魔女狩り聖女   作:甲乙

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安寧を脱す

「状況の確認のため隣村へと向かう」

 夫妻にそう伝えると、どこか寂しげな顔で見送られた。たかが七日、されど七日。レーベンでさえわずかに情が移りそうな温かい村だったのだ。その温かい村の住人やシスネにとっては、名残を惜しむには充分なのだろう。

 

「それでは、もう行きますね」

「体に気を付けるんやで。雨も降るし、もう寒うなるんやで」

「聖女さん、なんで行ってまうん?」

「はよ帰ってきてや!」

 

 とはいえ、行くのはあくまで隣村。この村での捜索も終わっていないのだから、早ければ明日中にはまた戻ってくることになる。それを分かっているのかいないのか、もう夜更けだというのに村の入り口には村民のほぼ全員が集まってしまっていた。

 見送りに来た者たちが代わるがわるシスネの手を取り、中には泣き出す子供までいる。シスネもそれを無視せずに一人ずつ対応するものだから、未だに出発できる気配は無かった。

 

「行くぞ貴公、夜が明けてしまう」

「聖女さんを頼むで!」

「嫁さんをちゃんと守れや!」

「子供かて早よ作らんと!」

 

 レーベンは相変わらず子供たちには避けられているが、村の男たちには何故か気に入られてしまっていた。一部どころかほぼ全員が深刻な勘違いをしているが、もうレーベンにはどうすることも出来ない。もうどうにでもなれば良いと思う。

 強引にシスネの手を引いて村を後にすると、背後から声援やら泣き声やら黄色い声やら口笛やらが聞こえ、レーベンはげんなりと息をついた。

 

 

 

 隣村――サハト村までは徒歩でおよそ四時間ほどの距離だ。馬を借りるという手もあったが、レーベンもシスネも乗馬には慣れていない。貴重な馬に怪我などさせては一大事である為、歩いて向かうことにした。夜道であることを考えても、夜明けまでには着くだろう。

 朝を待たなかったのはいち早くサハト村に向かう為であり、せっかく取り戻した緊張感が再び緩まない内に向かいたかった為でもある。それ程までに、あの村は温かすぎたのだ。

 

「良い人たちでしたね」

 

 暗い道を歩きながら、隣のシスネを見やる。手にしたランタンの灯りに照らされた彼女の顔は、以前よりも柔らかく見えた。少なくとも、馬車の中で暗く冷たい顔をしていた時よりは。

 

「どうも誤解されていたようだがな」

「あ、あれは、あなたがちゃんと否定しないからでしょう」

「いや今日はどう考えても貴公が悪い」

 

 ぐぅ、と再びシスネが呻く。横目で見れば、ひどく悔しそうな瞳と目が合う。何か反論しようと口を開きかけ、だが万策尽きたのか苦し紛れのようにレーベンの脇腹を小突いてきた。彼女と違って効きはしないが。

 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向くシスネを更に揶揄っても良かったが報復が怖い。それに何より、もう気を緩ませるわけにはいかないのだ。

 シスネもそう考えているのか、夜が明けるまで沈黙の中を歩き続けた。

 

 

 ◆

 

 

 サハト村はノール村のほぼ真西に位置し、アスピダ山脈からも多少は離れた平地にある村だ。進むにつれて木々は少なくなり、やがて開けた丘に出る。その頃には背後に聳え立つ山脈から太陽が顔を出し、広がる草原を明るく照らし出した。

「わぁ……」と、隣から美しい景色に感嘆したような声が聞こえる。だがレーベンの目には、もっと別の物が見えていた。

 炎だ。遠くに見える村からも、その周りの畑からも離れた場所で燃える炎。だが橙色というより、どこか赤黒いその色はレーベンに馴染み深い。魔女の死骸を焼いた時、炎はあのような光を放つ。

 異質な篝火を囲む人影の群れに近付きながら、レーベンは更に気を引き締めた。

 

 

 

「……誰や、あんたら」

 

