魔女の出没数の異様な減少。
これはカエルム教国に魔女禍が蔓延して以来の異常事態であり、本来は歓迎すべき事象であるにも関わらず、教国の民は皆が不安を感じていただろう。いてもいなくても厄介なものなのだ、魔女というものは。
もちろん教会も手をこまねいていた訳ではない。聖都では教皇と聖女長も交えた大がかりな会議が開かれたらしく、ポエニスからもヴュルガ騎士長と数名の上位職員が参加していた。そしてその数日後、帰還した騎士長から下された命令が――。
「魔女の捜索、か」
慣れない仕事の内容にレーベンは独りごちた。今までも魔女を捜したことがないわけではない。カクトでも、なかなか姿を見せない魔女を捜して廃坑を歩き回ったのだ。だがそれも魔女が複数人から目撃された上でのこと。近くにいるという確信があった上での索敵だった。
だが今回は違う。目撃されたという情報も何の手がかりも無いままで魔女を捜しに行くのだ。当然、捜索を行うのはレーベンだけではない。ポエニスの聖女と騎士の半数以上が参加する大がかりな作戦となり、現に他の聖女と騎士たちも慌ただしく動き回っていた。
「片手剣を二本と、あと両手剣。短剣も二本。――捜索と言われてもな、どうしろと言うんだ」
「短銃を二丁、それと長銃を……長銃も二丁で。――捜すしかないでしょう。地道に」
普段は人気のない教会の地下倉庫も今はそれなりににぎやかだ。大仕事に備えて武器を新調している騎士や、普段は使わないのであろう炸裂弾をおっかなびっくり手に取っている聖女の姿がちらほらと見受けられる。それらに対応する為の職員たちも増員され、彼らも慣れない作業に苦戦しているようだった。もっとも、レーベン達に対応しているのは例の倉庫番であり、相変わらずのうんざり顔で大量の武器を机に並べている。
「手斧も。あと盾はあるか。――ひたすらの人海戦術とは。手詰まりということか」
「短剣を三本。それと弾薬を。――他に案がお有りなら、騎士長に進言しては如何ですか」
必要最低限の人数のみを残し、あとの聖女と騎士たちを各地に分散して派遣。あとは各々が周囲を捜索するという、人数に任せた単純な作戦だ。それが好手なのか悪手なのかは賢いわけでもないレーベンには分からず、より良い手段も浮かびはしない。結局は教会の上層部に従うほかなく、それに不満もないのだが。
「あと、薬――」
「用量に従ってお願いしますね」
ずいとシスネが机に手を乗せながら身を乗り出し、顔を近付けられた職員が慌てふためいて奥へと駆け出す。哀れな男だ。羨ましいが。
やがて戻ってきた彼から心許ない量の薬を受け取り、鞄に詰めようとする前にその鞄をシスネにひったくられる。何の変哲もない鞄の中を覗き込み、逆さまにして振るも何も出てきはしない。
「隠し持っていませんよね?」
「確かめるか?」
冗談のつもりで両手を広げて見せると、シスネは僅かな逡巡の後で本当にレーベンの懐に手を突っ込んできた。突然の奇行に固まりながら、レーベンと同じく固まっている職員を横目に見る。
「……他意はありませんから」
「お、おう」
肌に近い部分を
「技術棟にも行く気ですか」
「あ、あぁ」
機械剣はアルバットに預けたままであり、当然それも取りに行かなければならない。薬もこれだけでは足りないが、またあの強力すぎる薬を使うかどうかは悩むところだ。使ってしまえばまたこの聖女の逆鱗に触れることは明白であり、だがレーベンの魔女狩りには必要な物なのだから。
「では行きましょう」
だがシスネはついてくる気らしい。更には「先に行け」と視線で促してくる。どうあっても「用法と用量」を守らせるつもりであり、そしてレーベンのことも信用してはいないのだろう。実際、己には彼女の目を盗んで薬を持ち出したという前科があるのだから仕方のないことだが。
目が合った倉庫番はいつものうんざり顔で、だが同情したような視線を向けてくる。そんな彼と聖女の視線に刺されながら、レーベンはそそくさと出口の階段へと向かった。
◆
「改良点としては、炎の噴出孔の角度を調整したよ。あと護拳も追加しておいたから、手の火傷も多少は軽減されるんじゃないかね」
技術棟の地下室、その工房は相も変わらず物に溢れていた。来る度に散乱した物とその配置まで変わっており、さながら御伽噺の中に出てくる生きた
「火傷をしないように調整してくれないか。火力を加減するとか」
「イヤだねぇ、使い手に
「使い手のことを考えない道具がありますか」
ある意味では予想通りの、怪しげな男――アルバットの言葉に苦笑していると、予想に反してシスネが口を挟んできた。レーベンが部屋の隅に目を向け、アルバットもその機械仕掛けの眼を向ける。チュイィと奇怪な音が鳴った。
「……おや、誰かね君は」
