レーベンという男は変わり者の騎士である。
変わり者ではあるが、
だがそれでもレーベンはポエニスの教会内でも浮いた存在であった。その理由はいくつかあり、何を考えているのかまるで分からない無表情のせいであったり、時折みせる奇行のせいでもあったが、ここ数日はそれが更に顕著となっていた。
「それで、何か言い残すことはあるかしら」
「弁明の機会すら与えられないのか、俺には」
旧聖都ポエニス。その教会の中庭で正座させられたレーベンは、己を見下ろすカーリヤに抗議していた。対してカーリヤは、早朝だというのに化粧も万端な美貌を不機嫌そうに歪めながら、手にした長銃でトントンと肩を叩いている。
「発言を許可するわ。手短に述べなさい」
「俺は無実だ。断じて覗きなどしてはいない」
「おかしな話ね。じゃあ、さっき私が撃った不審者は誰だったのかしら?」
それは間違いなくレーベンであり、その頬には銃弾が掠った痕が確かに残っている。この聖女、威嚇でもなんでもなく本当に撃ったのだ。彼女の腕前なら狙いを外すことはないだろうが、それでも顔の真横の幹に実弾を撃ち込まれた時は肝が冷えた。いかにレーベンであっても中庭の木から転落することは避けられないというものである。
「俺はただ朝の鍛錬の為に木に登っていただけだ。その方がより実戦的に鍛えられる」
「この遠眼鏡は何の鍛錬に使うのか答えなさい」
「誠に申し訳なかった」
動かぬ証拠を突きつけられ、レーベンは即時降伏を選択した。芝生に額を擦りつける勢いで頭を下げていると、頭上から二人分の溜息が聞こえてくる。
「まったく……これで何回目?」
「ライアーとの共犯も数に含めるなら、十は下るまい」
「俺を巻き込むなよ!?」
我関せずと静観していたライアーが泡を食ったように口を挟んできた。なお、レーベンとライアーがかつて二人で聖女たちの居住棟を覗いたのは事実である。二人ともまだ未熟な騎士であった頃、鍛錬ばかりの辛い日々には癒しが必要だったのだ。
閑話休題。
「あー、それであれか、また例の彼女か」
カーリヤが信じられないことを聞いたように己の騎士を見ていたが、それから顔を背けながらライアーが話を戻してくる。例の彼女とは言わずもがな、数日前に聖都からやって来た聖女――シスネのことである。そもそも今回、レーベンが木の上から遠眼鏡で聖女棟を覗くという強硬手段をとったのも、件のシスネがほとんど外に出てこないからだ。
「彼女には大事な話がある。ずっと出入口で待っていたのだが」
「だから出てこないんじゃないの?」
だがレーベンはシスネに避けられていた。あの夜の出会いから既に良くは思われていないようだったが、レーベンに心当たりはまるで無い。半裸で抱きすくめてしまったのことはあったが、あれは不可抗力というものだろう。
「ひどい話だ。俺とて、こんな手は本意ではなかった」
「ちなみにお目当ての聖女さまは見られたのかしら」
「見えたのは貴公の寝間着ぐらいだな」
ガチャリン、と長銃を曲芸のように回転させ、片手で弾を装填した長銃をカーリヤが向けてくる。その目は本気であった。さすがに看過できなかったのかライアーが止めに入り、だが何故か相当に怒っているらしいカーリヤが顔を真っ赤にして何か喚き散らしている様を眺めていると、視界に白い影が掠めた。
「お……」
レーベンは灰色の双眸を見開く。中庭に現れたのは白髪の聖女。シスネであった。さくさくと芝生を踏む軽い足音が徐々に近付いてくる。以前は束ねられていた長く白い髪は解かれ、歩みに合わせて揺れ広がる様は、それ自体が白い聖衣のようにも見えた。数日ぶりに目にする姿に、だが言葉が出てこない。完全に目を奪われていた。
やがてレーベン達の近くまで歩いてきたシスネは、未だ取っ組み合っている二人に目礼しながら通り過ぎ、ただ座ったままのレーベンを一瞥し、そして転がった遠眼鏡を目にして、足を止めた。
「……」
気まずい沈黙であった。ライアーとカーリヤが言い争う声も聞こえない。レーベンが座る位置からシスネの顔は白髪に隠れて見えず、ただその華奢な肩がふるふると震えているのは確かに見えた。
「……
ぼそりと、久しぶりに聞く声もまた怒りと侮蔑に震えている。振り返り、レーベンを見下ろす黒い瞳にはもう、一切の温度が失われていた。
「それでも、騎士ですか」
レーベンが何かを言う前にシスネは立ち去ってしまう。先程とは打って変わって芝生を踏みつけるように歩く姿はどこか少女じみていたが、さすがに今それにどうこう感じる余裕はレーベンにも無かった。
「ライアー、泣いても良いだろうか」
「俺の方が泣きてえよ!」
「そ、そうか」