 今もごうごうと燃え続ける赤黒い炎の傍にいた男たちは皆口許に布を巻き、くぐもった声で警戒心を露わにした。中には手に鍬や鉈を構えている者までおり、目からは剣呑な光を放っている。

 レーベンは騎士証を見せながら努めて平坦な口調で事情を説明し、村への立入りを求めた。対して男たちは徐々にその包囲を狭め、十を超える視線が背後のシスネにも注がれているのが分かる。

「なんで聖女らが来るんや」「鎧着とらんぞ」「本当に騎士なんか」「野盗や」などと、男たちが相談している声が徐々に物騒になってきた。どうも雲行きが怪しいか。内心で焦り始めたレーベンの横に、シスネが歩み出た。

 

「私たちは敵ではありません、武器を下ろしてはいただけませんか」

 

 ゆるりと両手を上げながらシスネが更に前に出る。だが男たちは武器を下ろさず、じりじりと視線を送り続けている。

 一触即発。レーベンは指一本動かさず、だがすぐにでも動きだせるよう足に力を込めた。

 

「……騎士ロビンと聖女マリナに、祈らせてほしいのです」

 

 シスネの語った名前に、場の空気が変わる。男たちは皆その顔に驚愕の色を浮かべ、そのうちに何人かが体を震わせ、遂には武器を取り落として泣きだした。

「ちくしょう」「なんでや」「坊主よう」と顔を覆い、地面を殴る者たちの中から、最初に声をかけてきた男が口の覆いを下げながら歩み出てきた。

 

「ごめんな、魔女が出てみんな気ぃ立ってるんや……」

「いえ、私たちも大変な時に押しかけて申し訳ありません」

 

 詫びる男に対してシスネも腰を折り、そのまま二三の言葉を交わすと村まで案内してくれることになった。相変わらず冴えた話術で、レーベンには真似できない。しかも、この村に派遣されていた聖女と騎士の名前まで知っていたのだ。そのことを小声で尋ねると、

 

「マリナとは、よく話をしていましたから……」

「そう、か」

 

 シスネがポエニスに来てからまだそれ程の月日は経っていないが、カーリヤの尽力もあってか彼女も聖女たちにとけ込むことが出来ていたらしい。だがそれが良いことなのかどうかは、今のシスネの表情を見ると分からなくなってくる。

 互いが聖女である限り、別れは必ずやってくるのだから。

 

 

 

 男はサハト村の村長だと名乗った。村長というにはずいぶんと若いが、最近代替わりしたのだという。代替わりして早々にこれなのだから、殺気立つのも無理は無いだろうか。

 改めて話を聞くも、ノール村で聞いた内容と大きな差異は無い。先ほどの場所で騎士の亡骸と魔女の死骸を見つけ、魔女はその場で焼いてしまうことにした。つまりはほぼ丸一日ああして焼き続けているということだ。そこまで念入りに焼却しなくとも動き出すことはないだろうが、それで不安が和らぐのならそれも良いのかもしれない。

 そして騎士の亡骸は、村から少し離れた墓地に安置されていた。途中まで埋葬の準備も済まされた場所で、厚い布を被せられている。その傍らに跪いたシスネが短く聖句を唱えてから、そっと布を剥いだ。

 あどけない死に顔。十五年ほどしか生きなかったであろう、まだ幼さを残した顔にレーベンは見覚えがある。カーリヤによく揶揄われていた少年騎士だった。

 

「ロビン……」

 

 シスネがその名前を呟く。彼女よりも遥かに付き合いが長かったはずのレーベンは、彼の名前もいま初めて知った。我ながら薄情なものだとレーベンは思う。

 布を被せ直したシスネが両手を組んで祈り始める。紡がれる彼女の声に耳を傾けながら、レーベンは内心で簡単に祈りを済ませた。祈りこそ短いが敬意はある。幼くとも騎士としての最期を遂げたのだ、この少年は。

 村長もまた目頭を押さえ、声を殺しながら泣いていた。ロビン達もこの村で過ごして数日しか経っていないはずだが、その短い間だけでもここまで村人たちとの親交を深めていたのだろうか。