シスネが部屋にいたことに、さも今気が付いたかのようにアルバットが髭に覆われた口を開く。この男のことだから本当に気付かなかったのかもしれないが、どこかその口調は不機嫌そうに聞こえた。
対して、シスネもまた不機嫌そうに腕を組んでアルバットを見据えている。どうもこの二人、相性はあまり良くなさそうだ。さっさと用事を済ませて退散するべきかと考えるレーベンをよそに、シスネが棘のある口調で続ける。
「その剣は強力すぎます。しかも試し使いもしないまま渡すとは、非常識ではないですか」
「過保護だねぇ。そんなに騎士が心配なら、ご自慢の聖性で癒してあげればいいじゃあないか」
ぎり、とシスネが歯噛みした音が聞こえた気がした。それ程に彼女は表情を歪めており、アルバットの言葉が癇に障ったらしい。アルバットもまた、彼女がレーベンに聖性を使うことを拒んでいることを知っているのかもしれない。その上で挑発したのだ。
「……使い手に負傷を強いるとは。彼を実験動物か何かだとでも思っているのですか」
チュイィとアルバットの眼がレーベンを見る。レーベンも灰色の目でそれを見返した。
シスネの言葉は当たりなのだ。レーベンは実験動物の代わりとなり、アルバットは格安で武器を提供する。双方の利害が一致したこの関係を、レーベンはライアーとカーリヤにさえ話してはいない。シスネも当然、知るわけがない。
口止めしようとまでは思わないが、もし彼女に知られればひどく面倒なことになりそうな予感はあった。だが気を使ったのかそうでないのか、アルバットは話を逸らす。
「人を外道技術者のように言わないでくれたまえ。だいたい、君の
「……えっ」
シスネが黒い瞳を丸くして、その左脇に納められた大型の短銃に触れる。
レーベンもまた意外なその事実に、シスネの大短銃に目をやった。魔女の躰も容易に貫通する過剰な威力からも特注品だろうと思ってはいたが、まさかアルバットが製作者だったとは。
自分の作品について語れるのが嬉しいのか、途端に饒舌になったアルバットが口を開く。
「何年前だったかなぁ、聖都の騎士に頼まれたのさ。名前はたしか、レ……レーベン?」
「それは俺だが」
「――
薄暗い部屋に響いたシスネの声にレーベンは既視感を覚えた。あの、暗い森の中のような。
ゆっくりと振り返れば、俯いたシスネの顔は前髪に隠れ、その唇しか見えない。その唇がわらっているようにすら見えて、レーベンは目を逸らす。アルバットは何も感じない様子で、早口で語り続けた。
「ああ、そうそう。そのレグルス様に頼まれて作ったのさ。その――自決銃をね」
「……、……じけ、つ……?」
今度は呆然としたシスネの声が響く。上げられた彼女の顔はひどく無表情で、半開きになった口がその驚きの大きさを物語っていた。
どこか危ういその表情にレーベンは危機感を覚え、だがアルバットの語りは止まらない。
「銃で自決するというのは案外難しくてね。死に損なって余計に苦しむ聖女が多発したんだよ」
「だが刃物は痛いし、毒も苦しそう、結局は銃がいちばん楽に死ねる。みんなそう思うのさ」
「だから作ってあげたんだよ。大事な聖女サマが簡単確実に死ねる、その銃をねぇ」
故に装填できる弾は一発だけ。限界まで威力を高め、急所を外そうとも致命傷を受けられる。正しく使えば確実に即死……そんなことを語り続けるアルバットの言葉は、シスネにはもう聞こえてはいないのだろう。ただ縋るように、両手をその銃に当てていた。
もう見てはいられなかった。
「用は済んだ。行こう、シスネ」
細い背中に手を触れても反応は無く、そのまま押して出口へと促す。彼女は弱々しく歩き始め、ただでさえ華奢な体が更にか細くなったようにすら見えた。
「――シスネ?」
だがアルバットがまた口を開く。
「もしかして、聖女シスネレインかね?」
久しぶりに聞く彼女の本名にレーベンは足を止めた。止めてしまった。
シスネの肩が、びくりと震える。
「……あぁ、成程ねぇ。合点がいったよ」
アルバットの口が、汚れた髭の中でニタリと
言わせてはならないと、根拠も無い警鐘がレーベンの中で響く。響いただけで、何も出来はしなかった。
「君があの――――“騎士殺し”か」
レーベンの目の前で白い髪が舞い広がる。伸ばした手はその髪先にも触れられず、ただ駆け出す背中を見送ることしか出来ない。だが彼女が向かった先は出口ではなかった。
薄暗い地下室に耳障りな騒音が鳴り響き、舞い散った埃がランプの光をちらちらと遮る。
「すぐ暴力とは。躾けのなっていない聖女サマだ」
机に積み上げられていた雑多な品々がなだれ落ち、それらの代わりのように白髪が汚れた机に広がっていた。
うつ伏せの状態で机に押さえつけられたシスネの黒い瞳が、ギッとアルバットを睨みつける。荒い息を漏らしながら拘束から抜け出そうとし、だが捻り上げられていた腕を動かされると苦悶の声をあげた。
