に向かうミラを見送る際、そう言ったのだと。

 

 

 

『あんなにおいしいお菓子、はじめて食べた』

『また食べたい。もっと食べたい』

『あの時そう思ったら、心がすこしだけ、あたたかくなった』

『お母さんとお姉ちゃんとは、もう食べられないけど』

『またお父さんと会えたら、いっしょに食べたい』

『だから、わたし、がんばるよ』

 

 

 

 言われて思い出した。

 あの夜、たしかミラ達の小屋に着いた時、シスネが彼女に焼き菓子を持たせたのだ。二年もの間を森の奥で質素な生活を続けていた少女には、何の変哲もない焼き菓子であってもこの上ない御馳走だったのだろうか。それこそ、魔女化に抗うほどの鮮烈な記憶として刻まれるような。

 

「そうか……すごいな、貴公は」

 

 これもまたシスネの功績だ。勿論、シスネとて予想した上での行動ではなく単なる偶然だったのだろう。単なる、子供に対する彼女の優しさ故の行動。だが結果として、それが魔女になり果てようとしていた一人の少女を人に繋ぎ留める(くさび)となったのだ。

 まるで英雄譚そのものだ。運命に愛されているとでも言うのだろうか、この聖女は。

 だがその聖女は、「何を言っているのだ」とでも言わんばかりに胡乱な視線を向けてくる。

 

「何を言っているのですか、あなたは」

 

 本当に言われた。言われて、彼女の白い指がレーベンの胸を強く突く。

 

「あなたの、おかげでしょう」

「……?」

 

 ?

 どういう、ことなのだろうか。本当に意味が分からない。

 もしや、彼女もこう見えて実は酔っているのではないか。そんな疑念まで感じ始めた頃、シスネの口から盛大な溜息が漏れる。

「ぜんぶ言わないと分からないの……?」と心底呆れたような独り言まで聞こえた。馬鹿で誠に申し訳ない。

 

「あの焼き菓子を私にくれたのは、あなたでしょう?」

「あなたがあれを買ってきてくれたから、ミラは魔女にならなかったのです」

「だから、あなたのおかげなのですよ! ミラが助かったのは!」

 

「――――」

 

 言われて思い出した。

 そう、あれはカクトでの魔女狩り、その一日目のこと。酒場に食料を調達しに行った際、ついでに果実酒と、そしてあの焼き菓子を買ったのだ。

 何も考えてはいなかった。ただ、仕事をやりやすいように店主からの心証を良くしておこうと、ただそれだけの理由で買った。教会に戻り、袋ごとシスネに渡した時にはもう焼き菓子のことなど忘れていた。

 偶然。単なる偶然だ。だが結果として、それが魔女になり果てようとしていた一人の少女を――。

 

 否、そうではない。

 

 シスネの理屈はおかしい。そもそも焼き菓子などただの切っ掛けに過ぎず、ミラが魔女化に抗ったのは(ひとえ)にあの少女の生への執着だ。食べたいと、生きたいという意思こそが、ミラを人へと繋ぎ留めたのだ。

 そしてその意思を呼び覚ましたのはシスネの言葉だ。我が身も顧みない決死の呼びかけこそが、ミラを目覚めさせたのだ。

 それらを無視してレーベンに華を持たせるのはおかしい。その理屈が通るなら、レーベンに菓子を売ったカクトの店主も、レーベン達を派遣した騎士長も、ポエニスに依頼を出した町長も、町長に指示していたマンダルとアナも……と、その功績は無限に広がってしまう。延々と続く因果の鎖、その一つにレーベンの名前が偶然にも刻まれていたに過ぎないのだ。

 故に、これは。

 じっと、シスネの瞳を見返す。彼女の黒い瞳には、黒髪の、灰色の目をした、見飽きた男の顔が映っていた。そう分かる程じっと凝視しているというのに「見るな」とも言われない。

 

 要するに、彼女はレーベンを元気づけようとしているのだ。

 

 何も出来なかったと、そういじけている情けない騎士擬きに。お前でも欠片ほどは役に立ったのだから元気を出せと、そう言っているのだ。その為だけにこんな回りくどい真似をしたのだ、この聖女は。

 なんという――。

 

「……何を笑っているのですか」

「笑っているのか、俺は?」

「ええ、ニヤニヤと。本当に穢らしい笑い方ですね」

 

 彼女にはそう見えるらしい。誰にも、己ですら読み取れないレーベンの表情を、彼女は何故こうも容易く見抜いてしまうのか。彼女に言わせれば、「どう見ても笑っている」そうだが。

 シスネが顔を逸らし、不機嫌そうに頬杖をつきながら不機嫌そうに口を開いた。

 

「そろそろ出ましょう。さっさと食べてください」

「食べるのが勿体ないな。このまま箱にでも仕舞うか」

 

 半ば本気で言っていると、溜息をついたシスネにフォークを奪い取られる。それを焼き菓子に突き刺し、そして……。

 

「ふんっ!」

「あがぁ――っ!?」

 