 シスネの祈りと村長の嗚咽を聞きながら、レーベンは次の布に手をかけた。ロビンの傍らに置かれ、だがどう見ても一人分の死体には足りない膨らみ。

 

「そっちは、見ん方が良いで」

「いえ、必要なことなので」

 

 村長の警告を流し、布を剥ぐ。祈りを終わったシスネが微かに顔を顰めた。

 布に隠されていたのは、二本の腕だった。細く(たお)やかな女の腕。見つかった聖女の死体の一部とはこれのことなのだろう。右腕の方は肩口から、左腕は肘のあたりで断ち切られている。その断面は乱雑で、切り落とされたというよりは、引きちぎられた痕のように見えた。

 

「間違いなさそうだな」

「えぇ、マリナの腕でしょう」

 

 マリナとは、ロビンと同年代に見えた聖少女とでもいうべき聖女だったか。ポエニスの聖女たちの中でも特に若く、よくカーリヤに見惚れるロビンに憤慨していた姿を覚えている。だがカーリヤにもよく懐いており、彼女が知ったらどのような顔をしてしまうだろうか。

 いっそ別人の腕なら良かったかもしれないが、その両手の指には自決指輪がはめられていた。こんな物を好きこのんで着けるのは聖女しかいない。

 

「……使っていないな」

 

 だがその指輪に仕込まれた毒針は納められたままで、マリナが自決には使用しなかったことを示している。右手も左手も、どちらもだ。

 

「これもですね」

 

 マリナの物であろう短銃をシスネが検め、弾薬がすべて込められていることを確認する。そうなるとマリナは自決しなかった可能性が高いが、両腕を失くした状態で生きているとも思えない。

 ならば、そのマリナの遺体はどこにあるのだろうか?

 

「…………」

 

 ざわりと、レーベンの中で最悪の可能性が首を擡げた。それをかき消すように頭を振り、遺体の近くに集められた二人の遺品を探る。

 外された鎧、雑嚢とその中に詰められた薬物、炸裂弾と焼夷弾、弾が減っていない短銃、血の痕のない短剣……。

 ()()()()

 

「……どうしました? 顔色が、」

「武器はどこだ?」

「え?」

 

 騎士は必ず一振りの武器を持つ。大量の武器を持ち歩くレーベンとは異なり、一振りだけの武器を。聖銀武器は聖性を流されることで常に万全の状態に保たれる為、予備など必要ないのだ。だからこそおかしい。その武器が何故ここに無いというのか。

 

「……魔女に壊されたのではないですか? 最後、刺し違えた時に」

「だがそれは……いや、そうかもな」

 

 考えすぎだと思い直す。シスネの言う通り、武器が見つからない原因などいくらでもある。魔女に壊されたのかもしれない、魔女の死骸に埋もれたまま焼かれたのかもしれない、ただ単に拾い忘れたのかもしれない、あるいは村人の誰かが盗んだのかもしれない。考えすぎだ。「アレ」が持ち去ったのだなどと――。

 そう、考え直した時だった。

 

「ん……?」

 

 まずシスネが異変に気付いた。立ち上がって、村とは反対方向に顔を向ける。

 

「なんや……?」

 

 村長が同じ方向に目を向ける。手で(ひさし)を作り、じっと目を凝らす。

 レーベンも立ち上がり遠眼鏡を鞄から取り出す。遠くの丘に何人かの人影が見えてきていた。だが遠眼鏡を使うまでもなく、その人影たちが何かに追われていることが分かる。

 

「ま――」

 

 何か。あんな、どう見ても人でも獣でもない存在、一つしかない。

 

「魔女!」

「魔女だっ!」

 

 走り出し、後ろからすぐにシスネもついてくる。

 その瞬間には、レーベンの頭からすべての雑念が消し飛んでいた。久しぶりの魔女狩りに、心の奥底で高揚している己を自覚する。騎士としては恥ずべきなのか誇るべきなのか。

 答えなど出す前にひたすら走り、遠くの空にまた暗雲が立ち込めていた。

 

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