「……っ、触らないで、この、狂人……っ!」
「先に手を上げたのは君じゃあないか。正当防衛を主張するよワタシは」
苦痛に喘ぎながらもシスネがもがき、アルバットはヘラヘラと笑いながら彼女を押さえつける。
あの瞬間、振り上げられたシスネの手はアルバットに掠りもしなかった。普段の緩慢な動作とはまるで異なる、バネ仕掛けじみた動き。それはいっそ非人間的なまでの速さであり、次の瞬間にはあの状態だったのだ。
「あぁ痛い痛い。まったく、野良犬かね君は」
ああもされてもシスネの怒りは収まらないらしい。動かせる足でアルバットの脛を蹴り、だが口先だけで動じた様子もないアルバットが彼女の股間に膝を入れれば、その両足もスカートごと押さえつけられる。
遂に動けなくなったシスネは尚も怒りに染まった顔をアルバットに向け、それを向けられたアルバットの眼が、さも愉快そうに奇怪な音を鳴らした。そのまま強姦でもするかのようにシスネに圧し掛かり、その耳元で再びニタリと口を歪ませた。
「まったく、聖女らしくもない。――レグルス様も草葉の陰で泣いていらっしゃるよ」
「――――」
今度こそシスネの顔から一切の表情が抜け落ち、彼女の理性が完全に吹き飛んだことをレーベンは悟った。つまりは、もう限界だ。
カラン、と。聞きなれた音が地下室に響く。
「な――」
「む――」
気の抜けたようなシスネの声と、別人のようなアルバットの声。
シスネの黒い瞳と、アルバットの機械仕掛けの眼がそれを――床に転がされた炸裂弾を見た。
炸裂。
先程とは比較にならない騒音と破壊音が鳴り響き、埃と煙が朦々と地下室に立ち込めた。開放されたシスネが激しく咳こみ、机の下に伏せていたアルバットがゆらりと身を起こした。
「ひどいじゃないか君ぃ、部屋が滅茶苦茶だよまったく」
「こうでもしないと止まらんだろう、貴公らは」
レーベンが転がした炸裂弾はアルバットに蹴り飛ばされ、部屋の隅で炸裂した。もしこの男がそうしなければ三人ともただでは済まず、今更ながら己がやったことに震えあがる思いだが、他に方法も思い浮かばなかったのだ。
「壊した分は弁償してくれよ、いいね?」
「ツケで頼む。……シスネ、先に行っていてくれ」
頼むから。
精一杯に平坦な口調でシスネに言えば、彼女は気が抜けたようにフラフラと無言で出口へと向かった。爆風が大火も消し飛ばすように、レーベンの一手は彼女の意識を空白にすることに成功したらしい。これから賠償することになる額を考えると頭が痛いが、仕方のないことと諦めた。
「あまり虐めないでやってくれ。ああ見えて短気なんだ」
「見たままに短気じゃあないか。本当に見ているだけで苛つくよワタシも。……ほら」
「?」
機械剣を手に出口へと向かうレーベンに何かが放られ、反射的に受け取る。それは箱に詰められた弾薬のようだが、ひどく大きくて重い。
「あの自決銃の弾さ。もう要らないから持っていきなよ。……まったく忌々しい」
シスネがいなくなった今になってひどく不機嫌になったアルバットが、吐き捨てるように独りごちる。八つ当たりでもされては堪らないと出入口を潜り、後目にその意外なまでに大きな背中を見やる。
「これだから嫌いなんだよ、聖女なんてものは」
かつては騎士であったというこの男のことを、レーベンは何も知らない。
◆
外は未だに小雨が降っていた。どんよりとした曇天の下にシスネの姿は無く、幾人かの職員や聖女と騎士から話を聞きつつ彼女の足跡を辿る。そしてレーベンが行きついたのは、ポエニスをぐるりと囲む周壁だった。
このポエニスがかつて聖都であった頃、更に魔女禍が蔓延する前の古い時代には、どの街も戦や外敵に備えてこのような壁を築いていたのだという。だが今やこの国は戦と無縁であり、そして何よりも魔女という敵は壁の
だからこそ彼女はここに来たのだろうか。かび臭い階段を登った末、ポエニスの北側に広がるナダ平原を一望できる周壁の上、そこにシスネはいた。両手で膝を抱きながら、小雨に打たれるにまかせて座り込んでいる。
「……貴」
「何も言わないでください」
シスネの声は平坦で、レーベンへの険を感じるものだった。つまりは普段通りの声だが、抱えた膝に顔を埋められたそれはくぐもっている。
「なにも、きかないで」
シスネの白髪と灰色の装束は小雨に濡れ、きつく埋められた顔は何も見えない。
レーベンは言われた通りに黙り、近いとも遠いとも言えない位置に腰を下ろす。
沈黙が漂い、しとしとと降り続ける小雨の音だけが聞こえてきた。
もしかしたら彼女は泣いているのかもしれないが、仮にそうだとしてレーベンに何が出来るというのか。
この聖女のことを、レーベンは何も知らないのだから。