 あろうことか、そのままレーベンの口に丸ごと突っ込んできた。魔女に短剣を突き刺す時とまるで同じ勢いである。フォークが喉に刺さらなかったのは奇跡だ。

 聖女の見せた突然の暴挙と、口内を埋め尽くす甘そうな食感に目を白黒させていると、当のシスネは腹を抱えて笑っていた。

 彼女はいつも笑う時に口許を隠す。今回も例外ではなく、細い指から垣間見える唇は悪戯小僧のようにひん曲げられていた。隠されていない目は細く閉じられ、眦からは涙すら光っている。

 

「――ふ、っくく、さっさと食べないからですよっ、いい気味です」

「あ~ん、なんてしてもらえるとでも思いましたか?」

「残念でしたね、私はあなたが思っているような女ではないのですよ」

 

 この聖女(おんな)……。

 いっそ報復覚悟で脇腹を揉んでやろうか。冗談抜きで刺されるかもしれないが、それで死ぬならまあ、それも悪くない。そんな気分だった。

 そんな気分で、口の中の焼き菓子をようやく全て飲み込んだ時だった。

 

「……? ……なあ、おい貴公……?」

「あっは、ふ、ふっ……はい?」

「これ、まさか……酒、はいって」

「…………え゛」

 

 口内の柔らかな食感、それに混じるわずかな酒精。水しか飲んでいなかったはずの体が、じわじわと何かに侵されていくのを感じる。体内に残った薬と反応したのだ。

 はっとした顔のシスネが品書きを手に取り、更に顔を青くした。そこには「蒸留酒入り」と、確かにそう書かれている。

 

「お、う……え、」

「ご、ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! 私そんなつもりじゃ……! み、水を、そうじゃなくてっ、は、吐いてください! 吐いて!」

「ぐ……ふ、へ……」

「なに笑ってるんですか!? あぁもう……! 誰か、誰かぁ!」

 

 頭がぐらぐらと回り、暑苦しさと寒さを同時に感じる。だというのに彼女の取り乱した様子がひどく面白くて。してやったりだと、いい気味だと、そんな気分だった。

 

「寝ないで! ちゃんと吐かないと! ちょっと聞いてるんですか! レ――――」

 

 狭い視界を埋め尽くすシスネの慌て顔を見ながら、悪くない気分でレーベンは意識を手放した。

 

 

 ※

 

 

 珍しく、レーベンは夢を見ていた。

 ある一人の男の夢だ。平凡な村に生まれた、平凡な男の物語(ゆめ)

 平凡に生まれ、平凡に成長し、平凡に働き、平凡に恋をし、同じく平凡な女と結ばれる。

 だがその平凡な女は、男にとって誰よりも美しい妻であり、彼女の間に授かった娘たちは――。

 

 聞き覚えのある話だった。あの平凡で哀れな父親(ユアン)と、まるで同じ物語。

 ひとつだけ異なるのは、この男には何ひとつとして残らなかったということ。

 妻は魔女となって殺され、二人の幼い娘たちも連れ攫われ――「予防」されてしまった。

 

 男は変わった。

 あれほど己を苦しめた「予防」を、今度は男が別の女たちに施した。

 女が魔女となれば、それに立ち向かった。碌な武器も持たず、我が身も顧みず魔女を狩った。

 右目と左腕を失くそうと、止まることはなかった。

 

 男は騎士となった。

 だが男にとって聖女とは、ただ魔女狩りの道具でしかなかった。

 どの聖女の聖性とも相性は悪く、力もほとんど増さなかった。

 そんな男だから、聖女も皆去っていった。

 それでも構わなかった。男は聖女など愛さなかった。

 男が本当に愛した者たちは、もうどこにもいないのだから。

 

 男は魔女を狩った。

 相手を選ばず、手段も選ばず、ただひたすらに魔女を狩り続けた。

 誰にも称えられず、誰にも理解はされなかった。

 最弱の騎士であると罵られ、最悪の騎士であると蔑まれ、それでも男は止まらなかった。

 

 男は死んだ。

 無残で哀れな最期だった。

 聖女と騎士の物語は、いつだって悲劇で終わるのだから。

 

 男は何を成せたのだろう。何を遺せたのだろう。何が出来たのだろう。

 ひとつだけある。ひとつだけしか。

 それは、魔女を狩ったこと。

 最弱で最悪の騎士は、だが誰よりも多くの魔女を狩ったのだ。

 あの大騎士(コルネイユ)よりも、あの女騎士(ヴァローナ)よりも、誰よりも。

 聖女の助けも碌に無かった。時には聖女すらいなかった。

 それでも男は魔女に立ち向かい、己の体と知恵と、その意思のみを以て魔女を狩り続けたのだ。

 それだけが、男が成せたこと。

 

 

 レーベンは思い出した。

 その男の名は、ジャック。

 悪騎士ジャック・ドゥ。

 それは、レーベンという名の少年が、唯ひとり憧れを抱いた騎士の名だ。

 

 

 ◆

 

 

 目が覚めて最初に見たのは、自室よりも見慣れた医療棟の天井だった。

 隣の寝台には青い顔のカーリヤ。その傍らに、やつれた顔のライアー。

 己の寝台の傍らでは、何故かシスネが床に正座していた。

 

「なんだこれ」

 

 あまりにひどい状況に、今見た夢の中身は忘れてしまった。

 とても長くて短い、哀しい夢だった気がした。

 

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