目を離している間にいったい何がどうなったのか。頬に赤い手形をつけたライアーが、カーリヤの椅子になりながら自棄気味に叫んで返す。その上で、カーリヤは腕を組んでそっぽを向いていた。
◆
いつまでも落ち込んではいられない。教会の騎士である以上は仕事を果たさなければならず、騎士の仕事とはつまり魔女狩りである。レーベンもまた魔女狩りに向かうことにした。
「片手剣を二本。あと両手剣。なるべく丈夫なのを」
教会本棟の地下倉庫。武器庫でもあるそこでレーベンは武器を選んでいた。薄暗い地下でも白銀の輝きを放つそれら全ては聖銀――聖性形状記憶銀で作られた武具である。
「盾もだ。いやそれは大きすぎる。その隣のが良い」
レーベンの注文に従い、倉庫番である教会の職員が机に武器を並べていく。既に顔なじみとなっている彼は、今日もうんざりとした顔で机と棚とを往復していた。
「斧も欲しい。短くて重い物で。あと長銃と弾。それから炸裂弾と焼夷弾はあるか」
本来、騎士は一振りしか武器を持たず、このように大量の武器を持ち歩くことは無い。その必要が無いからだ。聖銀には聖性を流されることで記憶された元の形に戻る性質があり、多少の破損や劣化であればその場で修復できるのだ。反面、聖銀自体の強度はさほど高くない。むしろ鉄より脆く、手荒に扱えばすぐに壊れてしまうため聖女のいないレーベンは数を揃えるしかない。
大きな鞄に武器を押し込み、まとめて肩に担ぐ。あまりの重さに肩紐と金具がギチギチと鳴る音が地下室に響いた。
「あと、薬だ」
暗い顔で管理表にペンを走らせていた職員が、顔を上げる。
「再生剤と強化剤、あと鎮痛剤。中和剤もあれば、ありったけ」
完全に狂人を見る目であった。
魔女狩りに用いる多様な薬物は、確かに教会の用意した物である。だがそれは聖女が負傷や死亡した際の緊急時に使用する程度の物で、レーベンの注文は明らかに異常だった。それでも必要なのだから仕方がない。
倉庫番の彼はうんざりとした顔でまた奥へと消えていった。もはや文句の一つも言いはしない。魔女狩りの度にレーベンが大量の武器を持ち出すのはいつものことなのだから。そして、その持ち出した武器のほとんどを壊してしまうのも、いつものことだった。
◆
今回レーベンが選んだ依頼は、ワートの町に現れた魔女の討伐。内容はいたって単純、ワートの町も馬車で三時間とかからない距離だ。上手くいけば日帰りでこなせるかもしれない。
教会の待合所には、既に何台かの馬車と、今から魔女狩りに向かうのであろう聖女と騎士たちがぞろぞろと集まっていた。皆が二人一組で馬車に向かう中、レーベンだけが一人で馬車に乗り込む。周囲から多少の視線は感じるが、それもいつものことだった。
「ああ、あんたかい」
声をかけてきたのは、中年の御者だった。レーベンとは顔なじみであるが、お互いに名前は知らない。
「今日も一人か。聖女さんはまだ見つからんので?」
何本か欠けた歯を見せながら親しげな、あるいは下卑た軽口を叩いてくる。小汚い風貌と相まってこの御者の馬車は人気が無いのだが、それを特に気にしないレーベンが空いた馬車を選ぶため頻繁に会う間柄となっていた。
「お寂しいことで。他の騎士サマは、みぃんな別嬪の聖女を連れてるってのによ」
ヘラヘラと笑いながら馬に鞭をくれる。粗雑な口調とは裏腹に馬車は緩やかに走り出し、簡素な座席に座るレーベンにもほとんど揺れは伝わらなかった。この御者、性格はともかく腕だけは確かなのだ。
「まったく羨ましい限りだ。どこかに独り身の聖女などいないものか」
「望み薄ですなぁ。あっしも生き残りの騎士サマを乗せたことはあっても、聖女サマはさっぱりで」
多くの場合、騎士が死んだ時に聖女はすぐにその後を追う。故に聖女だけが生き残ることは稀であった。シスネに対して興味が湧いたのも、その辺りの事情が関連している。
「だがな貴公。いたのだよ、その独り身の聖女が」
「ほう!」
ひどく高い声をあげながら、御者が座席を覗き込んでくる。その目は爛々と好奇に輝いていた。
「で、ついにヤったんですかい?」
「最近、聖都から来たらしくてな。偶然、魔女狩りの最中で会ったのだよ」
「そんで、その場でヤったんですね?」
「俺の聖女となってはくれないか頼んではみたんだが、その時は断られた」
「でもヤったんでしょう?」
「何故か嫌われているが、まあ、まだこれからだろう」
「とりあえずヤっちまえばいいんですよ、話はそれからですぜ」
「なるほど」
たしかに、多少は強引にいっても良いかもしれない。下卑た笑い声をあげながら手綱を握る御者を横目に、装備の確認をしていく。引き抜いた両手剣の鏡のような刀身に映った己の顔は、いつになく緩んでいるようにも見えた。